●リプレイ本文
●クラリーの憂い
「秋姫・フローズン(
gc5849)伍長、到着しました」
UPC軍服(もちろん借り物)を着込んだ秋姫は、合流するやクラリー少佐へ敬礼。伍長というのは、かつて、クラリーと彼女の間に築かれた関係を示すもの。その階級は非公式ながら、クラリーの管理下であり、かつ他の軍関係に影響を受けず、与えない限りにおいてのみ保証されたもの。
要するに、クラリーの前で軍人としての振る舞いが許可されているだけに過ぎない。
制約は多いものの、活用の幅は、ある。
例えば、ちょっとした友好関係。信頼関係と言っても良いかもしれない。
「遠路はるばる御苦労。息災で何よりだよ」
敬礼を返し、クラリーは合流した傭兵をぐるりと見回した。
見たような顔がいくらかそろっている。彼は鼻息で笑んだ。
「生き延びてくれて何より。貴官の様な面白い男、早々居らんからな」
「ほう、私がかね?」
そうだ。とグロウランス(
gb6145)は口角を上げた。
彼とクラリーが実際に接したのは、クラリー逮捕の時のみ。
クラリーはグロウランスのことをほとんど知らない。だが、逆もまた然りというわけでもなかった。
グロウランスは調べたのだろう。クラリーのことを。そして、面白い男、と評したのだ。
「新部隊〜♪ しかもならず者の集まりでしょ? 大変だよね、クラりん」
「‥‥なかなか面白い小娘だ。良いか、もっと思い切ってすっとこくらりんくらい言えるようになるのだ。そうでなければ大物にはなれぬぞ」
これから戦闘を行うテンションとは思えないような明るさで、エレナ・ミッシェル(
gc7490)がピョンピョンと跳び跳ねる。
妙なあだ名で呼ばれたクラリー。彼は、そういったことに対して腹を立てるようなことはしない。面白いものは、好きだ。彼にしてみれば、ほんの軽いジョークである。
そう言ったクラリーの脇では、「ほらな」とグロウランスが肩を持ち上げた。
「それで、少佐。厄介な隊のようだけど、具体的にはどんな感じなのかしら?」
残念ながら、ふざけ合っているだけの余裕はない。ロシャーデ・ルーク(
gc1391)は、まず確認しておくべき情報の引き出しにかかった。
依頼の備考に、書いてあったのだ。「癖の強い兵がそろっている」と。
今回共に戦うのだ。その特徴を聞いておきたいし、もし問題があるなら、対処法を考えねばならない。
「ふむ。まず、軍の――あるいは、隊の中で厄介者扱いを受けた者が集められている」
「‥‥懲罰部隊に左遷か。少佐殿も苦労するな」
Anbar(
ga9009)が溜め息を吐く。
全くだ、とクラリー。
「今特に気をつけておきたいのは、三人だ。気が弱く、まともに戦えるか怪しい者。敵味方構わず攻撃する、と報告のある者。そして、勇猛果敢過ぎる者、だ」
「気が弱いか。敵前逃亡の可能性は?」
そんな疑問を挟んだのは高見沢 祐一(
gc7291)。
頷きを以て、返答。
ちなみにアレだ、と、クラリーは問題の三人を指差して示した。
その容姿から、どれが誰なのか、滑稽なほどに分かりやすかった。
中でも秋姫の目を引いたのは、気が弱いと評された兵だった。まだ若く、青年と呼べる風貌だ。
「あの‥‥、何か不安な事でも?」
明らかに目が泳いでいる。武器の点検をしていた彼だが、その挙動は不審。秋姫は彼へと近づき、声をかけた。
もしこれが何か不安や心配――簡単に想像出来るところでは死ぬのが怖い、といった感情からきているのならば、励ますことでそれを取り除くことが出来ないか、と考えたのだ。
青年はピクと反応したが、秋姫と目も合わせず、武器の点検を続けた。
