●リプレイ本文
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彼らは、その時が来るのをじっと待っていた。
ポセイドン攻略作戦が開始されてから、まださほど時間が経っていない。いきなり侵入経路を作ることは無茶とも思えるようなことではあるが、しかし、この開戦初期の段階で橋頭保を築くことが出来れば後の大きなアドバンテージになることは間違いなかった。
手段はシンプルかつ大胆。ポセイドンのキメラが出入りするために設けられたのであろうハッチを破壊して侵入し、ハッチ付近の敵を殲滅して拠点とする。
傭兵達の担う役割は、敵の殲滅であった。
ハッチの破壊と、彼ら傭兵達を送りこむのは軍が引き受けた。だから傭兵達は乗り込んだコンテナごとポセイドン内部へ投下されるまでひたすら待っていたのである。
コンテナの中は、狭い。定員いっぱいまで乗り込んだことで非常に窮屈だ。
だから思うように体を支えられずに――、
「いッ‥‥!」
投下の衝撃で、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は頭を打った。コンテナ自体が移動機能を備えているわけではないので、緩やかな着地など期待出来ないのだ。
「ホント乱暴だなぁ」
「うぅっ、尻が‥‥」
美具・ザム・ツバイ(
gc0857)は、少々青い顔。何があったのかは敢えては言うまい。尻を打ったのだ。そうに違いない。そういうことにしておいてあげて‥‥。
文句ばかり垂れている場合ではない。ここは戦場。恐らく、すぐに敵が集まってくるはずだ。モタモタしているうちにコンテナごとぺちゃんこにされたのでは冗談にもならない。
「コンテナ、開けますよ」
最初にコンテナの外に出たのはエリーゼ・アレクシア(
gc8446)。内側から外へ通じるハッチを開け、ふわりと飛び出した。とバウンドし続けることもない。多少姿勢が安定しない感覚はあるが、行動自体に大きな支障はなさそうだ。
「状況は?」
次いで、アルヴァイム(
ga5051)が外へ出る。
まずは状況を確認。コンテナにマグネットを仕込んだおかげで、上手く壁面へ張りついたようだ。
ハッチ破壊の際に吹き飛ばされたのか、ひとまず敵の姿は見えない。
「この辺には何もいないようです」
「とはいえ、音がしないので油断は出来ませんね」
エリーゼの返事に引き出されるようにしてコンテナを出たのはモココ(
gc7076)。
真空は即ち無音。声や動作の際に生じる音を頼りに敵の存在を知ることは不可能とも言えよう。
それに‥‥。
「キメラの出入り口からお邪魔するとなると、相当数のキメラがいるのでしょうね。きっとすぐ、湧いてきますよ」
そう神棟星嵐(
gc1022)は指摘する。
「御明察。と言ったところか。‥‥来たぞ」
コンテナを出るなり白鐘剣一郎(
ga0184)は武器を抜いて瞳に力を込める。
見れば、通路の奥から無数のキメラがこちらへ向かって来ている。あまり時間をかけてもいられない。
「遣り甲斐がありそうね。行くわよ!」
誰よりも先に飛び出したのは加賀・忍(
gb7519)。ただでさえ、宇宙服を着ての活動は練力を消費するのだ。さっさと片付けなくては、身が持たないだろう。
これに続かんと神棟も壁を蹴り、順次他の面々も進撃を開始。
よろよろとコンテナを這い出たユーリに美具は、「ちょ、置いてくって酷い酷い」「えぇい、待たぬか!」と慌てて後に続いたのだった。
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通路は、意外に広いといってもKVでの進入が難しそうな広さというだけであり、生身であれば大通路のように見えるのだ。
