タイトル:【HS】復讐者マスター:山中かなめ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/27 00:46

●オープニング本文


「俺の両親を見殺しにした人間が子供の為なら命を賭けるというわけだ!」
 断片的に蘇る過去の記憶。造られたものとは知らず、彼はただそれを信じ続ける。それが彼の生きる理由。バグアに与する理由。その思いだけが彼を奮い立たせている。

 ――人間を殺す――正しい事だと信じてきた。いつだって、どんなときだって。

「片桐。もう失敗は許されんぞ。これ以上は私も庇い切れない。あの方に報告をする必要がある」
 あの方。上官の言葉に春日基地にいる司令官の厳しい表情を思い浮かべる。自分を救ってくれた時にかけてくれた言葉を思い出す。ただの人間、それも一兵卒に近い立場の自分の背中をぽんと叩いてくれた。
「分かっています。次はうまくやりますよ」
「まあ、今回の命令は簡単だ。すぐに完了できるだろう。新型のキメラの実験だからな」
「新型、ですか。ナイトメアの実験はキメラ個体の戦闘能力や耐久力に問題があったようですが?」
 「ほしのいえ」とかいう児童養護施設へ持ち込んだ試作キメラの事を思い出し、片桐は舌打ちする。能力者の邪魔が無ければ今頃作戦は成功し、洗脳用キメラ「ナイトメア」による子供達のマインドコントロールは完了していただろう。忌々しい能力者どもめ。そういえばその時に出会った能力者どもが、前回も俺を追ってきていたな。
「コードネームはフェンリルだ」
安直なネーミングだな。心の中でだけ呟く。上官は続ける。
「それと、実験が容易に漏れないように偽装用の幻覚発生装置を渡しておこう」
 ――実験時に幻覚を映すということか。
「フェンリルは大型の犬・狼型のキメラだが、爪と牙に氷属性を持たせてある」
 ――なるほど、それで人間の北欧神話から名前を取ったというわけか。
 そして今回の実験にはフェンリルが三体展開されるということだった。
「実験は九州の山奥近くの道路付近で行え。交通量が一日に少しだけ、確実にある。目立ちにくい場所だ」
「わかりました。では」
 片桐の顔には凄惨な笑みが浮かんでいた。

●心霊スポット?
「だーかーらー、その道路に行くと突然風景が変わって戦争みたいになるんだって!」
 携帯電話を片手に若い男が車を走らせている。隣には派手な化粧をした女が髪の毛をいじりながらガムを噛んでいた。男は車のハンドルを操作しながら携帯を切る。
「テツオの奴、やっぱ行かないってよ!」
「えー、じゃあ二人かぁ」
「ま、いいだろ? 何かあったら守ってやるからよ!」
「いいけどぉウフフ」
 二人はじゃれあいながら噂の道に差し掛かる。と、ふいに景色が変わった。空が赤く染まる。走っていたはずの道路が突然、消える。
「うわぁ!」
「キャー!」
 男は慌てて車を止め、運転席から降りた。周囲は、瓦礫と炎に包まれている。周囲には人々が逃げ惑っている。二人は突然の出来事に吃驚しながら、周囲を見回す。
「何だこりゃあ‥‥戦争か?」
「ねぇ、何かヤバイって、帰ろうよぉ」
「帰るったって、どうやって帰るんだよ」
 突然、目の前に広がる光景。一組の夫婦が、軍服を着た男に射殺される。最初に殺されたのは夫。崩れ落ちる夫にしがみつき泣き叫ぶ妻の後頭部に、銃口が突き当てられ、引き金が引かれる。
 脳漿が飛び散り、カップルの顔面に付着した。二人はその場にへたり込む。と、背後に気配を感じる。振り返るとそこには。
「これが、貴様ら人間が犯した罪だ」
 白銀の体毛に覆われた大型の犬を三匹従えた男が気配も無くそこに立っていた。指をパチンと鳴らすと、三匹が一斉にカップルに襲い掛かった。爪で、二人の心臓を過たず貫き、牙で肉を裂く。二人の死体を担ぎ、指を鳴らした男――片桐は満足そうに微笑むと、その場から姿を消した。しばらくすると辺りの風景は元に戻り、道路の上には車だけが置き去りにされていた。

