●リプレイ本文
●優しき者、集う
「なるほど、ほとんど報奨金の望みもねぇ依頼なわけか」
虎刈りの黒髪と無精ひげの中年男性は、集まった傭兵たちを一通り見渡して言葉を放った。
男の名はリュック・ノルトハウゼン。ラスト・ホープで暮らす獣医の一人だ。ラスト・ホープにもペットがいるため、彼のような獣医が何人か滞在している。
「しかも、お前らの行動一つで町の人間がキメラに対して知識を深めるか、それとも幼い兄妹に深い傷を負わせるかが決まるわけだ」
リュックは挑発的な言葉を投げかけた。
「そうならねぇために獣医を要請したんです」
ずい、と前に出るのはシーヴ・フェルセン(
ga5638)。黙っていれば可憐な人形のような少女だ。
「私たちは全力を尽くすわ。ダメでも‥‥なんて考えない。理解してもらえるまで戦うわ」
黒い瞳に強い力を宿した女性は風代 律子(
ga7966)。
「あたしは子犬と兄妹に幸せになってほしいの、それだけよ」
健康的な肌に金髪が美しい少女は御凪 由梨香(
ga8726)、彼女もシーヴと律子に続いて獣医に答えた。
「その気持ちは痛いほどわかるさ。だがな、町の大人だって怖いんだよ。キメラはバグアが生み出した恐ろしい生物だと知っているからこそ、見た目で判断してしまうところもあるんだ。お前らだってケルベロスみたいな犬に出会ってみろ、やっぱびびるだろ?」
リュックは引かない。彼もまた大人だからこそ、そして能力者ではないからこそ、その恐怖を知っている。
「アリスちゃんとジョン君のお母さんも、二人を心配するあまりにタイニーをキメラだと思って捨てちゃったんだろうね‥‥」
伏目がちに言うのはイレーヌ・キュヴィエ(
gb2882)。大きなキャスケットが彼女を年齢よりも幼く見せる。
「醜い子犬もいればベッピンさんのキメラもいる。おじょーちゃんもわかるな?」
集まった傭兵の中でもひときわ小さなフェリア(
ga9011)の頭をなでようとするリュックだが、小さな手でピシリと跳ね返される。
「子ども扱いはやめるのです。私だって傭兵なのですよ、見た目で判断するのはよくないのです」
今さっき自分が言ったことをそのまま言い返されて、言葉につまるリュック。
「ま、まあ、そういうこった。大人だけを責めるのはやめてくれ、それが更なる偏見を生む」
こうして獣医を連れ、一行は子供たちの待つ町へと向かった。
●接触
「皆様ごきげんよう。ULT本部より参りました能力者の真白です。この度は、キメラについて学習して頂き、身の安全を守って頂けるよう尽力させて頂きますわ」
雅な雰囲気を身にまとい、町人の前に姿を現したのは白雪(
gb2228)。ここで彼女が自分のことを『真白』と呼んでいるのは、彼女の心に内在する双子の姉である。
「心にねーちゃんが内在ってぇどういうことだ?」
バリバリと頭をかきながら疑問符を浮かべるリュックを奥へ押しやるのは火絵 楓(
gb0095)。赤髪の元気な女性だ。
「おじさんは黙ってて、ただでさえ怪しいんだから」
ぴしゃりと言うと、楓はULT本部より貸与された犬の着ぐるみの頭部を被る。これは、イベントや子供の教育用に用意されているものだ。
「本日はお忙しい中お集まり頂き、ありがとうございます。私どもは度々世界を回り、キメラやバグアについての知識を学んでいただく業務もしております。戦うだけが能力者ではございません」
なんとか町人を集会所に集め、『講習』ということでキメラの生態について学んでもらう。その間にタイニーを探し出し、子犬がキメラではないことを理解してもらう算段だ。
「はい! じゃあ小さなお友達はこっちに来てね。お姉さんと遊びながら勉強しようね〜」
