●リプレイ本文
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「いいかい、キメラってのは、ベースになった動物の弱点が消されることが多いんだ」
森の中に設置されたテントの中、蓮角(
ga9810)が今回初めて依頼を受ける3名、汐咲 蒔絵(
gc4706)、ザ・殺生(
gc4954)、そしてアンリ=カナートに今までの経験から得られたことを伝えていた。
なるほど、と汐咲が頷く。
「ま、後は実戦を重ねた方が早いかもしれないね」
講義を切り上げ、蓮角はその右手を差し出す。
「よろしくお願いしますね」
「はい。あ、その、腕‥‥」
ふと、差し出されたのとは違う、蓮角の左腕に目がいったアンリが声を漏らす。その視線を追った汐咲も、はっとしたように口元を押さえた。
あぁ、と声を漏らした蓮角は苦笑交じりに頬を掻く。
「普通にキメラを倒す分にはこんなにはならないですから、大丈夫ですよ」
そう言った彼だが、アンリと汐咲が心配したのはそんなことではない。
蓮角に、左腕がなかった。
今の口ぶりから、普通のキメラではない何かに腕をやられたことが容易に想像できる。その過去を、心配したのだ。
「キメラ許せねー!!! 妾が武ッ殺す!!!!」
それがキメラの仕業かどうかは語られていないが、ザ・殺生はそう意気込んだ。
「アンリさん、でしたか? 同じ初心者同士、がんばりましょうね」
汐咲が、アンリに対して笑顔を向ける。途端にアンリは頬を赤く染め、「あ、はい、こちらこそ」と上ずった声で返した。
まるでザ・殺生が空回りしたかのようにも見えたが、きっと気のせいだろう。
「始めては誰にでもあるものです〜。大丈夫私達がついています」
手ごろな木にリンゴジュースなどと混ぜ合わせた砂糖水を塗り、その後の様子をテントから双眼鏡で観察していた野良 希雪(
ga4401)が間延びした声を発した。
「泥船に乗ったつもりでいてください」
果てしなく不安である。
「‥‥こんにちは。今回の依頼で一緒になるガーネットです」
戦闘に備えて武器を手入れしていたガーネット=クロウ(
gb1717)が荷物を整理し、依頼初体験の3名のところへやってきた。
微笑を以て挨拶とする汐咲。嬉しそうに握手を求めるザ・殺生。しかしアンリはどもった。ガーネットの方から手を差し出されると、一瞬迷ったように瞳を揺らし、おずおずと握る。
その様子を見たガーネットは、「なるほど、アンリさんは男性の方が好きなのですね。特に問題はありません」と言い、納得したように頷いた。
「ちっ、違いますよ! 何てこと言うんですかっ!」
絶叫するアンリ。ひっくり返ったその声に、蓮角が笑っていた。
「敵が見えましたよ〜。そろそろ行きましょう」
敵発見の報告により、アンリに弁明の暇が与えられなかったのは何とも可哀そうである。
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「さて、ボリビアのクールダウンにちょうどいい作戦です、ティータイムまでには終わらせましょう」
リンドヴルムを唸らせ、ジェームス・ハーグマン(
gb2077)がガトリングを構える。射程距離まで、もう少しだ。
「固い外骨格のキメラには、知覚武器も有効だよ」
手に持った筒状の物をアンリに手渡したのは、沖田 護(
gc0208)。いいんですか、と躊躇するアンリへ、笑顔と共にやや強引にその武器を持たせた。
彼が渡したものは機械剣αだ。レーザーブレードの一種である。
「ま、俺らに任せなよ」
守剣 京助(
gc0920)がアンリの頭を撫でる。沖田、守剣の両名はアンリを支援するという役目を買って出ていた。
「カブトムシ、か‥‥。別に嫌いなわけじゃないけど切りたくはないな。まぁ、仕方ないか、自分から受けたわけだし。とりあえず体液とかがかからないことを願おう‥‥」
前衛の初心者、汐咲が不安を口にした。
「汐咲さんは、どのような戦い方を?」
