●リプレイ本文
「皆さん、この度はよろしくお願い致します」
店主とメンバーに丁寧に挨拶をするのは白雪(
gb2228)。内に姉の心を共存させる、黒髪の雅な女性である。
「こちらこそよろしく頼む」
被害に遭ったカフェバーのバーテンダー、ジャック・ニールセンは大きな手を差し出しそれぞれと握手した。
「まず、被害にあった店から聞き込みをしたいのだが。被害にあっていない店があるかどうかも知りたい」
情報集めのため、メモ帳を開いたのは九条・命(
ga0148)。被害にあっていない店があればその店に協力してもらいたい。
「ある程度の聞き込みなら俺の方でやっておいたぜ、一応この町の自警団をやってるんでな」
ジャックがよれよれのメモ用紙を命に渡す。この小さな町にあるカフェやレストランの一覧、被害状況、犯人の顔を見たかなどが書かれていた。
「このリストを見るとこの町のすべての店が被害に遭っているようだが」
命はリストを上から下までざっと眺めてそう言った。
「情けない話だがそうなんだ。とんでもなく素早い女な上、被害に遭っていなかった同業者には女がバグアの幹部『エミタ・スチムソン(gz0163)』じゃねーかっていう情報も話しておいたからな、誰も捕まえられなかったってわけさ」
本当に情けなさそうに、ジャックが肩をすくめた。
「つまり、犯人はすべて同じ人物だということか」
命の問いにリカルドが店の奥から「そーよ」と声を投げた。
「エミタ似の犯人ねぇ? これがバグアの作ったキメラというのなら、バグアも何を考えているのやら‥‥まあ、奴らの考える事なんぞよく分からないがな」
榊兵衛(
ga0388)は呆れたように言った。
「キメラでなければ能力者かもしれないね」
伊達眼鏡越しの目が少しおどおどしているような感じの少女はHERMIT(
gb1725)。
「エミタ本人という可能性もないわけではないぞ」
レベッカ・マーエン(
gb4204)は最悪の事態も考慮して動くべきだと示唆した。
「まぁ、捕らえてみなければわからないな。ターゲットは無類の甘い物好きのようだから、スイーツ祭りのようなものをこちらで企画しておびき寄せるというのはどうだろう」
非常に大柄な紳士といったイメージの木場・純平(
ga3277)、彼と同じようなことを皆考えているようだった。
「そのためにはどこかのお店をお借りする必要がありますが‥‥」
白雪が眉根を寄せると、店の奥からリカルドがずいと出てきた。
「うちの店を使ってくれ、他の店に迷惑かけたんじゃ俺の名が廃るってモンよ」
「そうだな、自警団長の俺がいる店が引き受けるのが妥当だろう。第一あの女がエミタじゃねーのかって騒ぎ出したのは俺だしな」
店側の意見で、作戦には『リカルドの店』を使うことになった。
「でも同じ店に犯人が来るでしょうか? 季節限定メニューなど、特別なものを用意する必要がありそうですね」
「季節限定? この店で最高のメニューはいつでもチェリーパイよ!」
白雪に自信満々に言い返すリカルド。
「じゃあ、限定特盛りチェリーパイとかどうかな」
HERMITが思い切った意見を述べた。
「1ホールペロッと食べちゃうような犯人だから、引っかかると思うんだけど」
「他のスイーツも出してスイーツ祭りを宣伝すれば、嫌でも来るでしょうね」
レールズ(
ga5293)もこの作戦に同意したようだ。
「もし本物の賞金1億Cエミタ・スチムソンがまさかの食い逃げだったらいろんな意味で笑えませんけどね」
そう付け加えて苦笑いするレールズ。
●限定品でおびき寄せ作戦
「どうだ! 新鮮なチェリーをたっぷり使ったチェリーパイだぜ!」
どん、とリカルドがカウンターにキングサイズのチェリーパイを置いた。
がさつなおっさんが作ったとは思えない繊細な作り。
「あ、おいしーい」
さっそくHERMITがつまみ食いもとい試食をしている。
「俺もできたぜ、シナモンたっぷりの特製アップルパイだ。ママの味ってやつよ」
ジャックも負けじと甘い匂いとシナモンのスパイシーな香りが漂うアップルパイをどっかと置いた。
「とってもおいしいです」
白雪もちゃっかり試食している。
「お? ついに美女に認められる味が作れるようになったか?」
「私も美女に入ってるんだよね?」
すかさずリカルドに言い返すHERMIT。
「あと10年たちゃな」
リカルドに頭をわしゃわしゃとなでられたHERMITはパーカーを被ってむくれてしまった。
軽い試食の後、純平と白雪は手洗いの窓やそのほか逃げられそうな場所をチェックした。
手洗いの窓は下から少しだけ開く構造になっていて、とても人が潜り抜けられそうにはない。
店の窓にも念のため鍵を付け、あまり開かないように細工した。
「これで窓から逃げられることはないな」
「さすがに壁を突き破って逃走するような派手なことをするとは思えませんし」
