●リプレイ本文
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『そろそろ出撃時間だろ? お前ら、気をつけて行ってこいよ』
地上からの通信を受け、傭兵達は各々反応。
声の主は、オペレーターのランク・ドールだ。艦に同乗することこそ叶わなかったが、今回の依頼では傭兵達の相談役として抜擢されていたのである。
だがいよいよ傭兵が出撃するとなれば、彼の仕事もここまで。後は無事依頼が達成されることを祈るだけだ。
「ねぇランクさん。帰ってきたら‥‥」
KVに搭乗しなくては。急がないと出遅れてしまう。
だが彼女には、弓亜 石榴(
ga0468)には、どうしても取りつけておきたい約束があったのだ。
元気印の彼女にしては、いやにしおらしい態度。尋常でない雰囲気を醸している。
「聞いて欲しいお願いがあるの。いい、かな?」
それでも、ランクはデリカシーのない男だった。
『あ? 何だよ。もう時間ねーんだからさっさと――』
「聞いてくれなきゃ、私死んじゃうからッ」
慌ただしく人の往来する格納庫に、弓亜の声が響く。
出撃準備を行う傭兵も、作業に駆けまわる整備兵も、ドジった新人を怒鳴るおやっさんも、一様に手を止め声を抑え、静かに、ゆっくりと弓亜を振り返る。
この異様な雰囲気を、通信機越しにでもランクは感じ取ったらしい。
『わ、分かったって。何でも聞いてやるから』
「本当に? さっすがランクさん! 私頑張ってくるよ!」
一転して、弓亜は明るく飛び跳ねる。
裏返したように上機嫌になる彼女に、何か嫌な予感を覚えたランク。抗議しようと口を開いたが、遅い。弓亜の手によって、既に通信は切られていた。
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巨大な金属の塊を前に、真空の闇を進む。
宇宙‥‥。ここを舞台に選ぶのは初めてだという傭兵も、少なくなかった。
緊張。慣れない環境に、不安は募る。鼓動がうるさく響き、視界さえも揺らす。
冷静にならなければ、命を落とす。ガーネット=クロウ(
gb1717)は気持ちを落ちつけようと深呼吸を繰り返した。
「プロトン砲は脅威レベルの高いところを狙ってくるはずです。まずはまとまっていきましょう」
敵が動き出す前に、彼女は初動を提案。
反対は、なし。とにかく、この大型封鎖衛星デメテルの可動式長距離プロトン砲を引きつける‥‥。それが彼女たちの役割であった。
「ここがラグランジュ4ですか‥‥?」
「いえ‥‥。それはもう少し先‥‥。ここは‥‥L4へ向かう途上ですよ‥‥」
ユーリー・ミリオン(
gc6691)の口にするラグランジュ4――通称L4とは、叢雲調査艦隊の目的到達地点である。ここに発生したコーディレフスキー雲という現象を調べにいくのが、艦隊の目的だ。
これに終夜・無月(
ga3084)が応えて言うには、現在地はL4ではないとのこと。
デメテルは、調査艦隊の行方を遮るようにして姿を見せたのだ。つまり、L4へは向かわせんとする意図が読み取れる。
なるほど。ユーリーは頷いた。
「とにかく、今はデメテルに集中しよう。こんな重い武装を折角持ってきたんだ、上手く注意を引ければいいが‥‥」
「さてさて、どこまでやれますか‥‥。まぁ、やるしかありませんがね」
ヘイル(
gc4085)、そして比良坂 和泉(
ga6549)はデメテルから次々に出てくる取り巻きを確認するや眉間に力を込め、戦闘の開始が近いことを予感していた。
やれるか? いや、やるのだ。
そのために、ここまで来たのだから。
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砲台が動いた!
