●リプレイ本文
流し素麺。
竹の樋(とい)に水と素麺を流し、それを箸で掬って食べるという、日本の夏を代表する風物詩である。一般的には、ある程度の傾斜があり、勢いよく流れてくるのをタイミングよく捕らえる、という部分にゲーム性もあり、子供から大人まで楽しめるイベントだ。
水の流れる様は見た目にも涼しげで、水資源に恵まれた日本ならではの風習だろう。
●流し素麺の台を作ろう!
「さ〜て、流し素麺台を作ろかぁ!」
「仕掛けがいっぱいの台にしよーよ! スタートはドミノ倒しとかさ!」
「なんでやねん」
キヨシ(
gb5991)が月読井草(
gc4439)に、真顔でツッコミを入れた。
キヨシが担いだ資材の大きさから、ガチでウォータースライダーばりの流し台を‥‥いや、ウォータースライダーを作る気だ。いや待て、と、稲玉は事前に渡された資料に目を通しながらキヨシに言う。
「これだけ大きいものを安全にちゃんと組み立てるとなると、重機が必要かな。あと、問題は排水ね。このビニールプールじゃ許容量を直ぐに超えてしまうわ」
同じく、組み立てをしに来ていた緋沼 京夜(
ga6138)が静かに頷く。稲玉は「そこで」と、続ける。
「排水は噴水の水を一旦抜いて、そこに排水ポンプで溜めながら緩やかに排水します。あと、傾斜を緩やかに調整して、高さを無くせば構造も安定するし、水量を調整できると思う」
いやしかし、とキヨシは食い下がる。
「それやと、俺の計画に支障が」
その顔に、じとーっと、キツイ視線の稲玉。
「なんやその目っ、俺が、そんな、何か企んで、いるゆーんか!?」
「キヨシ。‥‥何故ドモった」
その様子に、天野 天魔(
gc4365)は訝しげな眼差しを向けた。
同様に手伝いに来ていたLetia Bar(
ga6313)、那月 ケイ(
gc4469)、茅ヶ崎 ニア(
gc6296)が、じとーと、キヨシに生温い視線を浴びせている。
「図星か」
「図星だな」
「図星ですね」
「うるさいわい!」
三人から浴びせられた言葉に、うろたえながらも吠えるキヨシ。その脇では、京夜が黙々と作業に勤しんでいる。太い竹の筒と長い竹脚を組み合わせて、緩やかに曲がっていく形に仕上げていく。軍人時代に培った技能であったが、こういう場面で発揮できるのなら、そう悪い気もしなかった。Letia達も負けてはいられない、と、作業を始める。ウォータースライダーを改良したような、幅の広い流し台は、円還型と直線型を組み合わせ、その流れる様も面白い。
「おにーちゃん、ユウも手伝うー!」
ナチュラルに見学の子供達の中に紛れたユウ・ターナー(
gc2715)が、京夜の姿を見つけ、パタパタと駆けてくる。その後を、クリスティン・ノール(
gc6632)が、一足遅れて付いてきた。
「もー。いくなら、ユウに一声掛けてくれればいいのに!」
ぷぅ、と頬を膨らませたユウに、京夜は苦笑いを浮かべた。準備を含めて朝から作業を始め、土台等の調整は済んでいる。少し考え、京夜は軽くユウの頭を撫で、そして小さく「すまん。ユウ、クリス、手伝いを頼む」と言った。
「はい、ですの! 何だか凄い物が出来そうな予感ですの! お手伝いもワクワクですの」
「ああっ! クリスちゃんは重たいモノ、持っちゃダメだy‥‥ってわぁ!?」
張り切ったクリスティンが手近な木材を手に取るが、それを見たユウは慌て、飛びついた。しかし、急に飛び込んできたので、クリスティンは驚いて、勢いついたユウと一緒にバランスを崩したが、ひょいと、京夜の腕が、二人を優しく抱きとめた。
「‥‥気をつけてくれよ?」
***
濃紺の作務衣に身を包んだアルヴァイム(
ga5051)が、稲玉の元にやってきた。手にはダンボール。中には手持ち花火が沢山詰まっている。
「稲玉女史。これはどちらに?」
「ありがとう。調理場に設営したテントは火を使うから、そうね、ハンナさんが用意したジーザリオのところにお願いするわ」
稲玉が指し示す先、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)が、丁度更衣室を兼ねるテントを張り終えていた。その脇に用意された背もたれ椅子に、百地・悠季(
ga8270)と、クラリッサ・メディスン(
ga0853)の身重二人の姿。立ちっぱなしでは、と、ハンナが用意したものだ。
アルヴァイム本人も、出産時期が近いということもあり、労りと愛情を忘れずに接しようとは思っていたが、悪い癖、のようなものだろう。気が付けば、イベントの設営に奔走していた。
「いつもの事ながら良く気がつくことだな。戦場でもだが、あれくらい頼りになる男は滅多にいない。百地は果報者だな」
ジーザリオから、クーラーボックスを下ろした榊 兵衛(
ga0388)が、苦笑いを浮かべながら、フォローの一言を発する。悠季はクールに肩を竦めて見せて、応えた。何時もの事、なのだろうか。
その後ろから、キョーコ・クルック(
ga4770)が、ちょっと聞いてよ奥さんとばかりに、兵衛を押しのけて、悠季の近くに椅子を置いた。
