●リプレイ本文
「私が勝ったら、全員で今日一日、私のことを皇女殿下と呼ぶように!」
弓亜 石榴(
ga0468)の声に誘われる形で、トランプのシャッフルが始まった。公平を期して全員がカットする。
「ふふ‥‥たまにはこういうのんびりとしたイベントも良いですね」
「ん、これ? 食べ物とかあればもっと盛り上がるかなってね。小夜ちゃんや皆が楽しめるなら自腹切るのも本望でござる! なんてね」
「用意していますよ」
石動 小夜子(
ga0121)、新条 拓那(
ga1294)の二人が会話をしている。小夜子がカットし、拓那に渡した。その瞬間、各務・翔(
gb2025)が声をかける。
「また会えたな小夜子。俺達の出会いはやはり必然だ」
「いや‥‥そんなことを言われましても‥‥」
石動は戸惑い、視線をさ迷わせる。その騒ぎに乗じ、新条の手がカットに伸びた。半分に分け、下の段を上に乗せる際に、その指先が動く。一番上の一枚を手の平に滑り込ませ、そのまま手を引いた。全員、話に夢中で気付いてはいないようだ。
「トランプゲーム‥‥つまり賭博みたいなもんだね! いやあ、楽しみですなあ。ついでに優勝者には王様ゲームばりのセクハラ特権が! ‥‥いやあ、楽しみですなあ」
「いや‥‥それはちょっと‥‥」
弓亜の発言に、その対象である石動は苦笑いを浮かべる。油断していると弓亜の視線が向き、イライザは小さく身を震わせた。そのイライザにも、各務は声をかける。
「お前は運命のめぐり合わせに感謝するべきだ。俺という最高の男に出会えた」
「えっと‥‥まずはやりましょうか」
イライザに言い寄られた経験はなかったのか、少し嬉しそうだが迷惑そうでもある。
「イライザさんもゲームに参加なさるのでしょうか。宜しければ一緒に遊んでみませんか?」
「え? いやでも、私は主催者だから」
石動の言葉に、イライザは戸惑いながら返す。だが、
「きっと人数が多いほうが楽しいですよ」
全員の顔はイライザに向いていた。
反対する理由はない。そう納得すると、イライザは苦笑いと共にテーブルについた。
「ふふ‥‥こういうのって、皆で楽しく騒ぎながら遊ぶのが良いのですよね」
石動はそう言い、カードを捲る。ペアはできず、戻すと全員が手を伸ばし、シャッフルした。
「よっしゃ、一組ゲット!」
新条がカードを選ぶ。ペアができ、手元に置いておく。石動が拍手で賛辞を送ると、新条は笑顔で次を選んだ。だが次は外れだった。
「女の勘とか、苦手なのよね」
弓亜は合わなかったカードを戻す。
「勝負は勝たなければ意味が無い」
開いたカードを忌々しげに見ながら、各務はトランプをテーブルに戻す。
その爪が、カードに突き立った。
気づく者はいない。他の者は偶然にもよそ見をしていたのか、誰も咎めはしなかった。
最後にイライザが外し、一週が終わった。
「自分でカードをめくる時は完全に勘しかないなあ‥‥」
「石榴か。五年ではないな。三‥‥いや二年後には俺に相応しい女になりそうだ」
「いやいや、それはちょっと遠慮かな」
各務が弓亜に迫っていく。その間に、石動の順番は終わった。新条は困る弓亜に助け舟を出すために、わざと大きく声をかける。
「位置が覚えられないってなると、当たりを引くかどうかはそれこそ運命だね」
「運命、か。確かに、俺と小夜子は共する運命だ」
だが予想外なところからの食いつきに、新条は目を丸くする。
「運命って言われてもなぁ」
新条は呆れた様子でペアを選ぶ。合わずに戻しシャッフルすると、弓亜もそれに続いた。ペアにはならなかった。
そしてシャッフル。全員の手が離れ、各務の順番になる。同時に、各務は笑った。
「これが、運命だ」
二枚を迷いなく選ぶ。それをひっくり返すと、全員が息を呑んだ。開かれたのはスペードとハートのジャック。
ペアが、出来ていた。
半分まで減ったところで、休憩になった。一手ずつシャッフルする神経衰弱は、時間がかかるのだ。
現在、石動が三組、新条が二組、弓亜が二組、各務が三組、そしてイライザが三組と言う状況だ。
「みなさん、素晴らしいです」
パチパチと手を鳴らし、全員を称賛する石動。実際、全員横並びだ。白熱していると言ってもよかった。
「どうぞ召し上がれ。頭を使うときは甘い物が最適、と聞きますものね」