着ぐるみを着た楓が子供たちを別室へと誘導する。
その間、白雪は大人たちにULT本部から持ってきた一般人向けのバグアに対する説明が載っている小冊子を配る。
はじめは警戒していた町人たちも、白雪の物腰の柔らかさに次第に緊張をほぐしてきたようだ。小冊子を手に、白雪の丁寧な説明を熱心に聞いている。
集会所の別室へと集められた子供たちに混ざって、フェリアがいる。幼い外見の彼女であれば子供に警戒心を与えることなく依頼者である兄妹を探すことができる。
「アリスちゃんとジョンくんはどこですか?」
フェリアがそれとなく近くにいた少女に尋ねる。
「私がアリスよ。ジョンは私のお兄ちゃん」
少女が自分より少し背の高い少年の袖を引く。
「あなたはだあれ?」
「フェリアといいますです。ちょっとお話があるのです」
フェリアに言われるがままに、アリスとジョンは彼女の後を付いていく。まさか彼女が『正義の味方』だとは思ってもいない様子だ。
その様子を見て、着ぐるみの楓は他の子供たちに気取られないよう子供向けの講習会を始めた。
フェリアが二人を外へ連れ出すと、そこにはスーツの好青年、ドッグ・ラブラード(
gb2486)が待っていた。
「だあれ?」
アリスが無垢な瞳を向ける。ジョンは見慣れぬ人間に少々警戒しているようだ。
「私はドッグ・ラブラード。正義の味方、かな? さ、彼に会いに行きましょう」
「タイニーを探しに行くのですよ」
二人の言葉を聴いて、兄妹はパッと目を輝かせた。
「正義の味方の傭兵さんだね!」
「やっぱりきてくれたね、お兄ちゃん」
兄妹は手をつなぎ、二人の正義の味方と共に森へタイニーを探しに出かけた。
タイニー、絶対見つけるよ。
●捜索
「そうですか、よくやりやがったです」
無線を受けてシーヴが答えた。
「C班の二人が兄妹をうまく連れ出しやがりました」
「よかった‥‥」
A班のシーヴと由梨香は森で捜索を続ける。人が森に踏み込んだ跡がないか、目を凝らしながらも素早く辺りを探す。
一方、B班の律子とイレーヌも兄妹合流の報告を受け、安堵と共に森の捜索を続けた。通った道には目印をつけておく。
「タイニー、必ず助けてあげるわ」
律子はそっとつぶやいた。
「タイニーはもっと奥にいるよ」
アリスがフェリアの手をぐいぐい引っ張った。
「にゃあ、森の奥の方は、皆が行ってるのです。私達は、周りを見てタイニー探そうなのですよ」
フェリアは優しくアリスをなだめた。森の奥には何がいるかわからない。キメラと遭遇するようなことがあっては大変だ。
「みんなって?」
ジョンが訊く。
「正義の味方ですよ、私たち以外にも来ています」
ドッグが答える。どうか子犬が見つかるように‥‥
森にしとしとと雨が降り始めた。気温もぐっと下がる。
「ああ、早く見つけてあげないと」
イレーヌの顔にも焦りが見える。タイニーはまだ子犬で、おそらく奇形。そうなると先天的に病気にかかっている可能性も高い。うまく歩けなければ、箱から出られても雨をしのぐことができない。
嫌なことばかりが脳裏をよぎる。
アリスとジョン、フェリアとドッグは森の近くの小屋で雨宿りをしていた。木材を保管しておく場所らしく、他に人はいない。
「雨が降ってきたよ、タイニーが風邪を引いちゃう」
アリスはほとんどべそをかきながらフェリアの手を握っている。
「大丈夫ですよ、正義の味方がタイニーを探しているのです」
フェリアはトランシーバーをアリスとジョンの耳に当ててやった。途切れることなく、声のやり取りが続いている。
皆がタイニーを必死になって探している。自分が雨に濡れることよりも、子犬が雨に打たれて震えることを心配している。