「好きな人に、花火大会一緒に行こうよって誘ったらさ。別の女の子と行くから無理って言われたー。食ってやる、今日はやけ食いだ!」
その勢いに押され、一歩下がって頬をかく兵衛に、クラリッサは聖母のように微笑みかける。
「たまにはこういった皆で集まって何かするのも悪くありませんわね。折角ですから、楽しませて頂きましょうね、ヒョーエ」
***
「いちお、お箸の使い方は覚えたケド‥‥」
「素麺は食ったコトありやがるですが、流すとか言うのは初めてでやがるです。日本人っつーのは面白ぇコト考えるモン、ですね」
ラウル・カミーユ(
ga7242)がシーヴ・王(
ga5638)と一緒に、ひょっこりと現れた。
竹をガラガラと地面に置いたラウルは、手頃な位置を見繕った。どうやら、素麺の流し台製作にもチャレンジしようということらしい。
「んーと、とりあえず流れればヨイんだよネ? 途中で滝みたいな落ちるトコがあるのも面白いカモ。あと、鉄道のレールみたいに切り替わるトコ作って、そこ隠して、先に分岐作って『どこへ素麺が流れるか分からない』って仕掛けも、どーカナ?」
「どー‥‥と言われても、シーヴは流し素麺の台なんて、見たことありやがらねぇです。とりあえず、ラウル。シーヴは何をすれば?」
「シーちゃんも手伝ってくれるの?‥‥じゃあ、これを縦にぶった斬ってヨ!」
ほい、と、唐突に竹を宙に投げると、シーヴは殆ど無意識に大剣を抜き放ち、文字通りの幹竹割り。かこーんという、獅子嚇しのような高い音が響き、竹は真っ直ぐ、綺麗に叩き割れた。
「おみごトー」
パチパチと手を叩くラウル。「じゃ、次」と、またひょい、と一投。カコン。ひょい。カコン。ひょい。カコン。息の合った餅つきのように、リズミカルに割れていく竹。
数十秒後には、台を製作するのに十分なパーツが積み重なっていた。
***
着々と準備を進める中、遅れ気味だったのが、演劇部繋がりのメンバー。自分達で使う分は自作で。と、意気込んで来た月居ヤエル(
gc7173)ではあったが、実は流し素麺自体初めてで、実物を見たことはおろか、写真でちょっと見たくらいだった。ヤエルは材料の竹を手にとり、それを何となく持ち替えたりしながら、そんでちょっと考えた仕草を見せて、ふと、隣に居た半ズボン&エプロン姿のシャルロット(
gc6678)に話し掛けた。
「竹を繋いで‥‥一番最後が和風庭園とかにあるアレ、えっと、鹿威し? で、麺が落ちてくるとかにすればいいの?」
「‥‥それ絶対違う」
その様子を、首を竦めながら見ているのが、日下アオカ(
gc7294)。袖に『演劇部部長』と猛々しい字で書かれたカンパネラ学園のジャージを羽織り、開いた胸元からはランニングが見えている。なだらかな丘陵を越えた先にはブルマがあり、そこから彼女自慢の美脚がスラリと主張していた。
「竹を半分に切っただけじゃだめだよぉ。中の節も丁寧に剥ぎ落とさないとちゃんと流れないんだよー」
作務衣姿の星和 シノン(
gc7315)が、ヤエルに説明する。「鹿威しみたいなにもユニークで楽しそうだけど」
「確かに、斬新で面白そうですわね。ヤエルそれ、採用! さぁ、シャルくん、シンさん。ヤエルを手伝って、さっさと、流し台を作りなさい」
「部長は、やらないの?」
大工道具を手にしたシャルロットが、腕を組んでふんぞり返っているアオカを見た。
「アオは部長ですもの。ここで監修をするのが仕事ですわ!」
「あ、ソウデスカ‥‥」
「ぶ、ぶちょぉ」
シン・クサナギ(
gc4111)が、巨大なリュックを背中に、肩からはカバンを4個、両腕にもバックという、明らかな重量過多状態でフラフラしながら到着し、その場にぐしゃ、と倒れ込んだ。荷物には資材に調味料、浴衣一式と、着替え用の簡易テントが入っている。
軽い気持ちで「じゃあ荷物持ちやるよ」と言ったはいいが、アオカの遠慮ない性格上、こうなることは目に見えていた。がしかし、こっそり好意を抱いているシンは、このくらいで、めげない。
「ご苦労、ですわ。さぁ、いつまでもヘバっていないで、シンさんも、流し台製作を手伝いなさい」
「あの、できれば、その、休ませて‥‥」
「私に意見するなんて、6億5千万年早いですわよ」
容赦ない一言に、若干シンの心が折れそうになったところに、シャルロットとあーでもない、こーでもないとやっていたヤエルが、叫ぶ。
「アオちゃんも、見てないで手伝えー!」
「見てるのが仕事だといいましてよ、ヤエル!」
ムッとして、顔を付き合わせる二人。折角いい雰囲気だったのに、「まぁまぁ二人とも‥‥」と、シノンが仲裁に入る、が、
「邪魔しないでよ!」
「うるさいですの!」
息ピッタリに返され、「うぐぅ」と引っ込むしかなかった。触らぬ神に祟りなしと、いう。シャルロットが、顔を付き合わせた二人と、オロオロするシノンと、倒れたままのシンを見て、長めの溜息をついた。
「皆この調子だし、僕が頑張るしかないか‥‥」
●素麺を茹でよう!
