タイトル:黒塚マスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/08 03:45

●オープニング本文


 その町人は、こう語った。

 若い夫婦が町に住んでいた。この町で生まれ育った二人だった。婚姻から一年少々。町中から祝福され、幸せそうに暮らしていた。
 丁度女が産気づいたが、予定日より二週間も早いことで、出産後の健康が不安だからと大きな病院で産もう、ということになった。だが、町は小さかった。大きな病院など、なかった。
 隣町へ行くには、山を越えなくてはならない。が、幸いにして車が通れる道はある。夫は車に妻を乗せ、夜の更ける前に隣町へと出かけていった。
 ‥‥それっきり、だというのだ。
 病院へ着いたら、町に暮らす夫婦の両親へ連絡がいくことになっていた。だが、それが一向に来ないらしい。逆に病院へ連絡を入れても、そのような夫婦は来ていない、という。
 急ぎ山道の捜索が行われた。何か事故を起こしてしまった可能性がある。
 この山には、岩屋があった。戦が起これば壕として使われていたそうだ。今は誰も住んでいないはずである。
 夫婦の車は、この岩屋の前で発見された。そして、夫婦が身に着けていた衣服が、岩屋の中で発見された。
 だが、肝心の夫婦は見つかっていない。
 様子を見るに、ただ事ではない。
 もしかしたら、キメラが潜んでいるのでは。
 誰かがぽつりと漏らしたその一言が不安を呼び、町人達はいても立ってもいられず、遂に傭兵へ山の見回りを依頼するに至った。

 キメラがいようといなかろうと、報酬は払うとのこと。
 ただし、もしキメラがいなかった場合は夫婦失踪の謎を解くか、強力なヒントを得て欲しい、とのことであった。

●参加者一覧

瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
イスル・イェーガー(gb0925
21歳・♂・JG
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
イルキ・ユハニ(gc7014
27歳・♂・HA
月隠 朔夜(gc7397
18歳・♀・AA

●リプレイ本文

●早朝
 事件が起こったという山は、実に静かなものだ。というのも、傭兵達が調査に入るため、邪魔にならないようにと一般人の立ち入りが禁止されているためだからであろう。だが、それとは異質な、不気味な静けさがそこにあった。
 隣町の病院へ向かうために車でこの山へ入り、そのまま消息を絶った夫婦。使用していた車は、この山に存在する岩屋の前で発見され、二人の着ていた衣服もこの岩屋の中で発見された‥‥らしい。
 と、いくら文面上の情報だけ集めたとしても、直に手にとってみなくては何も始まらない。傭兵達は、まずこの現場の調査から行うこととした。
 その面々の中で、特に目立つのが瑞姫・イェーガー(ga9347)とイスル・イェーガー(gb0925)の夫妻。夫婦での参加、とのことである。
「ひとまずはここで現場の情報収集。その後で二手に別れる、ね」
「現場の調査を続ける班と、町に戻って聞きこみをする班だね」
 事前に打ち合わせた手順を確認する夫妻。
「夫婦揃って『服なんか来てられるかー!』って野生に還っていったとかしただったら面白いオチなんですがね」
 などと冗談を飛ばすのは春夏秋冬 立花(gc3009)。状況的にまずありえないことではあろうが、ある意味平和な結果である。
 だが、笑ってもいられない。
「それが本当かどうかはともかく‥‥、物言わず襲うだけのキメラの業とは思えねえな。状況がどうも不自然だ」
「不自然って?」
 事前に得た情報を整理しつつ、イルキ・ユハニ(gc7014)が推測する。
 その根拠を、月隠 朔夜(gc7397)が問うた。
「仮にキメラの仕業だとすれば、別の情報があったはずだ。車が壊れてたとか、どっかに血がこびりついていたとかな。究極的に言えば、遺体が転がっていた、ってな」
「なるほど。そして夫妻がキメラに襲われたと仮定して、服が見つかったという岩屋へ逃げ込んだのだとすれば、そこはもっと凄惨な状態になっていたはず。我々に事前に与えられた情報には、それらが一切ない、と」
 推測を引き継いだのは大神 直人(gb1865)。
 ここに行きついた時点で、キメラの仕業、という可能性は希薄だろう、と言える。もちろん断言は出来ないが。
 もしこの推測が正しいとするならば‥‥。
「事故か、人間の仕業。キメラの仕業だとしてもよほど特殊な個体、ということですか〜」
「だいたいそんなところでしょうね」
 と、月隠が導きだし、瑞姫が同意する。
「でも推測は推測だよ。まずは調べて、情報を集めないと」
「そうですよ。それに、夫婦が亡くなっていると決まったわけでもないですから」
 そう言って歩みを速めたのはイスルと春夏秋冬だ。
 今立てられる仮説はもちろんある。だが、それが全てではない。
 さらなる証拠を集めればもっと考えを深めることが出来るだろう。
 かといって、もちろんここでの推測が無駄なわけではない。予めいくらかの可能性を出しておけば、それに沿った証拠が出ると、必ず答えに行きつくのだから。

