タイトル:ハッピー・ニューイヤーマスター:柳高 ぱんな

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/15 19:01

●オープニング本文


「私のCDを傭兵の方々にお願いしてまでほしがってくれる方がいるなんて、驚いたけれど光栄です」
 シルヴィ・ラナはつぶらな瞳を輝かせながら言った。
 彼女はUPC北中央軍のごく一部に熱狂的ファンを持つ歌手。クリスマスにどうしても彼女の新曲を聞きたくてCDの配達を依頼した中隊があると聞いて、サインをする手を止めて驚いたのだ。
「道中にはキメラもいたというのに、大変でしたね。その場所はそれほど危険ではないと聞いていますが、それでもキメラ相手では一般人は近寄ることも難しいですものね」
 100枚のCDにサインを入れて、シルヴィはマネージャーの入れてくれた紅茶を飲んで一息ついた。
「そうだ、いいこと考えました! 今度は私自身が赴いて、ちょっとしたサプライズをお届けするというのはどうでしょう?」
 銀髪の少女は手を打って自分の素敵な考えを口にした。
「でもシルヴィ、さっき自分で言ったでしょ、キメラがいて危険な場所だと」
 眼鏡の女性マネージャーが慌ててシルヴィの考えを遮る。が、行動力だけは誰にも負けないシルヴィを止めることはできそうにもなかった。
「周辺のキメラは傭兵さんがあらかた片付けてくださっていると聞いています。それにその中隊は新年もキャンプで過ごしたそうじゃないですか。オーディエンスのいる場所ならどこへでも行くのがシルヴィです!」
 シルヴィはマネージャーの横をすり抜けると、小さな事務所に備え付けてある電話に手を伸ばした。
「傭兵さんにお願いしましょう、一緒に歌って踊ってくださると嬉しいんですけど」
 シルヴィは顔をほころばせて、ULT本部へダイヤルを回した。

「シルヴィ・ラナと申します。ある中隊のベースキャンプまで同行してくださる傭兵さんを探しています。出来れば楽器や歌ができる方がいいのですが」
 シルヴィのサインが入ったCDをダンボールに戻しながら、マネージャーは肩をすくめるしかなかった。

●参加者一覧

新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
高遠・聖(ga6319
28歳・♂・BM
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
早坂冬馬(gb2313
23歳・♂・GP
風雪 時雨(gb3678
20歳・♂・HD
平野 等(gb4090
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

●シルヴィ・ラナ
「はじめまして、シルヴィ・ラナといいます。今回はわざわざお集まり頂きありがとうございます!」
 高速移動艇から降りた傭兵一行を出迎えたのはシルヴィ・ラナ、UPC北中央軍のごく一部に熱狂的ファンを持つ歌手だ。
 シルヴィは作業服のようないでたちで、足元はスニーカーにしっかり脚絆までつけていた。顔立ちも派手ではなく、こう見ると作業員の女の子にしか見えない。
「よろしくお願いします」
 シルヴィと、自分と同じ傭兵たちにぺこりと頭を下げるのは平野 等(gb4090)。前回CD配達で中隊を訪れ、シルヴィの歌も耳にしているが本物に会うのはこれが初めてだ。
「CD配達の依頼ではお世話になりました、皆さん本当に喜んでくださって、俺も嬉しかったですよ‥‥」
「そんな、お礼を言うのはこちらです。今日も私のわがままを聞いてくださって‥‥」
 二人向かい合ってぺこぺこしながら会話がエンドレスになりそうなので、さっと智久 百合歌(ga4980)が割って入った。
「本人に会えて嬉しいわ、中隊の皆さんを驚かせてあげましょう」
 彼女も以前CD配達をしており、壮年の男が歓声を上げてCDを聞くのを目にしていた。本物が行ったなら一体どんな騒ぎになるのやら。
「‥‥ん。カレー。また食べられる」
 銀髪の小さな少女、最上 憐(gb0002)がつぶやいた。彼女もCD配達の依頼で例の中隊に訪れた一人だが、そこで思いがけなく食べることのできた軍用のレトルトカレーが気になっているらしい。
「えっ! この女の子も傭兵さんですか?!」
 シルヴィは自分よりずっと小さい憐を見て思わず声を上げた。どう見ても10歳前後にしか見えないのに傭兵とは。
「‥‥ん。大丈夫。無事に。キャンプ地まで。送る」
 驚かれるのには慣れているのか、憐は荷物を背負ってシルヴィを見上げた。
「車が使えればよかったのですが、ここまで道が荒れているとさすがに危険ですね」
 眼前に広がる荒野を見て新条 拓那(ga1294)が肩をすくめた。
 大小の岩と枯れ木が広がる荒野は、車で行くには危険だと思われた。時間はかかるが徒歩で行くしかないだろう。
「しかしシルヴィの行動力には呆れるです。服装にも気合いが入ってやがるです」
 口を閉じていれば可憐な人形のような少女、シーヴ・フェルセン(ga5638)がシルヴィを見つめて独特の口調で感想を述べた。
「はい、私も気合入れていきやがるんです!」
 一瞬シーヴの口調がうつってしまったシルヴィは、どっこいしょと衣装などが入ったリュックサックを背負った。
「前方はシーヴが守るですから、シルヴィはしっかり隠れてやがるです」
「わかりやがりました!」
 口調がうつっていることに気がついていないらしいシルヴィと、シーヴは互いを見合わせて彼女たちなりに気合いを入れたらしい。
 その様子がなんだかおかしくなって、思わず笑ってしまうのは高遠・聖(ga6319)。元ジャーナリストだが、傭兵になった今でもカメラは手放さない。
「アイドルの護衛とは、久々に華のある任務です」
 黒髪の青年、早坂冬馬(gb2313)はシルヴィにマフラーを手渡しながら言った。
「寒いので、喉を痛めないように」
「ありがとうございます」
 シルヴィは少し照れながら、マフラーをしっかり首に巻いた。
「徒歩ならこいつは押してあるかないとな。荷物があればAU−KVに載せましょうか?」
 ドラグーンの風雪 時雨(gb3678)は引いて歩くことになったAU−KVにシーヴ持参のキーボードを積むと、スタンドを外した。

