●リプレイ本文
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輸送艦の中、傭兵達は出撃のタイミングを待っていた。
一刻も早く敵戦艦を撃破しなくてはならない状況。しかし、焦って出撃するよりは、布陣を整えやすい地点まで移動した上で行動した方が遥かに効率が良い。背後から追いかけては速度に任せて逃げられてしまうこともあろう。それならば先回りして待ち構えるべきだ。
機械融合を果たしたバグアは、現在地球に向かって移動している。先の決戦において敗北したバグアは、基本的に地球から撤退する方向で話がまとまったはずだが。
「停戦が決まったとしても尚それを認められずに特攻を仕掛けるか‥‥」
ポツリと鳳覚羅(
gb3095)が漏らす。
バグアの心情など、理解しきることは出来ない‥‥というのは、正確ではない。理解は出来る。己の置かれた状況を打破するため、命をかけてでもあがこうという考え方は、人間の備えないものではない。
核心を突くならば、そうした行動を認めるわけにはいかない。
「やはり命令に従わない輩が出てきましたね」
出撃の準備を整えつつ、鹿嶋 悠(
gb1333)は呟く。過去にも、上の命に従わないバグアは存在していた。鹿嶋の目にしたその過去からは既に一年が経過しているが、その程度の時間でバグア全体の統率がとれるというわけでもなかった。
これではまるで人間に似ている‥‥いや、生物である以上、これは性なのだろうか。
考察は、後だ。今は目の前の脅威を排除せねばならない。地上で待つ多くの、そして一人の、大切な人のために。
「よりによってこんな時に神風かよ、勝利に浸りたいもんだ」
「半壊してますから、一矢報いるならこういう方法になってしまうんですね〜」
ツバでも吐き捨てんばかりに、湊 獅子鷹(
gc0233)がKVに搭乗する。
敵の状況を見た八尾師 命(
gb9785)は、飽く迄もと補足しつつ、思考していた。本心は「こんな被害状況なら大人しくしていればいいのに」といったところだろうか。
「とはいっても、俺の機体で火力足りるかなぁ‥‥」
相手は巨大。情報では、全長3kmほどであったか。再生能力をも有したこれに、KVの火力で押し切れるのだろうかという疑問が、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)の頭について離れない。一機ごとの有する武器では、力不足は否めないだろう。これをただ束ねるだけでも、同じ。
ならば、相手の再生能力を奪わねばなるまい。G兵器は使用不能だが、代わりになるものなら、ある。
「ここ一番でドデカいステージだ。まぁ見てな、吼天は伊達じゃねェってとこ、見せてやンよ!」
水戸 大(
gc6706)はこの困難な状況を、むしろ楽しんでさえいた。
吼天の備える能力、天龍を用いれば、G兵器でなくとも着弾地点の再生能力を奪うことが出来る。それだけでなく、単体での威力も凄まじく高い。
何を、どう用いるか。どのような場合においても言えることであるが、これを見極めることは非常に重要と言えよう。
「頼もしい、と言っていいのかな」
不安を滲ませた表情にほんの少し光を取り戻したユーリは、計器をチェックしつつ合図を待った。
目標のポイントまであと僅か。
盛大な後片付けが始まろうとしていた。
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宇宙は気の遠くなるほどの闇であったが、目標を発見するのに苦労はなかった。
巨大な戦艦。そして、その周囲に小さな影がちらほら。敵の護衛戦力だ。破壊目標それ単体でも脅威だというのに、これでは気が遠くなる。それでもやらなくてはならない。
