●リプレイ本文
「ジョウ、首尾は?」
「ハァイMr.ゲン。もう少し進んだ先で、ミーの仲間が金塊を手に待っているはずネ」
荒野を進む1台の車に乗る初老の男は、力強く頷いた。運転するカイゼル髭の男の目には、次の街が見えている。そこで何やら怪しげな取引でもするのだろう。
急げ。初老の男ことゲンの指示により、カイゼル髭――ジョウがぐっとアクセルを踏み込んだ。
しかしその先の木から、1つの影が飛び出した。
「Oh!」
慌てて急ブレーキをかけるジョウ。ぐいとハンドルを切り、ドリフト気味に停車。
「知ってるぜ、殺し屋ジョウ。バグアに下った人間、ゲンの用心棒でナイフ投げの達人だ。ただし! 世界じゃあ、2番目だ」
現れた影の正体は、赤いシャツに黒のベスト、黒いジーンズにテンガロンハットを目深に被った男だ。人差し指と中指を立てて「お前は2番手だ」と印象づける。
「面白い。ユーはミーがナンバー2と言った。では、ナンバー1は?」
ヒュー、と口笛。舌を鳴らすのに併せ、その2本指を左右に振る。そして帽子のつばを指先で押し上げた。
そしてどやぁ、という擬音が聞こえてきそうなほど、うざやかな表情。
「俺――」
「私だッ!」
今にも親指で自分を示そうとしていた――ケイン・ヤッカが硬直する。
突如響いた声。一体何事か。
その主は、すっかり寂しげな姿になってしまった木の上にいた。
風にたなびくヒーローマント。すちゃりと下ろされたバイザーが瞳を覆い、照りつける太陽を反射した真っ白な歯がきらりと光る。
「ズバッと解決! 人呼んでさすらいの名探偵――雨霧 零!(
ga4508)」
ベベン! ベベンベベン!
「こらー! それは私がやるは――」
「ユーがナンバー1? ハッ、ならばその技、ミーに見せてみろ」
何事か言おうとしたケインを無視し、ジョウは懐から取り出したナイフを放り投げた。その鋭い切っ先は雨霧の立つ木の枝に突き立った。
「なるほど、あれが『仇』というわけですね?」
そして次々と姿を見せる能力者達。この言葉と共に姿を見せたのは諌山美雲(
gb5758)だ。
「いや、そうと決まったわけでは‥‥」
「大体分かりました! 任せてくださいっ」
ケインの言葉はことごとく遮られる運命なのか。
「そういうことなら、私にもお手伝いさせていただけませんか?」
分かっているようで分かっていない諌山の言葉を真に受けて、立花 零次(
gc6227)が声をかける。
別に手伝いを拒むつもりはケインにはないが、まぁ、いいか。
ちなみに殺し屋ジョウが雨霧に勝負を挑んだことすら、早くも忘れ去られているようだ。
「敵の用心棒はお任せください。ケインさん、ですよね? あなたはあちらのボスを」
アリス・レクシュア(
gc3163)が月読を構えて一歩前へ出る。
とうっと声を上げて雨霧が枝から飛び降りる。その際さっと取り出したクリスダガーを、着地と同時に飛ばした。その刃はジョウへ向かって空を進む‥‥かに見えた。歪曲したその刀身は綺麗に空を裂くことはなく、拍子抜けするほど急に地へ落ちた。
「‥‥ヮット?」
「今だかかれー!」
ぽかーんとするような空気になったのは、もちろん雨霧の計画(外)である。
びしりと指を伸ばし、また雨霧自らがジョウへ向かった。あっけにとられていたアリスや諌山は、慌ててよたよたと続いて行く。
「ふっ、ミーに挑むとは良いど根性デース!」
「度胸って言うんですよ!」
グッとスライディングするようにして体勢を一気に低くした諌山が破魔の弓から矢を放つ。
ジョウはそれにナイフを投げて威力を相殺させた。ナイフ投げの達人というだけは、ある。
「さぁ、今のうち‥‥あれ?」
戦闘が始まった様子を見届けた御守刀 人助(
gc7018)が視線を移すと、そこにケインの姿はなかった。今まで隣にいたはずだが‥‥。
「どこいったんだ?」
自身も続こうと駆け出しかけていたビリティス・カニンガム(
gc6900)が、きょろきょろと見まわす。今回守らねばならない相手が見当たらないというのは問題だ。
まさか、出番を取られたと思って帰ってしまったのだろうか。いや、仇討ちに来ている彼が、この場に背を向けるようなことをするとは思えない。
ならばいったいどこに‥‥?
