●リプレイ本文
●シルヴィ・ラナの事務所職員曰く
「はい、こちらがシルヴィ・ラナの事務所です。傭兵の方ですか。前線の兵士にラナのCDを持っていく‥‥大変ですね。ラナをご存じない? はい、シルヴィ・ラナは北アメリカの一部で活動している歌手でして、主に北中央軍の一部の方にごひいきにしていただいておりますが、知名度は高くないもので‥‥。主に軍の方へボランティアとして慰安コンサートをさせていただいております。え? IMP? すみません、聞いたことがありません。何せ当事務所はごく小規模のものでして‥‥CDはこちらからお送りします。10枚ほどでよろしいでしょうか? お金はいただきません。サインも、ラナの手が空いていれば入れさせていただきます。ささやかながらのプレゼントをさせてください。皆さんもどうかお体に気をつけて」
●中隊長付きの連絡
「はい! 第×中隊中隊長付きアンダーソン伍長であります! は! 依頼を引き受けてくださった傭兵の皆さんですね? わざわざありがとうございます! で、CDのほうは‥‥あ、CDではなくビートルの情報ですか、あいつらは3匹以上はいましたね、物理攻撃タイプです。体当たりのダメージが大きいようで、我が中隊のジープが一台吹き飛ばされましたよ。火は噴きません、氷も吐きません。体当たりに気をつけてください。飛ぶかどうか? まさか! 少なくとも私の情報ではあれが飛んだとは聞いたことがありません。私はあれが苦手でして、ただでさえ虫が苦手だというのにそれが1mもあるなど実に馬鹿げて‥‥」
●出発
「と、まあ集まった情報はこんなものだ」
アタッシュケースに入っているCDを確認するホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)。危険な場所への運搬ということで事情を話したところ、事務所がアタッシュケースに梱包材とCDを詰めてよこしてくれた。これでCDが破損する確率ははるかに下がる。
「ビートルは物理攻撃タイプで飛行能力はなし。体当たりに注意すること」
中隊長付きがバタバタと話したことを簡素に纏め上げる。
「IMPは知られていなかったみたいだけど、北アメリカは広いから。営業も含めて私たちのCDも持っていくわ」
緋霧 絢(
ga3668)が言う『IMP』というのは傭兵アイドルグループだそうだ。シルヴィ・ラナの活動拠点は北アメリカ大陸にあり、ラナ自身決して有名というわけではないので接点はない。
「CDで元気が出るっていうんだから、お手軽‥‥じゃなくて、兵士さんも人間なのね」
にっこり微笑みながら智久 百合歌(
ga4980)が言う。誰もが思わず和んでしまう笑顔が素敵な女性だ。
「んで、戦闘の陣形だが、CDを守るように前後左右を囲むこれはインテリアのサンタクロースっていうんだっけか?」
最年長の風山 幸信(
ga8534)が冗談めかして言う。
「サンタクロース‥‥」
最年少の最上 憐(
gb0002)が首をかしげた。
「いや、冗談! インペリアルクロスっていうんだ」
幸信は少女相手に慌てて訂正した。
「しかしホアキン、久しぶりだな。確か映画が好きそうだったが、音楽もいけるクチか?」
赤い髪の熱血漢、ディッツァー・ライ(
gb2224)が友人であるホアキンに話しかける。
「芸術はいいものだ」
ホアキンは美しい髪をすっとかきあげて微笑んだ。
「アイドル歌手、か。‥‥俺はあまり知らないんだが、そんなに有名なのか?」
「俺も知らないけど、北中央軍のごく一部では名が知られてるのかも。電話じゃ職員さんがよく兵士のためにコンサートをするって言ってたし」
ディッツァーの素朴な疑問に平野 等(
gb4090)が答えた。彼の押しが利いたのか、アタッシュケースのCDにはシルヴィのサインが入れられている。
●襲撃
当初の予定とは違うが、アタッシュケースはそれなりに重いものなのでとりあえずホアキンが持っている。梱包剤も入っているので多少乱暴に扱っても大丈夫だろう、キメラに壊されたりしない限りは。
ホアキンには恋人がいるがクリスマスは一緒に過ごせないだろうと彼は言う。だからこれは、もしかしたら寂しさを紛らわせるための仕事かもしれない。
周囲を警戒しながら足早に歩いていると、ガサガサと不気味な足音が聞こえた。
「現れたわ。皆、戦闘開始よ!」
百合歌の声と共に、体長1mほどの大きな虫が姿を現した。ビートルだ。
ホアキンは後衛にアタッシュケースを託し、百合歌と共に前方へ進み出た。
目視できるビートルは3体。多くはないが油断をすれば体当たりでやられてしまう。
ホアキンがエネルギーガンを放ちビートルを牽制する間、百合歌がさっと間合いを詰めた。
アタッシュケースを預けられた後衛の絢はスナイパーライフルでビートルを迎え撃つ。しかし、ビートルの外殻は思いのほか硬く、銃でダメージをなかなか与えられない。もろい関節を狙わなければ。
「‥‥ん。あんまり。美味しそうじゃないね」
憐が持つ弓は知覚的な攻撃力を持つので、外殻に阻害されることなくダメージを与えることができる。
「頑強な鎧だろうと、泣き所は必ずある。‥‥突きィッ!」
ディッツァーはビートルの外殻の継ぎ目を狙って蛍火を振るった。ビートルの足が千切れて飛ぶ。激昂したビートルはディッツァーめがけて突進するが、足がちぎれてうまくバランスがとれずディッツァーは軽くかわす。
