タイトル:マリー、侵食される少女マスター:柳高 ぱんな

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/20 01:28

●オープニング本文


●精神の浸食
「マリー、なぜ能力者を殺さなかった?」
「お前の力ならば殺せたはず」
「なぜ町を破壊しなかった?」
「なぜ逃げ出した?」
「なぜみすみす手を引いた?」
「まだ力の弱い能力者もいたのではないか?」
「連中の言葉に耳を貸す必要があったのか?」
「マリー、お前は能力者を憎んでいるのではなかったのか?」
「能力者はお前の敵だ」
「能力者はお前の母の仇」
「能力者を殺せ」
「人間を殺せ」

「やめてよ! 私は考えているの! 彼らの中に私を救おうとしている人がいたの!」
 マリーは闇に向かって叫んだ。
「見せかけの情に流されるな、マリー。人間など口先だけの生き物。お前に優しい言葉をかけた者が次の瞬間には平然とお前を裏切るのだぞ」
 闇から言葉が返る。
「考えるのは私だわ!」
 マリーは毅然と闇に言い返す。
「お前に考える権利などないのだよ、マリー。お前はバグアにその体をゆだねたのだから」
「私はヨリシロじゃない! 私はまだ人間なの!」
 強く言い返すマリー。しかし彼女は頭を抱え、うずくまる。
「洗脳‥‥!」
 精神が徐々に侵されていくのを彼女は感じた。

●くすんだ鉄色と緑と赤と
 UPC北中央軍所属の一個大隊が一夜の内に壊滅した。
 マリーの後ろに控えているのはこれまで彼女を護衛していたケルベロスではなく、バフォメットと呼ばれる牛頭と翼を持つ人型のキメラ。
「満足かしら」
 虚空を見つめながら独り言のようにマリーが言った。
「上へ連絡に行きなさい。じきULT本部が傭兵をこちらに派遣してくるわ」
 何かの気配が彼女から遠ざかる。バグアとマリーをつなぐパイプ役のような存在。
 ただの鉄の塊になった戦車と、草原の緑と、血のように真っ赤なドレスの少女。

●出撃前、ジェスター・サッチェル中尉より
「バフォメットとマリーだ。バフォメットは牛の頭と鳥のような翼を持つキメラで、飛行能力がある。光弾と闇弾により攻撃をしてくる。おそらくマリーの戦闘の補助に当たるのだろう。キメラとしてのレベルは高い。
 マリーは強化人間の少女で大剣と盾の役割を備える特殊短剣マインゴーシュの使い手だ。マインゴーシュに大した殺傷能力はないが、使用者の能力によっては剣を折ることもできる。彼女は大剣を片手で使い、左手でマインゴーシュを使うようだ。
 彼女が目撃された草原には壊れた戦車や車両が散在しているが、生き残った者はすべて戦線を離れた。彼女は戦場となった草原で我々を待ち受けているのだろう。
 彼女が積極的に攻撃を仕掛けてきた今、捕らえるか、抹殺するしかない。野放しにすれば我々の脅威になる。
 強化人間はヨリシロほどでないにしろキメラとは比べ物にならない戦闘能力を有する。特に彼女が剣士であることを考えると、バグアは彼女の剣の腕を見込んで強化人間にしたのだろう。甘く見てかかると命をとられかねない。
 なお、これまでの彼女との交戦から、挑発行為は彼女の精神を乱すどころか返り討ちにされる危険性が非常に高い。
 こちらは人数を生かしたチームワークで挑むのがいいだろう。格好を気にして戦える相手ではない。
 マリーがなぜ強化人間になったのか、彼女の過去に関しては一切不明だ。こちらから彼女に何らかの質問をした者もいるが明確な答えは返ってこなかった。
 ただ、前回接触した際にチーム内にいたマリーと同年齢ほどの幼い能力者の言葉には多少反応を見せたらしい。戦うことに苦しんでいるようだったと‥‥それだけだ。それ以上のことは何もわからん。
 しかし今回、彼女は積極的に戦闘を行い、結果一個大隊を壊滅させるに至った。おそらく今度は本気で剣を向けてくるだろう。何度も言うようだが十分気をつけてくれ」

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
仮染 勇輝(gb1239
17歳・♂・PN
シャーリィ・アッシュ(gb1884
21歳・♀・HD
佐東 零(gb2895
10歳・♀・ST
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG

●リプレイ本文

●それぞれの思い
 多くの人間をあやめたバグア側の人間とはいえ、自ら逃げ道の作れない子どもであるマリーを思い悲しさを覚える大泰司 慈海(ga0173)。きれいごとだとわかっていても、子どもにはきれいなままでいてほしいと彼は思う。
 純粋に強いものとの戦闘を求める少女、鯨井昼寝(ga0488)。正義でも悪でもなく、自らの信念を貫く強さを持つ戦士。
 マリーという少女を助けたい、それが自分のための偽善であっても。そう思うのは仮染 勇輝(gb1239)。
 自らの誇りをかけて剣での対話を求め、マリーを追いかけるシャーリィ・アッシュ(gb1884)。
 穢れなき純粋さで戦いを終わらせたいと願う佐東 零(gb2895)。
 ルノア・アラバスター(gb5133)はマリーが困っているのだと幼いながらに感じ、力になりたいと思った。
 鳳覚羅(gb3095)とリュス・リクス・リニク(ga6209)はマリーあるいはキメラ撃退という目的の達成のために。

