タイトル:菊の花を守り抜けマスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/27 23:03

●オープニング本文


 菊の花。
 日本では仏に捧げる花とされ、細かな花弁が集まって形成される立体的な半球が美しい。黄色のものが一般的であるが、他にも白や紫、赤いものも存在するなど意外にもカラフルである。
 ここに、男がいる。
 彼は怯えきった表情で、顔だけでなく体中を冷や汗でぐっしょりと湿らせ、ただ逃げるように駆ける。その手を添えるのは、菊の花。
 決して手を離さぬよう、大事に、大事に。
「助けて、た、たす、け――」
 最早言葉も回らず、何かを振り払うようにただ駆ける。
 だが、ソレは男に追いついてしまった。
 鋭く突き出されるようにして伸びたソレが、男の手を払い、菊を散らす。
 大きく目を見開いた男は、ガクガクと震える体を縮こまらせ、天を仰いで絶叫した。
「アッー!」

「あぁ、だらしねぇなぁ」
 ULT本部。
 依頼を、失敗という形で引き上げてきた傭兵達は一様に失意のどん底といった顔で項垂れていた。
 食堂として設けられたスペースには、六人の男性傭兵。その顔に浮かぶのは、ただ依頼をこなせなかったという自責の念だけではない。守るべきものを守り抜けなかったという、後悔とも言える複雑な感情が滲んでいる。
 彼らを仕事に送り出したオペレーター、ランク・ドールは慰めの言葉をかけるより先に、あまりに生気のない面々に思わず溜め息が出た。
 見ていられない‥‥。もう一度溜め息を吐いた彼は、財布をちらりと覗くと、少し待つよう言い残して消えた。
 溜め息を吐きたいのは、この傭兵達の方である。まさか、あんな未体験ゾーンに足を踏み入れるとは誰も思っていなかったのだ。
 誰もがこの世の終わりのような顔をしている。が、その中で一人だけ、妙にニヤニヤしている者があった。
 正直、その異様な雰囲気のために彼ら傭兵達だけでなくULT職員までもが気味悪がって何だか遠巻きにちらちらと視線を送っている。
「ほい、チャーハン。まぁ、これ食って元気出せよ」
 戻ってきたランクは、人数分のチャーハンを運んできた。落ち込む傭兵達への差し入れだろう。
「もう既に次の傭兵があんたらの代わりに現地へ向かってるよ。ま、仇を討ってくれることを祈――」
「なぁ」
 ひらひらと手を振って退席しようとしたランクの手を、あのニヤニヤ笑っていた傭兵が掴む。
 何だか嫌な予感がして振り向くと、気味の悪い笑顔がそこにあった。
「お、俺‥‥、目覚めちまったよ」
「ばっ、馬鹿、おいよせ、やめろ、だからって俺をアッー!」
 傭兵はランクを伴ってどこぞへと去っていく。
 こうして食堂には静寂が訪れた。

●参加者一覧

未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
エドワード・マイヤーズ(gc5162
28歳・♂・GD
ビリティス・カニンガム(gc6900
10歳・♀・AA
雁久良 霧依(gc7839
21歳・♀・ST
エルレーン(gc8086
17歳・♀・EL