確認を終えた純平と白雪。これで犯人が出入りできる場所は店の入り口に絞られた。
命は念のため自分の足で他の店に聞き込みに回った。
得られた食い逃げ犯の情報はやはり、ストレートの髪を肩口で切りそろえたすらりとした美女で、逃げ足がまるで風のように速かったということだ。
各店でエミタの写真を見せると、服装こそ違えど皆が口をそろえて「この女だ」と言った。
キメラか、能力者か、本人、ということも頭に入れて行動するべきだろう。
●エミタ現る
準備が終了し、翌日の開店。いよいよ作戦開始だ。
経費が掛かることも予想していたが、町が一丸となって協力してくれたこともあり能力者のチームは実質犯人を捕らえることに専念することができそうだった。
命はテラスで店の入り口が確認しやすい位置にさりげなく座り、一般客を装ってコーヒーを飲んでいた。
同じく店外組の兵衛も目立たぬようテラス席で緑茶を口にしていた。なんでも、以前依頼で訪れた傭兵が持っていた緑茶の味に感銘を受けたジャックが店に置くようになったのだとか。
「まあ、世界には3人は似ている人間が居ると言うし、ただの人間の可能性も捨てきれないからな。その時には捕縛して、真相を明らかにする事にしようか」
兵衛は食い逃げ犯がキメラである可能性が高いと考えているようだった。バグアは次々とトンデモキメラを作っているのだから、エミタそっくりのキメラがいてもおかしくはない。
レールズも同じくテラスで客を装い、コーヒーとパイを頼んで雑誌を読みながらイヤホンで無線を聞いていた。傍らから見れば青年が休日にゆっくりとした時間を送っているようにしか見えないだろう。
「もし能力者でグラップラーなら、スキルを使われると厄介ですね」
「もっと厄介なのはエミタ本人だった場合なのダー」
小声で隣の席から答えるレベッカ。テーブルの上にはアップルパイとジャムを入れた甘い紅茶、金髪の長いツインテールを揺らす姿はスイーツ祭りに誘われた少女そのものだ。
「しかし本人でシェイドも持ってきていれば賞金1億C‥‥!」
「ないない‥‥と思いますよ」
レールズは肩をすくめて雑誌をめくった。
一方、店内では純平が奥の壁際の席に座り、コーヒーを横にチョコレートケーキをつついていた。
広げた新聞に無線機が隠されているほかは、休憩中のサラリーマンといった感じだ。
HERMITは入り口をうかがいつつも特盛りチェリーパイをパクパク食べていた。
「おいしい‥‥おいしいけど食い逃げはダメだよね」
白雪は店の入り口の席に座り、店長のリカルドオススメのチェリーパイを楽しんでいた。犯人がいつ現れるかわからないので、ずっと張り詰めていても持たないだろう。
「‥‥美味しい! びっくりするぐらいに美味しいよ、これ!」
『‥‥白雪。一応‥‥依頼だからね?』
内在する姉にたしなめながら、白雪は一般客を装ってパイに舌鼓を打った。
昼が近づくにつれ、続々と人が増えてくる。あまり広くない店内はすぐに一杯になってしまった。
「今のところエミタ似の女性は来ていないわね」
白雪が手元に隠し持っている拳銃に手をやる。もちろん実弾は入っていない。込められているのはペイント弾一発だ。
閃光手榴弾を投げる手も考えていたが、それでは他の客が驚き混乱になるかもしれないということでリカルドとジャックに止められた。
ふと、店外でコーヒーを飲むレールズの手が止まった。肩口で切りそろえられた茶に近いブロンド、端正な顔立ち。それはまさにエミタ・スチムソンだった。
「こちらレールズ、ターゲットらしき女性を確認」
相手はただの食い逃げ犯だというのに妙な緊張が走る。それほど彼女は自分たちの敵に似ていたのだ。
「そっくりだな」
兵衛も驚きを隠しきれない。しかし当の本人は堂々と店に入り、なにやらオーダーしている。
店内では白雪と内在する姉である真白まで驚いていた。堂々と店に入ってきたこの女性は、エミタ・スチムソンではないのか。
服装は自分たちの知っているものとは違うし、角縁の眼鏡をかけている。だがそれでも彼女はエミタにしか見えないほどよく似ていた。
エミタそっくりの女は特盛りチェリーパイをオーダーし、紅茶にジャムをたっぷり入れてくつろいでいる様子だ。
「角縁眼鏡でグリーンのジャケット。ターゲットだ。オーダーは特盛りチェリーパイ1ホール」
新聞を眺めながら独り言を言うように純平が無線機でそれぞれに知らせる。
ジャックが奥からチェリーパイの載った皿を盆に載せ、エミタ似の女に運ぶ。
「お嬢さん、一人で食えるのかい?」
「ええ」
二度目の来店に気づかぬ振りのジャックに、エミタ似の女はにっこり微笑んで返した。
「こちらジャック、笑顔がキュートな美女だ。バグアもこんな風に笑うのか?」
「さあな」
無線機の真似事をするジャックに答えたのは店長のリカルドだけだった。