「まさかLHで、流し素麺を楽しめるとは思いませんでしたわ」
一通りのチェックを負え、軽くセピア色の遠い目をしていた稲玉に、浴衣姿の祈宮 沙紅良(
gc6714)が声を掛けた。稲玉の姿を見かけ、ニコリと微笑み、たおやかに会釈をする。
「あ、いらっしゃい。んー。素麺が大量に手に入ったから、勢いでね」
「まぁ‥‥稲玉さんのご企画ですの? ウェッバーさんもいらっしゃるのですか?」
「オズワルド君? うん、後で来ると思うよ。私は現場責任者として設営から見なくちゃいけないけど‥‥。あ、その浴衣、お祭りのときのだね。うん、やっぱり、良く似合ってる」
さり気無い一言に、沙紅良は少し照れた様子で、袖で口元をそっと覆った。
「有難うございます。‥‥ところで、稲玉さん」
「うん?」
「やっぱり、あのお祭りに――‥‥」
し ま っ た 。
「あーっ! いっけない、忘れてたぁ! あの、アレだ! えっと、そうだ、ソレ!」
あわあわ慌て、意味不明な小芝居を挟んで、手をポンと叩くと、「ごめん、私行かなきゃ!」とか言いながら、そそくさと稲玉は逃げ出した。
「あらあら、お忙しい方ですね」
その後姿にくすりと、笑みを零す沙紅良。徐に髪を結び、浴衣を襷掛けにして、調理場として設置されたテントに一歩踏み出す。
「では、私は素麺の準備をいたしましょう」
用意された調理場では、二人の男が火花を散らしていた。いや、特に対決とかするつもりはなかったが、料理人としての矜持がそうさせるのか、単にノリがいいだけなのか。ともかく、Letiaの「素麺料理対決ーっ!」とかいう、煽り(?)もあって、相賀翡翠(
gb6789)とヘイル(
gc4085)は、創作素麺料理に勤しんでいた。
「トマトは紫外線対策になるっつうし、美容にもいいんだ」
翡翠はトマトを刳り貫いて器にし、抜いた実をソースに使ったトマト素麺を作るようだ。完成すると直ぐに、平行して作っていた料理の仕上げを進めている。負けじとヘイルが動く。
「ふむ、相賀はトマトを使うのか‥‥。なら俺は少し趣向を変えてみるか」
挽肉を炒め、茹でた素麺と出し汁を加え、卵、韮、塩胡椒で整え、焼き上げている。こちらは、チヂミ風素麺のようだ。フライパンにひいたごま油の匂いが香ばしく、ふわふわと辺りを包む。
「良い匂いですね」
そこに、匂いにつられて翡翠とヘイルよりも長身のアリーチェ・ガスコ(
gc7453)が、ひょっこり顔を出した。流し素麺の流れ速度に挑戦した、究極の流し台を作り終え、一息入れに来たようだ。翡翠が用意していた材料をチラリと見ると、
「お手伝いしても宜しいでしょうか? 食べる為に来ましたけど、作るのも好きなので‥‥」
と、協力を申し出た。翡翠は「勿論、構わないさ」と返事をして、それで一つコンロを空けた。イタリアンを得意とする彼女は、用意された材料から、なんとなく作ろうとしていたものを感じ取り、調理を開始する。茹でた素麺を軽く炒め、チャンプル風に。
「こっち、上がりだ」
「俺もだ」
ヘイルが器に盛り付け終わり、続けて翡翠がサラダ素麺を仕上げた。少し遅れてアリーチェの料理も完成する。3人とも手際良く仕上げていき、やがて、テーブルの上は様々な素麺料理で溢れかえっていた。
●素麺っ!
