タイトル:君想う花マスター:山中かなめ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/21 20:53

●オープニング本文


「ハァ‥‥」
「どうかしましたか? 東條君」
 東條と呼ばれた少年がため息をつきながらコーヒーを飲んでいる。呼んだ青年の歳は20代前半、東條よりも少し年上に見えた。
「あ、神鳴‥‥」
 神鳴と呼ばれた青年が眼鏡の縁をもち上げて東條の顔を見る。東條はそんな神鳴の顔を見てさらに落ち込んだ。
「僕も神鳴みたいな顔に生まれればよかったのに‥‥」
「何を言っているのですか? 東條君?」
 東條は気弱な笑みを浮かべると、神鳴にため息の理由を説明した。

 ‥‥1時間前。

 ――こ、こんな美しい人がUPCにいたなんて‥‥。
 友人の神鳴を迎えに来たUPC本部の受付に、彼は女神を見た。受付に座って、行き交う人たちへにこやかな笑顔を振りまいている女性がいる。東條の姿を見つけると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「UPCに何か御用でいらっしゃいますか?」
「えっ? あ、あのっ‥‥!」
 しどろもどろになる東條。生来引っ込み思案な性格で、あまり人と話すのは得意ではない。加えて東條には自らの外見へのコンプレックスもあった。
 低い身長。背が高い女性と同じくらいか、下手をすれば負けるくらいの低さ。そして幼い頃から勉強漬けで、気づけば16歳にもなって、彼女どころか女友達すらいない。
「‥‥っ!」
 恥ずかしさやコンプレックスやその他色々な感情がごちゃまぜになって顔が真っ赤になる。自分の背格好や性格がとても恨めしい。
「ふぁ‥‥東條君ではありませんか」
 そこへ現れたのがUPC本部でオペレータを務める友人の神鳴士門であった。彼はあくびをかみ殺しながらゆっくりとした足どりで歩み寄ると、東條の肩を叩いた。緊張が解ける。東條はぺこりと女性にお辞儀をすると、神鳴の手を取って勢いよくダッシュした。

「東條君も恋をするのですねぇ」
「‥‥ヒトを何だと思ってるんだ」
「‥‥勉強大好きな優秀な少年です」
「‥‥あながち間違ってはいない‥‥けど」
 ずずっとコーヒーをすする。神鳴の言うとおり、東條は頭脳はずば抜けて優秀だ。かつ努力家で勤勉。その性格もあり本来高校生である身分でありながら、既に飛び級で大学へ通っているのだ。その頭脳のため、度々未来研の仕事を手伝っており、神鳴とはUPC本部で知り合った。
 対する神鳴はとある名家の執事を勤めていたが、能力者としての素養が判明し、当初はUPC所属の傭兵となったが、のんびり屋の気まぐれな性格が苛烈な任務に耐え切れず、今はUPC本部のオペレータ。
 身長も低く、服装も髪型もあまりぱっとしない東條と、すらりとして物腰も穏やか、見た目は好青年と言える神鳴と、見た目のバランスは悪かったが、なぜか馬が合った。
「ああ、もう何も手に付かないよ」
「執事マニュアルにも恋の手ほどきはありませんからね」
「うぅ‥‥」
 執事マニュアルって何だ。そんなもんがあるのか。と思いつつ東條は頭を抱える。どんな複雑な数式も考えれば解をひねり出せる。しかし今度の数式は解けそうになかった。要するに自分に自信がないのだ。
「人は見た目ではない、と言いますが‥‥」
 何かを考え込む神鳴。眼鏡のレンズがきらりと光る。東條がぽつりと言った。
「それは理想論だよ。僕みたいに背も低くてダサイ奴には分かるんだ」
「これは、重傷ですね‥‥」
 ぽん、と神鳴が手を打った。にっこりと笑って、東條に作戦を告げた。
「では、自分を変えてみる、というのはいかがですか?」

