●リプレイ本文
「間もなく集会の時間だ」
無線機にUPC軍からの声が響く。
傭兵達は正門側と裏門側の二手に分かれ、ある者は武器を偽装して門の近くで、またある者は近くの民家などを接収して高橋到着に備えていた。
学校内にはすでに住民達が集まっていて、その数は数百人を越える規模に膨れ上がっていた。
UPCの兵士たちは傭兵達と協力して各門付近に潜伏しており、すでに校内にも入り込んでいた。また一小隊が私服で変装して各門に散らばっている。
と、空の雲行きが怪しくなってきて、ぽつ、ぽつ、と雨粒が落ちてきた。雨は瞬く間に本降りなって、雨粒が激しく地面を打ち叩く。
終夜・無月(
ga3084)はギブスや包帯を巻いて怪我人を装って裏門に回っていた。
と、そこへ傘を差した住民の一人が近付いてきて声をかける。
「あんた、大丈夫かい? どうしたんだ、包帯だらけじゃないか」
「いや‥‥この間の戦いに巻き込まれて‥‥」
言いながら無月は住民が持っている無線機に目を落としていた。
「そうか‥‥大変だったろう。もうすぐ高橋様がやってきて、集会が始まるんだ。知ってると思うが、学校に入ると良い」
「ああ‥‥」
無月は辺りを見渡して人目が無いことを確認すると、住民が背中を向けたところで首筋に軽く一撃叩き込んだ。
住民が昏倒するのを抱きかかえると、無月は物影に洗脳兵を放り込んだ。
「終夜さん? 大丈夫ですか」
無線機から潜伏しているトクム・カーン(
gb4270)の声が流れてくる。
「大丈夫だ。洗脳されている民兵のようだ」
そうして時間だけが流れていく‥‥傭兵もUPCも高橋の登場を待った。
誰もが門から学校へ入るものだろうと予想しており、そちらを警戒していたが、実際に高橋が現れたのは、別の方角からだった。
近くの家で待機していた鳴神伊織(
ga0421)が空をゆっくり進んでいく影に気付いて仲間達に告げる。
「警戒、ヘルメットワームです」
一同の間に緊張が走る。
低空で飛んでいくヘルメットワームは、学校のグラウンドに着陸する。
正門に回っているヨネモトタケシ(
gb0843)はワームから降りてくる人影を見やる。
「どうやら、高橋はワームでお出ましのようですねえ。他に付き添いが二名。強化人間かも知れません」
そうこうする間に高橋たちは学校に入っていく。
「みな正門に回れ。そちらから突入、高橋が民衆と合流する前に奴を捕縛するぞ。軍は直ちに各門並びに学校周辺を押さえて欲しい」
無月は言って、走り出す。
校内を歩く高橋の瞳には冷淡な光が宿っていた。美しい女性だが、もはや彼女に人間だった頃の感情はないのかも知れない。洗脳されていると言う情報だが、いずれにしても、この高橋がみやま市の混乱を引き起こしている元凶である。
隣を歩く二名の強化人間は屈強な男性で、長身の巨漢だった。
「それにしても、良いご時世なりましたな。バグアのおかげで我々はこうして強化人間として生まれ変わり、人間を超越した存在になったのです。我々は今や支配者であり、人の命の重さを量る役割を与えられたのです」
巨漢の一人が言うと、もう一人の男が笑みを浮かべる。
「我々はバグアに選ばれた高貴なる存在。今や人類が到達できない高みに我々はいる。何れ我々はバグアの偉大な力によってさらに強力な存在となる。強化人間から飛躍し、ヨリシロとなり、我々は永遠の命と力を手に入れるのだ」
男達は全くバグアに心酔している様子で喋り続けている。
「‥‥‥‥」
高橋は男達の話を聞きながら、無表情であったが、内心でほくそえんでいた。‥‥馬鹿め、貴様らなど捨て駒に過ぎん‥‥とうにバグアから見限られている、ヨリシロなど程遠い存在よ‥‥哀れな連中だ。
高橋らは校舎内の廊下を歩いていく。
そこへ洗脳民兵の一人が駆け込んでくる。
「高橋様大変です! 校内にUPCが潜入しています! 民衆達が学校から逃げていきます!」
「何だと?」
言ったのは巨漢の強化人間である。
「UPCが‥‥一体どうやってここを突き止めたのだ」
「敵の規模は?」
「分かりません! とにかく、集会は完全に妨害されました!」
うなる男達。
「高橋様、いかがなさいますか?」
高橋は表情を変えない。束の間考えて、高橋は踵を返す。
「戻るぞ。あるいはすでに包囲されているかも知れん。UPCの兵士など敵ではないが、能力者は厄介だ。もし連中が来ていたら‥‥!」
