●リプレイ本文
●依頼人
「こんにちは、あなたたちが傭兵さんね? 来てくれて本当にありがとう」
被害者である老婆の孫娘、まだ10歳になったばかりだという依頼人の少女は屈託のない笑みを浮かべて一行を迎え入れた。両親は共働きらしく、二人とも家にいない。
「おばあちゃんの代わりに君から話を聞きたいんだけど、いいかな?」
原田 憲太(
gb3450)はショックが大きいであろう少女の祖母を気遣って言った。彼は一見頼りなげにも見えるが、武道により鍛え抜かれた体を持つ少年だ。
「いいわよ、何でも聞いて」
「じゃあ、村がどんな感じだったかわかるものはあるかな、地図とか、君が思い出せる範囲でかまわないよ」
胸を張る少女に憲太はできるだけわかりやすく問いかけた。
「地図ね? 私が描いた地図があるわ!」
少女が自慢げに取り出したのは、色鉛筆で描いた村の簡単な地図だ。『おばちゃまのおうち』『おじさまのおうち』
『みかんの木』など、とにかく色々描いてある。
その地図を憲太は苦笑しながら受け取った。
「どの辺りにキメラはいるのかわかる?」
「多分ここね! ここだけ燃えずに残ってたっておばあちゃまが言ってたわ!」
少女が指差したのは村の外れにある、小さな小屋だ。おそらく薪などの保管に使っているのだろう。
「ここ、人はすんでいないの。おばあちゃまとかくれんぼしたときにここに隠れたわ」
「そうか、ありがとう。いい情報だよ」
憲太が言うと少女は照れくさそうに笑った。
水無月 霧香(
gb3438)とエリアノーラ・カーゾン(
ga9802)、通称ネルの女性二人は地形などの情報を少女からわかる限り聞いた後、老女の家から何か持ち出してきてほしいものがあるかどうか尋ねた。
「待って、おばあちゃまにきいてくるわ」
少女が部屋を出て、しばらくしてまた勢いよく部屋に入ってきた。後ろには祖母の姿。
「わざわざ遠いところからありがとうございます、この子がどうしてもって言うものですから‥‥」
「おばあちゃま、持ってきてほしいものある?」
老女の言葉を遮って少女が言った。
「思い出の品はほとんど燃えてしまいましたが、スチール製の額に入れておいた家族の写真が残っているかもしれません。もしできれば、それを持ってきてもらえないでしょうか」
「いいわよ、探してくるわ」
ネルはさっくりと答えた。もしその思い出の写真が見つかれば、この少女から老女に渡してもらおう。
「でもねぇ‥‥あれはキメラと言っても子供だから‥‥かわいそうなことは‥‥」
「婆ちゃん、キメラに大人も子どももあらへん! 子どもに化けたキメラっちゅーんは、婆ちゃんみたいな人をだまそうとしよるごっつぅ悪い奴や! ほっとくわけにはいかん!」
まだ納得できない様子の老女に霧香がぴしゃりと言ってのけた。彼女は人の優しさに浸け込む卑怯なやり方が許せなかった。
3人は外で待っていた5人と合流、ハロウィンまではあったはずの村を目指した。
●消えた村
「ここが村‥‥おばあちゃんの楽しい思い出を踏みにじるなんて、許せない!」
椎野 のぞみ(
ga8736)はまだ幼さの残る少女の顔で怒気をあらわにした。思い出のつまった村は、無残にも燃え尽きてその残骸が散らばるばかりだった。
「おばあちゃんを想う乙女の祈りはしっかりと受け止めたぜ! さぁ、どこから来るのか用心しないと!」
小さな体にガトリング砲を構えるのは火茄神・渉(
ga8569)。まだあどけない少年だが、立派にいくつもの依頼をこなしてきた傭兵だ。
先ほどからもうもうと煙突のごとく煙を吐いているのは御影・朔夜(
ga0240)。現代においては絶滅危惧種とも言えるチェーンスモーカーである。携帯灰皿必須。
「ボク、探査の眼使いながら前方の敵索するね」
のぞみが何事も見落とさない『探査の目』を発動する。
「気をつけて」
アズメリア・カンス(
ga8233)が月詠を鞘から抜き、構える。
それぞれが自身の武器を構え、それらしき小屋へと近づいていく。燃え尽きた村の外れに、ぽつんと残る丸太小屋。その中にキメラはいるのか、それとも別の場所でこちらを迎え撃つつもりなのか。
「見つけた‥‥! コッチから奇襲しかけます!」
のぞみの瞳が場違いな仮装をした子どもを捉えた。『自身障壁』を使い、敵の攻撃に備える。こんな時期にこんな場所で仮装をしているような子どもがいるはずがない。
ぐんと距離を縮めるのぞみ、それを追うアズメリア。
のぞみがバスタードソードを振り上げるが、キメラもこちらに気づき小さな体躯を生かした立ち回りで大剣の一撃をかわす。
「トリック・オア・トリート?」
「トリートはキミたちの命だけどねぇ!!」
子供型キメラが吐き出した炎を大鎌がなぎ払う。