「お互いに‥がんばろ‥。きっと‥‥上手く‥いく」
 リニクは自分もまだ幼いながら、一人心細くしている零に声を掛けた。
 零は、うん、とうなずいて答えた。
 この戦いを終わらせたい。マリーが残していった金のロケットを握り締め、決意を固めた。

●バフォメットとマリー
 真紅のドレスを身にまとった少女は、戦車と捨てられた車両の中にたたずんでいた。
 長い金髪をなびかせて。
 上空には彼女を監視するように飛行するバフォメット。

 リニク、覚羅、勇輝がマリーとバフォメットを分断し、バフォメットをまず倒す姿勢に出た。
 リニクは弾頭矢でバフォメットの翼を狙い、強みである飛行能力を奪う戦法に出た。
「さっさと来てくれません? のろまは嫌いなんですよ」
 リニクに言われるまでもなく、バフォメットはその高い身体能力で滑空し、光弾を放った。激しい光に視界を奪われる。その隙に破壊力は低いが体当たりを食らわせてくる。
 あっという間に小さなリニクは吹き飛んだ。
 キメラだからといって甘く見てはいけない。
 覚羅もバフォメットの光弾と闇弾の特殊な攻撃に、マリーのところへ援軍に向かうどころかこの牛の頭を持った不気味なキメラに押されている。
 勇輝はバフォメットの意識が二人に向いている間、素早くスナイパーライフルで狙いをつけて弾を放った。弾丸は翼をかすり、上空からひらひらと白い羽が落ちてくる。
「たかがキメラと甘く見ないことだ、そいつが我々にない飛行能力と特殊攻撃光弾、闇弾を使うことは事前からわかっていたこと! マリーはこっちに任せてそいつを確実にしとめて!」
 赤い髪の少女、昼寝が檄を飛ばす。彼女の戦闘能力と重ねた経験から紡がれる言葉には重みがあった。
「もちろんです‥‥」
 リニクは体を起こすと次の弾頭矢を打ち込むべく構えた。
 覚羅と勇輝の射撃を待って、彼女はバフォメットの隙ができるのをうかがった。
 覚羅の弾はバフォメットに命中しなかったが、わずかな隙を作った。そこにリニクが弾頭矢を打ち込む。『即射』の能力を使い、瞬きする間に二発。それがバフォメットの翼を貫いた。
 牛の顔が、歯をむき出しにして怒りをあらわにする。

