●リプレイ本文
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調査に向かう傭兵達は、これが仕事と思いつつも、晴れやかな気分ではなかった。好んで仕事をしたがりはしない、という意味とはまた違う。この依頼における傭兵は、謂わば捨て駒なのではないか、といった考えがよぎる出来事があったのだ。
それは、この仕事へと赴く前のこと。本部に掛け合った夢守 ルキア(
gb9436)は、KV輸送用の輸送鑑を手配してくれないかと申請していた。調査する地点に何があるのかは不明であるが、だからこそ何が起こるか分からない。つまり、撃墜されてもおかしくないのだ。だから機体を回収出来るようにとの配慮であった。
申請の結果は、却下。輸送鑑は形自体も大きく、当然質量も大きい。よって敵に感知されやすく、真っ先に標的にされてしまう。これでは調査にならない。付け加えて、狙われた際に輸送鑑が無事でいられないだろうとの理由であった。
裏返せば、誰も助けないから死ぬつもりで調べてこい、とのことである。
「勝手だよねー。まぁ、自分で依頼を受けたから文句言っても仕方ないけどサ」
コクピットの中で夢守はぶつくさ。
「これもお仕事ですから‥‥生きて帰れば良いだけのことですよ‥‥」
その隣を飛びながら、終夜・無月(
ga3084)は小さく笑んだ。そう、救出が見込めないのならば、救出されなくとも済むようにすれば良いだけのこと。幸いにして、この依頼の内容は偵察だ。例え敵戦力を発見しても無理に交戦せず帰還し、敵の存在を報告するだけでも十分である。
決まってしまえば、考えるのは楽だ。
敵に見つかったら逃げる。それさえ肝に銘じて、後は調べられるものはすべて調べてしまえば良い。
「任務はL2の調査だが、月の裏側も調査してみるのも良さそうだな」
「そうだね、あっちも怪しいし‥‥。ここは班を分けて、両方調べてみようか」
クローカ・ルイシコフ(
gc7747)の提案に、弓亜 石榴(
ga0468)が乗った。調査するのはL2だけで十分ではあるが、月の裏側にも何かがありそうだとの情報がある。ならば、そこの情報を持ち帰っても問題はなかろう。
だからといって、本来の目的を疎かにするわけにもいかない。ここはL2調査班と月裏調査班に分けて行動するのが良いだろう。
「けっひゃっひゃっ、良いだろう〜。多少の危険を冒すだけの価値はあるだろうからね〜」
「では各々散開しましょう。この先は通信が不安定になるようですから、通信については各自工夫を」
ドクター・ウェスト(
ga0241)、新居・やすかず(
ga1891)もこれに賛同。
L2の状況からして、互いの距離が離れるほど、通信障害は深刻になるだろう。そうなれば照明弾なりペイントなり、最悪ハンドサインで意思疎通を図ることも考えねばならない。
それぞれ、覚悟は決まった。後は役割に沿って調査を進めるだけだ。
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「生存者はいないようだね〜」
周囲の状況を確認しながら、ウェスト、新居、夢守が壊滅した艦隊のものと思われる残骸の山を調べていた。
ここに生き残った者がいれば、有力な情報になるのだが‥‥。しかしウェストが呟いたように、期待は持てないだろう。
残骸とはいってもほとんど原型などなく、どちらかというと木端微塵にされたようである。相当な威力を以て破壊されたらしいことが伺える‥‥ということは、いかに能力者といえど、これに耐えて生き残ることが出来たならば、奇跡と言われても信用するだろう。
絶望的な状況。果たしてこの艦隊に生きていた人々は、自らが死したことに気づいているのだろか?