 数日後、UPC本部。オペレータ席に座る神鳴は依頼の内容を入力していた。気まぐれとは言え約束してしまった手前、責任を持って作戦を果たさねばならない。
「とはいえ私もあまり流行には詳しくないですからね」
 独り言。脳裏に自分の作戦を聞いた後で、東條の不安そうに頷いた顔が浮かび、思わず笑みがこぼれた。
 カタカタとキーボードを叩き、入力を完了させると、神鳴は小さくあくびをした。

●参加者一覧

/ ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / 美環 響(gb2863) / 美環 玲(gb5471

●リプレイ本文

●顔合わせ
 さて、そろそろ時間ですね――神鳴士門(gz0222)は腕時計を確かめ呟く。集合場所に指定したのはいつも東條とコーヒーを飲む喫茶店。一足先に仕事を終わらせて、神鳴は一人テーブルでコーヒーを飲んで待っていた。
「神鳴、お待たせ」
 東條が姿を現す‥‥いつにもまして、髪の毛はぼさぼさ。服装はしわくちゃのワイシャツに裾の擦り切れたパンツ。
「また、遅くまで研究ですか?」
 苦笑いを浮かべ、神鳴が東條に席を示す。ゆっくりとした動作で座ると、東條は店員に紅茶を注文した。

 カランカラン。店の扉が開く。同じ顔をした二人が店に入り、東條と神鳴に向かって手を振る。
「お待たせしました〜」
「神鳴さん、こんにちは」
 黒いドレスを纏っているのは美環玲(gb5471)、その後に続く中性的な雰囲気の青年は美環響(gb2863)。二人は神鳴の向かいに座ると、東條に頭を下げた。
「え? あれ? 同じ顔が‥‥二人?」
 東條が混乱する。それも当然だ。二人の顔はそっくり。同じ格好をすればどちらがどちらか分からない程に瓜二つなのだ。響がそっと神鳴に耳打ちする。
「とりあえず、ややこしいので双子ってことにしときますね?」
 悪戯っぽく笑う。神鳴は苦笑しつつ二人に頷いた。玲がそれを確認すると東條に笑いかけ、言った。
「双子‥‥ということで、ね?」
 含みのある言い方で東條に軽く微笑みかける。その仕草に東條はどぎまぎして、手に持ったカップをくるくると回す。
「ま、まあ、こちらのお二人と、あとお二人ほど能力者の方が、今回の依頼に参加してくださったのですよ」
 悪戯っぽく微笑む二人に、神鳴も苦笑いを漏らしつつ説明する。東條の恋を成功させる為に、今回は四人の能力者が計画に乗ってくれていること。彼らとの顔合わせの為ここで待ち合わせていること。それらを手早く説明すると、神鳴は二人のために店員を呼んだ。
「私は紅茶、アールグレイを頂きます」
「僕も同じものを」
 二人がそれぞれ注文をする。と、響の手元からぽん、と飛び出す花が一輪。店員が驚いて目を丸くする。
「あはは、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」
 神鳴が感心してほう、と声をあげる。玲は楽しそうに響の様子を見守っている。響は悪戯っぽく東條に目配せして言った。
「結構簡単ですから、今度お教えしますね。きっと役に立つと思うんです」
「あ、はい‥‥よろしくお願いします!」
 東條が大きな声で答えたので、ひととき、店中の視線が彼らに集中した。玲が小指を唇に立てて静かに、とジェスチャーすると、東條はまた顔を赤くして黙った。

「おっ、もうおそろいのようだね」
 そう言いながら四人の座るテーブルに歩み寄ってきたのはホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)だ。手には書店の封筒をいくつか抱えている。
「皆さん、こんにちは〜」
 リゼット・ランドルフ(ga5171)がホアキンに一足遅れてテーブルにたどり着く。五つしか椅子のないテーブルに、集まった人数は六人。神鳴がすっと席を立ち、ホアキンに席を譲った。
「ああ、すまないな」
「いえ、お気になさらず。皆様これでおそろいになられましたね」
「あ、あのっ! 東條‥‥一樹です。よろしくお願いします」
 またもや東條のうわずった大きな声に店中の視線が集まる。神鳴は軽く店内に会釈を返して、後から来た二人の紹介を始めた。
「東條君。こちらはホアキン・デ・ラ・ロサ様。そしてこちらがリゼット・ランドルフ様です」
「リゼットです。少しでもお相手の方に近づけるように頑張りましょう!」
「は、はい。よろしくお願いします」
 東條の顔を眺め、ホアキンが目を細める。しばらく東條の姿を眺めた後で、彼は唐突に言った。
「素材は悪くない。見せ方を工夫したらいいのではないかな?」
 そんなホアキンの言葉に東條が激しく首を横に振る。
「そんな! そんな僕なんて!」
 神鳴が困った顔でホアキンを見る。ホアキンは落ち着いた笑みを浮かべ、東條に告げた。
「諦める前に、変わる努力をしてみよう。俺たちも協力させてもらうから、ね」

