●リプレイ本文
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「じゃあ、待ってる。外から届く程度には、練成治療を使うから」
そう言葉を残して、夢守 ルキア(
gb9436)は施設の外に待機することを選んだ。
幸いにして、施設は50m四方程度と規模的には小さく、位置によっては外部から内部の者へ治療が行えるはずだ。少なくとも、射程の上では。
補助する役目を担うなら、比較的安全な外にいた方が良い。が、待機しておく理由はそれだけではなかった。
「お願いします。もし取り逃しがあったら‥‥」
「その時は挟み撃ちにするよ」
夢守の返事に、辰巳 空(
ga4698)は頷いた。
施設破壊のために侵入すれば、脱出を試みる敵もいるだろう。そうした者は、サイボーグに関する資料を持っている可能性が高い。それを捕えるためにも、夢守は残るのだ。
「では早速突入しよう。小さな施設であるから、正面から突破するのが良いだろう」
スコット・クラリーの言葉に一同が頷く。
身を隠している茂みから施設の様子を窺えば、当然のように守衛がいた。いかに正攻法で攻めるとはいえ、突入前から敵に発見されるつもりは毛頭ない。
すると一瞬、守衛の視線が他所を向いた。
このタイミングに乗じ、傭兵達は茂みを飛び出したのである。
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サイボーグ生産プラントのすぐ脇にある部屋で、自分一人だけとなったこの空間から外の様子を知るには、音しかなかった。
部屋を出てしまえば即刻捕まってしまう可能性が高い。
金剛力司はドアに耳を当て、部屋の外ではバタバタと多くの足音が行き交っていることを理解した。
「侵入者というのはどうやら嘘ではないらしいな。ここを抜け出し、ひとまず生き延びる絶好の好機だが‥‥」
呟き、自らの右腕に目を落とした。
先ほどの電気ショックで外装――否、肌が剥けてしまったらしい。そこからは黒々とした機械やパイプの群が姿を見せている。
「敵ではないと、どう証明するか」
問題はそこであった。
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「施設の破壊は避けたいところだがな」
「サイボーグ技術を医療に、ですか。確かに義手や義足もある意味そうかもしれません」
「医学は死肉に群がる学問だ。だが、それも生かす為のもんだ。可能なら施設を手に入れたいが‥‥」
医療に携わる身である佐賀狂津輝(
gb7266)、辰巳、狗谷晃一(
gc8953)にとっては、バグアのものとはいえサイボーグ技術は持ち帰りたいところ。
そんな会話をしながらも、既に傭兵達は施設内に突入している。
狭い施設ながら、敵の数は多い。今通路に立ち塞がっているサイボーグを見るに、傭兵一人当たり二人は相手にせねばならないだろう。それに、増援も考えられる。
「じゃが、比度の任務は悪の施設を破壊すること。資料集めは二の次じゃの」
そんな状況にも不敵な笑みを浮かべ、北斗 十郎(
gc6339)は一歩前に進み出る。
「その、何だね、その格好は。確か北斗、といったか」
「否!」
風さえあれば勇ましく宙に翻りそうなマフラーに、素顔を隠すいかついマスク。
奇妙な格好の北斗に、思わずクラリーが突っ込みを入れた。いや、突入前から気になってはいたのだが、何となく聞きそびれていたのである。
「今のわしは北斗 十郎に非ず。わしはΣ‥‥。我流Σじゃ」
思い切り特撮ヒーローのノリである。
これにクラリーは振り向き、辰巳らに「こういうのが流行りなのか」と問いかけたが、誰もが首をすくめるのみであった。
