●リプレイ本文
●状況開始
UPC北中央軍が保有する演習場。今回の訓練はここで実施される。
事前に与えられた情報も物資もかなり少ない。あらゆる事態を想定し、必要と思われる物資を申請するという少々厄介な訓練である。指導官はさぞかし意地の悪い人物なのだろう、今もどこかで彼らの様子を伺っているのかもしれない。
状況は朝6時開始、翌日朝10時終了。予想とは違っていたかもしれないが、仕方がない。
場所は低い草がまばらに生えた平地とある程度の間隔を開けて木が生えている林のちょうど境目が確保されていた。水はけはある程度良いようだ。近くには男女別のトイレも設置されている。なるほど、この演習場ではこの辺りに天幕を展開する設定になっているらしい。
近くに軍用トラックがチョークをかけて停められており、荷台に野営用の天幕などが積まれていた。
「場所は決められていましたか、まあいつも適した場所に設営できるとは限りませんし、これも訓練の一つでしょう。まぁ、林に隣接して設営すれば問題ないですな」
とりあえず辺りを見渡している背の高い男は綿貫 衛司(
ga0056)。元陸上自衛隊の隊員でレンジャー資格をも保持している、体力も経験も能力者になる前から豊富な人物である。
「トイレは‥‥意外ときれいなのね、ちゃんと紙と消臭剤も置いてあるわ。よく管理されているみたいね」
的場・彩音(
ga1084)は設置されているトイレの様子を見ている。中は掃除され、ペダルで水が流れるようになっている。実は日本の旧自衛隊でも、演習場のトイレの不潔さに耐えかねて辞めていくというまるでお笑いのような話もあったのだ。それほどプライベートな空間は重要ということでもあるのだろうが。
状況開始ということでそれぞれトランシーバーを持っているものはラインチェック、時計はタイムハックをして合わせておく。
まずは4つに班分けされたうちのA班、今回集まった8人の仲で最年少のハルトマン(
ga6603)と最年長の衛司が周囲の警戒に当たり、残りの6人で荷物を解き、テントを設営する。4人が休憩するという案もあったが、さすがに8人用の天幕は二人では立てられそうにない。軍用のものなので丈夫ではあるが、組み立てに多少難がある。
トラックからテント本体とロープ、杭などを降ろし、付属の説明書を見ながら立てていく。これが意外と難しく、骨組みのバランスをとるのにも苦労する。軍人などなれている者ならまだしも、こんな不便なテントでは初心者は戸惑うばかりだ。それでもさすがは能力者、力や器用さを生かして説明書にしたがって組み立てていく。さらに野営の経験も豊富である衛司が的確なアドバイスを付け加える。
「そっちのロープをもっと引っ張ってくれ」
「これでいいですか?」
ベーオウルフ(
ga3640)と辰巳 空(
ga4698)がロープを引き、地面に杭を打って固定すると8人用テントはある程度安定した。
レールズ(
ga5293)は設営場所が木々のある林に隣接しているため、キメラにとっては都合のよい場所なのではないかと心配していた。しかしキメラは主に動物を模しているだけであり、必ずしも彼らにとって自然が有利に働くとは限らないのだ。
ある程度木々に紛れ込ませ偽装するというのは軍では設営の定石となっているが、あくまでそれは人間相手の話であり、キメラに対して有効かどうかはわからない。わからないが、しないよりはしたほうがマシ、というところだろうか。何せキメラの生態は今なお不明なところが多い上、獣型から人間型までさまざまなものがいる。
テントを立ち上げた後は申請した偽装網でテント全体を覆う。人間相手ならばこれでかなりわかりづらくすることができるはずだ。
ちなみにこの訓練ではトラックと仮設トイレは『ここにはない』ことになっている。つまりこの二つは状況外と考えていい。
テントが設営できたところで、荷台から荷物を降ろしていく。夜は冷えるのでストーブ、それに湯を沸かすための鍋、コンバットレーション(戦時食)、スコップ、つるはしなど申請したものはある程度通っているようだ。
予備の小型テントは荷物置きに。ここに大きな道具を入れたり、中で着替えをすることもできる。
「テントもできたし、タコつぼを掘ろうか」
長身でがっしりとした体つきが特徴的な女性はドリル(
gb2538)。スコップを持ち、通称タコつぼ、掩体構築に取り掛かる。これは見晴らしはいいが立っていると目立ってしまう平地のほうに作る。
ドリルと共にタコつぼ掘りをする空。二人はD班でバディを組んでいるため、一緒に行動したほうがいいのだろう。よく考えて行動している。
男性の空に負けずにザクザクと地面を掘り返すドリル。さすがは副業で女子プロレスラーをしているだけのことはある。
外見はごく普通の高校生、といった感じのエリザ(