様々な流し台が出揃い、開始時間となって、いよいよ流し素麺がスタートした。
多種多様な流し台が出揃う中、葵杉 翔太(
gc7634)は、稲玉が用意した普通の流し台の前で、米神に指をあてて、深刻そうな顔をしている。
「何であんたが居るんだー!!」
翔太がビシッと指差した先には、怪しい笑みを浮かべたルティス・バルト(
gc7633)の姿。
「葵杉さん‥‥って、どっちも葵杉さんか。そうだな、これからは名前で呼ばせて貰うよ、翔太さん。で、うん。葵杉 翔哉(
gc7726)さんがね、翔太さんが誘ってるから、一緒に流し素麺とやらに行かないかって。それで来た訳なんだけれど。嫌かな?」
ふんわりと、優しい笑顔を浮かべ、割れ物を扱うように、翔太の顎をつい、と、人差し指で撫でると、翔太はもう、すっかり茹蛸のように真っ赤になって、
「いや、別に嫌な訳じゃないっていうか。むしろ一緒は嬉しくもある様な‥‥って、べ、別に嬉しくないぞ! 調子狂うんだよ、お前と居ると! 翔哉だけでも手一杯だってのに!」
ギャーっと吼えた翔太を宥めるように、双子の弟、翔哉がほわほわした雰囲気を散布しながら、ルティスの脇から、ひょっこりと顔を出した。
「近くに居たから、一緒にどうかなーって。だって翔太ン、ルティスさんのこと‥‥好き好きなんでしょー?」
弟の天然っぽい発言に、翔太はもう、限界まで真っ赤になって、「好きじゃねェー!!」と、叫んだ。若干ギャラリーの注目を集め、周囲がざわつく。主に女性が。
「おや‥‥どうしたんだい、翔太さん。顔が赤いよ? 熱でもあるのかい?」
ルティスはそっと顔を寄せ、翔太のおでこにコツリと額を乗せてみたりするが、もう、思考回路が吹っ飛びそうになっている翔太は限界だ。今にも、頭から煙がプシューと、噴出してもおかしくない。
「ば、ばかっ、そういうことすんなつってんだよぉ!! つか、翔哉は翔太ンって呼ぶなって言っただろー!!」
「何で翔太ン、怒ってるのー? 翔太ンって呼ぶなー‥‥って言っても、翔太ンは翔太ンだしぃ」
感情のブレの激しい翔太に対し、翔哉はマイペース。にこにこ笑顔を絶やさない。
「‥‥ところで、流し素麺って言うのはどう言うモノなんだい?」
「お前、知らないで来たのかよ」
ルティスの割りと空気を読んだ一言で、正気を取り戻した翔太が、溜息交じりに言った。
「日本の‥‥夏の風物詩みたいなヌードル? だよ。この管に、それが流れてくるから、流れてきた所上手くを箸で掴んで食べるんだ」
「なるほど、流れるヌードル‥‥そりゃ愉快だ! 日本人は面白いことを思いつくなぁ」
愉快なのはお前の思考だよと言いたげな目でみて、それで視線を弟の方に移すと、回転寿司の皿でも取るのが難しい翔哉が、今まさに流れてきた素麺を、取り損ねて、切なそうな表情で、ショボンとしていた。
「しょーがねーなぁ」
ずいっと前に出て、サッと掬って、翔哉の器の中に移す翔太。
「‥‥ほら」
「わぁ、ありがとー翔太ン」
「翔太ン言うなつってんだろ」
‥‥が、その隣で、ルティスもまごついていた。フランス育ちのルティスに、箸は難しい。持ち方からして、なにか、グーだったし。あれでちゃんと掴めるか、かなり怪しいところだった。ルティスの深い眼差しが、翔太を捉える。割りとマジで切実にお願いしたかったのか、声も深い場所から出てくるような、それでいて、甘い囁きのような言葉だった。
「‥‥翔太さん、本当に悪いけど、俺の分も取ってくれるかい? お礼は‥‥そうだな、翔太さんの好きなこと、してあげるよ」
「何で俺がお前の面倒までみなきゃなんないんだよ! つか、お礼とかいらねーつか、好きな事してあげるとかは、俺じゃなくて、どっかの女にでも言えー!!」
顔を真っ赤にして、ムギャースと怒鳴る翔太とは対照的に、翔哉とルティスは、真顔になった。そして、軽く引いていた。
「え、翔太ン、何言ってるの‥‥?」
「翔太さんは、女性がして欲しいことを、想像したのかい? 流石にそこまでは考え至らなかったよ」
「‥‥え?」
サー‥‥と、血の気が引いた。そんで、ルティスが横を向きながら、ゴホンと、一つ咳払いをして、それで、翔太に、いつものようなからかう様な眼差しではなく、真剣にじっと、翔太を、その双蒼の瞳が真っ直ぐに見詰めた。
「俺も男だ、二言はないよ。君が望むのなら‥‥」
「ちがっ、望んでねぇし! てか、近い近い近いっ!!」
***
その様子を見て、すっかりいつもの仲に戻っていたヤエルとアオカが、ヒソヒソ話し込んでいた。
「ヤエル。やっぱり、あの二人、アレなのかしら」
「うん、アオちゃん、やっぱりアレだよ」
「‥‥アレって、何がですか?」
シャルロットがひょこっと、二人のヒソヒソに割り込んできた。