どうせやるのならば思い切り。エイミ・シーン(
gb9420)はレーダーに目を落とし、接敵まで今少しの時間を要することを確認すると、今度は座席に目を落とす。そこには、骨を咥えた赤毛の犬のストラップが後方へと引っ張られていた。加速によるGの仕業だ。
これを握り、ほんの少し笑んで、機体の速度をまた上げる。
「もう宇宙来れるか分かりませんし、暴れますよー!」
「索敵の方はお願いします。ジャミング中和は任せてください」
エイミの機体はピュアホワイト。彼女と同じく、ワーム群の対応に当たる里見・さやか(
ga0153)の機体はウーフーだ。同じ電子戦を得意とする機体でも、担う役割は違う。
殊里見にとって、ウーフーは長年共に戦場を駆けた相棒である。この大一番で搭乗機体として選択出来たことは、一言では言い表せない縁によるものであろう。
この戦域に、ピュアホワイトはもう一機。
「索敵なら俺が受け持とう。そっちは暴れてこい」
天野 天魔(
gc4365)の搭乗する機体が、そうだ。
先ほど、エイミは「暴れる」と言った。ならば、気兼ねなく暴れられるよう、サポートするのも悪くない。
直後、レーダーの反応が動いた。護衛らしく、まずはワームが前に出てきたのである。
「来るぞ、全機――」
「さやか、ついてこい!」
皆まで言われずとも索敵結果を察した天原大地(
gb5927)が飛び出す。この背後に里見がピッタリとくっついて、ワームの群へと突入していく。
当然、ワーム対応は彼らだけではなかった。
「おい、無茶だけはするなよ」
湊はすぐ脇を飛行するゲシュペンスト(
ga5579)の機体がふらついたのを見て、思わず声をかけた。ちょっとした悪ふざけで機体を揺すぶったとも思えない。それよりも、出撃前に見かけた際に顔色が悪かったな、と思い至る方が先であった。
「‥‥いや、大丈夫だ。ちょいと連戦の疲れが出ただけだろう」
軽い調子で応えながらも、ゲシュペンストは声が震えるのを抑えようと必死であった。
(あの時の傷が今になって‥‥くっ)
霞みかけた視界を、ぶんぶんと頭を振ってクリアにせんと努める。開きかけた傷に脂汗を浮かべ、奥歯をギリと噛んで操縦桿を握った。
湊がまた何か声をかけてきた気がしたが、ゲシュペンストの耳は言葉を正確に聞き取るには至らなかった。
「こっちなら俺でも。このぉッ!」
突出してきたHWのフェザー砲をかわし、入れ違いにアサルトライフルを見舞ったユーリが大きく旋回。動きを止めた敵機を追い回し、注意を引いてゆく。
敵戦艦を狙うのならば、待機している適任者に任せるべきだろう。今すべきことは、その適任者へ被害が出ぬよう飛び回ることだ。
ワームの内訳は、HWとタロス。数はそう多くはなく、殲滅に大きく労を裂く必要はないだろう。
やはりというべきか、前へ出てくるのはHWばかり。時間を稼いでいるようにも受け取れた。
「足止めか。定石だが、往生際の悪い‥‥!」
接近してきたHWを切り捨て、来栖 祐輝(
ga8839)が吐き捨てる。敵の数にも底がある限り、殲滅は十分可能。それも、そう時間をかける必要はない。
「吼天二機が射撃態勢に入った。この場の死守を!」
後方からの連絡を受けた鳳が、HWを追い立てて叫ぶ。
気づけば、敵艦はもう目の前にまで迫っていた。これならば、天龍でも狙える距離に入ってくるか。
だがこれは、逆に危険を冒した行為であるとも言えよう。
敵の接近――これは何も、戦艦に限ったことではなく、護衛戦力であるHWやタロスも前進してきていたのである。
鳳がこの場の死守と言った理由は、勢いに任せて迫ってくる敵ワームを何とか釘づけにしておかねば天龍の発射を阻止されかねないからだ。
