●リプレイ本文
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茨城だけでなく、関東はバグアの勢力下。その点は、良いとは言わないが、しかたあるまい。
だから茨城に敵が存在する。やむなし。
土地がバグアによって手を加えられている。是非もない。
元々畑の多い土地に、バグア産の植物が植えられる。ありうる。
「‥‥食べたら毒だったりして、ばぐあ産のおネギ‥‥」
よりにもよって、栽培されているのはネギ!
メイン食材というよりも、料理にアクセントをつける役割を果たすことの方が多い、あのネギ!
ネギばかり栽培していったいどうなるというのか。
そこでエルレーン(
gc8086)が考え付いたことが、ネギに毒が含まれるのでは、ということ。
大量のネギを世界に向けて輸出し、人類を地球規模の集団食中毒に陥れようという恐るべき計画!
‥‥ちょっと、現実的ではないかもしれない。
「考えられない話ではないけども、それも含めてバグア産ネギは地球のネギとは違いがあるのかな」
「それを調べるために来たんですよー」
ルリム・シャイコース(
gc4543)の疑問に、未名月 璃々(
gb9751)が返した。
彼ら傭兵達が受けた任務は、この地で栽培されているネギを調達すること。
以前、この一帯の偵察が行われた際、ネギ畑が各所に広がっていることが確認された。同時に、尻にネギを挿して空を飛ぶバグアの存在も。
このネギに何かしらの意味があると見て間違いはなかろう。採取し、調べてみなくてはなるまい。
「見た目は元々この辺で栽培されてた長ネギと変わらないってことらしいな。臭いの方はどうなんだ?」
「一度、不本意ながらここに降りたことはあるのですがー、臭いを嗅ぐ余裕なんてなかったですしー」
事前に今回採取するネギの情報を得てきた御剣雷蔵(
gc7125)だが、特に有力な情報は得られなかった。
過去にこの茨城へ赴き、バグアと戦闘をした未名月にも、それ以上のことは分からない。
「臭いと言えば‥‥」
雁久良 霧依(
gc7839)が横目に雛山 沙紀(
gc8847)を捉える。
「沙紀ちゃん臭過ぎよ!」
「い、いやぁ、あちこち放浪してて、梅雨明けからお風呂も着替えもしてないっすから‥‥」
野宿に野宿を重ね、汗と汚れにまみれた彼女から立ちこめる臭いに、付き合いのある雁久良はともかく、他の面々は終始眉をひそめっぱなしだ。
「まぁ、手早く目的を達成してしまおう。敵に見つかりさえしなければすぐに済むはずだ」
この臭気に付き合い続けるのは御免被りたいところ。エドワード・マイヤーズ(
gc5162)は先を急いだ。
傭兵達が進むのは、敵に発見されにくく逃走しやすい山間。丸山に入り、足尾山を経由して筑波山へと抜けるルートだ。ふもとの様子もよく見えるため、ネギ畑を発見するのにもピッタリである。
「あら、ほらあれ、畑じゃない?」
「えーっと‥‥あ、ホントっす、畑があるっすよ!」
木の陰から双眼鏡を構え、西方のふもとを観察していた雁久良と雛山が、点在する畑を発見した。山を降り切ってから畑までの距離もそう遠くはない。狙い目のポイントだ。
傭兵達が一斉に山下りを開始しようとする。
が、そこにエルレーンが待ったをかけた。
「あっちの方にきめらがいたらたいへんなの。ちょっと調べてみるね」
地に手を当て、エルレーンは周囲の振動を測る。動体反応があれば、これですぐに分かるはずだ。
ほんの少し目を閉じて、周囲の様子に集中。何かいやしないだろうか‥‥。
「この先にふたつくらいうごくものがあるの」
「では、少々迂回しよう。キメラ退治が目的ではないからね」
エルレーンの報告に、ルリムが頷いた。
さっさとネギをいただいて帰る。無駄に身を削る必要はないだろう。
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「普通のネギだな」
「臭いも特別ということはなさそうだね」
御剣とルリムは畑に生えるネギの様子を観察して感想を漏らす。