そこで高橋の言葉は中断された。
窓を突き破って、高橋らの前後に傭兵達が突入してきたのだ。
土煙がもうもうと立ち込め、破壊された壁の残骸を吹き飛ばして、傭兵達がなだれ込んでくる。
「‥‥貴様らは? いや、聞くまでもない、傭兵達だな」
高橋の口もとに冷笑が浮かぶ。
「高橋麗奈ですね、軍からの依頼であなたを捕らえます。それが叶わないならあなたを倒します」
伊織の体から放たれる青白い光が死神のような禍々しい形に変わる。
「お前達に恨みはないが‥‥ここで捕まってもらうぞ」
ジロー(
ga3426)は言って前に踏み出す。
「フハハ‥‥面白い、傭兵が俺たちを捕まえようってのか。やってみるがいい」
巨漢の強化人間は前に出てくると、腰のレーザーブレードを抜いた。
「舐めんなよ。前回の借りは返させてもらうぜ。あの無差別攻撃には無性に腹が立っているんでね」
ユウ・エメルスン(
ga7691)の言葉に高橋の口元が歪む。
「ほう、あの時の能力者か。あの無差別攻撃を指示したのは私だ」
「何?」
「本来なら見逃してやっても良かったが、気が変わってな」
「そうか‥‥お前がな‥‥それを聞いて安心したぜ。どんな奴が強化人間かと思っていたが‥‥」
エメルスンは無表情で冷静だった。目の前に宿敵がいると分かって、今はこの時に集中する。
「‥‥君の事は知らないけど、言われるがまま、望むまま、役割を果たすために、色んな人騙して、傷つけて、命を奪って‥‥それで君は今、幸せになれてるの?」
エル・デイビッド(
gb4145)の言葉に高橋は残酷な笑みを浮かべる。
「私は一度バグアに敗れた。バグアに捕らわれ、生かさず殺さず人を人とも思わぬ奴らの扱いに私は悟った。抵抗など無意味なのだとな。今は自分が生きていることなどどうでも良い。人間はバグアの支配を受け入れるしかないのだ」
エルは戸惑いを覚えた。情報では高橋は洗脳されているということだったが‥‥。
「君は洗脳されているんじゃないの?」
「強化人間の道はバグアから与えられたもの。私はただ受け入れるだけだ。そしてその力を私は存分に振るうことを選んだ」
高橋は二人の部下に命じると、傭兵達と対峙する。
「お喋りはここまでだ。‥‥来い」
傭兵達は前後から高橋らに襲い掛かった。
巨漢のレーザーブレードがジローの肉体を切り裂く。
「傭兵ごときに我らが倒せるとでも思うのか!」
ジローはダメージに耐えながら豪破斬撃を叩き込むが――。
強化人間は斬撃を腕で受け止めてジローに肉薄する。バックステップで後退するジロー。
その側面からヨネモトが二刀で切りつける。
「小賢しい!」
脇腹を切られて怒りを露にする強化人間の男。ヨネモトに回し蹴りを叩き込む。吹っ飛ぶヨネモトは壁に叩きつけられる。
「やってくれますね‥‥」
埃を払って立ち上がるヨネモト。
強化人間は襲い来るが、背後からジローと山崎・恵太郎(
gb1902)が打ちかかった。
ジローの刀が敵の肉体にめり込み、山崎のナイフが強化人間の体を貫く。
竜の爪と竜の咆哮で強化人間をふっとばす山崎。
「大丈夫ですかヨネモトさん」
「ええ‥‥重傷を負った自分がふがいない‥‥」
強化人間は立ち上がると、牙を剥いてさらに向かってくる。
「ふざけた真似を‥‥! 踏み潰してくれるわ!」
突進してくる強化人間を山崎が先頭に立って受け止める。アーマーを敵のレーザーブレードが貫通するが、怯むことなくナイフに竜の爪を流し込む。
「ぬう‥‥ああああああ!」
強化人間は山崎を抱え込むと投げ飛ばした。
空中で反転して壁に着地する山崎、足が壁にめり込んで、そのまま竜の翼で飛び出す。
「何!」
予想外の反撃に強化人間は山崎の攻撃をまともに受けた。
だが強化人間は倒れない。
「さすがにタフな奴だ‥‥」
ジローとヨネモトは山崎を中心に攻撃を加えていく。
カーン、エメルスン、エルも強化人間の男に立ち向かっていた。
「スキル欲しいな。一気に肉薄できる奴とか装甲とか回避力あげる奴」
カーンは空を飛び高速回転しながら円閃・スマッシュを叩き込む。
カーンの一撃を受け止め、レーザーブレードで反撃してくる強化人間。
「馬鹿め! 裏をかいたつもりだろうが、我らの力をみくびるなよ! 強化人間が傭兵に遅れをとると思うか!」
