●リプレイ本文
●準備
「んと、全員、無線機は持ってますですか?」
出発前、ヨグ=ニグラス(
gb1949)は手に無線機を持ちながら、荷物の最終チェックをしていた。探索の任務だと、互いの連絡は不可欠だ。それに、登山路とは言え山に登るのだ。準備は怠るべきではない――さすがに全員とまではいかなかったようだが。
「配布した地図で、常に現在地を確認してください」
文月(
gb2039)はそう言いながら、自分の探索箇所にチェックを入れていく。事前に役割分担がなされているので、メンバーにさしたる混乱はないようだった。
だが、
「また一緒になったな。これだけ続けば、小夜子も運命を信じる気になったか?」
「ええと‥‥今回は班が違いますし、時間もありますので‥‥」
各務・翔(
gb2025)が石動 小夜子(
ga0121)に迫っていた。大きな混乱はないが、小さな混乱ならあるようだ。
たまらず、如月・由梨(
ga1805)が声を上げる。
「早く出発しましょう。犠牲者が出る前にキメラは退治しなければ」
「由梨、そしてそこの文月も美しい女性だ。この場で巡り合えたのも運命‥‥遠慮なく俺を頼るが良い」
「賛辞は嬉しく思いますが、私には恋人がいまして。各務さん」
どうにも話が進まなくなりそうな雰囲気だった。
呆れてか、それとも時間を惜しんでか、白鐘剣一郎(
ga0184)は幡多野 克(
ga0444)を一瞥する。
「先に行くぞ」
「え? ‥‥わかった‥‥」
背を向ける二人。それを傍目で見ていた周防 誠(
ga7131)は、小さくため息をついた。
「まいったね」
作戦準備は、すでに出来ていた。
●トーマス
「かの織田信長ならば『鳴かぬなら‥‥』と言う所だがな。俺は世界で最も器の広い男だ」
トーマスを前にして、各務は尊大にのたまった。
トーマスは山近くの診療所、簡易寝台の上で怯えるように体を震わせていた。恐怖はいまだ拭われていないようで、やってきた各務とヨグの二人と、目を合わせることもない。
「水でも飲んで落ち着くがいい」
「だめですよ。そんな強気で言ったら。怯えているですよ」
ヨグは各務を嗜めると、穏やかな口調でトーマスに語りかける。
「んと、トーマスさんみたいに山に登りたいですよ。そのためには危ない事はなんとかしなきゃです」
「俺たちはキメラ退治のプロなのだから、おまえの恐怖は簡単に拭える」
二人の言葉に、トーマスの震えはわずかばかりに収まった気がする。だが、まだ話が出来る様子ではなかった。
「だめですね」
「話ぐらいはきちんとして貰わなければ困るな。それでも依頼を遂行しようとするこの俺の素晴らしさ‥‥」
「んと、時間も時間です。残念ですけど、探索に‥‥」
二人はすでに、一時間半ほどトーマスを励まし続けていた。これ以上は探索に支障がでる。情報は諦めるしかなかった。
だが、立ち上がり、トーマスから背を向けたところで、叫びが聞こえた。
「ま、待ってくれ! き、キメラ退治のプロなら、僕を守ってくれ!」
「えと、でもボクたちは山の調査に行かなくちゃならないです」
「頼む! 頼むよ‥‥」
トーマスが頭を抱える。ヨグは、たまらず駆け寄っていった。
「わかりましたです! お守りするです!」
「おい、俺は一刻も早く美しき女性たちを――」
「守っている間に、話を聞けばいいんですよ」
ヨグは朗らかに笑った。対して、各務の表情は暗い。
「ここは、失敗か‥‥」
病室に、嘆きの込められた呟きが漏れ出していった。
●休憩小屋付近
「トーマスさん‥‥キメラに出遭って無事なのは‥‥幸運だったかも‥‥」
幡多野はぽつりと、そう呟いた。
「あとは‥‥被害が‥‥出る前に‥‥キメラを倒さないとね‥‥」
「そうだな。それに、依頼では三時間以内か。時間の猶予がない以上すぐ動いた方が良いな」
白鐘は、調査の中心にする予定の休憩小屋の前に陣取っていた。隣では幡多野が双眼鏡で小屋周囲をチェックしていた。
「しかし此処に出没したのは何が原因だ? 単独で動き回るキメラというのはかなり特殊な物以外、余り記憶にないが‥‥」
「その‥‥特殊なものなのかも‥‥」
「トーマス以外わからず、か‥‥定時連絡は?」
