●リプレイ本文
●小さな二等兵
母親にとっては思いもかけないことだった。ULT本部から傭兵と軍人が来るというのだ。
ほとんど自分の慰めのために書いたといってもいい手紙、それを読んで息子の夢を一日だけ叶えてやるという奇特な軍人がいた。こんなことがあるなんて。
「ジェスター・サッチェル中尉だ」
サッチェル中尉はベッドの上に座った少年、ジョージ・マクダーウェルに敬礼をした。少年はベッドから降り、パジャマを正して返礼をした。
「はじめまして、ジョージ・マクダーウェル二等兵」
二等兵? 少年は軍服を来た男に反射的に返礼をしたが、状況がさっぱり飲み込めていなかった。
「ぼく‥‥」
もじもじしながらサッチェル中尉を見つめるジョージ。
「本日限り、特別にUPC北中央軍の二等兵に君を任命することになった」
サッチェルの差し出す書類を受け取るジョージ。確かにそこには自分の名前が書かれている。
ジェスター・サッチェル‥‥ジェスター軍曹? ジョージは改めてサッチェルを見つめる。軍人にしては小柄で、黒髪黒瞳、白い眼帯。筋骨隆々のジェスター軍曹とは似ても似つかない。
母親がジョージの肩を抱く。
「ジョージ、あなたを軍に入れてくれるんですって。ママを守ってくれるのよね?」
うん、とジョージはうなずいた。
「これに着替えるように」
軍服だ、憧れの軍服!
サッチェルから小さな軍服を受け取ったジョージは、キラキラと目を輝かせた。
「実はこの町にキメラが侵入したという情報が入ってな、傭兵と協力してそれを倒してもらいたい。これは任務だ」
真新しい軍服に身を包んだジョージは車椅子に座り、サッチェルの話を真剣に聞いていた。
「でも中尉、どうしてぼくが?」
「それは君が勇気ある少年だからだ。軍人に必要なものは勇気、違うかね?」
「違いません!」
ジョージは今までベッドで寝込んでいたとは思えないほど、元気な言葉を返した。
「よろしい。では君と任務を共にする精鋭たちを紹介しよう」
サッチェルが手で合図すると、後ろに控えていた傭兵たちがすっと前に歩み出た。
ちょうどジョージと同じくらいの年頃の少女、シエラ(
ga3258)。生まれつき体が弱いものの、エミタ適性があったため能力者となった。
「シエラ・ライヒテントリットと申します。よろしくお願いします、ジョージさん」
彼女は探るようにジョージの手をとり、握手を交わした。
サッチェル中尉より少し背の高いスレンダーな女性は風代 律子(
ga7966)。
「よろしくね、ジョージ君」
律子はジョージと目を合わせると軽くウインクした。
元気をもてあましているような青年は田中 直人(
gb2062)。体育会系の笑顔でジョージに自己紹介をする。
その後ろから顔を覗かせる背の高い青年は雪藤・冬馬(
gb4236)、温和な雰囲気の傭兵だ。
最後に元気なドラグーンの少女、橘川 海(
gb4179)がジョージに歩み寄り、防寒ポンチョを被せてやった。
「今日はジェスター軍曹の代役、任せてね!」
海は努めて元気に、ジョージの手を握り締めた。シエラが車椅子を押し、ジョージの初任務に出る。
私にはできなかった、お母さんを守るという願い。どうかジョージには叶えさせて、とシエラは願った。彼女には視力がなく、同じように病弱なジョージに強く思い入れるところがあった。ましてやこの少年は、明日の命すらわからない。
●偽ビートル
一足早く家を出た海は、リモコンで遠隔操作できるロボットのビートルの用意をしていた。町に現れたキメラというのはもちろんこの偽物のビートルだ。ULT本部が訓練用に開発したものらしく、遠めに見れば本物そっくりで動きもとてもリアルだ。操作はさほど難しくはないが、できれば緊張感のある演出をしたい。
車椅子を押すシエラは付き添いの主治医にジョージの容態を聞いている。今日は思いのほか調子が良いそうだ。
