●リプレイ本文
「中山中佐を現場に連れ出すだと?」
UPCの士官たちは、傭兵たちの言葉に耳を疑った。
「馬鹿を言うな。ULTオペレータ一人のために中佐を現場に連れ出すなど、危険すぎる。そんな作戦は許可できん」
「では、フローラ様を見殺しにするのですか?」
櫻小路・なでしこ(
ga3607)の言葉に、軍人たちは手を振った。
「そうは言ってない。最大限救出作戦はバックアップする。そのために君たちにも来てもらったのだ」
「ですが‥‥中佐が現場に現れなければ、救出作戦は全て台無しになってしまいます」
「そうとは限らん。時間を稼いで、そうすればフローラを救いだす機会もあるはずだ」
「フローラさんも可哀そうに‥‥」
M2(
ga8024)は吐息して、フローラ・ワイズマン(gz0213)の顔を思い出した。少ししか会ったことはないが、今回は同情していた。
「フローラさんもとんだとばっちりだよ。高橋の奴、逆恨みもいいとこだ」
「軍の人たちの言葉も分かるけど、それじゃ、ボクたちも何か作戦を修正しないと」
ソーニャ(
gb5824)の言葉に、五十嵐 八九十(
gb7911)は頭を掻いた。
「そうは言ってもな。こいつはデリケートな作戦だぜ。本当に中佐の同行は無理なんですか」
「心情的には気の毒だと思うが‥‥」
中山中佐は言って吐息した。
「いいかね。UPC軍の中佐と引き換えに、オペレータ一人の身柄を交換できるわけがない。分かってくれ。フローラが私でも同じことを言うだろう。彼女もULTの一員だ。こうした事態に覚悟は決めているだろう」
別の士官が諭すように言う。
「分かったよ、何とかしてみるけど、軍にも協力してもらうよ」
夢守 ルキア(
gb9436)の言葉に、中山中佐は「もちろん」と両手を広げた。
「中佐が来られないなら、偽物を用意するしかない。軍属傭兵の一人に中佐に変装してもらって、少しでも時間を稼ぐしかないと思うんだ」
「そう言うことなら問題ない。誰か適任者を同行させよう」
「フローラっち可哀そう過ぎだけど――」
エスター・ウルフスタン(
gc3050)は言ってからあることに思い当った。
「ところで、中佐と高橋の間に因縁なんてないですよね? もし高橋が中佐の顔を知っていたら偽物用意したって無理でしょう?」
「顔は知らないはずだ。恐らくは。ただ――」
「ただ?」
「私は熊本基地にいた時、高橋麗奈が死亡した作戦に関わっていた」
「そうなんですか‥‥」
「ああ、高橋麗奈が死ぬことになった作戦を承認したのは、私だ」
「えー!」
エスターも他の傭兵たちも驚いたように中山中佐を見た。
「それじゃあ‥‥この復讐には、あなたも含まれているんじゃ」
五十嵐は唖然として中山中佐を見やる。
「かも知れん。だが、熊本本部のデータを入手するのは困難だ。偶然かも知れない」
「それは楽観し過ぎだと思うけどなー」
ルキアは言って、吐息した。
「入手したんだよ。高橋兄は、きみと麗奈の関わりを」
中山中佐は吐息した。
「だとしたら、何としても高橋明の復讐劇を、今回で止める必要がある。高橋明の資料を渡しておこう」
言って、中山中佐は、手元にあったファイルを傭兵たちに差し出した。
「ふむー」
M2はファイルを開くと、目を通し始めた。横からソーニャも顔を出した。
「高橋明。1984年生まれ。士官学校卒業後、UPC九州軍の少尉として着任。バグアの北九州侵攻の際には前線指揮官として指揮を取る。直後に行方不明となる。将来を嘱望されていた有能な軍人であった。行方不明直後に強化人間にされたと思われるが、表立った活動記録は無い。バグア軍の中でも序列は高くは無いと思われるが詳細は不明――」
