タイトル:アンリと新たな生命マスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/22 03:27

●オープニング本文


「よう坊主、また来たか」
 先日初の依頼を終えた新人傭兵アンリ=カナートは、次なる依頼を受けるべくULT本部へと赴いていた。
 モニターを眺めていたところに声をかけてきたのは、初依頼を紹介してくれた男性オペレーターだ。心なしか、若干無精ひげが伸びたように思える。
「覚えててくれたんですね」
 ひらひらと手を振るオペレーターに目を移し、笑顔で近づく。
 あの時、このオペレーターが依頼へ出発する直前の緊張を取り払ってくれたということに、アンリは気づいていた。
 男性オペレーターの方も満更じゃなさそうである。
「坊主みたいに、からかって面白いのはなかなか忘れないからな」
「ちょっと、酷いですよ」
 からからと笑うオペレーター。つられて、アンリも目を細めた。
 既にからかわれていることを、彼が分かっているかどうかはまた別の問題である。
「で、どうせ依頼を捜してるんだろ? ちょっと待ってな」
「ゴーレム30体は勘弁ですよ?」
「ちっ、分かってやがるな」
 とはいえ、アンリだって無能なわけではない。冗談に冗談で返すことくらいは出来る。
 オペレーターがカタカタとキーボードを叩く。アンリのような新人向けの依頼を検索しているのであろうことを予測するのは非常に簡単なことだ。
 それが当たるかどうかは、やはり別の問題である。
「今な、実は急ぎの依頼があるんだ。ちょっと難しい依頼になるが‥‥」
「難しい、ですか。ちょっと見せてください」
 ディスプレイに表示された依頼内容を覗き込んだアンリは、大きく目を見開いた。

「先生、本気ですか!?」
「他に方法はないんだ。私にだって意地がある!」
 人気のなくなった病院の廊下を足早に歩きながら、白衣の男性が眼光を光らせた。
 脇を歩く女性は、看護師のようである。
「君、私は先に行って準備をしておくから、よろしく頼むよ」
 そのまま男は階段を駆け下りていった。何かを言おうとした看護師だったが、その暇さえない。
 女性はしばらく何かを考えていたようであったが、決意したように頷くと、廊下を駆けて行った。

 底冷えのするほど静かな街を救急車が駆ける。
 その中には、あの看護師と男の姿があった。ベッドにはお腹の大きな女性が寝かされ、その顔の前に天井からタオルがぶら下がっている。全身に汗をかき、非常に苦しそうだ。
「大丈夫ですよー、心配いりませんからねー」
 看護師が出来る限り優しい声で語りかける。
「あなたのお子さんは、私が責任をもって取り上げます。どうぞご安心を‥‥あぁ、まだ力まないで」
 救急車のサイドミラーに、獣の姿が映る。そう、キメラに追われているのだ。
 そして逃亡するこの救急車の中で、今まさに、新たな生命が生まれようとしていた。

●参加者一覧

秘色(ga8202
28歳・♀・AA
ミク・ノイズ(gb1955
17歳・♀・HD
ジェームス・ハーグマン(gb2077
18歳・♂・HD
諌山美雲(gb5758
21歳・♀・ER
守剣 京助(gc0920
22歳・♂・AA
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
南 星華(gc4044
29歳・♀・FC
安原 小鳥(gc4826
21歳・♀・ER

