●リプレイ本文
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「あら、元少佐。奇遇ね」
高速艇。その中に見慣れた姿を目にしたロシャーデ・ルーク(
gc1391)は、友人にでも会ったかのように声をかけた。
スコット・クラリー。元軍人の傭兵だ。
「暫く見ねえうちに垢抜けたじゃねーか」
彼に面識があるのは、ロシャーデだけではない。ビリティス・カニンガム(
gc6900)もそうだ。
「久しいな。息災で何より。今回は同僚として、よろしく頼むよ」
「相変わらず堅苦しい喋り方だなー。もっとフランクでもいいと思うぜ」
「む、そう‥‥か?」
「私の方を見ないで頂戴」
知り合い同士で話に花が咲く。
そうした中。資料に目を落としていた春夏秋冬 ユニ(
gc4765)は、ぽつりと小さく言葉を漏らした。
「妊婦さんが襲われた、って‥‥」
現れたという蟲キメラ。その最初の被害者とされるのが、街に住む若い夫婦。夫は体を足に貫かれて死亡。妻はその場で捕食されてしまったという。
その妻が、身籠っていたというのだ。
ユニも子を持つ母。この被害者夫婦の心は痛いほどに知れる。
「キメラも被害者出す前に、姿だけ出してくれりゃいいのによ。なぁ?」
「‥‥」
杜若 トガ(
gc4987)は、隣で腕を組んだまま微動だにしないORT(
gb2988)に声をかける。
住民に危害が加えられる前に討伐することが出来れば、胸にしこりも残らないというのに。
そんな話の振り。だがORTは無言だった。肯定も、否定もしない。ただ腕を組んでじっとしている。
「ケッ、愛想がないねぇ」
「これ以上犠牲者を出さなければいいだけのことです」
苦笑した杜若に、音桐が言葉を返す。
出てしまったものは、仕方がない。ならばここで打ち止めにする。簡単な話だ。
「住民の方達の不安も相当なものだと思います。早く倒してしまって安心してもらいましょう」
キメラが闊歩しているおかげで、街の住民達は眠れぬ夜を過ごしている。安心して朝を迎えてもらうために、エリーゼ・アレクシア(
gc8446)は決意を言葉にする。
「そのための我々だ。各々が役目を果たせば良い」
「キメラは当然許さない。そうでしょう?」
蕾霧(
gc7044)と音桐 奏(
gc6293)のこの言葉に首を横に振る者がいるはずがなかった。
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街灯に照らされたその姿は、闇に溶ける黒。背の翅は未発達でありながら、肢体は力強さを感じさせる。
灯りの下、それは立ち止まった。
「いやがったな」
目標を発見した杜若は、股がるAU−KVのアクセルを強く握る。割れるようなエンジン音が高く響き、舗装された地に深く痕を残すかのように駆ける。その先端には、金鍔の刀。
ギラと銀光が走った瞬間。それの頭部には刃が深く突き刺さり、ブチブチとその身を割いてゆく。
衝突の衝撃に押され、引きずられるそれは赤黒い液体を傷口から噴出させ、その意思とは関係なしに六つの足をガクガクと震わせる。
「死ねよ、虫けらがぁ」
そのままAU−KVを装着した杜若は突き立ったままの刀を押し込み、その手にした機械拳で頭部をぐしゃりと潰した。
赤黒は勢いを失い、ただこし出されるようにしてアスファルトに広がってゆく。
「まず一匹。さ、次だ次」
子蟲を退治した杜若は無線を取り出す。街に散った他の傭兵達は上手くやれているだろうか。
ロシャーデは苦戦を強いられていた。
銃弾を放ち広い通りに一匹誘い出したところまでは良かった。
しかし、他の子蟲が銃声に呼び寄せられ、一対三の状況に持ち込まれてしまったというわけである。
「‥‥まぁ、いいわ」
無線で応援は要請してある。後は何とかこの場を持ち堪えるだけだ。
リィィン――。
そう気を引き締めた直後。高く澄んでいて、かつ鼓膜に爪を立てるかのような音が響いた。
打ちつける音の波に体を揺すぶられ、ロシャーデは思わず膝を着く。
情報にあった、音波攻撃だ。
脳をかき混ぜられるような不快感に舌打ちでもしたくなるような衝動に駆られながら、それでも彼女は銃を構えた。
「不愉快なのよ。静かになさい――ッ」
引き絞られたトリガーに吐き出された弾丸が捉えたのは、子蟲の背で細かく振動する翅だ。
運動によって弾丸のそれより遥かに大きな穴を空けられた翅は、上手く擦り合わずにあの鈴のような音を出せなくなる。
しめた!
