●リプレイ本文
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滑走路にずらりと並んだ戦闘機。
英国王立兵器工廠が開発を進めるKV、EP−009DRドレイクの試作機だ。
歩行形態への変形機構も備えておらず、塗装もされていない。いわば素っ裸の状態。
時枝・悠(
ga8810)は、ふんと鼻を鳴らした。
「すみません、今回はテストですので‥‥」
「まぁ、仕方がないな。試作機は試作機、か」
せっかくだから、歩行形態がどんな格好なのかも見ておこうと思っていた彼女。だが少しでも経費を削減するために変形機構は取り外されているというのである。少々不服ではあるが、こればかりは今言ってもどうしようもないことだ。
今回用意された試作機は、三つのタイプをそれぞれ二機ずつ。傭兵達はこれに乗り込み、空中で特殊能力や機体そのものの挙動をテストすることになる。
ドレイクが備える特殊能力は主に二つ。アリスシステムとHigh Mobility Boost――HMBだ。アリスシステムについては過去にも搭載機があるので説明不要であろうが、HMBは、いわば進化したマイクロブーストだ。可変ノズルなどの技術を組み込むことでさらなる機動力を得たブーストである。
用意されたタイプの内、一つは、スタンダード型。HMBの出力を二段階に切り替えることが可能なものである。基本的な出力では練力を食い過ぎる、という場合に備えて、練力を節約しつつ効果を発揮する、省エネモードのようなものを搭載したタイプがこちら。
一つは、知覚伝道重視型。伝道型と略す。従来、アリスシステムは一つの独立したシステムであり、外部から手を加えること――要するに改造することが不可能なものであった。故に増減する能力値は常に一定だったのである。そこで、機体動力とシステムを繋ぐことで、システムを起動することによる能力値の増減量が機体のスペック(改造具合)に依存するようにしたものがこちら。簡単な話が、機体を強化するほど、上がる能力はより上がるし、下がる能力はより下がるシステムである。
そして最後の一つが知覚切替型。アリスシステムは構造上、起動から三十秒ほどは解除出来ない仕様である。これを、練力を消費することで三十秒の制約をなくし、好きなタイミングで起動、解除を切り替えられるようにしたのがこのタイプだ。
「HMBは、どれくらい練力を消費するんだろうか」
今回のテストではスタンダードに搭乗する龍鱗(
gb5585)。HMBに重きを置いたタイプであるし、これをどの程度頻発できるのか、ということは前以て知っておきたいところだ。
「基本は、起動出来て最大五回が限度。省エネなら八回程度は使えるでしょう」
「条件は?」
「大気圏内。通常のブーストや武器で練力を消費せず、HMBのモードをいずれかのみで起動した場合です」
HMBの効果は十秒程度。場合にもよるが、これだけ使えれば十分か‥‥? いや、その判断は、後に回すべきだろう。
「マイクロブースト自体が燃費良かったら多少燃費が増えても許容範囲だと思う」
「どうだろうな」
同じくスタンダード型に乗り込むレイラ・ブラウニング(
ga0033)は、これまで英国製のKVを継続的にパートナーとして選んできたこともあり、マイクロブースターがどういったものであるかは十分に理解している。
燃費が良い。大きな利点の一つだ。これが多少増えるくらいなら、問題ないだろう。それがレイラの判断。
「でもドレイクかぁ。もうちょっとかわいい名前がよかったんだけどね」
「ファリス(
gb9339)もそう思うの」
ドレイクとは、即ち龍。これは過去開発されたワイバーンを意識してつけられた名称である。この他にも、過去のKVにフェンリルがあり、これが本機体の母体にもなっていることから、神話では関連性が高いとされるヴィーザルの名も候補として上がっていた。
だが、いずれに決まっていてもソーニャ(
gb5824)は同じことを口にしただろう。
例えば、ロビンやアッシェンプッツェルなど、inやanなどのいわば丸みのある音が含まれるものであったり、あるいはpやmの音を混ぜることで音をマイルドにしたり。他にも様々なパターンがあるが、恐らく彼女が言いたいことは、こういうことだろう。
これにはファリスが頷いたが、しかし、今から変えることは出来ない。いや、不可能ではないが、名称の変更は開発関係者全員に影響することであり、おいそれと出来ることではないのだ。
「まぁ、いいじゃないですか。これだって立派な名前ですよ。完成まであと少しです! せっかくですから、楽しくやりましょうよ」
佐渡川 歩(
gb4026)の期待は大きい。ようやく試作機の試乗にまでこぎつけたのだ。これまで意見を出してきた身としては、かなりの喜びであったろう。
だが、もちろん。
「楽しくやるのはいい。けど、ちゃんと意見は出さないとな」
そう呟いた龍鱗に、佐渡川は強く頷いた。
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「へぇ、フェンリルが母体になってるだけあって知覚が高いのね」
