タイトル:地獄のギャバットマスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/20 01:00

●オープニング本文


「やはり、いるんだな」
 ケイン・ヤッカはバーにいた。客は少なく、カウンターに腰掛ける彼の他には一組の男達がテーブルに腰掛け、談笑しているだけだ。まだ昼間なのだから、客も少ないのだろう。そもそも、このバー自体、よくこの時間から営業しているな、とケインは思っていた。だが、情報収集には丁度良い。バーのマスターともなれば、様々な情報を知っていることだろう。
 尋ねた内容は、この周囲にバグアへ下った人間がいないか、ということ。マスターはグラスを磨く手をいったん休め、ちら、とケインを推し量るように視線を投げた。
 それだけで十分だ。
「誤魔化したって無駄さ。教えてもらおう」
「関係のないことです」
 目を逸らすようにして、再びグラスを磨く。
 テーブルの方から声が上がった。
「教えてやれよ、マスター。知られてどうなるってことでもねぇだろ?」
「そうそう。どうせ言ったってどうなるもんでもねぇんだし。言わないから得する、ってこともないだろ? それに、他の連中だって知ってることさ」
 グラスを片手に、男達はケタケタと笑う。ふん、と鼻を鳴らしたマスターは、ややあって小さく溜め息を吐き、グラスを棚に乗せた。
「知っての通り、この辺りはバグアの領域も近い。この街から奴らに下った男も、いる。街を出て南へ進めば、分かりますよ」
「南だな」
 それだけ聞けば十分だ。代金を置き、ケインはバーを後にした。

●参加者一覧

クロノ・ストール(gc3274
25歳・♂・CA
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
滝沢タキトゥス(gc4659
23歳・♂・GD
リズレット・B・九道(gc4816
16歳・♀・JG
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
綾河 疾音(gc6835
18歳・♂・FC
ビリティス・カニンガム(gc6900
10歳・♀・AA
高見沢 祐一(gc7291
27歳・♂・ST

●リプレイ本文

「今回も頼むぞ」
「‥‥はい」
 敵がいるという森へ向かう途中、滝沢タキトゥス(gc4659)は、身長とほぼ同じ大きさの銃を担ぐ少女リズレット・ベイヤール(gc4816)に声をかけた。一緒に仕事をするのは、今回が初めてではない。だから「今回も」なのだ。信頼の表れとすら言える。
 返事は、小さく、静かながら、しっかりとしたものだった。むしろ、そうでなくては困る。
「熱いもんだね」
「そんなんじゃないですよ」
 茶々を入れたクロノ・ストール(gc3274)に、滝沢は苦笑した。恋愛感情と信頼関係とは全くの別物。が、他人から見れば、そのようには映らないこともしばしばある。最もよく理解しているのは当人達、ということだ。
 これで気を悪くしたのはリズレットの方だ。彼女には婚約者がいる。その相手とならばともかく、別の人とそういったように見られるのは心外だった。
 むすっとしたのが、誰の目にもはっきりと分かる。冷や汗を流しながら必死に謝るクロノを、「ただの冗談なら‥‥」とリズレットが許したことで、ハラハラしていた滝沢もほっと胸を撫で降ろした。
 やれやれ、と何か別の話題の種でもないかと、ぐるりと周囲の様子を見まわす。そこでふと目に止まったのは、高見沢 祐一(gc7291)の抱えるビスクドールだ。自称置物マニアな滝沢なら、いやそうでなくても、こんなところに持ってきているのだから、これが武器であることくらいすぐ想像がついただろう。傭兵の武器って、不思議なんです。が、知っていてもなお触れずにはいられない。それが性分というものだ。
「良い人形ですね」
 陶器で出来た人形、というのも、最近はアンティーク品としてくらいでしか、目にする機会はなくなってきた。が、これもいわゆる古き良きもの、と意識されることが多い。滝沢も、そういった嗜好に示す理解があるのだろう。
 あぁ、これか。と高見沢。人形を抱えているということに恥じらいがあるわけでも、口を開くのに疎ましさがあるわけでもなさそうだ。むしろ、よくぞ目をつけてくれた、とでも言いたげである。
「きっとこれで相手は油断するだろう。そして、これが武器だとは思うまい。きっと不意をつけるぞ」
 自信満々に、高見沢は言う。が、多くの超機械は形状的にも奇妙なことが多く、人形だから相手が油断するかと言われてみれば、やってみなければ分からないところである。超機械って、不思議なんです。
 相手、と言えば。
「金塊窃盗犯、でしたか?」
「能力者でないと現行犯逮捕できないのが厄介ですね」
 秦本 新(gc3832)が預かってきた資料を手に、依頼の内容を確認する。
 街から金塊を奪った男達が、森へ向かったとの報告があった。調査により、男達はバグアと関係があることがほぼ確実であるとの結果も出ている。人のいるところを離れるのは好都合。この隙に男達を始末し、奪われた金塊も取り戻してほしい、とのこと。
 一人の名はギル。真人間だが、バグアに下り協力しているらしい。一人の名はボア。ギルの用心棒のようだ。これを見るだけで、二人はある種の主従関係にあることが分かる。
 面倒といえば、面倒だ。トゥリム(gc6022)の言うように、相手がバグアに繋がっているのであれば、普通の人間には手に負えない。
「こういう仕事だし、あの人が来たりしねぇかな」
 仕事の内容を聞きながら、ビリティス・カニンガム(gc6900)が呟いた。
「あの人?」
「いや、こっちの話だ。気にすんなって」
 綾河 疾音(gc6835)がツンと顎を上げるようにしてビリティスに目を落とす。が、特に深く突っ込むこともないだろう。どうも新たな敵の情報、というわけでもなさそうだ。
 気がつけば、森はもう目の前というところにまで歩を進めていた。