ここは、キメラが出入りするためと思われる通路。こんなに広いのは、出入りを簡単にするためだという理由だけではなかろう。それほど大きいキメラが出入りしているか、よほど大量のキメラが一度に出入りするためか‥‥。
少なくとも、後者は確実だ。
「一人当たり十匹‥‥じゃ、全然足りないわね」
身の丈ほどもある大太刀を以て擦れ違い様に一匹のキメラを両断し、加賀は汗の滲む笑みを浮かべる。
「優先撃破対象の選定を誤らないように。まずはこの一帯での優勢を確立する」
スコーピオンを構えたアルヴァイムが明確な目標をつけずに乱射。弾き出された無数の弾丸が数多のキメラを襲い、その進行を躊躇させた。
この隙に傭兵達が一斉に攻撃を仕掛けてゆく。
神棟はスピエガンドで小型キメラを撃ち抜き、右方から迫った中型のキメラを斬り伏せた。
「次――ハッ!?」
反射的に飛び退く。
コンマ単位の過去に彼がいた地点では光が弾け、壁面を焦がした。が、その焦げもみるみるうちに修復されてゆく。
視線を上げる。
間近に敵はいない。どこからかの射撃による攻撃か。
どいつだ‥‥。
「後ろ!」
「何っ」
自分を狙ったキメラを探す神棟。だがその耳を、モココの声が揺さぶった。
とっさに振り向けば、いつの間に回り込まれたのか、一匹のキメラが大きな爪を振り上げ襲いかかってくるところ。急ぎ身を屈めて回避を試みるが、かわしきれない。
爪に肩を叩かれた神棟の体が無重力の通路に放り出される。
キメラが追撃の姿勢に移る。
体勢を立て直しきれない神棟に、防御の暇はなかった。
ぎり‥‥。冷や汗に奥歯を噛みしめる。
「天都神影流・斬鋼閃っ」
その声と共に、キメラの胴を鈍い光が走った。
神棟に肉迫したキメラ。だがその爪が振るわれることはなく、神棟に体がぶつかったかと思うと、その衝撃に上半身と下半身、見事に切り分けられたのである。
先ほどのモココの声に反応した白鐘がフォローに入ったのである。
「助かりました!」
「礼は後でいい。行くぞ!」
二人は同時に壁面を蹴り、迫るキメラへと距離を詰めてゆく。
モココは胸を撫で下ろし、同時に、言いしれない不安を感じていた。
一筋縄ではいかない。危険な任務だと分かっていながら、彼女には彼女なりの理由を以てこの任務へ参加したのだ。だが、予測していた以上に敵が多い。
だからこそ必要な役割。それは、敵をよく観察すること。
どんな布陣か、どんな能力を持っていそうか、誰がピンチか、どこを攻めるべきか‥‥。
自らが攻撃の手として加わるよりも、そちらを優先させた。
それが、実を結ぶことになる。
「あれは‥‥」
一匹、異質なものがあった。
立方体。手も足も見当たらず、攻撃手段を持ち得ないかに見える。バグア側の施設か? それともキメラなのか?
‥‥どちらでも良い。肝心なことは、無意味なものがこんなところに出てくるはずがない、ということ。
その存在に、誰も気づいていない。
今、最も近くにいるのは‥‥。
「加賀さん、左上、箱のようなキメラが!」
「何、倒せばいいの?」
振り仰いだ先のキメラ。
加賀の目には、それは脅威として映らなかった。何の攻撃手段も持たなさそうなそれより、今迫ってくるキメラの方がよほど恐ろしい。
だが‥‥。
無視も、出来ない。
「はぁッ!」
手近なキメラに太刀を突き刺す。そうしてその死体に足をかけ、踏み台にして彼女は跳んだ。
直後。
吐き気を催すほどの頭痛が、加賀だけでなくこの場の能力者全員を襲った。
「うっ、気持ち悪い‥‥」
エリーゼの顔が真っ青に染まる。
迫り来るキメラも、視界がぼやけて正確に捉えられない。
一匹のキメラに、組み付かれた!