スタンダードタイプに試乗するレイラが真っ先に確認したのは、武器へのエネルギー出力量だった。
機体そのものが有する出力によって、武器に伝わる威力というものも変わってくる。今回はテストということもあって周辺に被害が及ばぬようペイント弾以外の発射は出来ないが、どれだけのエネルギーが回っているかはメーターで確認出来る。
知覚・機動力特化と言うのに恥じない力を持っている。レイラはそう判断した。
「基礎挙動は把握‥‥と。さて次はHMB見てみるかね」
同じくスタンダード型を選んだ龍鱗が一通りの飛び方や加減速を試して機体の基本的な挙動を確認する。
交戦状態に入った際、機体が持つ癖を掴んでおくことは非常に大事。そして、パイロットの裁量にもよるがいざという時に発揮する特殊能力を使用すると、どうか。
急激な加速を得るHMB‥‥。その力を試そうというのである。
「高速機らしい挙動だね。なかなかよいこじゃない。ボクも、HMBを試させてもらうよ」
考え付く限りの曲芸飛行を試したソーニャ。機動力がある分、失速せずに少々無茶な旋回にも耐えてくれる。龍の名は、伊達ではない。
ならば、さらなる速度はどれほど得られるものか‥‥。
龍鱗、ソーニャが同時にHMBを起動する。
ぐんと体全体が押さえつけられる。シートに身がめり込むような感覚。殴られたような衝撃と引き換えに、試作機は音の世界をどんどんと突き放してゆく。
「‥‥! ファリスも負けないの」
これを見たファリスもHMBを起動。
加速。心臓がふわりと浮き上がる感覚は、高揚感か恐怖か。思わず、う、と呻きを漏らしたものの、慣れるまでは一瞬だった。
速度を得たことによる機動力は当然あるとして、もう一つ。可変ノズルによるものもある。翼や機体の角度などのみでなく、大きな推力を持つブースターのノズルが大きく向きを変えることで、急激な方向転換を可能にしている。
そして――。
「アリスシステム、起動するの」
知覚系統に流れていたエネルギー経路を切り替えることで機動力を得るシステム。それがアリスシステムだ。これをHMBと組み合わせた時に得る力は、いかほどのものだろうか。
スイッチを切り替える。
エネルギー伝達量が切り替わり、知覚出力メーターが一気に数値を落とした。同時に、ぐんと機体が軽くなった感覚が伝わってくる。
気を抜けば、前進の勢いで受ける風圧に吹き飛ばされてしまいそうだ。
ほんの少し機体を傾ければ、想像していた以上に急な角度で旋回。怖いと言えば、怖かった。
とはいえ、だ。
「さすがに速いね。だけど‥‥」
同じようにアリスシステムも併用したHMBでの速度を体感で確認したソーニャは、静かな表情のまま通信機のスイッチを入れた。
通信先は、先ほど飛び立った場所‥‥試作機の格納庫で待機している整備兵だ。
「ねぇ、あるんでしょ。HMBの速度強化型。今から戻るから、積んでよ」
前以て話を聞いた限りでは、今試作機に乗せているHMBよりも、さらに速度を強化したタイプのものを製品版に搭載することも出来るとのこと。
今積んでいるものは、練力効率、性能などが現状の技術で安定するレベルのもの。なるべく練力消費量を鑑みた際にマイクロブースターとほぼ変わりない程度に、HMBとして十分な性能を発揮し得るよう設計されたものだ。
速度強化型。それは、字の如くさらなる速度強化を施したもの。当然、消費練力量は大きくなるが‥‥。
「えっ今日は用意してないの?」
返ってきた返事に、半ば呆れたような声のソーニャ。
今回はHMBの安定性も試すために、速度強化型のテストまで出来ると思っていなかった技術者達。用意などしていなかったという。
この返答が、ソーニャのスイッチを切り替えた。
「最速のKVを作ったのは、どこだっけ?」
ぼそり。呟く程度の声量。だが、技術者や整備兵達にも、テスト飛行中の他の傭兵達にも、不思議なほどハッキリと聞こえた。
「技術者としての野心は! 最速を誇るKVを開発したプライドは! 保身に走ってないで、言ってごらんなさい。乗りこなしてみせろって!」
半分憤りとも取れるような言葉。
ここまで言われて黙っているような職員ではない。揺すぶられた開発魂が、整備魂が叫ぶ。このままでいいのかと!
しかし‥‥。ないものは、ない。
当然この場でさらなる加速を体験してもらうことは出来ないが、これも一つの意見。開発陣には大きく響いたことだろう。
「時枝さん、胸を借りるつもりで挑ませて貰いますよ!」
佐渡川とソーニャはペイント弾を用いた模擬戦で性能テストを行うようだ。
やはり機体は、実戦で用いてこそ。仮想敵を設定し、これにいかなる対処が可能なのか、二人は見ようとしていた。
「遠慮はいらないよ」
言葉と同時に、時枝はHMBを起動。初手の優位確保に動く。
一瞬遅れて佐渡川もHMBで加速。
互いに、正面は取らない。死角からの一撃を撃ち込む。そのために――。
可変ノズルを駆使し、時枝が佐渡川の下方に潜り込んだ。
照準は、機体のど真ん中。
撃ち抜ける!
