●リプレイ本文
●夕闇の空で
「どうしてこんな事をするんだっ!」
竹本茂治が叫ぶ。強化人間である片桐ユウトはUPCの対空砲撃に苛立ちつつ、憮然とした表情で答えた。
「お前達のような若い人間を我々バグアの兵として使う為だ」
天本美樹がぶるっと身を震わせる。抑揚の無い声。しかしその中に秘められた憎しみ、怒り。どす黒い感情の渦が美樹と茂治を覆っていた。
「俺の父親も母親も、人間に殺された。フン、同じ人間だというのにな」
――片桐は自身の記憶を掘り起こしていた。それはバグアにより作り上げられた偽の記憶であったが、半分は事実。バグアと人類の戦いに巻き込まれ、彼の両親は死んだ。だから片桐は人類を滅する。それが自分の復讐であると信じて。上官の叱責もあった。功を焦っているところもあった。それが今回の強襲に繋がったのだ。彼のワームは夕闇の空をゆっくりと飛行した。
●chase
「先に行くよっ!」
三島玲奈(
ga3848)の駆る雷電が急前進する。眼前に広がる夕闇にはHWが二機。追い抜きざまに試作リニア砲を放ち、彼女の翼は闇を切り裂いて飛んだ。その後ろをリュウセイ(
ga8181)の搭乗するイビルアイズが追従する。
「背後に気をつけろ!」
クロスフィールド(
ga7029)の乗るS−01Hと、狐月 銀子(
gb2552)操るロジーナが殿を務める。それぞれが護衛機の射線を邪魔するように交差し、飛ぶ。
「何をする気かわかんないけどさ。女子供を盾にしちゃ、悪じゃなくて外道じゃない?」
口調は軽いが、その言葉には怒りに満ちた棘がある。狐月はカスタムワームの追跡に集中していた。それと交錯するように機体を揺らしながら、クロスフィールドが無線を飛ばす。
「何はともあれ、落ち着けよ。絶対に助けるんだ」
「わかってるよっ!」
狐月の言葉に、中間を飛行するリュウセイの言葉が重なった。
「救うために全力で戦ってやるっ! この命に賭けてもなぁっ!」
四人はカスタム機を追いかけ、茜色の空を高速で駆けていった。朱に染まった雲を弾き飛ばし、夕闇を切り裂いて、四機のKVが駆ける。ゴォォォォ‥‥という激しい音を立てて、空気が機体にぶつかり、流れてゆく。
「‥‥見つけたぜ!」
リュウセイの言葉に全員がブーストのスイッチを入れると、レーダーの端に映る光点に向け超高速で移動を開始した。
●怒髪天
堺・清四郎(
gb3564)はぎりぎりと歯ぎしりし、武装のスイッチを入れた。
「貴様ら邪魔だ! 道を空けろっ!」
咆哮とともにスラスターライフルとスナイパーライフルが火を吹く。連続で放たれた弾丸がHWのボディを叩く。振動にふらつくが、まだワームは健在。カスタマイズワームを追いかけていった三島達を追跡しようと前進を試みる。
「させるかぁっ!」
ブーストで一気に距離を詰め、再び放つ。炎に包まれた弾丸がワームを焼いた。
「堺! しっかり避けなさいよ!」
無線で届けられたクレア・アディ(
gb6122)の声。堺の駆るミカガミの背後に無数のミサイルがワームを追跡して迫る。
「くっ! この程度の弾幕! かわしてみせる!」
堺はブーストの衝撃に耐えながら、ミサイルを引き離し、ワームを追い越した。その前方に浅川 聖次(
gb4658)の操縦するイビルアイズが接近する。
「皆さん、LOC! 発動します!」
そう言うと浅川はロックオンキャンセラーを発動した。効果範囲から逃れようとワームが急旋回する。だがしかしその隙をクレアは見逃さなかった。囲い込むように堺と息を合わせて接近する。それぞれの照準に敵を捉え、二人はほぼ同時に叫んだ。
「いかせない!」
「貴様はここで、リタイヤだ!」