 風の引く五線譜に生い茂る青々とした葉が音を並べ、その調に乗せて姿の見えぬ小鳥が囀る。精霊でもいるのだろうか。振られる指揮棒に、自然の声が踊る。その中に、指揮には乗らぬ声があった。
「この辺りに隠そう。この木は幹が太いから、良い目印になる」
 男はムスタッシュを指でなぞり、ステッキで木の根をコツコツと叩いた。脇に控える、色黒で2mはあろうかという巨体の男が大きく頷くと、手に持っていたアタッシュケースを降ろした。
 色黒の男は腰に差していたトマホークを取り出すと、それを地面へ突き立てる。そして土を掻き出すようにして穴を掘り始めた。
「はいそこまで、もう逃げられないよ」
「何者!」
 だがそこに現れた八人の傭兵。
 そんな台詞と共に現れた、ということは、双方の目的は互いに通じていると考えて良い。自ら接近していった傭兵達はともかく、二人の男が緊張するのも当然だ。
「わざわざこんなとこまで来て宝隠しか、ごくろーさん」
 綾河が、声をかけつつニッと笑う。
「ぼ、ボア、奴らの相手は任せるぞ!」
「任セロ、ギル」
 ムスタッシュの男――ギルは、用心棒である色黒の男ことボアに後を託し、アタッシュケースを抱えて逃走し出した。
 傭兵達が追おうとするも、ボアが割って入った。これでは追いかけられない。
「待てい!」
 ギルの行く手を遮る赤い影が現る。真っ赤なスーツに真っ赤なフルフェイスヘルメット。そして額に輝くGの文字。
 彼を知っている少女がいた。
「Oh! ユーは親友の仇を探し、エミタもナッシングなのに強化スーツを装着して戦う正義のヒーローネ!」
 西部劇に出てくるようなガンマンの格好をしたビリティスだ。その赤い男を見てキャッキャと声を上げる。イメージチェンジはまず外見から、という言葉は筆者がこの場で勝手に思い付いた言葉であるが、あながち間違いでもあるまい。彼女の言いまわしが、エセアメリカンなのはその格好のせいだろう。
「声援ありがとう! ギャバッと参上、ギャバッと解決。人呼んでさすらいのヒーロー! 怪傑ギャバァット!」
 ベベン! ベベンベベン!
「何だあんたは? ヒーロー気取りの狂人か? 家に帰って茶でも飲んでおく方がまともだぞ」
「自己紹介はいいから下がって」
 滝沢やクロノの言うことは、少々きついが正論だ。こんな空気の読めてない人間は、邪魔にしかならない。相手が能力者なら話は別だが、先にビリティスが言うには、どうもそうではないようだ。そもそも、以前にもこういうことがあったということ自体、彼らにとっては驚きだったろう。
 しかしギャバット、どうやらかなりポジティブな性格の様子。むしろ迷惑なくらいに。
「大丈夫だ、問題ない。こっちの髭男は任せな!」
 大丈夫な気がしない。
「えぇい。ボア、この男から始末するんだ!」
 ギルの指示で、ボアがトマホークを大きく振りかぶり、投げた。
 とっさに反応した秦本が割って入る。あわよくば叩き落とそうとしたのだが、しかし、庇うので精いっぱいだった。
「ぬぐ‥‥っ」
 秦本を襲ったトマホークは、そのままボアの手に収まった。
「貴様がボアか! 知っているぞ、トマホークの達人‥‥。ただし、世界じゃあ二番――」
「いや、三番目だ!」
「何‥‥! デハ、一番ト二番ハ!?」
 ギャバットのセリフを食い、秦本が高らかに宣言する。
 ボアに尋ね返され、秦本はチッチッチッと舌を鳴らし、自分と、そしてギャバットを指で示した。
「あいつら、何やってんだ‥‥」
 遠巻きに見ていたくなるような光景に、綾河がぼそり。そりゃ、ごもっともで。
「‥‥」
 やや高地になっている場所に陣取り、身を伏せてチャンスを窺っていたのはリズレットだ。相手の動きが止まっている。この機を逃すつもりは、ない。彼女は、無言のまま引き金を引いた。
 そしてそれがもたらす結果を見ることなく、移動を開始する。一か所に留まるのは危険だ。
「ンガァッ!」
 弾丸は、ボアの左肩に命中。狙撃されるなど夢にも思っていなかった彼は、大きく体勢を崩した。
 すかさずトゥリムがライオットシールドを地に突き立て、その陰から射撃を開始。滝沢も続いた。
「ギャバット、貴方はあの燕尾服の男を!」
「そのつもりさ!」