彼ら傭兵達はワームの対応に当たっていったが、しかし、それに気を取られ過ぎてもいた。
「ちっ、あっちは何とかならないのか!」
バグア戦艦の備える機銃が火を吹く。吼天をチャージしているために身動きの取れないブロンズ(
gb9972)は焦った。今攻撃を受ければ、行き場を失ったエネルギーが暴走して、砲身を破壊してしまう‥‥。そもそも、そういう武器なのだ。
威力こそ大したことのない機銃だが、その分射程、制圧力に優れる。吼天の砲身で火花が弾けるのも時間の問題だろう。
この時、ブロンズの盾となっていたのが如月・由梨(
ga1805)、そしてセージ(
ga3997)であった。
「ククッ、良いですね、この緊張感! さぁ、いきますよ!」
「出し惜しみは無しだ。一気に行くぞ!」
盾。それは正確な表現ではないのかもしれない。
如月は搭乗するディアブロを遥かに上回る巨大な剣、シヴァに身を隠し、手近な銃座を潰しにかかる。セージは己の備えたK−02ミサイルで一気に機銃の撃破に当たる。これが結果的に、ブロンズの護衛となっていたのだ。
だが、どれだけ潰そうと、その場から修復が始まる。一瞬の時間を稼ぐのが関の山だった。
それで、良い。吼天のエネルギーが臨界を向かえるまでの、ほんの十秒程度の猶予があれば十分だ。
「これだけ潰せば。ブロンズ!」
同じく、ユーリも攻撃対象を敵銃座へシフト。手近な機銃を刺激し、己へと注意を引いた。
「行けるぞ。アルジェ、合わせてくれ!」
「任務、了解。破壊する」
ブロンズが天龍を発動するタイミングに合わせ、アルジェ(
gb4812)は天鏡を起動。
吼天から放たれた光の束が、戦艦の銃座を巻き込んで装甲に大穴を空ける。
これに乗じ、戦艦のコアとなっているバグアを滅さんとする者達が一斉に前進を開始した。
艦首付近の機銃は永遠の沈黙に墜ちたが、これが絶対的な優位を築いたわけではない。巨大な戦艦に対し、天龍で焼き払った部分はほんの一部分に過ぎなかった。艦橋に至るまでには、まだ無数の機銃が生きている。これを少しずつ潰しながら、あるいは被弾を覚悟で突き進まなくてはならないのだから、むしろ優位と呼べるのかどうかも怪しかった。
「BD1よりBD10へ、味方のナビゲートは任せた! こっちは、あのデカブツを止める」
「了解ですよ〜。お気をつけて〜」
それでも突破口は開かれた。日野 竜彦(
gb6596)は共にいくつもの決戦の舞台を駆けた八尾師に支援を任せると、敵艦の甲板へと機体を進めた。
取り巻きのワームも、残すところはタロスが数体となっている。早いところこれを片付け、何とか敵戦艦の砲台を潰しに動きたいところだ。
「こんなもの守って、何なのよあんたたちは!」
練機槍を振りかざし、タロスに突きかかった氷室美優(
gc8537)が吼えた。
最早人間とバグアとの戦争に決着はついている。こんな悪あがきに、意味などあろうか。いや、ない。
このまま相手が引きさがるのならば、それでも良いと思っていた。あの日、バグアによって刻まれた心の傷も、いつの間にか乾いてしまっていた。
でも、今は。
「‥‥あんたらみたいなのがいるから、戦争が無くならいんだ!」
「やってるな。俺も、ここで勝負札を切らせてもらう!」
氷室の動きに呼応したゲシュペンストが、人型形態で接近する。
腕の杭を突進の勢いに任せて突き刺し、爆薬の勢いを利用して吹き飛ばす。
ぐらりと体勢の崩れたタロスを、氷室がDRAKE BREATHの光弾に捉えた。
「人間もKVも拳法させるなら変わらん!」
さらに肉迫した湊が、機体の回転に乗せた蹴りを見舞う。
この時、また別のタロスへ、里見が照準を合わせていた。
「捕まえます。後は!」
