●リプレイ本文
「‥‥ボイスチェンジャー?」
「そうそう。ちょっと相手を脅かしてやろうと思ってな」
ビリティス・カニンガム(
gc6900)の宣言に、思わず氷室美優(
gc8537)はオウム返し。
ニェーバを駆るこの少女は、通信や外部スピーカーを用いる場合、ボイスチェンジャーを通して声を発するという。その目的は‥‥氷室にはよく分からない。
声を使って脅しをかける。それに相手が引っかかるか、そもそも効果があるのかと疑問は尽きないが、特に却下する理由もない。
「いいんじゃない? 面白そうだし」
そう言って、雛山 沙紀(
gc8847)はカラカラと笑う。
何だか面倒なことになりそうだ、と氷室は唇を尖らせる。
反対するわけではないが、何となくテンションが合わない。そう感じた氷室は、落ちついた雰囲気のBEATRICE(
gc6758)を話し相手として求めた。
「一応報告書読んで調べてきたけど‥‥呑気すぎない?」
「敵が‥‥ですか?」
「それもあるけどさ、土地のことというか、ネギのこと調べたりしてたみたいじゃない。さっさとバグア倒して、それから調べればいいのにって」
「調べて‥‥利用価値があるから‥‥侵略するのでは‥‥」
「でもよりによって、何でネギなの‥‥」
「さあ‥‥」
考えても、分からない。
軍がどのような判断で茨城を調査していたのか、何故今になって侵攻するのか。そういった疑問に関しては、BEATRICEの推測が一番しっくりくる。まずは敵地の様子を探り、そこに利用価値のあるものを見出したから攻める。利用価値がなかったら捨て置いた可能性もありうる。そんなところだろう。
これまでの調査の傾向からして、軍にとって利用価値があると見出したものとは、ネギであろう。茨城でバグアが栽培しているネギが、現地で元々栽培されていたそれより遥かに高い栄養価を有していることは既に判明している。また、この土地における畑の土が、そこに大きな役割を果たしていることも分かった。
だが、何故ネギなのだろう。それだけは、考えても分からない。
「ともかく‥‥畑を狙えば敵が出てくる‥‥。これはほぼ確実です‥‥」
「それを倒せっていうなら、やるけどさ」
「軍の人も協力してくれるっていうし、きっと大丈夫だよ!」
会話に割り込んだ雛山は明るく笑う。
今回は侵攻作戦ということもあり、合流は遅れるものの正規軍も戦力を動かしている。よほど敵が大戦力でない限り成果を上げることは可能だろう。
というか‥‥負けたくない。報告書にあるバグアの情報を思い出し、氷室は苦笑した。
空を駆ける四機のKVは、既に茨城の領域にまで入っている。傍受される危険性を考慮すれば通信は切るべきであったが、敵に出てきてもらわないことには話にならないので、傭兵達は他愛もない雑談に興じた。
奇襲にさえ気をつけていれば良い。
ひとまず、南下。予想される交戦ポイントは丸山から筑波山の上空。以前はこれより西のポイントでも敵の出現が確認されていた。とはいえ、あれはキメラではなくバグアだったので、ここまで移動してくることも考えられる。
足尾山を越えたところで、彼女らは一度話を打ち切った。
間もなく筑波山に差し掛かる。もういつ敵が現れてもおかしくはない。
ここまで来れば、敵もこちらの存在をキャッチしているだろう。
いつ出てきてもおかしくないのだ。
やはり敵は奇襲を狙っていた。
筑波山上空に到達したところで、山から三つの影が飛び上がったのだ。
「ちょっと、本当にいきなりなんてびっくりするじゃないっ」
号令もなしに散開して雛山が叫ぶ。