●ベースキャンプへ
 一行はシルヴィを囲むような陣形を取って進んだ。前方で警戒するのはシーヴと聖、シルヴィの前を守るのは冬馬と拓那、それに百合歌。シルヴィを挟むように時雨と憐、最後尾で後方の警戒を厳にするのは等だ。
「事前に連絡を取ったんですが、前回俺たちがここを通った後、また討伐があってからキメラは確認されてないそうですが警戒はしないとですね〜」
 後ろから皆に呼びかけるように言った等の言葉に、シルヴィはえっ、と振り返った。
「じ、事前に知らせちゃサプライズにならないですよぉー!」
「いえいえ、シルヴィさんが来ることは知らせてないですよぉ。CD配達のときに知り合った中隊長付きのアンダーソン伍長に様子を聞いてみたんです。近くで依頼が入ったってことで」
「そうだったんですか、さすがです!」
「やっぱり人脈って大切ね」
 百合歌も等の事前調査に感心したようだ。
「‥‥ん。中隊長のおじさん。ラナの人形持ってた」
 中隊長付きの話で思い出したのか、憐がシルヴィを見上げながらぽつりと言った。
「え? 私の人形?」
「‥‥ん。ラナがワンピースを着て歌ってる人形」
 憐が言っているのは、シルヴィ・ラナの限定フィギュアのことだ。お約束の体のラインが浮き出たフィギュアを大切にしているのを見たらしい。
「キャンプにまで持っていくなんて、すごいファン根性でありやがるです‥‥」
 やや引き気味にシーヴが答えた。
「まあ、それだけシルヴィさんが好きなんですよね」
 ニコニコ笑いながら冬馬が言った。冬馬はよく笑顔を見せる男だ。まるでそれ以外の表情を見せたがらないように。

 ベースキャンプとの中間地点付近で、9人は休息を取った。
「荒地越えだけで体力使い果たして歌えなくなったら意味ないですし。まぁ、休み休みゆっくり行きましょう?」
 シルヴィは拓那が渡してくれた水筒の水をゴクゴク飲んだ。
 憐はシルヴィの足にあわせて歩くように調整したこともあり、能力者ではないシルヴィもあまり体力を消費することなく順調に歩いてくることができた。何度か石に躓き、自分のすぐ前を歩く拓那にしがみつくことはあったが。

