●リプレイ本文
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円盤状の飛行物体に追いすがる三迅の風があった。それは逆V字となって吹き荒び、今にも円盤を捉えようとしていた。
「ただ飛んで、ただ墜とすだけよ。貴方達、どうかしら?」
「‥‥速さは多少なりとも、此方に分が有るようだな。問題ない、いける」
リーリヤ・スターリナ(
gc6341)の問いかけに、鈴原浩(
ga9169)は一際強い光を瞳に込めて答えた。舞台はアメリカ。大規模作戦【AS】の余波もあり、各地で小競り合いが見られる。今回の戦闘もそんな小競り合いの一つだった。
真下には、今や人類圏ともバグア圏とも判別のつかなくなった市街。大半の市民は既に避難しているはずではあるが‥‥。
そんな中で、風の一迅であるアリステア・ラムゼイ(
gb6304)は違和感を覚えていた。明らかに異質な空気。アレがいることはすぐに分かった。
「ヘルメットだけじゃないみたいだね‥‥。吐気がするよ」
その正体は、恐らくキューブワームによるものだ。彼のワームによるジャミングは、KVなどの機器へ影響を及ぼすよりは、搭乗者のエミタに不調をきたすことに長けている。非能力者にしてみればどうってことはないが、能力者にとっては厄介なことこの上ない。
そして、ジャミングによるエミタの不調がKVの操縦にも支障をきたしていることは間違いなかった。
敵HWの数は六。これを相手に、たった三機で挑もうなどとは彼らも考えてはいない。彼らの搭乗するKVハヤテはスピード自慢の機体。この特徴を活かして味方に先行し、HWを追い抜いたところで反転、後続と挟撃してやろうという作戦だ。
要するにいかに速く敵を追い抜くかが勝負。
しかし‥‥。
「何してるの、もっと速く飛びなさい!」
やせ我慢だった。
リーリヤ自身、叱咤しながらも、握りつぶされて液状になった脳が目から耳から口から決壊したかのように飛び出してきそうな感覚に抗うので精いっぱい。
こんな状態で速度を上げればどうなるか。ヘルメットが肥溜のようになるだろう。
「チッ、どこに隠れている‥‥ッ」
肉眼で探す限り、CWの存在は確認出来ない。鈴原の苛立ちが募る。
早く何とかしなくては、まともに戦うことも出来ない。
HWも、これを見過ごしてはくれない。逃走を図っていた六機が、一斉に彼らを振り返ったのだ。
「散開!」
誰ともなく叫び、傭兵三人が一斉に散る。直後、彼らの元いた位置を光線が貫いた。
敵を追い抜くことが出来ない。速度を出しきれないことがストレスだ。
遂には。
「このやな頭痛はCWね」
レイル・セレイン(
ga9348)を始めとする後続の面々が追いついてしまった。
「苦戦しているようですね」
ブラッド+(
gb8993)の言葉に、感情はない。
怒りでも憤りでも、許容でもない。不思議な感覚だった。
とにかく、今は何としても現状を打破せねばならない。早急に作戦を組み上げる必要があった。
「厄介者はわたしが潰す、HWは任せた!」
「一人じゃ手が足りないかもしれない。俺も行く」
そこで名乗りを上げたのはチリュウ・ミカ(
ga8746)と壬呂木 幻我(
gc3030)だ。二人がCW捜索と撃墜のために降下、他の面々がそれまで持ちこたえることになる。傭兵の数はCW捜索に離脱する二人を合わせて十人。数の上では勝る。ジャミングさえ何とかすれば、勝機は見えるはずだ。
反対はなかった。即座にチリュウと壬呂木が戦線を離れる。
その意図を理解したのだろう。HWが追撃に移る。
だがその間に割って入ったのが、月野 現(
gc7488)と楓姫(
gb0349)だった。
「ここから先に通す訳にはいかないな」