徐々に距離を詰め、とうとう敵の可動式長距離プロトン砲の有効射程に踏み込んだようだ。
引き付けなくては! 傭兵達の胸に刻んだ使命が叫ぶ。
だが、比して小さなKVを、最初から脅威度の高い目標として認識しないのも道理。その射線上に捉えたのは、傭兵達を収用していたエクスカリバー級であった。
これを予測出来ないようでは、無能も無能。当然、エクスカリバー級も既に回避行動に移っている。
「砲口に反応。‥‥来ますよ、皆さん!!」
光の膨張を目視した比良坂が予想射線軸を離れる。
続いて次々と傭兵達が離脱。万が一にでも、巻き込まれるわけにはいかない。
解き放たれた稲光が闇を裂く。
音もなく、震動もなく。ただ、闇が白に塗りかえられた。目がぐるりと逆さになる感覚。吐気のするほどの白だった。
その身に受けずとも、分かる。
「敵主砲の威力は相変わらず馬鹿げているな‥‥。アレに当たる訳にはいかないか」
冷や汗に舌打ちし、ヘイルが吐き捨てる。
KVはもちろん、たとえ宇宙艦であろうと直撃を受ければ無事では済むまい。
「初撃は‥‥威嚇‥‥ですか」
見れば、エクスカリバー級にも命中した様子はない。被害ゼロ。不意を突きやすく、今後の戦況に影響を及ぼしやすい最初の一撃は、その威力を見せ付けるだけに終わった。
だがいかにバグア脅威の科学力であろうと、射程ギリギリではこちらに有効な打撃を与えることも難しいはず。それを引きつけずして放ってきたということは、いきなり仕留めようという意思があるとは考えにくい。
ならば威嚇。終夜の判断だった。
だとすれば、その必要性はどこにある‥‥?
「この布陣なら、キメラで足止めしてプロトン砲でトドメ、ってのが敵の手かな」
「注意を引くつもりが、注意を引かれているってことでしょうか」
敵キメラの位置を割り出しつつ、弓亜はそう分析する。ただ闇雲に向かってきているわけではない。まるで囲い込むかのような、広い分布‥‥。
進行ルートを限定し、一網打尽にするつもりだ。
ユーリーは本末転倒気味な状況に眉をひそめた。
だからといって、回避さえ出来れば任務の成功は確実というわけでもない。せっかく狙ってくれているのであるから、これを継続させなくてはならない。こちらの戦力が脅威になり得ることを示すのだ。
「なら、釘づけにしてやろう。突貫する!」
これでもかとミサイルを積んできたヘイルは、砲台の破壊すらも視野に入れて加速する。
あれだけ巨大なエネルギーを放ったのだ。長距離プロトン砲は恐らく連射が利かないはず‥‥。
ならばこの隙、狙わずして何とするか。
「CRブースター、セット。こちらも最大速度で突っ込みます。援護、お願いします」
ガーネットが追随する。
距離の詰まったキメラが、彼らを通らせんとして行く手を遮った。
「どけ、邪魔だ!」
迫りくるキメラの壁に穴を開けるべく、ヘイルがミサイルの雨を降らす。
その陰からガーネット、さらには終夜が飛び出した。
砲台に痛烈な一撃を与えることが出来れば‥‥。
だがそう簡単に先へ進ませてくれるほど優しい敵もいないだろう。一斉に散った爆華にも怯むことなく、キメラは次々と傭兵達の前方を塞ぐ。
諦めるなどという選択肢はない。そのための、仲間だ。
「敵位置の詳細算出完了。データ共有するよ」
「ここは通させてもらいます。ターゲットロック!」
弓亜から転送された情報を頼りに、ユーリーがミサイルを放る。
広域に舞ったミサイルの群を潜り抜け、その主ヘイルの背後を取らんとしていたキメラは、身を鉄塊に貫かれ、爆散した。
「この一撃は‥‥重い‥‥」
「ドリルライフル。これで!」
距離は詰まった。
終夜、ガーネットが同時に攻撃をしかける。
狙うは、砲塔の根元。先端を狙うよりは何か効果が見込めるはずだ。
そして――。
「おまけだ。受け取れ!」
ヘイルの放つ巡航ミサイル。
大きな爆発が見てとれた。効いている‥‥はずだ。
だが確認している余裕はない。この位置に長居するのは危険すぎる。
三人は一斉に回頭し、離脱を開始した。
ピュアホワイトを駆る弓亜が敵位置を割り出すのであれば、幻龍を操る比良坂の役目は長距離プロトン砲の観察であった。
「砲塔の微少な可動を確認。第二射を警戒してください」
恐らく、次は当ててくるはずだ。
いかにキメラを退けようと、これにまとめて墜とされては洒落にならない。
撃たせる必要はないが、かわしつつ、引き付ける‥‥。この宙域では、デメテルの直接破壊を試みる者達がいるのだ。彼らを信じ、そして彼らの助けとなるために。
『展開中の各機へ』
先に弓亜が見抜いた通り、キメラの動きによって傭兵達の進行ルートがほぼ限定されている現状。プロトン砲、KV、宇宙艦。これが一直線になるような布陣を強いられていた。
実際、キメラの数はさほど多くはない。だが、これに分け入って行動するのもまた自殺行為。
今プロトン砲を放たれたら、かわせるだろうか‥‥?