●踊る中隊長
 事前調査でキメラは確認できないということだったが、傭兵たちは念には念を入れて警戒しながら荒野を進んでいった。シルヴィは体力はあったもののかなりのドジで、何度も躓き転びそうになっては拓那に受け止められ、最後には自分よりずっと小さな憐に手を引かれて歩くことになった。
「キメラに遭遇することなく到着できてよかったですね」
 時雨がずっと手で押してきたAU−KVのスタンドを立てて一息ついた。
「ちょっと懐かしいわね」
 百合歌は展開されているベースキャンプを遠めに見ながら微笑んだ。ここに来るのはCDの配達以来だ。
「‥‥ん。ラナ、おなかすいてない?」
「おなかがすいてるのは憐ちゃんでしょ?」
 シルヴィに言い返されると、憐のおなかがきゅるると小さく鳴った。
 拓那と聖は先に中隊のほうへ向かい、事情を説明している。その間、シーヴはサプライズのメインであるシルヴィが見えないようにさりげなく隠していた。
 事情を理解してもらえたのか、拓那と聖が一人の兵士をつれてこちらへ戻ってきた。百合歌、憐、等の三人には見覚えのある顔だ。
「お疲れ様です、中隊長付き、アンダーソン伍長です! は! し、し‥‥」
 シルヴィちゃん! と叫ぶ前に、シーヴがアンダーソン伍長の口をふさいだ。
「サプライズですからねぇ」
 等はアンダーソンに騒がないように注意した。この場にシルヴィ・ラナが来ているのを知っているのは、中隊長と中隊長付きの彼だけだ。
「トラック使用の許可も下りたし、裏方班は準備をするか」
 拓那は音響機材とステージの装飾品が入ったかばんを担ぎ、トラックへと向かった。聖と等もなにやら大荷物を抱えてその後に続いた。
「楽器の準備などをされる方はこちらへどうぞ、中隊長のテントなので狭いですが他の隊員に見られることはないと思います」
 楽器を持った百合歌たちは、アンダーソンに案内されて中隊長のいるテントへ向かった。

「遠路はるばるお疲れ様です、は! し! し!」
 先ほどと同じように、中隊長が叫び声をあげる前にシーヴが口を押さえた。
「はじめまして、シルヴィ・ラナです。いつも歌を聞いてくださってありがとうございます」
 シルヴィが頭を下げると、中隊長と中隊長付きのアンダーソンがさらに深く頭を下げて最敬礼した。
「わ、我々もシルヴィちゃんには愛と勇気と希望を‥‥」
 中隊長のメンツ丸つぶれである。
 それぞれ挨拶を交わすと、用意された折り畳み机とパイプ椅子で音合わせをしたり、発声練習をしたりとステージの準備を始めた。
 百合歌はかばんからギターとヴァイオリンを取り出すと、チューニングや音出しを始めた。
「ふふふふふ、思いきり弾ける!」
 元楽士の彼女は久しぶりに大勢の前で楽器を奏でることに気持ちが高ぶるのを感じていた。
 シーヴは小さめのキーボードを広げ、出発前にも全員で行った曲目のチェックをした。
「弾くの久々でありやがるですが、精一杯頑張るです」
 時雨はコーラスの参加する局の確認と発声練習をした。
 冬馬はベース担当だ。実は中隊長が一方的にジェラシーを感じていた『傭兵イケメンドラマー』というのは彼の友人だったらしく、彼はベースに納まったというわけらしい。
 そして、憐はというと‥‥
「‥‥ん。この前。くれた。カレーある? あれは。結構。美味だった」
 腹ごしらえだ。彼女は体の割にとにかくおなかがすくらしい。特にカレーに目がなく、カレーの図鑑まで持ち歩いているほどだ。
「この前のレトルトカレーですね? すぐ用意しましょう」
 お茶と食事の準備ならお手の物のアンダーソン伍長が手際よくストーブの上の鍋にカレーのパウチを入れた。
「皆さんもどうぞ、レトルトですがコーヒーと紅茶、軽食もありますので召し上がってください」
「それじゃあ遠慮なくいただきましょう、おなかがすいていてはいい演奏もできませんものね」
 百合歌が金属のマグカップを人数分取り出し、飲み物を注いだ。家庭を持つ女性らしい手際のよさだ。
 憐は温まったカレーを黙々と食べている。

 外ではトラックの荷台を使ってステージ作りが進められていた。
 拓那は背負ってきた音響機材を設置し、トラックの無骨さを隠すため造花などで装飾を施した。
 聖はよく見える場所に横断幕を取り付けた。ただし、その幕は半分畳まれて中が見えないようにしてある。
 そこにカレーを食べ終えた憐がアンダーソン伍長の袖を引いてやってきた。
「僕がシルヴィにいいところを見せられるって? 本当かい?」
「‥‥ん。本当。絶好の。チャンス」
 どうやらシルヴィにいいところを見せるチャンスだと言って上手く連れ出したらしい。
「あ、アンダーソンくーん! ちょうどよかった、そっちにもリボンをつけてくれるかい?」
 等に言われるがままに、トラックでできたステージに幅の広いリボンで装飾をしていく。
「ステージは出来上がったな、少し休憩させてもらって本番と行こうか」
 拓那は即席ステージを満足げに見上げた。
「そうだな、隊員も待ちきれないだろうし。何が起こるのかとみんな集まってきているよ」
 聖の言うとおり、非番の兵士が何事かとステージを見に集まってきていた。もちろん彼らはまだシルヴィのことには気づいていない。ちなみに彼らは中隊長の影響で皆熱烈なシルヴィのファンらしい。