叫びとともに、二人の怒りが炸裂した。スナイパーライフルが火を吹く。立て続けに放たれた弾丸がワームの胴体を貫く。浅川がガトリングとレーザー砲を交互に放つ。とどめにクレアのホーミングミサイルが命中し、ワームは地上へと墜落していった。
「やりましたね。では急ぎましょう! あの子達を‥‥」
浅川の言葉にクレアが続く。
「必ず‥‥助けるわ!」
無言で堺が機首を旋回させ、先行した三島達の向かった方角へと飛ぶ。後を追う浅川とクレアの機体。
‥‥バキッ。奥歯を噛み締める音がコクピットに響き渡った。
●護り手達
「まずは護衛を引き離しましょう!」
リゼット・ランドルフ(
ga5171)の言葉に、リオン=ヴァルツァー(
ga8388)、ティル・エーメスト(
gb0476)の二人が左右に旋回し、護衛機を取り囲む。カスタムワームを追いかける三島たち四人を援護すべく、護衛機の進路を塞ぐように先行した。ティルが行動の指針を告げる。
「こちらTell(テル)。各機へデータリンク開始。ウーフーによる電子支援を行います」
先行するカスタム機のデータを含め、付近の情報を展開する。リオンが無線で兄と慕う彼に告げた。
「守るって、約束したんだ……僕、嘘つきになりたくない……お願い、兄さん……力を貸して……」
ティルはコクピット内でふっと微笑むと弟に答える。
「リオン君、大丈夫です。必ず助け出せます。だから、無茶だけはしないでくださいね」
「そうですよ。まずはあの護衛機を倒して、皆さんに追いつきましょう!」
リゼットも無線に割り込む。リオンは二人の言葉に安堵すると、ぎゅっと操縦桿を握り、言った。
「阿修羅、行くよ!」
轟音とともに前に出る。蛇行するワームを追いかける。その横にはリゼットの駆るシュテルンが並ぶ。二人はティルの指示に従いつつ、的確にワームを追い詰める。
「いきます!」
リゼットがAAMを打ち込む。誘導ミサイルが波打ってワームを追う。その波に乗ってリオンも自身の阿修羅に搭載したスナイパーライフルのトリガを引く。直線上に弾丸を放ち、それを回避しようと左右に揺らぐワームをミサイルが追う。敵の動きはしっかりとティルが把握している。
「そこ! 左です!」
ティルの言葉にリオンが反応する。素早く距離を詰めるように移動すると、AAMを発射する。ワームの右にはリゼットの放ったミサイル。左にはリオンの放ったミサイルが、弧を描いてワームへと近づいていく。
ぐんと向きを急変させ、ワームがティルの機体へと向かってくる。
「兄さんには‥‥手出しさせない!」
リオンが機体を旋回させるが、慣性を無視できないKVでは追いつけない。ワームがティルの機体に突進した。
「くっ!」
ガガガガガッ。機体を削る音が聞こえ、ウーフーの装甲が剥がれる。ティルはバランスを崩したが、すぐさま機体を旋回させ、接近したワームへ狙いをつける。
「させませんよ! 僕たちは必ずあの子達を助けるんです!」
決意とともに高分子レーザーの照準をあわせる。ゆっくりとサイトの中に敵機が重なる。それを見届けて、ティルはトリガを引いた。
バシュン。一筋の光が敵機を貫いた。衝撃にバランスを崩したワームにリゼットのシュテルンが肉迫する。
「これで‥‥! 決めます!」
レーザーが敵機を焼き、そこへリオンの放ったミサイルが着弾し、ワームは空の上で燃え尽きた。
●Capture
「ピンチの時は何故か必ず沸く牽制弾、ヒロイン参上やぁ」
三島が叫びながらカスタマイズされたHWに追いつく。UPCの対空支援砲撃もあり、ワームが移動に手間取っている間に、三島、クロスフィールド、リュウセイ、狐月の四機は敵を捉えた。
護衛機を撃破した他の面々も、後続としてじきに到着するだろう。座標はリュウセイから全員に転送されている。