●リプレイ本文


「大の男が揃いも揃って情けねえな」
「全くじゃ。なんともだらしのないことよのう」
 キメラがいるという街に到着した一行は、撃退対象を探しつつ溜め息。
 ビリティス・カニンガム(gc6900)や美具・ザム・ツバイ(gc0857)が呟くのは、件のキメラに返り討ちをくらい、(主に精神を)ボロボロにされて逃げ帰ったという前任の男性傭兵達のこと。相手はたかだかスライムキメラ一匹だ。さほど強力だという話でもないというのに、まんまとやられるとは情けないにもほどがあるというもの。
「万が一こちらが想定している以上に敵が強かったとしても、黙っていたら英国紳士の名が廃るってね」
 エドワード・マイヤーズ(gc5162)はそう気合を入れる。
 六人もの傭兵をたった一匹で追い返した以上、まるっきり油断の出来る敵ではない。
 下手をすれば自分らも‥‥。そんな危険と隣り合わせな依頼でもあった。
 そうした中で、漠然と不安を抱くのはエルレーン(gc8086)。
「でも、敵の情報がよく分からないです‥‥。アッーなことをしてくるって、どういう?」
 大した敵ではないだろう。自分でも何か役に立てるかもしれない。
 そんな考えで依頼を受けた彼女。
 敵は背後からの攻撃を得意としている、という情報こそ得ていたが、そこに付記される「アッー!」とはいったい何のことなのか‥‥。彼女は理解していなかった。
「あらぁ、知りたい? っふふ、ちょっと、耳を貸してちょうだい」
 むっちりお姉さん、雁久良 霧依(gc7839)。大人の余裕か、はたまたもっと別の要因か、「アッー!」とは何かを口にすることに、抵抗が見られない。
 そっとエルレーンの耳に口を寄せた雁久良は、ボソボソと言葉を注ぎ込む。
 何と言うか、その、「アッー!」というのは、具体的に、臀部に咲く菊の花を、こう、貫く、というか、散らす、というか、そんな感じの、アレだ。
 もちろん、雁久良はこんなあやふやな説明はしない。そりゃもうドーンとドストレートに、言ってやったのである。
 お尻の(二重線)ということであると。
 これを聞いて、エルレーンはようやく全てを理解した。敵が背後からの攻撃を得意としているというのは、つまり、そういうことだったのだ。
「え?! ‥‥え、あ、‥‥そ、そういうことなの?!」
 その顔色はみるみる青くなり、嫌悪、不安、恐怖といった感情の入り混じる冷や汗を額に浮かべた。
 そんな、アッーなど断じて許してはならない。相手がキメラだからとかそういうのは全く関係なく、ただひたすら、そんな恥辱を受けるわけにはいかないのだ。
 万が一、菊を散らすようなことがあれば‥‥、お嫁に行けない!
「やだ、やだ、やだやだやだやだ!」
 取り乱し、喚き散らすエルレーン。
 必死に宥める一行だが、その中でエドワードは、ある異変に気づいていた。
「そういえば、何だか一人足りないような‥‥」
「あぁ、あの子なら、思うところがあって別行動よ。心配しなくても、きっと大丈夫よ」
 この依頼を受けた傭兵は六名。だがこの場にいるのは五名だ。一人、足りない。
 しかし先だって事情を聞いていたらしい雁久良は、問題ないと言う。
 果たして、本当にそうだろうか‥‥?
 不安がる面々だが、いない人間のことを考えても仕方がない。とにかく、この依頼の目的はスライムキメラを撃退すること。これさえ達成出来れば良いのだ。
 きっと街の人間は避難した先で不安に怯えているだろう。あまり時間をかけるわけにもいかず、とにかくキメラを捜索すべく、彼らは歩を速めた。


 不足した一人とは、未名月 璃々(gb9751)のことであった。
 実は彼女、別行動とは言っても他の面々のすぐ近くにいた。具体的には、一行の後方。こっそり物陰に隠れ、まるで尾行でもしているかのような足取り。
「ふふっ、今回のキメラは、変態キメラ全書に載せましょう、素晴らしい被写体となるに違いありません」
 にたりと笑みを浮かべ、彼女はそう呟く。
 未名月がこの依頼を受けた目的はただ一つ。
 それは、善良なる市民を不安に落とし込み、また前任の傭兵達を敗退に至らしめた憎きキメラを討伐せんがため! ‥‥というわけではない。
 彼女の趣味、いや、目標‥‥いいや違う、使命は、変態キメラ全書を完成させること。そのためには決定的瞬間を何としても写真に収める必要があるのだ。その使命を果たさんがため、彼女は最高のシャッターチャンスをみすみす逃さないように一人離れた位置で行動しているというわけである。


