タイトル:カレー味のスライムマスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/23 08:49

●オープニング本文



 バグアとの戦争が始まって早幾年。今や戦線は宇宙へと移行し――以下略。

 戦争は徐々に終わりの兆しを見せ、人々は、次の未来を見据えて行動をしている。生きる為にパンが要る。住む場所も、着るものも、命を繋ぐのには大事なことで、それは武器を手にとって戦うのと同等に、人類に必要不可欠な、再生という名の戦いだ。

 しかし、長きに渡る戦いによって荒廃した人の心は、そう簡単には癒えはしない。戦争を続け、戦う力を捻出し続け、戦士達を支えてきた人々。次々と増強される宇宙設備にかかる莫大な費用が、人々を枯れさせ続ける。


 そんな人々の心を癒そうと、ひとつの企画が立ち上がった。


 それはほんと、しょーもないことが切欠で始まった企画ではある。なにせ、とあるKV企業の3人が、自国のカレーが一番旨いと争い、『じゃあ世界一を決めようじゃないか』となったのが、始まりなのだから。
 しかし、世界を超えて製品を送り出すKV企業だけあって、その話は世界へと散らばり、気が付けば、カレー文化を持つ各国の出身者が次々と名を上げ、『じゃあいっそのこと、世界を跨いだカレーフェスタを開こうじゃないか!』という、壮大なイベントへと発展していった。


 そうだよ、枯れェた人々の心を、カレーで華麗に咲かせようじゃないか。


 誰かがウケると思ってそう言った。致命的な親父ギャグセンス。それはもしかしたら、日本人だったかもしれない。カレーライスの横に添えられた福神漬けのように、淑やかにその汁が染み入って、ほのかなアクセントとなるように。やがてその目的は、カレーで人々を癒す、復興支援の一環へと変わっていた。カレーを掬い、世界を救う。それがテーマであり、指標だ。

 そんなこんなで、ドイツのクルメタル社を代表して、七島恵那が、『日本人ならカレー得意だろ。いってこい』と、半ば投げやりかつ強引に送り出され、友人のULT職員、稲玉を、これまた強引に引き連れてやってきた。勿論カレーを作りにきただけではなく、広報活動を兼ね、しっかりとクルメタルの名を売り込まなければならない。

 ぐつぐつ煮えるカレー鍋を前に、30歳の独身稲玉と、同じく30歳ながら、有名企業就職、ドイツ人の旦那を持ち、子供も1人居て家族円満の七島が並ぶ。片や彼氏居ない歴=年齢。片や勝ち組。稲玉の眼と心に、玉葱がキュンと、しみた。

「ねぇ、マナ」
「なに? 恵那」
「アンタさ、スライム味のカレーと、カレー味のスライム‥‥、どちらか食べなければならないとしたら、どっちがいい?」
「どっかで聞いたテーマね」
「そうね、小学校の頃とかにね」
「んー。私はカレーの味がちゃんとするのなら、カレー味のスライムを選ぶかな」
「でもそれってスライムなんでしょ? 私は嫌だなぁ、抵抗あるし、スライム味のカレーにするかな」
「いや、でも、普通にキメラ食べる傭兵もいるよ?」

「えっ」
「えっ」


 ぐつぐつぐつぐつ。


「でさ、恵那」
「なに? マナ」
「それ、異臭がするんだけど、何作ってるの?」


 ぐつぐつと煮込まる鍋を前に、そっと、目を合わせる二人。


「‥‥スライム味のカレー」
「アンタさ」
「うん」
「料理下手なんだから、いらん工夫しちゃ駄目だって」
「うん、ごめん」

 七島はリア充だが、料理の腕は昔からこうだった。一方の稲玉は、料理に関しては定評がある。もっとも、野性的な方向に、ではあるが‥‥。

 稲玉は溜息をついて、一口匙で掬って味をみた。直ぐに調理台の棚下から醤油と味噌を取り出し、加える。‥‥すると、謎の異臭は霧散して、美味しそうなカレーの匂いへと変わり、七島は感嘆の溜息を洩らした。
「‥‥その腕があれば、モテると思うのに」
「うるさいな。‥‥あ。そういえば、以前にもこんなことあったよね。高校の時」
「ああ、私が彼氏に作った弁当が失敗して、マナに頼んだときだっけ。彼、すごい美味しいって、喜んでいたっけなぁ」
「なんという詐欺」

 ガッチャーン!!

