●リプレイ本文
「厄介な」
手早くパイロットスーツを着こんだ綿貫 衛司(
ga0056)が、愛機、パピルサグへ向かって駆けた。敵の仕掛けてきたタイミングもそうだが、彼からしてみればその基準は一つそれたところにあった。
「流石に玄関口で退いたとはいえ部屋の隅で蹲ってる訳はありませんか」
確保したての浦賀水道。いや、ただ一時的に追い払ったに過ぎない。
「とはいえ、補給出来るようにはしたのです。欠ける事無く送り届けましょう」
「飢えた軍隊が勝った試しはないし、ここで補給艦を沈めて貰う訳にはいかぬからな」
すぐ隣を走るセリアフィーナ(
gc3083)が返す。先を行く榊 兵衛(
ga0388)は笑んだ。
機体の整備は既に済んでおり、いつでも発進出来る状態だった。確認された敵の数だけは、放送で聞いた。まだ、どんな敵なのかまでは掴めていない。
しかしそれは出撃してから把握しても遅くはないだろう。
「遅いぞ。先に出るからな!」
「迎撃をすり抜けてきた敵はこっちで対応するわ。出来る限り数を減らして、傷めつけておいて貰えるかしら?」
「任せな。そういうのは得意なんだよ。守りは任せたぜ」
もはや肉声ではなく、通信で互いに指示し合いつつ、古館 遼(gz0419)とファルル・キーリア(
ga4815)が先に出撃した。綿貫、セリアフィーナ、榊も操縦桿を握る。
その中で、一際張り詰めた表情で出撃準備を行っていたのは、里見・さやか(
ga0153)だ。経歴を見れば、彼女がこの仕事にかける想いは十分推量することが出来る。海は、彼女の生きる場。生きてきた場だ。
「里見さん?」
「大丈夫ですよ、お願いいたしますね。榊さんも」
何かを感じ取ったのか、澄野・絣(
gb3855)に声をかけられる。少々感傷に浸っていたことで、何か不穏なオーラを発していたのかもしれない。ハッと気づいた里見は努めて柔らかく返す。同じく前に出て迎撃を行う榊にも声をかけることで、空気を一新した。
大丈夫だ。短い言葉だが、力強い。彼らもそれぞれ、己の出撃を告げて海へ飛び出していった。
水中用KVは直接海へ投下されてゆく。が、そうでない機体は飛行甲板から出撃せざるを得ない。共にグリフォンでの出撃となるUNKNOWN(
ga4276)と秋月 愁矢(
gc1971)は、着水する前に空中の警戒を行っていた。
空に敵の姿は確認出来ない。
「まずは敵の位置を把握せねば、ね」
ソナーを投下し、レーダーに目を落とした。
グリフォンは何と言っても水上から水中へ潜って攻撃、浮上するという特殊な攻撃方法が特徴。要はヒット&アウェイなわけだが、目視で敵を捉えることが難しいため、情報が何よりも重要と言える。
「どう攻めます?」
「交互に、攻撃しよう。常に空中を警戒するために、ね」
「それは軍がやってくれるのでは?」
質問に答えたUNKNOWNに、出撃前に聞いた情報を記憶から掘り起こし、秋月が返す。
思い返せば、確かにそんなことも言っていた気がする。
「おや、そうだった、かな。では、片方は、いつでも動きが取れるよう、水面に浮かんでおこう」
とはいえ。
ソナーは、それぞれ情報発信先として登録したKVにしか情報を飛ばせない。つまり、全てのソナーからの情報を受けることは出来ない。設定を弄らずにいたので、それぞれが自分の所持していたソナーからしか情報を受けられない。
集約し、然る後に伝える。水中との連携は手間のかかるものとなろう。
水中は水中で、二つの班に分かれて行動することにしていた。
前に出て敵を食い止める迎撃班と、伏兵など不測の事態に備える直衛班。
手の鋏を光らせ、ビーストソウルを駆る古館が所属するのは、前者だ。里見、榊、澄野もこちら。