翅を潰してしまえば、この蟲は音を出せない。
そうと分かれば話は早い。囲まれて音の波に飲み込まれる前に、翅を潰す。そうしていれば応援もすぐにやってくるだろう。
蟲に浴びせられる弾丸。薄い翅に傷をつけることは苦ではなく、辺りに響く音は銃声のみ――ではなかった。
轟音。爆音と言い表しても良い。大気を打ち震わすような音が、徐々に、確かに近づいてくる。
その主は、杜若だ。連絡を受けて助けに駆けつけたのは、彼だった。
「バカの一つ覚え? ケッ、違ぇなぁ」
跨るAU−KVの先端には、獅子牡丹。
鋭く美しく月光に照らされ煌めくそれは、既に一匹の蟲を刺し貫いたものだ。
先にも、同じ戦法を取った。何も、このやり方しか知らないわけではない。ただ――、
「有効戦術の活用だ! 覚えとけクソ蟲野郎!」
今度は、後方から。ズブと音を立て蟲を真っ二つに千切れば、ライトにロシャーデの姿がぼうと浮かぶ。
残りは、二匹。
「悪ぃ、待たせた」
「退屈してたくらいよ」
「言うねぇ。んじゃ、ちゃっちゃと片づけてやろうぜ」
AU−KVを着込んだ杜若は不敵に笑んだ。
蟲達はギチギチと足を鳴らして威嚇。
これにロシャーデも、銃を構え直した。
一方で、端から複数人で子蟲に当たろうという傭兵もいた。エリーゼ、ビリティス、クラリーだ。彼らの場合、この街を探し回ろうと考えず、むしろ誘き寄せてやろうという考えである。
今回のキメラは、蟲。蟲が集まるとすれば――。
「照明弾、いきますよ」
光。夏になると街頭に群がる蛾などがよく見られるし、昆虫採取のトラップに、木の幹に一晩光を当てておくといったものもある。
名付けて、飛んで火に入る夏の虫作戦。
要は照明弾を打ち上げて、その光に寄ってきた蟲を一網打尽にしてやろう、ということだ。
結果がどうなろうと、悪い方へは転がらないだろう。とにかく、やってみなければ分からない。
夜空を光が照らす。後は待ち構えるだけだ。とはいえ、初手の優位を取るために、傭兵達は遊具の陰に身を隠した。
そのまま息を殺して待つこと数分。
まるで示し合わせたかのように同時に公園へと踏み込んでくる複数の影があった。それは、期待通りの、蟲。
(う、うじゃうじゃ‥‥。えーと、五匹?)
この作戦を提案し、実行したエリーゼは心中に呟いた。ビリティスとクラリーがついてきたのは心強い。
共に戦ってくれる仲間がいる。これは、確かな勇気になる!