ふとそんな不安がよぎった時だ。彼ら傭兵達に、搭乗していたエクスカリバー級から通信が入ったのだ。
『これより諸君の離脱経路確保を行う。現在の進路を維持せよ』
数秒の間を置いて‥‥。
エクスカリバー級の備える砲塔が一斉に同一方向へと向けられる。
その射線上には、密集するキメラ。
逃げ道がないのなら、作るしかない。
脅威を示すにも、十分な役割を果たすであろう。
G光線ブラスター砲ならば!
解き放たれた光弾は、その道を遮る邪魔者を片っ端から蒸発させて突き進む。デメテルに当てる必要はない。こじ開け、見せつけ、救い出す。
光の軌跡は全てを飲み込み、ぽっかりと穴を穿った。
「こっから逃げれる! 離脱急いで!」
弓亜が叫ぶ。
せっかく開かれた退路を無駄にするわけにはいかない。
すぐまた、キメラ達がこの穴を塞ごうと動くだろう。一刻も早い離脱を。
次の魔光が煌く前に。
「しかしこれでは、こちらの逃げ道をわざわざ相手に知らせるようなものでは」
不安。ガーネットはそうせざるを得ない状況に身を置きながら、呟いた。
ならば敢えてキメラの群に身を投じるか? 否。それでは、プロトン砲の注意を引けない。
目立ちつつ、かつ死の光を逃れる方法。
それを持つ男が、ここにはいた。
「俺が視界を塞ぐ。なるべく直線で飛ばないよう意識を!」
霧だ。比良坂の駆る幻龍には、その身を隠すための霧を発生させる装置が組み込まれている。
利用しない手はない。
生みだされた白雲が、六機のKVを包む。
抜き出された項が暗黒の世界に形を成し、呼び起こされた六ツ首の龍が唸りを上げる。
これを退治せんと、デメテルはその口から嵐の如き吐息を吹き出した。
貫かれた白龍は霧散。だが、その首は残っている。
「いったん補給に戻ります。何とか持ちこたえてください」
「ユーリーも! 少しの間、お願いね」
一気に弾や練力を消費したユーリーとヘイルが、補給を受けるべくエクスカリバー級へと着艦する。
残る傭兵は四人。プロトン砲の目を引きつつ、キメラも何とか押さえなくてはならない状況‥‥。厳しいか?
