●リプレイ本文
●豪快な花粉症
春の陽気が訪れる九州の山地。暖かい日差しがこぼれ、緩やかな風の流れる山道を、明らかに場に不似合いな四人が歩く。
ものものしい格好、手にはキメラと戦う為に開発されたSES搭載兵器、それだけならば山中に現れたキメラの討伐を請け負った傭兵。バグアとの戦い激しい九州には不似合いとは言えない。
彼らの異常さはその顔面にあった。
「ぶふー、ぶふー。何かとても息苦しい気がしますよー‥‥」
鳳つばき(
ga7830)がそう呟きながら隊の後方を歩く。春の陽光に照らされた赤髪がまぶしい。
が、スカーフで口元と鼻は覆われ、さらにはその頭にはビニール袋が被せられている。言葉を発する度にビニールが薄白く曇った。
軍用マスクを装着し、露出した目元にはゴーグルをかけた筋肉質の青年、白鐘剣一郎(
ga0184)は黙々と先頭を歩く。
春だというのに防寒マフラーにライダーゴーグル、おまけにビニール袋を被った実直そうな男――孫六兼元(
gb5331)は、豪快にくしゃみを放った。
「ぶゎっくしょ〜〜い! ウガァ!」
「ぶっ‥‥ぶえっくしょい!」
呼応するようにくしゃみをしたのは郷田信一郎(
gb5079)。目元にゴーグルをして、バンダナで口元を覆っている。
「ヘルメットを被ったままゴーグルをするというのは新鮮だが、違和感が凄いな…」
「えっ、そこ!? 気にするとこ、そこなんですか!?」
つばきが目を丸くする。郷田は憮然とした表情で言い放った。
「ああ、そうだ。男には男の美学というものがあってだな‥‥」
「美学で花粉症を患っていては色々と面倒なものだな‥‥」
白鐘がため息をつく。郷田はビニール袋を被るのは俺のこだわりに反する!
とか何とか豪快な事を言ってビニール袋を被らなかった。結果、大量のくしゃみを先ほどから放っている。
孫六はというと、つい先ほどまでビニール袋を被っていなかったが、山道を登るたび増えていく郷田と自分のくしゃみの数に、ついに諦めてビニール袋を被った。
「これだけ花粉が漂っていては、対策していても長時間この場にいるのは厳しそうだ。ペースを上げて行こう」
白鐘が誰にともなく言う。その台詞だけを取ってみれば、そして普段の白鐘の外見からこの言葉が放たれていたならば、それはとても「さまになった」であろう台詞であった。
が、ビニール袋はうまく加工したとはいえ、彼自身も軍用マスクに目元はゴーグルといういでたちであり、どうにも決まらない。
違和感だらけの一行は、時折郷田と孫六が派手にくしゃみの音を立てつつ、山道を順調に進んでいた。
●ぐるぐる巻き
「な、なんですかこれはっ!」
リゼット・ランドルフ(
ga5171)が悲鳴をあげる。彼らB班は早々に騒ぎの元凶に出くわしていた。二体の木が連なって枝葉を揺らしており、黄色い砂のようにも見える粉を撒き散らしていた。
「すげぇ色のパウ‥‥ックション!‥‥パウダーだな」
くしゃみをしつつ目を擦っているのは織部ジェット(
gb3834)。その声はやや鼻の詰まったような緩んだ声だった。
「‥‥ダイジョブ? 鼻かんどく? はい、ティッシュ」
ラウル・カミーユ(
ga7242)がジェットにティッシュを手渡す。彼自身はゴーグルに花粉用マスク、そしてビニール袋でダメ押しという姿で、かつ酸素も適宜酸素缶を使って補給しているため、花粉の影響は少なかった。
住谷世鳴(
gb5448)が銃を構える。構えながら小さくくしゃみをする。
各々武器を構え、目の前の謎のキメラに対峙した。
「皆、散開っ! 弾幕行くヨー!」
「ヘックシ! ったく、地味に嫌なモンを作ったもんだね!」
ラウルの声に世鳴のくしゃみが被さる。SMGを構えたラウルの行動に意図を理解し、皆適度に散開する。
パララララララ‥‥銃弾のばら撒かれる音。二体のキメラに銃弾がめり込む。木の幹と言える部分に無数の弾丸が文字通り、めり込んだ。