「無駄さ」
車両に背中を預け、太陽光をナイフに反射させて遊んでいた男が口を挟む。
「そいつはまともに話も出来やしねぇ。つまんねぇ男さ」
「私はティームドラと言います。失礼ですが、あなたは‥‥?」
燕尾服をビシリと着こなしたガタイの良い男、ティームドラ(
gc4522)がナイフの男に名を尋ねる。
ビル、と名乗った。
「何考えてるかも分からないやつさ。このヘタレが、敵を全部ぶっ殺してやんなきゃ、殺られちまうだけだってのによ!」
ツバを吐く。
その横で、秋姫は例の青年の腕に手を添えた。
「貴方は私が守ります」
誓いだった。
ようやく、青年が秋姫を見る。
秋姫は、まっすぐと力強く、そして優しく包むような視線で返した。
「違う。俺は‥‥」
ボソリ。
視線を外し、青年はほんの少しだけ呟いた。
何か大事なことがある。言葉の先に、取り除きたいものが‥‥。
だが青年は口を閉ざした。
「まーまー。ほら、これ貸してあげるからさ」
のっちのちと寄って来たのはエレナ。半ば強引に握らせたそれは、笛だ。
「危なくなったら吹いてよ。そしたらすぐ助けにいけるからさ」
青年は、目を合わせようとしない。
その脇で、エレナの笑顔は、なんだかちょっと怪しかった。
「喋っている時間はもうないぞ。‥‥来やがった」
スキルを以て索敵していたラス・ゲデヒトニス(
gc5022)が報告する。今回討伐すべき敵の接近を感知したのだ。
「各員持ち場に。我が隊の初陣である。各員奮戦せよ」
クラリーの号令に併せ、にわかにその場は慌ただしくなった。
●トカゲの大進撃
作戦について提案したのは秋姫とロシャーデだった。
まず、クラリー隊の面々で二人一組のグループ化を行い、それらを極近い間隔で配置。そして傭兵は遊撃に当たって隊のフォローに回ろうというのだ。
全方位への対応。それが強みではあるが、問題が一つ。
「要は、囲まれてるから逃げれねぇってこったな。もし傭兵殿が役に立たなかったら、俺達ァ全滅っつーワケだ。それとも、俺達がさっさと逃げちまうような臆病モンとでも思っていらっしゃるのでしょーかねェ? 傭兵殿は」
陣形を聞き、一人の男が大げさな身振りで、これまた大きな声で嫌味を垂らした。この男、敵味方問わず撃ちまくるトリガーハッピーと呼ばれていた男である。
「よすのだ。作戦行動中であるぞ」
あんまりな態度に、クラリーがストップを入れた。ある程度の無礼は、咎める気はない。だが、今敢えて互いに害し合うことは何の得にもならないのだ。むしろ士気の低下に直結する。
それに、もう敵は目の前まで来ているのだ。いつ飛び出してきてもおかしくない状況。急ぎ布陣を整えねばならない。
これ以上作戦について話し合っている時間など‥‥ない。
「今提案された作戦を採る。急ぎ配置に就け!」
兵達がバタバタとひとまず陣を形成する。
最初のトカゲが飛び出したのは、その直後だった。
「後方支援も一つの闘い方だ! 強化は任せろ!」
戦闘開始に合わせ、高見沢がAnbarへ練成超強化をかける。
練力は無限ではない。彼の力では、超強化を使えるのは一回が限度。前衛全てにその恩恵を行き渡らせることはできない。
「ちっ、夜と昼じゃ別物だな」
昼の砂漠での戦闘経験のないラスは、夜との環境の違いに戸惑っていた。極寒から、猛暑。この差は大きい。超機械「魂鎮」を握る手にも汗が滲む。
傭兵達がトカゲの対応に当たる後ろでは。
「来やがったな。俺のナイフ捌きを見せてやるぜ!」
先にビルと名乗った男は、あのナイフを手に陣形から飛び出した。
「おい待て」
そこに待ったをかけたのは、グロウランス。その腕を掴み、無理矢理に引き戻す。