各機ブイを放ち、敵の接近に備える。
「艦から1kmは離れたいですが‥‥」
里見が言った。迎撃する以上、なるべく遠くで交戦したい。その方が、万が一防衛ラインを突破されても対応しやすい。
が、一歩届かない。彼らが交戦状態に入ったのは、およそ800m地点だった。
「敵が見えたな。まずは」
「魚雷から、いきましょう」
榊、里見が魚雷発射管を開く。その間に、古館と澄野は敵との距離を詰めていった。
「ありゃあ、ゴーレムに亀野郎か!」
敵の姿を補足し、識別した古館が報告する。
何でも良い。それが倒すべき敵ならば。
「右対潜戦闘! セドナ魚雷攻撃始め!」
「対潜ミサイル、飛んでゆけ!」
二機の海蛇リヴァイアサンが火を吐く。白煙と共に海中を突き進む姿を見れば、その名付け親の気持ちも分かるというもの。
先を行く古館と澄野の間を縫い、魚雷が進む。
ゴーレムが砲撃。魚雷を撃ち落とそうとしているのは目に見えて分かる。
二発の魚雷。その内片方が光線に触れて爆散する。
「分かってるな?」
「無論です。この距離なら!」
衝撃に巻き起こる水中の波に機体を御しながら、澄野のリヴァイアサンが、古館のビーストソウルがガトリング砲を進行方向へ放つ。
当たるかどうかは、問題ではない。まずは、先に攻める。そのことこそが重要なのだ。
爆煙を突き抜けた先では、三機のゴーレムが砲身をこちらへ向けていた。一機は、明らかに装甲がくぼんでいる。
「散りましょう!」
ぐっと互いの距離を開いた二機の間を、いくつかの光線が通り過ぎる。そこから逆方向からは、里見と榊の機体が顔を出した。
「俺の【興覇】を甘く見るなよ。槍の兵衛の名が水中戦でもダテではない事を示してやろう!」
人型へ変形した榊の愛機、興覇がベヒモスを手にゴーレムへ迫る。当然、ゴーレムの砲身は興覇に向くが、その発射は里見による魚雷弾幕が阻止した。
その一方で、深く潜った澄野はタートルワームへ狙いをつけていた。
亀の数は、二機。互いにそろって、澄野を照準に入れている。
「あなたの相手は私だけじゃないわよ?」
ぐっと機体を横へステップさせると、その影から古館のビーストソウルが飛び出す。
それぞれに別の個体へ組みついた。
タートルワームも狙いに迷いが出たか、一瞬動きに硬直が見られた。澄野はそこに迫り、その砲身をソードフィンで切断する。
「ナイスだ! こっちは‥‥」
同じように古館も砲身を狙うが、しかし直前で発射されたプロトン砲に、止むなく距離を取った。
「向こうでは交戦に入ったようですね」
時折入ってくる通信に戦いの気配を感じ取り、敵の奇襲などに備えるべく綿貫は一層気を引き締めた。
艦には、引き続き入港の準備を進めてもらっている。下手に迎撃しようとすれば、敵の思うつぼになりかねないからだ。
「こちらのソナーに、特に反応は見られないわね。大丈夫、と思いたいところだけど」
「いつ、どこから攻めてくるかは、分かりませんからね」
えぇ、とファルルが小さく息を吐く。
声をかけたセリアフィーナは、それが、敵が来るなんて厄介だ、といった意味合いなのだと汲み取った。が、短い会話を聞いていた綿貫の方は、ファルルの溜め息に、自分の胸に抱くそれと同質な何かを、感じ取っていた。
確信はないが。
「来たわね。迎撃準備!」
「発射管開け! 各機、ファルルに続いて魚雷発射後、周辺を警戒しつつ様子を見る。水上の二機にも連絡。水柱を目印に追撃を依頼」
ソナーに感。静かな会話をピシャリと切り上げ、一斉に魚雷の発射態勢に入った。
もう、敵が見えている。三機ほどいるだろうか。