効いているのかどうか、キメラは血も出ない、悲鳴もあげない。ラウルは弓を構え、個別撃破に方針を変えた。
「みんな風上を取るんだっ!」
ジェットが駆ける。風上ならば花粉? の影響も受けまい。そう考えていた一行はあらかじめラウルが予測していた位置に移動する。世鳴が銃を構えて移動しようとした時、一体のキメラが枝を揺するのをやめた。
「ちょ、ちょっとー!?」
するすると伸びてきた枝――というよりも改造され蔓のようになっている――が世鳴の足元に巻きついた。もう一体のキメラも同じように蔓を伸ばし、世鳴の両足を拘束し、二体は世鳴の体を引き寄せた。
「い、いやぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げる世鳴。ラウルが弓に矢を番えるが、ジェットがそれを制した。
「万が一盾にされちまったらやばいんじゃねえか? ここは――」
俺が行くぜっ! そう言うとジェットは全身の筋肉を収縮させると一気にキメラに肉迫した。
蔓の根元へ蹴り払いを繰り出す。
ズシャッ! 鋭い爪が蔓を切り裂くが、何本もの蔓を繰り合わせており、一撃で切断、というわけにはいかなかった。
しゅるしゅるしゅる‥‥二体目のキメラが蔦を延ばしてくる。ジェットはそれをバックステップして回避すると、世鳴のいた方向を見上げた。
「うっわ‥‥」
両足から宙吊りにされた世鳴だったが、無事だった。命がある、という意味で。
「ヘックシ! ヘックシ! ヘックシ! うう‥‥た、助けてぇ!」
キメラ達は宙吊りにした世鳴の近くの枝葉を激しく揺すって、花粉を浴びせかけていたのだ。助けを呼ぶ世鳴の目は涙で溢れており、鼻水(実際はバンダナで他の者には見えなかったが)とくしゃみがとめどなく出続けていた。
「ど、どうやら、盾にスルつもりはないみたいだネ?」
ラウルはそう言うと再び弓に矢を番え、放つ。同時にリゼットが剣を構えて飛び込む。世鳴の右側を拘束している蔓がジェットの蹴りで傷ついている。矢でそこを狙う。
ドシュッ。バリバリバリ‥‥木材? の避ける音。世鳴の右足は自由になった。リゼットが気合を乗せて、斬撃を放つ。
「はぁぁぁっ!」
木の幹を引き裂くような音。右側のキメラの胴体(多分)を真一文字に切り裂き、リゼットはその容姿に見合わぬ膂力で剣を振りぬいた。
ズドォォォン! 轟音とともにキメラが崩れていく。バランスを失った世鳴が空中でバタバタしている。その左足には依然、蔓がぐるぐると巻かれている。
「ヘックシ! こ、こんのぉぉぉぉぉぉ!」
怒りの矛先を自身を拘束しているキメラに向ける。自動小銃を構え、彼女はやたらめったらに銃弾を放った。
ズダダダダダダ! 激しくばら撒かれる弾丸と、薬莢が宙に舞う。ときどき世鳴のくしゃみも舞う。
「ヘックシ!」
それを合図にジェットが再び駆ける。大振りの回し蹴りをキメラの根元に放つ。ラウルが弓から矢を放ち、ジェットが切り裂いた裂傷を広げる。
「コレで終わりだヨ!」
ラウルの声にあわせてリゼットが飛んだ。
裂傷に沿って、剣を薙ぐ。バリバリと言う音を立て、もう一体のキメラも地面に崩れていった。
「ヘックシ! う、うわああああん!」
くしゃみと鼻水に濡れながら泣きじゃくる世鳴を、ビニール袋を被ったリゼットが慰める。
世鳴の方が年齢的には年上なのだが‥‥。
「せ、世鳴さん! よしよし、ほーら、もう大丈夫ですよ〜?」
ラウルは困り顔でティッシュを何度も世鳴に手渡し、ジェットは頭をかいていた。
「ま、まあ皆大した怪我もなかったってことで‥‥な?」
「そ、そーだネ‥‥」
しばらくの間、恥ずかしさと悔しさの入り混じった嗚咽が山道にこだましていた。
●決まらない四人
「おぅ、随分と鼻声だな! ガッハッハ‥‥ックショイ!」
自分の鼻声を棚に上げ、無線機に向かってくしゃみを放つ孫六。無線機の向こう側のラウルが耳を離す。
