タイトル:グランギニョールマスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/02 00:46

●オープニング本文



 妬み嫉み、恨み辛み。
 罪、積み、嵩み。

 私は、生まれた。
 暗い蔵の、その奥に捨て置かれ。

 憎い、憎い、憎い。
 その感情だけが、身体を支配していて。

 私は多分、与えられた僅かな生を。
 彼らを憎むことに、費やし、生きる。

 何故? と、問う思考は私には、無い。
 与えられた命令に、ただ、忠実に。

 痛むことも、悲しむことも、知らず、許されず。
 狂気を持って凶器を構え、私は彼を睨んだ。



 ――そこは古びた石造りの蔵。崩れかけた壁から僅かに差し込む光が、舞った埃を浮かび上がらせていた。所狭しと棚に並ぶ道具達は、長い年月を経て、朽ち、劣化して、少し衝撃を加えるだけで、粉々に吹き飛んでしまいそうだ。
 ‥‥そんな時代から取り残された、誰も気にも留めない場所に、彼は、のこのこと入ってきた。蔵に巣食ったキメラを退治しに来た、能力者であろうか。彼は重厚なシールドと、鎧に身を固め、蔵の入り口からジッと、キメラ――彼女を見ている。
 そのキメラの背丈は女児程で、纏っている着物は、慎ましく淑やかな白生地に赤い帯。すうっと伸びた頭髪は見事な艶やかな黒で、瞳はその白い肌を引き立たせるような、朱色であった。対照的に、右手には小さな体躯に不釣合いな、巨大で無骨な鉈。

 カラン、コロン。
 床を叩く下駄の音が、一歩一歩、彼に近付く。

 割れた壁から洩れた光が、その横顔を照らし、その姿を暗黒から浮かび上がらせた。
 それは、恐ろしい程に――――


「もッ、MOEEEEEEEEE!!」
 もー辛抱たまらーんとばかりに、男は吼えた。ガッチャガッチャと金属音を引き摺って、ドドドドドと、キメラに向かって駆けてきたものだから、さしものキメラも驚き、戸惑ってビクッと跳ね、『ンガッ?!』とか、よく分からない声まで出てしまって、もうなんかすっかり、ホラー感は吹っ飛んだ。


 そう、恐ろしい程に――‥‥二次元を忠実に三次元化させたその素晴らしい造形に、31歳の独身アニメオタクの能力者、ガーディアンのデフ・アンダーソンは興奮のあまり、討伐対象であるはずの、『萌えフィギュア型キメラ』に、思わず頬擦り頬擦りして、この世の春が来たような賢者顔で、ほっこりしてしまっている。
『ぴ、ぴギゃーー!?』
 見ればふt‥‥恰幅のいい、アンダーソン君。じっとりねっとりと浮かぶ脂汗はヌメヌメ。そして海老のような鉛筆のような異臭がして、その生暖かで湿度の高いくびきは、明らかに不快なものだと、キメラは感じた。――不快。それはこのキメラが生まれて初めて感じた感覚である。

 じたばたと、キメラは懸命にもがいたが、ピザ体型に無駄にガチャガチャとくっついた全身鎧。身体が半分浮いている状態では、力は上手く入らず、手にした鉈も振るえない。
 詰んだ。これ、絶対詰んでる。顔は動くし、噛み付くこともできるが、‥‥それはそれで、この男を喜ばせてしまう気がする。

 ぐぬぬ。

 この絶体絶命で、切り札を切らざるを得ない状況に、キメラは可愛い二次元風の表情を歪ませ、そしてその憎き男の顔を、ギリッと睨み付けた――が、迫力はあまりなかった。
 だが、男は知らないだろう。彼女には絶対無比の一撃、全エネルギーを放出して繰り出す、文字通りの『必殺技』があることを‥‥。至近距離ならば、能力者はおろか、KVの装甲ですら破砕する技である。勿論、自分もただでは済まないし、助かっても、暫くまともに動けなくなる諸刃の刃ではあるが。キメラはニヤリと、ほくそ笑んだ。

『シね、にんげン!!』
 胸に赤い光が輝き、キメラから、禍々しい光が放たれた――が、しかし、ふんわりと浮かび上がった盾の紋章に飲み込まれ、光は欠片を散らしながらキラキラと、蔵の中に霧散した。
 ‥‥ガーディアンの奥義『絶対防御』が発動し、キメラの切り札は、呆気なく封殺されたのだ。

 ぽかーん。と、口を開け、呆けているキメラ。
 油の切れたブリキ人形のように、ぎこちなく見上げると、そこには、ニタァ〜〜と不気味に微笑むピザ。
『ぴ、ぴにゃぁぁぁああああ!??』


