●リプレイ本文
「やあ、ソリス(
gb6908)も警備か」
警備員としての仕事を控え、申請しておいた軍服に着替えた水無月 湧輝(
gb4056)は、その襟を正した。わざわざ軍服を用意したのは、その方がそれらしいから、という理由。なんだかパッとしない理由のように思えるかもしれないが、視覚に与えるイメージというものは非常に強いもので、軍服か私服かでは比べるまでもなく効果に大きな違いが出る。
こちらはビリィことビリティス・カニンガム(
gc6900)が用意しておいたものであるが、「security guard」と書かれた腕章もしっかり取りつけている。ちなみに文字の示す意味は若干ずれているのだが、その辺はまぁもっと本質を見ようぜ的な広く暖かい心でご了承願いたい。
「ここまで来たのにですか?」
ソリスは笑った。
「よく似合いますね」
「本職‥‥だったからな」
「自衛官でしたっけ」
頷く。
静かだが、ほんのり甘い空間。ちょっぴり幸せな時が流れていた。
「おい、そろそろ時間だってさ。行こうぜ」
そこに水を差す女、ビリィ! 野暮だがしかし、筆者的によくやったと(破られている)
「すぐに行きます。先に行っておいてください」
「あぁ。遅れるなよ?」
動じず、ソリスはさらりと答えた。ニカッと笑ったビリィはそそくさと立ち去る。他の面々もぞろぞろと持ち場へ移動を始めた。
二人は、別々の班だ。ここを出れば、仕事が終わるまで顔を合わせることもあるまい。たった数時間ではあるのだが、一時的にでも別れるとなると、妙な寂しさがこみ上げてくる。
「年甲斐もない」
水無月は呟き、笑んだ。
会場の巡回を担当するミティシア(
gc7179)が、持ち場に就くと同時に腕を振りあげていた。
「でわ警備かんばろ〜」
気合一発。周囲に、自分に喝を入れ、仕事にかける意気込みを表す。
その手には、釣竿。
「あの、それは?」
共にいたノゾミ・グラン(
gc6645)が不思議がるのも当然か。
曰く、元は釣槍という武器として持ち込んでいたものらしいのだが‥‥。
「武器は駄目だって言うから、槍先だけ外して預けてきたんだ〜」
「それごと預けるって発想はなかったのですか?」
「‥‥」
巡回班の三人目、ソリスが鋭く指摘。
うむ、どうやらその発想はなかった様子。が、まぁ持ってきてしまったのだからしょうがない。持ち場を離れるわけにもいかないし、釣竿を持ったままという奇妙な警備が始まった。
彼女らはまず会場入り口付近からスタートした。入場はまだ始まっていないが、入口として設けられた扉のない簡易門に立てられた看板の向こうに、多くの人がひしめいているのが見てとれる。
「大丈夫、でしょうか」
気圧されたらしく、ノゾミが不安を漏らした。
ちらと横目に見たソリスは、手が震えていることに、なるほど、と事情を察したらしい。
「大丈夫であるように、私達がいるんですよ」
看板が運び出され、門が解放される。入場手続きを済ませた人々が一斉に雪崩れ込んだ。
「よし、っと。これで良さそうだな」
こちらは控室となるプレハブ前。そろそろ入場が始まるとのこともあり、ビリィはプレハブに近い木にひとまずバリケードを張っていた。ここを登ってプレハブに近づかんとする不埒者が現れないとも限らないからだ。
ここを警備するのは、ミスコン参加者を守るためであった。それだけでなく、誰もいない間に控室に侵入され、物品がなくなったりしても問題になる。そういった警備も、彼女らの役目だった。
「少し、騒がしくなってきましたね」
「入場が始まったんだろうぜ」
それまで静かだった、というわけでもないのだが、何かの弾みに喧騒が起こると、この控室周辺まで一気にうるさくなる。それというのも、会場全体が野外にあるからだ。緋蜂(
gc7107)が少々遠くの方を見やり、小さく息を吐く。これから本格的な仕事が始まる、というわけだ。
参加者が控室を出てくるのには、まだ時間がある。入場が開始されたからといって、すぐにミスコンが始まるわけでもない。これから一時間ほど後に開会式のようなものがあり、それからミスコンが始まるのだ。それまでは参加者も控室にいなくてはならない。開始前に顔や姿が見られてしまえば、ミスコン自体つまらなくなることもあり得る。
とはいえ、それは飽く迄観客向けの話。彼女ら警備員のように、関係者は当然、参加者の顔くらいは見せられていた。
「さて、こっからが本番だな」
カーテンの閉められたプレハブをちらと見、ビリィは背筋を伸ばす。
緋蜂も、プレハブの周囲をゆっくりと歩き出した。
「さあて、張り切っていこう〜」
人の流れが動いたことを感じ取り、アメリア・カーラシア(
gc6366)が間延びした声で気合いを入れた‥‥が、逆に眠くなるのは何故だろうか。
彼女らはステージの警備を担当。ここに最も多くの人が集まるため、その分厳重な警備が必要となる。