M2はファイルをソーニャ手渡した。
「こっちも元UPCの軍人ですか。確か高橋麗奈も軍人でしたよね」
傭兵たちはそれぞれファイルに目を通した。
それから傭兵たちのもとへ、三つのデルタチームの隊長たちがやってきた。デルタワンからデルタスリーまで。
「ラスホプ組、出発の準備はできている。いつでもいけるぞ」
「中山中佐が同行できませんので、どなたか軍傭兵の中から、中佐の代わりを務めて頂けないでしょうか。時間を稼ぐために高橋と交渉に臨んでみるつもりです」
「そうか‥‥」
なでしこの言葉に、デルタワンの隊長が思案顔で頷いた。
「では俺が身代わりになろう。丁度中佐とは体格も背丈も似ているしな。部下に任せるのは危険すぎる」
「ありがとうございます」
「何、それで、誰が交渉に臨むんだ」
「私」
ルキアは隊長と握手した。
「ではうまくやってくれよ。いきなりズドンはご免だからな」
「そうならないことを祈るしかないけどね。救出班がうまく先行出来ればいいけど」
各チームの隊長たちは、傭兵たちと作戦を確認する。
「よし、了解した。では、我々もチーム二つを高橋明が来る方へ、もう一つをワイズマンの救出に向かわせよう」
「よろしくお願いします」
「そろそろ時間だ。出発しないと」
そうして、傭兵たちは出発した。
‥‥なでしこは配置に付くと、無線で声を掛けた。スナイパーライフルで高橋が出現するであろう方角へ狙いを定める。
「こちら櫻小路、配置に付きました」
「デルタワン、配置に付いた」
「デルタツー、配置に付いた」
「五十嵐だ。高橋が現れるのを待つ」
「夢守だよ。準備だけはオッケー」
「さて‥‥後はやっこさんがどう出てくるかだが‥‥」
時間がじりじりと流れて行く。
中山中佐の身代わりとなってくれたデルタワンの隊長と五十嵐、夢守が開けた空間に立っていた。
「‥‥‥‥」
みな気を張って、敵の出現に集中する。
なでしこらスナイパーは身を潜めて照準先に映る敵の姿を探っていた。
「金魚のフンの分際で悪あがきしやがって‥‥復讐? それを言うなら俺だって気持ちは同じなんだ‥‥」
五十嵐は家族を九州侵攻により失った気持ちからか苛立っているが、分を弁え表には出さないように努めていた。
――と、やがて西側の廃墟から十数人の人影が出現する。
「高橋を確認しました」
「了解した」
夢守に五十嵐、隊長はやってくる高橋らと相対した。
高橋は部下に周辺を固めるように指示を出すと、向かってきた。
「中山一人だと言ったはずだが」
高橋は、夢守らに声を掛けた。
‥‥フローラ君の誘拐は、傭兵は敏感でも軍は動くとは思えない。で、傭兵にも呼びかけているコト『私の妹、高橋麗奈はお前たちに殺された』の言葉。私が傭兵への怨恨だと思った理由、言わないケド。ルキアは高橋の思惑に推測を巡らせた。傭兵への怨恨なら、まだ手はあると考えていた。
デルタワンの隊長は、五十嵐に軽く合図をすると、歩き出した。
「私が中山だ。そちらの要求には応えよう。フローラを返してもらおうか」
「貴様が中山‥‥妹を殺した張本人」
高橋は憎しみに燃えた瞳で、隊長を睨みつけた。
と、高橋は腰の銃を抜くと隊長を撃った。ドン! と隊長は吹っ飛んだ。
「ふん‥‥馬鹿め。むざむざ出てくるとは、こんな機会を俺が逃すと思うか」
しかし、隊長はうめき声を上げて起き上がった。
「やってくれるな‥‥」
「中山、貴様‥‥能力者か」
「その通りだ高橋」
「中山中佐――」
五十嵐は隊長を庇うように出てくる。
そこで、ルキアが前に進み出る。
時間稼ぎ、フローラ君より自分を人質にする方が得になると考えを誘導させる。依頼はあくまで、殺しと言うブラフを作る。
