タイトル:なすすべなすっマスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/23 21:04

●オープニング本文


 のどかな田園と、畑がどこまでも続き、遠くには山々がどっしり構えている。そんな日本の片田舎を、たまたま依頼で立ち寄っていた、能力者の男が歩いていた。能力者は見るからにヨーロッパ系の風貌をしており、以前から日本という国に興味があったのか、キラキラした眼差しで、その長閑な風景と空気を堪能しているようだった。
 男は何となく腕時計を見た。高速艇の出発時刻まで、まだ余裕があることは理解していたが、のんびり散歩していたら乗り遅れた、‥何て事になっては笑い話にもならない。時計は昼の二時頃を指していた。
 畑を沿って緩やかにカーブするアスファルトの道を、今宇宙人と戦争をしていることなど、忘れさせるかのように、サーッと、優しい風が流れていく。日本の夏は、とにかくジメッとしていて、彼らが何故毎日風呂に入る習慣があるのか、身に染みて理解することになったが、それでも、時折撫でてくれるような風の柔らかさは、不快を和らげるには十分だった。

「‥なんだろう、これ?」
 ふと、その異様な建物が視界に入り、男の足が止まる。

 木造で作られ、トタン屋根を被せたその小屋には3段の棚があり、袋詰めにされたキュウリやゴーヤ、ニラ、トマト、枝豆などが無造作に並んでいた。近付いてよく見てみると、どれも形は不揃いだったが、とても瑞々しい、夏野菜だった。
 男は周囲を見回した。どうやら何かの店のようだが、商売っ気がほとんど感じられない。何よりも、店員が居なかった。代わりに、アルミ缶の貯金箱がひとつ、隅の方に、ちょこん、と鎮座していた。
 貯金箱の近くに何か看板のようなものがあり、注意書きのようなものがあった。日本語が読めない男は「100円」の文字から、この中にお金を入れるのだな、と、推測する。

 そこは野菜の無人販売所だった。
 客の善意を前提とした商売など、この欧州人の男には到底理解し難いものだったが、しかし、これは面白い物を見つけたものだ。と、目を細める。この殺伐とした時代では尚更、こんな小さな事でも、温かく感じるのだ。

「‥おや?」
 気が付くと、さっきまでそこにあったトマトが消えていて、代わりに大きなナスが一本、横たわっていた。見間違え、だっただろうか?不思議に思い、再び周囲をぐるっと見回し、そして無人販売所に視線を戻すと‥‥
「‥‥!?」
 目の前にある野菜が全て、ナスに変わっていた。夢でも見ているのか?もしくは、何かに化かされているのか?そんな思考が廻ったが、僅かに視界に捕らえた一本のナスを見て、瞬時に状況を理解する。男は飛びのき、そこから放たれた液体を辛うじて回避した。液体はアスファルトの地面に落ち、硫酸を垂らしたかのように地面を溶かし、焼く。
 ゴーヤを喰らい、げふっと、ゲップのようなものを吐き出したナスが、くるりと男に向く。そして横にくぱぁと口のようなものが開き、ニヤ‥と、笑みを浮かべるような仕草を見せた。
「こっ‥!!」
 すぐさま身構えようと、短剣を収めた鞘に手を伸ばすが、何かに手首を捕まれ、止まる。それは、何時の間にか自分を取り囲んだナスから伸びた、紫色の触手だった。触手は次に男の足を捕らえ、胴に巻きつき、腰に、肩に、首に、顔に次々巻きついていく。

「―――――‥!!」

 めきめきめきめき。‥と、鈍く軋み。
 やがて男は、泥濘に沈むかのように、ゆっくりと意識を失っていった。

***

「キメラ討伐の依頼です」

 ULTオペレーター、金髪碧眼の美少年こと、オズワルド・ウェッバーが、今日もすっかりきゅるんとした、丈の短い半ズボン姿で、オフィスに爽やかなショタオーラを漂わせていた。まだ幼さの残る風貌は、12歳前後に見えるのだが、LHでは外見年齢ほど疑わしいものは無い。聞けば、仕事の傍ら、勉学に勤しむ勤勉な少年とのことなので、恐らく成人はしていないと思うが‥‥。
 ふと、彼の後ろの席に居た20代後半くらいの女性職員と目が合う。え?と、傭兵は若干動揺して、そんで向こうも、え?と、動揺して、でも、見てませんよ、彼の太股に、全然、全く、これっぽっちも興味ありませんよ、と言いたそうな目で、でも確実にうろたえた様子で、微妙な空気をかもし出しつつ、なんとなく見詰め合った。
 そんな事態になっているとも露ほどにも知らず、オズワルドは仕事モードの眼差しで、依頼内容を読み上げる。