●東條改造計画
「外見と内面、両方ともを変えていく方向でいいんですよね?」
 響が東條に尋ねる。東條はあいまいに頷いた。神鳴が助け舟を出す。
「はい。それでお願いいたします。東條君。大切なのは、自信をつけることだと思うのです」
 神鳴の言葉に、東條は力強く頷きなおした。
「東條君はとても優秀で、努力を怠らない真面目な方なのですよ」
 神鳴のフォローに東條も少し落ち着きを取り戻したようだ。なるほど、いいコンビだ。
 リゼットが手に持ったカタログを広げ、あらかじめ付箋をしておいたページを開く。シンプルなジャケットにパンツスタイルの、少し背の低いモデルがポーズを取っている。
「俺はこれを」
 ホアキンがヘアカタログを取り出すと、東條に手渡した。
「まずはあなたが良いと思うものを選んでみてくれ」
 東條がページをめくる。響と玲、そして神鳴も一緒になって覗き込んでいる。ホアキンはリゼットの開いたページを眺めた後、持参した別のファッション誌を開いて、ページを繰り始めた。リゼットも一緒にそれを眺める。

「清潔感があるほうがいいですよね‥‥」
「好感の持てる髪型がいいんじゃないでしょうか?」
 東條の言葉に玲が答える。

「眼鏡はかけていないんですか? おしゃれのひとつとして取り入れるのはどうでしょう」
「ボサボサの髪の毛はすっきりさせて目元をはっきり見せれば明るく見えるのでは」
 リゼットと響が思い思いに呟く。東條は言われるがまま、雑誌のページに目を通す。こんなところでも、真面目な性格が表に出ている。神鳴はくすりと笑いながらその様子を見ている。

「そうだわ。印象を良くするために化粧でもしましょうかしら」
「ええっ!?」
「あら、最近は男性でも多少の化粧をすることもあるんですよ」
 玲の言葉に驚く東條。さすがに、化粧には抵抗があるようで、顔を赤くしてうつむいてしまった。

「どう変身したいかを、自分でイメージして、選んでみたらいいのではないかな?」
「そう‥‥ですねえ‥‥」
 ホアキンの説明に東條は頭を捻る。どうもこの優秀な頭脳は自身の見た目に関しては、うまく回ってくれないようだ。

 しばらくの間、喫茶店の一画を占拠し、六人は思い思いの改造案を提示し、話し合った。
 皆が二杯目の飲み物を飲み終わった頃。

「だ、だめです。情報量が多すぎてついていけません! それにイメージといっても、写真だけではなかなか‥‥」

 ――ついに東條が音を上げた。

「では、実際に試してみるしかありませんね」
 神鳴がそう告げる。一同も何となくその方が良いような気がしていた。
「じゃあ、髪型と服装については、明日実際にお店に行って確認しましょう」
 リゼットがそう言うと、ホアキンも同行すると言う。玲と響はなにやら考え込んでいる。玲が口を開いた。

「外見はそれでよしとして、後は内面ですわね」
「どうでしょう。玲さんを相手に会話の練習をするというのは」
 響がそう言うと東條はまたもや顔を赤くしてうつむいた。
「あの、ええと‥‥いいんですか?」
 玲がにっこりと微笑むと、頷いて答えた。
「はい。頑張りましょうね」
「では、僕もお手伝いしますよ。先ほどの奇術も、お教えしたいですし」
 計画はホアキン、リゼットが服装と髪型を担当し、玲、響の二人が話術など、内面を担当することで大体決まった。
 まずは服装と髪型を。それから会話と奇術の練習に取り掛かるということで、この日は解散となった。