何の変哲もない、ただのネギだ。
「下仁田ネギよりは細いわね」
「松本一本ネギよりまっすぐ。一般的な長ネギのようだね」
比較対象として雁久良は下仁田ネギを、エドワードは松本一本ネギを持参していた。どちらのタイプにも、当てはまりそうにない。
だが、このネギで間違いない。茨城がバグアの手に落ちて久しく、人間が畑を整備しているということもなさそうだから、これはバグアが、あるいはバグアの指示を受けた何者かが管理しているに違いないのだ。
そうと決まればさっそく採取‥‥といきたいが。
「待ちたまえ、罠が仕掛けられているかもよ?」
エドワードが制止。ここはバグアの領域。何らかの仕掛けがある可能性が高い。
こんな時に役立つのが探査の目。畑とその周囲に意識を集中し、見回す。
すると。木陰に人の影がちらりと見えた。誰かが、いる。
「誰だね。出てきたまえ!」
待ち伏せだ。
キメラではないだろう。強化人間か、人型のバグアか。
「流石はここまで侵入した人間。よくぞ看破した!」
「しかし兄上、奴ら、逃げませぬぞ」
ぬらりと姿を現したのは大柄な男二人。蛇がとぐろを巻いたようなヘアスタイルに、赤茶けた肌。やや人間離れした風貌から、少なくとも地球人ではないだろうことが伺い知れる。
「む? 確かに。人間が侵入するとすればこの方面だと当たりをつけ、我らの体臭を放出していたというのに、妙だな」
「ハッ! あ、兄上、奴らの中に、我らに非常に近しい体臭の者が!」
「何ィ!? おのれ人間、我らの作戦を先取りし、対策してくるとは」
勝手に話を進め、勝手に納得し、勝手に驚愕する二人に対し、傭兵達はキョトンとした様子。
てっきり、有無を言わさず襲いかかってくるものと思っていたが‥‥。
「なんだかよく分かりませんがー、とりあえず、ここのネギについて一言」
緩いような、そうでもないような雰囲気を変えるため、未名月はそんな質問を投げかける。
一瞬ポカンとした男二人。互いに顔を見合わせ、そして朗らかな笑みを浮かべた。
「説明してくれよう。ここにあるのは、地球産のネギと我らが母星にて栽培されていたイゲンを組み合わせて生まれた全く新しいイゲンである!」
「季節に関係なく栽培が可能。栄養価は地球産のネギに比しておよそ‥‥四倍くらい、だろうか。どうだ、恐れ入ったか!」
親切なバグアだ。と、誰もが思った。
「ではではー、折角なのでこのイゲンとかいうのを、いくらか持って帰っても良いでしょうかー」
ついでにと未名月は付け加える。
変なバグアもいたものだ。どうせなら彼らの情報も集めておきたいところだが、さっさと仕事を終わらせて帰りたいというのが傭兵達の総意だ。
しかしながら、いかに変なバグアといえど、そう易々とネギ(イゲンというべきか?)を与えてくれるわけではないらしい。
未名月の言葉に、二人はたちまち眉間に皺を寄せ、怒りの表情を浮かべた。
「ならぬ。イゲンは我らが死守してくれよう! ビッグベン兄弟、兄、タレル=ビッグベン!」
「同じく弟、モレル=ビッグベン! いざ!」
ビッグベン兄弟を名乗るバグア二人が地を蹴る。
だがこの名乗りに、御剣が吹いた。
「垂れる? 漏れる? ぎゃはははは」
何のことを言っているのか筆者には分かりません。分かりませんとも。
いや待てよ。ビッグ(大)ベン(便)に、タレル(垂れる)、モレル(漏れる)‥‥。なるほど。確かに、そんなものを連想させる名前だ。ついでに、ヘアスタイルも、実に、その、なんだ。ビッグベンだ。
だが、笑ってもいられない。ビッグベン兄弟の踏み込みは体格の割に早く、突き上げるような拳に、危うく鳩尾を奪われそうになる。一瞬でも盾を構えるまでの反応が遅れていたら、御剣は昏倒していたかもしれない。
「くっ‥‥かってによその星に入り込んできて、おネギ栽培とか! わけわかんないんだよぉ!」
確かに。エルレーンの言うように、はるばる地球にまでやってきて、侵略し、奪った土地で何をするかと思えばネギの品種改良と栽培。それも、辺りの畑のほとんどを使ってまで。
いやぁ‥‥精が出ますな!