空を貫くように飛翔した影達は、傭兵達を見降ろす態勢。
その姿の特徴が、過去に現れたバグアと一致することを確認した傭兵達は、すぐに交戦態勢に入った。
『ようこそ、傭兵の諸君。我が農園の見学かな?』
「買収しにきたんだよ。お題は弾丸だけどね!」
旋回し、敵の先陣を切る男を見据えたのは氷室だ。
報告で知っていたとはいえ、相手の姿はどうにも解せない。
燕尾服でビシリと決めたジェントルマンに見えるが、その臀部にはしっかりとネギが挿さっている。いったいどんな筋肉構造をしているのか、男が動く度にネギがスクリューの如く回転。
‥‥ぶっちゃけ気持ち悪い。男の名は、確かリークとかいったか。
「雛山さん‥‥」
「ち、ちょっと待って、今照準を‥‥!」
雛山の搭乗する機体はフィーニクス。その特徴的兵装であるフィーニクスレイは、その出力を上昇させることで驚異的な破壊力生み出すものだ。早い段階でこれを決めることが出来れば、後の展開は大きく変わることだろう。
まずは照準を定めなくてはならない。可能ならば三人の敵を一度に撃ち抜きたいところだが‥‥。
その時。敵を囲い込むように大きく旋回する機影があった。
ニェーバ‥‥ビリティスの機体だ。
「余は鏖殺大公テラヴェロス!」
『何、テラヴェロス‥‥?』
反応したのはタレル=ビッグベン。リークとかいう男にくっついてきた一人だ。
もう一人はモレル=ビッグベンだったか。
「左様。宇宙一可愛らしいビリティス嬢に代わり、貴様等糞虫に引導を渡しに来たのだ!」
『な、なんと恐ろしい‥‥!』
モレル、戦慄。
ボイスチェンジャーを使用したビリティス(テラヴェロスは機体の名称)の声は、当然だが自然界には存在しない。異質な声は、それだけで異様な存在感と、言い知れぬ恐怖心を煽る。
発射した星型の誘導弾が、リークを追いたてる。
巻き添えを食らってなるものかと散開しようとしたビッグベン兄弟の行く手を阻んだのは、氷室だった。
「あーあ‥‥馬鹿が三匹。なんつー間抜けな」
まんまとボイスチェンジャーにビビッてくれたビッグベン兄弟は元より、尻にネギを挿して飛んでいるリークも、氷室の目には馬鹿らしく見えていた。
放ったDRAKE STORMが、雷雨の如き勢いでビッグベン兄弟に迫る。
『ぬぉっ!?』
『兄上!』
タレルを捕捉したミサイルが放電。
他方では、リークが同じように呻き声を上げていた。
『おのれ、人間め‥‥!』
「人間? 違うな。余は」
『テラワロスだったか?』
「テ・ラ・ヴェ・ロ・スだッ! ‥‥じゃない。テラヴェロスである。間違えぬように」
空中でバランスを崩したリークだったが、ジョークをかましつつも余裕の表情。
しかし、これもすぐに崩壊することとなる。
「発射態勢を」
BEATRICEが小声で告げる。
そして間を開けずに大量のミサイルを空に放った。
白煙を引く弾頭はさっと広がり、バグア達を包み込むように収束してゆく。
直撃は避けたい。ヨタつくように身をよじらせたバグア達が紙一重でミサイルの群を回避せんとする。
絶好のタイミングだった。
「ボクの翼は炎の翼!」
雛山の駆るフィーニクス、真・荒鷹神の携えるフィーニクスレイの出力が一気に上昇を開始した。
『いかん、ビッグベン兄弟、離脱を!』
「羽撃け荒鷹! 爆裂‥‥」
その動きに気づいたリークが慌てて散開を指示するが、彼らも、またリーク自身も、迫るミサイルを振り切るので精一杯だ。
ただそれだけではない。ビリ――テラヴェロス、氷室による誘い出しと、BEATRICEの計算されたミサイルの軌道により、バグア達は一カ所に追い込まれつつあった。
だから絶好のタイミングなのである。