●リプレイ本文

●逃亡の救急車
「見て下さい! 救急車にキメラが追われていますっ!」
 到着早々諌山美雲(gb5758)が叫ぶ。
 妊婦が取り残されていると聞き、即依頼を引き受けた彼女。最近出産を終えたばかりであり、この状況は他人事ではなかった。
「これから生まれる命…消させはしない!絶対に止めるぞ!」
 そんな諌山の友人、シクル・ハーツ(gc1986)は彼女と同じジーザリオの荷台から顔を覗かせた。
 ジーザリオの運転手は秘色(ga8202)。その助手席には、新人であるアンリ=カナートが正面を見据えていた。
「こっちの到着まで待ってられなかったってか!」
 AUKVパイドロスを走らせ、ミク・ノイズ(gb1955)奥歯を噛む。
「まったく、無茶するお医者さんね」
 南 星華(gc4044)が呟き、ジーザリオの後ろに着く。
「美雲ちゃん、あんまり無理しちゃダメよ、赤ちゃん産んだばかりなんだから」
「はい、ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫です!」
 この一言をかけるためだ。
「お久しぶりですアンリ君、今回もお願いしますね」
「おう、今度もよろしくな。頑張ろうぜ!」
 ジーザリオの脇に並んだジェームス・ハーグマン(gb2077)と守剣 京助(gc0920)が、以前依頼を共にしたアンリへと声をかける。
「えぇ、お二人もお気をつけて」
 小さく手を振ったアンリにサムズアップした二人は、アクセルを回して加速した。
 その少し後を、安原 小鳥(gc4826)が続く。
「バイクを持ってきて、正解でした」
 本来、彼女らは病院へと向かって防衛網を敷く予定だった。町中に高速艇は安々と着陸出来ないので、少し離れた位置から自前のバイクや車両で移動していたのである。
『おぉ、来てくれましたか! こちらは現在キメラより逃走中。妊婦を搬送中です。先生、状況は‥‥、もう頭が出始めているそうです、お願いします、どうか!』
 傭兵達の無線機に救急車から悲痛な叫びが聞こえてくる。
「全速力でそのまま走り続けてください! キメラは、私達が何とか仕留めますっっ!!」
 諌山が無線機に呼び掛ける。その様子が穏やかでないのも、無理もないことだろう。
 大丈夫か、といった目をシクルが投げる。視界に映るのは横顔だけだが、決意に満ちている様子がよく分かる。
 その表情に、シクルは決めた。決意を新たにした。未来を守ろうと。

●流星のバイク
 鼻息荒く、牛のような外見をした大型のキメラが猛進する。
 その前足を、安原の銃より放たれた貫通弾が襲った。
 赤い光が一瞬被弾箇所に見る。首を振って嫌がったキメラだが、動きを止めるどころか速度すら衰えない。
 もう一撃加えようとしたが、照準が合う前にすれ違ってしまった。
「おら、持ってけ!」
 ミクが機銃『秋沙雨』を乱射しながら突撃する。その脇では南が妖刀「天魔」を手に、姿勢を低くしてアクセルを捻った。
 弾の雨がキメラに降る。だが、全く減速しない。恐るべき耐久力だ。
「受けなさい!」
 すれ違い様、南は刀で、ミクは機銃でキメラの脚を狙う。だが――。
「馬鹿なっ!?」
 跳んだ。
 二人の攻撃を読んだのか、キメラは跳躍。決まれば一気に機動力を殺げたであろう攻撃を、かわしたのである。
 必然、キメラとの距離が開く。南とミクは慌ててハンドルを切った。
「この、そっちには行かせませんよ!」
 ハンドルを小刻みに回し、キメラに併走したジェームススコーピオンを撃ち込む。赤い光と共にその体毛が散る。しかし決定打にはなりえていない。
 ギロリ、とキメラがジェームスを睨んだ。そして、距離を詰める。
「な――、うわっ!」
 道幅にも限界がある。歩道に突っ込む寸前、ジェームスは一気に減速して転倒を免れた。
「てめぇ、よくも! 閃光手榴弾投げるぞ。目ぇやられんなよ!」
 予めピンを抜いておいた閃光手榴弾を後方へと放り投げ、キメラとすれ違う。
 拳銃「パラポネラ」でほんの一瞬銃撃を浴びせ、一度キメラの後方へと過ぎる。
 直後、周囲をまばゆい光が包んだ。