●開幕! シルヴィ・ラナin第×中隊!
 楽器を持った面々がステージに上がり、チューニングやマイクを確かめている。
 聖がステージに上がり、畳んであった横断幕を開くとそこには『シルヴィ・ラナin第×中隊!』の文字と今日の日付がでかでかと書いてあった。
 その文字を見て一気に沸き立つシルヴィファンの隊員たち。夢でも冗談でもないぞ!
「シルヴィちゃんの生歌! 生歌だあ!!」
 他の隊員にまぎれて熱狂するアンダーソン伍長の肩を突くのは等。
「シルヴィを誰よりも間近で見られる特等席があるんだけど‥‥」
「ど、どこですっ? そこ、私が行ってもいいんですかッ?!」
「うん、ステージの横なんだけどぉおッ! 待っ、落ち着、おぁぁぁ!!」
 アンダーソン覚醒。等の腕を掴んでステージへ駆け上がった。
「ここで機材のトラブルとかがあったときに手伝ってください、くれぐれもステージのシルヴィに飛びついちゃだめですよ」
「は! 任せてください!」
 ステージ横はアンダーソン伍長に任せて、等は会場整理へと向かった。
「つーか好きなことに真っ直ぐ一生懸命だよねぇ、ラナさんも中隊の人らもー。それっていいカンジだよねぃ」
 等は足を弾ませて、楽しげな隊員たちとシルヴィを見守った。

「それではお待たせしました。スペシャルライブ、スタートです! Silvy=Rana with Mercenary Band Here We Go!」
 拓那の声と共に、日が傾きかけたステージにライトが落ちた。
 ステージの中央に姿を現したのは作業服から真っ白なワンピースに着替えたシルヴィ・ラナ。
 透き通るような歌声が響き渡り、沸き立っていた会場がシンと静まり返った。
 歌にあわせて百合歌はヴァイオリンを弾き、一声でオーディエンスを静めてしまうシルヴィの歌声と、ステージで楽器を演奏できる喜びに浸っていた。
 シーヴもステージの上では可憐なキーボードプレイヤーだ。細い指が鍵盤に落とされるたびに、音楽が練り上げられていく。
 冬馬はシルヴィの声を支えるベースを奏でながら、ステージ上の居心地のよさに自然と微笑を浮かべていた。
 透明な天使の声に厚みを持たせるように歌う時雨。
 音楽は奏者もオーディエンスも一つにしてくれる、不思議な魔法だ。
 オープニングの曲が終わると百合歌がヴァイオリンからギターに持ち替え、シーヴが派手なイントロを奏でた。ポップでキュートなナンバーが始まると、観客は一気に沸き立った。
「うん、ステキな歌声。本番が1番生きるタイプみたいね」
 一体感を感じて、嬉しそうにギターをかき鳴らす百合歌。
 隊員たちは冬馬が用意した白いシーツに思いのたけを書き込んで作った旗を振り回して声援を送った。
『シルヴィちゃん!』
『俺の嫁!』
「‥‥ん。何か。凄く。統率の取れた応援。気合の入り方が。違う」
 じいっとステージに見入っていた憐が、中隊長率いる鉢巻の軍団を見て首をかしげている。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、コンサートは2時間近くに及んだ。
 熱が冷めやらぬうちに聖はシルヴィを中心にここへやってきた傭兵のメンバー、非番の兵士たちを集めて横断幕を掲げ、戦場での安らぎのひとときをフィルムに収めた。
 さらに記念にと色紙に寄せ書きをした。
『希望に満ちた年になりますよう。私達も頑張ります』
 百合歌がしたため、ペンを聖に渡す。
『その心に希望がある限り‥‥』
『逆境にくじけるな』
 聖と冬馬もそれぞれ書き込み、他のメンバーも思うことを色紙に書いた。
『皆さんに負けないくらい、私は歌を一生懸命歌います。シルヴィ・ラナ』
 シルヴィが最後にそう書き込み、サインを入れた横断幕と一緒に中隊に寄贈した。
 毎日を生き抜く兵士たちの笑顔が、この日集まった傭兵たちにとって何よりの報酬となった。