迎撃班から討ち漏らしの報告はない。恐らく、回り込んできたのだろう。直衛に人員を割いたのが功を奏した。
「あれは?」
「マンタよ。攻撃開始!」
まずは魚雷で挨拶。ファルルが魚雷を放つのに併せ、マンタワームもフェザー砲を発射。各機攻撃をギリギリで回避しつつ、反撃をしかけた。こちらの攻撃は、いくらか当たっている。が、相手の移動速度は衰えない。
相手の動きを見れば、散開したことで出来た穴を突っ切ろうとしていることは容易に想像出来た。急ぎ機体を反転させて通せんぼに入ったのはセリアフィーナだ。この距離なら、格闘戦の方が適しているか。
「‥‥ここは、通行止めです。ほかをあたりなさいっ!!」
人型に変形し、ハイヴリスを振りかざす。それは上手く一機に突き立ち、動きを止めることが出来た。だが、他の二機までには手が回りきらない。
「すみません、お願いします!」
振り向き、叫ぶ。
ファルルがガウスガンを、綿貫がガトリングを放つが、背後から撃つのでは動きを止めるに至らない。
「おぉ、やはり――」
声と同時に、総勢二五発の魚雷が飛ぶ。それは綺麗にマンタワームを一機捉え、爆散させた。
発射元は、既にそこにはいない。UNKNOWNによる、着水攻撃だ。
「まだ一機が!」
グリフォンでは攻撃した直後に浮上せねばならない構造。これ以上の追撃は不可能だった。
その間に、攻撃を逃れたマンタワームが補給艦へ迫る。
「こういう使い方だって、ある!」
マンタワームの進路を塞ぐようにして現れたのは、秋月のグリフォンだ。敵の動きにほとんど影響を受けないからこそ回り込めた、といったところか。魚雷を放ち、怯ませ、タイムアップ。秋月は水上に上がっていった。
だが既に敵はフェザー砲を放っている。伸びた閃光は補給艦の船底を捉え、大きく揺らす。
「よくも‥‥! ここで海の藻屑になりなさい!」
ぐんと距離を詰めたファルルが、ガウスガンでマンタを射止める。機動力を失ったマンタに、綿貫がトドメの魚雷を撃ち込んだ。
残るは、一機。セリアフィーナが押さえていたが、それもやがては限界を迎える。
「なんて、力‥‥っ」
腐ってもワーム。それを彼女一人で押さえつけようというのも無理な話だ。
「う、あぁっ!?」
零距離でフェザー砲が放たれる。肩にそれを受けた彼女のアルバトロスはマンタを離れ、沈んでいった。
しかし、彼女は上手く時間を稼いでいた。傭兵達が追撃をかけるだけの時間は十分にある。
「ここを通すわけにはいかないのよ、消えなさい」
人型に変形したファルルのKF−14が、氷雨を手に肉薄する。嫌がるように放たれたフェザー砲。脚部にそれを受けようと、被弾を気にしている場合ではない。
太刀が振るわれる。
マンタが身をよじるように回避。
そこを綿貫がガトリングで捉える。
再度潜ってきたUNKNOWNがガウスガンで射ぬく。
動きが止まった。
「今度こそ!」
一気に間を詰めたファルルが、最後のマンタを貫いた。
「残りは?」
「ゴーレムが一体、亀が二体だ」
二体目のゴーレムを撃破し、残る敵戦力を確認する里見。
くず鉄と化したゴーレムから槍を引き抜き、榊が答えた。
形勢不利と見たか。距離を取ったゴーレムが撤退を開始する。
「ゴーレムはいい。亀野郎を潰すぞ」
それが古館の判断だった。ゴーレムくらいなら後でも相手出来るが、タートルワームは、逃がしておくと後に厄介だ。
一気に攻めかかったことで、一体の砲身はほとんど使い物にならなくなっている。上手く立ちまわれば、撃破に苦労はしないはずだ。
真っ先に飛びかかったのは古館。手負いの敵を確実に仕留める。そんな腹積もりか、砲身を失った亀にガトリングで牽制を仕掛けた。
