●リプレイ本文
水中を二尾の魚、もとい二機のKVが進む。片方は鯱。片方は鮪。その雄々しく力強い姿に恐れをなした小魚達がパッと散った。
別に小魚を取って食おう、というわけではない。狙うのは、もっと大きな獲物だ。
「マグローン‥‥マグロ‥‥鮪‥‥」
鯱に見えるよう外装を改造したリヴァイアサン、レプンカムイの中で、オルカ・スパイホップ(
gc1882)は隣を進む今回の相棒の名を思い出し、ちょっと口元を緩ませた。彼、マグローン(
gb3046)の駆るリヴァイアサンの外見もさることながら、どうも鮪を連想させるものが多い。
オルカは、お腹でも空いていたのだろうか。
「今、垂涎していましたね?」
「はっ! あぶないあぶない!」
その言葉が、全てを物語っていた。
思わずマグローンは苦笑しつつ、周辺の様子に気を回した。ただKVを泳がせているのではない。これも作戦行動の一環なのだ。
「敵は?」
「んー、そろそろいてもおかしくないんだけどね〜」
「後方は‥‥ついてきていますね。もう少し前進しましょう」
「アクアラインは?」
「もう1kmほど先のはずですが‥‥」
彼らは、いわば餌だ。こんなに大きな餌があってたまるか、という冗談はともかくとして、まず、彼らが先に交戦しなければ話にならない。
そのためには、敵に出てきてもらわねばならないのだ。
「この辺にソナーを撒いておきましょう。反応があるかもしれません」
「じゃあ、僕は後ろの人達に通信しておくよ〜」
マグローンの機体からソナーブイが吐き出される。しばらく様子を見るため、二人はその場に留まった。
その旨はオルカによって後方にも伝えられた。
「こちらでも撒いておきましょう‥‥」
連絡を受けたBEATRICE(
gc6758)は、今いる場所を敵の迎撃地点だとしてソナーブイを撒いた。作戦を円滑に進めるためなのはもちろん、不意の奇襲にも備えるためでもある。
彼らの中には、水中戦に不慣れな者も多数いた。今しがたブイを放ったBEATRICEもその一人。彼女と行動を共にする高見沢 祐一(
gc7291)もそうだ。地上や空中での戦闘を想定して開発された機体に搭乗する二人は、水中キットを装備しての参戦となる。
「水中戦闘は勝手が違って、難しいですけれど、大丈夫そうですか?」
そんな二人を、乾 幸香(
ga8460)が心配して声をかけた。水中キットを装備することでどのKVでも水中戦闘に耐えることが出来るのだが、代償として機体の性能ががくりと下がる。加えて、彼女が言ったようにまず勝手が違う。
「何とかなるだろう。どちらにせよ、KVでの戦闘自体初めてだ」
そう高見沢。
「水中戦闘は避ける事が難しいからな、肝に銘じておくことだよ」
「避ける必要がなければ、良いのです‥‥」
BEATRICEの乗る機体はロングボウ。長距離射撃を得意とする機体だ。当然のことのように魚雷をわんさか積んでいる。最大の特徴であるミサイル誘導システムは武器の折り合いから使用は出来ないが、こういったものはイメージだ。それに、動きが鈍っているから魚雷で長距離攻撃、というのも有効的なように思える。
そうだと理解して、佐賀繁紀(
gc0126)は内心ホッとしたようだ。それならば、存分に戦える。
「もうすぐ来るかな。手はず通りにいくよ、気を引き締めてね」
オルカからの連絡から少々時間が経ち、旭(
ga6764)が展開を促す。
各機体ごと、また水中キット同士といった非常に分かりやすい編成で、各々が展開。水中キットを装備したBEATRICEと高見沢を中心に、ビーストソウルを駆る旭と青島・遼平(
ga0258)、加えて古館 遼が左翼、アルバトロスの乾と佐賀が右翼に回った。
「コイツは絶対、負けらんねぇな」
傭兵としての活動にはかなりブランクのある青島。日本出身の彼にしてみれば、故郷の奪還作戦と聞いて思わず体が動いた、といったところだろうか。その意気込みは他者に勝るとも劣らない。
彼は今、故郷の海にいるのだ。
ホーミングミサイルを発射したのは、マグローンのリヴァイアサンだ。発見した敵の注意を引くためである。
「よし、少し退きますよ」
後方には味方が待機している。そこまで敵を誘き寄せ、袋叩きにする。それが作戦だ。もちろん、敵を誘うにはそれなりの危険が伴う。だから機動力に優れるリヴァイアサンを駆る二人がその役に回ったのだ。