レーザー砲から放たれた光がタロスの装甲を捲って宙に釘付けにする。湊によって弾き飛ばされたタロスが激突し、二機のワームがもつれ合った。
そこへゲシュペンスト、エイミ、そして天原が距離を詰める。
「さぁ。俺達の切り札だ」
「ちょっとオーバーキルですけどね!」
ゲシュペンストが位置を定めると、エイミがハルバードを振るって二機のタロスの装甲に裂け目を入れると、ライフルで牽制しながら離脱。
既に準備は整った。
「悪ィが、ガキの顔見るまでは死ねないんでな! 合わせていくぞ、ゲシュペンスト!」
互いに挟みこむよう、天原とゲシュペンストが加速する。獅子の咆哮と亡霊の蹴撃が、雷の如く闇の宇宙に華麗な線を引いた。
「究極ゥゥゥッ! ゲェェシュペンストォォォッ! キィィィック!!」
「撃烈ッ! 百獣緋王ッ! ざぁーーーんッ!!」
二人の隠し玉が、タロスの身に深く食い込み、突き抜ける。KVの影が、タロスの爆発によって彩られた。
取り巻きのワームは、これで片付いた。残るは――。
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『小生意気な人間共め‥‥。貴様らが勝利を謳おうとも、俺は認めんぞ。共に滅びるのだ!』
「すごい執念だな‥‥それでこそ喰いでがあるというものだ」
黙し、ただ地球へと進んでいただけのバグア艦長がついに口を開いた。これは、その身を削られ、余裕を失ったことの現れと言える。それでもなお諦めず、前進を続ける‥‥漸 王零(
ga2930)はこれを執念と形容した。
機銃の嵐をかいくぐり、艦橋へ向かわんとする‥‥それには、敵の防衛能力が高すぎた。無視をするには弾幕が厚く、強行突破を図れば艦橋へ到達する前に機体が崩壊してしまうだろう。
これだけ惜しげもなく弾丸を吐き出すのだから、それこそ執念と呼ぶのに相応しい。
「凄まじいですが此処で絶対に食い止めます!」
「無茶はするな。大事な体だからな」
漸と共に進みつつ、赤宮 リア(
ga9958)は進路上の機銃を潰しにかかった。敵の艦橋へ攻撃をしかけるには、まだ距離が開き過ぎている。が、いかに機銃を潰そうとも、その場で再生機能が稼働する。すぐにその場を通過してしまえば問題ないものの、進んだ先にはまた機銃の群が待っているのだ。
長時間攻撃の嵐に身を曝すことになる。漸は共に進む赤宮を、少し振り返った。
心配しているわけではない。彼女の力は誰よりも知っているつもりだ。ここで易々と墜とされる彼女ではないと確信しつつ、しかし、気がかりなのは、彼女に宿る小さな命であった。
「零さんと一緒なら‥‥ん?」
戦場にありながら若干の惚気が出かけたところで、妙な通信が入ったことに気がついた。
予定にない味方の増援、と聞こえた気がしたが‥‥。
「爆装したEX級が護衛もなしに何を――!」
増援をいち早く察知したのは天野だった。
ワームの討ち漏らしがないかと周囲に索敵をかけた際、レーダーの隅に大きな影が映っていたのである。
目的を問いかけても、すぐに返事はこなかった。ただ、ひたすら敵戦艦に向けて前進しているのみ。砲撃もしておらず、これではまるで‥‥。
「あの艦まさか‥‥!」
「その前に終わらせる必要があるな」
赤宮、そして漸は気付いた。天野も。いや、この場の全員が、察した。
巨大な戦艦の軌道を強引に捻じ曲げるため、巡洋艦をぶつける算段なのだと。
だが無人で動いているはずがない。乗組員がいるはずだ。最低でも一人は。
(犠牲ありきの作戦、か。なるほど、作戦としちゃ破綻してるな)
徐々に迫ってくるEX級を目に、アレックス(
gb3735)は胸中呟いた。
EX級の衝突は、乗組員の死とほぼ同義だ。こんなものは作戦とは呼べない。囮ですらないのだから。
「動力炉はまだ分からないのか!」