用意した饅頭などを食べながら、五人は談笑していた。なかなかいい雰囲気で進行している。イライザは小さく笑った。
各務はそんなイライザに声をかける。
「軍に入って何年になるんだ?」
「え? まだ一年程度だけど‥‥どうして?」
「お互いをよく知る必要があるだろう?」
イライザとしては、それはそれで悪くはないのだが、少し移り気が激しいのではないだろうか、とも思ってしまう。結局は無難に返してしまうだけだ。
「はは、せっかくだからイライザさんとは別に、俺のアイテムも賞品にしようか」
「おお、太っ腹だね!」
上機嫌の新条がそう提案する。弓亜はその隣で囃し立てていた。
用意したアイテムを横から覗くイライザ。その顔が、申し訳なさそうに歪んだ。
「あら、でもごめんなさい。私が用意したものよりも、そちらの方が高価なの。申し訳ないわ」
「そういえば、個人で主催したんだったね。俺はかまわないよ」
「嬉しいわ。でも、今回は顔を立てさせてちょうだい」
「もちろん。無理を言うつもりはないよ」
新条は爽やかに笑った。そんな中、いつの間にか会議室から抜け出していた石動がお茶を持ってやってくる。立ち上がりかけるイライザを制し、テーブルに置くと、五人は一口飲んだ。
新条の顔がほころぶ。
「おいしいよ」
その一言に、石動は満面の笑みを返した。
ふと誰かが時計に目をやる。後半戦が迫っていた。
後半戦も佳境に近づいていた。
「もらった!」
弓亜が驀進を続けていた。後半最初のペアを取り、絶好調だ。逆に他の者はなかなか手が進まないでいた。
「新条さんが見てるよ」
石動の耳元での囁き。これがどれほどの効力があるのかはわからないが、手元は狂っている。さすがに胸元を開くことは拒否されたが。
「これと、これだ!」
新条が二枚を選ぶ。その一瞬、弓亜は前かがみになった。その胸元が露になると、新条の気がカードから逸れる。
だが、開かれたカードはペアになっていた。
「はは、さすがに負けてられないよ」
「くっ、私って着やせするタイプだよ?」
「そんな問題じゃないさ」
新条は笑ってひらひらと手をふる。その手元から、最初にくすねておいたカードが消えていた。
「すごいです」
拍手する石動は、無邪気にゲームを楽しんでいる。
各務がペアをとり、イライザが外し、石動の順番になる。ペアは作れなかった。
「残念ですね」
そう言う顔は笑っていた。レクリエーションはこうあるべきだ。イライザは彼女を見て、終始微笑んでいた。
「これで終了!」
弓亜が二枚を掲げる。ラストも弓亜が取ったようだ。その声で、レクリエーションの終わりが告げられた。
「では発表します。一位が弓亜さんで七組、二位が各務さんで六組、三位が新条さんで五組、四位が石動さんと私で四組という結果になりました」
イライザの言葉が終わると、どこからともなく拍手が聞こえた。それにつられ、全員で拍手を重ねた。まずまず成功ということだろうか。
イライザから弓亜へ、包装紙に包まれた景品が渡される。一歩前に出てそれを受け取ると、弓亜は振り返って言った。
「じゃあ一位の命令をするわね」
「はは、どうせなら最期まで面白いお願いで頼むよ? 大概の無茶は聞くけどさ」
「まずは最初に言ったけど、全員で今日一日、私のことを皇女殿下と呼ぶように」
「仰せのままに、皇女殿下」
新条は舞台演劇のように恭しく頭を垂れた。その様子に、弓亜は満足げに頷く。
「それとアレだ。石動さんは賭博所に居そうなバニーさん衣装に着替えてもらうね。
石動さんがそんな格好をしたら、破壊力抜群だよー」
「えぇ? それはちょっと‥‥」
「衣装がないわね」
石動の驚きをよそに、イライザはさらりと言葉を放った。
「俺は戻るぞ。石榴、二年後を楽しみにするがいい」
「皇女殿下だってば!」
背中に怒鳴り声を浴びながら、各務が会議室を出て行く。すでに始めてからかなりの時間が経っていた。
お菓子などの片付けを終え、そろそろ解散となった。まだ作業をしている石動に、新条が近づいていく。
「どうだった?」
「‥‥とても、面白かったです」
「そうか‥‥」
微かな沈黙が辺りに流れる。石動は手を止め微笑んだ。
「ねぇ! やっぱりバニーさん衣装を持ってきて、着替えてもらおうよ!」
微笑みは、すぐに苦笑いに変わった。