ミサイルが捉えた敵は、水中での戦闘経験がある者にとってはお馴染みのマンタワームだ。その他にゴーレムやメガロワームの姿も確認出来る。それらが、今の攻撃で簡単に釣られるか、といえば、そうではなかった。
後退してすぐはマンタワームやメガロワームが後を追って来たのだが、間もなく待機している味方が見えてくるかというところで、敵が元の持ち場へとUターンしてしまったのだ。
「あれ、帰っちゃった?」
「予想済みです。ここから前進と後退を繰り返しますよ。相手はきっと、持ち場を離れすぎないようインプットされているのでしょう」
ともかく、まずは誘い出さなければ作戦は始まらない。
かくして、二度目の挑戦が始まった。
引き返す敵をすぐに追いかけたため、相手が持ち場につく前に交戦状態へ持ち込むのに苦労はなかった。マグローンが再びホーミングミサイルをマンタワームへぶつけてやると、驚くほどあっさりと、敵は反転して攻撃をしかけてくる。
「すぐに後退せず、このまま少し戦いましょう」
「倒しちゃってもいいかな?」
「‥‥まぁ、可能ならいいんじゃないですかね」
自分の愛機に自信のあるオルカ。どうせ戦いながら作戦にはめていくのなら、可能な限り倒してしまっても問題はないはずだ。むしろ、その方が味方も助かるのかもしれない。
ただし、無理をし過ぎないように。マグローンはそう注意を付け足した。
ミサイルを受けて完全に動きの鈍ったマンタワームへ、オルカのレプンカムイが迫る。ぐん、と人型へと機体を変形させ、その手に光るレーザークローでワームを引き裂き、沈黙させた。
「流石ですね。こちらも負けていられませんか」
その威力を目の当たりに、マグローンは拳を強く握り締めた。同じリヴァイアサン乗りとして、その勇姿は誇りと言える。
彼も敵との距離を詰め、ガトリングによる射撃を開始した。
「来ましたね‥‥」
ソナーの反応を見て取ったBEATRICEが、敵の接近を示す。
「上手くやってくれたみたいだな。迎撃準備は大丈夫か?」
「言われるまでもありません」
にわかに通信の状況が慌しくなる。既に敵を包囲する手はずは整っているから、後は袋叩きにするだけだ。
が、流石に敵も気づいたか。リヴァイアサンと戦闘していたワーム達は、待ち構えていた傭兵達を確認するや撤退を始めた。
「言ったそばから‥‥。食い止めます、魚雷発射!」
乾が小型魚雷を発射したのを始めとし、他の面々も次々に魚雷を発射してゆく。
敵をアクアライン付近から引き離したのは、単に包囲するだけでなく、アクアラインへの損傷を抑えつつ思い切り戦うためでもあるわけだ。
視界が塞がるほどに大量の魚雷がワーム達を襲う中、リヴァイアサンを駆る二人はアクアラインを背にするよう位置取り。敵を東西南北から完全に包囲することに成功した。
「弾幕魚雷攻撃の後が見せ場だからな」
己の活躍を見せ付ける絶好の機会。佐賀のアルバトロスは、試作型の水中用粒子砲「水波」を構えた。
弾幕に装甲を窪ませ、焦げ付かせたワーム達が突出してくる。佐賀はそれを狙い、正確に撃ち抜いていった。
アルバトロスといえば、もう一機。乾がいる。粒子砲で機動力を失ったマンタワームにぬらりと近づき、急速に人型へ変形、ディフェンダーを振りかざした。
「失速しない海中なら!」
こんな芸当も出来る。
振り下ろしたディフェンダーは、マンタワームをスクラップへと変えた。
「切り込もか‥‥いや、止めておこう」
「出来ること、そうでないことを、認識するのも、大事ですから‥‥」
そんな様子を見て前へ出たくなったか、高見沢が自分に言い聞かす。
端から砲台としての役割に徹するつもりだったBEATRICEは、そもそも近接武器を持ってきていない。そんな欲求が起こりにくいのも頷けることで、その分、行動を共にする高見沢を諌めることに意識を割くことが出来た。
「まぁ、そうだな。銃撃に努めるか」
目の前に迫ったゴーレムにガウスガンを撃ち込み、落とす。高見沢一人のやってのけたことではなく、当然、最初にリヴァイアサンが引き付けてきた時や魚雷による攻撃時などに蓄積したダメージあってのことではあるが、敵を落とす感覚を掴んだ高見沢は、内心笑んだ。
だからこそ、前に出たくなる気持ちを抑えるには、一層強く自分を諌めなければならなかった。
ビーストソウル組も負けてはいない。
「さーて、お出迎えだ」
青島が意気揚々とガウスガンを放つ。狙いを定めた先にいたのはゴーレムだ。
いかに魚雷をばらまいたとは言え、流石にすぐ撃墜というわけにもいかない。それは本人も分かっていた。