だが何をどう捉えたか、クラリーは大きく頷いた。そして持ち歩いていたのであろうサングラスを装着する。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ、バグアを倒せとわしを呼ぶ、正義の漢我流Σ参上じゃ」
「銀河を貫く伝説の剣、正義の戦士、バイザーマン、参上!」
‥‥一緒に名乗ってしまいました。
念のため説明しておかねばなるまい。二人とも、良い歳したおじさんです。いや、片方はお爺さんか。クラリーは何とかの剣とか言いつつ、その手に持っているのは銃だったりする矛盾まで抱えていたり。
真面目にサイボーグが医療に使えるのではと話していた三人は、纏う空気の全く違う二人を目にして思わず頭を抱えた。
だが当人達はノリノリだ。
「マシナリーズ、レディー‥‥」
「ゴーッ!」
北――じゃなくて我流Σが姿勢を低くして臨戦態勢に入り、クラ――もといバイザーマンが掛け声を発し、二人の似非ヒーローが駆け出す。
一拍の間を置いて、残る傭兵達も後を追った。
プラントまでの距離はそう遠くなく、ただそこへ辿りつくだけならば簡単だ。しかし、プラントを破壊したとしても、脱出口を塞がれてしまっては締まりが悪い。ここは、可能な限り敵戦力を削っておくべきだろう。
サイボーグの放った銃弾を潜り抜け、踏み込み、我流Σはその手の爪を突き上げるように繰り出した。
捉えた金属を貫く感覚は、会心の手応えだ。
腹部に深く突き刺さった己の爪を目に、我流Σはほくそ笑む。
が、相手はサイボーグ。これしきではまだ倒れない。
苦痛に歪んだその目が怒りの炎を宿す。
反撃を覚悟した。
「させはせぬ」
バイザーマンの放った銃弾が、サイボーグの額に弾けた。
生まれた隙を狙い、狗谷が練成弱化をかける。
ここへ辰巳が飛び込み、ぐんと回り込んで、佐賀の練成強化を受けた力で以てその背を裂いた。
「これは、骨が折れそうだ」
「なかなかの耐久力だな。一気に突破するのは難しそうだ」
一人で二人のサイボーグを相手にするどころか、五人がかりで一人を沈黙させるような状態。
狗谷の呟きに、佐賀が練力の状態を鑑みる。
今のような調子で戦えば、確実に途中で息切れするだろう。
外で待機している夢守のサポートに期待したいところだが‥‥。
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「あっ!」
その夢守は、メンバーが突入した後、あることに気がついた。
外部からサポートするのは良いのだが、練成治療を行うには、対象を視認することが必要。施設内にいる人間を目にすることが出来なければ治療してやることは出来ない。
かといって、そのために自らも施設に踏み入れては、敵の重要参考人を取り逃がす可能性もある。このまま待機しておきたいが、ひとまず連絡だけでも入れておくべきだろう。
「ごめんネ、すっかり忘れてたんだケド」
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無線に入った連絡で、言われてみれば、と狗谷は口にした。
内部にまで突入したメンバーのうち、治療を行えるのは彼一人。担う役割がより重要になったわけだが‥‥。
「分かりました、こちらで何とかします。それよりも」
辰巳は正面に視線を戻した。
まだサイボーグはわらわらと集まってきている。これを何とかしなくては、活路は見えない。
「私と北――」
「我流Σじゃ!」
「‥‥我流Σさんと、スコ――」
「バイザーマンである!」
「もう、どっちだって良いでしょう。私と我流さんとバイザーさんで前衛、佐賀さんと狗谷さんはサポートをお願いします。特に狗谷さんは治療のタイミングに留意を」
「こりゃ、勝手に略すでないわ!」
役割をはっきりさせておかねばなるまい。なるべく練力を温存しながら戦い抜くには、各自がどのように動くかを全員が理解しておく必要がある。