「場所は日本の農村部。討伐目標はナス型キメラが計9体です。体長20〜30cmほど。どういう原理かわかりませんが、ヘタを回転させ、10m程度まで緩やかに浮遊する能力を持ちます。そしてそのヘタの先から生えた二本の触手を、鞭のように打ち付けたり、締め付け攻撃を行ってきます。また、口から溶解液を吐くとのことで‥、こちらにも十分注意してください」
 オズワルドは依頼内容を読み終えて、静かに顔を上げる。そしていつものように可愛らしく、穏やかな表情を浮かべ‥たのだが、「御武運‥‥を?」と、膠着状態に陥った傭兵と女性職員に気付き。そして、かくんと、首を傾げた。

●参加者一覧

秘色(ga8202
28歳・♀・AA
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
リズレット・B・九道(gc4816
16歳・♀・JG
ヒカル(gc6734
16歳・♀・HA
アリーチェ・ガスコ(gc7453
17歳・♀・DG
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG

●リプレイ本文

 茹だって揺れる陽炎が、ゆらゆら、アスファルトから立ちのぼる。そろそろ本気出すと言わんばかりに張り切った太陽が、ギラギラと突き刺すような日差しを、傭兵達に浴びせていた。今日も多分、暑くなる。そう予感させるに難しくない、そんな陽気だった。

「俺様の、勇者の勘が告げているぞ‥‥。ずばーり!! 野菜好きのキメラは、野菜の仕入れを待っているのだ!!」
 『穫れたて! 野菜勇者街道! まっしぐら!』の幟を立てたリアカーをゴリゴリ引っ張り、おまわりさんとエンカウントしたら余裕で職質されそうな怪しい男がいた。何故か身体に野菜を巻きつけた、ジリオン・L・C(gc1321)だった。
 しかし、野菜を購入した農家で背負える籠が無いか聞いたら、まさかリアカー貸してくれて、その上何か、明らかに購入した野菜よりも多い野菜を、おまけでくれるとは、流石の勇者も予想外だった。田舎人の情は夏の日差しよりもアツく、押しが強い。ちょっと挨拶に行ったら、何時の間にか夕飯をご馳走になってた、なんてこともよくあるものだ。小心者のジリオンは「おう、これももってけェ」の波を断りきれず、余裕で押し切られて、こんなことになっていたのだった。

「ゴーヤ♪ゴーヤ♪ なんでゴーヤなのかって? 細かいことはいいんだよ!」
 その荷台に、瑞々しい様々な夏野菜が所狭しと詰め込まれ、その中央あたりに、巨大なトウモロコシ‥‥ではなく、金髪ロングの少女、エレナ・ミッシェル(gc7490)が、『我野菜の王様也!』と言わんばかりの威風堂々とした面持ちで乗っていた。
 エレナは、荷台の野菜の中からゴーヤをこっそり抜き取り、それを背中を背負って、わりと一歩でも遅れたら、もう再びついていくのは難しいであろうジリオンの斜め上のテンションに、追随していた。


「とーーーぅ! 野菜ー!!」
「さーいー♪」

「勇者のォ野菜ィィーー!! やっさいーー!」
「やっさいーー♪」

「未来の勇者の野菜だぞーーー!!」
「ぞーーー♪」

 ジリオンの行商っぽい掛け声に、エレナが加わる。
 未来の勇者様もさることながら、この少女、ノリノリである。


 そんなハイテンションな二人の傭兵を、離れて追従し、生暖かく見守る三人の傭兵たち。
「成る程、野菜で気を引く‥‥ですか、良い案ですね」
 アリーチェ・ガスコ(gc7453)は内心、上手くいけばラッキーくらいの気持ちでいた。まぁ、野菜に食い付かなくても、丁度いい餌(ジリオン本人)があるわけですし、と。どちらかといえば、野菜よりも、ジリオン本人が囮だと思っていた。
「勇者と申しておった故、自己犠牲とは流石殊勝な心掛けじゃの」
 その隣で秘色(ga8202)が、その勇気ある行動に感心しながら、眺めていた。いや、本当に心から感心していたかは定かではない。だが、彼の囮ぶりには、期待しているようだった。でも微妙に一歩、援護が遅れそうな位置から付いていっているあたりが、わりかし、わざとっぽかった。
「‥‥あれも、一緒に攻撃してもいいのかしら?」
 続いて、ヒカル(gc6734)が熱の篭らない、冷ややかな目で、本気か冗談か、分からないことを言った。アリーチェが顎に手を当て、「いや」と言葉を返す。
「アレを攻撃したい気持ちは分かりますが。とりあえず、抑えてください。一応、味方です」