●防壁のジーザリオ
「う‥‥っ!」
 目を閉じていたとはいえ、閃光手榴弾の光にアンリは一瞬くらっとした。
「しっかりするのじゃ。おぬしの指示が頼りじゃからの」」
「は、はいっ!」
 アンリの役目は、秘色の目となること。キメラの位置を確認し、伝える。一見地味だが、救急車との位置も確認せねばならない運転手の秘色にとっては非常に重要な情報源だ。
「ちと荒っぽくいくが堪忍じゃ!」
 救急車とすれ違った直後、秘色が強引にアクセルを踏み、ハンドルを大きく回す。空回りした後輪が滑り、車道に派手な跡を残しながら上手く救急車とキメラの間に滑り込んだ。守剣の閃光が功を奏したようで、怯んだキメラと救急車の間に若干の差が開いている。
 その荷台で、諌山が帳を乙女桜で斬り払った。射撃するには、邪魔なものである。
 帳はそのまま後方へ吹き飛び、キメラのツノに引っかかった。だが、この程度ではキメラは驚きもしない。
 破魔の弓へと武器を持ちかえた諌山が、キメラの脚を狙って射る。だが猛スピードで走り続ける両者の間では、思うように狙いが定まらない。
「くっ、当たらない‥‥!」
 彼女の表情に焦りの色が浮かぶ。
「それならこれで!」
 シクルが弾頭矢を番えてひょっと放つ。キメラの足元に着弾したそれは、派手な音を立てて舗装を吹き飛ばした。
 キメラの体勢がぐらりと揺れる。
「もう一発!」
「脚が駄目なら、胴を!」
 レイ・エンチャントと電波増強を重ねがけた諌山の一撃がキメラの肩を貫く。
 その足元でさらなる爆発が起こり、ついにキメラが転倒した。
「キメラが倒れました!」
 アンリが歓声を上げる。
 だが、そう簡単にはいかなかった。

 フー‥‥。
 ブモォォオオオオオ!

 立ちあがったキメラが、引っかかった帳も千切れ飛ぶような勢いで迫る。一度倒れたというのに、怒りに突っ走るキメラの速度は先ほどとは比較にならない。またあっという間に距離を詰められた。
「右です!」
「了解じゃ」
 アンリの指示に、秘色がハンドルを切った。
 ジーザリオの脇を抜けようとしたキメラの前を塞ぐ。
「もっとスピード上げてください、ぶつかります!」
「駄目じゃ、これ以上は‥‥!」
 フロントガラスへと向き直ったアンリ。救急車がドアップに映っている。
 下手をすれば玉突きになりかねなかった。

●猛進撃
「ちょっとだけ隙間作って!」
 後方から南が叫ぶ。いち早く体勢を立て直し、ブーストを吹かして追いすがってきたのだ。
 シクルが弾頭矢を番え、諌山も矢を放った。
 衝撃と爆発によろめいて出来た空間に南がバイクを乗り捨てて滑り込む。
「止まりなさい‥‥!」
 エンジェルシールドを構え、強引に押し返そうとした。窮地に立たされた人間の行動力は恐ろしい。
 だがそれでキメラの猛進は止められない。ほんの少しだけ動きを緩めることは出来たものの、止めるには至らない。
 ツノが一振りされると、南の体が吹き飛ぶ。死に物狂いで刀を胴に斬りつけるので精いっぱいだった。
 そこでシクルが弾頭矢を番え、キメラの顔を狙った。
「何を?」
「見てるといい」
 諌山の問いかけに応えると同時に、その手が放される。
 キメラの顔面で弾頭が爆発した。さしものキメラも、怯む。
 そしてシクルが跳んだ。その手に忍刀を握って。

 ブブゥゥ!?