こうした様子から伺えることは、ほとんど抵抗する間もなくやられてしまったということ。KVと思われる残骸が、巡洋艦の内部を漂うように浮いているのだから。
「何があるか分かりませんから、なるべくデブリなどを利用して身を隠しながら調査してください。何かありましたらすぐに連絡を」
「分かってる。あと、あまり離れちゃうと通信出来なくなりそうだね。気をつけないと」
通信には、どうしてもノイズが混じる。互いの距離が近いから何とか聞き取れるものの、これ以上離れれば相手の言葉は一切雑音にかき消されてしまうに違いない。
周囲の様子を撮影する夢守は、どこを見ても瓦礫瓦礫で嫌気が差していた。
(こんだけ散らかってたら、何が潜んでいるか‥‥。孤立しないようにしないと)
デブリにもジャミング能力を備えるバグアの技術力を、彼女は知っている。この様子では、周囲の通信障害はデブリによるものではなかろうが、警戒しておくに越したことはない。
艦隊にこれだけの被害を与える何か――、よほど大規模の戦力がこの一帯に駐留しているのか、それとも相当の実力を持つ者がいるのか。
可能ならばこれもハッキリさせておきたいが、敵が出てきてくれないことには調べようがなかった。
「恐ろしい力だね〜。これを叩ければ、相手もかなりの痛手だろうね〜」
「ちょっとデューク君?」
「そうですよ、分かってますよね?」
「けっひゃっひゃっ、冗談だ〜。気にしないでくれたまえ〜」
ふとこぼしたウェストの言葉に、夢守と新居がツッコミを入れる。今回は例え敵に遭遇しても、無理に戦わず逃げる。そう決めたのだ。
逃げずに、戦いたい。そういった考えが見え隠れする言い回しを、ウェストははぐらかした。
だが‥‥。
(下手に冗談を言ったものだね〜)
彼にとって、少なくとも気持ちの面では冗談などではなかった。バグアは残さず滅ぼしたいという強い衝動が胸にある限り、ウェストにバグアを見逃すという選択肢を選ぶことは何よりの苦痛である。
どうせなら、出てこない方が良い。艦隊を滅ぼしたのがバグアであるとするならば‥‥、出てこられてしまうと、潰したくてたまらなくなるだろう。
出てこなければ‥‥、今回は運が悪かったと諦めもつくというのに。
「ん? あれは‥‥」
新居が気づいたのは、後方でパッと弾けた光だった。目を凝らしてそちらを見れば、視線の遠方にあったのは月の裏側へ向かっていた面々だった。その挙動は、何かから逃げているようにも見えるが‥‥。
「聞こえますか? どうしました、状況の報告を」
呼びかけるが、返事はない。恐らく、届いてもいないのだろう。通信障害――いや、妨害か。班内の通信にも多少難があるというのに、班を跨いで連絡を取るのは不可能に近い。
しかし月裏調査班のことばかり気にかけてもいられない。
こちらはこちらで、また状況が変わったのである。
「やすかず君、こっち。出てきたよ」
夢守の声に振り返ってみれば、瓦礫の向こう側からこちらへ向かってくる影が見えた。それは、ともすれば予想通りでもあった。
本星型ヘルメットワーム‥‥。それが、少なくとも十機。
こちらはたったの三機。まともにやりあって勝てる戦力ではない。
「ほう、わざわざ出向いてきてくれるとはね〜。この程度なら蹴散らしてやろう〜」
ウェストが発した言葉の裏にあるのは、出てきてしまった、という感覚。大人しくしていてくれれば、この狂気に飲まれずに済むというのに。
撤退しなくては。この場で対処しきれるような数ではない。だが、だがそれでも‥‥。
感情には勝てない。
「バグアァ!」
「駄目だよデューク君! 撤退しなきゃ」
「放せ〜っ!」
こんな時のために用意しておいたチェーンをウェスト機に引っかけ、その暴走を食い止める夢守。
感情に走るウェストはもがき逃れようとするが、チェーンを引く手に新居も加わり、動くに動けない。
強制的に撤退。
頭では分かっていながらも、悔しい結果だ。走った気持ちを押さえられず、ウェストはミサイルの弾幕をHWの方へと放ちながら、宙域から引き出されていく。
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L2調査班と分かれたばかりの月裏調査班は、実はこれといった調査目標を設定してはいなかった。
何か施設が見えればそれを撮影。また潜んでいる可能性の高いバグアが出てくればそれを一つの報告材料にしよう、という考えだったのである。
ただし、そこに確信はあった。月の裏側の見える位置に進出した人類は悉く壊滅させられている。つまり、そこには必ず何かがあるはずなのだ。そうでなくては辻褄が合わない。
「いかにも巨大兵器とかありそうだなあ」
「今のところ‥‥それらしいものはないですけどね‥‥」
月の裏側。地球にいる限り、人間には決して直接拝むことのない闇の部分には、何かが隠されていてもおかしくはない。恐らく、隠れているのだろうが。
弓亜の予測では、そこにあるとすれば、バグアの兵器。L2に接近した艦隊を、巨大な兵器で一気に消し去ってしまったのではないか、といった推測に則るものであった。
可能性は否定出来ないが、終夜の目に兵器らしい兵器は映らない。
それどころか施設らしいものもなく、こんなところに何かがあるのだろうかと疑問さえ感じてしまう。
「やはり通信は使えないか」
「何もないのに通信障害っておかしいなあ。あっちの班は大丈夫かな」
可能ならば、定期的に連絡を。
