タイトル:愛は血染めの指輪に眠るマスター:柳高 ぱんな

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/27 18:54

●オープニング本文


 北アメリカ大陸、競合地域では今日も戦闘が繰り広げられていた。
 UPC北中央軍に所属するその戦闘小隊もまたしかり。
 しかし今、その部隊は壊滅的状況に陥っていた。
 現れた敵は超大型キメラ、ケルベロス。三つの首を持ち、それぞれが炎を吐くという伝説の地獄の番犬である。
「相手がこいつでは我が小隊だけでは‥‥!」
「他の小隊と連絡がつかん、まさか‥‥」
 取り残されたのか、付近に残存する小隊は我々だけなのか、という思いが駆け巡る。
「撤退せよ!」
 どう転んでもはが立たぬ相手には撤退も作戦のうち。生き残ることの何が悪い? ましてや自分は小隊員の命を預かる小隊長である!
 命令で装甲車に飛び乗る小隊員。撤退は恥ではないと常日頃から聞かされてきたことである。無駄死により誇りある生を。
 しかし過酷な運命のいたずらは彼らを弄ぶ。
「あっ!」
 実戦経験の少ない新兵が、草むらに足を取られ転んだ。振り返りライフルを向けるが、そこにはすでにケルベロスの炎が迫っていた。
「馬鹿者!」
 不思議なことに熱くはない、代わりに耳を劈く隊長の怒号。
「何をもたついているか!」
 装甲車からの援護射撃の中、隊長は足をくじいた新兵を抱え上げて走り、ジープに飛び乗った。
「全員乗車確認! ベースキャンプに撤退せよ!」
 バラバラと閃光手榴弾を撒いて車両は戦線を離脱した。

 彼らがベースキャンプについた頃、隊長はもはや生きも絶え絶えの状態だった。
 新兵をかばってケルベロスの炎を背中一面に受けたのだ。
「ヒヨッコ、貴様に頼みがある‥‥」
 まだ20代後半の隊長は、18歳の新兵にリングケースを差し出した。
「う‥‥」
 男は何かを伝えようとしていたが、それが言葉になることは二度となかった。
『愛をこめて、アンディより』
 リングケースからメモ用紙に走り書きしたような、たった一言のラブレターが零れ落ちた。

 ケルベロスは撤退した車両の轍からベースキャンプへと忍び寄りつつある。
 これを撃退せねば、隊長の行為はすべて無に帰してしまう‥‥

●参加者一覧

鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
門鞍将司(ga4266
29歳・♂・ER
風花 澪(gb1573
15歳・♀・FC
ディッツァー・ライ(gb2224
28歳・♂・AA
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
ルチア(gb3045
18歳・♀・ST

●リプレイ本文

●クリス・リードと傭兵
 要請を受けて集まった8人の傭兵、そして依頼人である一人の軍人。
「UPC北中央軍所属、クリス・リード二等兵です」
 クリスは軍隊式の敬礼ではなく、それぞれと握手を交わした。ここがまだ軍という特殊な場所に浸りきっていない証か。
 本来ならばそれぞれの特技にあった訓練期間を経て配属されるはずが、クリスのような若い新兵でも実力を認められれば前線へ配備される。これが軍の現状でもあるのかもしれない。
「私は能力者ではありません。ベースキャンプを狙うケルベロスを確実に倒すには、あなた方能力者の力が絶対必要です。絶対に、あいつだけは倒さなければ‥‥上の許可さえ下りれば私がM1戦車を出してでも‥‥」
 クリスの震える細い肩に、ナレイン・フェルド(ga0506)がそっと手を置いた。
「こんなとき、人は怒るか、悲しむことしかできないのよ。私たちがあなたの分まで戦ってくるわ」
「お願いします、隊長のためにも! 私は何も出来なかった!」
 ナレインはクリスをなだめるようにそっと胸に抱いた。
 鳴神 伊織(ga0421)は懐中時計を握り締め、深淵に沈むような気持ちを感じていた。また、人が死んだ。
 少し離れたところで、白雪(gb2228)は一人、心に共存する姉と対話をしていた。
「‥‥そう。好きな人がいたのね‥‥この人」
(「お姉ちゃん。あんまり感情的にならないでね」)
「わかってる‥‥。ただ、また私達と同じ境遇の人が生まれた事が申し訳なくて仕方ないのだけなの」
 死んだ小隊長の写真を見ながらつぶやくのは心に住まう姉。それに心で答える妹。姉妹の会話はいつもこうだった。
「お願いします、皆さん、どうかご無事で!」
 クリスは靴のかかとをそろえると、軍隊式の敬礼で皆を見送った。私には祈ることしかできない。