また、それぞれがバラけて戦うよりは、一人のサイボーグを集中的に叩き、確実に敵戦力を削った方が有効だろう。
話は決まった。
わざわざそれを待っていたわけではないが、サイボーグ達が再び動き出す。
剣を携えたサイボーグが三人、一斉に進み出てきた。その背後からは別のサイボーグが銃撃支援に入っている。
弾丸を頬に掠らせながら、敵の先頭へ辰巳が踏み込んだ。
佐賀の強化を経て脇腹に刀を滑らせ、振り降ろされた敵の剣を盾に受ける。
この隙に肩口へバイザーマンが銃撃し、仰け反った喉笛に我流Σが爪を突き立てた。
さらに別のサイボーグが辰巳の背を殴りつけ、直後、狗谷の治療が入る。
今度は後方の敵が我流Σに銃口を向けるが、バイザーマンがその足元を銃撃して注意を逸らす。
この隙に辰巳と我流Σが前衛のサイボーグを一気に二人仕留めた。
「この調子なら、行けるか?」
連携が成り立ち、狗谷が心に拳を強く握ったその瞬間。
サイボーグの銃撃が彼の腹部を捉えた。
「ぐぅっ」
「いけない!」
苦悶の表情を浮かべて膝を着く狗谷を横目に、辰巳は奥歯を噛む。
その時だ。
『ここだヨ、ここ。分かる?』
無線機から夢守の声が漏れる。それと同時に、壁面がミシリと音を立てて凹んだ。
なるほど。
呟き、我流Σが壁に思い切り爪を突き立てた。
施設の壁が、綺麗にくり抜かれて穴となる。
夢守は、その小さな穴の向こうにいた。
「これなら!」
隙間から狗谷の姿を確認した夢守が練成治療を施す。
狗谷は礼を言って立ち上がった。
この間に、バイザーマンが敵の後衛へと銃撃。
さらに迫ってくるサイボーグの群に、脂汗が浮かぶ。
そんな時だ。
「ギャ」
迫って来ていた一人のサイボーグが悲鳴を上げて倒れ込んだ。
手から滑り落ちた剣を何者かが拾い、地に沈んだ持ち主の首と胴体を引き離す。
見ればそれは、半裸の男。その腕には裂け目が入っており、覗かれるのは血肉ではなく真黒な、機械のようなものだ。
一瞬で、彼はサイボーグだと誰もが汲み取った。
だが、何故? 裏切りだろうか。
「俺は金剛力司。訳ありだが、説明は後だ。ここは加勢する!」
「む、どういうことだ?」
「‥‥詮索は後にしましょう」
金剛を名乗る男の言葉にバイザーマンが疑問符を頭に浮かべるが、本人がそういう以上、説明は後回しにしてもらおう。
加勢してくれるというのならば、ありがたい。流れが向いてきたのだから、辰巳はこれを利用しようと考えた。
それが生産的だろう。そう判断し、傭兵達は目の前の敵に再び跳びかかった。
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内部での戦闘が追い風に乗る中、夢守は人の気配を感じ取っていた。
戦闘から離脱し、施設から逃げ出そうとするサイボーグを、窓代わりとなった穴から捉えたのだ。
先回り。正面以外にも出入り口はあるだろう。そこから出てきた敵を捉えれば‥‥。
「はい、動かないでネ」
貴重な資料になる。
案の定施設からのこのこと出てきたサイボーグに銃型の超機械を向け、夢守は牽制した。
「ちょっと聞きたいんだケド、サイボーグについての資料とかくれたりしない?」
「だ、誰が!」
「あっそ。あー、それと、中にキミたちの裏切り者が出たみたいだけど、あれは何?」
どうせ回答など決まりきっている。否定の態度をさらりと流し、彼女は質問を重ねた。
「ふん、予定が狂って洗脳は間に合わなかったが、どうせ長くは生きられまい。出来そこないの改造人間だ!」
冥土の土産のつもりか、そのサイボーグは叫ぶように告げると、白衣に隠していた銃を引き抜いた。
だが引き金が引かれるより先に、夢守の撃ち出した火炎弾がサイボーグの足を捉えた。
「じゃあもう用はないや。バイバイ」
姿勢を崩したサイボーグを蹴飛ばし、夢守はその顔面に銃口を向けた。