しかし訳が分からないからといって、襲い来る敵に無防備でいるわけにもいかない。エルレーンは悪魔の尾を模した剣を強く握り、振り上げた。
ここからいなくなれ! 茨城を返せ! 帰れよ!
「させはせぬ、させはせぬぞォ!」
モレルが振り向く。腰に下げた拳銃のようなものを取り出し、エルレーンに向けて引き金を引き絞った。
咄嗟にしゃがんで回避‥‥したつもりだったが。
「あれ? なんにも‥‥くさっ!」
弾丸も光線も出てこない。代わりに、思わず鼻を摘まんでしまうほどのおぞましい臭気に見舞われた。
その臭いを説明するのは、容易であって困難だ。なんというか、ビッグベンをいっぱいに入れたバケツで埋め尽くした部屋を密室にし、三日ほど放置してから解放したような、そんな臭いだ。
これにはたまらず脳が麻痺する‥‥わけでもなかった。
「あれ、でも、これならガマンできる!」
感覚からして、普段なら卒倒しそうな臭気であるが、何故か今は「ちょっと臭い」程度の感覚で済んでいる。それは何故か、エルレーンにはよく分からない。
驚いたのはむしろビッグベン兄弟の方だった。
「馬鹿な、貴様ら人間が忌み嫌う我らの体臭を濃縮して放ったというのに!」
「あっ!」
突如雛山が声を上げた。
ビッグベン兄弟が放つ臭気に、思わず自らのセーラー服で鼻を覆った雛山。だが彼女は、そこであることに気がついたのである。
「ボクの方が臭いっす!」
「ファインプレイ、ということでいいのだろうかね‥‥」
そう、梅雨明けから入浴せず、着替えもしていない雛山の体臭は、ビッグベンの放ったそれと同等、あるいはそれ以上だったのである。
思わずエドワードが苦笑を浮かべた。
しかし、これにダメージを受けた者もいた。
「うぅぅ、こんな人達の体臭だなんて‥‥」
雁久良だ。今の今まで名も知らなかった者達の体臭を強制的に嗅がされる。彼女にとって、精神的ダメージは非常に大きい。
せめて――いや、どうせなら、好みの人、親しい人の体臭の方が良い。と、そこまで考えて、雁久良は思い出した。
雛山に、せめて下着だけでも変えた方が良いと新しいものに履き替えさせていたことを。そして、それまで彼女が履いていた下着は身に纏う白衣の中に突っ込んであるということを。
ばぐあしっているか、においはにおいでそうさいできる。
「ぶっちゃけ、臭い攻めとか誰得‥‥何をしてるんですかー?」
ごそごそと下着を取り出す雁久良に、未名月は頭に疑問符を浮かべた。
戦場に出てきてまで何をするかと思えば。いったいそれをどうする気なのか、未名月には想像出来ない。いや、ぶっちゃけ、あまりしたくない。
雛山の汗と老廃物と(排泄的な)アレと(生理的な)アレとその他いろんなものが沁み込んだパンツを高々と掲げた雁久良は、そのままそれを顔面に装着。
ダイレクトに流れ込んでくる臭気。多くの人間にとってはただの汚臭の塊でしかないそれだが、彼女にとっては、そうではない。
「フォオオオオ! 新陳代謝の激しい女子中学生の生体分泌物と生体老廃物の芳香がっ! バグア臭なんてかき消えるわ! 鼻がひん曲がりそう! 燃えてきた!」
「いたよ、得する人」
スーパーなハイテンションが脳天を突き上げ貫き成層圏まで跳ね上がりそうな勢いの雁久良に、未名月はやや呆れ気味。
