●リプレイ本文
●到着
「風情のある温泉街だな、亜希穂さんと鳥飼さんが景色に似合っている」
伊達・正風(
ga8681)は温泉街につくと、そう呟いた。野之垣・亜希穂(
gb0516)と鳥飼夕貴(
ga4123)の二人は浴衣に身を包んでいる。それぞれ蛍と星が描かれた浴衣だ。それが自然の多い街道に映えていた。
「‥‥ひとまず温泉絡みのイベントを定期的に開催して、新たな町のイメージを植えつけてみよう」
「皆さんで絶対に成功させましょう」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)の言葉に、美環 響(
gb2863)は頷く。二人は温泉宿をしげしげと眺めていた。ここで三つのイベントを行うことになっている。成功は能力者たちの手にかかっていた。
「温泉‥‥とっても素敵ですの。静かで‥‥時間がとってもゆっくりながれて‥‥」
Innocence(
ga8305)は、近くに流れる川を見ながら、そう囁く。火絵 楓(
gb0095)はそれにうんうんと頷いている。だが落ち着きなく辺りを見回しているところを見ると、情緒を楽しむというよりも、物珍しさからだろうか。笑顔を輝かせて楽しんでいる。
ヴァン・ソード(
gb2542)は周囲の風景を見ながらリズムを取っていた。BGMを作ろうとしているのだろう。時々眉をしかめながら、たまに頷きながら歩いている。
やがて町の集会所へと辿り着く。果たしてそこには、依頼主である町の人たちが集まっていた。
●準備
「町の特徴は‥‥と」
ホアキンと伊達は役場で貰った地図を手に、温泉街を練り歩いていた。歴史、文化、伝統を掘り起こし、イベントと絡められる特産品や技芸を探索していく。女性客の喜ぶ旬の食材、浴衣や枕のデザインモチーフがあれば上出来だ。
伊達は風習や歴史、民間伝承等を調べていた。提案はしたのだが、使えるものがなければ意味を成さない。
「何か、ありませんか?」
訪ね歩く伊達。だが返答は芳しくない。
町の人々も、やれあれはどうだこれはどうだと騒ぐ。けれど具体的なものは出なかった。ただ浴衣等の織物は町で織っていると言う。それも後継者がおらず、廃れかけてはいるが。
その織物を見てホアキンは唸る。三日目には浴衣を使ったイベントがある。イベントなら数が必要だろう。
ホアキンは多めに、色々なデザインを用意しておくように頼み、その場を後にした。
鳥飼は料理の材料を探しに町に出ていた。
「料理は出来れば地元で採れたものも採用したいな。今だったら秋の味覚とかあるのかな?」
そんなことを思って探し始めたのだが、なかなか見つからない。山菜などが取れるだけだ。これは山菜料理になるだろうか。旅館で出す料理を織り交ぜれば、充分魅力的な料理を作れるだろう。
ただ大食い用の料理も探さなければならなかった。出来れば量を確保出来て、調理も簡単で量を食べられるものがいい。そんなものが都合よく町にあるとは思えなかった。
気がつけば、少し山にまで入ってしまっていた。そこには田が広がっている。やはり田舎なのだと再認識した。だがそこに植えられた作物を見て、鳥飼は小さく頷いた。
「アンタはどんなBGMが良いと思う?」
ヴァンは町の人たちの意見を聞きながら、ミスコンBGMの作成をしていた。
浴衣がテーマなのだから、和をベースとしたBGMを作ろうか。そう思い、楽器に指を走らせる。
「こんな感じでどうだ? 中々良いアレンジだとは思うんだけど」
町の人たちは首を捻っている。もっと和を強調すべきだろうかと、再び楽器を鳴らした。
町の人たちが頷く。ヴァンは納得すると、次の作業に移った。
Innocenceは少し山に入ったところで、カメラを向けられていた。
「わたくし‥‥静かなこの町、好きですわ。耳をすましましたら、山からの風が色々話してくれますもの」
ひらりひらりと舞い落ちる中、風に乱れる髪を片手で抑え、少しアンニュイな透明な横顔を風に晒している。僅かな微笑みを口元に残し、柔らかい睫毛が艶を放つ。そこにカメラのフラッシュが焚かれた。町のアマチュアカメラマンだ。
Innocenceはポスター用のスナップ写真を撮っていた。旅館の浴衣を着て、ただ自然に振る舞いながら温泉街を歩いている。無邪気な、そして無垢な所作に、カメラマンのため息が漏れた。
野之垣は旅館の女性を集め、日本髪の結い方を指導していた。
「髪の長い人は自毛で結い、短い人はつけ毛やかつらで対応。それなら、女装にも対応できるかな?」
日本髪はイベントにも映えるだろう。それにリピーターや口コミで来てもらえるようなおもてなしも大事だ。髪結いを指導すれば、長期的に楽しんでもらえるだろう。
それと着物も必要だ。イベントになればどれほど客が来るか分からない。足りなくならないように多めに準備し、浴衣や着物は男性用も取り揃え、カップルや男性客同士のお客さんにも楽しんでもらうようにしなければならない。
野之垣はもたつく女性たちを指導しながら、次にやることを考えていた。
●一日目
イベントは三日ある。三軒ある宿を持ち回りで会場にし、三つのイベントを行う。同時に宿の投票もあり、この町一番の宿を決めるのだ。
「大食い大会会場はこちらで〜〜す」
火絵は大食い大会の案内役をしていた。看板を持ち、集まった人々の誘導をする。だが何故か犬を髣髴とさせる骨も持っていた。取材に来たカメラを見つけると、奇怪に踊りだす。