●外見改造計画
 ヘアカタログを見ながら、緊張した面持ちで東條が座っている。リゼットが予約した美容室にはおしゃれなインテリアが並び、聞いたことのない音楽が流れている。
 ホアキンとリゼットの二人がそれぞれの案を東條に提案した。まずはホアキン。
「これなんてどうだ。好青年っぽい感じでいいと思う」
 カタログにはショートウルフをベースとして、トップに少し緩やかなウェーブのかかったミディアムカットの写真。
「あとはこっちの爽やかで動きのあるショートカット。これならば清潔感もばっちりだ」
 ページをめくると、そこにはショートレイヤーで前髪を上げたさっぱりとしたショートカットの写真がある。どちらも伸び放題の東條の髪の毛ならば問題なくカットできる。
「どちらもカッコイイと思いますが、あえて言うならショートカット、かな‥‥」
 東條はショートカットを気に入ったようだ。続いてリゼットが別のカタログを持ってきて写真を指差した。
「これなんかどうでしょう? ナチュラルな感じでいいと思いますよ」
 くせ毛を活かした形のミディアムショートの写真。ホアキンの一つ目の案に近いイメージだ。
「いいと思うんですけど‥‥あのう、実は‥‥」
 スタイリングできるか自信がない。そこでスタイリングも楽なショートカットの方が楽そうだと思うとのこと。
「そうだな。あなたが気に入ったものにすればいい」
「確かに、ミディアムだと毎日のスタイリングも大変ですね〜」
 ホアキンとリゼットも東條の意見に同意し、髪型はホアキンが提案した二つ目のショートレイヤーベースにすることにした。スタイリストに髪型の指定を行うリゼット。スタイリストは頷くと、作業に取り掛かった。

 小一時間の後、出来上がった髪型にまず東條が驚いた。そこにはボサボサの髪の毛を伸ばし放題にしていた彼の姿はなく、さっぱりとして、清潔感と活発さが溢れる新しい彼の姿があった。
「これが‥‥僕?」
 髪型だけでこうも印象が変わるものか。ホアキンとリゼットは揃って目を丸くして驚いた。少しの沈黙の後、ホアキンが口を開いた。
「随分と見違えたな‥‥カッコイイじゃないか」
「はい! すごくいいですよ〜」
 リゼットもやや興奮気味に東條の変身をほめ倒す。計画では多少のお世辞も含む予定だったが、そんな計画は不要だったようだ。東條は照れながら二人にお辞儀した。
「お二人のおかげです」
 支払いを済ませ、店を出ると、太陽が眩しい。見上げる空はいつもより青く澄んで見えた。
「さて、次は服ですね。まだ軍資金は大丈夫ですか?」
 リゼットの言葉に、東條が財布を覗き込み頷く。普段買い物と言えば、書籍にしかお金を使うことのない彼の財布はまだその厚みを保っていた。
「じゃあ、行きましょうか」
 楽しそうに笑うリゼットと、後ろから嬉しそうについて歩くホアキンに挟まれて、東條は二人のリサーチしたセレクトショップへと足を運んだ。