●地獄の番犬
「このあたりですかねぇ、ケルベロスが確認されたところというのはぁ」
 門鞍将司(ga4266)がゆるゆるとした口調で話す。が、瞳は傭兵特有の輝きを放っている。
 その言葉に反応したかのように、草原の向こう側から思い足音を響かせてケルベロスが姿を現した。
 超大型キメラ、ケルベロス。伝説の地獄の番犬。その名のとおり、3つの首が伸び、目をギラギラと輝かせている。獲物を捕らえる猛獣の目だ。常人ならばその目を見ただけで足がすくんでしまうだろう。
「‥‥ケロベロス‥‥。敵を討たせてもらうわよ」
 日本人女性らしく物腰の柔らかな白雪、彼女が覚醒すると心に共に住まう姉『真白』の人格が全面に押し出される。
「三つ首の魔獣、ケルベロス‥‥か。相手にとって不足無し、だ」
 赤髪の獣のような熱血漢、ディッツァー・ライ(gb2224)は蛍火の鞘を抜き捨てる。ケルベロスの殺気は歴戦の男の手を無意識のうちに小さく震わせるほどだった。
「伊織ちゃん、ディさん、作戦のとおりいくわよ」
 ナレインの言葉に伊織とディッツァーが頷く。この囮班でケルベロスをひきつける。
「足止めは任せて、ナレイン姉様」
 風花 澪(gb1573)は銀色の拳銃を軽く握り、ナレインに目で合図を送る。ちょっとやりすぎたみたいだね、と無邪気で残酷な笑みをたたえて。
 キリル・シューキン(gb2765)はすでに座り撃ちの姿勢に入り、照準器にケルベロスを捕らえている。
「囮役が一番危険です。皆さん、気をつけてくださいね」
 ブロンドの小柄な少女、ルチア(gb3045)は超機械を手に囮班を見送った。
「もう誰も傷つけさせないわ!」
 ナレインは得物を狩る豹のごとく、ケルベロスの懐へと飛び込んだ。
「まずは、奴の頭を抑えるっ!‥‥って、どれだっ!?」
 ディッツァーに三つの首が襲い掛かるが、彼は瞬時の判断で一つの頭を切りつけた。キメラがディッツァーたちに気を取られているわずかな隙に、白雪が地を蹴り飛び上がり、月詠の一撃をケルベロスの足に加えた。
 首の一つがぐりんと回り、白雪を視界に捕らえる。瞳は怒りに燃えていた。
「ッ!」
 ケルベロスが炎を吐く。少し黒髪を焦がし、白雪は跳躍した。そこにキリルと澪が弾丸を叩き込む。
「やはり相当な強敵‥‥」
 将司とルチア、二人のサイエンティストは練成弱体をかける隙をうかがっている。少しでも力を弱めることができれば、戦闘はかなり違ってくるはずだ。
「でかっ‥‥何食べたらこんな大きくなるんだろ‥‥やっぱり人って栄養価高い?」
 澪の拳銃が放つ弾丸を何発食らっても、巨大なケルベロスはびくともせず足元も揺るがない。やはり拳銃では心許ないか。
「拳銃で手ごたえがなければ、こうするまで!」
 ケルベロスに接近した伊織が鬼蛍を抜き放ち、真紅の刃を首元につきたてた。
 刃を食い込ませた首は伊織を睨み付け、大きく口を開けた。刀が抜けない! 手放すか?!
「こっちも忘れないでほしいわね」
 貫通弾を装填した拳銃で、ナレインがケルベロスの目を至近距離から撃ちぬいた。
 ケルベロスは大きな叫び声をあげ、炎を撒き散らしながら首をくねらせのたうった。その炎が伊織とナレインを巻き込む。
「ナレイン姉様の肌に傷をつけないでよ!」
 澪は拳銃に素早く貫通弾を装填するとそれを発射した。スキルを全開にして叩き込んだ弾丸がケルベロスの足元をぐらつかせる。
 その攻撃でできた一瞬の隙に、将司が練成弱体をケルベロスに掛けた。ぐらりと体を崩すケルベロス。
「今だッ! 面!!」
 紅蓮衝撃と流し切りを併用して、ディッツァーがケルベロスの首に蛍火の一撃を叩き込んだ。全身の筋肉が軋む怒涛の一撃はケルベロスの首の半ばまで食い込み、ディッツァーは真紅の返り血を浴びた。
 すかさずナレインの刹那の爪が千切れかけた首を叩き落した。
 首を一つ失ったケルベロスは耳を劈くような叫び声をあげのた打ち回った。血が飛び散り、接近していた3人を汚す。さらに残った首が狂ったように炎を吐き出し、伊織、ナレイン、ディッツァーを襲った。
 伊織は刀で炎を振り払い、ナレインは宙に舞い、ディッツァーは気合いで乗り切るがダメージが大きい。この炎を浴びて、多くの人間が死んでいる。
「ディさん、大丈夫?」
「ああ、ナレインこそ平気か? 伊織も一旦下がったほうがいい!」
「そうね、くやしいけど」
 伊織は力を振り絞ってソニックブームを放ち、ケルベロスと距離をとった。
 ケルベロスはなおも首を振りながら3人を追撃しようとする。が、澪とキリルが死角から狙い撃つ。
「何人も地獄に引きずり込んだようだが‥‥次にカローンの舟に乗るのは貴様だ!」
 冥府への渡し舟の渡河料は、強弾撃で破壊力を引き上げた貫通弾。
「ここはあなたのテリトリーでは無いはずです。地獄の番犬と呼ばれるならば持ち場に戻って大人しくしていて下さい!」
 ルチアが切れかけた練成弱体をケルベロスに掛けなおす。
「貴方のしてきた事の意味、教えてあげる‥‥」
 白雪、いや真白が月詠と血桜を静かに構えた。
「八葉流終の型‥‥八葉―――」
 流し切りと二段撃の四段連続攻撃。美しき舞のごとき剣撃。
「―――真白」
 チン、と二本の刀を鞘に納めると同時に、ケルベロスは崩れるように倒れた。
 血の海にたたずむ、肉塊と化したケルベロスと白雪。
「悪戯に命を奪うものの末路としては‥‥上出来でしょう?」
 白雪は静かに息を整え、怒りを静めた。
「ルチアさん、練成治療で怪我をした方の治療をお願いします!」
 将司の声にルチアもうなずき、二人で伊織、ナレイン、ディッツァーの火傷を練成治療でそれぞれ癒した。やはりケルベロスのような強大な敵を前にしては彼らのようなサイエンティストの支援なしでの戦闘は厳しい。
「お肌に傷が残ったらどうしようかと思ったわ」
 ナレインがケルベロスの残骸を眺めながら言った。
「‥‥さて、やつはアケローン川に送ってやったがもう一つ成すべき事があるな」
 キリルが言うと、それぞれ重い腰を上げてケルベロスの平原を後にした。