固い甲羅に守られた本体には、期待したほどのダメージは通っていない。が、それが合図になる。
「そちらからね。了解よ」
澄野が亀の脇へ動き、ガトリングで注意を引く。
その背を、別の亀が狙う。
「澄野、後ろだ!」
「え? あ――ッ」
振り向いたが、遅い。プロトン砲は既に放たれ、それは澄野のリヴァイアサンを直撃した。悲鳴も上げられず、澄野の機体が海底の岩に叩きつけられる。
「おのれ!」
ぐんと加速し、榊が砲台の残る亀に接近する。
「なんだ、そっちか?」
攻撃を中断し、古館が榊の攻撃対象に照準を合わせる。
里見も残しておいた魚雷を惜しみなくばらまいた。
「槍の兵衛、参る!」
魚雷の雨に踊り、爆煙の花に強くしなやかな茎をあしらう。
「榊機離脱と同時に第二射。各機発射管開け!」
「言われずとも!」
里見の合図と共に、古館が、そして体勢を立て直した澄野が魚雷発射の用意に入った。
土煙の中から、榊の興覇が飛び出した。
「発射後散開。てーッ!」
魚雷が次々と放たれ、直後KV達が一斉に散る。一瞬前まで里見のいた地点を、砲身なきタートルワームが通過した。攻撃の隙を見て突進してきていたのだろう。
「これを見越して、ってことか。やるんじゃない?」
古館が笑む。その間、ソードフィンを煌かせ、澄野が通過したばかりの亀に突撃をかけた。
魚雷の総攻撃を受けたタートルワームは、既に自力で帰還する力すらないだろう。ならば、残る敵はあの亀のみ。
「援護する!」
榊がガウスガンで亀の腹を狙う。
嫌々をするように身をよじらせた亀に、澄野が迫る。今の着弾点なら、見える。
「落ちなさい!」
この一撃が決め手となり、タートルワームは完全に沈黙した。
被弾はしたものの、補給艦の乗組員、荷物共に大きな被害はなかった。強いて言えば、艦はこのまま利用することは叶わず、またオーバーホールしているだけの時間的、設備的余裕はなかった。
海底から引き揚げられたセリアフィーナは、積み荷を降ろす作業を手伝いながら目元に薄く涙を溜めていた。
もっと上手く出来なかったか、と。
「おい嬢ちゃん」
脇を通りがかった古館が、木箱を抱えながら声をかけた。
「あんましょぼくれるなよ」
「ですが、船が一隻‥‥」
「運がなかっただけさ。結果的に勝ったからいーんだって」
よっ、と箱を抱え直し、へらりと笑ってそのまま古館は去った。
何かが、納得いかない。セリアフィーナは、胸に靄のようなものを抱え、積荷を指定された場所に降ろした。
「もう少し上手く動ければ良かったんですが」
「私も、思っていた以上に、機体が動くものでなかったから、ね。気に病むことはないよ」
ちょっと遠くで、会話が聞こえる。
そっと覗いてみると、グリフォンに乗っていた二人‥‥秋月とUNKNOWNが戦いを振り返っていた。
そして、思った。もし、あの時、この二人が海上から攻撃していなかったら‥‥?
「やっぱり、グリフォンはこういうのに向いてない――」
「そんなことはありません!」
気づくと、彼女は飛び出していた。
「あの時、秋月さんが回り込んでいなかったら、もっと大きな被害が‥‥」
言葉が続かない。
フォローなどというつもりではない。ただ、それもまた、事実だ。
考え直してみたら、こういう捉え方もあるのではないか。この程度で済んだ、と。
「だ、そうだよ」
煙草を加え、UNKNOWNはどこかへと去っていった。
秋月は気にしていたのだ。防衛に、グリフォンが向かないのではないか、と。
だが、セリアフィーナの言葉は、こう聞こえる。グリフォンだから守れたものがある。
「‥‥ありがとう」
口にしてみて、何だか場違いな言葉かもしれないと思い、秋月は小さく息を吐いて笑った。