gb3560)、そして彼女と班を組んでいるレールズはテントの中を整理する。まず簡易ベッドを組み立て、その上に寝袋とレーションを置いていく。
彩音とベーオウルフはテントの周りに溝を掘っていた。衛司いわく、これは雨が降ったときに排水の役目を果たすという。これは面倒でも作っておかなければ、急に雨が降ったときなどテントの中が雨水であふれてしまうのだ。
「結構面倒なのね」
つるはしを振るいながら彩音が言う。
「まぁ、天気予報では雨は降らないようだが、念には念を入れてだ」
「そうですわね、どこで指導官が見ているかわかりませんものね」
可憐な少女に泥臭い仕事は似合わないが、訓練なので仕方がない。みんなで力を合わせて成功させなければ。
設営から2時間近くが経とうとして、ようやくすべてが片付いてきた。不慣れな者が多いのだから仕方がない。ここで簡単にできてしまっては訓練の意味がないというものだ。
外の警戒は彩音とベーオウルフに変わり、空とドリルはテントで休憩しながら待機。この辺りの班分けは良くできているといっていいだろう。
「あたしは平原のほうを見張っておくわ」
「じゃあ俺は林のほうだな。何かあったら呼笛を吹く」
「ええ、お願いするわ」
「それから、テントの周りに鳴子を仕掛けたいのだが」
「それなら仮眠をとる前にわたくしたちが作っておきますわ」
エリザがロープとピアノ線を持ち出している。レールズと共に主に林のほうにロープを張り、木の板でできた鳴子を仕掛けていく。さらにピアノ線も張り、目に付きにくいキメラが現れてもすぐに気づくようにする。
死角になる部分は仕掛けでカバーか、なかなかいいアイディアだ。
A班の二人はタコつぼ堀りの作業の続きを引き継ぐ。
「ハルトマンさん、出られなくならないように気をつけて」
衛司はひときわ小さなハルトマンを気遣う。彼女の身長ではタコつぼにすっぽり身を隠せても素早く抜け出すことは難しいだろう。
「次に警備につくときはうちは林のほうがいいですね」
笑いながらハルトマンもせっせと土を運ぶ。
仕掛けを作り終えたエリザは小さな予備のテントの中で、体の汗をぬぐった。
「タオルと水があるので体は拭けますが、やっぱりテントの中に仕切りのようなものを申請しておくべきだったかもしれませんわね。そのほうが男性に気を遣わせてしまう必要もないですし」
レールズはレーションの中身を確認した。レトルトのハンバーグに煮込んだ鶏肉と野菜の缶詰、手軽にとれる固形栄養食にカロリー摂取のためのチョコレート、ミネラルウォーターのペットボトル。味気ないが栄養面で特に問題はないようだ。
D班の二人は食べられるときに食べておこうと固形栄養食を口にしてからテントの中で仮眠をとることにした。
「それ、大切なものですの?」
レールズの手の中にあるキーホルダーを見てエリザが言った。
「ええ、思い出の品なんです」
レールズは大切そうにキーホルダーを握った。
「寝袋って、意外とフワフワしているんですのね」
寝袋にもぐりこんでエリザが言う。寝袋は秋から冬用のもので、綿がたっぷりとつめてある。
「ふふ、そうですね。さぁ、眠れるときに眠りましょう」
レールズの言葉にエリザもそうねとうなずき、浅い眠りに付いた。
やがて掩体構築を終えたA班の二人もテントに戻り、それぞれ食料を食べて仮眠をとった。
昼過ぎ、警備の交代の時間だ。ドリルが空にコーヒーを差し出す。
「目が覚めるよ」
「ああ、ありがとうございます」
やはり目覚めのコーヒーはおいしい。二人はタオルで軽く顔を拭き、外にいる二人と交代した。その際申し送り事項などをしっかりと確認しておく。妖しい人物は現れなかったか、とくに指導官のような人物は現れなかったか。
「大丈夫、誰も来なかったわよ」
「こちらも異常はない」
彩音とベーオウルフは必要なことを申し送り、テントの中に入った。中ではA班とD班の4人が仮眠をとっている。
「あらあら、風邪を引いたら大変よ」
彩音は寝袋をめくり上げて眠っているハルトマンを見て、寝袋を直してやった。
「へぇ、レーションって色々なものが入っているのね」
「食事は大切な息抜きだから、バリエーションも豊富らしい」
「この缶詰は夕飯に温めようかしら」
「それがいい、まとめて温めたほうが手間もかからない」
ベーオウルフと彩音はカロリーバー食べ、寝袋に入った。
「あっ、寝顔、できれば見ないでちょうだいね‥‥」
彩音のお願いにベーオウルフは少し笑いながら、わかった、と返事をした。
夕方、外の警備はC班からD班に代わる。もう大分外の空気が冷えてきていた。
「エリザさん、温かい紅茶をどうぞ」
レールズがエリザに紅茶を渡す。テントの中にはストーブが置かれ、湯が沸かされていた。
「ありがとうございます。ちょうど温かい飲み物がほしかったんですの」
エリザは上品に紅茶を味わい、装備の点検をしてからレールズと共に外の警備に付いた。
「指導官らしい人は見なかったよ」
