●リプレイ本文
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利根川付近の坂東市は、農村地帯であった。上空から見降ろすと、細かく区分けされた畑に青々とした作物がお行儀良く整列し、美しい。
だがそれも、飽く迄バグアによって関東が制圧されてしまうまでの話。
争いも激化し、あらゆる土地が火の海となるこの世にあって、今、茨城県坂東市は――
「畑‥‥」
「土地は豊かですねー。バグアさんも野菜を食べなきゃいけないのでしょうかー」
豊富な作物に恵まれていた!
BEATRICE(
gc6758)が言うように、周囲は一面の農園。実にのどかである。
地上の様子をカメラに収めつつ、未名月 璃々(
gb9751)がぽつり。バグアであろうと、食事はするのかもしれないが‥‥。ここがいわゆる食糧プラントになっているのだろうか? 確証はないが、目的なく農園を維持している、ということもなかろう。
そう、これは偵察任務。土地の状況を知ることも――いや、むしろそれが本懐だ。
「あくまでも偵察任務だから、無理しないようにな」
「当然よ! このダイバード――いや、飛行形態ダイホルスの勇姿、見せつけてやるぜ!」
「いや、だから‥‥」
「その外見で言われても説得力がないな!」
「ぐ‥‥っ」
事は慎重に。注意を促した時枝・悠(
ga8810)だが、それを聞いたのか聞いていないのか、ロボットアニメさながらの外見をした魔導鳥神ダイバード(※タマモです)を駆る村雨 紫狼(
gc7632)は気合を入れた。
ド派手な外見のダイバード。あまり目立つのがよろしくない依頼では、いささか不向きにも思えるが‥‥。
しかし、かく言う時枝のKVも真っ赤に塗りたくった主張の激しい外見。たしなめようにも、お互い様であった。
本来ならば陸戦がしたかった村雨だが、こうした依頼を受けてしまった以上は仕方がない。それでも、ダイバードへと機体を改装して初の依頼。テンションが上がらないわけがなかった。
そう、一曲歌ってみたくなるほどに。
さぁ皆も一緒に歌おうよ!
闘え! 魔導鳥神ダイバード!
うた:村雨 紫狼
大空に灼熱の太陽 青空に輝く勇姿
夜空に真っ赤な月が 世界闇に塗り替えてく
裂けた大地に ひび割れた海に
光を差す者は誰だ
守りたい人 救いたい人
大切な人 その瞳に強く強く焼きつけて
(二天一流ダイブレード!)
魔導鳥神 魔導鳥神
くじけるな 泪見せるな
魔導鳥神 魔導鳥神
闘うのさ 駆け抜けるのさ
魔導鳥神 魔導鳥神
魔導鳥神ダイバード
「流石紫狼! あたしの旦那様だぜ!」
「はぅはぅ、にぎやかなの」
明言は避けるが、村雨とはかなり深い間柄のビリティス・カニンガム(
gc6900)が歓声を上げる。
楽しげな雰囲気に誘われ、エルレーン(
gc8086)もキャッキャと騒ぐ。
偵察というより、遠足にでも来たかのような雰囲気に、時枝は頭を抱えた。自分の機体さえ派手でなければ、ピシャリと言えるのに。
だが、BEATRICEだけは表情を崩さずカメラの捉える映像に意識を向けていた。これは仕事だ。そう自分に言い聞かせれば、不思議と冷静になれるのである。
とはいえこの一帯が農園になっているらしいこと以外は、大した収穫が得られない。食糧プラントになっている可能性が考えられる、というだけだ。実際に降りて調査を行うことも意義がありそうであるが、安全に降下出来そうな場所も見当たらず、万が一敵の奇襲などがあれば堪ったものでは‥‥。
「‥‥飛行する人影を感知‥‥」
カメラが捉えた、小さな点。拡大して得た結果を、BEATRICEが呟いた。
人型の物体が、こちらへ向かって飛んできている。人間が空を飛ぶはずはないので、歩行形態のKVだろうか? いや、だとしたら何故こんなところにいるのか不透明であるし、そもそも空中で歩行形態になる必要性がない。空中で人型を取れるKVがないわけでもないが、それには莫大な燃料を消費するのだ。経済的でない。
とすれば、見間違いでもない限り考えられる答えはただ一つ。
「もしや、バグア!」
時枝が目を見開く。
ここしばらくお目にかかってはいないが、生身で空中戦闘を行えるバグアも、過去に存在していた。
ならば、空中飛行が人間に不可能である以上はそれしかあり得ない。
「強化人間ですかー?」
人型の敵といえば、パッと思いつくものでは強化人間。未名月はそんなことを口にする。
その答えは、確認するまでもなく、本人から直接示された。
『チッチッチッ、強化人間ごときに、ミーのような優雅なフライトは不可能。このリークだからこそ出来る技なのだ!』
通信回線に割り込み。リークと名乗ったそのバグアは、自らを強化人間ではないという。
つまり、恐らく彼の体はヨリシロだ。
「おいおい、聞いてねーよ!」
「ここは敵地だからな。敵がいて当然か‥‥。歌ってる場合じゃなかったぜ」
わざわざ重ねて述べるまでもなく、茨城はバグアの勢力圏内であるから、もちろんそこに、バグアは存在している。
発見されれば迎撃されるのは必至。だが、哨戒に出ていたワームならまだしも、いきなりバグアと遭遇とは運が悪い。生身で向かって来ているということは腕に覚えがあるか、よほどのバカか。
いずれかと問われれば、恐らく前者だろう。
傭兵達はそう思っていた。この瞬間までは。
「し、しんしなのに、お‥‥お尻からネギ?!」
カメラの倍率を上げて敵の姿を確認したエルレーンは、思わず口元を押さえた。
飛行しているというのに全く形の崩れない燕尾服。まだ若いながらも気品のある顔つき。まさにジェントルマン!