こめかみに汗を走らせながらも月野は不敵に笑みつつクロスボウガンを放つ。
HWはそれをひらりとかわし、反撃のフェザー砲の照準を合わせる。
だがその腹を楓姫が狙う。
「行くよ‥‥。Night of Rebellion」
スラスターライフルが嵐の如く弾丸を吐き出す。それは当たりこそしなかったが、HWの軌道を変えることには成功したようだ。
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ビルの谷間を飛ぶには、それなりの技術を要する。エミタの補助を受けた能力者とはいえ、一歩間違えれば激突、墜落を起こしかねない。チリュウ、壬呂木の額に汗が浮かんだのは、CWのジャミングのせいばかりでもなかった。
レーダーは役に立たない。だが、敵の位置を予測するくらいのことは出来る。要するに、目立たない場所だ。
「二手に分かれましょう。壬呂木はそっちをお願い」
「了解!」
CWは、案外にすぐ見つかった。想像通り、ビルの陰に一匹隠れていたのだ。
発見報告など、わざわざする必要もない。そもそも、報告するだけの気力が今はない。
だが‥‥。
「狭いわね、いけるかしら」
潜んでいたのは、ビルとビルの間。その幅は、潜んでいるCWの方が身動きとれないほどの狭さ。CWの大きさに合わせてビル間が設計されたのではないかと思えるほどにピッタリだ。街に被害を出さずに撃墜することは不可能。ましてや、一撃で仕留められなければビルの倒壊に紛れて見失う可能性まである。このジャミング下では、ミサイルもアテにならない。
彼女、チリュウが選んだ兵装は、対戦車砲だった。それなりの威力があり、かつ自分で照準を合わせねばならないという特徴は、裏を返せば腕さえあれば狙ったところへ攻撃出来るという利点になる。
いや、この際腕など関係ない。やり遂げる以外に選択肢はないのだ。
「相対距離、風圧、射角‥‥いける!」
機体を垂直にし、ビルの間へねじ込んでいく。そして思い付く限りの要因を計算に入れ、砲弾を吐き出した。
一瞬の操作ミスが衝突に繋がる状況の中、チリュウは空震に揺さぶられる機体の中、目を開き続けた。そして爆発の衝撃にビルが崩壊してゆく中、彼女は確かに見た。青い箱が形を失ってボロボロと崩れてゆくのを。
ビルの隙間を飛び抜け、撃墜を確信した。
「KVの調子が少し戻った? 壬呂木の方はどう?」
呼びかけた無線から返ってきたのは、撃墜の報告ではなく、思いもよらないものであった。
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壬呂木は既にCWを一機撃墜していた。その報告を入れようとしたところで、彼は発見したのだ。
眼下の道路を進むバスの群を。
「街中にCWがいて避難中のバスも居るとか状況最悪じゃね?」
それが、壬呂木がチリュウに返した返事だった。
『‥‥はい?』
相手も言葉の意味が理解出来なかったらしい。
そもそも壬呂木の報告は、報告というより現状への感想だ。理解出来なくても仕方がない。
どういう理由かは分からないが、しかし、事実だ。今、眼下ではバスが走っている。相手の無線チャンネルが不明なために連絡は困難。連絡が取れたところで、何をどう伝えて良いものか分からないが。
恐らく、バスには人が乗っている。大方、かなり遅れた避難だろう。この状況下で観光旅行はちょっと考えにくい。
「バスだ、バス! 相手が気づいてなきゃいいけど」
敵に対して祈る。何だか変な感覚だった。
だが、違和感はまだ続く。まだ倒さねばならない敵がどこかに潜んでいるらしい。
作戦を共にする全員へ連絡を入れた壬呂木は、CW探しを再開した。
もう一、二匹といったところだろうか。大分気分が楽になってきたとはいえ、違和感や機器の不調は続く。ここまで、HW撃墜の報告はない。上でもかなり苦戦しているようだ。