ジョージが目を大きく見開いて見ているのは、直人のAU−KV。ドラグーンが全身に装備する機械のスーツのようなものだが、ジョージはそんなものを見るのは初めてだった。まるでコミックスの中に出てくるヒーローだ。
「どうだ、すごいだろう?」
「うん、ぼくもそれを着れる?」
「これはドラグーンじゃなきゃ操縦できないんだ」
直人は胸を張ってAU−KVを纏う自分を見せた。羨ましそうに見るジョージ。
「お前はこれだ」
サッチェルはジョージに小型のリボルバーを握らせた。
「本物?」
「本物だ」
スタスタとジョージを追い越して先に行ってしまう眼帯の軍人。
「お、かっこいいな」
直人がジョージの握ったリボルバーを見てAU−KVのバイザー越しに微笑んだ。
予定通りの広場付近に差し掛かると、甲高い悲鳴が聞こえた。
「助けてーッ!」
キメラに向けてしゃもじを振り回している黒髪の美女は秘色(
ga8202)。普段の肝っ玉母さんな雰囲気を封印して、今はキメラに襲われる可憐な女性を完璧に演じている。
「大変だ、キメラが!」
冬馬はサッと武器を取り出して構えた。もちろん彼もこれがすべて予定通りの作戦であることは知っている。
「あれがキメラ?! はやくあの人を助けなきゃ!」
ジョージも車椅子から体を乗り出して叫んだ。
「わ、わ、助けてくださぁい!」
腰を抜かしたように地面にへたり込んでキメラを指差しているのは柊 理(
ga8731)。長身だがひょろっとしていて顔色が悪く、いかにも力なき一般市民のように見えるが彼ももちろん能力者である。
「キャアーッ!」
靴音を鳴らしながら広場を横切って逃げる、オフィスで働いているような風貌の女性は天羽・夕貴(
gb4285)。パリッとしたビジネススーツを着こなした彼女を、誰が傭兵だと思うだろうか。
「田中君、行くわよ!」
「了解!」
律子と直人がジョージの前に出てキメラ(ロボット)の暴れる広場に飛び込む。
律子は上手くロボットの急所を外してハンドガンを撃つ。
「っと、私もやるわね」
広場の死角に身を潜めた夕貴はコントローラーを手に取り、海と連携してロボットキメラを操作した。
「あれはビートル、体当たりの攻撃を主としています」
シエラの説明どおり、ビートルは直人に体当たりをかました。
「AU−KVを着けてるし、大丈夫だよね!」
ビートルをそれらしく直人にぶつけたのは海。同じドラグーン同士、AU−KVの強固さはわかっている。直人はもちろんまったくダメージを受けなかったが、思いっきり後ろに転んだ。
「しまった! 1体がそっちへ! ジョージ、頼む!」
直人が振り返って叫ぶ。
「ジョージさん、私は目が見えません。指示をください」
「ぼくの目の前、まっすぐ、3メートルくらいのところにキメラがいるよ!」
シエラは視覚以外の感覚で周りのことはわかっているが、しっかりとジョージの説明を聞いてからキメラへと向かった。
「シエラだけじゃ危ないよ! お兄さんも行ってあげて!」
ジョージはそばにいた冬馬にも呼びかけた。
「わかった、俺はシエラさんの援護をするよ!」
冬馬とシエラがビートルを攻撃、その動きを止めた。正確には壊れる前に海がスイッチを切ったのだが、それはいかにもキメラが倒れたように見えた。
先ほど悲鳴を上げながら逃げていた秘色はいつの間にか草むらでコントローラーを握り、ロボットキメラの増援の操作を始めていた。
倒した2体のビートルの後ろから、増援が来る。
「わああーっ!」
理は頭を抱え込んでガタガタと震える迫真の演技を見せた。
ひょろっとした青年に襲い掛かるキメラ、絶体絶命!
「ジョージ君、銃を! 安全装置を外して狙いをつけるのよ!」
律子が叫んだ。リボルバーは本物だが、装填されているのは減薬した空包で反動も小さい。
「お前ならできるはずだ!」
直人も叫ぶ。
ジョージは決心した。ぼくは強い軍人なんだ、みんなを、ママを守らなきゃ!