 戦うならば、広い場所へ誘き出してあらゆる方向から攻撃を仕掛けたい。そのためには敵の注意を引く必要があるのは当然。この役を買って出たのが、美具と雁久良であった。
「ほう、あれが今回のキメラのようだのう」
「近くに大きな交差点があったわね。そこまで連れていきましょう」
 見つけるのに、さほど苦労はなかった。そもそも街自体がさほど大きくないというのもあるが、何よりも大きな手掛かりとなったのは地面である。
 コンクリート舗装された道路には、スライムが通ったと思しき跡があった。ゲル状のその体が這ったところはぬめぬめとした膜が貼られたようになっていたために、近くにいることがすぐに知れたというわけだ。
 まずは適当にちょっかいを出して注意を引く‥‥と考えていた二人。だがその必要はまるでなかったらしい。
 何故なら‥‥。
「もうこっちに気付きおったか!」
「ダッシュで逃げないとねぇ」
 彼女らに気付いたスライムが、猛烈な勢いで追ってきたのである。これがなかなか、速い。
 直線距離を走るならば、二人と同等‥‥いや、若干キメラの方が速いか。徐々に徐々にと詰まる距離に、彼女らの胸が危険に跳ねる。
 一瞬でも早く、一歩でも先へ。脚の回転速度を上げねばならない。
 だが、美具は失速してゆく。重たくなった脚が地面にめり込むようで、まるで体を引きずっている感覚。
 よくよく見ればその顔は異常に赤く、尋常でない量の汗。走った距離も能力者にしてみればなんてことない程度のはずだが、妙に息も上がっていた。
 体調が万全ではないのだ。
「んー、今はまだ、ね」
 今にも、美具の足が捕らわれそうになる。いや、スライムの体が、明らかに美具の臀部を狙っている‥‥ように見える。
 このままでは有利な位置では戦えず、美具もまたキメラの餌食になりかねない。
 本当はちょっと、このキメラで遊んでみたいとも考えていた雁久良。だがまだその時ではないと判断した彼女は、その手のコインを強く握りしめた。
 発せられた電磁波が、スライムを一瞬怯ませる。この隙に、二人は何とか交差点に到着したのである。
「やっと来たか! こっからは、このビリィ様がサクッとぶっ倒してやるぜ!」
 合流を待ちわびていたビリィことビリティスは、人一倍のやる気を見せていた。
 それもそのはず、彼女はこの依頼を受ける前に、念願のエースアサルトへの転職を果たしたのである。体の内から溢れんばかりに湧きあがるPower!! 迸るように締まるBody!! そして大気を奮わすほどに吼えんとするSoul!! これを全て解き放つ瞬間が、ついに訪れたのだ。
 さぁ今こそその時だ! いざ行け、ビリィ! わるいきめらをやっつけろ!
「一発でやってや――へぶっ」
 しかし気合の入り過ぎたビリィ。いざ突撃という時に、躓いて転んでしまったのである。
 こうなった彼女は、キメラにしてみれば格好の的。
 他の傭兵達がいかに気を引こうとしても、ここまで無防備になった目標を放っておくはずもない。
 スライムが激しくうねる。そのボディからいやらしく半透明の触手が伸びてゆく。
 危険を察知したビリィ。回避は間に合わない。どうする、どうするどうする‥‥!
 これを脱するには、どうすればいい。‥‥そうだ、もう、これしかない!
「よ、よせ、あたし実は拭かねえ主義なんだ! 超汚ねぇしくせーぞ! だから来んな、来んなあぁ!」
 衝撃の告白。
 だが相手もキメラとはいえ生物。この告白を前には、たじろがざるを得ないはずだ。
 実質、周囲の傭兵も唖然。え、マジで、といった空気が流れる。
 これにはスライムも判断を鈍らせるか。否。
 その触手は歓喜に震え、より一層のうねりを以て、ビリィの菊目がけて一気に突き出されたのである。
「あ、兄貴ぃいい!」
 絶叫。
 それは誰に向けられた言葉か。だがいずれにせよ、彼女は未知の領域へと踏み込んでしまったのである。
 この様子をばっちりと撮影していたのは、未名月。そう、このタイミングを待っていた!
「いい画が撮れました。見た目がもう少し、すごく‥‥だったら尚良かったのですが」
 成果には満足。だが、キメラ自体には多少の不満が残る。
 そう、その触手の形が、もっとこう、アレだったら‥‥。
 そしてただ貫くだけでなく、ピス(修正液がぶちまけられていて読めない)。
「ははは、早く倒さないと!」
 自身の幸運を切に切に祈り、エルレーンがその手の剣を以てスライムの触手を叩き切った。
 力を失った触手がだらりと萎れ、ビリィの体から吐き出されて地面に溶け込む。
 ビリィへの精神的なダメージは、相当にでかい。彼女は思う。これは前任の傭兵達も逃げ出すわけだと。
 恐れを成したのは、助けに入ったエルレーンである。元より恐怖に駆られていた彼女であるから、惨劇を前に平静でいられるわけもなかった。急ぎ何とかしなくては、今度は自分の身が危ない。
 だが向き直った時には遅かった。その脚には、既にスライムが絡みついている。
「きゃああああああーっ?! やだやだやだ、助けてえええ!!」
 悲鳴を上げても、がっちりと固定された脚は動かない。当然向き直れもしない。そして、背後に回る触手‥‥。手にはシールド。これでお尻を覆うも、果たしていかほどの効果があろうか。
 払いのけられてしまえばそれまで。アッーの恐怖がエルレーンに迫る。
 触手は勢いよく飛び出した。
 そして、霧散した。
 きつく目を閉じていたエルレーン。だが、一向に貫かれる感覚がない。
 ふと、背後から声が聞こえた。
「悪いがね、黙って“アッー!”させるつもりはないんだよ!」
 エドワードだ。
 咄嗟に間に割って入り、エルレーンの身を守ったのである。その、尻で。
 自身障壁により身を固めた彼の門は、そう簡単に突破されはしない。突撃されようと、全てを跳ね返す。恐るべきはその鉄壁さ。スライムの触手にも負けぬ、鋼の菊であった。
「今が攻めどきじゃ!」
 ふらつく体に喝を入れ、美具は己の剣を構えスライムに突撃する。
 しかし病んだ体につき無理が効かない。剣筋も乱れ、スライムに突き立つ刀身も、有効なダメージを与えられているとは言い難い。
 その証拠に、スライムはまだまだ元気な様子であった。
 突き出された美具の腕を、スライムが絡め取る。そして彼女を、まるで吊るしあげるようにして持ち上げたのだ。
「な、何をする! やめい、これ、やめんか!」
 脚が地より離れ、宙ぶらりんの状態。脚をばたつかせようと、そう簡単にキメラは放してくれない。
 エルレーンが触手を切り落とさんと動く。が、一足遅かった。
 飛び出したスライムの体は、美具の、後ろの大事なところに深々と突き刺さったのである。
「うっほぁーっ!?」
 今まで出したこともないような声が漏れる。
 未体験の感覚に、体がどう反応して良いのか分からなかったらしい。ガクガクとした震えが全身に伝わり、背中で収縮した筋肉に、舌が押し出されるようだった。
「もう、嫌ぁっ!」
 怒りに任せ、涙目で剣を振るったエルレーンによって、美具の体がどさりと地に落とされる。
 さっさと片付けたいが、二人もアッーされてしまった以上、見通しは暗い。
 だがここに至って未だ平然した様子で、うすら笑いすら浮かべる人物がいた。
「ほら、今度は私が相手したげる。かかってらっしゃいな」
 雁久良だ。
 彼女は超機械でスライムを刺激しつつ、注意を引いている。
 エルレーンとエドワードは、なるほど、と感じていた。「私が引き付けるから、その間に何とか留めをさしなさい」と提案しているのだろうと。
 その勇気ある行動に二人は感服し、各々武器を構える。
 だが――。
「んほおお! 凄いっ‥‥ゴーヤより強烈なのおお!」
 あっさりと貫かれる雁久良であった。むしろ抵抗した素振りも見えない。あまつさえ、愉しみ、悦んでいるようにさえ見える。
 その身を、電撃のように駆け廻る快感に委ねてくねらせ、なんだかイケナイショーを街のド真ん中で行っているようですらある。
 たっぷりと唾液の絡んだ舌が体外に晒されれば、熱を帯びて湿った吐息が漂う。滲み出た汗が衣服に沁み込んで、肌に張り付いた衣服には地肌の色が透けている。潤った瞳からは今にも涙がこぼれそうで、全身が刺激に悶え、踊るのだ。
 しかもその口から漏れる言葉に、遠慮も恥じらいもなかった。
「あぁ、んぃぃっ! はぁぁっ、これよ、あぁっ、も、もう――」
「うわぁぁぁっ!」
「ストップ、これまで!」
 とても堂々とお子様には見せられないこの状況。
 だが幸いにも、スライムが完全に雁久良の玩具に成り下がっている現状は、チャンスでもあった。
 エルレーン、そしてエドワードは、このけしからんキメラの息の根を止めんと猛攻。ようやく依頼の達成を見たのである。