「まさか本当にそんな言葉で出てくるなんてね、キメラはやっぱり馬鹿ね」
エリス・リード(
gb3471)。自身の身長をはるかに上回る大鎌を得物とする傭兵だ。
「さぁ、刈り取ってあげる‥‥!」
冷酷な微笑を浮かべてエリスは大鎌を振るい、炎を吐き出したばかりのキメラの首を刎ねた。言葉通り命を刈り取られたキメラはゆがんだ笑みをたたえたままの頭を地面に落とした。
残る4体の仮装キメラはそれを見て方々に散る。
前線に出ようとしていた朔夜のもとへ1体が飛び掛る。射程内にずっとひきつけて撃つ算段だったが、キメラの素早さに一気に距離を詰められ間合いを計る暇もない。
「火をどうぞ」
ガバッと開いた口からキメラが炎を吐き出した。が、次の瞬間には血を吐き出すことになる。
「ハロウィンはもう終わっているぜ」
憲太の振るう二本の小太刀がキメラの背中を貫いていた。
「悪い子どもは地獄に連れて行かれるんだよ、知ってるか?」
引き抜いた小太刀で鋏のようにキメラの体を両断する。
「お前らにはおしおきだ!」
渉はガトリングの弾をばら撒き、キメラを牽制している。
そこにアズメリアがソニックブームを加え、キメラがひるむ一瞬の隙に間合いを詰めて流し切りを与えた。
「ギャ‥‥」
キメラは最期に焼き尽くしてやろうかと口を大きく開けたが、すでに自分の間合いに持ち込んでいたアズメリアには意味もなく、大口に月詠をぶち込まれた。
「おふざけが過ぎたわね」
キメラから剣を引き抜き、血を振り払うアズメリア。
後方でやったぁと声を上げる渉。
別の方向では霧香が弓でキメラの足を止め、のぞみがバスタードソードを振るっていた。
「故郷を奪われたもんの悲しみ、あんたらキメラにはわかれへんやろな!」
炎が届かない距離から霧香の矢がキメラの足を地面に縫いつけた。その隙にのぞみはバスタードソードで一度炎を防ぎ、さらにキメラの肩口から斜めに剣を振り下ろした。
「次はそっちだね!」
渉のガトリング砲が5体目のキメラを捕らえ、動きを牽制する。向こうから近寄れなければ炎を食らうこともない。素早く逃げるキメラにネルが拳銃でじっと狙いをつけ、一発を打ち込んだ。素早くリロードしてもう一発を叩き込むと、小さなキメラは動かなくなった。
「どうやらこれで終わりらしいわね」
ネルの探査の目にこれ以上のキメラは引っかからなかった。
憲太が少女の描いた地図を広げ、老女の家を探した。
見る影もなく無残に焼け落ちた家。その中には思い出がたくさんあっただろうに。
「これね」
ネルがスチール製の額に入った写真を手に取った。煤だらけだが、軽く指でぬぐうと老女と亡き夫、娘夫婦、そして孫娘の笑顔が見えた。
キメラは人の命も、大切な思い出までも奪ってしまう。
●遅いハロウィン
依頼の達成報告とお見舞いのため、4人の傭兵が少女の住むアパートに訪れた。
チャイムを鳴らすと、ゆっくりとした足音がしてドアが開いた。
「こんにちは! トリック・オア・トリート! ボクの作ったお菓子を一緒に食べてくれないと悪戯しちゃうよ!」
のぞみが元気よく手作りのパンプキンケーキを差し出すと、出迎えた老女は驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「まあまあ‥‥なんていい香りのケーキなんでしょう。悪戯されては困るわね、中へどうぞ」
老女は4人を家に招き入れ、小さな応接間で紅茶を入れてささやかなハロウィン・パーティーを開くこととなった。
「これはおばあちゃんに! 元気出してね!」
渉はかわいらしいパンダのぬいぐるみを差し出した。
「ありがとう。もしかして坊やも傭兵さんなの?」
「そうだよ」
自分の孫娘と同じくらいの年の傭兵に老女はとても驚いたようだった。
「よかったらこれも食べてください、僕が作った羊羹です」
憲太は手作りの羊羹を切って皿に並べた。
「これはなあに?」
「和風のゼリーみたいなものです」
「うわあ、おいしーい!」
先にエリスが羊羹を口に運び、そのおいしさに感激していた。
「のぞみさんも憲太さんも、こんなおいしいお菓子が作れるなんてすごいよ!」
エリスはパンプキンケーキもほおばりながら大喜びだ。それを見ている老女もとても楽しそうな顔をしている。
皆がそうしていると、勢いよくドアの開く音がして少女が飛び込んできた。
「おばあちゃま! これ、傭兵のお姉さんが持ってきてくれたよ! おばあちゃまの大事な写真!」
少女はネルから受け取った写真を老女に渡した。スチール製の額はきれいに磨かれていた。
「ありがとう。皆さんのおかげで、大切なハロウィンが取り戻せました。ここに来られていない方にも、よろしくお伝えください。本当にありがとう」
老女は孫娘を膝に抱き、写真の中の亡き夫をなぞりながら涙をこぼした。