 刃がキメラの背に突き立てられ、そこへ機械剣を叩きこむ‥‥。シクルの計画では、そうだった。
「しまっ!?」
 しかし思った以上に、キメラは固かった。その皮に斬りこみを入れることには成功した。だが、刃が立つことはなく、シクルが地面へと飲み込まれていく。
「シクルさん!」
 諌山が悲鳴を上げた。
 地面に叩きつけられたシクルと南は血を吐いて失神した。
「ちっ!!無茶をしやがる!!」
 地を転がるシクルをミクが、南をジェームスが回収した。
「お願い、止まって!」
 安原が背後から牛キメラの脚を狙って小銃を撃つ。何発かは当たっているが、ダメージになっているかどうか、怪しい。
 だが攻撃が通用していないわけでもなかった。
「はっはー! 当たれ当たれー!」
 キメラに併走した守剣がスコーピオンを放ち、キメラの片目を潰したのである。
「突っこむぞナーゲル。ぶっ壊れねえでくれよ!!」
 彼の愛車がエンジン音を激しくし、距離を詰める。そしてバスターソードが突き立てられた。

 ブオォオオオオン!

 悲鳴を上げたキメラが体当たりを仕掛ける。
 危うく転倒しかける守剣。やむを得ず停車することで大惨事を免れた。
 それによるキメラへのダメージは、しかし大きい。
「ったく、ここには無茶する奴しかいないのか!」
 キメラの動きは格段に鈍っている。その脇を通り過ぎながらミクが機扇『八重桜』でキメラの脚を斬りつけた。
 ついに脚に蓄積したダメージでキメラが立ち止った。
 もはや救急車に追いつかれることはあるまい。
 バイクを降り、ミク、守剣、安原、ジェームスが取り囲む。
 ジーザリオを止め、秘色、諌山、そしてアンリも集まってくる。
 キメラ怒りの隻眼が捉えるのは、守剣だ。

 ブモォォオオオオ!

 口端から唾液を撒き散らしての突進。しかしその鼻っ面をジェームスの放つガトリングが襲う。
 一瞬動きが止まったところへ、諌山が脇腹に乙女桜を突き立てた。
 トドメ、とはいかない。町中に響き渡るほどに鼻息を荒げ、その巨体をぶんと振りまわす。
「きゃっ!」
 諌山が吹き飛ばされた。
 そしてキメラが次に捉えたのは、アンリだ。
 そのツノを突き出すように、一気に距離を詰める。
「う、わぁぁあああ!?」
「‥‥!」
 無我夢中で手に握った剣を突き出したアンリ。その体は、自分でも、空を舞うものだと思っていた。
 だがその足は、しっかりと地についている。
「大丈夫、ですか‥‥?」
 剣はキメラの額に突き刺さり、そしてアンリとの間には口端から血を垂らした安原が立ちはだかっていた。咄嗟に発動させたボディガードのおかげで、致命傷は免れている。
「あ、あ‥‥」
 恐怖と混乱に、アンリの目元に涙が浮かんだ。
「そのままだ、アンリ!」
「後は任せるのじゃ!」
 スキルに載せた守剣と秘色の剣が振り下ろされる。
 キメラが真っ二つ‥‥いや、三つになり、ずしんと倒れた。
 恐るべき体力を持つこの牛も、二人の同時攻撃には耐えられなかったのだろう。
 いや、傭兵達の攻撃が、キメラを弱らせていた。見れば、キメラの脚は弾丸の跡でズタボロになっている。
「安原さん!」
 ふらりと膝をついた安原を、アンリが支えた。
「平気です、これくらい」
 ふっと笑って見せた安原に、安堵を覚える。
「あっちも目を覚ましたみたいじゃの。連れてくるかえ」
 気を失っていた南とシクルを、秘色が起こす。幸い命に別状はなく、なんとか歩ける状態ではあった。