もちろん、青島だけが分かっていたわけでもない。
「さぁ、暴れようか!」
ゴーレムの頭上には旭が。
「目の前を優先しすぎたな!」
ゴーレムの下方には古館が。
それぞれ回り込んでいた。
敵は慌てるようにして砲身を構えたが、もう遅い。ゴーレムは完全に彼らの陣中にいた。
旭と古館が、交差するようにお互いの武器をゴーレムへ突き立て、装甲を裂き、抉る。
そこへ青島が肉薄した。
「散れぇ!」
突き出されたレーザークローに貫かれ、ゴーレムは為す術なく沈黙した。
「残りは?」
「マンタはゼロ、ゴーレムが二匹にメガロも二匹だ」
「随分少ないですね」
彼らは次の獲物を探しつつ、周囲の状況を確認する。
青島の問いには、丁度アルバトロス班がゴーレムを撃墜したのを確認した古館が答えた。
順調だ。が、妙だ。敵が思っていたより少なく感じる。旭は疑問に思った。
しかしその疑問は、すぐに解消されることとなる。
「こっちに来るまでにいくらか撃墜したんだよ〜」
通信に割り込んできたのは、間延びしたオルカの声だった。
なるほど、彼のリヴァイアサンならば、ちょっとした無茶を押し通すことは出来るかもしれない。
「集中してください。サメが来ますよ!」
マグローンの呼びかけに、意識を正面に戻したオルカは、ここまで温存していた武器、大蛇を取りだした。サメ、メガロの数は二。その両方が、オルカへと向かっていた。
「片方は受け持ちます!」
その進路を塞ぐように、マグローンが愛機を進めた。敵の体当たりが来る。彼はそのタイミングを見計らって、海底へアンカーテイルを発射。錨の要領で機体を繋ぎとめた。
そこへ、メガロワームが突進。それを避けるでも、そのまま反撃するでもない。マグローンは、むしろ何もしなかった。
海底と繋がったリヴァイアサンは、衝撃に吹き飛ぶわけではなく、アンカーを中心にぐるりと円を描き、一瞬にしてメガロワームの後方へ回った。
そして、がら空きの背中へ、マグローンの大蛇が突き立つ。
「遠心力による速さをも上乗せした、必殺技‥‥、名付けて、【トルネード・タイフーン】」
静かにそう漏らす。
するとまるでその台詞を待っていたかのように、メガロワームの内部から装甲がはじけ飛び、海底へと沈んでいった。
一方でオルカは、体当たりには体当たり、といった戦法をとっていた。
「う、かは――ッ」
相手が突撃してくるのだから、自分も正面から突撃。
機体と機体がぶつかる瞬間、オルカはエンヴィー・クロックでエンジンの出力を増大、機体を急停止させることで、一瞬のインパクトを強くした。
さしものメガロワームも、これにはぐらつく。
強烈なGがオルカを襲ったが、しかしそれを気にしている場合ではない。さっと大蛇を煌かせ、機体の制御を失ったメガロワームへと突き立て、撃墜した。
「後少しです。一気にたたみかけましょう」
勝ちを確信した乾が、二機のゴーレムの間を縫うようにガウスガンを発射。分断した片方へ高見沢とBEATRICEが銃撃を、もう片方へ佐賀が粒子砲を見舞った。
そこへビーストソウル班が合流。
「インベイジョン起動!」
BEATRICEのガトリングと入れ替わるように、旭のビーストソウル、サベージクローがレーザークローを一閃。佐賀の粒子砲の途切れたタイミングで古館が銃弾を撃ち込み、青島がガウスガンを放った。
あっという間に、ゴーレムは沈んだ。
傭兵達の包囲作戦は、まさに大成功。快勝と呼ぶにふさわしい戦果を上げた。
アクアラインまで進む。
戦闘の影響か。近辺に敵性反応はなかった。
「2派3派と出て来る気配は‥‥ねぇな。とはいえ、警戒しておくに越したことはないか」
青島の呼びかけに応じ、傭兵達は燃料のある限り周囲の警戒を行うことにした。
ここですぐ退いてしまっては、敵の補充機体がすぐに回されてしまうだろう。ここはもはや人類側の勢力だ、と見せつけておく必要があった。
「魚が暫くは寄り付きそうも無いな、これは」
佐賀が一言。戦闘により水が濁ってしまっているのがよく分かる。
だが、マグローンは言う。
「いずれ‥‥きっとすぐに戻ってきますよ。私もね」
「どういう意味だ?」
「内緒です」
いまいち、要領を得なかった。マグローンには何か確信めいたものがあったのだろう。しかしそれは、決して他人に伝わるようなものではなかった。
自主的な警戒任務は、実はこの後すぐに終了することとなる。
次の作戦は、もう既に始まっていたのだ。アクアラインを越え、東京湾に決着をつけるための作戦が。