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一方で、内部のサイボーグは片手で数えられる程度にまで減っていた。
ここまでやれば、後はプラントさえ破壊すれば良いだろう。
傭兵達はそう判断し、通路を駆け抜けた。
その道すがら、彼らは金剛の口から説明を聞く。彼はサイボーグであるが、洗脳前に難を逃れたということ。人間としての意思があるから、ここを脱出して帰りたいということを。
「金剛力司よ、この先どんな不幸が待っていようとおぬしは生きたいか」
「もちろんだ」
「おぬしはもう元の体には戻れまい、一生監視の下生きていくかも知れん」
「覚悟している」
駆けながら、我流Σはそう問いかけた。サイボーグとなった身で人間の生活に戻ることは困難だろう。それでも、生きる覚悟があるのかと。
返事は実に力強いものであった。
しかし‥‥。
それを聞いて尚眉根に皺を寄せる者も、この場にはあったようである。
「生かす為ならサイボーグも一つの手段だろう。おまえの存在が、そうした道の一助になればいいがな」
狗谷は、そうではない。サイボーグ化することにどんなメリット、デメリットがあるのか。彼が人間として生きる限り、そうした面から見た資料になり得る。貴重な存在だ。
もちろん、彼が洗脳されていないことを保証するものは何もない。飽く迄金剛がそう主張しているに過ぎないのである。
本当に信じて良いのだろうか。こちらを油断させ、不意打ちを狙っているのでは‥‥。そう考えることも可能だろう。
「それよりも。どうやら、ここのようですよ」
最奥。一際大きな扉に、辰巳はこここそがプラントのある部屋だと確信した。
後は内部へ入り、爆弾をセットして離脱するだけだが、その前にしておかねばならないことがある。
「ハッ!」
振り向き様に、その手の刃で金剛を斬りつけた。
咄嗟にガードした腕がガチリと火花を散らす。攻撃された本人は目を白黒させ、困惑の様子を見せた。
この隙に、佐賀が飛びかかる。背後に回り込み、首を締め上げて窒息を狙う‥‥が。
「や、やめてくれ、俺は本当に洗脳されては‥‥」
「そんなことは関係ない。人類の技術では君を治す術は無い。来世で会おう、ということだ」
「治る治らないが問題ではないんだッ」
首元に淡く赤い光が滲む。FFだ。SESを介さない格闘技では、いくら締めつけても息が詰まることはない。
だがそれは、バグアの身体であることを意味していた。
「ならばなおさら、その機械と生身の部分を切り離して‥‥」
辰巳の目論みは、こうだ。仮に金剛が人間として生きていくのならば、機械の身体である限り、人として生きていくことは不可能だろう。だから、せめて、人の技術で作られたモノで補完しようということだ。それが叶わぬのなら、彼を処分するしかないが。
「人に戻れぬ身体では人として生きていくことは不可能だ。残念だがここで死んでもらう」
「それでも、今も帰りを待つ父と母、友人たちに顔を――」
「その必要はないよ」
金剛の言葉を遮る、高い声。
これに掻き消されて、二度と金剛の言葉がこの大気に漏れることはなくなった。
佐賀によって締められていた首から上が真黒に焦げ、全身の力が抜けてだらりと倒れ込んだのである。
「任務遂行中に戦死。そう伝えればいいデショ。実は洗脳されてて、一般人を相手に暴れたとか、後で困るし」
外から合流した夢守が火炎弾を放ったのだ。
これに撃ち抜かれ、金剛は事切れた。
最後の瞬間、脳裏には、彼しか知らぬであろう父と母、苦楽を共にした友が浮かんでいたのだろう。だが、その思い出に戻ることは、もう出来ない。
「‥‥信じることが出来ないとは、悲しいのう」
「何とでも言うが良いよ」
我流Σの呟きに、佐賀は鼻を鳴らした。
そして、扉に視線が集まる。
最早抵抗力を持つサイボーグは残っていまい。傭兵達は支給された爆弾を手に、無人となったプラントへと足を踏み入れた。