 涙が溢れた。ぷるぷる震えた。
 このキメラにとって、生まれて初めての涙と恐怖だった。


 ***

「依頼です」
 今日も元気な半ズボン姿のオズワルド・ウェッバーは、そっと左耳にかかった髪をさらいながら、言った。何気ない仕草だったが、どこか色っぽい。
「ガーディアンの男性が、キメラを拉致して立て篭もっているようです。場所はLHの居住区の一角。近隣住民からの通報で発覚しました。ただちに現場に向かい、男を捕縛、キメラを討伐してください」
 キメラやバグアに同情的で、彼らを匿おうとする能力者も稀に存在するが‥‥。しかし、拉致とは一体何ぞ? と、能力者が尋ねるより早く、オズワルドは言葉を続けた。
「話によると、萌え美少女フィギュア風のキメラらしく‥‥。その風貌を気に入った男が、力を使い切ってほぼ無力になったキメラを、好き勝手に愛玩しているとかなんとか‥‥。というかその、キメラがあまりにも可哀想なので、討伐してあげてください‥‥って、近隣の人が」

 なんだそれ。キメラが、プリーズソフトキルミーとでも言ったというのか‥‥?

 なんとも言えない表情を浮かべた傭兵達に、なんと声を掛けて言いかわからなくなったオズワルドは、とりあえず、誤魔化すように微笑んで、「が、がんばってくださいね!」と、若干うろたえながら言った。

●参加者一覧

聖昭子(ga9290
23歳・♀・PN
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
エリーゼ・ラヴァード(gc0742
14歳・♀・PN
祈宮 沙紅良(gc6714
18歳・♀・HA
エヴァ・アグレル(gc7155
11歳・♀・FC
O2(gc8585
10歳・♀・DF

●リプレイ本文



 改めて言うまでも無く、キメラは『兵器』である。

 一見『何で可愛くしたし』という、趣味に走ったようなキメラも、兵器としての側面から見れば、理由も見える。勿論、相手を威圧する目的で、凶悪な面構えに作ることもあるだろうが、しかしそれは、それを自分にとって害を為す者、つまり、明確に敵と認識させることに繋がるのだ。

 逆に、敵と判別のつき難い姿形を取らせれば、ただそれだけで、大きなアドバンテージを得る。‥‥もし、そのキメラが作られた理由を追求するのならば、人の優しさや情けに付け入る、卑怯で、卑劣なものと、推測できる。それを危険だと知覚した瞬間、人は、命を落としているのだから。

 彼女は純粋に、殺戮する兵器として命を与えられ、無慈悲に人を襲った。原動力たる憎しみの意味も知らず、疑念も無く、呼吸をするように、鉈を振るう。それだけが、このキメラに与えられた意味と価値、彼女の全てだった。

 捕らえられて暫くは、色々な手段を用いて、彼を殺すことを試みた。しかし、防御力の塊である、ガーディアンには全てが無意味で。いや、それでもいつか隙は出来るはず。
 ――そう信じ、健気に今日も、感電死させてやろうと風呂場に誘ったが、投げ入れるつもりで引いていたトースターのコンセントを足に引っ掛け転び、バスタブに腹を打ち、その勢いでひっくり返って、湯船に頭から落ちた。
「ぴにゃぁ!?」
 がぼがぼ。じだばだ。もがき苦しむキメラ。‥‥ちなみに、湯船に誤って落ちたのは、3度目である。

「萌美モエモエー」
 もうすっかり慣れたもので、デフはバスタオルを既に用意していて、危うく溺れ死ぬところだったキメラを、我が子のように優しく抱き上げ、身体を拭き取った。むにむにという柔らかい質感と、血の通った暖かな体温。そして仄かに女の子の甘い匂い。萌美と名付けられたキメラは、今まで彼が集めてきたどのフィギュアよりも、立体的な存在感を持っていた。
 いや、物理的なものならば、同等のフィギュアは存在する。彼の心を惹き付けて止まないのは、彼女の持つ、生の感情。誰にも相手をされず、邪険にされ、存在そのものを無視されて31年生きてきたデフは、それが例え『殺意』であっても、自分に向けてくれる生の感情を、喜んで受け入れた。