タイニーがすでに生きていない‥‥などとは誰一人として考えていない。
タイニーは絶対に生きている。必ず助ける。その思いが、皆を一つにつなげている。
しばらくしてB班の二人が、小さな木箱を発見していた。
箱には油性ペンで『Tiny』と書いてある。
「タイニー‥‥これね」
箱には蓋がされており、ロープでぐるぐるに固定されている。
律子はナイフを取り出すと慎重にロープを切り、蓋を開けた。
思わず律子とイレーヌが息を飲む。中には、毛布にくるまれてぐったりした子犬が入っていた。
「お願い、イレーヌ」
律子はサイエンティストであるイレーヌにタイニーを見せた。
イレーヌはそっとタイニーに触れた。律子は上着を脱いでタイニーが雨に濡れないようにかざす。
「息はしている、骨折もしていないみたいだね。怪我もない。ただ、かなり衰弱してる」
一通りタイニーの体を手で触れて確認してから、救急セットを取り出すイレーヌ。厚手のガーゼでタイニーの小さな体を拭き、三角巾でその体を包む。そして清潔なガーゼにミネラルウォーターを染み込ませ、口の中を優しく拭いてやる。
「大丈夫?」
「うん、命に別状はないはずだよ。毛布のおかげで体温を保つことができたみたいだし、蓋があったから雨にもほとんど濡れてない」
二人はひとまず安堵し、トランシーバーですべての班にタイニーの確保を伝えた。
●再会
タイニーは律子の上着に包まれて森の外の小屋へ運ばれた。
「タイニー!」
ジョンはタイニーを抱えた律子に駆け寄り、アリスもフェリアの手を離れて兄に続いた。
「タイニーごめんね、寂しかったでしょ、寒かったでしょ‥‥」
律子の手元を覗き込み、アリスが泣き崩れた。律子は兄のジョンにそっとタイニーを抱かせてやった。
「タイニー‥‥もう大丈夫だよ、僕たちが絶対守ってあげるから」
「思いを訊くまでもなかったな‥‥二人は心から彼を愛している」
兄妹と子犬の再会の様子を見ながら、ドッグがひとりごつ。
「タイニーの辛い辛いの、とんでけー! とんでけー! です」
アリスの手を取って、フェリアがにっこり笑って見せた。
「さあ、暖かいところへ連れてってやるです」
シーヴはジョンの肩に手をやり、町人たちの待つ集会所へと向かった。
ここからは、人間同士のやり取りになる。キメラのように力押しでは解決できない。
●タイニー
「衰弱してるが、栄養を摂って休ませれば大丈夫だ。骨格の異常はあるが他に病気はないな。ただつぶれた目はもう治らん」
タイニーを診察した獣医のリュックが傭兵たちに簡単に説明する。兄妹にはもっとわかりやすい言葉で。
今、タイニーはアリスとジョンからミルクをもらっている。スポイトから滴らせるミルクを、弱弱しくではあるが必死に飲もうとしている。生きようとしている。
集会所では休憩を挟み、いよいよタイニーを町人の前に見せようというところだ。
「キメラはフォースフィールドを持っています。これはほぼ大体のキメラにおいて、触るだけで発生します。言い換えれば、触れられるならキメラではない事を意味します」
白雪の説明に町人たちもうなずく。
「私の過去の依頼で、見た目は可愛らしい女の子でしたが、非常に危険なキメラがいました。物の美醜で判別するのではなく、まず専門家に相談する事、これが正しい身の守り方の一つです」
これは人間にも言えること。白雪はそんな気持ちをこめて話した。
「偏見や差別、荒んだ心を与える事がバグアの一つの戦略なのです」
何と卑劣な、と大人たちは渋い顔をする。その心を植えつけられようとしていたことには誰も気づかないのだ。偏見とは、そうやって生まれていく。