共に前衛を務めるガーネットが、彼女の不安を和らげようと声をかける。
「まだ、戦闘法は確立していませんが、敵キメラの甲殻の隙間や間接部を狙ってみようかと思います」
「初めての依頼‥‥俺にもそんな時期があったんだなぁ」
呟く蓮角が、表情を引き締めて歩を止める。
「いた。あれだ」
姿勢を低くして指さした先。1本の木に4匹の巨大なカブトムシがたかっているのが木々の隙間から見える。
「アンリ君頑張らないとダメですよ〜。サボっていたらギリギリまで回復してあげませんからそのつもりで〜」
戦闘開始間際。野良がアンリへと声をかけた。
「が、頑張ります、けど、もしもの時は、お願いします‥‥」
やや弱気な返事に、野良がため息を吐く。
同時に前に出たのはジェームスだ。そこに並ぶようにして、ザ・殺生も立つ。
「うち方、始め!」
「オレ様ちゃんの超機械食らえ!!!!」
合図と共にジェームスのガトリングが、ザ・殺生の機械巻物が咆哮する。
木の間をすり抜け、砂糖水に夢中になっていたキメラ達へと一斉に降り注いだ。
そこへ、汐咲が躍り出る。狙いを定めた1匹。キメラへ刀を差し込んだ彼女は、深く抉るようにして甲殻をもぎ取った。後へ続いた蓮角が刀を突き立て、ガーネットが小銃を以て連射。早くも1匹目を仕留めた。飛び散ったキメラの体液に、汐咲が嫌そうに顔を歪める。
「凄い‥‥」
思わず感嘆するアンリ。だがぼんやりしている場合ではなかった。
「伏せろ!」
響いた声に、慌てて頭を下げる。カブトムシキメラが髪を掠めるようにして突撃してきたのだ。
今の一声がなかったら、首から上がなくなっていたかもしれない。
「恐れずに盾を構えて、押し返すんだ」
「は、はいっ!」
アンリが慌てて盾を構える。Uターンしてきたカブトムシの角を盾に捉え、言葉の通り押し返すことは出来なかったものの、上手く弾いて直撃を免れた。
「ゴー! アンリ、ゴー! カバーするからあのでかいカブトムシ共を殲滅するんだ!」
代わる代わる沖田と守剣がアンリに指示を与える。
叫ぶと同時に守剣が大剣を振りおろし、カブトムシを吹き飛ばす。飛んで行った先にいるのは、アンリだ。
機械剣を握り、レーザーを噴射させる。
「フェンサーの強さは鋭い一撃、よく狙って」
タイミングを図ったように、沖田がこっそりと練成強化を付与した。
「うっ、やぁぁぁ!」
突き出した剣は、その角からカブトムシを貫く。
焦げた臭いが一瞬で広がり、即死したキメラの体重にアンリが押しつぶされた。
「ひぃ! 嫌っ、虫、虫ィィイイイイ!」
生来、虫が大の苦手だったアンリ。悲鳴を上げたところを、見かねた野良が助け起こした。
「ありがとう、ございます」
「いいえ〜。あら、腕擦りむいてるわね〜。我慢しなさい」
涙目で起き上がったアンリに、笑顔を投げかける野良。
その様子に、思わず沖田が苦笑した。
「近づいてくる、火力支援中止接近戦に入ります、支援射撃お願いします」
懐に入ってきたキメラを対処するため、ガトリングを手放してアーミーナイフとスコーピオンを構えるジェームス。
そのフォローに入ったのはザ・殺生だ。
身を焦がしながらも、激昂したキメラがザ・殺生に迫る。
「危ない!」
すかさず間に入った蓮角が刀でキメラの突進を受け止める。
キメラの側面へと回り込んだザ・殺生が再び雷遁を振りかざし、発せられる雷が羽を焦がす。
地に叩きつけられたキメラへと飛びついたジェームスが甲殻にナイフを突き入れて隙間を作り、そこへスコーピオンの銃口を差し込んでトリガーを引いた。
弾は固い殻の中で兆弾し、キメラはあっという間に動かなくなった。
残るキメラは1匹。
形勢不利と見るや、カブトムシは羽を震わせ撤退を始めた。
「逃がしはしません」
ガトリングを拾い直したジェームスが狙撃する。ガーネットもそれに続き、カブトムシがバランスを崩して高度が下がった。
「行きます」
好機と見た汐咲が壁を蹴って跳躍。迅雷を利用してキメラへ肉薄し、刀を閃かせる。
羽が、もがれた。
キィィ――!