厨房では鳥飼が、大会用の食事を作っていた。美味しい料理を出さなければならないが、大食いになると材料の問題もある。それを解決したのが田で見つけた蕎麦である。この町は蕎麦を生産していた。
次々と蕎麦が茹で上がる中、司会の美環が声を上げる。
「大食い大会、始まりまーす」
拍手が溢れる。蕎麦が女将たちの手によって運ばれてきた。だがそこは温泉である。選手たちは半身浴しながらそれを食べなければいけない。
参加者として、ヴァンが温泉につかっている。
「これがこの町の特産品か、美味そうだな」
目の前に出された蕎麦を見て呟く。
開始の合図と共に、全員が箸を手にした。参加者は男女混合、勢いよく啜るものもいれば、蕎麦の美味しさに思わず手を止めるものもいる。タオルで体を巻くだけなので色っぽい。
しばらく時間が経つと、次々と脱落者が出てくる。あっという間に数は激減した。
「大会はもう終盤に差し掛かったでしょうか。残る選手は後二人です」
美環の実況の通り、もう選手は一般参加の客と、ヴァンの二人だった。
だが突然、ヴァンが口を押さえる。
「う‥‥もう食えないな‥‥」
ヴァンが箸を置く。そこで、優勝者が決まった。
沸く会場。美環が勝者に近寄り、インタビューを開始する。その隣で、ヴァンは盛り上がる会場を見ながら満足げな表情をしていた。
「もきゅもきゅ‥‥しあわせ〜」
大会終了後、厨房で料理を無断で食べる火絵が発見されたが、その幸せそうな顔にあてられ、誰も咎めはしなかった。
●二日目
二日目のまくら格闘大会。
伊達とホアキンの模擬試合に、会場は見入っていた。浴衣に取り付けられた三つの風船を枕で割るというルールだが、やはり能力者の動きは洗練されている。
しばらくして、ルールが浸透したところで二人は手を止める。
「では、まくら格闘大会、はじまりま〜す!」
火絵の声と共に、試合が始まる。何故か鳥のきぐるみを着ていた。
枕はあたってもあまり痛くないような素材を使っている。だが投げる勢いは男性ともなると強い。相手が女性だと手加減はするものの、飛び交う枕は速い。
「‥‥激しい打ち合いだ」
ホアキンの実況。その隣で、伊達も解説していた。何故か大きな猫じゃらしのようなものを持っている。
「あ、倒れました。よかったですね〜。枕があるからすぐに眠れますよ」
会場が沸く。大会は佳境へと差し掛かっていた。
決勝には一般客と美環の対決だ。対峙する二人は枕を手に相手を見ている。
「来た来たキタァ! 決勝戦です!」
火絵の開始の合図がかかると、二人は一斉に枕を投げた。
枕を投げ、避け、激しく動く二人。だがしばらくすると、美環の動きが鈍る。そこを突かれ、美環の風船は割れてしまった。
優勝者に歓声を上げる会場。火絵の盛り上がりも最高潮に達していた。
「あたしも戦うぅ!」
きぐるみを脱ぎだし、中から出てくる火絵。司会が暴走し、少し混乱する大会。けれど激しい盛り上がりを見せ、無事まくら格闘大会は終わりを迎えた。
●三日目
三日目はミス浴衣美女。男性も女装して参加出来るイベントだ。
大量の浴衣を用意出来たので、参加者は好きな浴衣を選ぶことが出来る。慣れていないものは野之垣がサポートしていた。客はすでに、色とりどりの浴衣に身を包んでいる。
能力者たちも浴衣に着替え、控えていた。
「どなたもお似合いだな」
「おう、馬子にも衣装どころじゃないな‥‥綺麗じゃないか」
ホアキンは呟く。その隣ではヴァンがドラムの前で待機していた。
そしてミス浴衣美女が始まる。ヴァンの作ったBGMが流れ、一人目がステージに上がると拍手が巻き起こる。そのままホアキンの司会で滞りなく進んでいった。
美環の順番が終わり、会場も温まってきた。そんな中、もふりもふりと進んでくる大きな影が現われる。鳥のきぐるみを着た火絵だ。ざわつく会場に向かって手を上げ、そのまま勢いよく――
「う‥‥うごうご動けない‥‥」
火絵は満足そうな表情のまま、その場で固まるだけだった。美環が引きずり、ステージから下ろしていく。
そして、ヴァンのドラムロールの鳴る中、優勝者が決まった。客の女性がステージで涙し、ホアキンの手により商品の宿の一日女将の権利を渡す。割れんばかりの喝采の中、ミス浴衣美女は閉幕した。
●終了
全てのイベントが終了し、能力者たちは帰り支度をしていた。
能力者が来るということで会場は賑わいを見せたが、これが恒常的に続くかは分からない。だがやれることはやった。ちなみにミス浴衣美女を行った宿が一番だったので、優勝者は一日女将としてイベントで集まった方々と触れ合っている。
「素敵な所ですわ。また、来ましてもよろしいですかしら‥‥? 」
Innocenceは宿から見える風景を見ながら、女将さんたちと話をしている。ポスターは完成し、これから色々な所に配って貼ってもらうようだ。その出来はかなりいい。写真を撮ったカメラマンも、被写体がいいからだと頬を緩ませていた。
宿を出て行く能力者たちを尻目に、一つの影が女将に近づいていた。
「女将さん、頼んでいた部屋は大丈夫かい?」
影は伊達だった。笑顔で頷く女将にお礼を言い、野之垣に近づいていく。野之垣は気付き、小さく笑う。
「こんな旅館でゆっくりしたいわね。婚約して初めての旅行みたいなものだから」
「亜希穂さん、実は部屋を予約してあるんだ。これから二人で温泉旅行をしましょう」
微笑む伊達。野之垣は少し驚いていた。だがすぐに顔をほころばせると、二人は手を取り、温泉宿に戻っていった。