銃声と共に理に襲い掛かろうとしていたキメラが吹き飛んだ。空砲にあわせて律子がハンドガンを撃ったのだ。
わたわたとジョージに駆け寄る理。
「助けてくれてありがとう、小さな英雄さん」
理はまだ震えているジョージの小さな手をしっかりと握った。
「お兄さん、怪我はない?」
「ないよ、君のおかげだよ」
理が微笑むとジョージも嬉しそうに微笑んだ。
「ジョージ、ありがとう。あなたのおかげで町が守られたわ」
ジョージの母親は小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「ママ、もう大丈夫だよ」
ジョージは細い腕でしっかりと母を抱いた。
「や、やだもう‥‥目にゴミが‥‥」
海はもぞもぞと草むらを出て広場にある公衆トイレの裏側へ回った。
「あ、中尉さん、こんなところに‥‥」
海は思わぬ場所でサッチェルを見つけると、彼の横顔を見てそっとハンカチを差し出した。
「あの人形と中尉さん、同じ名前なんですね。それでこの依頼を‥‥」
「俺のほうが男前だって教えてやろうと思ってな」
サッチェルは差し出されたハンカチをひったくるようにしてどこかへ行ってしまった。
●夢
「助けてくれて、ありがとうじゃよ」
秘色はジョージを優しく抱きしめた。この人、お母さんみたいな匂いがするなぁとジョージは思った。
「どうだった? キメラとの戦闘は」
「大変なんだね、傭兵さんって。でもすごくカッコよかったよ」
自分の隣にしゃがむ冬馬に答えるジョージ。
「ジョージ君、人を守る事は時に辛く、苦しいものよ。でも、貴方達の笑顔が辛さも、苦しみも癒してくれるの。人の幸せを願う心、それが私達の戦う力なのよ」
律子はそう言うとジョージを抱きしめた。10歳のジョージにとって律子の言葉はすべて理解できたわけではなかったが、彼女の優しさは肌のぬくもりでわかった。もし彼がもっと生きることができたならば、彼女の言葉がわかる日が来るだろう。
「ジョージ、カッコよかったぞ。もう立派な軍人だな」
直人はジョージの頭をワシワシとなでた。そして彼を抱き上げ、バイク形態のリンドヴルムに座らせてやった。
母を守りたいという願い、叶えることのできなかった願い。シエラは自分の過去とジョージを重ね合わせていた。
「男の子というのは、みんな母を守りたいと思うものなんじゃろうか」
秘色は、幼くして亡くした息子の影をジョージに見ていた。
「女の子だって、そうですよ」
「‥‥そうじゃな」
秘色はシエラに優しく微笑みかけて、小さな肩にそっと手をかけた。
「中尉、私には彼の夢を叶えられそうになさそうです」
肩に置かれた秘色の手に自分の小さな手を重ねて、シエラはサッチェルに向けてつぶやいた。
「なぜ」
「彼が軍人を夢見ない世界、誰も傷つけず、傷つけられない平和な世界。‥‥それが私の夢‥‥目標ですから」
重ねられた手に、遠慮がちにサッチェルの手が触れる。
「彼は戦士になりたいのではない、ただ大切な人を守りたいのだ。君と同じように」
顔は見えないけれど、この人の手、温かい。
「ねえ中尉、ジョージ君が軍籍なのは今日限りっていうことでしたけど、彼が入隊できる年齢になって、入隊を望めばもちろん推薦してくれますよね?」
夕貴がジョージに聞こえるようにサッチェルに尋ねた。彼が形容しがたい顔をしたので、夕貴はさらにたたみかけるようににっこり微笑み返した。
「オリム中将に進言しておく」
ジョージの顔がパッとほころんだ。中将がとても偉いということは少年もよく知っていた。
「ねぇ、せっかくだしみんなで記念写真を撮りましょうよ!」
ジョージの笑顔を見て海がハッと思いついたように言った。今日のこと、忘れないでほしい。
「ボクも入れてくれますよね?」
ジョージに助けられる市民を演じた理が自分を指差して言った。
「いいよ!」
ジョージは理の腕を引っ張って自分の後ろに立たせた。自分が誰かを助けられたことがよほど嬉しかったのだ。
「はい、みんなもっと寄って寄って! 中尉さんも入って!」
海がファインダーを覗きながら手であれこれ合図を送り、夕貴がぼやくサッチェルをジョージの隣に立たせた。
小さいが勇敢な軍人と、その肩を抱く母。無愛想な軍人と強くて優しい傭兵たち。
この先ジョージがどうなるかは誰にもわからないが、この日、この町で確かに奇跡は起きた。