断末魔のような悲鳴を上げて墜落するカブトムシに向かい、今度は蓮角が跳ぶ。
「これで終わりだ!」
豪破斬撃と急所突きを重ねた一撃にキメラが地を転がる。
そこには守剣と沖田、アンリが待ち構えていた。
「えぇぇい!」
アンリが剣を振るうと、その角が焼き切れる。
「見てろアンリ、これがコーラアサルトの力だぜ。いくぜ沖田あああああああああ!!!」
「守剣さん、手加減なしでやっちゃってください」
タイミングを合わせ、練成超強化の付与された大剣が叩きつけられる。
あえなく、キメラは真中から真っ二つとなって事切れた。
「周囲に敵の反応なし、これで全部ですかね? 長居は無用です、早々に立ち去りましょう」
安全を確認したジェームスが引き上げを開始する。それを皮切りに、傭兵達はぞろぞろと退却していった。
ただ1人、ザ・殺生だけがその場に留まり、「オレ様ちゃん、後から行くぜ!!!」とにやにやしていた。
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「いだだだだだだ!」
帰還する前に傷を癒そうと、一向は再びテントへと戻ってきていた。
スキル、あるいは救急セットで互いに治療し合う面々。
その中でも、野良の治療は、荒々しかった。
「痛いということは生きている証拠です〜。我慢して治療を受けてください」
悲鳴を上げるアンリに容赦なくきつく包帯を巻きつける。その表情は、どことなく嬉しそうだ。
彼女が微笑みのSと呼ばれていることは、あくまで余談である。
「お疲れさん」
治療を受けたアンリの頭に、缶コーラが乗せられる。
コーラの申し子、守剣の計らいだ。
「あ、ありがとうございます」
受け取り、タブを立てる。プシュッと空気の抜け出す音と共に、泡が一気に噴き出してきた。
「わ、ん‥‥ぶふっ」
慌てて口をつけるも、湧きあがる泡を処理しきれずに思い切りこぼしてしまった。
服が濡れてしまい涙目になるアンリの後ろで、ガーネットらが苦笑していた。
「アンリ君、実戦は怖かった?」
タオルを渡しながら、沖田が語りかける。その視線は、アンリだけでなく汐咲にも向けられていた。
「まぁ、多少は」
「‥‥怖かったです。恥ずかしいですが」
互いに素直に感想を述べる。終始オドオドしていたアンリと違い、汐咲は早くも少しの余裕を見せていた。
一つ頷いた沖田は、人差し指をピンと立てる。
「それでいいよ。怖さを自覚して、克服することが勇気だからね」
「はい、頑張ります! あ、それからこれ、ありがとうございました」
借りていた機械剣を返却したその時だ。
「できたー!!!」
テントの外でやたら大きな声が聞こえる。
何事かと傭兵らが外へ出てみると、そこではザ・殺生が煮えたぎる鍋を前に両手を広げていた。
「あの、それより、それは一体‥‥」
かぼちゃパンツ姿でポーズを取るザ・殺生を他所に、鍋を指さすアンリ。
なんだか、見てはならないような雰囲気を醸すものが浮き沈みしている。
一部の傭兵の背中に、嫌な汗が伝った。
キメラを討伐した後に、食事の用意。そう、あれしかない。
「さっき倒したキメラを妾が料理したのだ!!!」
沖田らがため息と共に額を押さえる。
甲殻の剥ぎ取られたカブトムシキメラの、体格に比して極僅かであろう筋組織が浮き沈みするその鍋は、見るからにおぞましい。
「さぁアンリ君、希雪さん、オレ様ちゃんの手料理食べて!!!」
「遠慮しておくわ」
流石の野良、即答であった。
しかしアンリはそうではない。
「あ、あの‥‥、はい」
キメラの盛られたお椀を、あろうことか受け取ってしまった。
その額には、明らかに冷や汗が浮かんでいる。断りきれない性格なのだ。
(「きっとこれは、殺生さんの好意なんだ、無碍にするわけには‥‥」)
覚悟を決め、スプーンを握る。
「嫌な事は嫌、と言わないといけませんよ」
「そうだ、こっちにしときな」
お椀を奪い取ったガーネットがザ・殺生につき返し、守剣が二本目のコーラを差し出す。
アンリが安堵したのは言うまでもない。
少々残念そうにお椀を受け取ったザ・殺生。寂しそうに1人鍋をつつく。
「うめー!」
そう叫んだ彼は、どことなく自棄になっているようにも見えた。
「あの、やっぱり‥‥」
かわいそうだと思ったアンリが周囲の制止を振り切り、鍋へと手を伸ばす。
そして、キメラの具を口に含んだ。
「う、ぐふ‥‥っ」
その味は苦くてすっぱくて、こんなものを食べてしまった自分はきっとあらゆる意味で特別な存在だと感じたのだとか。
「‥‥うわぁ、カブトムシ嫌いになりそう」
汐咲が思わず呟いたのも納得である。
(「俺達能力者は戦うことを強制されることが少なくないでしょうね。でも‥‥それでも、自分の信念だけは貫き通してくださいね」)
機を見て依頼初体験となる3名へと投げかけるつもりだった言葉。
しかし他の人たちに囲まれ、各々の色を見せ始めた彼らには、敢えて言葉にせずとも。そう思った蓮角は、1人静かに笑っていた。