「どこで見ているんでしょうね、嫌ですわ」
「野生動物も見ませんでしたね」
「そうですか、じゃあ、二人はゆっくり休んでください」
エリザ、レールズと入れ替わりに空、ドリルがテントで身を休める。A班の衛司とハルトマンも体を起こし、顔を拭いたり武器の点検をしたりしている。
「そろそろ缶詰を温めておきましょうか」
衛司がそれぞれの缶詰を集め、申請しておいた大きな鍋の中に入れる。
「自衛隊の人はいつもこんなことをしていたのですか?」
「いつもではないですが、まあよくやってましたね」
「すごいのですね、うちは外で寝るだけでも疲れてしまうのですよ」
感心したようにハルトマンが大きな瞳を輝かせる。
「慣れないうちは誰でもそうですよ」
衛司が鍋の様子を見ながら答えた。
20分ほどして缶詰を鍋から引き上げると、中まで程よく熱くなっていた。とりあえず二人分だけを付属の小さな缶切りで開け、残りはタオルと防寒シートでくるんでおいた。
「このお肉、硬いのです」
「まぁ、野戦食ですからね、こんなものですよ」
「食事くらいおいしいものが食べたいのです〜。あ、うちキリマンジャロコーヒーを持ってますから、淹れますね」
ハルトマンがコーヒーを淹れると、テント内に香ばしい匂いが漂った。
「コーヒー、おいしいですね」
「そう言ってもらえると嬉しいのですよ」
でこぼこコンビはひとときの食事の時間を楽しんだ。
夜、C班のドリルと空、A班の衛司とハルトマンが警備の交替をする。申し送り事項は特になし。
「缶詰を温めなおしましたから、食べてください」
「お肉硬いのですよ」
「ありがとう。外は大分冷えてきたよ、二人とも使い捨てカイロは持った?」
「手だけでも温めておけば大分違いますからね」
軽く言葉を交わすと、警備班の二人は懐中電灯を手にそれぞれ平地と林の警備に付いた。どうやらサーチライトの方は申請を通らなかったらしい。少々頼りないが懐中電灯で何とかしろということだろう。チーム内で使い回している暗視スコープもあるので、暗闇で何も見えないということはない。
テント内では彩音とベーオウルフが空き缶の片付けなどをしていた。
「あ、おかえり。寒かったでしょ、ストーブの近くで食事をとるといいわ。あけておいたわよ」
「開けづらいんだから、これくらいイージーオープンタイプにしてくれてもいいのにな」
ベーオウルフが軽く文句を口にすると、彩音が笑った。
「缶コーヒーの蓋でも開けるように簡単に開けてたじゃない」
「まあな」
力強いベーオウルフにかかれば缶切りくらいなんてことはないらしい。
空とドリルは硬めの鶏肉を噛み締めて食べると、タオルでさっと体を清潔にして床に就いた。
一方外では、林側のハルトマンが何かの気配に気づいていた。
相手は鳴子の罠にも気づいているらしい。ということは野生動物ではなく人間か?
「誰ですか?!」
アンチシペイターライフルを向けてハルトマンが誰何した。安全地帯なのでキメラということはまずないだろうが、これも訓練か。
相手はがさがさと小さな音を立て、両手を挙げて姿を現した。
「ジェスター・サッチェル中尉、UPC北中央軍所属。本訓練の指導官だ、敵ではない」
男は迷彩服に身を包み、ヘルメットを被っている。
「指導官?!」
「子供だと思ったが、さすがは傭兵だな。このことはナイショにしておいてくれよ」
「そうはいかないのです、ちゃんと申し送りさせていただきますよ」
「‥‥見かけによらずしっかり者だ」
指導官は少し肩をすくめたように見えたが、消えるようにいつの間にかいなくなってしまった。どこかに隠れたのかもしれないが、敵でないと確認した以上特に追う必要もない。一応衛司に連絡はしたが、仮眠中の仲間を起こす必要はないと判断した。
●状況終了
「と、いうわけで指導官がでてきたのですよ。うちが子供だからって油断したのかもしれないです」
少しむくれてハルトマンが話した。子ども扱いされたのが少し気に障ったらしい、彼女だって立派な傭兵なのだ。
「それは、指導官のほうが減点かもしれませんね」
シャベルを片手に空が言う。掩体を埋めているのだ。
「それにしても結構疲れましたね、依頼ではいつもホテルに泊まったりしていましたから」
レールズは天幕の撤収をしている。
「早く熱いシャワーが浴びたいですわ」
「ボクもだよ」
「あたしはアイスクリームが食べたいわ」
エリザ、ドリル、彩音は口々に希望を並べながら撤収作業を手早く行う。やはり女性にとってお風呂と甘いものは欠かせないのだ。
掘り返したところは土を戻して元通りにし、ゴミはすべてゴミ袋へ。また、トイレは備え付けの掃除用具で軽く掃除をして撤収完了。
「昔を思い出す訓練でしたなぁ‥‥」
すべてをトラックの荷台に積み終え、衛司が懐かしさをこめてつぶやいた。
『班分け、物品申請含めなかなか良好』
指導官は報告書にそう付け加えた。