「ふん、まぁいい。ジョウ、後は任せるぞ」
ボスのゲンが運転席に移り、その場を走りだそうとアクセルを踏む。
「な、待ちやがれ!」
慌ててビリィが追いかけようと地を蹴った。だが、その車はほんの数メートル進んだところで、止まった。いや、止められたと言った方が正しいだろう。
車の前に、1つの影が飛び出したのだ。あれ、何かデジャヴ。
しかしあの時の黒い影とは違う。今度のは赤い影だ。上から下まで全部赤。赤のスーツに赤のフルフェイスヘルメット。額に輝くGとG‥‥いや、Gのマークは1つしかないのだが、ここはノリ。GとJでも良いがそれはまた別のお話。
「ギャバッと参上、ギャバッと解決。人呼んでさすらいのヒーロー!」
赤い影の男がその足で車のボンネットを踏みつけた。
「怪傑ギャバァット!」
ベベン! ベベンベベン! テレッテテーレー!
「やっべ、本物のヒーローじゃねーか!まじかっこいいぜ!」
その姿、名乗りにビリィが大歓喜。
歓声に、ギャバットは軽くサムズアップして見せた。
うろたえたのはボスのゲンだ。
「き、貴様、あのケインとか呼ばれていた男か!」
「ふっ。チッチッチッ。俺は怪傑ギャバットさ。ちなみに変身に要する時間は僅か0.05秒に過ぎない。変身プロセス、見るかい?」
「遠慮する‥‥」
ですよね。
「おぉ! そのスーツ、カッコいいですね!」
「ちょっと、勝手に動かないでくださいよ」
人助が目をキラキラさせて駆け寄る。立花もそれを追いかけた。ビリィといい、この手のスーツに対する憧れと興味は強いようだ。登場の仕方を見ると、雨霧にも言えたことかもしれない。
一見するとふざけているかのようであるが(実際そうなのかもしれない)、しかし、それが良かったのかもしれない。
「危ない!」
「むぅ!?」
叫んだ立花がギャバットを突き飛ばした。ちょっと情けない声を上げたギャバットが倒れ込む。直後、立花の肩にはナイフが突き刺さっていた。
用心棒が投げたナイフに違いない。
キッと目を上げてジョウに視線を投げる。彼は丁度アリスの刃をステップでかわしているところだった。あぁいった動作をしながらでもこちらへ攻撃することが出来るのだから、用心棒というのもあながち伊達ではないといったところか。
「あたしはしがない魔法使い、ミスティック・ビリィだぜ! ギャバットさん、見ててくれよな!」
ノリの良いビリィはウィザードコスチュームを着こんでいるため、確かに魔法使いに見えなくもない。ただし、雰囲気は日曜日の午前辺りに放送しているテレビアニメっぽいものだ。ギャバットと並ぶと、それはそれで様になっている。
情報ではボスは真人間、用心棒は強化人間のはずだ。依頼主の要望を聞く限りでは、ギャバットにある程度華を持たせる必要がある。ただ強化スーツを着ているだけのケインに用心棒の相手はとても勤まらないであろうから、そちらだけは傭兵で受け持つ必要がある。彼にはボスの相手をしてもらえば良いのだ。
先のように、用心棒の殺し屋ジョウがちょっとした隙を見てナイフを投げてくる可能性もある。それに備え、人助と立花はギャバットの傍らで守備についた。
「美雲君、出産したばかりなのだから無理は控えなさい。リティ君も、無茶しないように!」
「言われずとも、そのつもりです」
雨霧の指示が飛ぶ。そう、諌山は昨年11月に出産した、立派なお母さんだ。若いが、それでも母親。大事な体であることを気遣ってのことだ。リティ‥‥ビリティスのことであるが、彼女に関しては雨霧公認の後輩。今後可愛がってやるつもりなのであろう、怪我をしてほしくないというのが本音だ。