「一手! 先手必勝です!」
飛び出したエリーゼは、直近で背を向けている蟲に襲いかかった。夜に溶ける黒の刃を己の片翼に、宙を舞う銀翼がふわりと軌跡を描けば、黒翼は闇に透ける薄翅を断ち切る。
合わせて躍り出たビリティスがその手の槌を大きく振りあげた。
銀に輝くそれは、隕石‥‥いや、闇夜に相応しい比喩ではあるまい。
「月落としっ!」
跳ね返った赤黒い液体が、銀の槌をぬらりと染める。地に深くめり込んだ赤のそれは、言うなれば月か。それは、人類の、バグアに対する挑戦とも言えよう。
いい調子だ。このまま――、
「きゃぁぁあああっ!」
いければ、良かったのだが。
翅を潰した子蟲を相手している間に、背後へ忍び寄っていたもう一匹の蟲。声に気付いた時には、遅い。振り向いた瞳に映ったのは、顎を大きく開き食いかからんとする蟲の姿であった。
悲鳴を上げたエリーゼ。思わず目を覆う。‥‥が、食われる気配がない。
おずおずと目を開けば、その子蟲は頭部から赤黒い液を漏らして横たわっていた。
「レディの背後を取るのは紳士的でないな」
「背後を取られるのも、なっ!」
一足出遅れたクラリーが、蟲に向けて発砲。頭部を捉えて仕留めたのである。
だがその間に、今度はクラリーが背後を取られていた。
呆れたように声をかけ、ビリティスがメテオライトを振り降ろす。
「これは失礼」
「気にすんなよ。さぁ、あと二匹」
「は、はいっ。斬ります‥‥!」
三人もいれば、処理は造作もないだろう。
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「目標を発見。戦闘行動開始」
母蟲を探し出すのにさほど苦労はなかった。巨体故に、通った道には何かしらの痕が残るのである。それを見つけてしまえば、辿るだけ。実に容易であった。
通りを彷徨う母蟲を発見したORTは低く呟き、予め抜いておいた銃を手に突撃する。
「意外に情熱的なのでしょうか」
「ただの戦闘狂だろう」
「全く、それだけは言わないようにしていたのですが」
その様子に、冗談めかした言葉を交わす音桐と蕾霧。当然、遊んでいるわけではない。気を引き締めるための、いわば準備だ。
もう一つ。このやりとりには意味があった。
ユニの存在である。彼女はあの蟲を見つける前と後とで、明らかに様子が変わっていた。緊張でもなく恐怖でもなく興奮でもない。切迫した表情をその顔面に貼りつけていたのである。
彼女には何か特別な、非常に強い想いがあるのだろうと読み取った音桐と蕾霧は、他愛もない冗談でユニを取り巻く空気を変えようと試みたのだ。
それが上手く働いたのかどうかは分からない。だが少なくとも、ユニは剣を構えた。
先に母蟲に向かって駆け出したORT‥‥。照準は蟲の頭部を確実に捉えている。
トリガーが引かれる。その瞬間、銃口の向きは逸れていた。吐き出された弾丸が貫いたのは、母蟲ではない。脇の路地――その先に姿を見せた、子蟲であった。
視界に映ったわけではない。彼自身が、気配で感じ取ったのである。
その間に母蟲に取りついたのがユニ。狙うは母蟲の頭。
が。
リィィン――。
蟲が翅を振るわせた。
体の中から爪を立てられたかのような衝撃、不快感が襲う。
「あの翅か――!」
照準を蟲の翅に合わせた蕾霧が発砲。放たれたそれは寸分の狂いもなく目標へと向かう。だが‥‥。
「な、にっ」
弾かれた。
超振動する翅は、それ自体が運動するエネルギーで以て多少の攻撃を跳ね返してしまうだけの力を得ていたのである。
「それなら!」
音桐が狙ったのは、足だ。
流石の蟲も体勢を崩した。自然、音波攻撃も一時的に止む。
好機。また翅が音を鳴らす前に、さっさと処理してしまわなくては。
その背によじ登ったユニが、巨大な剣を振り上げ――止まった。
彼女の目が捉えたもの。それは、
「あ、あぁ、た、すけ‥‥て。足が痛い、よぉ」
翅の下、蟲に同化するように埋め込まれた女性の姿であった。
目が合った瞬間。恐怖に沈んだ表情に、ほんの少しだけ希望の色が宿る。助けが来たのだと。
「‥‥もう少しだけ、待ってて」