自然と、焦りが出る。一刻も早くCWを片づけ、味方に加勢し、バスの存在が気づかれる前に決着をつけなくてはならない。
だから壬呂木は、次のCWを見つけて、体のことを忘れた。
「いた! 一気に仕留めてやる。蒼の騎兵隊ナメんなよ!」
さっさとこの苦痛から解放されるのなら、多少のことは構わない。壬呂木は加速し、ライフルを放つ。
弾丸はいくらかCWに命中したものの、撃墜するには至らない。だがそれくらいは、先に一機墜とした時の感覚から予測済み。すぐさま追撃にかかる。
追い抜き様のブーストを利用した急速回頭。次いでライフルをこれでもかと撃ち込む。
流石にCWも耐えきれずに崩壊する。だが、単に敵を倒しただけではなかった。
「うっ、おぇ‥‥っ」
体の方が、急激な方向転換によるGに耐えきれなかった。腹の底から胃酸が噴き上がってくる。
‥‥我慢することも、飲み下すことも出来ない。壬呂木は、思わず緊急脱出用のレバーを引いた。
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チリュウ、壬呂木がそれぞれ二機ずつCW撃破の報告を入れた頃には、不調はすっかりなくなっていた。
「奴らにバスの存在を気付かれるな」
本格的な交戦に入る前に、安藤 将成(
gb9347)が注意を入れる。
先ほど対CW班から受けた連絡によれば、真下の道をバスが五台走っているらしい。市民が乗っている可能性は非常に高い。
それが守るべき対象ならば、奴らに気付かれるわけにはいかない。
言うまでもないことだが、これには前提がある。
敵がまだバスに気付いていないという前提が。
「待って、様子が‥‥」
対バグア戦の大前提。それは、相手の持つ科学力の方が、人類を遙かに上回っているということ。
人間がバスの存在に気付いているのなら、ほぼ同じ空域にいるHWが気付いていない道理もないのだ。
そして、相手にそれを利用しない道理もまた、ない。
HWが降下を開始。市街地を戦場にしようというのだ。
「あ、こらそっち行っちゃダメぇ!」
相手の動きに違和感を覚えた直後、レイルは叫んでいた。もちろん、それで相手が動きを止めてくれるのならば、苦労はしない。
「俺がバスを避難させます。足止めをお願いします!」
考えがあるのだろう。アリステアがHWを追い越す勢いで高度を下げてゆく。
これを引き受けたのは楓姫。
「やらせはしない‥‥」
またも敵の向かう先に回り込み、牽制の一撃。だが、敵の全てを止めるには至らない。
「援護に入る!」
このままではバスもアリステアも狙い撃ちだ。月野がフォローのために降下してゆく。
アリステアの思いついたことというのは、即ち、自身のスキルを用いてバスと連絡を取ること。情報伝達を用いれば、簡単なキーワードだけでも伝えることが出来るはずだ。
背後は月野が守ってくれている。少しの余裕は稼げるはずだ。
バスが見えてきた。この範囲なら、届くはずだ。
「正面に煙幕展開!」
キーワードを送り、アリステアは煙幕装置を起動。バスの正面に煙幕を展開し、HWに正確な位置を掴ませないようにしようと画策した。
だが妙な手応えだった。何かがすっぽりと抜けて、そのまま放り出されてしまったような‥‥。
「‥‥逃がさないわよ?」
上空ではリーリヤがにたりと笑むと同時に、HWが一機爆散した。
耐えに耐えた甲斐があったというもの。今や航空では六対二の有利な状況。勝てる。確信的に、勝てる。
「早く片をつけるぞ!」
だが、下には三機のHWが降りている。アリステアと月野だけで、バスを守りながら戦い続けるのは無茶だ。一刻も早く救援に行かねばならない。