 戦闘が本格的に始まったところで、いつの間にか逃走し出していたギルを、ギャバットと秦本が追って行った。
「フンガァ! 痛、クナイ!」
 全く効いていないということはないはずだが、しかしボアはダメージを受けたそぶりを見せない。
 むしろ弾丸の引いた線をかいくぐるように、その巨躯に似合わぬ素早い動きで間を詰めた。狙う先にいたのは、高見沢。
「ドールを持っているからって油断したかね?」
 目論みにハマッた。彼はそう思った。超機械「ビスクドール」を突き出し、起動させる。
 苦痛なのだろう。一瞬ボアの表情が歪んだのを見、高見沢は笑んだ。
 だが、油断したのは高見沢の方だった。攻撃することばかりに意識が集中しすぎたせいで、位置取りや攻撃後の離脱などを一切講じていなかったのである。実戦経験の少ない彼に、強化人間の攻撃をとっさの判断で回避するのは難しい。
「目障リダ! 消エロ!」
 振り下ろされたトマホークが高見沢の胸を裂く。
 悲鳴すら上げられない。
「このっ」
「待て、高見沢ごと撃つつもりか」
 トゥリムが銃を構えなおしたが、綾河が制止。
 それほど、ボアと高見沢は近づきすぎていた。
 ならば、とビリティスが一気に距離を詰める。
「ミーの零距離射撃受けてみるネ!」
 小銃をボアに突きつけるよう、超至近距離でトリガーを引いた。
 獣のような咆哮を挙げたボアは、狙いをビリティスへ変更。斧を振りぬく。
 回避――急所を外すので精いっぱいだ。
「離れろ!」
 クロノが叫ぶ。反射的に飛びのいたビリティスと入れ替わるように、クロノがシールドを前に突撃した。
 勢いと衝撃にボアが揺れる。その隙を逃さず、炎剣を振りぬいた。
 剣先が、確実にボアの腹部を捉えた。血は出ない。代わりに肉の焦げた臭いが微かに舞う。
 このまま追撃をかけたいが、倒れている高見沢を放置するわけにもいかない。相手が体勢を立て直す前に、クロノは高見沢を抱え後退した。
「自分で応急処置出来るな?」
「あぁ。自分を治療することになるなんてな」
 舌打ちとともに、自らに練成治癒をかける。目に入るところの傷で良かったと、つくづく思いながら。
 ボアは、まだ立っていた。勝負はこれからだ、と言わんばかりだ。
「ブゥルァアアア!」
 トマホークが投げられた。
 その軌道を見た滝沢がとっさにソードブレイカーを盾代わりにするが、しかし、受けきれない。放られたものとは思えないほどの力に、滝沢は思わず尻餅をついた。
「マダダ」
 手に戻ったトマホークを掲げ、至近にいたトゥリムへ襲いかかるボア。
「こういう時は、あえて!」
 トゥリムは、逃げるのでなく、逆に懐へ飛び込んだ。トマホークの刃は空振り。盾をボアの腹に当てたトゥリムは、そのまま拳銃を放った。
「ン、グゥ」
 足元にまとわりつくようなトゥリムを蹴飛ばすようにして距離を取ったボアは、またもトマホークを投げた。
「盾なら!」
 それを受けたのはクロノだ。盾を構える腕に力を込め、トマホークブーメランを受ける。
「おらァ!」
 盾とトマホークがぶつかる瞬間、綾河が斧の腹を蹴り上げた。と、意外なほどあっさりと、トマホークが力をなくし、落下する。
 綾河は、ニタリと笑った。
「さぁ、お楽しみの時間だ!」
 爪と刀を構え、綾河がボアに迫る。
 素手でも応戦するつもりか。ボアが拳を突き出した。
 頬を裂かれる痛みに奥歯を噛みながら、綾河は相手の右肘に爪を突き立てる。
「ンガァァアアアッ」
 これは、効いている。
「‥‥これなら」
 綾河が離脱すると同時に、位置を変えたリズレットが木に弾丸を跳弾させ、ボアの胸部を捉えた。
 相手はもはやふらふら。とどめを刺しにかかったのはビリティスだ。
「マニフェスト・デスティニー!」
 一気に解放した力を脚爪に回した一撃がさく裂する。
 大きく吹き飛んだボアは、背中から木に激突。膝をついた。
「やったか!?」
 誰かが叫ぶ。が、異変は突如現れる。
「グァ!? ア、ウグ、ンババ、バァ!?」
 ボアが、それまでの咆哮とも苦悶とも異質な、焦りのような声を発し始めたのだ。
「あいつは‥‥、そうか、おい、離れるぞ!」
「ンバァァアアアッ!」
 気づいた綾河の指示で傭兵達が撤退した直後、ボアの体内に仕掛けられたのであろう爆弾が爆発した。