「チェックメイトだ」
クロスフィールドがライフルを放ち、言う。弾丸がワームの胴体を弾くと、黒煙が立ち上る。同時に、全員向けに新たな通信が開かれた。全員の耳に入ってきたのは‥‥異常なまでに冷徹な声。
「人間ども‥‥邪魔をするな」
ワームの中で、片桐は苛立ちを隠しきれなかった。唇の両端は大きく歪み、目は吊り上っている。怒りにその両肩が震える。真っ赤な眼で周囲を見回す。
突然、ワームが軌道を変えた。ぐるりと向きを変えると一直線に四機の真ん中へ突っ込んでくる。
「このエネルギー! 皆気をつけろッ!」
リュウセイの叫びと同時に、四機の隙間を駆け抜けたワームが激しい音を立て、ブーストの余波であるタキオン砲が放たれた。強化されたそれは四機の機体を同時に激しく揺さぶった。
「これしきでっ!」
狐月が歯を食いしばり衝撃を耐えると、急旋回してカスタムワームを追う。距離を詰めるとスナイパーライフルで応戦した。いくつかの弾丸がワームの機体を弾き、大きく機体が揺れた。
「ちょっと揺れるけど、我慢してね。後でケーキでも奢ってあげるから、さ!」
届いているかは分からない。だが子供達を元気付けるため、開かれている通信チャネルに励ましの言葉を送る。
「イビルフラァァッシュ!」
キャンセラーを発動し、リュウセイが叫ぶ。そして距離を取ると、彼は黒ネコのペイントされたミサイルを発射した。ミサイルが加速していく。
「当たるものか!」
片桐はいまいましげに吐き捨てるとワームを急上昇させる。ミサイルは弧を描いて距離を詰める。
「甘いんだよッ!」
リュウセイがニッと笑うと同時に、近づいたミサイルが急加速した。二段噴射式のミサイルが一気に距離を詰め、ワームの胴体端を撃った。
「味な真似を!」
片桐はそう叫びながら機体を立て直す。さすがにカスタマイズされたワームといえど、数が違いすぎる。苛立ちが最高潮に達しそうになったその時。
「お待たせしました!」
ティル、リオン、リゼットの三機が戦闘エリアへ到着した。三機は並んで飛ぶと、ワームの前方を通り過ぎて、ゆっくりと旋回していった。
「ストームブリンガー起動、決め所よロジーナ君‥‥正義の一矢で貫きなさい!」
狐月が命中モードでその特殊機能を発動させる。強化されたD−03スナイパーライフルの照準を見つめ、ワームの機関部を探す。狐月を援護するように、三島の雷電が前進する。
「超伝導アクチュエータ、発動!」
三島も機体の特殊機能を解放し、スナイパーライフルでけん制する。弾丸を避ける為、ワームが激しく上下左右に移動する。ガトリングも加え、徐々に行動範囲を狭めるように三島は巧みに射撃を続けた。
「いまいましい人間どもが!」
片桐は機体を一気に加速させ、反転すると三島の機体に襲い掛かった。ワームの先端が尖ったドリルに変わる。近接戦闘用ドリルがとてつもない急加速で突進した。
「甘い‥‥よっ!」
超伝導アクチュエータで強化された機体能力で突撃をかわし、逆に背後を取りピタリと照準する。そして通信を開くと言った。
「下手な動きをすると共倒れになるぞ」
至近距離まで接近する。タキオン砲の衝撃に耐え、三島は背後を取り続けた。後方遠くに位置取ったクロスフィールドがその口を開いた。
「G−03いくぜ! 伊達にスナイパーやってないんでね。決めさせてもらう」
放たれた一発は、三島の機体を追い越し、ワームの機関部へ命中した。更に追い討ちをかけるように、狐月のD−03も続けざまに火を吹く。
「くそっ! コントロールがっ!」
ワームは推力を失い、一気に地上へ向けて落下し始めた。その周囲に全機が集まり、ワームを追いかけた。