さらに百合歌が鬼蛍でビートルに追い討ちをかける。軽いステップを踏みながら関節に急所突きを食らわせ、ビートルを行動不能に追い込んだ。
「本当クリスマスも正月もねえな、こいつらは」
攻撃の網を突破して強引に進んできたビートルを幸信が超機剣で迎え撃つ。エネルギーの刃がビートルの外殻を焼いた。なおも突進するビートルを盾で受けるが、勢いに押されて足がすべる。
「脇が甘いッ!」
幸信の近くにいたディッツァーが刀でビートルの足を跳ね飛ばす。
バランスを崩したビートルに幸信が超機剣を突き立て、ほとばしるエネルギーをビートルの内部まで差し込んだ。
「助かった」
「いや、連携さ」
幸信とディッツァー、二人の連係プレーで1体のビートルを撃退。残るは1体のみ。
「えいさーっ!」
ビートルに向けて等がナックルを振るう。勢いをつけたナックルはビートルにめり込んだように見えたが‥‥
「し、しびれる‥‥こいつ、硬い!」
思わず拳を振って苦い顔をした。
ホアキンはエネルギーガンでビートルの生命力をそぎながら間合いを計り、イアリスを鞘から抜き放った。
後衛の銃撃と弓の合間を縫って、ホアキンはイアリスでビートルの足を薙いだ。勢いで不気味な足が遠くまで飛んでいく。
足を失って天を仰いでいるビートルに、百合歌が鬼蛍の一撃でとどめを刺した。
「CDは?」
百合歌が振り返ると、憐がアタッシュケースを胸に抱えていた。
「‥‥ん。大丈夫」
念のため中身を確かめる。梱包材にくるまれたCDには傷一つない。
「急ごうか、カブトムシより切羽詰ったファンのほうが怖そうだ」
ディッツァーが憐からアタッシュケースを受け取ると、一行は先を急いだ。
●ハッピー・ホワイト・クリスマス
やがて、ベースキャンプらしき天幕の群が見えた。どうやらあれがCD配達を依頼した中隊らしい。
「中隊のみなさーん、ハッピー・ホワイト・クリスマース!」
等が叫ぶと、歩哨の一人がやや首をかしげた後、ハッとして天幕のほうに走っていった。
入れ替わるように、ひょろっとした男が急ぎ足でやってきた。赤いラインの入った腕章がついている、どうやら彼が中隊長付きの青年らしい。
「頼まれたCDを持ってきた」
ホアキンが言うと、中隊長付きの顔が見る見るほころんでいった。
ディッツァーから重みのあるアタッシュケースを受け取り、中を確かめる。
「た、たた確かにCDですね」
舌をもつれさせて中隊長付きの青年が言った。ホアキンが見えないように肩をすくめる。
中隊長付きに案内されて、それぞれ大きな天幕に招き入れられた。
中では中隊長らしき壮年の男性が無線機越しになにやら話している。その間、中隊長付きの青年が慌てて大机の上を片付けて7つのマグカップにコーヒーを入れて並べた。
「あ、こちらのお嬢さんには甘いものがよかったでしょうか?」
憐を見て青年が言う。どう見てもまだ小さな少女の憐にコーヒーはちょっと、という気遣いだろうか。
「‥‥ん。カレーがいい」
「は、カレーですね、お待ちくださいね」
CDを前にしてか、それとも初めて会う傭兵を前にしてか、はたまた戦場に似つかわしくない少女を目の前にしてか。若い中隊長付きはレトルトカレーの袋をストーブの上の鍋に入れた。
電話を終えた中隊長が改めて一行に向き直り、礼を述べてアタッシュケースの中身を改めた。
「確かにシルヴィちゃ‥‥いや、ラナさんのCDですな! しかもサイン入り、生サイン入り!」
壮年の男が少年のように目を輝かせてはしゃぐ。
やれやれ、とコーヒーに口をつけるホアキン。しかし、苦労して運んだ甲斐があったというものだ。
「さ、早速聞きますか? 聞きますか?」
「そうだな、この方たちにもシルヴィちゃんの素晴らしさをわかってもらおう!」
中隊長付きが埃まみれのCDプレイヤーをはたきながら持ってきて机の上にドンとおき、カタカタと手を震わせながらCDをセットした。
流れてくるのは、澄んだ小鳥のような歌声。
「これが新曲‥‥」
「素晴らしい‥‥」
壮年の男と青年は涙でも流さんばかりに、目を閉じて曲に聞き入っている。
「聴いたことの無い歌だな。‥‥だが、いい歌だ」
ディッツァーも頷きながらその歌を聴いた。気持ちのよい歌声だ。
「サインを頂くのは大変だったでしょう」
「そりゃもう大変なんてものじゃないですよぉ」
中隊長付きの言葉に等がどれだけ電話でせつに訴えたか身振り手振りで話す。
CDプレイヤーから流れてくる歌声を聞きつけて、非番の兵士たちが天幕にぞろぞろと姿を見せた。絢と百合歌という思わぬ美女を眼にして、お前が行けよ、いやお前がと小突きあう若い青年兵士。
「これ、『小悪魔の楽園』という私のCDです。よかったら聴いてください」
絢が青年兵士に自らのCDを手渡し、小さな営業活動に取り掛かる。いいんですか? 握手してもらえますか? と頬を上気させる兵士もいる。
腰を小さくかがめながらミニスカサンタ服で礼をする絢を片目に、幸信は「こりゃ眼福」と表情を緩めた。
壮年の兵士は憐が気にかかるらしく、カレーを黙々と食べる憐にいろいろ話しかけたり、戦時食のチョコレートをあげたりして和んでいる。きっと同じような年頃の娘がいるのだろう。その様子を見ながら幸信も自分の家族のことを思い出し、しんみりとコーヒーを飲んだ。
ひと時の笑顔を見ながら、百合歌はこの幸せな時に目を細めた。