●UPC本部
 神鳴 士門(gz0222)は、集まった能力者に依頼の説明をする。
「場所は児童養護施設、ほしのいえから少し行ったところにある、県道沿いでございます」
 ここ数日内に、道路を走っていた車だけが残されて、人がいなくなるという事件が発生している。現場は付近の住民から、心霊スポットと言われている場所だということだ。その場所に着くと、突然風景が変わって戦争のような状況になるという。
「本格的な調査はまだ行われていませんが、付近にキメラのいた痕跡があったようで、依頼が発令されました」
 現地付近までは高速艇で移動し、そこからは貸し出される車両で移動となる。依頼の内容は現象の原因の確認、原因がキメラあるいはバグアによるものである場合、その排除。
「少し分からないことの多い依頼ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
 神鳴はくしゃくしゃの頭を掻きながら、能力者たちに一礼した。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
要(ga8365
15歳・♀・AA
リオン=ヴァルツァー(ga8388
12歳・♂・EP
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
ティル・エーメスト(gb0476
15歳・♂・ST
堺・清四郎(gb3564
24歳・♂・AA
ティム・ウェンライト(gb4274
18歳・♂・GD
鳳由羅(gb4323
22歳・♀・FC
クレア・アディ(gb6122
22歳・♀・SN

●リプレイ本文

●ほしのいえにて
「こんにちは‥‥みんな‥‥元気にしてますか?」
 リオン=ヴァルツァー(ga8388)がおずおずと声をかけた先には、児童養護施設「ほしのいえ」を営む、郷田三郎が立っていた。郷田は見知った顔に柔らかい笑顔を向ける。
「おお、君か。元気そうだね。皆変わらず元気にしているよ。まあ‥‥多少の傷は残ったがね‥‥」
 郷田の話では、以前バグアに誘拐されかけた二人の児童は表向き元気な様子だが、今も時々夜中にうなされることがあるという。
 それを聞いたリオンの顔が曇ったのを、ティル・エーメスト(gb0476)はいち早く察し、ぽんと肩を叩いた。
「僕たちはやれるだけのことをしました。誰もリオン君を責めてはいませんよ」
「そう‥‥だね‥‥」
「うむ。ティル君の言うとおりだ。君達がいてくれなければ、二人は今頃どうなっていたか分からない。感謝こそすれ、責めることなんて何も無いさ」
「そうですよ。今は過ぎた事よりこれからのことを考えましょう」
 当時ともに戦ったリゼット・ランドルフ(ga5171)も、リオンを優しく見つめて微笑んだ。リオンは彼女の笑顔にほっと息を吐くと、郷田に向かって小さくお辞儀した。そして続ける。
「これから‥‥この近くで‥‥起こっている‥‥行方不明事件の捜索に‥‥行きます」
「うん。事件のことは私もテレビで見たよ。いつもご苦労様。気をつけてな」
 郷田にもう一度お辞儀して、リオン達は仲間の待つ車へと向かった。三人ともが別々の車両に乗り込む。
 ティルの乗りこんだ車両――先行しておとりになる役目を担う――には、ティルの他に、要(ga8365)、 鳳由羅(gb4323)が搭乗していた。ティルは二人に軽く礼を言うと、車を走らせた。
 一方、リゼットの乗りこんだ車両には、白鐘剣一郎(ga0184)、堺・清四郎(gb3564)、そしてクレア・アディ(gb6122)が乗り込んでいた。リオンが挨拶した児童養護施設での誘拐未遂事件には、堺とクレアの二人も関わっている。
「お待たせしました。子供達、元気だそうですよ」
 極力心配をかけぬよう、明るく笑うリゼットに、堺とクレアが頷いた。白鐘が呟く。
「そろそろ我々も出発するとしようか」
「ああ。しかし戦場か‥‥なぜだろうな? 恐怖を覚えさせるならばいくらでも方法があるはずだが?」
「何が心霊スポットだ‥‥バグアの仕業だろどうせ‥‥」
 堺の言葉に重ねてクレアが言う。その唇は微かに震えている。足元も少しだけ震えているが、それが皆に悟られる前に、車は走り出した。
 最後にリオンの乗りこんだ車両には、後衛を務める、 ヒューイ・焔(ga8434)とティム・ウェンライト(gb4274)が同行する。ヒューイは傷を負った身体を擦りながら、ハンドルを握っている。
「ごめん‥‥お待たせ‥‥」
 リオンの言葉にティムが手を軽くあげて答え、ヒューイに声をかける。
「ヒューイさん、大丈夫ですか? いけます?」
「ああ、わりぃな。運転くらいは何とかなるから‥‥よ」
 ブロロロロというエンジン音とともに、三台目の車も、現地に向け走り去った。