「アレはアレ、ですわ!」
「うん、アレだよアレ」
「そ、そう‥‥」
目と目で通じ合う以上、言葉なんて、いらないんだ。特に女の子というのは、そういうものなんだ。と、いうことで、シャルロットはそっと、気持ちに蓋をした。
「にしても、シャルさん。なんか、すごく、かわいいというか女の子っぽいというか。大丈夫なんですかこれは」
アオカの命令で、強制的に綺麗に着付けられてしまったシャルロットを見て、シンは思わず見惚れていた。その見惚れたシンも、半ば強制的に、でも明らかに嫌がっていない表情で、着せ替えられ、浴衣姿に換装完了していた。ただ一つ問題だったのが、それが、アオカの用意した‥‥
「これ、女物‥‥」
シノンが呟くと、シャルロットとシンが項垂れた。注意書きが必要かもしれないが、シノンとシャルロットは、れっきとした男、である。が、もう、可憐な着物姿にされ、小柄な少年二人は最早、女の子にしか見えなかった。
「いやしかし、まあ、悪くはないよな、うん」
という、二人に比べて、体格が男らしいシンは、流石に女の子には見えなかったが、しかし、本人は実は気に入っている様子で、ちょっとノリノリな雰囲気。少年二人は、ほんのちょっとだけ、シンから距離を置いた。
「ほな、いきまっせー」
ヤン・雄樹(
gc7824)が、流し台の上から素麺を投入した。意外と、素麺投入する役を買う人間がおらず、なんとなく通りかかった雄樹に、カメラのシャッターをお願いする感じで、流し役を頼んだ。
演劇部チームが作った流し台は、途中、鹿威しの中に素麺が落ち、重みで竹筒が傾いて下の竹管に落ちるという仕組みである。勿論、添水としての機能も備え、竹筒が元に戻る時、支持石を叩いて甲高い音を奏でる。日本庭園の風流さを味わいつつ、素麺も堪能できる一品である。
各々シャルロットから受け取った麺つゆを手に持って、構える。一番上流にアオカ。続いてヤエル、シン、シャルロット、シノン。葱や生姜、胡麻、山葵等の薬味もしっかり用意されていた。
第1投目。『カコーン』という、添水の音が開始の合図を告げる。
アオカ、何かを察知し、スルー。一番最初はアオカが全部掬うだろうと思っていたヤエルは、あれ? という表情で見送り、そして余裕で最初の素麺をシンが掬った。ちょっと、ドヤ顔。
「じゃ、一番目、いただきm‥‥ブホハッ!!」
めんつゆにたっぷり素麺をつけ、口に運んだと同時に、勢い良く素麺を噴出すシン。幸い、流し台にリバースしたものは飛ばなかったが、恐らく気管にいってしまったであろう、そんな感じの咽方で、ゲホゲホしながら、隣のシャルロットを、キッと、見た。一筋の汗がシャルロットの頬を伝う。
「えーと、何かまずい事やったかなボク?」
その様子を見て、ヤエルが手元のつゆに、視線を落とした。よく見なくても、飽和状態で明らかに麺つゆに溶けていない緑色のものがプカプカ浮いている。ちょっとぺロリと舐めてみた。
「かっ、辛っ! ‥‥どれだけ山葵入れたの?!」
乾いた笑いを浮かべるシャルロットの様子から、相当量が投入されているようだった。それを冷静に一瞥したアオカ。
「ヤエル、シノンは、用意してきまして?」
「あ、うん。家でやる時に入れる具とか、えっと、ツナと、トマトと、シソと、ラー油‥‥。麦茶も持ってきたー」
「‥‥へぇ、そいういのも合うんだぁ。あ、七味を持ってきたよ」
「では、この山葵入りのはシンさんとシャルロットに任せて、アオ達はそちらにいたしましょう」
「「え」」
思わずハモった、シンとシャルロット。
「食べ物を粗末にしてはいけませんわ。責任をもって始末なさい」
「そ、そんなぁ〜」
「‥‥それ、僕に責任なくね?」
***
「うん、夢とロマン溢れるビッグな流し台だ! でも、すっごい、取り難いー!」
完成した、巨大な流し台にLetiaが率直な感想を述べる。最早風流もクソもないが、ここ一番のインパクトを誇る、壮大な流し台だった。しかし、その巨大さに対し、普通に流す素麺ではあまりにも少なく、箸を突っ込む範囲も大きい。結果、一番取り難かった。
「流し素麺って、もっとつつましい感じだったような気がするんだが‥‥。あ、これ、うま」
「はい、で、これが、あたしの焼いた鰻ー!」
遠い目をしたケイが素麺に待ちくたびれ、別に用意してあったヘイル達の料理を摘んでいたら、井草が食べていた素麺チヂミの上に、鰻の蒲焼をポンと乗せた。
「そ、素麺に鰻‥‥?」
「結構、合うんだよっ。お酒をひと噴きしてるのがポイントでねー。‥‥それにしても、全然流れてこないね」
「流れてくる量が少ねぇんだよなぁ。‥‥あのー。もっと、どばっと、行ってもらえますかー?」
「OKや!」