だがその背後からちらりと見えてしまったものがある。
ネギだ! あの角度からすると、どう考えても、ネギはこのバグアの尻に挿さっている以外にありえない。
「ひっ! 畜生! どうしてケツネギ野郎が飛んでるんだよ!」
「ぐぅぅ、俺のトラウマが‥‥」
お尻をアッーされた経験が、不快な記憶として深く刻まれているビリティスと村雨が、思わず尻に力を入れる。あの感覚は、だいたいの場合癖になるかトラウマになるかのどちらかだ。
まぁ、多くはトラウマだろうが。
それはともかく、こんな敵と戦わなくてはならないのか? そう思うと、何だか‥‥、
「帰る」
とでも言いたくなってしまう。時枝のように。
しかしわざわざ向こうが出向いてきたのだから、そう簡単に逃がしてくれるわけもない。
各々が騒いでいるうちに、リークは間近にまで接近してきていた。
「‥‥散開」
考えてみろ。バグアはあらゆる意味で人知を越えた存在だ。このケツネギも、衝撃的ではあるにせよ、こんなバグアがいてもおかしくはないはずなのだ。
BEATRICEは機体をぐっと傾け、距離を開ける。ロングボウはミサイルの扱いに長けた機体であるから、程良く距離をとってこそ、その真価を発揮する。それは、主がミサイルキャリアと呼ぶのも納得の特徴であった。
一瞬遅れて、他の面々も散る。
「帰してくれないってわけね。まったく、酷い話だ」
ぐいと向きを変えた時枝は、早速フィロソフィーで攻撃に移る。
向かってくるということは、逃がしてはくれないのだろう。ならばさっさと倒して、おさらばしたいところだ。
『ほう、やるね。ユーは後の楽しみにしておこう』
初撃がリークの肩口を掠めた。
これに、弾丸を受けた本人はうっすらと笑みを浮かべる。そして、くるりと向きを変えた。時枝を狙うことは後に回し、他の傭兵をまず潰すつもりだ。
『ヘイ、ユー! 何があったかは知らないが、そのトラウマごと葬り去ってあげよう』
「わぁぁっ、こっち来たぁ!」
懐から取り出されたリークのピストルが放った弾丸が、ビリティスのワイバーン、ゴールデンハウンドの翼を掠める。
「へんたいさんはおしりを蹴っ飛ばしてあげたいところだけど! ‥‥かわりに鉛玉でお仕置きなのっ!」
エルレーンはそう言うが、これが変態的行為であるかどうかは、彼女らにとっての常識の範囲での話。得てして異文化とは受け入れがたいものである。
傭兵達には知るよしもないが、リークの生きてきた世界ではこれが当たり前で、礼儀であるのだから仕方がない。
これ以上ビリティスが狙われないようガトリングで牽制するエルレーン。狙いの通り、動きを止めたリークはこちらを向いた。だが‥‥。
『今、ミーを変態と言ったかね?』
ゾッと寒気がするほど低い声と共に、リークはエルレーンの方を睨みつける。その手のステッキでヒュッと空を切るや、先ほどビリティスに迫った時とは比べ物にならない速度でエルレーン機の鼻先にまで接近した。
怒りに触れたのだ。
「うぅっ、こういう時は、こういう時は――」
慌てて反撃しようとするエルレーンだが、武装にSESの出力が回らず、起動しない。
それもそのはず、彼女が用いようとしたのは機拳「シルバーブレット」だ。飛行形態ではどうあっても使用出来ない武器である。
そうとは知らないエルレーンは、それでも何とか起動しようとするも、やはり出来ないものは出来ない。
『ミーはね』
ぶんと振られたステッキが、機体の方翼をもぎ取った。
バランスを取れなくなった機体は、ふらふらと宙を舞って高度を落としてゆく。
『変態と言われるのが嫌いなのだよ』
十分な回避行動が取れなくなったエルレーン機に、リークはピストルの銃口を向けた。
「いけねぇ! ダアアイッバルカンッ!!!」
「させません‥‥」
この危機に、村雨とBEATRICEが牽制の射撃をしかける。
舌打ちしたリークがその場で高度を上げ、火線から逃れた。
今、リークに最も近い位置にいたのは、未名月だった。攻撃をしかけるチャンス、だったが‥‥。
「そのネギ。もしかしてバグア製ですかー?」
リークの生体を面白がっている未名月は、機体の操縦よりも撮影に意識がいっていた。軍から借用した偵察用カメラで得たデータは、自分の手元には残らない。だから彼女はプライベート用のカメラを構え、KVをほぼ手放しの状態で飛ばしていたのである。