「こっちは二体ほど倒したヨ。近辺に今のところ反応はないケド、そっちはどう?」
「おう、今まさに真っ最中よ!」
「オイオイ‥‥」
そう、A班もまたB班が先ほど遭遇したキメラと戦闘状態にあった。こちらは一体だけであったが、大きさがB班の遭遇したそれとは一線を画していた。
「むー、何ですかこの大きさは!」
「一本で、小さな家くらい作れそうだな‥‥」
「えっ、そこ!? そこ気にしちゃうのっ!?」
郷田とつばきのやり取り。
白鐘はふう、とため息をつくと、構えた刀ごしに、敵を見る。巨大なキメラは周囲に生えている木の倍はありそうな長さでなお、器用に枝葉を揺すっていた。
「ま、一体だけだからな! そっちはそっちで引き続き探索でも続けておいてくれい!」
孫六はそう言うとラウルの返事を待たずに無線機の通信を切った。イグニートを構え、目の前の巨大なキメラに向かって怒鳴りつける。
「この雑草め! これからわしが駆除してやるからな!」
「ざ、雑草!? 今この人、雑草って言ったよ!?」
「鳳、あまり気にするな‥‥頭が痛くなってきた‥‥」
白鐘がつばきをたしなめ、こめかみに指を当てた。普段の彼の容貌ならば頭を悩ませる姿もさまになっていたのだろうが、やはり、なんというか、決まらない。
「白鐘よ、一気に決めねば、花粉の影響が徐々に強くなってしまいそうだな」
郷田が白鐘に提案する。
「早々に花弁を落としてしまうのが良さそうだが‥‥」
これだけ大きいとな‥‥白鐘は個別に花粉の元を断つ策を考えていたが、眼前では無数の枝葉が揺すられ、花粉を放っている。
「個別に枝を切り倒すのは現実的ではない‥‥か。なら‥‥」
郷田に目で合図する。AU−KVを装着した郷田が頷いた。白鐘は皆に手早く指示した。
「根元を叩く! 孫六、郷田、俺の三人で一斉攻撃、鳳、お前は後方で援護を頼む!」
「はーい! わかったよ〜!」
「承知した。タイミングは白鐘、お前に合わ‥‥へックショイ!‥‥あわせるぞ!」
つばきと郷田が応える。
「うぉぉぉ! わしの鬼がたぎっておるぞぉ! 突撃はまだか!」
イグニートを握った拳が揺らめく。ギリギリと歯軋りしながら孫六が吼えた。白鐘は一呼吸置いて、告げた。
「いくぞ!」
皆一斉に散る。最初に敵に到達したのは孫六だった。イグニートをまっすぐに構え、突撃する。
「でぇぇぇぇい!」
気合とともに穂先を勢いよく突き出そうとするが、生理現象がそれを阻んだ。
「ぶぇ? ぶえっくしょん!」
くしゃみの勢いで穂先がずれる。まっすぐキメラの胴体(つまり木の幹)を狙ったが、槍は胴体の端をかすめた。突撃の勢いで孫六が木の幹にぶつかる。
「ぬぉわ!」
衝撃の痛みに孫六が叫ぶ。その背後から、AU−KVに身を包んだ郷田が差し迫っていた。手にしたバトルアクスを大きく振りかぶり、真横に薙いだ。
めりめりと木の裂ける音が響き、斧はキメラの胴体(しつこいがつまり木の幹だ)にめり込んだ。白鐘の攻撃に備えて斧を引き抜こうとするが、なかなか抜けない。
そうこうしている郷田の背中を、いつの間にか近くに降りてきた蔓が勢いよくしなり、打つ。
「ぐあぁっ!」
郷田は衝撃で吹っ飛ぶ。その手にはその勢いで引き抜かれたバトルアクスが握られていた。空中で体勢を整えるが間に合わず、郷田はAU−KVを装着したまま地面に転がった。
「はーい! マジカル、ヒーリングの時間だよ〜!」
覚醒して自らを魔法少女のように振舞うつばきの声。実際のところは練成治療による治療であるから、マジカルという言葉は不釣合いであるが、そんなことは今の彼女には関係なかった。郷田の傷が癒えていく。
「っく‥‥助かる!」
呻く郷田の後ろから、白鐘が飛んだ。
「断たせて貰うぞ‥‥天都神影流、奥義‥‥断空牙」
空中で居合い構えを解き放つ。閃光がキメラの傷口に襲い掛かり、引き裂いた。
ズズズ‥‥と地響きを立てて崩れ落ちるキメラ。ひとまず、戦いは終わった。
●サンプル採取?