「炎ッ翼ッ翔ォオオッ!」
プロトディメントレーザー――いや、それは間違いではないが、正しくもなかろう。爆裂炎翼翔がフィーニクスレイより迸った。
炎一閃。灼熱の光線が、リークを、ビッグベン兄弟を貫く。
光線の辿った跡に、彼らバグア達の姿はなかった。
回避したのではない。その身を撃たれて落下を始めたのだ。
『くっ、人間め。モレル、立て直せるか?』
『何とか。しかし、リーク様が!』
グッと両腕を広げて体勢を維持したビッグベン兄弟だが、リークは未だに落下を続けている。このままでは地面に激突するだろう。
見れば、彼の尻に挿さっていたはずのネギがなくなっている。あの攻撃によって蒸発してしまったに違いない。
これを確認した兄弟は青ざめた。
『いけない、イゲンが!』
タレルが叫ぶ。
この状況。やはり傭兵に優位に動いた。
「牽制は私が‥‥」
リーク救出に動こうとした兄弟に、BEATRICEがスラスターライフルを撃ち込む。
この隙に氷室、雛山、テラヴェロスが急降下。力が大きく下がったと見られるリークを仕留めんと動いた。
「最早勝ち目はなかろう。不運を嘆くが良い!」
「リークさん、覚悟するっすよ!」
テラヴェロスがアサルトライフルを、雛山がフィーニクスレイを放つ。
弾丸を肩に掠らせたリークは、そのまま地面に着地。反動で地を蹴り、再び飛び上がった。
「ネギがなくたって飛べるんじゃない!」
『イゲンである。間違えぬように』
「誰が‥‥。他んとこで、あんたたちのお仲間は鬱陶しいほど踏ん張ってるってのに呑気なのね」
思わず突っ込みを入れた氷室。
相手にはまだ訂正を入れる余裕があるのか、それとも‥‥。
『私は私。私の役目は、私のものだ!』
懐から拳銃を引き抜いたリークが、氷室に狙いを定めて発砲。
翼にバチリと火花が散った。
「そんなんでKVと‥‥ドレイクとやりあおうなんて。あんたなんか、お尻にネギ挿して悦んでれば良かったのに!」
『その先にある快楽を知らぬ小娘が!』
「黙りなさいケツネギ!」
『そこに直れ! 君の尻にもイゲンを挿してやろう。そして目覚め――』
「おいやめろ!」
妙にヒートアップしたやりとりに待ったをかけたのはビリティスだ。尻にネギ‥‥このことにトラウマを抱き、今回はそれを克服してきたというが、やはり目の前でやりとりをされるのは、何だか居心地が悪い。
舌打ちしたいような気分に駆られながら、氷室はDRAKE BREATHを起動。光弾がチャージされ、撃ち出される。
ぐいと身を反転させて回避。だが、その隙を雛山とテラヴェロスが狙っていた。
「落ちるが良い!」
「荒鷹ビィイイイム!」
一斉に放たれた射撃に撃たれ、リークはそれきり一切の言葉を発することはなかった。
余韻に浸るのも束の間。まだビッグベン兄弟が残っているのだ。
『たった一人で我らを相手にしようとは、片腹痛いわ!』
「そうでも‥‥ないですよ‥‥」
時間を稼いでいたBEATRICEだが、焦りの色はない。二人のバグアを一人で相手にしても立ち回れると自惚れているわけでもなかった。
何しろ、一人ではないのだから。
「こちらUPC‥‥。これより交戦エリアに入る」
応援が到着したのだ。
見たところ、KVの数は四機。もしかしたらまだどこかに待機しているのかもしれないが、現状援軍として現れたのはそれだけだ。
‥‥それだけで十分だ。
『しゃらくさい。まとめて薙ぎ倒してくれる!』
タレルのそれは、明らかに虚勢だろう。
UPCの放ったミサイル群に空を踊り、時折その身に弾ける弾頭に苦悶の声を上げる。
「残念ですが‥‥お別れです」