●外見改造計画・その二
 ――セレクトショップの入り口。店のバイヤーが選んだ商品がところどころに並んでいる。一見すると統一性がなさそうな店だが、数人のバイヤーごとにブースが別れており、それぞれのポイントでは均整が取れている。
 リゼットは東條とホアキンの二人をとあるブースに連れてきた。ホアキンが目の前のジャケットを手に取る。
「ふむ。これなんていいんじゃないか?」
 少し細身のジャケット。腰の部分に軽く絞りが入っており、着た時のシルエットがよりシャープに見えるよう工夫されている。全体の色味は濃いグレーで、縁には水色のパイピングが入っていた。
「うわぁ‥‥いいですねこれ」
 リゼットが目を輝かせる。ホアキンの選んだジャケットはシルエットも綺麗で、誰が着ても相応に見えそうだった。
「袖、通してみるかい?」
 ジャケットを広げると、ホアキンが東條にすすめる。東條はおずおずと背中を向けてジャケットを羽織ってみる。
「あ、似合いますね。いいと思いますよ」
 リゼットが目を細める。ホアキンも後ろからの姿を眺め感心する。東條は着慣れないのか、落ち着かない様子で何度も鏡の前でくるくると回っている。
「あの‥‥どうですかね?」
「いや、格好としては、上々だろう」
「すごく似合ってますよ!」
 東條の不安そうな言葉をかき消すようにホアキンとリゼットが褒める。とりあえずジャケットをキープし、三人はインナーに着るシャツと、パンツをいくつか見繕った。

 ‥‥最終的に告白のためのコーディネイトとしては、パンツは黒い細身のストレッチパンツ。シューズは白いローファー。インナーには薄手のフェイクフードのついたシャツ。そして最初に選んだジャケット。

「インナーは何枚か買っておくといい」
 ホアキンの言葉に押されて、リゼットの選んできたタイラインシャツを一枚と、東條自身が気に入った黄色いシャツをかごに入れ、レジに持っていく。
「あ、ここで着替えていってもよろしいでしょうか?」
 リゼットが店員にたずねると、店員は試着室の一つを使うようにと告げて、洋服のタグをはさみで切り取り東條に手渡した。店員にお辞儀すると東條は試着室へと走った。
 しばらくがさごそと着替える音が続き、カーテンを引いて出てきた東條の姿は、今風の若者、といった出で立ちに変わっていた。
「おお、いいじゃないか」
「わぁ‥‥素敵ですよ〜」
 二人の心からの褒め言葉に、東條は照れながらも、嬉しそうに微笑んだ。

●性格改造計画
「よ、よろしくお願いします‥‥」
 外見は変わったけれど、中身はあまり変われていないようですわね‥‥。玲は心の中でそう呟きつつ、神鳴から聞いておいた受付嬢をイメージする。
「あまり緊張しないで、ね?」
 響が東條にエールを送る。東條は頷きながらも視線を泳がせている。そうしている彼に、玲が微笑みかけた。
「こんにちは。本日はどういった御用でしょうか?」
 すっかり気持ちは受付のつもりで玲が喋る。東條は自身の胸が高鳴るのを感じた。落ち着け。これは練習だ。訓練なんだ‥‥。そう思えば思うほど、目の前の玲が受付の女性に見えてきて、どうも落ち着かない。
「あ、えと‥‥あの‥‥」
 言葉が出ない。思考が止まる。そんな東條の肩に神鳴が軽く手を置く。振り向いた東條に、ゆっくりと頷く。
「あ‥‥あの、もしよかったら、今度一緒に‥‥」
「はい? 何でしょう?」
 玲が促す。東條はありったけの勇気を振り絞った。
「一目惚れしましたっ! もしよかったら今度一緒にどこかに出かけてもらえませんか?」
「おー、言えましたね」
 響が楽しそうに呟いた。神鳴も若干驚きながらも頷く。玲はそんな二人を横目に、東條の目を見つめ、答えた。
「お名前は?」
「あ‥‥」
 東條がハッとする。そういえば、名乗ってもいないし、相手の名前すら聞いていない。玲は微笑むといつもの調子に戻って言った。
「例えば、逆の立場だったらどう思われますか? 名前も知らない相手に突然好きだってデートに誘われたら、東條さん、困っちゃいません?」
「た、確かにちょっとびっくりしますよね‥‥」
「はい。ですから、勢いだけに任せるのではなく、相手のことを想いながら、言うべきことを言うように練習しましょうね」
「はい! 分かりました!」
 東條は玲の励ましに頷くと、もう一度お願いします! と深く頭を下げた。響が玲に言う。
「少し休憩にしましょう。その合間に、僕が東條さんに奇術をお教えします。いい気分転換にもなると思いますよ?」
 くすっと笑いながら、響は手に持った一輪の花を東條に手渡した。
「じゃあ、15分ほど休憩にしましょう。少し外の空気を吸って来ますわ」
 玲はそう言うと席を立った。自然だが気品のある歩みで、部屋を出る。出がけに軽く手を振って、玲はいなくなった。
「じゃあ、はじめましょうか?」
 響がそう言いながら奇術の準備を始めた。ふーっと大きく息を吐いて、吐いた分の酸素を吸い込むと、東條は響に向かって頭を下げた。
「先生、よろしくお願いします!」
「あはは、先生だなんて、照れますね」
 響は嬉しそうに笑いながら奇術の説明を始めた。簡単ではあるが、袖元に隠した花を手のひらから取り出す奇術を、仕組みから、手つきから、丁寧にしっかりと指導する響は確かに先生だった。