●浮かび上がる幻影
「本当にお化けが出てきたらどうしましょう?」
「ゆ、ゆゆゆ、幽霊なんていないのです!」
 ティルの声に、要が叫ぶ。囮役として先行した要、ティル、鳳の三人は目の前に広がる光景にただ驚いていた。何かあるだろう。そう踏んではいたが、目の前に広がる光景はあまりにもリアルだった。
「‥‥あまり気分のいい物ではないわね」
 冷静に鳳が周囲を観察しつつ呟く。その横でティルも「探査の眼」で周囲をうかがっている。要はやや大げさに慌てふためいている。その様子を見てティルが苦笑した時。
「あ、あれは!?」
 すぐ目の前に現れた二人の人間。一組の夫婦が、軍服を着た男に射殺される。最初に殺されたのは夫。崩れ落ちる夫にしがみつき泣き叫ぶ妻の後頭部に、銃口が突き当てられ、引き金が引かれる。
 脳漿が飛び散り、ティルの頬にかかる。その生温かい感触を頬を叩いて振り払う。
「くっ、こんな幻を見せて、どうしようというんですか!」
 誰にとも無く叫ぶ。その声に応えるかのように、グルルル‥‥という唸り声が重なった。
「お出ましのようね」
 鳳が呟くと、騒いでいた要は車両に戻りトランシーバーで連絡を取った。各車両に向けて、敵の襲撃を告げる。そして自らの獲物であるグラッドンアックスを構え、正面に現れた敵と対峙した。
 全長二メートルほどの大型の犬、あるいは狼の形をしたキメラが三匹、周囲を取り囲んでいた。低く身構え、今にも襲ってきそうな格好だ。
「ビンゴだったようね」
 鳳が呟くと同時に飛ぶ。錫色の刃が閃いて、キメラの脚を切り裂く。鳳が風のように舞い戻った後、血飛沫が飛んだ。
 それを合図に、一斉に3匹のキメラ――フェンリルが襲い掛かってきた。二匹が左右に分かれて飛び、要に襲い掛かる。一匹の攻撃をかわし、要がアックスを構え直す。その脇腹に向けてもう一匹が爪を振るう。
「危ない!」
 盾扇を開いたティルがフォローに入る。爪を受け流し、力を逃がしてフェンリルを転倒させた。しかし、そこへ三匹目が飛び掛った。
「ぐぁっ!」
 牙がティルの肩口を引き裂く。血が飛ぶかのように見えたが、血液はすぐさま凍結し、傷口は凍傷に変わる。
「氷属性‥‥!?」
 肩を庇いながら呟いたティルの横を、大振りの斧が薙いだ。要が前進し、アックスを振り抜いたのだ。轟音とともに巨大な斧刃がティルに噛み付いたフェンリルの頭部を押し潰した。
「グギャオオオオ!」
 当たり所が良かったのか、その一撃で断末魔の悲鳴を上げ、フェンリルが吹き飛ぶ。地面に横たわり、ぐったりと動かなくなった。
「あら? ラッキー」
 要が笑顔を見せる。幽霊じゃないと分かれば怖くない。いつものキメラ退治。その笑顔には余裕すら浮かんでいた。

●黒幕
「チッ、能力者か」
 片桐は舌打ちする。新型キメラのテストと称して、好きなように人間狩りを楽しんでいたところを、UPC所属の能力者達に邪魔され、挙句新型のキメラのうち一体があっさりと倒され、片桐は不機嫌であった。
「残りのフェンリルが片付けられないうちに、行くか‥‥」
 そう言うと、片桐はブーツのかかとを強く蹴って飛んだ。空中で両手に爪を装備すると、たん、という軽い音を立てて着地した。ちょうど同じ頃、能力者達の方も殲滅部隊が到着し、その場にはティル、要、鳳の他に、白鐘、リゼット、堺、クレアの四名が揃ったところだった。
 堺が片桐の姿に気づき、挑発する。
「また貴様か、三下。今度はどんなセコイ手を使うんだ?」
「ほう、あの時の‥‥またか。また貴様らが邪魔をするのか」
 何度か見知った顔。片桐は唇の端をゆがめ、堺の挑発に挑発を返す。
「相変わらず偽善者どもは群れないと何もできんようだな」
「何っ!」
 にらみ合う二人の間に白鐘が割って入る。彼は真っ直ぐに片桐を見つめ冷静に呟いた。
「大層なペットまで連れて来る辺り、お前が今回の仕掛け人か」
 視線を外さずに、白鐘は続ける。
「この映像はお前の記憶か? これが人間の罪とお前は言ったが、参考までに何時、何処で行われた事か教えてくれ」
 ぴくり、と片桐の片眉が上がる。ふっと息を吐いて、彼は答えた。
「ああ、そうだ。見ただろう。射殺されたのは俺の両親。射殺したのはUPC軍の軍人だ」
 全員がじっと片桐の顔を見る。二匹のフェンリルは片桐の左右に身構え低く唸る。遠い眼をして、彼は続けた。
「いつ? どこで? よく覚えていないな。俺はまだ三歳か四歳だったからな。だが‥‥」
 繰り返される幻影を見つめ、彼は最後にポツリと呟いた。
「両親が目の前で射殺される映像だけは、この脳裏にはっきりと焼きついているさ」
 同時にパチン、と指を鳴らす。フェンリルが二匹同時に飛んだ。能力者達も身構え、戦いは再開された。