能力者でもない者が、キメラ相手に突出するのは危険だからだ。
「少し落ち着け。犬死にすることもないだろう。特攻する時こそ、クールにな」
「そうかい。じゃ、フォロー頼んだ!」
手を振り払うや、ビルはそのまま突撃してしまった。
やれやれ、と首を振りつつも、真に危機を迎えたら強制的に連れ戻せば良かろうと切り替え、彼の援護に当たる。
それとは対照的に。
あの青年は武器を構えるだけで発砲もせず、青ざめた表情でじりじりと後退していた。といっても、円陣。数に任せたトカゲの包囲網から逃れる術などなかった。
「ボサっとしていないで、撃ちなさい。たった二十人しかいないのに、一人でも欠けたら他の者に害が及ぶわ」
ロシャーデが隣に立ち、拳銃を撃ち鳴らしつつ声をかけた。
だが青年は撃とうとしない。それどころか、徐々に銃を降ろし、攻撃する意思すらも失ったようだった。
非能力者を抱えつつの、大量の敵との戦闘。それは、容易なことではない。
そこへトカゲが飛び出した。
「危ない!」
咄嗟に、ロシャーデが青年を突き飛ばす。彼女は、彼の代わりに左肩へトカゲの牙を受けた。
「‥‥っ!」
肩口に銃を当て、零距離射撃を以てトカゲを吹き飛ばす。
「あ、あ‥‥」
「‥‥ちょっと、手当てに下がるわ。いい、怪我したくなかったらしっかり戦うのよ」
太陽は照りつける。
トカゲはわんさかと出てくる。しかもすばしっこく、中々攻撃を当てられない。まだ数える程度しか倒していないという段階で、砂漠の熱にやられる者が現れてきた。幸いにして倒れた者はいない。だが、水分補給をする必要が出てきたのである。
交代で円陣の中央に入れば比較的安全に水を飲める。兵も、傭兵も、そのやり方を採用した。
だが、それを採用しない者がいた。ティームドラである。
「攻撃の手を緩めるわけには参りません」
そういった理由だった。拳でキメラを殴り飛ばす戦闘スタイルの彼。そのうちの大事な片腕でスポーツドリンクを取り出し、水分補給。
だが攻撃の手を緩めず‥‥というわけにはいかなかった。何しろキメラは非常に小さい。彼ほどの体格でありながら、拳で戦おうとするならば、身を屈めつつ拳を振り下ろさねばならない。そして、その体勢での水分補給は困難だ。いや、そもそも無理だったのだ。
動きが止まる。そこへ、トカゲが一気に攻めかかった。
「ぬ、うぅっ」
腕に、足に、顔に。トカゲの爪が、牙が、鋭く深く侵入する。
身をよじっても、振り払えない。その体へ刻まれる傷は数を増やし、ついにティームドラは砂の大地へ倒れ、痛みに気を失った。
これをきっかけに、瓦解が始まる。
「ィィイイイヤァッ! こんだけいりゃ撃ち放題だぜ!」
例のトリガーハッピーは大フィーバーしていた。敵の数が多い。だからこそ狙いなどつけずに撃ちまくれば、弾丸を当てる快感を容易に得られる。
だが、それは同時に危険な行為でもあった。
「辺り構わず撃つな。流れ弾で人を巻き込んでは元も子もないぞ」
隊長であるクラリーが注意を入れる。
男の撃ち方は滅茶苦茶。前だけでなく真横へも発砲する。射撃の衝撃に耐えうる体勢であれば、辺り構わず撃ちまくっていた。
「銃声で聞こえませんや!」
明らかに嘘。だが、言葉が届いていない、というのは、別の意味で本当なのだろう。
その行為に苛立った傭兵が、Anbarだった。
「‥‥ちっ」
流れ弾を装い、その銃口を男の足元へ向けて発砲。威嚇のつもりだった。
「危ない!」
しかしそれに反応してしまった傭兵もいた。それが、秋姫。咄嗟に飛び出し、男の盾となる。