ヘイル(
gc4085)が叫ぶ。敵の動力炉‥‥あるいは推進装置さえ破壊すれば、敵の足をある程度食い止めることが出来るはずだ。実際、天野は先ほどからそれを探っていた。
「慣性制御装置のおおよその位置なら‥‥。だが内部に突入しなくては到達不可能だ」
「分かった、内部だな?」
「KVじゃ無理だ、でかすぎる!」
「それでもやるんだよ!」
推進装置――慣性制御装置の位置が転送される。かつてヴァルトラウテの攻撃によって空けられた穴から侵入すれば目標まで到達出来そうだが、内部の通路が狭すぎる。KVでは通行不可能だ。
だが、破孔から推進装置までの距離はそう長くない。工夫すればあるいは‥‥。
無事に出てこられる保証はない。それでも推進装置を破壊する価値は十分にあった。
「外部から攻撃しても、届きませんか」
鹿嶋は内部へ突入せずとも推進装置を破壊する方法がないものかと考えたが、諦めた。そこへ至るには外壁が厚く、破壊の糸口が見えない。
やはり破孔から進むしかなさそうだ。
「艦橋攻略は?」
「まだ時間がかかりそうですね〜」
先に艦橋のバグアを片付けた方が早いかとも考えた鳳だが、八尾師の回答に腹を決めた。
迷っている時間の方が惜しい。
「分かった、俺がやる」
そう口にした鳳が、破孔へと向かう。
この背後に、アルジェがついてきていた。突入口のよく見える位置に機体を固定させると、吼天にエネルギーを集中させる。
「道なら、作る。ぱぱ、無茶は、しないで‥‥」
「では俺は、道を残すよう暴れましょう」
「それがいい。乗った!」
アルジェが放つであろう天龍の射線に被らぬよう、鹿嶋とヘイルも動く。
破孔を天龍で広げてやれば、推進装置までの道を広げてやることが出来るだろう。これを機銃に放たないのは、今では焼け石に水に過ぎず、艦橋へ至るルートが定まった今、横から効果的な射撃を行うことは、それこそ困難と言えた。
砲台潰しなら、既に対ワーム班が向かっている。発射に時間を要するのならば、大きな目標を狙った方が得策だ。
幸いにして、破孔付近の機銃は過去の戦闘で完全に潰れてしまっている。G5弾頭ミサイルの余波でも食らったのだろう。
まだだ。まだ光はある。
「撃つよ、離れて」
高まったエネルギーが、アルジェの吼天より解き放たれる。破孔へと閃いた光線が戦艦の通路を押し広げた。
そこへ鳳が砲撃しつつ飛び込み、鹿嶋、ヘイルが続く。
まだ、推進装置までは届かない。ほんのちょっとした道のりであるが、天龍の届かなかった部位に関しては再生機能が働いてしまう。ならば、脱出不能とならないよう絶え間なく攻撃し続ける必要があるのだ。
「あなたの道行きはここまでです。観念しなさい!」
『ほざくな、人間めがァ!』
銃座を潰し続け、ようやく艦橋へ至る道が見えてきた。須磨井 礼二(
gb2034)はバグア滅殺の糸口を掴み、邁進する。
バグアには明らかな焦りの色が浮かんでいた。それは、機銃の動きがKVを狙うものではなく無差別に弾を撒き散らす行動にシフトしたことにも現れている。これは大きなチャンスだ。
「目線で通じるのは信頼の証、気配で察するは絆の証明。こっちは任せておけよ!」
銃座付近を飛び回り、セージがライフルを撃ち放つ。敵のガードが下りた隙を維持、拡大せんといった目論みだ。
これが必要な役割。そうセージは割り切った。
「このまま突き進む。突撃!」
艦橋に取りつかんと日野が槍を突き出した。が、装甲を抉るも、敵の前進する速度に振り回され、狙いが定まらない。
そしてこの時、EX級巡洋艦も距離を詰めていた。
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ブリッジで一通りの操作を終えたスコット・クラリーは、小さな溜め息と共に胸の階級章を眺めた。