レーザーブレードがカーンの二の腕を切り裂いた。
「くっ‥‥フェンサー、銃士の名にふさわしく銃器でのスキルも開発してほしいものだ。それ以前に戦闘経験を積まねば」
小銃を撃って後退するカーン。
「フハハ! 傭兵ごとき敵ではないわ!」
突進する強化人間の両側からエルとエメルスンが襲い掛かる。
小銃とエネルギーガンを雨あられと打ち込むエルとエメルスン。
「お、おのれい‥‥! さかしい能力者が‥‥!」
強化人間は咆えると、エルに突進してくる。
エルは後退しながらエネルギーガンを打ちまくった。
「奴の足を止めるぞ」
エメルスンはワイヤーアクションさながらに壁に駆け上がると、上方からイアリスで強化人間に突進する。
カーンは敵の足目がけて銃を撃ちまくった。
強化人間は一気にエルとの間合いを詰めると、レーザーブレードを叩き込む。
エルは直撃を受けたが、パンチを叩き込んで竜の咆哮で相手を吹っ飛ばす。
そこへエメルスンが紅蓮衝撃でイアリスを叩き込んだ。
「ぐ‥‥おおおおお!」
強化人間はその攻撃を受け止めながらエメルスンを蹴り飛ばした。
吹っ飛ぶエメルスンは空中で身を捻って立ち直ると、衝撃に滑りながら地面に手をついた。
高橋と相対する無月と伊織。高橋は刀と小銃で武装している。
相変わらず冷笑を浮かべたまま二人と相対する高橋。無月の装着式超機械と伊織の刀剣の連続攻撃を正面から受け止める。
超機械の電磁波と鬼蛍の刃が高橋の肉体にめり込んでいるが、貫通するには至らない。
高橋の冷たい瞳がきらりと光る。高橋は無月を蹴りで吹っ飛ばし、伊織を刀の峰打ちで叩き伏せた。
伊織の体から放たれる蒼い光が悪魔のような姿に変化して陽炎のように立ち昇る。鬼気迫る形相の伊織。
「どうやら‥‥捕縛は無理のようですね‥‥」
伊織は立ち上がると、刀を構え直す。
「捕縛が無理ならば、お前をここで倒すのみ」
無月の瞳が獣のような不気味な光を帯び、激しい情動が狼王のごとき顕現を呼び覚ます。
「ふん‥‥あの二人ならともかく、この私を暗殺で倒そうなど笑止な」
だが高橋は無月と伊織と距離を保つと、反転して壁に突進。突き破って脱出を図る。
「逃げるつもりですか‥‥そうはさせません‥‥!」
伊織と無月は高橋の後を追う。
「高橋様! ちいっ! 運の良い連中だ! 逃げるぞ!」
他の二人の強化人間たちは傭兵の攻撃を振り切って慌てて高橋の後に従った。
「待て!」
無論そう言われて待つはずがない。
「強化人間たちが逃げるぞ。外の様子はどうなっている」
エメルスンは走りながら無線機に問いかけると――。
「‥‥ヘルメットワームが動き出した模様だ! 作戦は失敗か!」
「まだだ、強化人間は手強い。無理は禁物だが何とか足止めしてくれ」
傭兵達は校内から飛び出すと、強化人間を追撃した。
もの凄い速さで駆け抜けていく傭兵と強化人間たち。
傭兵達は銃で牽制して追いかける。
「中々簡単にはいかないものですねえ‥‥」
ヨネモトは呟きながら追撃を諦めた。重傷中のため思うように体が動かない。
「あとは頼みましたよ」
伊織、ジロー、山崎、無月、エメルスン、エル、カーンは飛ぶように走った。
強化人間たちはUPCの囲みを正面から突破して、学校の壁を突き破って学校の敷地外に飛び出した。
そこへ上空からヘルメットワームが滞空する。ワームから梯子が下ろされ、強化人間たちはジャンプして空へと逃れる。
「残念だったな傭兵達。私を暗殺しようとは大胆な作戦だが。今一歩詰めが甘かったようだな」
高橋は笑声を残して飛び去っていく。
去りゆくワームを傭兵達は見送るしかなかった。
強化人間は予想以上の力を持っていたというべきか。味方に被害が出なかったことを幸いと言うべきかも知れない。傭兵達は負傷を救急セットで回復させる。
洗脳民兵はUPCに捕縛され、連行されることになる。
集まっていた人々はことの次第を知ってざわめいている。高橋の報復を恐れてもいるようだ。
「‥‥力ある人に無理やりついていかされる人たちと、言われるがままに従う操り人形‥‥一体どこが違うんだろうね‥‥」
エルは人々を見やり、何かを思い返したように呟くのだった。
「高橋麗奈か‥‥次に会った時は決着をつけたいものだが」
「あっさり取り逃がすとは‥‥無念です」
無月の言葉に伊織は空を見つめるのみだった。