「一般人と中佐の命、どっちが重いかな? 依頼はきみの殺害、でもフローラ君の方が私はダイジ。あ、麗奈君の最期聞きたい?」
いきなり話の方向を変えつつ、交渉へ入るルキア。
「全員で戦って心中と、フローラ君の解放と引き換えに傭兵を痛めつけ人質に。どうする?」
「何だと?」
「私が人質になるよ。ラストホープの傭兵に恨みを晴らしたいんならね。それとも全員ここで心中する?」
「いいだろう傭兵」
ルキアは携帯品の銃を捨て、手を頭の後ろで組み降伏姿勢を取った。
強化人間が荒々しくルキアを立ち上がらせる。
「ラストホープの傭兵か」
高橋はルキアの顔を掴んで睨みつけた。
次の瞬間、ルキアの体が宙に浮いた。高橋が拳をルキアの腹に叩き込んだのだ。
「こんなものでは済まさんぞ」
部下にルキアを押さえさせると、高橋は別の部下に中山中佐を捉えるように命じる。
「悪いな傭兵、約束は守れん。俺は貴様ら全員を叩き潰さないと気が済まん」
そう言うと、高橋は無線機を持ち上げた。
「俺だ、ワイズマンを殺せ。中山と傭兵は俺がやる――」
「この辺りだね――」
ソーニャはAUKVを起動させると、周辺に目を向けた。
エスターとM2らはバイブレーションセンサーでまず探知を開始する。他、デルタチームも探索を開始する。
「早速ビンゴ――足音二つ」
エスターは仲間たちに無線で告げた。
「どのエリアだ」
「市街地北の病院跡地。近づいてみるわ」
「気を付けてエスターさん」
エスターは遠くに見える病院跡地に近づいていく。50m移動毎にバイブレーションセンサー発動。
「敵は恐らく病院の二階か三階。どうやら東から西へ巡回している模様」
ソーニャとM2、デルタチームは病院の死角から集まって来る。
「エスターさん――」
「こっちだよ」
傭兵たちは、崩れ落ちた病院の通用口から中へ入って行く。
適時バイブレーションセンサー。
「この上だね。二階か。東に一人、西に一人――」
「それじゃ、ボクは東から回るよ。デルタチームにも援護をお願いしたいかな」
「了解した」
ソーニャは東の非常階段から登って行く。
「よし、それじゃ俺たちは西から行こう」
M2にエスター、デルタチームが数人回る。
ソーニャはゆっくりと階段を上って行く。
「止まって」
軍傭兵がソーニャを止める。
「すぐそこだ。その扉の向こう」
「M2さんたちに連絡して」
「ああ――M2、どうだ」
「敵と至近距離。いつでもいける」
「よし‥‥合図三つで飛びだすぞ」
「了解」
そうして、傭兵たちは呼吸を整えた。
「三‥‥二‥‥一‥‥行くぞ!」
バーン! と鉄の扉を吹き飛ばして、ソーニャは飛びこんだ。竜の翼で突入。
強化人間たちは狼狽の声を上げた。
「悪いけど時間が無いんだ」
ソーニャは加速して大鎌を打ち込んだ。凄まじい衝撃が強化人間を貫通する。
「く‥‥!」
強化人間は慌てて無線機を取りだそうとするがデルタチームが突進して叩き落とした。
「畜生!」
強化人間はソーニャに反撃してくるが、ソーニャは受け止めて敵の胸を切り裂いた。
ハーモナーの支援を受けつつ、M2とエスターも強化人間に飛びかかって行く。
「エスターさん行くよ!」
「了解!」
ランスを撃ち込むエスターの一撃を、強化人間は弾き飛ばしてエスターを吹き飛ばした。
「くっ、やっぱ早いわねっ。なら‥‥まず足よ!」
吹き飛び踏みとどまって、エスターは敵の両足を急所突き使用しての突きで狙う。
「行くわよぶっ飛び野郎! ぶっとびなさいってば!」
直撃! 強化人間は吹っ飛んだ。
「デルタチーム行って下さい! フローラさんを確保して!」
M2は立ち上がって来る強化人間に加速すると、急所目がけて剣を繰り出した。
「く‥‥やろう‥‥!」
強化人間は喉を切り裂かれて絶命した。