●詰めの甘さ
「さっさと降りてこい‥‥往生際の悪いことはするなよ?」
「幼子に罪は無い。まずは降りて貰おうか」
クロスフィールドと三島が通信へ呼びかける。不時着したHWからはしばらく返事が無い。
「‥‥ククク」
「何がおかしい!」
堺が叫ぶ。声が無表情に告げた。
「詰めの甘い奴らだ。貴様らこそ妙な真似をすれば子供の命は無いと思え」
シュン、とコクピットが開く音。片桐がその姿を現す。三島とクロスフィールドが狙いをつけるが、片桐は二人の子供を盾にしていた。これでは狙えない。
「子供達を放してもらいましょうか」
ティルが怒りを抑えて冷静に話す。その隣でふるふると肩を震わせたリオンが、リゼットとともに立っている。片桐はニヤリと笑うと言った。
「俺の安全を確保させてもらう方が先だ。貴様ら、構えている武器を捨てろ」
「どこまでも卑怯な奴! 外道!」
狐月が吐き捨ててAU−KVの武装を解く。他の者も唇を噛みながら武器を地面へと置く。満足そうに頷き、片桐は続けた。
「そこのお前。先ほどの能力者か」
リオンを指差す。きっと睨みつけると、リオンは呟いた。
「今度は‥‥逃がさない!」
ティルが弟の事を庇いながら片桐へ告げた。
「貴方は、以前ほしのいえを襲った方ですね‥‥?」
「ああ、貴様、覚えているぞ。それにそこの女‥‥」
リゼットを見る。ぐっと身を硬くしたリゼットが悔しそうに片桐を睨む。周りを見回し、他にも見た事のある顔があることに気づくと、彼はくっくっ、と笑いを漏らした。
「あいつも、そいつも、フハハハハ! 皆でこのガキどもを追ってきたってわけか! 泣かせる話だ! 俺の両親を見殺しにした人間が子供の為なら命を賭けるというわけだ!」
笑い声がこだまする。ひとしきり笑うと、片桐は子供達を抱えて後ずさりした。子供を握っている限り手出しは出来まい。そう慢心していた矢先。
「させません!」
叫びとともに周囲に炸裂した音と光。その場にいた者は皆、視力と聴力を失った。たった一人、浅川を除いては。
「クソっ! 何だこれは!」
ドン! 浅川は全身に力を込めて片桐に体当たりし突き飛ばした。よろめいた片桐から子供を奪い返し、素早く後退する。片桐の怒りが爆発した。ピッ、というスイッチの音。そして急激に膨らむ熱量。
「危ない! みんな下がって!」
ドゴォォォン! 激しい音を立ててワームの機体が爆散し、炎が一行を襲った。浅川の抱えた子供達にも炎の塊となった機体のかけらが降り注ぐ。視力を取り戻したティルとリオンが走る。
「ぐっ!」
「守るんだ!」
子供を庇い、火の塊を受け止める二人。視力を取り戻した皆が周囲を捜索するが、片桐の姿はどこにもなかった。
●その後
「よかった‥‥本当に、本当に‥‥よかった!」
茂治と美樹を抱きしめ、リオンが呟く。その瞳にはうっすらと涙。ティルはその姿を見てほっと笑顔を漏らす。
「守りたいものが守れて、よかったな」
クロスフィールドが誰にとも無く呟く。二人の子供はぎゅっとリオンの腕にしがみつき、何度も何度もありがとうと繰り返していた。
「しかし、あの外道、次に会ったらタダじゃおかねえ!」
リュウセイが拳を打ちつけ叫ぶ。そんな彼に同調し、三島と狐月は爆発した機体を睨む。そんな彼らへ堺が告げた。
「ああ、奴は決して許せぬ。だが、今は‥‥」
救いたい者を救えた。それだけで十分だ。堺の目に映る子供達の姿はうっすら滲んで見えた。
リゼットと浅川は複雑そうな顔で互いの表情をうかがっていた。機体が爆発する寸前、彼らは確かに聞いた。
「これで終わりではないぞ。次こそ、決着をつける!」
そんな怒りの声を。それは憎しみと怒り、悲しみも含んで、二人の耳に響き渡った。