 帰りの高速艇の中。
 美具とエドワードは放心、ビリィとエルレーンは涙に濡れていた。
 実に筆舌に尽くしがたいキメラだった‥‥。これを楽しめたのは、未名月と雁久良だけであったろう。
「う、うぅ、違うんだよ‥‥、拭かねぇってのは嘘だったんだよぉ‥‥」
 何度も何度も、ビリィはそう口にする。あれは進退極まった状況におかれ、無我夢中に絞り出された偽りだったのだと。
 それは、誰もが理解していた。いや、そうあって欲しかった。
 泣きじゃくるビリィを抱きとめるのは、雁久良。よしよし、怖かったでしょうと声をかけて宥める様子は、一見優しいお姉さんのようでもあるが‥‥。
「しかしもったいない。男性が‥‥なシーンは撮れませんでしたか」
「僕のせい!? いやそんなことより、どこにいたんですか! おかげで大変な目に――」
「良いじゃないですか、依頼は達成出来たのですし」
 未名月はしれっと言うが、エドワードは納得出来ない。
 確かにその怒り、尤もである。しかしきっと、彼の言葉は届かないのであろう。目的を異にする限りは。
「そうだわビリィちゃん、LHに着いたら私のところへいらっしゃいな。痛むようなら、治療してあげるわ」
「ほ、本当か‥‥? うん、お願い、するぜ」
 そう、雁久良は声をかける。
 これに乗ったビリィは、後に彼女の部屋を訪れたのであった。そこで、ビリィを待っていた出来事とは――。

 さぁ、第二ラウンドの開始だ!