「‥‥?」
 後ろで何かがひっくり返る音がした。不思議に思い、振り向くと、一つ調理台を挟んだ向こう、エプロンドレス姿の女性が、カレー鍋を前に硬直し、立ち竦んでいる。何事かと、目を凝らしてよく見ると、なんと、鍋の中のものが蠢き、まるで意思を持つかのように動き始めたのだ。

「キ、キメラだぁぁああああ!!」

 隣の男性が叫び、それをスイッチに、パニックが一気に伝染する。慌て逃げ惑う人々の阿鼻叫喚。行き交う人々を、ぼけーっと見送り、七島は視線を明後日に向けたまま、隣の稲玉へと言った。

「アンタさ」
「うん」
「なんでこう、毎度行く先々でキメラに遭遇するの?」
「うん、ごめん」

 ホントなんでだろうと、自分で自分に問い掛けたいが、先にすることがある。稲玉はステージへと視線を移し、音響設備が揃う壇上へと駆け出した。

●参加者一覧

最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
ヨグ=ニグラス(gb1949
15歳・♂・HD
祈宮 沙紅良(gc6714
18歳・♀・HA
アリーチェ・ガスコ(gc7453
17歳・♀・DG
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA
エイルアード・ギーベリ(gc8960
10歳・♂・FT

●リプレイ本文



●カレーなる人達

「如何して茉苗さんはキメラに遭遇されてしまうのでしょう‥‥」
 頬に手をあて、柔らかく首を傾げた祈宮 沙紅良(gc6714)の言葉に、ルーガ・バルハザード(gc8043)が「そうか」と言いながら、静かに頷く。
「こんなに平和的なイベントでも、稲玉殿は敵を呼び寄せるのか‥‥。軍はこの才能を有効活用するべきではないのか?」
 などと冗談交じりに言うと、稲玉が首を竦めた。ULTがUPCの下部組織である以上、ある意味で、稲玉は有効活用されているとも言えるが。

「カレーですか。お持ち帰りできるかなー」
 ほわんとした雰囲気で、パイドロスを纏ったヨグ=ニグラス(gb1949)が言う。
「ええ、最近大きなお仕事も終わりましたし、なんかこう、美味しいものを皆さんと食べたいので、パパッとキメラ退治して、是非ともお持ち帰りしたい所で! まま、会場はおっきいですし、だいじょ‥‥」
 言いながらくるりと視界を動かすと、そこには分厚い宇宙服を身に纏った最上 憐(gb0002)の姿。格好が格好なので、一瞬誰だか分からなかったが、透明なフェイスガードから覗く顔は、見慣れたもので。

(憐‥‥さん‥‥ですと‥‥!?)

 そう、彼女こそ、七つのカレー界を渡り歩くという旅人。その界隈で知らぬものは居ない『カレーウォーカー・憐』、その人なのだ。
 ある意味キメラより恐ろしく、もうカレーの心配で頭がいっぱいのヨグを尻目に、憐は一言「ん」と、気合を入れるように呟いた。カレーの匂いに少しでも誘われたら、自分を見失う事は必然。気密性の高い宇宙服を着込んだのは、ステータス異常を防ぐ意味もあるが、それ以上に摘み食いを自戒する為である。
 その熱意が伝わったのか、いつもと雰囲気の違う憐に、ゴクリと固唾を呑むヨグ。‥‥しかし、完全に匂いを遮断しているにも関わらず、ふらふら〜っと、カレー鍋に近付いていく憐を見て、ちょっと安心したような、不安なような、複雑な表情でヨグは見詰めた。

「フェスタを続ける為にも、早くキメラを倒しましょう!」
 ぐっと、両手の拳を握り締めたエイルアード・ギーベリ(gc8960)が言った。『彼』は何故かゴスロリワンピースを着ていて、その後ろで、ボーっとそれを眺めていたアリーチェ・ガスコ(gc7453)の視線に気付き、エイルアードは慌てて手を振った。
「ち、違うんです、この格好は‥‥彼女が!」
「彼女?」
「すぐに分かりますよ‥‥ううっ」
 耳まで赤く染まった顔を伏せ、涙目になったエイルアード。アリーチェは小さく首を傾げた後、鮮やかな黄色に塗装されたアシュタロトのフェイズガードをシャッと閉め、キメラが潜んでいる調理台エリアへと、視線を向けた。
「あの」
 控え目にエイルアードが訊ね、アリーチェは振り向いた。
「はい?」
「その手に‥‥あるのは?」