店内組が見守る中、エミタ似の女は音も立てずにきれいにチェリーパイを食べてしまった。まるで高級レストランでスイーツを食べるような上品な手つきで、特盛りチェリーパイを1ホールたいらげてしまったのだ。
「1ホール食べたぞ‥‥」
半ば呆れつつ純平が無線に向かってつぶやく。さりげなくかけたサングラスのおかげで、彼が女を見張っているような視線は感じられない。
エミタ似の女はゆっくりと紅茶を飲み干し、そっと椅子を引いた。
HERMITは口の中のパイを慌てて紅茶で流し込む。
「店外班、そろそろ出るようだ」
純平の声で店の外にいた命とレールズが立ち上がり、入り口付近に移動する。兵衛とレベッカもそれぞれすぐに動けるよう体勢を整えた。
やがてエミタ似の女はサッと辺りを見渡し、マスターと店員であるジャックがこちらを見ていないことを確認すると風のように店のドアをくぐった。音ひとつしない、あっという間の出来事だ。
声を掛けるまもなく猛ダッシュしていった犯人に、白雪がペイント弾を発射した。エミタ似の女のグリーンのジャケットが派手なオレンジ色に染まる。
「わあああぁぁっ??!!」
ペイント弾に殺傷能力はないとはいえ、銃声と背中に何かが当たった感触に驚き思わず転倒するエミタ似の女。
「コホン‥‥お客様。お代をまだ頂いていないようなんですが」
改めて白雪が女の肩に手を掛けた。
女がきょろきょろと辺りを見渡すと、いつの間にか自分の周りを能力者たちがぐるりと囲んでいる。レベッカの手には超機械もあった。
「ご、ごめんなさい‥‥っ! 私、その、出来心っていうか魔がさしてっ!」
7人の威圧感に負けたのか、エミタ似の女はその場にへたり込んで抵抗しようとはしなかった。
●なぜ彼女は食い逃げするに至ったのか
店の奥に連れて行かれ、すっかり小さくなってしまった偽エミタ・スチムソン。
「食い逃げ犯、その上こうやって捕まるようなマヌケがエミタなわけ無いだろ。さて、いくつか聞かせてもらうのダー」
腰に手を当ててレベッカが偽エミタの前に立つ。
「俺たちは警察じゃないんだから、処分は被害に遭った店の人に決めてもらうとして、理由くらいは聞かせてほしいもんだな」
命は警察に直接引き渡さず、店との示談で済ませられればいいと考えていた。
「‥‥えっと、どうして食い逃げなんかを?」
白雪が問いただすと、偽エミタはあっさりと理由を話した。
会社を首になって、住むところを追われ、腹が減っていたというのだ。
「だからってあんたみたいな細い女があんなに食うか?」
命はあきれ果ててしまった。
「小さい頃から、たくさん食べるんです。すぐにおなかがすいてしまって」
「しかしおかしいのダー、あの素早い動き、只者ではないはずなのダー!」
レベッカのいうとおりだ。偽エミタは白雪の横をすり抜けてしまったのだから。
「そ、それは、私が元軍人だからかも‥‥訓練は楽しかったけど、私、銃が怖くて持てなかったの」
「なるほど。しかしなぜそんなにエミタに似ているのダー?!」
レベッカがビシッと人差し指を立てて畳み掛ける。彼女は人工的にエミタに似せているのではないかと考えているのだ。
「エミタ‥‥って誰ですか?」
偽エミタの答えに、一同きょとんとした。
「エミタ・スチムソン、バグアの幹部だ」
命がテーブルの上のタブロイド紙を偽エミタに手渡した。
白雪は頭痛を感じて額に手をやった。
「あなた、名前はなんていうの?」
「私はエミリー・スチュワートといいます。本当にごめんなさい、ちゃんと自首します」
偽エミタはエミリーという名の一般人の女性だった。エミタに似ているのは先天的なものだそうだ。今まで気づかれなかったのは目が悪く常に眼鏡をかけていたためと、髪型がまったく違ったからだろうと本人は言った。
「迷惑をかけた店それぞれでしっかり働いて返してもらうぞ。住む場所はマスターが何とかしてくれるってよ」
食い逃げ犯がエミタ・スチムソンではないと知ったジャックは、寛大な処分を下すことにしたようだ。
はうう〜と床に泣き崩れるエミタ、ではなくエミリー。
部屋から出てきたエミリーにHERMITがつつつっと近寄る。どうやらこの辺りで一番美味しい店を聞き出しているようだ。
「それなら、ここのお店のチェリーパイが一番ですよ」
「あたしもお土産にほしいのダー!」
レベッカも加わってパイがほしいと言うと、マスターのリカルドは全員分のチェリーパイを用意してあったらしく店のキッチンから持ってきた。
「また来いよ、いつでもサービスしてやるぞ」
リカルドたちに見送られて、一行は町を後にした。小さな町の、珍騒動だった。
その後、エミリーはあまりにもエミタに似ていることからバグアや他の悪人に利用されかねないというレベッカの提言でエミリーはひそかにULT本部の監視下に置かれることになった。