 それから4時間。会話の練習と、奇術の練習を交互にこなして、東條の緊張もほぐれ、会話もほどほどにこなせるようになった頃、ホアキンとリゼットの二人も部屋に様子を見にやってきた。
 神鳴が二人を出迎えると東條に告げる。
「東條君。ホアキン様とリゼット様がいらっしゃいましたよ」
「やあ、調子はどうだい?」
「こんにちは! 頑張ってますか〜?」
 玲と響に手をあげて挨拶する二人。玲と響は自信満々な顔で笑う。
「格段に進歩してますわ」
「うん。もう大丈夫だと思いますよ」
 二人の太鼓判に東條が頭をかきながら答える。
「いやぁ‥‥自分じゃまだまだだと思うんですけど、でも響さんと玲さんのおかげでだいぶ自信がついてきました」
 神鳴がふと時計に目をやると、既に夜の9時を過ぎようとしていた。
「おや、もうこんな時間ですか‥‥」
「あら、夢中で気づきませんでしたわ」
「本当だ。もういい時間ですね」
 皆が東條の顔を見る。東條は、一人一人の顔を見回して、ゆっくりと息を吸い込むと、深く頭を下げて言った。
「皆さん、本当にありがとうございました」
 顔を上げ、皆の目をまっすぐに見る。そこにはおどおどしていた彼の姿はもうなかった。
「誰かを好きになるというのは、とても素敵な行為だ‥‥あなたなら、やれるさ」
 とん、と旨に拳をぶつけ、ホアキンはそう言うと赤いバラを手渡し、軽く手を振ると部屋を出た。
 リゼットが東條に歩み寄り、自分の背丈と、東條の背丈を比べる。軽く頷くと、リゼットは東條に向かって微笑んだ。
「うん。東條さん、身長はこれからもっと伸びます。絶対。きっと私なんかよりももっともっと背が高くなりますよ」
 頑張って! と笑うと、リゼットはホアキンの後を追うように部屋を出る。
「うまくいったかどうかは分からないけれど、自信を持って。きっと大丈夫ですよ」
 響がそう言うと、奇術の為の道具を握らせる。悪戯っぽく笑いながら彼は続けた。
「言葉に詰まった時、これを使って、僕たちの事、東條さんが頑張った事を思い出してくださいね」
 玲が東條の手を取ってその目を見つめる。東條も少し顔を赤くしながらも、真っ直ぐにその目を見返す。
「うふふ。もう、大丈夫みたいですね。成功を祈ってますわ」
 そう言うと、玲は待っている響のところへ歩いて、振り返ると軽く手を振った。
 部屋には神鳴と東條だけが残る。東條が口を開いた。
「神鳴。僕、頑張ってみるよ。僕の為に一生懸命になってくれたあの人たちの気持ちに応えたい」
「そうですね。今の東條君なら、きっと大丈夫ですよ」
 二人はにっこりと微笑みあった。