 スリムな女性型のフォルムを持つAUKVアスタロトに身を包む、長身の女性。その手に握られているのは、アルティメット調理器具。

「おたまと、まな板ですが何か?」
「あ、いえ‥‥」
 ふと気が付けば、憐はおたまとなべの蓋。ヨグは泡だて器にプリンみたいな盾。沙紅良もおたまを手にしている。エイルアードは、深く考えない事にした。

「カレーで世界を癒すという趣旨、面白う御座いますし、美味しいカレーを待っている皆様の為にも、確りキメラを退治致しましょう」
 沙紅良がきゅっと唇を結び、カレーの匂いが漂う会場へ、一歩踏み出した。


●カレー味のスライム

「ふはははは!」
 会場に入り覚醒したエイルアードが、急に高らかに笑い、隣でガスの元栓を閉じていたアリーチェがビクッとして、そちらへ振り向いた。
「妾はリンスガルト・ギーベリ! うむっ。お気に入りの服装じゃな! 大義である!」
 髪は伸びて、膝裏までのロングウェーブに変化し、外観がすっかり可愛らしい少女へと変身したエイルアード。先程までおどおどしていたのが嘘のように、強気にふんぞり返っている。覚醒の影響か、人格が変わってしまっている様だ。
「キメラ共め覚悟するがよいわ!」
 エイルアードは、わはははーと豪快に笑いながらも、意外と慎重に自分達が担当するエリアの鍋を開け、調理台に備わっていたおたまを取り出して、鍋の中へと突っ込んだ。アリーチェも気を取り直し、同様にまな板を盾にしながら、おたまを突っ込んでいく。キメラであれば赤いFFの光が確認できるはずだが。

 鍋ごと全部破壊してしまえば早いだろう。だがそれでは、全てを台無しになってしまう。傭兵達はひとつひとつ、中々に地道に作業を続け、いつしか全員が無言で黙々と作業を繰り返していた。


 そんな中、最初にカレースライムをヒットさせたのは、憐とヨグのペア。

「‥‥ん。匂いを。封じても。油断すると。無意識に。飲み込みそうになる」
 カレーの香りを嗅がないよう、外気から遮断された宇宙服の中に、憐の吐息が洩れた。囮用の食材を側に置き、盾の鍋のふたを構えながら、カレー鍋の蓋を開く。すると、その背面で憐の動向に――いや、キメラの動きを警戒していたヨグが、調理台の影で蠢く茶色い影にいち早く気が付いた。
「憐さん!」
 気密性の高い宇宙服。ヨグの危機を知らせる声は聞き取り難い。しかし偶然か、はたまたカレーに対する執念か、唐突に憐が振り向き、その目をキュピーンと光らせた。鋭い眼光が、カレースライムに突き刺さる。キメラは可愛く『ピギィ』と鳴き、プシューとカレービームを吐き出した。憐のお鍋の蓋へと中り、周囲に飛び散るカレー。
「わっ!?」
 思いの他勢いのよかったカレービームが盾に反射して、飛沫がヨグの顔へと襲い掛かる。

「ぷっ! か、辛いぃ!!」
 つま先から頭の天辺まで駆け抜けていく痛烈な刺激が、味覚を支配した。わたわたしながら、携帯していた水を流し込んだ‥‥が。

「ぎゃぁ!? か、からっ!?」
 辛さが和らいだと思ったのも束の間。噎せ返るような辛さが戻り、ヨグを襲う。刺激は舌から鼻、目にも効果を及ぼし、視界が涙でボヤけた。

 ちなみに、唐辛子に含まれるカプサイシン。これは脂に溶ける性質があり、辛いと感じて水を飲んでも、その冷たさで一時的に辛さを抑えられるが、洗い流すことはできない。
 この場合、効果的なのは乳製品だ。カゼインというタンパク質がカプサイシンと結合し、これによって舌、胃腸への刺激を和らげてくれる。

 もがき苦しむヨグを尻目に、何時の間にか距離を詰めていた憐が、手にしたおたまでズブリと、キメラを殴りつけた。キメラの性質か、手応えが浅い。浅いが、動きはやや緩慢になり、至近距離から発射されたカレービームも難なく盾で塞ぎ、カウンターのおたまが、再びカレーキメラへ直撃した。茶色い飛沫が宙を舞う。

「くぅぅ〜」
 この間に辛うじて視界を回復させたヨグは泡立て器を構え、キメラに直進しようとしたが、不意に憐が振り向き、こっら側を見たので、確認せずに身を屈める。ヨグの背面にあった鍋から放たれたビームをかわし、その勢いのままに、泡立て器を鍋に突っ込んで、スイッチを入れた。