 ルノアはそれぞれが行動を開始する際にすばやく車両の陰に身を潜めていた。マリーの死角、背後が取れればいい。音を立てないように慎重に移動し、車両の陰から陰へ移動する。
「ディフェンス能力の高さ、それがマリーの強さにつながっていることは確か。牽制で隙がほしいわね」
 シュナイザーを両手に装備した昼寝はマリーの正面に距離をとって対峙する。
 マリーは右手に大剣、左手にマインゴーシュ。うかつに剣で持って近寄れば武器を破壊される。
(「やりにくいね、こういう戦いは」)
 慈海は複雑な思いを持ちながらも、目的の達成はするべきだと考えている。離れた場所から虚実空間を試してみるが、洗脳を解くことはできなかった。
 昼寝とは別の地点から、バスタードソードを構えてマリーににじり寄るシャーリィ。
「シャーリィ、無謀に突っ込んではダメだ。前回の二の舞だぞ」
 昼寝がマリーから目をそらさずにシャーリィに呼びかける。
「わかっている」
 シャーリィも、三度も何もできないままやられるのはゴメンだった。マリーの前では挑発どころか言葉すら無駄に感じた。
 慈海も覚悟を決めて、シャーリィに練成超強化をかける。続いてエネルギーガンで武器を握る腕を狙撃。
 マリーがわずかに体を動かしてその攻撃をかわした隙に、昼寝が一気に間合いを詰めた。
 慈海の側にいた零が練成弱体をマリーにかけると同時に、昼寝の爪が空を裂く。
「鯨呑‥‥!」
 瞬即撃に二連撃を加えた昼寝独自の奥義。それがわずかな隙を突いてマリーに直撃する。凶暴な鯨が魚群を飲み込むように昼寝の爪がマリーの腕を捕らえる。
 マインゴーシュを握った左腕の、肘から下が地面に落ちた。
 さらに生まれた隙にシャーリィが飛び込む。バスタードソード同士が火花を上げて交錯する。
「二度負けたときから考えていた‥‥どうすれば私の声が届くのかと‥‥。私は騎士、剣で語ることで雄弁に語ることができる!」
「あなたの声なんか届かないわよ」
 マリーは片腕でシャーリィの剣をはじき返す。
「あなたに私の気持ちはわからないだろうし、私にもあなたの気持ちはわからないもの。どうして負けるとわかって刃を向けてくるのか」
 マリーは容赦なくシャーリィの首元に剣を向けた。
 この子を殺さなきゃ、私も殺されるんだもの。もう後戻りはできないんだもの。
 マリーが剣を持つ手に力を込めたとき、彼女の体に衝撃が走った。
 ずっと隠れて隙をうかがっていたルノアが、貫通弾でマリーを背中から撃ったのだ。弾丸は足に当たり、マリーは体制を大きく崩した。
 シャーリィはその隙を逃さず、バスタードソードを握りなおしマリーに切っ先を向けた。
「今回に限ってなぜここまでのことを‥‥以前は余計な血を流すようなことはしなかったはず」
 シャーリィが言っているのは、この場の惨状だ。ここにはUPC北中央軍の小隊が置かれていた。それを全滅に追い込んだマリー。以前は建物を破壊することすらなかったのに。
「またおしゃべり? 剣で語るんじゃなかったの?」
 マリーは憎憎しげにシャーリィを見上げた。
 なんてうらやましいのかしら、私のような人間の存在を知らないのかしら? なんて暢気な能力者‥‥
 マリーの心の中に汚物を垂れ流したように汚いものが広がっていく。それが彼女の隙を生んだ。
 容赦ない昼寝の攻撃がマリーの体に辺り、小さな体は宙に舞った。
 今のマリーは一人ひとりに攻撃を集中できていない。そこをさらに昼寝が攻める。甘い考えではこちらがやられるだけだと彼女は知っていた。
 バスタードソードとシュナイザーが交錯する。
「ルノア!」
 昼寝の声で、ルノアが後方から番天印の一撃を放った。その衝撃でマリーはバスタードソードを取り落とす。
 ルノアはわかっていた。ここで彼女を止めなければ、彼女の力になることなんてできない。力になれるとすれば、それは今マリーを止めること。
 昼寝はシュナイザーでマリーの体を押さえ込み、動きを封じた。
 交錯する視線。その目が今だ焔のように強い力を宿していると判断した昼寝は、シュナイザーをマリーの足に打ち込み、移動手段を奪った。鈍い音、骨の折れる音。

 勇輝のスナイパーライフルがバフォメットの翼を捕らえる。怒りで周りが見えていないバフォメットに、リニクがさらに弾頭矢を撃ちこむ。
 地上に落ちてきたバフォメットに対して、覚羅が『Ain Soph Aur』の刃でその首を打ち払った。
 空を舞うキメラは、完全にその機能を停止した。

「昼寝ちゃん、もう勝負は付いたんじゃないのかな」
 慈海に肩をぽんとたたかれ、昼寝は少し緊張を解いた。そして昼寝は自分の傷が慈海の練成治療で癒されていくのに気づいた。
 ずっと慈海の後ろに隠れて戦いを見守っていた零が飛び出して、横たわるマリーに練成治療を施した。傷は少し癒えたが、生命力そのものが大きく消費されているため大きな効果は得られなかった。
「あなたは‥‥」
 わずかに生気を取り戻したマリーの瞳が、零を捉えた。
 零は小さな体でマリーをぎゅっと抱きしめて、右の手に金のロケットを握らせた。
「ロケット‥お母さんの‥‥」
 マリーは手を震わせながらロケットを握り締めた。
「マリーさん。あなたはもう、戦わなくていい‥‥あなたは、独りじゃない。少なくとも、ここに、レイがいます」
 それは光の文字でも筆談でもなく、零の口から発せられた言葉だった。
 ひきこもり、自ら言葉を発することのなかった零が、マリーに対して初めて言葉を伝えた。
「そう、私、もう戦わなくてもいいんだ‥‥」
 零の目を見て、疲れきったようにマリーが言った。
 それだけ言い残して、マリーは目を閉じた。
 AU−KVを体から解放したシャーリィが駆け寄る。
「まだ生きている、早くラスト・ホープに連れ帰って治療をしてもらおう」
 マリーの手を握り、シャーリィが周りの仲間たちを見渡しながら言った。ここにマリーの死を望むものはいない。
 ルノアと零が手を貸しながら、慈海の背にマリーを乗せた。
「今はゆっくりお休み。目が覚めたら、後戻りの方法を一緒に考えよう」
 大きな背中越しに慈海の優しい声が響いた。

 マリーは夢を見ていた。
 洗脳下にありながらわずかに残る自我の部分で。
 大好きなお母さんの背中に揺られて眠る夢‥‥。

●エピローグ
 マリーはULTの施設に収容、隔離された。
 しかし約1時間後、何の前兆もなくマリーの体は爆発。体は原形を留めず、死亡が確認された。
 原因は彼女の体に埋め込まれていた時限爆弾によるものと思われる。
 マリーに関わった傭兵達には、この報告書をもって事実を知らせるものとする。