そこに子供たちを連れた律子が現れ、大人たちのそばに子供たちを座らせた。
いよいよだ。
8人の傭兵と一人の獣医、そして兄妹と、醜い子犬。
「ああっ!」
兄妹の母親らしき女性が声を上げた。
「どういうことなの? これはどういうこと?!」
「落ち着いてください。単刀直入に申します、この子犬はキメラではありません。子犬で以外の何者でもありません」
白雪が静かに話す。
「でも、あれは! あんな犬がいるのですか?! それになぜアリスとジョンが!」
母親は今にも倒れそうなほど顔を真っ青にしている。
「お母様に断りなく二人を連れ出したことはお詫びいたします。しかし、私たちはこの二人の依頼でこの町に来たのです」
ドッグが一歩前へ出て、兄妹の母親に向かって話した。
「二人が、依頼を‥‥?」
「そうですよ、それほど二人はタイニーを愛しているのです」
アリスの手を握っているフェリアが母親の言葉に答えた。
「アリスちゃん、ジョン君、タイニーを直接抱っこしてあげて」
イレーヌが言うと、ジョンはタイニーをくるんでいた毛布を取って、タイニーを抱きしめた。それから妹のアリスにも抱かせてやる。タイニーはアリスの顔をペロペロとなめた。
「無知は罪ではないけれど、そこから不幸が生まれてしまう。この子にフォースフィールドはないでしょ?」
イレーヌもアリスからタイニーを受け取り、優しく抱いた。
大人も子供も、その様子をじっと見ていた。兄妹の母親も、目を見開いて子供たちが子犬を抱く様子を見ていた。
「心が通ってやがる様見りゃ、キメラじゃねぇの分かるだろうです‥‥」
シーヴが小さくつぶやいた。
「皆さん、この子犬は奇形だが間違いなく犬だ。キメラではない。自然ってのは複雑なもんで、ごくまれにこんな子が生まれたりするもんなのさ」
リュックが横から付け加える。
「さあ、誰か前に出てタイニーを抱っこしてみて。とってもいい子よ」
楓の掛け声に場内がざわつく。キメラでなくとも、想像もつかない奇形の犬。どうしても抵抗がある。
「ママ」
アリスが小さな声を出した。
「タイニーを抱っこしてあげて」
消え入りそうな少女の懇願。
母親はアリスとジョンの顔を見つめて、意を決したのか壇上へ上がった。
そして、震える手でタイニーを抱いた。
タイニーはつぶらな片目で母親を見つめると、その顔をそっとなめた。
「ああ」
兄妹の母親はタイニーを抱きしめたままくずおれた。
やがて町人が次々とタイニーの周りに集まり、その体を撫でた。
「ねぇ、記念に花火を上げよう! タイニーが町に迎え入れられた記念だよ!」
楓が『花火セット』を取り出すと、子供たちから歓声が上がった。
集会所から出ると、外は晴れて虹が出ていた。小さな打ち上げ花火が青空に舞い上がる。
ドッグは兄妹の母親に、牛乳をあらかじめ子犬が飲めるよう調整したものを手渡した。
「特別な牛乳です、飲ませてあげてください」
白雪は人々の輪から少しはなれたところで、独り言‥‥いや、心の中の姉と語らいあっていた。
帰り際、律子は兄妹に、そっと1万Cを握らせた。
「これでタイニーちゃんにおいしい物でも買ってあげてね」
「ありがとう!」
「タイニーのお家も買っていいの?」
「いいわよ」
律子は熱いものがこみ上げてくるのをぐっと飲み込んだ。
アリスもジョンも、タイニーも笑っていた。
一人ぼっちの醜い子犬だったタイニーは、幸せで温かい場所へとようやくたどり着いたのだ。
『能力者がなぜあれほど強いのか。それは彼らの心の強さを反映しているのかもしれない』
リュック・ノルトハウゼンは、この日の自身の手記をそう締めくくった。