「結構広いな。互いにある程度の距離を保って、広く警備しよう。固まって警備しても仕方ないだろう」
「同感だ」
沙玖(
gc4538)の提案に、水無月が頷いた。
まず、言いだしっぺの沙玖はステージ向かって左側に。水無月は右側に位置。アメリアは会場後方で警備に当たることとした。殊アメリアの位置は会場入り口から最も近い位置にあるため、上手く人を誘導せねばならなかった。
パイロンなどで作られた簡易な道を通り、人が次々と会場へ入ってくる。アメリアは手を使って人の流れを制御。前から順に詰めて座るよう促した。
人の流れがステージ近くまでくると、そこでは沙玖と水無月が人を振り分ける。警備とはいえ、これも仕事の内だ。
概ね順調。大まかに人が席に座れば、後は騒ぎ出す人がいないかどうかを見張るだけだ。
残念なことに。騒ぎは起こってしまった。
「控室付近に近づかないようお願いします」
「あ、もしかして、迷ったんじゃないか? 道教えてやろうか?」
控室となるプレハブに、周囲を気にするようにキョロキョロしながら近づいてくる男がいた。警備していた緋蜂やビリィが声をかけると、男は飛び上がるように背筋を伸ばした。軍人のようだが、どうも様子がおかしい。
しかしビリィの言うように、道に迷ったのかもしれない。観客の入場が始まってから既に数十分が経過している。人の流れに乗ってステージへ向かうことが出来ず、道を逸れてしまったか。あるいはトイレでも探しているのか。
「トイレを探していて。お、こんなところに立派なトイレがあるじゃないか」
ドンピシャだ。‥‥が、男は実際にトイレのあるのとはとは逆の方、つまりプレハブへと向かって歩みを進めた。
慌てて進路に緋蜂が割って入る。
「先ほども言いましたが、控室付近に近づかないでください。次は実力行使でいきますよ」
「はは、何言ってるんだい。それがトイレだろ? 冗談よせよ」
押しのけるようにして控室へ進む男の手を、緋蜂ががしりと掴んだ。
男が、舌打ちする。そして緋蜂を振り払い、一目散に駆けだした。
「何度も同じこと言わせやがって‥‥!」
ぷつり、と何かが切れた緋蜂。それまでは人当たりの良さそうな丁寧だった口調から、豹変する。
確信した。男は、プレハブに侵入するつもりなのだと。何をする気かまでは分からないけれども。
「こちら控室前。応援に来てくれ」
ビリィが無線機に呼びかける。
男に、緋蜂が手を伸ばす。相手も能力者のようで、するりと抜けられてしまった。
ならばと相手の進路を体で塞ぐ。
ぐっと方向転換した男は、プレハブ近くの木に飛び付いた。その手には、バリケードとして用いられたハードルが握られる。そのまま男は木を登った。
枝はプレハブの屋根に伸びている。
慌ててビリィが木に登ろうとするが、男がフェンスを投げつけたため、一度降りざるを得なかった。
「お待たせ〜」
巡回班が合流する。ミティシアの手には、あの釣竿。それを振りかぶるや、放るようにして釣り針を飛ばした。
それは男へ向かって飛び、引っかける‥‥などという、漫画のようなことはなかった。
釣り針は狙った箇所を外れ、繋がる糸が木の枝に巻きつく。
「失敗した〜」
「まぁ、それはそうでしょうね‥‥」
思わずノゾミが苦笑する。
ミティシアが早くも打つ手をなくし、うろたえる。
「簡単なことです」
と言って木に近づいたのは、同じく巡回班のソリスだ。すっと右手を振りあげて、木の幹を平手打ちした。
能力者の力は凄まじい。今の一発で木が大きく揺らぎ、枝にしがみついていた男はあっさりと落っこちた。
「いててて。こうなりゃ自棄だッ!」
次の行動で、男がしようとしていたことが概ね明らかになったと言える。
至近にいたのは、ノゾミ。彼女目がけ駆け寄った男はその手を伸ばし、鼻息を荒げてノゾミの上着に手をかけた。続いてそれを引っ張る。脱がそうとしているのだというのは、直感出来た。
宙を舞ったのはノゾミの上着――ではなく、男の方だった。
とっさに彼女の平手打ちが炸裂したのだ。
「ボクはまだ怒って居ないですけど」
胸倉を掴んで男を起こしたノゾミは、その頬に一発ぺちん。
「もし他の女性や出場者にこんな事をしたら、あなたのほほがはれるぐらいびんた食らってもらいますからね」
言いながら往復ビンタ。いや、もうトマトみたいに腫れ上がってますよ、ノゾミさん。
「酷ぇ‥‥」
その様子は、緋蜂の一言に尽きる。
ひとまずこの男は事務室へ連れて行くことにした。それは巡回班の面々が引き受け、緋蜂とビリィはその場に留まって警備を続けることとなった。
「ま、一段落だな」
静けさを取り戻した控室前。時間も時間ということで、ミスコン参加者がぞろぞろとステージへ向かっていった。今は警備というより、荷物番のようなものである。
「あの」
声をかけてきたのは、まだ軍服に着られているような印象の青年だ。恐らく新兵だろう。