 殺戮というプログラムの元でしか生きられないキメラと、血の通った感情に飢えていたガーディアンの男。なんとも奇妙な共存関係が成立していた。


 *


 6人の傭兵達は突入の準備を、着々と進めていた。
「合法的にオタクを殴れる日が、ついにきたにゃ〜♪」
 ウキウキと、聖昭子(ga9290)がピコピコハンマーを小さく振り、突入の合図を待っている。彼女とエヴァ・アグレル(gc7155)は、窓側から突入する予定だ。
 埃対策のマスクで顔を覆ったエヴァが、泥と錆で変色したベランダの酷い有様に眉を潜ませながら、慎重にカーテンで覆われたガラス戸に近付いた。締め切られたガラス戸は、最後に開けられたのはいつだろうか。ベランダには、暫く人が出た形跡が無い。恐らく、布団も長らく干されていないだろう。
「ヲタク‥‥話を聞く限り同じ人間とは思えないわね。キメラを拉致して、愛玩するなんて人間離れしてるわ」
 と、嫌悪の意見を漏らしつつも、エヴァはそのド変態の豚を、どうやって哭かせてやろうかと考えていた。想像するだけで、口元が緩む。マスクをしてきたのは、色んな意味で正解だったかもしれない。

 一方。玄関側に回り込んだ傭兵達も、周辺住民の退避を確認して、これから突入しようというところだった。
「キメラを拉致‥‥。変な人」
 エリーゼ・ラヴァード(gc0742)が、表情一つ変えず、ボソリと呟いて、宵藍(gb4961)が、「ああ」と頷いた。
「ありえねえオタクだ。しかも近隣住民にバレるとか、どれだけだよな?」
「‥‥‥‥」
 エリーゼがのそーっと、宵藍に向き、上から下までを眺め。そして何も言わずに無言で、視線を戻した。全身全霊でツッコミを待つ、エプロン付きのワンピース、いわゆるメイド服を着込んだ宵藍。
 メイドロボのアニメが好きらしいという話を聞き、デフの気を引く為と、祈宮 沙紅良(gc6714)に無理やり着せられたものだ。なら、沙紅良がやればと反論したが、小さい子が好みということもあり、沙紅良より小柄な宵藍が着ることになった。身長と童顔をコンプレックスにする宵藍への、この仕打ち。明らかに、ドSである。
 そこに「ふふっ、貴方もですよー」とか、軽く笑顔でツッコミを入れてくれれば、幾許かの救いはあっただろう。しかし、無言無表情で放置したエリーゼも、どうやらかなりのドSのようだ。
 ガックリ肩を落とした宵藍の肩を、沙紅良が聖母のような微笑を携え、優しく叩いた。意図しているのか、はたまた天然なのか判断は付かなかったが、宵藍には、どす黒い輝きを背負っているように見えたという。
「よくお似合いですわ、宵藍さん」
「‥‥ウレシクナイ」
「それにしても‥‥。LHにキメラを連れ込むとは、困った方ですわね。お話を伺う限り、何やらキメラが哀れにも思えますし」

「ところで、鍵はどうかの?」
 O2(gc8585)が裾をくいくいと引いたのに沙紅良は気付き、身を屈め、彼女に鍵を見せた。
「はい、管理人さんからマスターキーを拝借しました」
「なぁ、沙紅良。思ったんだけd「今から閃光手榴弾を投げ込みます。ご準備お願いしますわ」
 俺よりずっとデフの好みに近い女の子がいるじゃん――と、訴えようとした宵藍の言葉にモロに被せて、沙紅良が無線で窓組に連絡を入れた。エリーゼが、音を立てないように慎重に鍵を開ける。
「えっ」
 いやっ、俺まだ準備が?! と、少し慌てて、宵藍は閃光手榴弾のピンを抜く。ワンテンポずれ、沙紅良が宵藍に応えた。
「はい。なんでしょう?」
「いや、だかr「チェーンロック、無し。閃光手榴弾を」
 そして今度は、エリーゼが被せてくる。早くして貰えます? と、言わんばかりの視線で、急かすような口調。

『お前らグルだな! グルッグルにグルだなァーーッ!?』

 宵藍は心の中で叫び、半ばヤケクソに扉の隙間から、宵藍は閃光手榴弾を勢いよく投げ込んだ。
「ああもう! こうなりゃヤケだ! なりきってやる!」
 何か障害物でもあったのか、二度何かに跳ね返り、やがて激しい閃光と破裂音を炸裂させる手榴弾。音と光が引くのを少し待ち、一呼吸置いて、O2が玄関をバーンと、蹴破るように蹴り開けた。
「フィギュアの妖精が、二次元の世界からやってきたのじゃー!!」