●アンディの指輪
「ケルベロス、確かに倒しました」
 伊織がクリスに報告した。
 クリス・リードは彼らが帰ってくるのを天幕の外でずっと待っていた。
 クリスは腿のポケットから、血の染み付いたリングケースを引っ張り出した。
「まぁこれからどうするかはあなた次第だよ? 僕はこれ以上干渉しないしする気もないよ」
 冷たいようにも聞こえるが、これが澪の素直な気持ちなのだから仕方がない。彼女の言うとおり、これはクリスの問題なのだ。
「貴様のせいで隊長は亡くなった。なんら間違いはない。貴様を助け、そして彼は命を失った」
 キリルもまた自分の気持ちを言葉にするだけで、余計な装飾はしなかった。
 リングケースを握り締めたクリスの手が、小さく震えた。
「‥‥だから、だ。お前にはもう無駄な死は許されん。彼の分まで戦い続けろ。それだけだ」
「と‥‥す‥‥」
 クリスはキリルの目をじっと見つめて、何かを言い返した。
「当然です! 生きることこそ私の使命!」
 隊長――アンドリュー・ノクトン少尉――がよく言っていた言葉を、無意識のうちにクリスは叫んでいた。
 ほう、とキリルが珍しく笑顔を見せた。こいつ、芯は強いらしい。
「さぁ、指輪を届けに行きましょう」
 つとめて明るくルチアが言ったが、クリスはがっくりと肩を落とした。
「大丈夫?」
 ルチアが心配してクリスの顔を覗き込む。
「知らないんです。隊長の恋人が誰なのか」
 クリスの思いがけない言葉に、ナレインはあらまあと声を上げた。
「町に実家があるんだろう、そこへ行けばわかるかもしれん」
 ディッツァーの案で、一行はノクトン少尉の実家がある町へ向かった。