短く告げたユニは、翅を引き裂いた。これであの音波は出せないだろう。
出せないだろうが。
「いっだぁぁっ! 背中、背中、嫌、嫌嫌嫌嫌ァ!」
蟲に及ぶダメージは、この女性にもトレースされるらしい。彼女は足も痛がっていた。それは音桐が蟲の足を撃ったから。
となれば、一つ導かれる結論がある。
このキメラを倒せば、この女性の命もない、ということだ。
「貴様はもう助からん。助かる道は死ぬことだけだ。よって排除する」
一切の躊躇いもなく、ORTは告げた。
耳に入った言葉に、女性は息を飲んだ。死が、今ここにある。それを正面からぶつけられたのだから、たまったものではない。
痛みに叫んでいた女性。しかし今度は、
「へ、あは‥‥死、しっ、は‥‥」
壊れたようにか細い笑いを零すようになっていた。
「状況は?」
そんな折にロシャーデ、杜若が合流。
「少々厄介なことがありましてね」
現状を音桐が手早く説明する。あの蟲を倒すと、一人の女性が命を落とす、ということを。
なすすべなく立ちつくすユニ。
だが、戦わなければ被害者は増える。蕾霧は、そしてORTは、これの排除に当たるべく動く。
「では、私も参ります」
続けて音桐も駆け出す。
こうなった以上、なるべく短い時間で倒してしまうのが一番だ。死以外の道が残されていないのなら、長く生き地獄に縛り付けておくのはあまりにも酷である。
「わ、わた、し‥‥、子供、が」
「えっ、何、子供が?」
女性が崩壊した精神のまま、うわごとのように呟いた。
子供――。
この言葉に反応したユニが、もがく蟲の背にしがみつきながら、女性の声に耳を澄ます。
「最初に襲われた妊婦。どうやら、あの女性のことのようね。その割に、お腹は膨らんでいないようだけど」
「‥‥ケッ、取り込まれたのはてめぇの体だけじゃねぇってか」
ロシャーデがそのことに気づけば、杜若がある結論に達する。
そうだ。彼女の子は、腹にいたはずの子は、今どこにいるのか‥‥。答えは一つしかない。
「排除する」
ORTが刃を光らせる。
蕾霧が、音桐が銃撃で母蟲の動きを制限すれば、刃はその首を切り落とさんと振り上がった。
そこに、杜若が割って入る。
ORTに肩からぶつかり、阻害。
「貴様‥‥」
苛立ちを見せたORTだが、杜若は詫びるのは後だと早口に言って蟲の背によじ登った。
「死ぬ前に教えろ。お前、ガキの名前は何てつけるんだぁ?」
「あ、ぇあ‥‥」
「ハッキリ言え! 何てつけるんだ!」
「ヒ、カリ――」
女性の言葉はそこでぷつりと途切れた。
いくつもの穴を開けられた蟲の頭が、切り落とされたのだ。
ヒカリ。子につけようとしていた、名前。
彼女の最期の言葉は、まるで今の状態とは正反対のものだった。
「あっ、もう終わってるぜ!」
「ちょっと遅れてしまいまし‥‥あら?」
ここで合流したのが、公園で戦っていた三人。出遅れた、とばかりに残念そうなビリティスだが、エリーゼはあるものを発見していた。
一体何だろう。不思議に思って近づいてみると、その正体に思わずエリーゼは口を覆った。
子供だ。大きさやシルエットは人間の赤ん坊と変わらないが、その姿は異形。大きな複眼で、口は大顎。背からはちらりと薄翅も見える。
「あ、あのっ、ここここれって」
「人の子――キメラの子とも思えぬな」
エリーゼの肩越しに赤ん坊の姿を見たクラリーは、一言。どちらの要素も合わせ持ち、またどちらとも違う。
「キメラの幼生を生かす理由はない。殺すのが最善だ」
蕾霧はこれこそキメラであると断じた。
違うのだと分かっていても。嘘でも信じ込めば、これからの行為を目にして心を痛めずに済む。
「赦しは求めません。私を憎んで逝きなさい」
業を引きうけたのは、音桐だった。
白み始めた澄んだ新しい空気に包まれた街に、銃声が三度響いた。
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以上が、本依頼における傭兵達の行動である。
しかし実際に彼らから提出された報告書は、以下に記すたった三文字でまとめられていた。
【マザーインセクト報告書】
・本件に於ける活動内容及び成果
ヒカリ