 もっふぁーと、薄暗い部屋に埃がパラパラ舞い上がる。同時に突入した窓側組が割ったガラス戸から差し込む光が、ゴミと玩具で混沌とした6畳間を照らし出していた。足の踏み場も無い、ゴミ溜めのような部屋からは、なんとも形容し難い、異様な臭い。思わず昭子は鼻をつまんだ。
「うー。ばっちぃのにゃー‥‥」
 詰みあがった雑誌の山を避け、踏み込んだ先。靴越しに感じる、ぐにゅっと、柔らかい感触。そしてブニュルルッと、何かゲル状のモノが噴出す音。昭子は青ざめ、しかし、足元は見ないことにした。
「留守かしら?」
 エヴァが、ショーケースに大事に飾られたフィギュアを取り出し、しげしげと、眺めた。‥‥部屋には、肝心のデフと、キメラの姿が無い。室内の様子ぐらいは、探ってから突入するべきだったか。或いは、チャイムを鳴らして誘き出すなりすれば‥‥。しかしそれはもう、後の祭り。

 混乱させる為に投げ込んだ閃光手榴弾は、皮肉にも数秒間の猶予を与え、能力者の男に、置かれた状況を把握させた。彼はド変態ではあったが、それなりに傭兵としての仕事もこなしてきている。当然、キメラを持ち込めばどうなるかも、知っていた。何の備えも、していなかったわけでもない。

 デフは、臙脂色のブルマを穿かせたキメラに視線を下ろした。ああ、ネット宅配とは、便利な世の中になったものだ。31歳の中年が、小学生女児の体操着を、誰の目に触れることなく、購入できるのだから‥‥。
 男は、萌美と名付けたキメラの頭を撫でようと手を伸ばしたが、「フシャー!」と、威嚇した萌美に、ガブリと手を噛まれ。そして、深くにも「きゅぅん」と、萌えてしまった。もう、死んでも悔いは無い。

 デフは、傭兵達が突入した僅かな隙に、バストイレ一緒型の風呂場の戸を静かに開き、そっと顔を覗かせた。

「あ」
「あ」

 玄関外で待機していた宵藍と目と目が交わり、互いに、ギョッとした。

「――如此宣らば罪と云う罪咎は不在物をと」
 沙紅良の呪歌が、響き渡る。白い光がデフを包み、蛇のように絡みつく呪縛が、彼の自由を奪う――はずだった。しかし、淡い光を打ち消すように、別の光が湧き出して、光を打ち消していく。

「そこまでよ、ご主人様!」
 宵藍が先手必勝を発動させ、フライパンの天地撃で、デフを床に叩きつけ、続けて脚甲で踏んだ。鈍い音を立て、廊下の板ごと叩き割る音が響く。‥‥が、手応えが浅い。
「穢すな‥‥」
「は?」
 デフは踏まれた身体が宵藍ごと、徐々に持ち上がっていく。
「メイドさんを‥‥メイドさんをォ、穢すなッ、三次元人がァッッ!!」
 カッと目を見開き、逆に宵藍の足を掴み、勢いよく掬い上げた。
「こ、こいつ、二次元にしか興味がな――‥‥うわっ!?」
 狭い玄関口から、すぽーんと、放り出される宵藍。メイド姿で油断させるつもりが、逆鱗に触れてしまったようだ。

「三次元に興味を示すようなら、キメラさんを拉致したりしませんよね」
 さり気無く飛ばされた宵藍を、ヒラリとかわしながら、沙紅良はポツリと呟いた。
「だったら、やらせるなよ‥‥」

 コスプレ損した精神ダメージで、こてんと不貞寝同然に倒れた宵藍を眺め、「そこまで怒ることかの?」と、O2は首を傾げた。
 エヴァが首を竦め、「じゃあ、アニメの実写化ってどう思う?」と返した。
 O2は、「なるほどの」と、深く頷いた。

「相手がキメラだからって、女の子に何しても良いわけじゃないのよアターック!!」
 昭子がデフの顔面目掛けてSESピコハンで顔面をピコッ! と高い音と共に殴りつけた‥‥が、これまた手応えが浅い。

 ガーディアンは、防御に特化したクラス。生温い攻撃が通用しないことは、宵藍が既に証明している。しかも、レジストを備えているのか、状態異常にも強く、沙紅良の歌唱も効果がイマイチ発揮されない。伊達に、キメラと同棲しているわけではないようだ。厄介この上ない変態である。
 おまけに玄関から部屋に抜ける廊下での遭遇だった為、火力が集中できず、更には積みあがったゴミが、ただでさえ狭い通路を狭めていた。