●新たなる生命
 いの一番に救急車の様子を見にいったのは諌山だ。
「赤ちゃんは!?」
 噛みつきそうな勢いで、救急車に同乗していた看護師に問いかける。
 その胸には、タオルに包まれた小さな小さな生命が静かに眠っていた。
 泣きそうな表情で、看護師に目を移す。赤ん坊が、動かない。
「まさか、まさか、そんな‥‥!」
 嫌な予感がよぎる。
 看護師の肩を掴むように、すがるように、諌山が何かを口にしようとするが、上手く出来ず、ただただ目だけで訴える。
 一瞬きょとんとした看護師だが、すぐ、ふわりと笑った。
「さっきまで元気に泣いていたのよ。疲れたのね、今は眠ってる‥‥。男の子よ」
 生まれたての赤ん坊が、諌山の胸に預けられた。確かに、生命の鼓動を感じる。
 自然、涙があふれた。
 そこへ、傭兵達が集まってくる。
「ふふ、可愛いな」
 腕を押さえながら、シクルが笑む。
 怪我の痛みなど吹き飛んでしまうかのようだ。
「アンリ君、あなたが助けた命よ見てきなさい」
 南が言う。全身を打ちつけ、傷だらけな彼女は、自分の分も含め、アンリに赤ん坊を祝福してほしいと願ったのだろう。
 そのアンリに、諌山が赤ん坊を抱かせる。小さいながらも、ずしっとした生命の重みが胸に溢れた。
 思わず笑みが漏れる。
 シクルが、アンリの頭を撫でた。
 きっとその気持ちは、アンリの腕を通じて赤ん坊に伝わったことだろう。

「‥‥おめでとうございます‥‥」
 出産の疲れで眠りに落ちた母親に、安原はそっと語りかけていた。
 静かな寝息に、母としての顔。それはどこか神秘的な気分にさせてくれた。
「君達のおかげだ。本当にありがとう」
 医師が礼を言う。安原は首を振った。
「いえ、一番頑張ったのは、このお母さん、ですよ」
 にこっと微笑んだ彼女に、医師はただ、そうだな、と返した。
「ところで、君達もだいぶ怪我をしているようだが、良かったら――」
「高速艇を待たせるわけにはいきません。LHに戻ってから治療することになります」
「心配いらぬぞえ? 能力者じゃからの」
 治療を申し出ようとした医師に断りを入れ、諌山と秘色が母親の元へとやってきた。
 母になったばかりの諌山、母だった秘色。思うところがあるのだろう。
「わしも子を持つ母じゃった」
 秘色が呟く。その横顔を諌山と安原が心配そうに覗きこんだ。
「幾つもの命が消える時勢じゃが、だからこそ新たな命を心から祝いたいものじゃ」
 そして、ふっと笑う。
 安心した二人は母親へと視線を戻す。
「お疲れ様。私も、お母さんになったんですよ? 一緒に頑張りましょうね」
 それからしばらく、三人は母親の寝顔を眺めていた。

「毎度恒例、コーラお兄さんだぜ。‥‥これ、開けたら吹き出すかもな」
 アンリの頭にパンパンに膨れたコーラ缶が乗せられる。守剣がバイクにしまっていたものだ。
 あの激しい戦闘の後では、どう考えてもタブを立てた途端に悲惨なことになるに違いない。
 だが、幸せな気分に満たされたアンリは、拒否しなかった。
「ありがとうございます。後でいただきますね」
「おうおう、そうしろそうしろ」
 アンリの肩を組み、守剣が新生児の頬を指先で撫でる。
 その場の誰もが、この赤ん坊の誕生を心から祝っていた。

 停車したジーザリオの横で、ミクはAUKVの点検を行っていた。救急車の方には一切目もくれず、黙々と。
「あなたは、行かないのですか?」
 荷台で休んでいたジェームスが声をかける。
 手を休めたミクは、小さく息を吐いた。
「私はあんまり縁起のいいもんじゃないからね。祝福にゃむいてねぇんだよ。」
 どうだか、とジェームスが呟いた。
 何か反論しようとミクが口を開く。だがジェームスが視線を合わさず、空の方を見ていると知ると、何も声にならなかった。
「さて、帰りましょうか‥‥」
 そんなやりとりのちょっと遠くで、秘色の優しい優しい子守唄が響いていた。