「さっきした‥‥」
「よし、では突入だ。外は任せろ」
白鐘の言葉に小さく頷き、幡多野は小屋の中を慎重に覗く。その間、外からの攻撃に備えるのが白鐘の役割だった。
だが、幡多野はすぐに首を振った。
「いない‥‥隠れられる場所もない‥‥」
「では、ここを中心に探す」
白鐘と幡多野は、小屋周囲の探索を始める。だが、キメラらしい影すら見当たりはしなかった。
かなりの時間探索に費やしたところで、通信が入る。
「‥‥なるほど」
ヨグからトーマスの話が聞けたとの連絡だった。内容を聞き、二人は情報を処理し始める。
「トーマスは迷ってはいたが、特に道無き道を進んでいた訳ではなかったな。だとすると、小道も含め歩けるルートの何れか近辺に居たという事か」
「腐敗臭‥‥臭いに気をつけなきゃ‥‥でも、キメラじゃなくて‥‥熊なんかの死体を見間違えたような気もする‥‥」
「だからこそ、依頼に周囲の探索が入っているのだろう」
二人は情報を元に探索を始めようとする。だが、そこでまた通信が入った。
通信に出る白鐘。その眉が、微かに動いた。
「そうか。見つかったか」
●下山ルート付近
「さっさと片付けて帰りましょう」
周防は隣を歩いている如月に、そう声をかけた。
「そうですね。‥‥ただ、依頼人の方はどうやってキメラから逃げ果せることができたのでしょう? 寝てた、とか‥‥?」
「情報が不足しています。ただ、キメラと遭遇して無事に帰ってこれるとは、ずいぶん運がいいみたいですね」
声を落として会話をしながら、下山ルート付近に差し掛かる。そこで、如月の雰囲気が一変した。
「覚醒、ですか」
「足跡を中心に探しなさい。出来るだけ距離を稼ぎたいですから、怪しいものがあれば報告なさい。双眼鏡で確認します」
「‥‥まいったね。敵はキメラです。きつくあたらないでいただきたい」
だが距離を稼ぐのは周防も異議はない。スナイパーライフルでの射撃では、距離が必要なのだ。今回は援護に徹するつもりだが、さて調査は上手くいくだろうか。
二時間ほどは探索しただろうか。それらしき足跡ない。ここは外れか、と二人が思い始めたところで、無線に連絡が入った。
「はい‥‥わかりました」
通信を終え、周防は如月に報告する。ヨグからで、内容はトーマスの遭遇した時の状況だった。
「なるほど。大型の獣ですか」
「これで足跡が探しやすくなります。如月さん、先ほどの足跡、もう少し追ってみては?」
「出来ることなら、もう少し早くしていただきたかったです」
赤い目で睨みつけるような如月の言葉に、周防は苦笑した。
と、そこで再び通信機が作動する。
通信を受ける周防。その顔が、僅かに引き攣った。
「如月さん、どうやら発見したようですよ」
●三叉路付近(遭遇)
「居るかどうかわからない物を探すのは骨が折れますね。居ないに越したことはないのでしょうが」
文月のため息が森の中に消えていく。その体にはドラグーン特有装備、リンドヴルムがアーマー形態で装着されている。
石動は同意するように頷いた。
「手がかりの無い状態では大変ですね。トーマスさんが見て驚くのだから、多分大きくて怖いキメラなのだと思います。ならば、足跡などがあるかも知れません」
「迷っていたとは言え登山中に見かけたとの事なので、道なりで発見したのではないでしょうか」
「証言が聞けたなら、それを基に捜索も出来ましたのに‥‥」
「錯乱されているのですから、今ある情報はある程度疑ったほうが良いのかもしれませんね」
二人は三叉路を中心に、少しずつ調査の輪を広げていった。道なりに進み、周囲を探索していく。
しばらくして、石動が奇妙な足跡を見つけた。
「何か、引きずったような跡があります」
「どうやらこちらが当たりを引いたようですね‥‥」
文月が呟く。明らかに周囲のものとは異質だった。周囲には大きな爪のような跡もあり、人為的なものではないと窺わせる。
それと同時に、辺りに腐敗臭が漂ってきた。
「これは‥‥」
どちらともつかず漏れ出た呟き。それに呼応するように、通信機が作動した。
静かに耳に当てる文月。
「腐敗臭‥‥えぇ、確かにしますわ」