Anbarの放った銃弾が、彼女を捉えた。キメラの一撃より遥かに重いそれが、秋姫の体を揺する。
それだけではない。
地を捉えた弾丸は、SESにより威力を増幅させられている。その衝撃に、砂が舞い上がったのだ。
「ぬがァ!?」
「め、目がっ!」
すぐ近くにいた兵が、その砂をまともに被る。
砂漠の砂は、非常に危険だ。目に入れようものなら、失明したっておかしくない。彼ら兵には、必要な知識としてその情報は頭に入っていた。
だから、パニックが起こる。
「た、助けてくれ! 見えなくなっちまう!」
「水だ、水と桶を!」
恐怖で、兵が我を見失った。
「だ、駄目だ、包囲されちまってちゃ、目を洗うどころじゃねぇ!」
叫ぶ。
最早彼らにとって、戦闘すらもままならない。
こんなつもりでは‥‥。Anbarは奥歯を噛んだ。
その混乱の果て、兵の一人が無残に食いちぎられ、倒れる結果が残された。
「し、死んだ‥‥。人が、人が‥‥」
あの青年が唇を震わせる。
完全に無防備。今、彼をフォロー出来る能力者はいない。
トカゲは彼を狙っていた。
「!!」
咄嗟に、彼はエレナから預かっていた笛を吹いた。
助けてくれ、と。
しかし、誰も助けに行けない。あのエレナも、この右も左もない戦況に足止めされ、スキルを用いた高速移動すらも出来ない状況。
彼女の目論みは、半ば成功だった。笛の音に気を引かれたトカゲ達が、一斉に青年へ向いたのだ。
誰のフォローも間に合わない。
「あ、アァァァアアアアアアッ!!」
耳をつんざくような悲鳴を上げ、彼はただの臓器袋と化した。
そして、その付近にいた兵もとばっちりをくらう。青年のそれに加え、死体が二つ、増える。
「野郎がァ!」
例のトリガーハッピーが、よく見えもしない目で銃弾を撒き散らした。
これはいけない。場の混乱を助長させるだけだ。
そう判断したラス。
「ちょっと寝とけ」
子守唄を発動。
男は糸の切れた操り人形のように倒れ込む。
鎮静化。良い手、だと思った。だが、それがすぐに悪手だったことに、ラスは気づく。
「しまった!」
これだけ混乱した戦場。あの男のフォローに回れる者もまた、いなかった。
トカゲの集団は眠ったままの男を起こすことなく、むさぼり食う。
「ちっ、悪いが、今しか一網打尽にするチャンスは‥‥」
高見沢が動――こうとした。だが、彼の覚醒はそこで切れた。
「しま――」
戦闘開始直後に消費の激しいスキルを使用し、その後も自身や前衛をスキルで回復するなどしていたことで、練力が尽きたのだ。覚醒状態を辛うじて保っていたのだが、戦闘が長引く中、それも限界。今やほんのちょっと実戦経験の高い一般人でしかない。
ギロリ、とトカゲの目が高見沢を捉える。防衛手段はない。
トカゲが次々と彼に飛び付く。
痛みのあまりに上がる悲鳴。
「待ってろ!」
その声に、この状況に、全てに眉をひそめ、急ぎグロウランスが高見沢へ駆け寄る。
そして天剣を以てトカゲを払い落した。
劣勢どころの話ではない。これ以上の戦闘に、何の意味もない。
「私が包囲網の一角を崩す。諸君らは全力で撤退するのだ!」
クラリーが銃弾を撒き散らし、指示を飛ばした。
敗北。何一つ得るものなどない、敗北。認めたくなどないが‥‥。
銃弾を恐れたトカゲが、一瞬だけ、散る。
「今だ!」
誰となく叫び、そこから兵も傭兵も一斉に逃走。傭兵は、負傷した者を担いでの撤退だった。
そんな中。
「あぅっ」
最後に包囲網を抜けようとしたレベッカの足に、トカゲが一匹噛みついた。
「いかん!」
ナイフを以て、クラリーがトカゲを払う。その隙に彼女を脇に抱え、彼らは一目散に退くのだった。