ケイが上流に向かって声を掛けると、何時の間にかキヨシがスタンバっていた。嫌な予感しかしない。麺つゆを構え、無表情に立っていた天魔が、すぅーっと、そちらを見た。
「‥‥ちょっとまて、何でお前がそこにいr」
「いくでー」
台詞被せ気味に、キヨシは巨大な寸胴から、どばーっと、ソーメンを放流した。
多い。絶対に多い。
「ひゃァ、なんか、一気に来たァ!?」
「うわっ、ど、ちょ、おまっ、量考えろ!?」
素麺も多いが、大量の素麺を流す為の水も、相当な量。ガッツリ前衛で被り付いていたLetiaは、大量の水飛沫を浴び、ずぶ濡れ。同様に、上流付近で構えていた翡翠と天魔も逃げ遅れ、自分の頭髪から冷水が滴るめんつゆに視線を落としたまま、静かに佇んでいた。
ゆら〜‥‥と、キヨシに向けられる3つの殺意。
「うんうん、ええのが撮れ‥‥あら?みなさん、どうしたん?」
こっそりカメラを向けて撮影していたキヨシに、3人の影が落ちている。
「キーヨーシぃぃ‥‥?」
「‥‥お仕置きだな」
「死んでなければ回復してやる。‥‥安心しろ」
「‥‥か、堪忍や、ホラ、すまいr」
3人に折檻されるキヨシの姿を、少し離れたところから見守るヘイル。触らぬ神になんとやら。
「やれやれ、何をやっているのだか。しかし、折角の素麺はすっかり流れてしま――」
「‥‥ん。流石。素麺。凄く。呑み易いね。ある意味。水みたいな。モノだね」
声がした。まだ幼い、少女の声。
ヘイルはハッとして振り向いたが、金魚柄の浴衣を着たニアが、グビグビと泡の出る飲み物を煽っている以外、誰も居ない。
流れたはずの素麺も、忽然と消失している。狐につままれた気分とは、このことを言うのだろうか。ヘイルは訝しく思ったが、聞こえてきたキヨシの断末魔と、井草の「やれやれー!」と囃す声に我に返り、苦笑して、彼らの元に歩んでいった。
***
「よぉし、ユウ、頑張っちゃうんだカラ!」
先手必勝とばかりに、流れてくる素麺をシュバッと、掬い上げていくユウ。箸を扱うのは、不得手ではあったが、そんなこともなんのその。そんな姿を見て、京夜は少しだけ表情を崩した。
「ユウは流石に、動体視力が優れてるな‥‥」
一方のクリスティンといえば、箸の持ち方すらままならず、まごまごしては、先程から素麺を見送ってばかり。たまに意を決して箸を突っ込んではみるものの、スルスルと箸の隙間をすり抜けていってしまう。
「難しいですの‥‥」
「こうっ、ずばん、ばびゅんってお箸を入れるんだよっ!」
そんなクリスティンを見かね、ユウがアドバイスをしたが、かなり抽象的だった。苦笑しながら、京夜はクリスティンにプラスチック製のフォークを差し出す。多国籍の招待客の為に、予め用意されていたものだ。
「そうですの! フォークを使えばきっと上手くいくですの!」
クリスティンの顔が、パァっと華やぎ、受け取ったフォークを麺に絡ませ、掬い上げた。
「取れましたですのー!!」
一度麺つゆの入った容器の底で、スパゲッティをフォークに絡ませるように巻いて、パクリと、頬張る。鰹だしの利いたつゆと淡白な素麺は、なんとも素朴で、魅惑的な味だった。
「そうめん、とっても美味しいですの♪」
満足そうに微笑むクリスティン。京夜はそれを見てから、初めて自分の分の素麺を啜った。クリスティンが、ユウと京夜を交互に見て、そして改めて京夜の顔を見上げた。
「えと、ユウねーさまは、クリスのねーさまですの。ユウねーさまのにーさまは京夜さまですの。‥‥えと、えと、だから、クリスも京夜さまの事『京夜にーさま』って呼んでもいいですか? ですの」
一呼吸置いて、京夜は言う。
「にーさまか。‥‥ああ、そう呼んでいいぞ」
「クリスにもにーさまが出来たですの!」
顔を綻ばせる、クリスティンの銀色の髪には、京夜から受け取った朱色の簪が、輝いていた。
***
「風情があります‥‥この様な楽しみ方も」
微笑み、ハンナが呟く。少し慌しい場所から打って変わり、ハンナ達は本来の流し素麺の趣を味わうように、過ごしていた。普通の素麺なのに、とても美味しく感じると、ハンナは思う。
お節介にならない程度に、身重の妻を気遣う兵衛と、何気なく、見上げたクラリッサの視線が交わる。少し照れ臭そうに、兵衛は手元のつゆに視線を落とした。
「どれも味が変わって食が進む。そうめん自体がシンプルなだけあって、薬味を合わせるとこれほど味が変わるとはな」
用意された薬味皿から、少量摘んでは、様々な味を試していく。素麺は淡白だが、淡白だからこそ、バリエーションも豊富になるのだと、思う。
「薬味を変えると風味も変わって、ついつい食べ過ぎてしまいますわね。今度ウチでも出してみますわ。ヒョーエはどれが気に入りました?」
「大根おろしと、山芋だな」