いや。
彼らは既に、目的の大部分を達成していると言えた。
「プロトン砲の動きがぎこちない‥‥?」
「キメラもちょっとずつ離れていってる。どうしたんだろう」
疑問を抱いたのは比良坂に弓亜。
観察、索敵。状況がどうも不自然だ。
「こちらの目論見が、思っていた以上にまかり通ったということでしょう」
ガーネットが見解を示す。
彼女らがプロトン砲へ攻撃を仕掛けた際、集中攻撃により砲台に大きなダメージを与えることが出来た。これにより、照準合わせが上手く出来なくなったのだろう。
ほどなくして修復されてしまうのであろうが、多少の時間は要するはず。キメラにしても、それならば他所の警戒に当たる方が賢明と判断した――。そう考えられる。
で、あれば。
「あのプロトン砲は‥‥最早こちらに‥‥釘づけ‥‥ですね」
そう口にした終夜は、自機のスピーカーに目を落とした。
漏れ出る、雑音混じりの声。
助けを乞う、言葉。
『手が足りない、応援を――』
他所では、苦戦している。
こちらは優勢。ならば、彼の行動は決まっていた。
「救援に向かいます‥‥」
戦域を離脱する終夜を引きとめる者はいない。
間もなく補給を受けていたヘイルとユーリーも復帰する。
彼らに残された仕事は、状況の維持。それだけだったのだから。
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作戦成功。
それが、通信装置を賑わせた報告であった。
他方で直接デメテルの破壊に当たっていた叢雲調査艦隊が、幾度にも及ぶ集中攻撃を以て、ようやく目標を沈黙させたのである。
「ちょっと危なかったけど、戦闘自体はそうでもなかったかな。もっとてこずるかと思ってたけど」
「こちらに割り当てられたキメラが‥‥そもそも少なかったみたいですよ」
艦へと帰還したユーリーは、格納庫でメットを放り出し、中空をふわりと漂いながら自機を見降ろしていた。
脅威的な威力を誇るプロトン砲。これを何が何でも守ろうとする、キメラの群との壮絶な死闘。彼女が出撃前にイメージした戦局と実際の戦場には、食い違いがあった。現れたキメラも、こちらの動きを制限する、嫌がらせ程度のことしかしていない。
彼女の愛機を見てみても、大きな損害はなかった。被弾らしい被弾もなかったのである。
そんなユーリーに声をかけたのは終夜だ。
救援に向かった先では、こちらに展開していた数よりもはるかに多数となる敵戦力が待ち受けていたのである。
「全体に満遍なく戦力を配置するのは、難しいことです。比較的手薄な部分はどうしても生まれますし、私達が担当した戦域が、偶然こうしたところだったのでしょう」
戦闘後の機体チェックを終えたガーネットが、去り際にそんな言葉を残す。
そうだったのだろうか‥‥。
ユーリーは、小さく唸る。
「キメラの動き‥‥見てましたか?」
「うん、こっちを囲むように動いてた」
回答に、終夜は頷いてみせた。
担当したプロトン砲を中心に敵が展開した作戦。つまり、キメラはそういった役割を担っていたのだ。
「こちらを網にかけるつもりだった‥‥。だから‥‥直接の戦闘は避け‥‥プロトン砲で一気に殲滅すべく‥‥網を張ったのです‥‥」
飽く迄も終夜の解釈だ。
不満を口にすることは出来るが、しかし、文句を言っても仕方がない。
今回はいい肩慣らしになった。ユーリーはそう自分を納得させた。
「そういえば、出撃前に何か騒いでいたようだが‥‥」
食堂では、作戦を終えたヘイルが食事を口にしつつ、問いかけた。
弓亜のことだ。
出撃前に通信機に向かって何事か喚いていたことは、この場に居合わせた比良坂の記憶にも引っかかっている。
「心臓に悪かったですよ。いきなり『死んじゃうから』なんて言い出すものですから」
額に指を添えるようにして、嘆息。
比良坂の言葉に、弓亜はいたずらな笑みを浮かべていた。
何も、深い理由があるわけではない。ただ彼女は、彼女の楽しみのために叫んだのに過ぎないのだから。
「地上に降りた時が楽しみだなぁ、って。それだけだよ」
弓亜の脳裏に浮かんだもの。
これが、今回の相談役を務めたランク・ドールが弓亜のいたずらによってメイド服を着せられた姿であったことは、ヘイルも比良坂も想像出来なかったに違いない。