退役した時と同じ、少佐を示すソレ。軍に戻るとは思ってもみなかったが、こうした最期を飾るのも己らしい、とすら感じる。
「後日、私は大佐であるか。フッ」
意識のないところでの昇進。そこに意味はあるのだろうかと思考し、すぐに振り払った。
傭兵達は、既にこちらの意図に気付いていることだろう。後は静かにその時を待ちながら、微調整を行うだけ。
‥‥ほんの少しだけ、寂しい心地がしたのかもしれない。このまま静かに消えるのも良いかと考えたが、気がつけば通信機のスイッチに手を伸ばしていたのである。
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『通信が遅れ、申し訳ない。こちらEX級巡洋艦臨時艦長、スコット・クラリー少佐である。本艦は敵戦艦の軌道を逸らすため――』
「目的は分かった、何人乗っている?」
皆まで言わせず、天野は問いかける。
これにクラリーは詰まったが、二呼吸ほどの間を置いて、静かに返答した。
『私一人だ。正確には他に数名いたのだが、途中で退艦させたよ。故に各部の調整により通信に答えられず、また砲撃支援も出来ず、申し訳なく思っている』
「やっぱりそうか。鹿嶋さん、こっちは任せても?」
「構いません。行ってください」
言葉を聞いたヘイルは、破孔拡大を鹿嶋に任せてその場を離脱した。
退路確保は十分。後は一人でも間に合うだろう。
それよりも、救えるはずの命が優先だ。
「俺は俺で、やりますか。内側からならどうです!」
鹿嶋は開いた通路に露出した、燃料パイプのようなものを切断。が、再生能力が働き、すぐにパイプが結合してしまう。
無駄か。鹿嶋はそう判断した。やはりG兵器や天龍でもない限り、多少の損傷はすぐに再生してしまう。
広範囲に大火力で打撃を与えれば、そう易々とは再生されないのだろうが。この通路のように。
その一方で、鳳は推進装置に辿りついていた。
全長3kmの戦艦だけあって装置自体もかなり大規模なものだが、防衛戦力はない。かつて轟沈した際に、全て外部空間へ放り出されてしまったのだろう。
「アズラエル・ゼーレ‥‥、最後の大仕事だ。‥‥その魂を解放しろ!」
これを破壊するには多少骨が折れる。そう判断した鳳は、デアボリング・フォースverΩを起動した。機体の全出力を以て、この慣性制御装置を破壊してやろうというのだ。
今、アサルトライフルではさほど役には立たないだろう。ロケットも撃ち尽くしてしまった。
そこで選択したものが、対艦戦ならばきっと使い道があると持ってきていたフレア弾である。広範囲を焼き払うこの武器ならば、慣性制御装置であろうとひとたまりもないはずである。
投下と同時に、鳳は機体を脱出した。吐き出されたポッドは、自動で付近の人類基地へ向かう。途中で誰かが回収してくれれば、かなり早い段階で帰還出来るかもしれない。
機体が、そして推進装置が崩壊していくのが見える。
(これでいい‥‥もう戦うための力は必要なくなるのだから)
安心にも似た感情を抱いた、その時であった。
衝撃と共に、脱出ポッドが動かなくなったのである。
「なっ、何だ!?」
ポッドのカメラを操作し、状況を見て、愕然とした。
通路が再生され、これにポッドが引っかかり、身動きが取れなくなってしまっているのだ。
元々、狭い通路をKVの兵装で無理に押し広げて通ってきたのだ。脱出ポッドといえど、スムーズな進行は出来ない。
さらに不運なことに、投下したフレア弾の熱が、ポッドを蝕んでさえいた。
蒸し焼き状態。呼吸も出来ないほどの熱に多量の汗が吹き出し、視界すらも奪っていく。
このまま死を迎えるのか‥‥。