気遣いについては、諌山自身がよく理解していた。LHで待っているであろう我が子のため、こんなところでつまらない怪我をするわけにもいかない。
「分かってら! あたしの物理魔法を食らえ!」
ビリィに関してはむしろ気遣い無用。魔法と銘打ち、その実剣での突撃だ。
「魔撃『思いっきり殴る』!」
そのネーミングセンスはいかがなものだろうか。とはいえ分かりやすい。そこがいい。ほとんど名前そのままに、両断剣を示す赤の光が迸り、剣が閃く。
しかしジョウも流石強化人間といったところか、半歩引くことでそれをかわした。
「まだだ、魔撃『回り込んで殴る』!」
一瞬のステップで側面へ回ったミスティック・ビリィが剣を滑らす。
その軌跡にやや遅れ、空の切っ先を彩るよう紅が走った。
「Shit!」
ジョウの舌打ちが漏れる。さらに追撃をかけんと迫るビリィに対し、左肩を押さえ距離を取った。
それより早く、雨霧が間を詰める。拾い上げたクリスダガーを至近で振るうが、ステップで回避される。その隙にとジョウがナイフを放った
「ケインさん危ない!」
諌山が叫ぶ。そのナイフはギャバットに向かって鋭い切っ先を光らせ飛ぶ。
「やらせませんよ」
前に出た人助が二刀小太刀をクロスさせ、盾のように扱ってナイフを止める。そして一瞬で弓を取り出し、お返しにとばかりに矢を放った。ジョウはこれをナイフを投げて撃ち落とす。しかしそこに落とし穴。それこそが隙だとばかりにバチリとパルスを走らせ諌山が光の矢を放つ。
「アウチッ」
右腕を閃光が突き抜ける。
「両腕が塞がりました! これでナイフは投げれないはずです」
アリスが歓声を上げる。
「さてギャレットさん」
「ギャバットだ! ちなみに先ほどの少女が俺をケインと呼んだが、決してケインではない、ギャバットだ」
わたわたと走って逃げてゆくボスを見ながら立花が声をかける。
「まぁ、まぁ。で、追わないんですか? ギャレットさん」
「だから‥‥もういい。追うぞ」
能力者でも強化人間でもない人間が逃げる速度などたかが知れている。ギャバットは脚をかけていた車に乗り込んだ。
「では、先にいきますよ」
「自分も!」
立花と人助が駆けだす。ちょっと遅れてギャバットがアクセルを踏んだ。
あっという間にゲンに追いついた立花が扇嵐で起こした竜巻で相手の逃げ道を塞ぐ。
その間に人助が相手の足もとに矢を射、動きを止めた。
そしてさらに敵の進行方向を塞ぐよう、ギャバットが車を止める。
「ひ、ひぃぃ」
男が情けない悲鳴を上げる。
ギャバットは腰に下げていた鞭を取り出し、振るう。
伸びる鞭が絶妙に男の肩を捉え、地に叩きつけた。
「チャンスだぜ!」
「とどめはこの雨霧レイダーに任せてもらおう!」
ビリィの掛け声に合わせて、強い日差しにサンバイザーを光らせた雨霧が全力で駆けだす。
「ま、待て、ストップ、スタァップ!」
「セターップ!」
ジョウがよろめく体のまま助けを求める。だが、雨霧は既に気合いの一声と共に飛びあがっていた。
「喰らえ、レイダーキーック!」
「ぐ、ぬぅぅおおおおあああああッ!」
苦悶の声を上げたジョウが、蹴りを受けた腹部を押さえ倒れ込む。バチリと電流の走るスコルを地に食い込ませるよう着地した雨霧が着地、手で空を切ってポーズを決めた。その背後でジョウの体内に仕込まれていたのであろう爆弾によるものなのか、大爆発が起こった。