 第一に怪しいものといえば、車。
 夫婦が山を越えるために用いたこの車だが、山中の岩屋の前で発見されている。特に外傷があるわけでも、荒らされた形跡があるわけでもない。
 第二に、岩屋。
 夫婦の衣服が――具体的な状況は不明なものの、発見された場所である。キメラが潜んでいるのでは、といった不安に駆られた町の捜索隊は、衣服の回収をしていないのだとか。何とも情けない話である。
 何にせよ、この衣服にはきっと何かある。そう見て間違いはなかった。
 だが物事には順序がある。まずは車だ。
「どうも、車の移動痕‥‥妙ですね」
 件の車は、舗装された山道よりやや外れた、土の道を通った先に停まっていた。岩屋がそこにあるのだ。
 そこで違和感を覚えたのが、大神だった。
 土にめり込むようにしてついたタイヤの痕。それが違和感の正体だ。
「ここへ来るのに迷った形跡がありません。そして、戻ろうとしたようにも見えません」
 彼の指摘によると、車が山道を外れてからこの岩屋の前へ来るまで、タイヤの痕がまっすぐと伸びている。迷いながら来たとは考えにくい。そして戻ろうとしたようにも見えない。
 あたかも、最初からここへ来るのが目的だったかのようだ。
「車内も荒らされた様子はないね。外装も、壊れたりはしてないし‥‥」
「やっぱり、ただキメラに襲われた、っていうような状況ではなさそうかな」
 外側から車を調べつつ、イェーガー夫妻が推測。
 ただし、月隠はそこに待ったをかけた。
「山道の、進行方向からキメラが現れて、道を外れてここまで逃げて、岩屋に隠れたところをやられてしまった、という可能性も〜?」
「否定出来ないな。だが、それにしたって車の状態が良い。もしキメラに襲われたなら、多少傷があってもおかしくはないだろう」
 キメラの仕業とはどうしても思えないというイルキ。もちろん、確証があるわけではない。だが、彼の中の本能とも言える何かが、答えの方向性を示していた。
「きっと足の遅いキメラだったんですよ! 車で逃げれば距離を稼げるような〜」
「まあ、ないとは言えんが‥‥」
 何かが、引っかかる。
 本当にキメラの仕業なのか? そんな疑問が。
「ともかく、岩屋を調べてみましょう。何か手掛かりがあるかもしれませんし」
 推論だけがいくつも浮かんで消える。
 だが今は、手掛かりを集めることを優先せねばならない。
 次に調べるべきは岩屋。春夏秋冬は他の面々を促すようにしつつ、自らが先頭に立って岩屋へと入っていった。
 早朝の岩屋は、暗かった。まだ陽が差し切っていないのだ。
 こんなこともあろうかと、春夏秋冬はランタンを用意していた。これで探査が大分楽になるはず。が、しかし、探査の敵は闇だけではなかった。
「う‥‥っ」
 異臭である。岩屋の奥から脳を鷲掴みにするような酸っぱい臭いが染み出てきたのである。
 思わず顔をしかめた春夏秋冬。それが、あまりにも強烈だったのだ。
「う、うあ‥‥あいひらくあいぃ〜」
 今の月隠の言葉を正確に表すならば、「入りたくないぃ〜」であるが、要は思わず鼻声になってしまうほどの異臭であったのである。それだけでなく、何だか涙まで滲んでくる始末だ。
 だが、入らないことには仕方ない。
「これは、キメラのせいにしたくなるのも、分かるかも」
 鼻を摘みながら苦笑して、イスルがランタンを借りて先を進む。
 だが、行き止まりまではすぐだった。岩屋は狭く、緩やかに曲がりくねっていた。その行き止まりというのは、入口から歩いて一分程度の場所で、ここに至るまで、人が並んでもせいぜい二人が限界という狭い通路のような造りだ。情報によると、防空壕として用いられていたらしいが、それにしては狭すぎる。
 ここまで来れば、ひとまずランタンを持ち歩く必要はない。イスルはランタンを春夏秋冬へ返した。
「おかしいな」
 そして、呟く。
「そうね。‥‥ないわ」
 あるはずのものが、ないのだ。ここで発見されたという、夫婦の衣服が。
 誰かが隠したのか? それとも盗まれたのか? はたまた、何かの見間違いだったのか‥‥。
 失われた衣服。まっすぐ岩屋へ向かったと見られる、無傷の車。妙に狭い岩屋。そしてこの異臭。
 今ここで得られる情報はこんなものだろうか。ここからは、これらが何を意味しているのかを探らねばならない。
「ひとまず、町で聞き込みをしてこよう。何かヒントが掴めるかもしれない」
 予め決めていたことではあるが、ここでひとまずイェーガー夫妻とイルキが山を降り、町へ向かうこととした。この山だけでは掴みきれない何かがあるかもしれないからだ。
 残りの面々は、引き続き山の調査を行うこととした。回収しきれていないヒントが転がっている可能性は大いにある。やることはまだまだたくさんあるのだ。