接近するリーク。何よりも先に、シャッターチャンスだ、と感じてしまった未名月。そうでなくとも、操縦桿を握っていなかったのだから、反応が遅れるのも当然。
一気に仕留める機会であったが‥‥。
『バグア印の最高級品さ!』
撃ち込まれた弾丸が、コクピットを貫く。
シャッターを切る間もなく、機体の姿勢維持のため慌てて操縦桿を握るが、遅い。
キャノピーにぽっかり空いた穴から、リークの姿がはっきり見える。今の位置からでは、離脱も反撃も出来ない。
「あ、あぁ‥‥」
撮影どころではなかった。
さらに肉薄したリークのステッキが振るわれる。
轟音と震動。世界が逆転した。
叩きつけられたソレにより、メキリと音を立てて機体が真っ二つに折れる。
こうなってはコントロールも何もなく、ただただ落ちていくだけ。これ以上の抵抗も、しようがない。
『さぁ、これこれでジ、エンドだ』
ステッキを構え直し、落ちてゆく未名月機を視界の正面に捉えるリーク。
これ以上好きにやらせるわけにはいかない。旋回した時枝が、バルカンで動きを制限してゆく。
併せてBEATRICEが誘導システムを用いたミサイルを発射。
「これ以上遊んではいられないのです‥‥」
火線の嵐に拘束されたリークに、BEATRICEのパンテオンが迫り、捉えてゆく。
巻き起こる爆炎に狙いを定めたビリティスが、G放電装置を投げ込む。弾けるスパークに、苦悶の声がスピーカーから漏れ出した。効いている!
「よし、今のうちに」
敵が隙を見せた。追撃は可能だが、今は撤退するのが先だ。非常に困難だろうが、撃墜された未名月を救出しなくては帰れない。
畑道に降りるのは不可能だろう。ならば、近くを流れる利根川を利用するしかない。
「頼むぜダイホルス! 正義の味方ならここで踏ん張ってくれよ!」
すっと降下して利根川と平行飛行。流れに沿うようにしてゆっくりと高度を落としてゆく。
機体が水に着く衝撃は、陸に着地する時とは比較にならぬ衝撃。思わず操縦桿を放してしまいたくなる手にぐっと力を入れ、そのまま姿勢を安定させた。
「よし。待ってろよ、今行くからな」
機体が流されぬようロープで固定し、村雨は黒煙の立ち上る方へ向かって駆け出した。
その上空では――。
『ぐぅ、おのれ人間。ミーのネギが焼失してしまったではないか。どうしてくれる!』
リークがご立腹であった。
あれだけ攻撃を叩き込まれれば、ナマモノのネギはひとたまりもない。こんがり焼けるどころか、あっという間に灰になって消えてしまったのである。
これが、リークには面白くないのだろう。
「へっ、今度はお前を黒こげにしてやるぜ!」
強がりだった。これ以上継続して戦闘すれば、戦力が不足している今、恐らく勝ち目はない。
それでも、ビリティスはそう言った。ここで弱さを見せれば、そのまま潰されかねないからだ。
功を奏したのかどうかは、分からない。
『‥‥まぁ、よろしい。今日のところはこれまで。また遊びに来た時には、特上のネギをご馳走しよう』
それだけ吐き捨てると、リークはくるりと向きを変えた。視線の先には‥‥。
今飛び立とうとしている、村雨機。
『だが、せっかくもてなしたのだから、土産くらいはいただいてもよかろう』
あまりにも容易に意図の読みとれる比喩。彼は自由に身動きの取れないダイホルスを潰すつもりだ。
これには流石の村雨もたまらない。
「くっそ、こっち来んなってんだ!」
発進体勢に入ってしまっては、的もいいところ。救助に降りて自分が撃墜されては世話がない。
補助席には意識も混濁した様子の未名月。例え機体が壊れなくとも、余計な衝撃を受ければ治療も間に合わなくなる可能性が高い。
視界が潰れるほどの冷や汗が浮き出る。ここで終わるわけにはいかない。終わりたくなどない。
スピーカーから、愛する人の絶叫が聞こえる。どう返してやれば良いものか。悔しさと恐怖に、呼吸すらも止まりそうだ。
「そんなに土産が欲しければ、ネギの燻製でいいだろう」
時枝が放った煙幕装置。空中に広がる黒煙が、リークの視界を覆う。
動きが止まった! 目には見えないが、攻撃に出る様子が見られないところを考えれば、今頃煙の中で戸惑っているに違いない。
チャンスだ!
「よし、飛ぶぞ!」
この間にダイホルスが飛翔。そのまま片翼のエルレーン機を引率して戦線を離脱した。
合わせて他の傭兵達も次々と離脱。
奇妙なバグアの情報を持ち帰ったのである。