「まったく、普通の人間同士の戦いに水を差すなんて野暮ですよね」
ふんすと腰に手を当てて諌山が鼻から息を吹き出す。まぁ、実際水を差したのはある意味傭兵の方ではあるのだが、そんなことなど気にしてはならない。介入しなければ、ケイ――ギャバットは確実に死んでいただろうから。
「言え! ロンゴ・アッカーという男を殺したのは貴様か!」
短剣を突きつけ、ギャバットが叫ぶ。
両手を顔の前に翳したゲンは首を振って否定するのに必死だ。
「貴様だなぁ!?」
「ち、違う、違う!」
今にも殺しかねない剣幕で迫るギャバット。
間に割って入ったのは立花だ。
「まぁギャレットさん、それくらいにしておいて‥‥」
「ギャレットではない!」
そう言うや、ゲンの胸倉を掴み上げた。
そして膝を鳩尾に叩きこみ、突き放した。嗚咽を漏らしながらゲンがよろめく。
ピシリと音を鳴らし、ギャバットが鞭を構えた。ゲンを指差し、鞭を振りあげて叫ぶ。
「ギャバットダイナミック!」
唸りを上げて振り下ろされた鞭がゲンの胸を捉えた。
あまりの痛みに声もなく気を失うゲン。
勝利だ。そう確信したギャバットはマスクを外した。
「アッカー‥‥。お前を殺したのは、この男ではなかった」
「あー、やっぱりケインさんじゃないですか!」
ちょっと離れたところで諌山がケラケラと笑う。
しまった、と狼狽するももう遅い。マスクは既に掌に。
「ケインさん、ケインさん。そのスーツ、ちょっと着せてもらってもいいですか?」
「いいな、あたしも! っと、その前に。共に戦った、戦友として」
人助が寄ろうとしたところに割り込んだビリィが、手を伸ばす。
その意図を察したケインも、手を伸ばした。魔女とヒーローの熱い握手。実に良いものだ。
「だが、すまない。このスーツは他人に譲ることは出来ないのだ。俺の戦いは、まだ続くからな。‥‥さて」
倒れたゲンへと視線を移したケインは、スーツ備え付けのポーチから荒縄を取り出した。
「あの、何をなさるので?」
アリスがそう問いかけるも、割と簡単に想像はつく。
縛るのだろう、ゲンを。
「ここから先は警察の仕事ですからね。用心棒も倒れたことですし、縛って置いておけば後処理は勝手にされることでしょう」
ともあれ、これにて一件落着。立花がポンと手を叩いて笑った。
まぁこんなものだろう、とゲンの両手を縛り、車に放り込む。
「さぁ、帰りましょうか」
「いや、俺は俺の友を殺した男を探す。どうせうちの執事から依頼を受けたのだろう? 帰って報告するといい。俺のことは心配いらないと」
せっかく諌山の作ったムードだが、ケインはそれを受け入れなかった。
今回狙いをつけた相手は外れだったのだ。彼は彼の目的を果たすまで帰ろうとはしないだろう。
そういえば依頼の内容にも、連れ戻さなくてもいいとあったのだった。
「ふっ、またな」
ケインは去っていった。いつ終わりを迎えるか分からない仇討ちの旅に。
「おー、かっこいーなー!」
相変わらず人助は目を輝かせっぱなしだ。
気持ちは分かるが、と雨霧。こうしていても仕方ない。先ほど諌山の言ったように、そろそろ引き上げるのが良いだろう。
傭兵達も去っていった。バグアに墜ちた人間の乗る車を残して。
それから数分後のことだ。
その車が爆発したことを、記さねばなるまい。もちろんバグアの証拠隠滅のためだ。
ケイン・ヤッカは、そのことを知らない。