●昼の町
 三人が真っ先に訪ねたのは、失踪した夫の両親だった。理由は単純で、事前に得ていた情報だと、あの夜、隣町の病院へ行くよう提案したのはこの二人だからである。
 もちろん気になるのは、何故そんな提案をしたか、だ。
「この町には出産出来るだけの施設はあるが、万が一のことが起こっては対応しきれない。だから隣町の大きな病院へ行くよう提案した。そこには母方の両親も住んでいるし、安心出来る。夜に出発したのは、救急車を呼ぶだけの時間もなかったから」
 回答をまとめるとこういったことである。
「どう思う?」
 イスルがメモを見ながら、瑞姫に問う。
 だが彼女は、うーんと唸るだけだった。不自然な感じはしない。だが、引っかかるものがないわけではない。疑おうとすれば疑えるが、何か、決め手に欠けるように思えた。
「もう少し別の方向から聞き込みをした方がいいのかも。怪しい人がいなかったかとか」
「いや。ほぼ確実にいないだろう。いたとしても、町の中のことなら既に調査されて、ある程度洗い出されているはずだ」
 イルキが口を挟む。
「そっか、いたとしたら、私達に情報が入ってるか‥‥」
 では、何を聞き込むか。
「じゃあ、キメラの目撃情報‥‥も、あったらこっちに情報が入ってるか」
 考えを詰まらせる瑞姫。
 人間関係について、特に調べられそうなことはない。あの両親の言葉を信用した上で可能性を考えるのならば、他に共犯者を用いて夫婦の殺害を目論んだ、といったものくらいだろう。
「キメラの仕業、とか言い出した人がいるんだし、何でそう思ったのかとか」
 次の調査の題材は、イスルの言葉で決まった。
 これについては夫婦の捜索に加わった人物を当たっていくのが正解だろう。
 そしてその過程で、彼らは答えに繋がる重大な鍵を握る。

●昼の山
 岩屋の奥には何もなかった。あの不愉快な臭いがただ充満しているだけである。
 ここに何もないわけがない。まだ調べていないものが必ずあるはずだ。
 大神と月隠は一度岩屋を出る。そして車やその周囲に何か隠されていないか、再度調査を行う。
「では、本腰を入れましょう」
 そう言って、春夏秋冬は探査の目を用いて岩屋の中を歩いて回った。陽が差してきたとはいえ、薄暗い岩屋だ。探し物をするのであれば、このスキルは持ってこいである。
 奥に、怪しいものはない。
 ではその途上には? 見落とさぬように、春夏秋冬はゆっくりと道を戻る。