「闇ニ滅セヨ、下等種ッ!!」
 状況が膠着し、攻めてに欠いていると見るや否や、キメラこと萌美がデフの背後から、鉈を持って飛び出した‥‥が、ゴミ袋を踏んづけて、すてーんと転び、転んだ先の生ゴミに頭を突っ込み、謎の緑色の液体を周囲に「ぶいーっ」と、撒き散らすキメラ。昭子は一瞬、素に戻った。
「アホの子にゃ?」
「萌美、モエモエ〜」
 ぽわ〜んと、頬を緩めたデフに、エヴァがフィギュアを突きつけた。
「今すぐ降伏しないと、可愛いお人形さんがバラバラよ?」
「なっ」
 今度は、エリーゼが機械剣をショーケースに向ける。
「あら、優しいのね。私なら、跡形も残さず、消し炭にするわ」
 クスクスと小悪魔のような微笑を浮かべる二人。デフの顔色が、見る見る青ざめていく。
「三次元人ッ、そそそそ、それの価値が分かっているのでふかっ!」
「悪いのはおじさんよ? おじさんがキメラになんて浮気するから、この子達はバラバラにされるんだもの」
 わざと折れ易い部位を持って、プラプラと揺らすエヴァ。
「この子達も、おじさんが他の娘とイチャ付く姿なんて見たくないんじゃない? ふふ、萌美とこの子達、どちらを選ぶの?」
「りょ、両方でふっ!!」
「そう? 残念だわ」

 バキッ。

「う、うわぁぁぁ、よ、よしゑェェェ!!!」
 躊躇うことなくバッキリと圧し折るエヴァ。絶望に喘ぐデフ。

「今よ!」
「わかったのにゃ!」
 ガッテンと飛び出す昭子だが、萌美も、キメラとしての意地がある。緑色の液体まみれになりながらも、ユラリと立ち上がり、ジャキッと鉈を構えた。
「うヌっ、馬鹿にスルなヨ、下等種!」
「あら。御行儀が、悪いですわよ?」
 目標を変更した沙紅良の呪歌が萌美の自由を奪い、この隙に昭子は、動きの鈍くなった萌美の手から鉈を叩き落とし、胴体を掴んだ。ぐいと持ち上げ、投擲体勢を取る。
「も、萌美っ」
「そうは、させないわ!」
 デフがハッとして、昭子に掴みかかろうとしたが、エヴァの拳銃から放たれたペイント弾が顔面にヒット。
「うァ、目がっ、目がぁぁ!!」
 視界を奪われ、よろよろと蠢くデフに、O2がトドメとばかりに、股間を勢いよく蹴り上げた。
「せいっ!」

 ゴキン☆

 男ならば思わず顔を背けてしまう一撃は、デフの身をくの字に曲げさせ、そこに深く踏み込んだ宵藍が、畳み掛けるようにフルスイングしたフライパンは、綺麗にデフの顎を捉えた。



「エリーゼちゃん!」
 昭子が叫ぶ。エリーゼが尖剣と機械剣を携え、ベランダの手摺を軽やかに飛び越えた。少し遅れ、放り投げられたキメラが、宙をキリキリと舞う。度重なるエネルギー消費により、最早、FFを維持するだけで精一杯のキメラには、受身をする力も残されていない。
「――せめてもの慈悲、すぐ楽にしてあげる」
 黄金色の軌道が空を裂き、鮮血の華を咲かせる。人形型とはいえ、中にはみっちりと、血と肉が詰まっていた。

 タトン。

 一足早く、地面に降り。振り向きざま、その背に冥府への切符を刻み込んだ。


 *


 萌美と大事なフィギュアを一度に喪失したデフは、生きる屍と化した。情熱を失うと人は老いるというが、すっかり老け込んでしまっている。最も、灸を据えるべく、昭子がボコボコにしたせいかもしれないが。

「あなた、不衛生よ、部屋も身体もね、綺麗になさいな」
 エリーゼが、凍てつくような眼差しをデフに向けた。あの、身の毛もよだつような部屋には、もう、二度と戻りたくは無い。
「ああそれと。キメラだからって、女の子を玩具の様に扱う奴は、斬り捨てるわ‥‥、今回は運が良かったと思う事ね」

 エヴァが「それって、甘えだよね」と、呟いた。彼に聞こえているかは、分からないが‥‥。
「傷つくのが嫌で、対等な関係を望まないんでしょ? おじさんが望んでるのは、自分の欲望だけを受け止めてくれるお人形さん。それは違うと思うよ」
 それはキメラ側にも言えた事だが、意思の通じないものに、それを求めるのは筋が違う。確かに、彼を執拗に想ったのかもしれない。だがそれは、ゲームの中のプログラムされた女の子と同じだろう。

「まあ、そうね。一先ず、清潔感くらいは、出す努力をしたらどうかしら?」