●想い人
「軍の方から聞きました。あの子、死んだのね」
 ノクトン少尉の母親は、訪れた傭兵たちとクリスを家に招きいれた。
「うちの家系はずっと昔から軍人だったのよ。アンディの兄弟もみんな軍人。私の夫もバグアにやられて死んだわ」
 ノクトン夫人は取り乱すでもなく、柔らかな言葉を紡いだ。こうなることをずっと前から知っていたかのように、すべてを受け入れている。
「申し訳ありません、私が彼を殺したようなものです」
「クリスといったわね、あなた」
「はい」
 クリスと夫人のやり取りを、傭兵たちはただ黙って見ているしかなかった。
「うちの家系は代々軍人でね、そしてみんな、何よりも命を大切にする軍人だったの。自分のね。アンディがなぜあなたのために命を投げ出したのか、私にはわかるわ。それはね、あなたが大切だったのよ。自分の命よりもね」
 クリスがハッと顔を上げた。
 ノクトン夫人はリングケースを開け、プラチナのリングを取り出した。
「この指輪、アンディがあなたへ宛てたものよ」
 指輪の内側には、『クリスティーナ』と彫り込まれていた。
 クリス――クリスティーナ・リード。
 ディッツァーはその場にいることがたまらなく苦しくなり、そっと席をはずした。その後を澪とキリルも追う。
「‥‥俺には、上手く言葉をかける事なんか出来そうにない」
 ぼそりとつぶやくディッツァー。
「アンディが送ってくれる手紙には、いつもあなたのことが書いてあったわ」
 夫人は指輪をクリスに手渡した。
『受け取ってくれ』
 ノクトン少尉は死の間際にそう言ったのだ。クリスははっきりと思い出した。
 少女は泣いた。人目もはばからずに。
 私も好きだった。気がつけばいつも彼がそばにいた。
 すべての思い出が涙となり、溢れて零れ落ちた。
 遅いよ、私も、隊長も。遅いけど、今でも大好きなの。

「彼はきっと、ずっとあなたを見守ってくれているわ」
 ナレインは初めて会った時のように、クリスの肩を優しく抱いた。
「悲しみだけに支配されないで‥‥」
 青い薔薇を一輪、そっとクリスの胸ポケットに挿す。
「彼は、大切な人に自分で手渡せたんですねぇ」
 指輪と共に事実も受け止めてほしいという思いをこめて、将司がつぶやいた。
「敵は討ったけど、そんなこと‥‥意味ないわよね」
 白雪の心は虚しいままだった。隠れるように、そっと涙をぬぐう。
「大切な人を失った痛みを、私は知りません。ですから、無責任を承知で言います。‥‥彼の愛した、あなたを大切にしてこれからを生きてください。残酷な事を言っていますが、それが彼の望みだと思いますから」
 ルチアは死に対する自分の無力さを噛み締めながら、クリスの手を握った。その手の薬指には、プラチナの指輪。
「みなさん、ありがとうございます。私はバグアなんかに絶対負けない。絶対に生きて、地球を守ります!」
 クリスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を無理やり引き上げて、自分に言い聞かせるように言った。
 これから先、何があってもアンディは特別な人なんだ。
「大丈夫そうだな‥‥」
 遠くから見守っていたディッツァーも安心したように静かに笑った。
 澪も、キリルもクリスの態度に満足気だった。

「クリス、あなたはまだ若いわ。これから先あなたに好きな人ができたら、その指輪は手放していいのよ。アンディはあなたを束縛しないわ」
「お母様、ノクトン少尉はこれからも私の特別な人で、たとえ万が一にも私に恋人のような人ができたとしても、ノクトン少尉‥‥アンディは一番大切な人です」
 ノクトン夫人とアンディー・ノクトンに愛されたクリスという名の少女は、町を後にする傭兵たちをいつまでも見送っていた。