そう覚悟した時、また別の衝撃がポッドを揺さぶった。
「無事ですか、早く去りますよ!」
通路を破壊して突き進んできた鹿嶋が、ポッドを回収する。
鳳の帰還が遅いことに胸騒ぎを覚えたアルジェが自らの機体を体当たりさせることで道をこじ開け、鹿嶋に救助を頼んだことを、鳳自身は後に知った。
「速度が落ちた? 今ならば‥‥。総攻撃をかけましょう!」
推進装置が破壊されたことで、戦艦の動きが鈍くなる。再生が働くのかどうかは不明だが、少なくとも、しばらくは自由に動けまい。これこそ決戦をしかける時と、如月は奮起した。
来栖、須磨井、そして日野が、ようやく辿りついた艦橋へありったけの武器をぶつける。
抉れた装甲に、バグアが声にならぬ悲鳴を上げた。
その身が崩壊してゆく様に、絶望しているのだ。
「回収は頼んだ。漸王零、ダーナヴァサムラータ‥‥敵の執念を穿つために突貫を開始する!!」
漸が持てる力を振り絞り、艦橋のバグアへ向け一直線に翔ぶ。
その後方には、もう一迅の風があった。
「気付いたんだよ。英雄になるよりも、大事なモノがあるってな。やるべき事をやって生き残る、それだけだ。俺のやるべき事‥‥手前ェみたいな阿保を、断ち切る事だ!」
アレックスがソードウィングを起動する。
漸はKVを変形させ、ジャイレイトフィアーを突き出した。
機銃群の吐き出す火線は、脚光のようでもあった。二機のKVが、輝きを伴って執念の塊へとぶつかってゆく。
『貴様ら如きにこの俺が! バグアは、バグアは永遠なのだ‥‥!!』
「汝のその執念見事だ!! だから我が全力の一撃で、その執念ごと砕け散れぇぇぇぇ!!」
螺旋の剣が浮き出たバグアの顔面を貫き、抉り、掻き乱す。
それでも、機銃から弾丸が吐き出され続けた。戦艦と融合することで強力な生命力を得たのだろうか。それとも、行き場を失った執念が、この戦艦を動かし続けているのか。
漸の脱出ポッドが放出される。
入れ違いに、アレックス機が最大戦速を以て艦橋に突撃した。
「戦争は終わった。終わらせてみせる! イグニションッ!!」
剣翼が、艦橋を斬り裂く。
穿たれ、砕かれ、断ち切られた執念が、暗闇へと消えた。
弾丸の嵐が止む。戦艦は完全に沈んだのだ。
「今だ、チャージ開始!」
タイミングを計っていた水戸が、天龍のエネルギーチャージを開始する。
戦艦の機能は停止した。だが、戦艦そのものは存在している。大気圏である程度燃えてしまうだろうが、そのまま地上へ落下させるわけにはいかない。
彼が目を着けたのは、あの大きな破孔。ここにありったけの弾倉を込めた天龍を放てば、先のアルジェが放ったそれを大きく超える破壊力を生み出せるはずなのだ。
「貫き砕けっ、天龍ぅ!!」
光線が破孔を貫く。
凶悪とすら形容出来る光線の塊が、戦艦そのものの形をぐにゃりとひしゃげさせた。
粉砕とまではいかない。だがこれならばKVでの破壊も可能であろう。‥‥時間さえあれば。
間もなく戦艦が成層圏へ突入してしまう。これ以上の作戦行動は危険だ。
『‥‥KV隊は退避。予定通り、本艦の体当たりを以て敵戦艦の軌道を逸らし、破砕する』
クラリーが通信を入れる。
何しろ相手が巨大すぎる。KVで戦艦を粉々にするには、あまりに時間が足りない。
EX級の体当たりさえ決まれば、敵艦の軌道を変え、あるいは成層圏で燃え尽きてしまう程度の大きさにまで粉砕することが可能であろう。
だが、このまま体当たりを敢行することは即ちクラリー自身の死を意味する。当然、本人は覚悟の上であったが。
この通信を入れた時、EX級のブリッジ付近を飛ぶKVがあった。
「その意気は買うが、折角ここまで拾っている命なんだ。むざむざ死ににいくな」
「衝突まで時間がない、退艦を!」
ヘイル、そして氷室だ。