ヨグからの情報。それは、この先にキメラがいることを裏付けていた。
文月は、小さく笑った。
「石動さん! 他の方々に連絡を入れて差し上げて!」
「えぇ!? 味方の到着を待ちましょう?」
「先手、必勝ですわ!」
驚く石動を尻目に、リンドヴルムが唸りを上げる。登山路を一気に駆け抜けると、目の前に影を見つけた。腐敗臭も強くなっている。
そのままアーマーを操り、攻撃を加えようとしたところで、文月は異常に気付いた。
「‥‥腐っている?」
●発見
「やっぱり‥‥死体だったんだね‥‥」
幡多野はキメラの死体を見ながら、そう呟いた。
周囲には六人、それぞれ自分らの探索を終えて、三叉路付近に集まっていた。
「まいったね。トーマスさんも、人騒がせなものです」
「けれど、気持ちはわかります」
周防と文月は、少し離れてそれを見ていた。二人とキメラの中間辺りには、如月と石動がいた。
「寝ているかとも思いましたが‥‥でも、よかったです」
「では、次はコンパスですね。大切な物なのでしょうか。見つかれば良いのですけれど」
二人がコンパスを探そうと気合いを入れた時、白鐘が声を上げた。
「妙だ‥‥何かの気配がする」
言葉が終わる前に、猛々しい咆哮と共に、新たなキメラが後方から襲い掛かってきた。離れていた周防と文月に、体当たりを仕掛けてくる。
だが二人はどちらもそれを回避した。
石動が動く。刀を抜き、キメラの足を二度切り付けた。機動力を削ぐだけのつもりだったが、それ以上の効果があったようだ。
「‥‥豪破斬撃!」
幡多野が切りつけると、キメラは地に崩れていった。
「‥‥弱いな。くだらん」
剣を抜き放った状態で、舌打ちを隠しもせず白鐘は吐き捨てた。覚醒時の光を、その体に鎮めながら。
●コンパス
「それで、結局無くしたコンパスというのは?」
白鐘の呟きに、皆が思い出したように口々に喋りだす。
「もしかして、キメラが拾っていたという事は無いでしょうか?」
「ベルトにつけていたなら‥‥木に引っかかったとか‥‥‥?」
「話では、山道の入り口付近から入って三叉路に到達しているはずなので、その途中に落ちているのでは?」
「道に迷ったから来た道を帰ろうと考えたのでしょうから、折り返してきた休憩所付近ではすでになくしていたのかもしれません。コンパスと地図があれば道に迷わないでしょうしね」
意見が纏まらない。だが、探すことで一致はしたようだ。
「きっと、とても大切なものなのでしょうね」
文月の呟き。と、そこで石動の通信機に連絡が入った。
通信に出る石動。相手は各務だった。おそらくヨグからでも借りたのだろう。
「小夜子、キメラはいたか? 辛いようなら、恥かしがらずに俺を頼れ」
「いえ、もうキメラは倒しましたから‥‥」
「やはりこちらは失敗か。だが、また運命が俺達を巡り合わせるだろう」
そのまま賛辞が如月、文月と変わっていったところで、通信を切る石動。だが再び鳴る通信機にため息をついた。
「まいったね。情熱があるのはいいことだけれども」
「そこは‥‥ちょっと、うらやましいかも‥‥」
苦笑いをする周防と幡多野。その間も、通信機は鳴り続けている。たまらず白鐘が奪い、少し強めに言葉を放った。
「キメラは倒した。コンパスの探索に向かう。以上。通信は終わりだ」
「ご、ごめんなさい‥‥」
だが、漏れ出た声は予想とは違うものだった。
「ヨグか。どうした?」
「んと、えと‥‥コンパスについて、なんですけど‥‥」
ヨグはしどろもどろになっている。呆れたように、文月は息をついた。
「すっかり萎縮していますわ」
「すまない。それで、コンパスについて、とは?」
落ち着けるように優しく語りかけ、何とかヨグから話を聞きだそうとする。
「んと、コンパスですけど‥‥トーマスさんに落ち着いてもらって思い出してもらったんですけど‥‥」
ヨグの言葉は歯切れが悪かった。思わず、全員が通信機に耳を傾ける。
通信機の向こうで、ヨグが息を呑んだ。
「家に忘れてきて、持ってきてなかったそうです‥‥」
「‥‥」
陽光の差し込む、絶好の登山日和。美しい景色を連ねる天然の絵画。
その山々に、怒りの絶叫が木霊していった。