鈴原はブーストを吹かし、被弾して動きの鈍くなったHWへ迫る。
丁度ブラッド+が空に火線を引いた。
「急ぐんでな。やらせてもらう!」
それを追うようにして放った鈴原の一撃がHWを沈黙させる。
残るは、一機。最早六人でかかるような相手ではなかった。
「こっちは引き受けた! 下の援護を」
スナイパーライフルを放ちつつ、安藤が叫ぶ。
呼応して、リーリヤ、鈴原、レイル、ブラッド+が降下してゆく。残るのは、安藤と楓姫だ。
敵は一機とはいえ、さほど損傷はない様子。苦戦することはなかろうが、一気に畳みかけたい。
そこで前に出たのが、楓姫だった。
「この距離‥‥捉えた」
楓姫の駆るKVが人型へと変形。スラスターから燐光を迸らせ、大槍を構える。これでもかと増設されたブースターが火を吹き、体がぺちゃんこになりそうな感覚を主に与えつつも、Night of Rebellionは大槍を突き出した。
「トドメは、俺だァ!」
弾かれたコインのようにぐるぐると回るHWを仕留めたのは、安藤のM−MG60だった。
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一方で、低空ではちょっとした事故が起こっていた。
アリステアは情報伝達でバスに指示を出し、煙幕で匿ったはず。その間に煙の中を走り抜いてもらおうと考えたのだ。
だが、煙が晴れてみるとバスは五台とも停車していた。
「確かに指示したはずなのに‥‥!」
情報伝達は、エミタに情報を送る能力だ。バスに能力者が乗っていなかったためにメッセージは届かなかったのである。彼がそのことに気付くのは、もう少し後のことだった。
「非武装のバスを狙うなんて‥‥何の意味があるっていうのよ」
月野が敵の注意を引く中、レイルらが合流。救援に参加した。その怒りは、もちろんHWへ向けたものだ。
攻撃。たいていの場合、真上は死角となる。レイルはそこから、武器の照準を合わせた。
‥‥が。
「上から撃たない! バスに子どもが乗ってると思いなさい。少しの被害も、恐怖も与えちゃダメ!」
叫び声と共にビルの合間を縫うようにして、地上すれすれから突き上げるようにしてHWを一機撃墜したのは、チリュウだった。
合流したのは彼女だけではない。
動きを止めたバスに向かって走る人の影があった。‥‥壬呂木だ。KVから脱出した彼は、戦闘へ復帰出来ない代わりにバスの誘導に向かったのだ。
彼が一台のバスに搭乗したのを見たアリステアは、ようやく気付いた。彼にならば、メッセージが届くと。
「突っ切れ!」
もう一度指示を。それが届いたのか、壬呂木の乗ったバスが程なくして動き出す。他のバスも続いた。
バスの進行方向に煙幕を展開。情報伝達の手応えは、ある。
しかしその煙へ特攻をかけんとするHWがあった。
「助けに向かう」
すぐさま反応したのは月野。HWが怪光線を放った軸に、ロジーナをねじ込む。
直撃。機体が大きく揺さぶられ、レッドアラートがうるさく響いた。
墜ちる。直感した。
為す術もないのか。
守った。が、このまま墜ちていいのか。
悔しさに駆られ、月野は右腕を振り上げていた。
「まだ、墜ちたくないんだ。動けェッッ!」
コンソールを目一杯叩きつける。
そんなことをしたところで、ただの悪あがき――の、はずなのだが。
レッドアラートが止まった。機体が思い通りに動く。
流石、プチロフ製である。
「はっ、これだから最高なんだ。うちの相棒は!」
飛翔したノーヴィ・ロジーナは、一機のHWを捉えていた。そしてビル林に黒煙の花火を咲かせる。
遂に残るは一機。最早バスを意識する必要もない。
総勢九機による包囲網。HWに、為す術なし。
もう一度咲いた花火に、バスを降りた壬呂木は口に手を添えて叫んだ。
「くっせぇ花火だ。たーまやーっ!」