「せっかくですから、色々と試してみても良いかもしれませんわね。こちらもいかがですか?」
「‥‥いただこう」
夫婦水入らずの二人の空間の直ぐ傍で、キョーコは素麺を啜りつつ、悠季に管を巻いていた。悠季は悠季で、彼女の言葉に静かに耳を傾け、そして、ポンポンと、優しく肩を撫でた。
「‥‥あたしって、魅力ないのかな〜。バツ1だしな〜」
やけ食いだとばかりに、薬味をガンガン足していったキョーコの皿は、色々なものが入り混じり、ごった返している。しかし、既に味覚が麻痺してしまっているのか、気にせず食べるキョーコ。
「んで、アンタは、何やってるの」
じっ、とザルを構えたアルヴァイムに視線を向けるキョーコ。
「素麺を流しています」
「いや、そーじゃなくて‥‥」
ポリポリと、頬を掻いた悠季は、キョーコの服の袖をくいくいっと、引く。彼女は何も言わず、ただ、素麺を淡々と流す夫に、穏やかな表情を向け‥‥。それで、キョーコはそれを何気なく見ながら、素麺をずるずる啜った。
***
「確り食うにはポジションが大事。かと言って大して流れてねぇのもつまらねぇんで、中間くれぇを場所取り、です」
流れてくる場所がランダムに切り替わるギミックを搭載した流し台の元、シーヴは無表情に拳を握った。その隣、ごそごそと、薬味を準備しているラウル。
「‥‥ん。私は。一番。下流から。様子を。見つつ。昇って行く」
そして、最上 憐(
gb0002)の姿。
「あれ、いつのまニ?」
「‥‥ん。私が。上がり切るまでは。普通に。食べられると。思うけど。その後は。責任持てないかも」
食べ物のあるところに、最上憐あり。最上憐の居る所、食べ物あり。でも、すぐなくなるけど。どこからともなく素麺食べ放題の話を聞きつけ、気が付けば、全力でここにいた。全力で来たので、腹が空いていた。無限の胃袋が、口を開けて待っている。ラウルがゴクリと、喉を鳴らした。
「よかったら‥‥、こちらの薬味も、いかがですか?」
沙紅良が、薬味の皿を差し出した。それを、何時の間にかヒョッコリ姿を現したオズワルドが覗く。
「小葱に大葉の千切り、刻み梅干‥‥とろろ昆布、ツナマヨですか。‥‥あ、今、素麺を流しますね」
今日も元気なULT制服(下半ズボン)姿のオズワルドは、振り向いた沙紅良に、優しく微笑みかけ、軽く挨拶を済ませると、台に上り、素麺を早速と、投入し始めた。
「流れやがるのを掴むのは初めてですが‥‥」
「わっ、これ、意外と早いしっ!」
ラウルが取り損ねた素麺を、慣れた様子でシーヴが掬った。薬味を入れたつゆで、喉越しを味わう。それをラウルがじっと見ていた。更に下に流れて行った分は沙紅良が。最後に一本残らず憐が掬った。
「同じ欧州人なのに、何故にシーちゃんは上手に食べるのだろーカ」
「シーヴは旦那が中国系でありやがるんで、箸使いはそこそこ慣れてやがるです。シーヴのを、分けてやるです。食うがよし、です」
シーヴは掬った素麺を半分、ラウルの器に移し、それで「アリガト‥‥」と、ちょっと複雑そうな表情を浮かべ、ラウルはずるずると麺を啜った。兄貴分としての面目が、ちょっとフクザツ。
「‥‥ん。喉越し。爽やかだけど。ちょっと。満足感が。物足りないから。量で。カバー。もっと。速く。大量に。投入しても。大丈夫だよ?」
憐の催促に、少し慌てるオズワルド。これでも結構な量を流しているつもりだが、するすると消失していく素麺。この少女が上流に陣取ったら、間違いなく下流には流れなくなってしまう。
「お手伝い、しましょうか?」
あわあわしていたオズワルドを見かねて、沙紅良が歩み寄った。断る理由無く、素麺の入ったザルを渡す。Wで投入の体勢に、流石の憐も、少し表情を硬くした。水面下の魚を狙う、水鳥のような目。自然と、沙紅良の表情もマジになる。
「参ります。‥‥あ」
「え?」
どばっ。
「わーっ、ザルごと行っタ!?」
「豪快でありやがるですね」
勢い良く流れてきた素麺を、ザクリと、シーヴとラウルは可能な限り掬ったが、それでも大量に分岐して、バラバラの出口に向かった素麺達。5方向から放出される素麺に対して、憐は一人。これは全て掬いきれまい、そう、誰もが思った。‥‥しかし。
覚醒したペネトレーターの本領が、ここで遺憾なく発揮される。残像を残す少女。刹那の瞬間に、スイっと掬い、めんつゆにつけ、喉越しを味わう。フワッと、横にスライドし、次の管からパシャッと、払い飛ばすように麺を掬うと、今度はちょっと薬味を足して、麺つゆにつけ、チュルリ。
「‥‥ん。次、3つめ」
勢いに乗った憐を、止めることはできない。数秒の後、ザルごと放り込まれた素麺は、跡形も無く憐の胃袋へと消えていた。