「おや、この臭い‥‥」
 鍵はかかっていない。ドアを開けて車の内部を調べていた月隠は、車中から漂ってくるそれに気がついた。
「岩屋の中の臭いに似てますね〜。この元になったものなり人なりが乗っていたのでしょうか〜?」
 言われてみて、大神も車中に首を突っ込む。そして即座に鼻を摘まんだ。
「確かにそうだ。どういうことだ‥‥?」
 それは後部座席。夫婦が使っていた車だから、状況から推測すると妊婦の発していた臭いだろうか。その元となりえそうなものは、特に見当たらない。持ち出されたのでなければ、十中八九人の発した臭いだろう。
 二人してうーんと首を捻る。そんな時だ。
「キャーッ!?」
 岩屋の中から、春夏秋冬の悲鳴が突き抜けてきたのだ。
「馬鹿な、キメラでも潜んでいたか!?」
「行きましょう。春夏秋冬さんがピンチです」
 顔を見合わせる暇もなく、二人は岩屋へ駆け込んだ。

●夕方
 話を整理しよう。
 まず、予定日より大分早く、突然の陣痛を迎えた妊婦を連れ、夫は隣町の病院へ向かうため、その道のある山へ車で入った。隣町へ行くよう提案したのは夫の両親。行動は早く、提案されたその場で出発したようだ。
 だが夫婦は病院へ着くことなく、山の中で失踪した。事前に町の調査隊が行った捜査と傭兵が行った捜査で得られた情報は、以下の通り。
 夫婦の用いた車が、山中の岩屋の前で発見された。タイヤの痕からして、ここを目的地として進んだことが窺える。また、車中には不愉快な酸っぱい臭いが充満していた。そしてその臭いは岩屋の中にも満ちていた。町の調査隊はこの岩屋の中で夫婦の衣服を発見した、と言っていた。だが実際に調査に訪れると、その衣服はなくなっていたのである。
「さて、答え合わせだ」
 町で合流した一同は、それぞれが集めた情報を持ち寄って最後の推理を行った。始めに口を開いたのはイルキである。
「まず調査隊がキメラの仕業と思った原因は、第一に、あの異臭にある」
「とんでもない臭いを発するキメラが潜んでるんじゃないかと思ったわけだね」
 イスルが続きを引き継いだ。
「そしてもう一つ。あの山では山菜を取りにいった老婆が行方不明になったらしいんだ」
「半年ほど前の話ね。その時も捜索は行われたけど、あの異臭はなくて、川にでも落ちて溺れてしまったんじゃないか、ということで結論が出ていたわ」
 瑞姫が町で得られた情報を締める。この時の結論が答えだと誰もが信じて、今回のこととは関係ないものと思われていたために、漏れていた情報だ。
 だが、これが鍵だった。
「そのお婆さんが、あの岩屋で見つかったわけね〜」
 と、月隠。
 探査の目を用いなければ発見出来なかったであろうが、岩屋の足場には、一つだけ、まるでハッチのように開閉出来る岩があったのだ。老婆は、その中にいた。
 それを説明した上で、春夏秋冬が語る。
「その下は広くなっていて、お婆さんはそこで亡くなっていました。そこで生活していたような形跡も見られました。お婆さんが亡くなったのは最近でしょう。どういうわけか、お婆さんはあの夫婦の着ていたものらしい服を着ていましたので。それで、そこには、その‥‥」
 口ごもる。
 見かねて、大神が言葉を続けた。
「あの夫婦の死体が転がっていた。二人とも裸でな。‥‥老婆に食われた痕があったよ。特に母親は腹が裂かれていて、中から――」
「もうやめてください!」
 春夏秋冬が耳を塞ぐ。
「‥‥すまない」
 これが、彼らの集めた情報の全て。岩屋の隠し部屋で生活していた老婆が、あの夫婦を連れてきて、そこで殺害し、その肉を食らい、果てた。こういうことである。

 最低限の情報は得られたとのことで報酬を受け取った、数日後のことである。
 本依頼の報告書が届いた。内容は至ってシンプルで、「おかげさまで事件は解決しました」とあるのみだった。
 何故老婆はそこにいたか。どうやって夫婦があの岩屋へ行ったか。残された謎は、解き明かされたのだろうか。
 それすらも、傭兵達には知らされなかった。今や、推測の先は真相でなく、ただの想像に過ぎないのである。