「こっちはサンプル取り終わったヨ」
ラウルがそう言って後ろを眺める。泣き止んだ世鳴と、そんな世鳴をあやしていたリゼットが手にビニール袋を持っていた。その中にはキメラの破片、枝葉、花粉などがひとそろい、入れられていた。
A班が巨大なキメラと戦闘している間に、B班は探索を続け、あらかたキメラを討伐し終わっていた。
「もう十分だろう。先に戻るとするか!」
ジェットがくしゃみを抑えつつ言う。確かに敵の反応はなくなり、花粉の量も心なしか減ったように思われた。
「そうですね、A班に応援が不要なら戻るとしましょうか」
リゼットもニッコリと笑って同意する。世鳴も無言で頷く。ラウルは皆の同意を確認すると、無線に向かって伝えた。
「そっちに応援は必要そう?」
「いや、大丈夫だ! ちと今サンプル採取にてこずっておるがな!」
孫六の大声が聞こえる。ラウルは無線機を少し耳から離すと言った。
「じゃ、先に戻るネ」
「おう! 本部で合流としようか! 運搬に時間もかかりそうだしな!」
「う、運搬‥‥?」
孫六の答えが解せない‥‥が、深く考えても仕方ないのでラウルはそのまま無線を切った。
「まったく! 花粉を大量にかぶって大変だったぞ!」
孫六がUPC本部で服をバタバタと払う。慌てて皆がそれを止める。が、時既に遅しであった。
「は‥‥っくしょん!」
オペレーターがくしゃみをすると孫六を睨む。当の本人はガハハと笑っている。
「これがサンプルだよ!」
元気を取り戻した世鳴がリゼットの分と自分の分をオペレーターに手渡す。オペレーターはにこっと笑うとそれを受け取り頭を下げた。
「お疲れ様でした」
「おう! 忘れておった! わしらもサンプル提出だ! 郷田!」
「承知した」
ドスン、ドスン、とAU−KVを装着したままの郷田が何かを抱えてくる。B班の一行は我が目を疑った。
「お、おい‥‥」
「ちょっと! な、なんですかそれ!」
ジェットとリゼットが呆然と口にした。視線の先にいる郷田の両肩には、太い木の幹が二つ、抱えられていた。
「ちょ、キミたち、それってまさか‥‥」
ラウルの顔も若干青ざめる。孫六はガハハと笑うと言った。
「おう! 郷田の斧でキメラを真っ二つにしてな! 運ぶのに苦労したんだぞ!」
郷田がドドン、と大きな音を立ててオペレーターの前にそれを立てかける。切断されていたとはいえ、キメラの胴体はオペレーターの身長の二倍ほどの長さを誇っていた。枝からさらさらと何かがこぼれる。
「‥‥ックション!」
オペレーターが再びくしゃみをする。白鐘とつばきは黙ってオペレーターを見ている。
一応、説得はしたんだがな――そう視線が語っていた。
‥‥とりあえず、材木屋に引き取ってもらうとしよう。オペレーターはくしゃみと涙をこらえつつ、この材木を引き取ってくれそうな製材所を探していた。
「ガハハハハ‥‥ックション!」
「‥‥サンプルとしては丸ごと持参した方がいいかと思ってな!」
孫六と郷田の二人は、オペレーターの恨めしげな視線に気づかず、依頼の完遂に喜んでいた。