「さ、そろそろ観念してもらいましょうか」
 一方で、秦本とギャバットはギルを挟み撃ちにし、逃げ場を塞いでいた。
 ここに来て、ギルは逃走を諦めたようだ。
「ま、待て、待ってくれ! 頼む、助けてくれぇ!」
「答えろ、ロンゴ・アッカーという男を殺したのは貴様か!」
 命乞いをするギルに対し、ギャバットは鞭をしならせて威圧的に尋ねた。
 ギルは完全に腰が引けている。
「違う、そ、そんな男は知らない!」
「貴様だなぁ!」
 ギャバットが鞭で地を叩いた。
「ほ、本当に知らないんだぁ!」
「問答無用。ギャバットダイナミィック!」
 振るわれた鞭は、ギルの胸を強打した。ギャッと悲鳴を上げたギルは、そのまま昏倒する。
「やれやれ。これでこっちのお仕事は終了か。あ、そうだそうだ」
 ギルが逃走しないようにと両腕を縛った秦本は、思い出したように胸からメモ帳とペンを取出し、サラサラと何事か書き始めた。
 そしてビリとページを千切り、ギルのポケットに挟み込んだ。

 この者、金塊窃盗犯人!

 しかし、この後にギルはすぐ爆発することとなる。
 ボアを始末してきた傭兵達が、秦本達にすぐ離れるよう伝えなければ、危ないところだったろう。
「能力者に仇探しを任せてはもらえないんですか?」
 去ろうとしたギャバットに対し、トゥリムは声をかけた。ビリティスを通し、ギャバットの目的を聞いた彼女は、一般人がこんなことをするのはあまりにも危険だと判断したのだ。
「そうだ。それに、君の友人は本当に仇討ち望んでいるのかい?」
 加えて、クロノも暗に「こんなことはやめろ」といった意味を込め、忠告する。
 だが、ギャバットは頑なだった。
「俺があいつの仇を取らなくて、誰が取る。何もしないでいるよりは、何かしたい。出来るなら、この手で」
 駄目だこりゃ、とトゥリムとクロノは肩を落とした。
「まぁ、いーじゃねぇか。俺はこういうの好きだぜ?」
 ビリティスが笑うが、そういう問題ではない。
「では、またな」
 話も聞かず、ギャバットは去って行った。民間人である彼を強制的に連れ戻す権限は、そういった依頼も出ていない彼ら傭兵にはない。拉致だ、と訴えられても叶わない。
 一同は、何だか頭の痛くなるような思いでLHへ向かう高速艇へ乗り込んだ。