眼前を、ずらりと並んだ牙が覆う。
ここでようやく武器を構えることが出来たエリーゼ。SMGの引き金を引き、間一髪、難を逃れた。
「そういうことね‥‥。あんたがァァッ!」
振り下ろされた加賀の太刀。
不快感の正体。それが、このキメラだということだ。
しかし‥‥。
確実に捉えたはずのキメラ。だがその固さに、刃は僅かな傷を刻むのみで弾き返されたのである。
「あやつか!」
美具が箱キメラに射撃。全く効いていないということはなかろうが、手応えがない。
恐るべき生命力。急いで撃破しなければ、全く先へ進めそうもない。
「最優先撃破対象確認」
そこに、アルヴァイムの銃撃が加わる。
やれる。今なら――!
「せェいッ!」
再び突き出された加賀の太刀が、箱キメラを貫く。
程なくして、頭痛は収まった。あの不快感の正体は、やはりこのキメラだったのである。
これから反撃開始。そう行きたいところであったが‥‥。
「こう広くてはカバー仕切れぬ。離れるなー!」
美具の判断は、こうであった。
「それで囲まれては進退窮まる。ある程度散開した方が結果的に前へ進めるだろう」
対して、アルヴァイムの意見はこう。
戦況の把握の仕方に、ズレが生じ始めたのだ。
「何でもいいよ。フォローし合える距離を維持しつつ適当に散開。これでいいでしょ!」
味方を片っ端から治療して回りつつ、ユーリが叫ぶ。
箱キメラを相手にしている間に、キメラがまたわらわらと湧いてきたのだ。
「出し惜しみしている場合ではないか」
神棟が練力を節約するのも限界と見る。
一気にカタをつけねば、前進出来ないと判断したのだ。
「いや‥‥。まだいける、スキルなどなくとも!」
正面からぶつかろうと、まだ戦える。加賀はひたすら、太刀を振るい続けた。
寄らば斬る。ひたすらに‥‥。
「だっ、駄目です、それじゃあ‥‥!」
モココが悲鳴を上げた。
彼女には見えていたのだ。加賀に群がるキメラが。
スキルを使わない。
これを、キメラ達は脅威度が低い、と判断したのだろう。そして集中攻撃という手段に出たのだ。
「えぇい、だから離れるなと言うたのに!」
苛立つようにして、美具がフォローのために跳ぶ。
だが、一足遅かった。
眼前のキメラを両断した加賀。
だが、背後に迫った別のキメラの爪が、加賀の背中を引き裂いたのである。
「うァァァァッ!?」
割れんばかりの悲鳴。
瞳に怒りの炎が宿る。
振り向き太刀を振るおうと、今度はまた別のキメラが執拗に加賀を狙った。
倒す度、傷を負う。
美具が追いつきキメラを追い払った頃、既に加賀の体は限界を迎え、ハードシェルスーツも正常に機能していなかった。
「これはいかん! 美具はこれから、加賀をコンテナへ運ぶ。すまんが後は頼むのじゃ」
その場で蘇生術を施し、加賀の出血を抑えてから離脱。
傭兵は、八人から六人になった。
「本当に勝てるのですか?」
頭上のキメラを撃ち抜き、エリーゼが不安を口にする。
「大丈夫です、キメラの数は減ってきました。きっともう少しで‥‥」
実際、加賀はただやられたわけでもなかった。
集中的にキメラに襲われたということは、それだけ多くのキメラを相手にしたということであり、反撃をする機会もそれだけ増えた。まさか死んだわけではなかろうが、多数のキメラを道連れにしたとも言える。
こちらの戦力は確かにダウンしたが、敵の消耗もかなりのものだ。
だからモココはそう指摘したのである。
今、一気に通路を駆け抜け、一帯の制圧を示してやれば勝機が見える。
「突破する!」
白鐘が力強く壁を蹴る。行く手を塞ぐキメラなど斬り伏せて、ひたすら、奥へ。
キメラの数は大分減っている。射撃やジャミングのような厄介な能力を備えたものもいない。
依頼の達成も間もなくだ。
このままの勢いで‥‥!