クローカはL2調査班に現状の報告を入れようと通信を試みるが、相手の声も聞こえなければこちらの声も届かない。電波妨害はほぼ確実と事前に聞かされていただけあってやむを得ないこととは思いつつ、この不便さには舌打ちもしたくなる。
弓亜が言うように、周囲には何もない。通信障害を引き起こすようなものも見当たらない。だというのにこの状況‥‥。妙としか言いようがなく、しかし、L2で艦隊からの通信が途絶したという情報から考えると当然でもある。しかし、原因が探れないのは何だかもやもやするものだ。
「仕方ない。とにかく調査――ん、何だこの反応」
「‥‥敵性反応‥‥」
「うそっ、今さっきまでいなかったのに。どこ!?」
「――正面に多数、来ます!」
付近に何かないものか。レーダーに目を移したクローカが発見したものは、今まで何もなかったはずの地点に、熱源の感知反応。
これに応えた終夜。分析したのではなく、これまで培った経験からくる勘だった。むしろ、この付近であり得るとしたら、それ以外にない。
「撃ってきたあ! まだ調査なんて全然進んでないのに!」
どこからともなく、霊のように現れた敵の数は、十などというものではない。二十――三十? 数えている余裕すらもなかった。
本星型のHWはもとより、宇宙キメラにタロスなどの姿も見える。それらは現れるや否や、一切の猶予もなしに銃撃を放ってきたのだ。
これをたった三機で相手取るなど不可能。かねてからの予定通り、ここは撤退するしかない。
180度回頭し、一目散に撤退。この危機を、通信を用いずに何とか知らせねばならない。
そんな時、弓亜が自らの武装として備えておいた照明弾が放たれた。
常闇に咲いた白の花が目を眩ますように輝けば、それに乗じて三つの影が茎となる。
「逃げ切れるか?」
「ちょっと厳しいかもね。煙幕で誤魔化せるかな?」
逃げたからといって、相手が逃がしてくれるわけでもない。
いざという時のために弓亜は煙幕も用意してきていたが、果たしていかほどの効果があるものか‥‥。L2では艦隊がまるまる潰されたというのであるから、一切の情報を持ち帰らせないつもりなのだろう。ならば何としても潰してくる――そう考えられる。
どう逃げるか? 今の速度ではいずれ追いつかれ、飲まれてしまうだろう。
身を隠せるようなものも周囲にはない。L2に漂う残骸の山に飛び込んでも、自分の足が遮られるだけ。
どうする‥‥?
「多少なら、時間を稼げます‥‥。その隙に撤退を‥‥」
ここで名乗りを上げたのが、終夜だ。その愛機は宇宙戦闘向けに開発されたものではないものの、その性能には絶対の自信がある。多少のことで落ちはしないはずだ。
自分なら、相手の気を引きつつ味方を逃がし、かつ自分も離脱出来るはず。
返事など聞いている余裕はなかった。ぐっと速度を落とせば、弓亜とクローカの機体はぐいぐいと先に出てゆく。
「‥‥お願いします。ご無事で」
雑音が大きくなってゆく中、クローカはその言葉だけは確実に伝えようと口にした。
その言葉は、届いたのだろうか。
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合流地点に最初に辿りついたのは、弓亜とクローカだった。
終夜が敵を引きつけてくれたおかげで何とか逃げてくることが出来たが、果たして彼は無事だろうか。
「無事ですか!」
「良かった、何事かと思ったよ」
L2で壊滅した艦隊の調査に当たっていた新居、夢守が心配そうに声をかけつつ合流してくる。それにウェストも引きずられてきたことで、残るは終夜が上手く敵を撒いてくるのを待つだけとなったが‥‥。
「ちょっと危なかったけどね。信じられないくらい敵がたくさんいたんだよ」
「命からがら逃げてきましたが、終夜サンが囮を引き受け――そちらの方は、どうなさったので?」
状況を説明する二人だったが、弓亜の言葉を引き取ったクローカは、その途中でウェストがチェーンで牽引されていることに気がついた。
先ほどから口を開いていないウェスト。何か被害があったにしては、機体に外傷らしきものは見当たらないが‥‥。
「いいのいいの。気にしないで。それより、こっちにも敵がいたんだよ」
「予想通りでしたけどね。だいたい十くらいでしたか」
詳しく説明してやるのも、酷だろう。今重要なことは、情報だ。
L2に現れた敵の数を報告。それを耳にした月裏調査班は、少なくともその数倍の敵がいたことを報告。
これを擦り合わせて考えれば、L2より月裏の方が敵にとって重要なポイント‥‥あるいは、月の裏側に敵の拠点があるのか。
そう仮説を立てるのは簡単だが、果たして‥‥。
「お待たせしました‥‥。何とか逃げ切れたみたいで‥‥」
推理の最中、終夜が戻ってきた。その背後に敵の姿はない。上手く撒いてきたようである。
「えっ、あの大群からよく傷つかずに逃げてこれたね。凄いなあ」
「鍛えてますから‥‥」
全員が無事にそろってこの場はひとまず一安心。
調べて得られた情報は、とにかく持ち帰らねばならない。これだけ調べたら十分だろう。
帰還。
その途上、ウェストはコンソールに額を擦りつけるようにして奥歯をギリリと鳴らしていた。納得がいかないのだ。目の前に、憎むべき敵がいたというのに、逃げることしか出来なかったことが。
(何のために能力者になったのだ? そのために、何を求めて、何を捨ててきたのだ?)
「我輩はッ!」
ガッ!
重く鈍い金属の音が、スピーカーを震わす。
それが、ウェストの心が締めつけられた音だと悟ると、夢守はそっと目を伏せた。