 カレーうどんを侮る無かれ。あれはいくら気をつけていても、どうにもならないもの。沙紅良は、髪をヘルムの中に収め、雨具とゴーグルでカレー対策を取っていた。恐らく、キメラ自体は脅威ではないだろう。だが、カレー染みだけは、なんとしても避けたい。
「カレー‥‥加齢‥‥シミ」

 ああああ。

 沙紅良は、正気度が低下した。周囲に童顔が多い為、大人びた容姿にコンプレックスがある沙紅良にとって、年齢は禁句である。勿論、気にするほど老けてはおらず、加齢より、佳麗と呼ぶに相応しい。

「たかがカレーとはいえ、侮れぬぞ」
 そんな沙紅良の事情は知らないが、落ち込んだ雰囲気を感じ取ったルーガは、気持ちを切り替えさせるかのように、凛とした声で言った。沙紅良の視線がルーガに向き、見詰め合う2人。見た目も実年齢も、10歳年上のルーガ。沙紅良の正気度が、回復した。

「今物凄く、失礼な空気を感じたのだが」
「気のせいですわ」

 にっこりと微笑んだ沙紅良が子守唄を歌い、続けて蓋の開いている鍋を閉じていく。一歩遅れてルーガが続き、鍋を開けてはおたまを突っ込んで中を確認した。ガスの元栓も極力早く閉め、安全対策も忘れない。反応の無い鍋は、地道にステージへと運び、隔離していった。

 静寂が辺りを支配する。沙紅良の子守唄が効いているというのもあるが、元々活発に活動するキメラではないようた。ステンレス製の蓋が擦れ合う乾いた音が、淡々と響く。
 ルーガの頬に、一筋の汗。作業は地味に長く掛かり、更に、単調な作業の繰り返しが、緊張感を少しずつ削っていく。やがて、昼食後の退屈な授業を受けている時にくるような眠気が、ルーガを蝕んでいた。

「キメラ、おりまし――」

 眠気に負けそうになり、頭をカクリと前に傾けた瞬間、ルーガの頭上を黄色い弾丸が掠めた。バッと、身体に染み付いた戦いの記憶が、無意識に身構えさせる。

「カレーは香るもの。臭うものでは御座いません」
 天剣「セレスタイン」を構えながら、呪歌でその動きを束縛する沙紅良。
「カレー臭‥‥加齢臭‥‥」
 ブツブツと呟く沙紅良の目が、虚ろで怪しい光を放つ。どう見ても、そこまで老けてはいないのだが‥‥。ゆらりゆらりと揺蕩いながらキメラへと近付く沙紅良。身動きが取れない以上に、異様な気配を放ちながら近付いてくる沙紅良に、怯えるカレーキメラ。そして、何か腑に落ちない様子のルーガ。お前位で老け顔気にしていたら、私はどうなるんだ。

「むっ!」
 ぐいっと、二足の間合いを飛び越えて、ルーガが沙紅良の背後に身を滑らせた。10m先のカレー鍋の蓋が浮き、そこから放たれたカレービームをガードで防ぎ、飛沫を弾く。僅かに身体にカレー染みが付着したが、構わず駆ける。
「ふっ! 辛さで目が覚めたわッ!!」
 紅蓮衝撃の紅蓮のオーラが身を包み、直刀烈火の刃が紅色の軌道を宙へ描く。カレーキメラはルーガに気付いて引っ込んだが、深く踏み込んだ一撃はそれを逃さず、キメラが入った鍋ごとを切り裂いて、粉砕した。
「ふんっ! 私の刀に、斬れぬものなしッ!」


「みぎゃああ! 辛い! でも我慢なのじゃ!」
 瞳一杯に溜めた涙を堪えながら、エイルアードは叫んだ。最初に見つけたキメラをアリーチェに任せ、自身は周囲を警戒し、突如飛来したカレービームを盾で防いだまでは良かったが、その際に飛び散ったカレー粒が跳ね、まだ幼さの残る顔を襲った。
「大丈夫ですか?」
 敵から視線を逸らさずに、アリーチェは気遣う。
「妾の心配は要らぬ! 構わず成敗するのじゃ!」
 尖剣「スピネル」を構えながら、力強く叫ぶエイルアードであったが、表情は歪んだまま。ショタ好きのアリーチェは、できればこのままお持ち帰りしたい衝動を抑えながら、竜の角を雷を帯びた拳に込めた。地道なキメラ捜索は意外と長引き、朝食を抜いてきたアリーチェの空腹はマックスに到達している。