●狼、伏す
 輝いていた金髪が黒く染まり、左手には青白い紋様が浮かび上がる。拳銃を構えたリゼットはフェンリルの脚部を狙って弾丸を放った。
 フェンリルがすばやく飛び退いて銃弾をかわす。リゼットが唇を噛んだその時。
「遅れてしまってごめんなさいね」
 リオン、ティム、ヒューイの三人が停車した車両から飛び出し散開した。ティムが叫びつつ直刀を抜き放つ。怪我をしているヒューイを庇うように立つと、きっと前を睨みつけた。
 リオンが反対側をカバーし、小銃を構える。S−01と銘打たれた小銃が火を吹き、フェンリルの後脚を狙い撃った。
「リオン、ティム、油断するなよ?」
 ヒューイも番天印を構えて告げる。二人は同時に呟いて、周囲を警戒した。
「さて、翻弄してさしあげます。いきますよ?」
 鳳が一気に距離を詰め、後脚に傷を負ったフェンリルの前脚を切り裂いた。がくんと体勢を崩すフェンリルに、要と堺が襲い掛かった。
「えーいっ!」
「切り捨てる!」
 要のアックスがフェンリルの胴を打つ。やや遅れて下から勢いよく跳ね上げられた堺の剣がフェンリルの喉元を切り裂いた。振り抜かれたアックスの勢いでそのままフェンリルの胴体が宙に舞う。
「しまった!」
 要の視線の先には後衛の三人の姿。フェンリルは空中で一回転すると体勢を立て直し、ヒューイに襲い掛かった。
「ぐあっ!」
 鋭い爪がヒューイの横腹を切り裂く。顔をしかめながらも、彼は番天印を放とうとする。それに合わせる様にティムがイアリスを構え、力を集中した。くるりと身を翻して放った一撃が、フェンリルの胴体を切り裂いた。
 リオンが止めの一発を放つと、フェンリルはその場に横たわり、動かなくなった。応急セットを取り出し、リゼットが駆け寄る。素早くヒューイの止血を行うと、ほっと息をついた。
「大したことはなさそうで、よかったです‥‥」
「ああ、ありがとよ」
 ヒューイの礼に軽く首を振って答え、彼女は肩を貸して彼を立たせた。リオンも手伝う。ティムと堺、要はもう一匹のフェンリルの方を警戒していた。
「やれやれ‥‥このままではお前らは全て廃棄処分だな」
 片桐の言葉が通じたのか、最後の一匹が大きく吼える。血走った眼で駆け抜けると、銃を構えていたクレアに襲い掛かった。思いがけない素早い動きに誰もが対応できなかった。
「させません!」
 立ちはだかり、フェンリルの牙を受けたのはティルであった。盾扇で攻撃を逸らそうとするがフェンリルの方が一歩早かった。牙が腕に食い込み、鮮血が溢れる。
「ぐ、まだまだこれくらい、へっちゃらです!」
 叫ぶと、反対側の手に持った鉄扇を叩きつける。衝撃で食いついた牙を放し、フェンリルがあとずさる。そこをクレアは見逃さなかった。構えたサブマシンガンで狙いをつけ銃弾をばら撒く。着地点に放たれた弾丸がフェンリルの足元で爆ぜた。
「刹那‥‥」
 静かに歩み寄った鳳が力を集中し、神速の斬撃を放つ。袈裟切りに切りつけ、返す刀で更に切りつけて、刺し貫く。フェンリルの片目に雲隠を突き刺すと、哀れな狼は静かに息を引き取った。