「カレーは。主食で。おかずで。おやつで。飲み物で。薬味。万能」
「薬味にカレー‥‥」
まったりドップリと漂うカレーの香りに、ひとしきり、遠い目をする4人だった。
●締め花火
流し素麺の会を終え、片付けが終わる頃には、辺りはすっかり青く沈んだ夕闇が支配していた。ほんのりと灯った街灯の下、水を浸したバケツをコトリと、地面に置かれた。
よーし! と、意気込んで、何故か初っ端にヘビ花火に火をつける一番手シノン。うにゅー‥‥。
「うわぁー、地味に雰囲気盛り下がr‥‥」
「京夜おにーちゃんっ、この変なうねうねのヤツ、何ーー?!」
「ユウねーさま、花火がこっち来るですのー!!」
「ク、クリスちゃんはユウが守ってあげるんだカラ‥‥っ」
「落ち着け‥‥二人とも」
盛り下げるつもりでやったわけでは、当然なかったが、しかし盛り上がるとは、予想だにせず、シノンの頬に、若干、汗。見れば、アリーチェなど、真剣にじっくりと観察している。
「これが日本のヘビ花火ですか、ほほう。ウチの国のは何か、3つ又に分かれて、ヒュドラみたいになるんですけど、やはり日本製は違いますね。綺麗に一本に伸びて」
へーそなんだーと、シノンは何気なく、花火の入っていた袋を見た。
「でもガスコさん、これ、Made in China.って書いてあるよ」
「――ああ、それ、あれですね、線香花火。いいですね。知っていますか? それぞれ、牡丹、松葉、柳、散り菊という呼び名があって、人生に喩えられると」
「‥‥今、誤魔化したね、ガスコさん」
何気なくそちらを見れば、線香花火で生き残りレース中のシーヴとラウルの姿。淡い炎に惹かれた、ユウ達も混ざり、その火を眺めている。
「おもわず手がぷるぷるしちゃうケド、負けないヨ!」
「斜め45度で、支えると長持ちするよ」
あまりのラウルの真剣さに、苦笑を漏らした稲玉に、先に火玉が落ちたシーヴが立ち上がり、そして軽く頭を下げる。
「LHもごたついたですし、いい気分転換になったんじゃねぇですかね。ありがとうでありやがるです」
「こちらこそ。花火はまだあるから、楽しんで行ってね」
部長命令で、全員浴衣姿の演劇部の面々も合流し、思い思いの花火を手に取る。ヤエルはそんな彼らの姿を、写真に収めていた。特に綺麗に着飾られたシャルロットは念入りに。
「それにしても、アオちゃん。着付けなんて、よくできるね〜」
「‥‥別に。たまには音楽のこと以外でも、ですわ」
郷愁の胸に宿る母との思い出は、一人、そっと閉じ込めて。
「よっしゃあー! 任せろー!」
そんな雰囲気をぶち壊し、シンが叫んだ。花火を両手にくるくる回りながら、踊る。もしかしたら、酔っ払っているのかもしれない。正気の様子でもなかった。アオカとヤエルが真顔で顔を付き合わせ、ふっと、笑う。
キヨシはタンコブを作って倒れていた。良く見れば、タンコブ以外の怪我もあちこちに負っている。その横の長椅子で、Letia達は割れたスイカをムシャムシャと食していた。
ほわほわな表情を浮かべたLetiaの背後に忍び寄る影。Letiaは気付かない。ニアと井草は気付いたが、見ないフリをした。忍び寄っていたのは、ホラーメイクを施した、女装浴衣姿の天魔。驚かすべく、そっと手を掛けようとしたその瞬間。
シュルシュルシュルシュル。
「うひゃ‥‥あぶっ!?」
ルティスが何気なく火を点した鼠花火が、Letiaの足元を駆け回り、そんで飛び上がって、頭を天魔の顎に、ゴツンと、クリーンヒットさせた。
「いっつぅー。あ、ごめん、だいzy‥‥ギャァァァーーー!!」
「うごふっ!?」
幽霊大嫌いのLetiaは、無我夢中で、捻りの入った綺麗な右拳を繰り出し、それがうっかり偶然、横顎に入った。キヨシの上に倒れる天魔。
そのままの勢いで、井草とニアに抱きついたLetiaを尻目に、脳震盪で、軽く気を失った天魔に、ヘイルは呟く。
「まぁその、なんだ。‥‥頑張ったな」
フシュー。
手にした花火から、火花が流れ落ちるのを、クラリッサは、夫の兵衛と共に楽しんでいた。
「空に花咲く大輪の花火も素敵ですけど、こういう小さな花火も風情があって素敵ですわね」
闇夜に浮かぶ花火の光に照らされた妻の顔を、ただ、兵衛はずっと、眺めていた。
「あ〜あ‥‥あの人と見たかったな〜」
パシャッと、シャッターを切り、フゥと溜息をつくキョーコ。隣を見れば、アルヴァイムと悠季が、線香花火の火を、つき合わせて、良い雰囲気になっている。ちょっと目頭が熱くなった。
しかし、少し離れた静かな場所で、オズワルドと沙紅良が手持ち花火を二人眺め、何か談笑しているのを、木の陰からじーっと見ている稲玉を見つけ、キョーコは少し安心した。‥‥何をしているんだ、この人。と、ついでに、写真に収めた。