その手にはペンとノート。もしや参加者にサインでももらおうとして来たのだろうか。
「ミスコンの参加者なら――」
「いえ、そうではなくて。あの、ジークルーネについて、何か知りません?」
違った。
彼の尋ねたジークルーネというのは、新しい戦艦の名。このミスコンは、その完成記念式典も兼ねているということは既に周知されていた。
「関係者の方なら、何か知っているかと思いまして」
つまり、そう踏んだというわけだ。
「私と同じだ」
何かを閃いた緋蜂が口を開く。
「私も何か情報が得られるかと思ってこの仕事に参加したのですが、そんなことはなくて」
「そうですか」
新兵は残念そうに呟き、ペンをしまった。そしてすごすごと去っていく。
彼女の言ったことは、嘘ではない。少なくとも後半は。いくら警備員だからといって、新型戦艦の情報を得られるわけではなかったのである。
騒動は、それだけでなかった。
「私を混ぜなさいよーッ!」
「はいはい、おとなしくしてね〜」
開会式が始まろうとした瞬間、客席の女が立ちあがってステージに乱入しようとしたのだ。素早く反応した沙玖が取り押さえ、アメリアと共に会場の外に連れ出していた。
「そうやって、周囲のことを考えない性格まで見抜かれて失格になったんじゃないのか?」
未だ諦めない様子の女性に対し、溜め息交じりで沙玖が呟いた。苛立ったのか、女性が反発するようにもがくが、それをすぐにアメリアが取り押さえた。
本当に、溜め息しか出てこない。
「アンタのことを誰よりも美しいと思ってる奴だっているはずだ。そうでなければ、周囲の見る目がないんだろうさ」
「落としたり持ち上げたり‥‥何なの?」
まったく、これだから。
その頃。水無月はまた別の不審者を捕えていた。
巡回班に連絡してステージの警備を代わってもらい、捕えた男を後ろ手に組ませ、親指同士を針金でくくった。流石に、場慣れしているといったところか。これなら無理に引き千切ろうとしても、逆に親指が切れかねない。
それが能力者相手に通じるかどうかは、また別の話であるが。とはいえ、イメージの与えるものは非常に強いものがある、というのは前述した通りで、男はがっくりと項垂れ特に抵抗らしい抵抗は見せなかった。
「ミスコン参加者に触ってみたいって気持ちは理解出来なくもないがね、流石にステージに登ろうとするのは駄目だろう?」
「はい、仰る通りです‥‥」
乱入女に比べれば、大人しいものだ。ほんの一瞬の出来心が生んだ、暴走のようなものだったのだろう。
特に説教は必要なさそうだ。と、事務室へ送り届ける。
「おや、そっちはまだ駄々をこねているのかい?」
ステージを離れたところでは、まだ沙玖とアメリアが女を落ちつけようと奮闘していた。相手は相当我がままなようで、二人も苦戦している様子。
「うん〜。もう気絶でもさせちゃった方が手っ取り早いかなぁって」
「穏やかじゃないな」
そう言って水無月は笑ったが、男を針金で拘束している彼こそ穏やかでないのは、口にしない方が良いだろう。
ほとほと困り果てていたのは沙玖も同じ。ここまで頑固に振舞われたのでは、もはやかける言葉もない。
「私はね、世の男共全員に、私の美貌を見せつけなきゃ気が済まないの。分かるでしょ?」
「ん〜、分かんないな〜」
同じ女性なら、と言いたげにアメリアへ視線を投げた女。しかしアメリアはへらりと笑った。格好は派手な彼女だが、この女ほど自らの美に執着しているわけでもないようだ。
こうなってしまうと、完全にアウェー。もはや同意者などいないと悟った乱入女は、ここにきてようやく観念した。
「ふぅ、久しぶりだから気疲れをしたよ」
仕事を終えた水無月は、彼ら警備員の控室で、差し入れられた珈琲に口をつけていた。
他の面々も仕事中の出来事を報告しながら談笑する中、水無月と、隣にいるソリスは静かに解散の時間を待っていた。
「あれは私には縁遠そうな世界ですね、あがり症ですし」
「ミスコンのことかい?」
ソリスの呟きに視線だけを送りながら、珈琲を啜る。彼女は頷いていた。
音も立てず、紙コップがテーブルに置かれる。
「闇の中に、愛か」
「え?」
「珈琲の話だよ」
彼の言わんとしていることを推し図りながらその横顔を眺めるソリス。相手は詩人だ。言っていることには深い意味があるのだろうが、しかし、理解するにはよく吟味しなくてはならない。
「あ、ソリスさん。今日はその、ありがとうございました」
首を捻っているうちにそっと寄ってきたノゾミが、ソリスに声をかける。初の依頼で緊張していたところに、励ましをくれたことへの礼だ。
思考を中断し、向き直る。上手く動けていたようで良かった。ソリスは小さく笑んで見せた。
「‥‥そんなことはないさ」
小さく呟き、水無月が珈琲を啜る。
「縁遠いなんてことは、ね。私は‥‥」
どう思うのか。口には出さず、水無月はコップの底に残る僅かな黒い液体に、暖気を含んだ息を落とした。