●二人の剣士
「天都神影流・降雷閃っ!」
 白鐘の斬撃を爪で受け流し、回し蹴りを放つ。放たれた脚を身をよじってかわし、反対側から刺突を繰り出す。眼にも留まらぬ速さで一瞬のうちに攻防が入れ替わる。片桐の身体能力も常人のそれを凌駕していたが、白鐘の動体視力、反応速度もまたそれに追従していた。
「やるじゃないか、人間」
「‥‥まだまだだ」
 白鐘の身体の陰から、堺が側面に回りこみ、一撃を放った。予想外の一撃に片桐のバランスが崩れる。堺の斬撃は片桐の左腕をかすめた。鮮血が彩る。
「フン。やってくれるじゃないか!」
 片桐の顔に怒りの表情が浮かぶ。同時に彼は右手の爪を振るって間合いを取り、ぐっと身体を折って跳躍した。そのまま回転して堺の背後を取る。振り向こうとした堺の左肩を、片桐の爪が深く貫いた。
「ぐうっ!」
 痛みに耐え、刀を振るう。しかし体勢が不十分な為、切っ先は届かなかった。
「如何なる物をも両断する紅の一閃、とくと味わえ」
 白鐘の言葉に片桐が身構える。カチャリ、と刀を構えなおす音。そして、彼は一気に間合いを詰めた。
「天都神影流『奥義』白怒火!」
「クッ! 貴様っ!」
 集中された力が片桐の胸を貫いた。がくんと膝をつくが、すぐさまバク転し、距離を取る。急所はわずかに外したが、ダメージは大きい。
「観念するんだな」
 白鐘が呟く。唇を噛んだ片桐の背後に、堺が肉迫する。だがしかし、ふっと身を沈め、片桐は脚払いを放った。
「ちっ」
「甘いんだよ!」
 バランスを崩したところを突き飛ばす。白鐘が睨みを効かせていなければ、堺に更に深い一撃を加えられたものを。片桐は唇を噛んだ。突き飛ばされた堺が、ぐっと身をかがめ、突進する。
「来い! 貴様の企み。この刀で切り捨ててやる!」
「なめるな、人間!」
 一瞬の後、刀と爪が打ち合う火花が激しく舞った。甲高い金属音とともに、お互いに傷を負いながら、一歩も退かなかったが、最終的に根比べに負けたのは片桐であった。
「付き合ってられんな。ここは退かせてもらうぞ!」
「待てっ!」
「逃げられると思うなよ?」
 堺と白鐘が同時に駆ける。が、片桐の走る速度のほうが速かった。その彼の目の前にリゼットが立ちはだかった。
「行かせません。どんな理由があろうと、誰かを悲しませることは‥‥絶対に許さない!」
「うるさい、どけっ!」
 リゼットの肩に片桐の爪が閃く。素早く身を伏せてそれをかわした彼女の髪の毛を引っ張り、膝蹴りを飛ばす。
「ぐっ!」
 くぐもった呻きを漏らすリゼットの身体を突き飛ばすと、片桐は山奥へと姿を消した。周囲では繰り返される幻影。リゼットはしばらく呆然とその光景を見つめていた。

●装置破壊
「奴が居なくなってもこの風景が続くという事はどこかにこれを生み出しているものがあるはずだ」
 ヒューイの言葉に皆がそれらしいものを探した。しばらくの間、一行は黙々と探索を続けていたが、リオンとティムが、ガードレールの裏側に設置された機械を見つけ、それを破壊すると幻覚は消え、辺りは元の風景を取り戻した。
「行方不明になった人達‥‥どうなってしまったのでしょう」
 ティルが心配そうに呟く。白鐘が周囲の状況を確認しながら答えた。
「おそらくは、既に殺されたか、何かしらの目的をもって、基地あたりに連れ去られているんだろうな」
「そう‥‥だね」
 リオンも悔しそうに俯く――片桐ユウト。またあいつ‥‥性懲りもなく‥‥今度は‥‥逃がさない――。
 重苦しい空気を要が打ち破った。明るい声で皆に声をかける。
「ね! ともかく、依頼は果たせたんだから、いったん本部に戻って報告しましょ!」
 クレアが頷いて続けた。
「そうね‥‥受けた依頼の目的は果たせた。まずはそれで上出来としましょう」
 少しの沈黙の後、皆様々な思いを抱えながら車両に乗り込み、帰路へとついたのだった。