引かれたトリガーに、ペイント弾が吐き出される。
「くぅっ!」
危機を察した佐渡川は、慌ててアリスシステムを起動し、機体を急旋回させて間一髪の回避。
「何っ、意外と機敏な‥‥っ」
捕えたと確信していた時枝。だが、HMBとアリスシステムが組み合わさった際の機動力を甘く見ていた。
一瞬呆けた隙を狙い、佐渡川が左方に回り込む。
弾き出されたペイント弾は、時枝が乗る試作機の翼を汚した。
「油断した? それなら‥‥」
あれだけの機動。どんなに早かろうと、見えてさえいれば、その速度に応じて撃ち込めば良い。
一撃くらい、返す!
振り向き、挙動を予測。この速度なら‥‥。
「そこっ!」
「腕で劣ったって!」
瞬間。佐渡川はアリスシステムを解除した。ぐんと機動力が落ち、旋回が緩やかになる。放たれたペイント弾は、佐渡川の前方を横切った。
佐渡川の乗る機体は知覚切り替え型。任意のタイミングでアリスシステムのオンオフが可能なタイプだ。彼は、見事にこれを使いこなしてみせたのである。
「アリスシステム‥‥、使いこなせれば、すごいの」
その様子を観察していたファリスは、思わず呟いた。いざという時、任意で切り替えることが出来る。
これが強みになり得ると証明された瞬間だった。
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「他の機体はこれまでのと大差ないし、知覚切替型がいいな」
その力を身を以て味わった時枝は、そう発言した。
テストは終了し、各々の感想を述べる時間が設けられていた。
予め用意されていた、ドレイクの三つのタイプ。このうち、どれを製品として選択するか。今回のテスト飛行の最大の目的が、これであった。
「戦場では何があるか分からないし、攻撃のチャンスもいつ訪れるか分からないの。だから好きな時に切り替えできるようにした方が多少の練力を消費しても有効だと思うの」
こう意見を出すのはファリス。
せっかく機動力があるのだから、必要なタイミングで効果的な一撃を叩き込めた方が便利である。
欲を言えば、切り替えごとに必要な練力は可能な限り引き下げて欲しい、とも。
これについては、あまり多くの消費はしないよう努力するが、元々アリスシステムは、時間制限を定めることで練力を消費せずに起動していたシステムである。これを、練力で時間の制限を取っ払うのであるから、多少の消費は覚悟して欲しい、とのことだった。
「ボクは別にそこにはあまりこだわらないけど、HMBの高速型の搭載は絶対だね。特化なんでしょ?」
「まぁ、練力消費との兼ね合いが難しいがな‥‥」
飛行中にも要望を出したが、ソーニャはさらなる速度を求める。最速のKVを生みだした英国。ならば、その英国自身の手で、記録を塗り替えて欲しいと。彼女はそう願っていた。
だが当然、それはさらなる練力消費を生み出すことであり、龍鱗は渋った。
「HMBの省エネモード。あれを搭載してくれてもいい、と思うな」
彼が想定しているのは、長期戦だろう。長く戦場に留まり、かつ機敏に動き回る‥‥。そのために、練力消費は敵と言えた。
そのためのスタンダードタイプであった。これの使い分けをいかにして行うか、でスタイルに個性が出ることだろう。
「とはいえ、知覚切替型は捨てがたいです。理由は、さっきファリスさんが言ってくださいましたけど」
「同じく。私も切替型ね。あんなにピーキーになるんだもの、面白そうじゃない」
佐渡川、レイラの意見。
だいたい全員の考えが出そろったところを見てみると、知覚切替型を推す声が多いだろうか。
「あと、別にHMBで振り向きが容易になるってのは、いらないと思うんだよな。それくらいなら、練力効率を上げればいいと思う」
とは、龍鱗の言葉。
他にも、同様の意見がちらほらと。
これは、簡易ブーストを使える宇宙用KVであるならば、同様の効果を得ることが出来るからだ。
わざわざこんな効果を仕様として記したのには、理由があった。
というのも、練力消費量などとは全く関係なしに、HMBに使用される可変ノズルを手動で弄ることで機体の回頭速度を飛躍的に上げることが出来たためだ。技術提供社であるクルメタルの意向としては、是非この可変ノズルを推したいところ。だからわざわざ仕様として記されていた、というわけだ。
この点は、移動中に方向転換が可能になる、と書き変えることで開発陣は傭兵達に納得を求めた。
以上で、本機体に関しての意見聴取は終了である。
後は集まった意見を元に、開発陣が製品と仕上げていくことだろ。
龍が翔ぶ日は、きっとそう、遠くない――。