●君想う花
 その日。天気は晴れ。春らしい気持ちよい風が緩やかに流れ、陽光が人々の背中を暖かに照らす。ラストホープにも春の訪れとともに、行き交う人々の笑顔が溢れる。
「行ってきます」
 UPC本部の目の前に立つ四人、ホアキン、リゼット、響、玲は東條の背中を見送った。本部の入り口の前で、神鳴が東條を励ます。
「頑張って」
「うん」
 小声で挨拶を交わし、東條はゆっくりと、一歩ずつ踏みしめるように、受付へと近づいていった。そこには、彼の女神がいた。いつもと変わらぬ笑顔で、行き交う人々に会釈をしている。
「こんにちは。少し、お時間いいですか?」
「はい。UPC本部へようこそ、本日はどういったご用件でしょうか?」
 東條の言葉に、受付の女性が笑顔を返す。東條は意を決して言葉を紡いだ。
「お仕事中に突然すみません。僕は、東條一樹と言います。今日はUPC本部に用があるわけじゃなくて」
「?」
 受付嬢が不思議そうな顔をする。東條は続ける。
「あなたにお話があって来ました。少しだけお時間頂けませんか?」
 しばらくの沈黙。くすっという微笑。
「分かりました。でも、まだ業務中ですから、少しだけですよ?」
 そう言うと彼女は同僚に休憩を取ることを告げると、東條とともに本部の脇にあるテラスへと向かった。

 明るい太陽の差すテーブル。そこに並んだ二人はしばらく黙っていた。沈黙を破ったのは東條の、響の奇術だった。
「あら、かわいい」
 受付嬢が喜ぶ。東條は少し照れ笑いを浮かべながら、彼女に聞いた。
「すみません。よろしければ、お名前を教えてもらえませんか?」
「あ、ごめんなさい。うっかりしてました。すみれです。本庄すみれといいます」
 すみれと名乗った彼女はにっこりと笑うと長い髪の毛をかきあげた。太陽を反射して、キラキラと光る。東條は頭の中で何度も何度も繰り返し、玲に言った言葉を反芻した。
「すみれさん、ですね。突然お仕事のお邪魔をしちゃってすみません」
「いえいえ、そろそろ休憩しようと思っていたところですから。それで、お話‥‥って?」
 すみれの笑顔に逃げ出したくなる。だけど、今日は‥‥逃げない。東條は決意を固めた。頭の中に、ホアキンが言った言葉が響く。
『誰かを好きになるというのは、とても素敵な行為だ‥‥あなたなら、やれるさ』
 リゼットの笑顔が思い出される。身長はもっと伸びる。絶対。だから自信を持って。
「えっと、初めて見た時から‥‥」
 言葉に詰まる。すみれは微笑みながら彼の言葉を待っている。
「あの‥‥初めて、なんです。誰かを‥‥好きになるって」
 少しずつ想いを、言葉に、形にしていく。東條は必死に自分の想いをかたどってゆく。
「一目ぼれとなんです。だから、もしよかったら‥‥」
 想いは少しずつ形となり、春の陽の光を受けて、花咲こうとしていた。
「迷惑じゃなかったら、今度一緒に‥‥どこかに行きませんか!?」
 目の前にはすみれの少し驚いた顔。何か不味い事を言っただろうか。勢いに任せてしまっただろうか。あんなにあんなに練習したのに。みんなに何て言おう‥‥色々な気持ちが東條の胸に、頭によぎった。
 と、突然、すみれが吹き出した。こらえきれない様子で、くすくすと笑っている。
「ご、ごめんなさい‥‥あんまり突然で驚いてしまって、でもこんなに一生懸命気持ちを伝えられたのが、嬉しくて」
 すみれが目の縁を押さえながら笑う。そして、呼吸を整えると、彼女は東條に告げた。
「東條さん、でしたよね。私も、あなたもお互いのこと、よく知らないと思うんです」
 そう言うと、すみれは右手を差し伸べて言った。
「だから、最初はお友達として、仲良くしてくれますか?」
「‥‥っ! はいっ!」
 東條はすみれと握手をすると、言葉にならない返事をして、激しく頷いた。

 東條は仕事に戻ったすみれに挨拶を済ませると、ゆっくりと皆の待つ場所まで戻ってきた。とびっきりの笑顔で、皆に微笑んだ。
「皆さん、本当にありがとうございました!」
 皆の目に映るその笑顔は、春の陽に眩しく輝いて見えた。