「待って、あれって」
だがその歩をユーリが制止した。
通路の奥で待ち構えるようにしているキメラが視界に入ったのだ。
熊、というには、でかい。あまりに巨大。少なくとも、3mはあろう。それが、三匹。周囲には蜂のようなものがブンブンと飛び回っている。
「きっとあれ、最後の砦ってやつだよ」
他に、これ以上敵が現れる様子がない。
あのキメラ達を倒せば、この一帯の制圧は完了だ。
「まだ動けます。が、そろそろ、練力がキツいですね‥‥」
「長期戦は不利。とすれば、一気にカタを」
神棟が自身の体力と相談する。どこまで、やれるか。
残る敵があれだけというのは、幸か、不幸か。
少しでも早く、少しの無駄もなく、倒す。そのために、アルヴァイムは銃を構えた。
吐き出された弾丸が、初手と同じようにキメラ達の動きを阻害する。中にはぷちぷちと潰れる蜂キメラもあったが、弾丸を逃れたものもある。
「いったい何をするつもりでしょう‥‥」
蜂の攻撃手段といえば、臀部の針で突き刺すことだ。
なれば向かってきたところを迎撃してやれば良い。が‥‥。
キメラがこちらへ向かってくる様子がないことに、エリーゼは不穏な何かを感じていた。
熊の周囲を飛び回り、ただ針だけは能力者達に向けている。これはいったい、どういうことか。
「もしかして‥‥。皆伏せて!」
モココが叫ぶ。
それと同時に、蜂キメラ達が一斉に針を発射してきたのだ。
「ぐぁっ!」
一瞬反応の遅れた白鐘の肩に針が突き立つ。苦悶の声を上げる彼に、ユーリが急ぎ治療を施した。
だがそこへ熊キメラが大腕を振り上げて迫る。
今この瞬間、二人は無防備だ。このままでは危ない。
とっさに、モココは飛び出していた。剣を手に、狙う先は熊の脇。
滑り込ませた刃が血の玉を引きずり出す。
怯んだ!
この瞬間に白鐘が飛び上がり、熊の眉間に刀を突き刺したのである。
一方で、神棟には二匹の熊がいっぺんに襲いかかっていた。
エリーゼやアルヴァイムが援護の射撃を入れることで、何とか一匹の動きは制限しているものの、実質神棟と熊との一騎打ちのような体勢。
振るわれた爪が、神棟のメットを掠る。
仰け反るようにして間一髪回避した神棟は、宙に浮いたまま拳銃で熊の頭部を狙う。
大気中であれば、肉の焦げる臭いが広がったことだろう。キメラの左目が、潰れた。
「見えた、そこっ!」
着地の勢いをそのまま反動に利用して跳んだ神棟の刃は、熊の喉元を貫いた。
時を同じくして‥‥。
「止まった‥‥?」
エリーゼのSMGが、熊からいくらか血の固まりを吐き出させれば、熊はそのまま動かなくなった。
弾数の多い攻撃を一気にたたき込んだのだ。遠距離攻撃手段を持たなかったであろう熊は、足止めされただけでなく、為す術なくそのまま息絶えたようであった。
「まぁ、こんなものでしょう」
アルヴァイムがそう呟けば、周囲に生きたキメラの姿はなくなっていた。一帯の制圧は完了したのである。
「あれ。ここに隔壁があるみたいだけど、どうする? こじ開けて、壁の開閉に必要なレール、壊しておく?」
付近を見回したユーリは、さらに奥へ続く壁を発見した。ここを破壊すれば、スムーズに先へ踏み入ることが出来るだろう。
「いえ、それは無意味でしょう」
だが、神棟が異を唱える。
「戦闘で生じた壁面の傷は、その場で即座に修復したようでした。ここを破壊したとしても、きっとそう時間の経たぬうちに修復されてしまうでしょう」
これが、封鎖衛星の持つ力でもあった。
なるほど、とユーリは納得。
彼らは一帯の安全を確認し、軍に侵入経路確保の連絡を入れたのだった。