最早巡洋艦を操作する必要はない。後は慣性に任せていれば、自動的に敵艦と衝突する。だからクラリーが残る必要もないのである。
「最後まで生き残る為の足掻きは見せろ。それはここまで生き残ってきた者の義務だ。死んでいった人達に対してと、未来へのな」
『未来か。それは、諸君ら若者のものだ。仕事を終えた老兵は、消え去るのみであるよ。宇宙服も、用意していなくてな』
ヘイルの説得に、クラリーは応じない。それどころか、宇宙服も着ていないという。
最初から死ぬつもり。そうとしか受け取れない。
「男の覚悟か‥‥」
通信を聞いていた天野は呟く。
これには、男として、口を挟むことは出来なかった。感情論はともかくとして、だ。
それでも、生きるという選択肢のある者に、死を受け入れてほしくない。天野もヘイルも、そう感じていた。
「EX級巡洋艦って、宇宙艦だっけ。それならあるはずだよね、予備の宇宙服」
『は――?』
低く口にした氷室に、思わずクラリーが呆ける。
苛立ったのだろう。残された時間も少なく、氷室は一気にまくしたてた。
「男って、そうやって勝手に逝こうとして、恥ずかしくないの? 命があるんなら、その命にしがみついてみなさいよ、意気地なし! さっさと予備の宇宙服探して、隅っこで震えてなさい! ブリッジを潰してでも連れ帰るから」
『は‥‥、はッ!』
スコット・クラリー、少女の前に、形無し。
弾かれたようにブリッジ内を探りだしたクラリーは、緊急用と書かれたボックスの中に予備の宇宙服を見つけ、大急ぎで着こんだ。
合図を受け、ヘイルがブリッジにKVの拳を突き入れ、穴を空ける。
空気が一気に漏れだし、その流れに乗ってクラリーの身が宇宙空間に放り出された。
これにHMBの機動力で追いすがった氷室が、その手にクラリーを握る。と同時に、クラリーが潰れない程度の速度でその場を離れた。
EX級が戦艦にぶつかり、互いに砕てゆく。この時に飛び散った破片に、生身のクラリーが潰されてしまえば折角救出した意味がなくなってしまうからである。
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ひとまず要塞カンパネラへ帰還した傭兵達は、作戦の成功と無事の帰還に安堵した。
鳳は衰弱が酷く、緊急回復措置が取られているが、命に別条はないとのこと。これに胸を撫で下ろしたアルジェは、それでもなお一人でいた。
談笑する、という気分になれないのだ。
「心配ですか? ‥‥そうですよね、心配じゃないわけないですよね」
その隣に腰かけた里見が、髪を撫でながら声をかける。彼女にとっては、アルジェの方が心配であった。子供が心配や不安に押し潰されてしまうようなことがあってはならない。
アルジェは俯き加減のまま、指先を遊ばせる。
それだけで、彼女の気持ちは痛いほど里見に伝わっていた。
「ぱぱ、無茶しすぎ。こんどは、護る」
呟く。アルジェにとって、ぱぱ――鳳は、大きな存在。今は、護れなかったという自意識が強いのだろう。
だが、鳳を救ったのもまた、彼女であった。
「パパ、か。俺ももう、無理ばっかしてらンねェな‥‥」
「何だ、父親になるのか? だとしたら、無理しすぎだ」
「お前ェは無理しすぎなんだっての。傷が開いても知らねェかンな」
里見と共にアルジェへ声をかけようとしていた天原は、彼女の言葉を拾って頭を掻いた。
戦闘中にもついポロリと口から出てしまったが、子供が出来た。その顔を見るまでは、何があっても死ねないと。
これをゲシュペンストがからかう。が、見事に突っ込み返された。
怪我を負いながらも戦場へ出た彼を、天原が小突く。
そんな様子がおかしくて、里見はつい笑った。
釣られて、アルジェも、ほんの少しだけ、笑う。