見るだけなら面白いので、手持ちのカメラでその姿をパシリ。ネガは保存しておこう。うん。
そんなやりとりの裏で、ルリムはタレルに肉迫。
これに反応してタレルが腕を振り上げた。
その脇をくぐり、背後に回ったルリムはその小手の爪をグサリと、タレルのお菊さんへと突き入れた。
「おっほほほほ〜っ!?」
奇声を発して飛び上がるように反転したタレルが反撃に移る。
「おらぁ」
だがそこへ距離を詰めた御剣が力強くシールドを突き出した。
これに姿勢を崩したタレルへ、目標を変えたエルレーンが飛びかかる。
「ばぐああっちいっちゃえ!」
振り降ろされた剣を肩に受けたタレルが、くぐもった声を漏らして膝をついた。
「兄上ぇ!」
「他所見していていいのかしら?」
ニタリと笑んだ(顔面パンツによって見えないが)雁久良が、モレルの力を奪う。
突然のことに脱力した彼へ、エドワードが迫る。
「僕のこの手が黄金に光る! くらいたまえ!」
彼の籠手には煌くトパーズ。その指先が狙うのは、あー、何だ。お菊さんだ!
グサリと突き刺さった指を介して、電磁波がモレルの体内へと流れ込む。
「ふんぬぉぉおおお!?」
未知の感覚に白目を剥くモレル。
ここにトドメを挿さ――刺さんと、雛山が駆けた。
「これで決めるっすよ!」
「アッー!」
強く握り締めた棍が、モレルの菊を貫き、その花弁を散らす。
この時の悲鳴は、筑波山にまで届いたのだとか。
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「よくぞ我らに打ち勝った」
「うむ、大したものだ。ここは大人しく引き下がろう。だが‥‥」
完全に戦意を喪失したビッグベン兄弟は、じりじりと傭兵達との距離を計りつつ、畑からネギを引きぬいた。
ぶんぶんと振るって土を落とすと、その葉鞘を前方へと掲げる。
「その前に、貴様らの勝利を称えよう! さぁ、尻を出すが良い!」
「我らの星では、勝者の尻にイゲンを挿して称えるのが流儀。さぁ、恐れることはない。尻を出すのだ!」
「結構ですー」
「辞退する」
「遠慮しておくよ」
「い、いや‥‥」
そんな提案に、未名月、ルリム、エドワード、エルレーンはNOと即答。当然だろう。
しかし、ここに名乗りを上げる者がいた。
「勝利を称えられるのは歓迎だな」
「じゃあ、辞退した人の分は、私と沙紀ちゃんで受け持とうかしら」
御剣、雁久良、そして半ば巻き込まれた形の雛山だ。
ぺろりと晒された白桃を順に見、ビッグベン兄弟が互いに頷く。
そしてその手のネギを構え直し、桃に咲く菊に深深と――。
「ぐっ!? 未だだ、この程度じゃあな」
「ひぎぃっ」
おネギをいただいた御剣と雛山は苦悶の表情。
だが、雁久良は違った。
「んほおお! いい‥‥っ」
恍惚の表情である。
ネギ挿入による勝利の賛美は続き、遠巻きに見ていた面々は溜め息。エルレーンに至っては恐怖で泣きだしてしまうほどであった。
だが、この間にこっそりありがたくネギを調達。日暮れが近くなってようやく解放された傭兵達は帰路についたのである。
※お尻に挿されたネギはしっかりと持ち帰り、後で研究者達が美味しくいただきました。