「一晩寝てから、出直してきてください」
 周囲に被害を及ぼさないよう、一点集中に絞られた一撃が鍋を付き抜け、キメラを四散させた。


●カレーフェスタ

「ん。カレーは飲み物‥‥」

 それだけを言い残して、矢のように飛び出していった憐はさておき、傭兵達の活躍で特に大きな被害もなく、カレーフェスタの会場は守られた。慎重を重ねた為、開催時間に遅れが出たが、夜の部も設けることになって、イベントは大きく盛り上がりを見せている。

 傭兵達も、フェスタの手伝いを行いながら、お祭りを堪能していた。カレー文化圏の国々が一同に会したイベントだけあって、その数も多く、全てを回るだけでも日が暮れそうだ。
「我が家のカレーは、お肉以外はすりおろして煮込んでおりますわね」
 ドイツ屋台で受け取った、カレー粉をまぶした焼きソーセージを手に、沙紅良は稲玉に言った。
「へぇ、カレーも家ごとで違うものね。私はそうね、炒ったバナナを入れるかな」
「バナナですか?」
「日本だとあまり、果物を温めて食べる習慣がないから想像し難いかもしれないけど、結構美味しいのよ」
 そこに、一通りの片付けを終えたルーガが、ココナッツミルクたっぷりのカレーを片手にやってきた。ルーガ自身は料理が苦手という次元を超越した料理下手な為、稲玉の料理の腕前を聞いて、感嘆の溜息を洩らす。
「素晴らしいな、稲玉殿! きっと――」
 いいお嫁さんになれるだろう、と言いそうになって、慌てて止めるルーガ。共に枯れた道を歩む同志。下手に傷つけるわけにはいかない。ルーガは急に、暖かい眼差しになった。

「今、物凄く失礼な空気を感じたんだけど‥‥」
「うむ、気のせいだ、稲玉殿!」
 ぽんぽんと、肩を叩くルーガの背後から、ひょっこりとヨグが顔を覗かせる。手には、ヤギ肉を煮込んだカレーの乗った陶器。
「茉苗さんでした? えと、なんかまた美味しそうなのあったら行ってみてね! そして依頼して! プリンとかお勧め!」
 と、ぐいぐいと前に出てくるヨグに苦笑いの稲玉。以前には饅頭キメラなるものもいたが、流石にプリンキメラは‥‥と、思ったが、意外といそうで怖い。

「‥‥ふむ、それは何じゃ?」
 まだ元に戻らないエイルアードが、アリーチェが煮込む鍋を覗き込んだ。オリーブオイルに焼けた大蒜の香りが漂い、バジリコ、パルメザンチーズ、トマト水煮などイタリアンな食材が目立つ。具材は豚肉と各種キノコ、玉葱が入っていないのが特徴だ。
「折角なので、イタリアンカレーを。‥‥ところで、そちらは何を?」
「うむ。これが貴族のカレーじゃ!」
「‥‥え。納豆が、見えるんですが」
「うむ! 水を入れて、度重なる温め直しで薄くなったカレーは、納豆ご飯とよく合うのじゃ! 一度試してみるがよい! 妾の好物なのじゃ! ふはははは!」

 ‥‥なんとも庶民派の貴族のようだ。

「しかし、カレーというのは不思議なものですね。辛味甘味酸味苦味、それが複雑に絡み、調和して、味に深みを出す‥‥。色々な個性が、この鍋の中では一つの大きな力になる。
 ‥‥人類もまた、カレーのようにありたいと思います」

 様々な食材、様々な調味。様々な個性がひとつの鍋の中で融和し、高らかに口の中で奏でるハーモニー。それがカレーという食べ物である。

 人類もまた、様々な人種、言語、思想を持つ。

 一つ一つの味では単調でも、色々な素材が混ざり合えば、それが深みを増し、何十、何百倍もの力を発揮する。群を束ね、一丸となり、広がり続けるネットワークを武器に、多様に進化して繁栄してきたのが人類だ。群を纏める代価として、人は善と悪、罪と罰を背負う事にはなったが、私達の持つ独自の力が、バグアに劣る事は決してないだろう。


 青藍の空に浮かぶ赤い星を見上げ、アリーチェはぱくりと、カレーを口へ運んだ。