ソーニャも強化人間の首をへし折って止めを差した。
「フローラさんは――」
ソーニャはフローラの発信機を探知機で追うデルタチームの跡に続いて、その部屋に入った。
デルタチームに確保されたフローラがいた。
ソーニャはAUKVを脱ぐと、フローラに近づいた。
「ソーニャさん」
フローラは驚いたように顔を上げた。
「迎えに来たよお姫様」
ソーニャはフローラを抱きしめた。
「ありがとう‥‥ソーニャさん‥‥」
フローラは震える声で崩れ落ちた。
「こちらデルタワン。ワイズマンを確保した――」
――高橋は無線機に何度も怒鳴っていた。
「答えろ! おい!」
高橋は苛立たしげに傭兵たちを睨みつける。
「一体何があった‥‥」
次の瞬間、なでしこらがスナイパーライフルで一斉攻撃を開始した。銃撃が次々と強化人間たちを撃ち倒していく。
「何だ!?」
「チェックメイトってこと、フローラを見殺しには出来ないからね」
ルキアは立ち上がると、高橋を蹴り飛ばした。
「いい加減に負けを認めて大人しくしてろ、負け牛のへじご野郎どもが!」
五十嵐は強化人間を撃破して行くと、高橋に詰め寄る。
「妹を殺された復讐? だったらお前は俺の家族の恨みをそのまま受けてくれるって訳かい?」
「騙したな貴様ら!」
高橋は怒り狂って五十嵐に攻撃を仕掛けたが、五十嵐は限界突破と連剣舞で逆撃を加える。五十嵐にズタズタにされる高橋。罵り声を上げると、逃走を図ったが、なでしこは高橋を撃ち抜いた。地面に転がる高橋。
やがて、ソーニャ達がやってくる。
「終わったみたいだね」
ソーニャは高橋に近づいた。
「あの麗奈に兄がいたなんてね。きっと恥ずかしくて言えなかったんだよ。本当に残念な兄だ。麗奈も浮かばれないね。兄さんに貶められるなんて。ボクたちは戦ったんだよ、最後まで。その気になれば逃げ落ちる事も出来た筈だ。しかし、自らの存在意義と矜持にかけて自分という存在をまっとうした。ダムは言ったよ、今までの戦いが自らの証だと」
ソーニャは冷ややかに高橋を見下ろした。
「君はこの人質でなんの証とするの。情に目が眩むのはわかるよ。でも麗奈は情で曇らせるにはもったいない。本当はボクが君の性根を正したいとこだったけどね、この言葉で我慢するよ」
「‥‥れ‥‥い‥‥」
だが、高橋明の瞳孔からは、光が失われた。
ソーニャは吐息すると、静かに高橋の目を閉じてやった。
戦闘終結後――。
「フローラ様、大丈夫ですか」
なでしこが声を掛ける。
「はいなでしこさん。私は大丈夫ですよ。皆さんのおかげで、こうして」
「良かったですわ、本当に。ラストホープに戻ったら、またきちんとケアを受けて下さいね」
「ありがとう」
フローラは笑みを浮かべた。
「ねぇフローラ」
ソーニャは口を開いた。
「ボクには存在意義も矜持もないよ。飛べればいい。みんな綺麗だった。ボクだけが薄汚い」
ソーニャは涙を浮かべていた。フローラはその言葉の意味を察してか、ほこりまみれの顔で小さく笑うだけだった。
「ソーニャさん‥‥私に戦場のことは分かりませんが、あなたはきっと強い人ですよ。今日はありがとう、本当に」
そこへデルタチームの隊長がやって来る。
「迎えのヘリが来た! ワイズマン、いけるか!」
「ええ」
「よし行こう!」
傭兵たちは飛び立つサイレントキラーを見送った。
「じゃ、うちらも帰りましょうか。何とか無事に終わったわね」
「ああ、終わったな。何かワーム撃ち落とすより疲れたぜ」
五十嵐の言葉に、エスターは笑った。
「怪我の方は大丈夫だったルキアさん?」
「私は大丈夫。綱渡りだったからフローラ君がほんとに危なかったねー」
M2の言葉に、ルキアは肩をすくめるのだった。