BEATRICEの機が加速する。ミサイルの誘導システムを起動、狙いを定めての二十四式螺旋弾頭ミサイルを撃ち放った。
タレルは、動けない。
『馬鹿な、このタレル=ビッグベンが‥‥。あぁ、も、モレルゥウウッ!』
爆煙に、タレルは散った。弟の名を叫びながら。
断末魔を聞いた弟モレルは、憤慨した。指揮官をやられ、兄までも討たれた。最早勝機はなく、逃げ場もない。
ならば‥‥。
『よくも兄上を。人間がァッ!』
一人でも人間を討ち取り、無念を晴らそうとでもいうのか。近くにいた氷室を標的に定め、拳を振り回して突進する。
「あーぁ。だからさ、馬鹿だっていうの」
氷室は敢えて接近を許した。もちろん、相手のリーチに留まるつもりはない。
せっかくだから、とっておきを見舞ってやろうという考えなのだ。
『この‥‥何っ!?』
ぶんと振るわれた拳は空を切った。
氷室のドレイクが、忽然と姿を消したのだ。
死角に回り込まれた。そう気づいたときには、遅い。
『どこに――』
「どこを見ている‥‥」
声の主は、氷室ではない。
テラヴェロスから発せられる声だった。
振り向いた顔面に、アサルトライフルの弾丸が降り注ぐ。
そのまま突撃するかのように加速したテラヴェロスだが、寸前で翼を傾けてモレルを回避。
氷室がすれ違った。
激突――その直前、ドレイクが宙を舞う木の葉のように揺らめき、テラヴェロスをすり抜ける。これがモレルの前から姿を消した、トリックの正体だった。
「タギリヒメ、剣を貸して頂戴」
ドレイクの翼が太陽光を反射する。同時に、搭載された四つの大型ブースターのうち、二つが半回転した。
モレルへ衝突。その手前で、ドレイクが大きくターンする。
放り出された翼が、モレルの胴を引き裂いた。ぐぇという悲鳴がスピーカー越しに聞こえる。
確かな手応え。振り返らずとも、結果は明白であった。
茨城には他にバグアは存在しなかったと後の調査で判明する。が、それは彼女らが仕事を終えて数日後のことであった。キメラが残っているという可能性はあるが、これで茨城はほぼ人間の手に落ちたも同然だろう。
奪還した茨城は、新しい農業を模索する地として使われ、近く移住者を歓迎する予定もあるそうだ。
それはともかく‥‥。
依頼を終えた彼女らは、茨城出撃に当たっての中継拠点に戻ってから己の機体を眺めていた。
茨城を取り戻した四つの巨影。ふざけた敵だったし、なんだか気の抜けるような戦いだったが、上げた成果は大きい。
「勇者達よ‥‥!」
まだコクピットに座っていたビリティスは、不意に何かを思いついてボイスチェンジャーと外部スピーカーを起動した。
まだ滑走路に残っていた傭兵達はもちろん、周囲で補給作業などに当たっていた作業員までもが、なんだなんだと振り向く。
これにビリティスは得意になって、ふんと鼻を鳴らした。
「拠点にいる人々は、茨城を取り戻した君達の勇姿を、まだ見たことがない。ここらで、見せてやったらどうだ」
「いいっすね! すぐ行くっす」
要するに、KVを人型に変形させて決めポーズでもとってみないか、という誘いだった。
雛山は意気揚々と己の機体へと駆け出した。
「行かないの?」
「‥‥あの姿が、あの機体の勇姿‥‥ですから。そちらは?」
「ガラじゃないし、なぁ」
氷室はBEATRICEに声をかけ、お互い誘いには乗らない点で共感した。
あの催しに否定的というわけではない。だが、自分のスタイルは、崩したくない。それだけのこと。
だから二人は、勇ましく構える二機のKVと、それを挟むようにして並ぶ自分達のKVを全て視界いっぱいに捉えて、目を細めた。