「‥‥」
 ヒカルはゆら〜っと、長身のアリーチェをゆっくりと見上げた。何かいいたげな表情にも見えたが、だがそれを言うのは面倒だ、くらいの投げやりさ具合で、
「そう。‥‥じゃあ、我慢するわ」
 と、静かに呟き、再び視線を行商‥‥いや、囮の二人に戻した。
「無人販売所は良心を信じての田舎のゆかしきもの」
 ふんっ。と、秘色は息を吐く。
「ただ食いはいかんぞえ、ただ食いは!」
「え、そこですか」
 アリーチェが思わず秘色にツッコミを入れる。逆にキメラが律儀にお金を支払ったら、それはそれで、何かが違う気がするんじゃないか。あ、でも、ちょっとそれは、可愛いかもしれない。アリーチェはかくり、と、首を捻った。
「しかし、野菜を食べる野菜、ですか。バグアは一体何を考えてこんなものを作ったのでしょうか‥‥?」
「‥‥そんなこと、知らないわ。ただ、踏み潰すだけよ」
 そんなこと、一切興味ない。とでもいうかのように、そう言い放つと、最後にぼそ‥‥と、言葉を続けた。
「それで、ナスキメラは、倒したら食べるのかしら?」

「え」
「え」

 とりあえず、ナスキメラを食べる‥‥という思考は一片も持ち合わせていなかったアリーチェと秘色は、同時にヒカルに顔を向けた。3人は何か真顔で見詰め合った。
「‥‥食べないの?」
「普通、食べない、ですよね」
「不埒な茄子など食ろうたら、腹を壊すわ」

「‥‥そう」
 ヒカルはゆっくりと頷くように小さく下を向き、一呼吸くらい置くと、再び少し顔を上げた。
「‥‥ならいいわ、忘れて」



 一方、その一行から大分離れた位置に、隠密潜行を発動させつつ、件の無人販売所を視界に捕らえた少女がいた。
(ナス‥‥妹が嫌いな野菜の一つでしたね‥‥‥‥)
 対物ライフル、G−141のバイポッドを接地させ、静かに地面に伏せて、プローンポジションの姿勢を取る。位置取りした場所は、快適とは到底いえない場所だったが、それでもまずまずな、畑を挟んだ向かい側の、地蔵が見守る道路脇の茂み。
 そこから、リズレット・ベイヤール(gc4816)は熱気を帯びつつも、全てを凍りつかせるほどに冷たい眼差しで、静かに狙いの先を定めていた。
(‥‥だからどうこう‥‥という訳ではありませんが)
 夏の日差しを吸い込み、ゆっくりと吐き出した乾いた土の上で、少女はただ、その時を待つ。狩りの始まりを静かにじっと待つ、狼のように。



「ギギギーーーーィィ!!」
 扉が軋むような叫び声が、長閑な田舎の空にこだまする。
 3人はハッとして、囮に出ていた傭兵2人の方角に視線を移した。見ると、無人野菜販売所の物陰から、ぴょんぴょん跳ね回りながら紫色の物体が飛び出してきている。件の茄子キメラ、全部で9体だ。

「職業や敵の強さで出したり引っ込めたりするのは勇気じゃないt‥‥と、とーーぅ!!」
 言い終わるのを待つほど暢気な敵ではなかった。ジリオンが瞬天速で慌てて飛び退くと、まるでタイムセールに群がる主婦のようにわらわらと、荷台の野菜に飛び付き、貪り食っていく。恐ろしい食欲だった。

「キメラって質量保存の法則ってあるの?」
 既に荷台から降りたエレナが、黒塗の鞘から、スラリと直刀を抜き放ち、呟く。ふと視線を横に移すと、ジリオンがガタブルしながら、「俺様が勇者の必殺技勇者よけでよけなかったら…怪我をしていたぞ!」などと言っていた。
「勇者さん、勇者さん」
 そんなジリオンに、エレナはついついと、腕を突付き、言った。
「身体に巻きつけた野菜に、一匹、ついてるよ?」

 え、マジで?
 そういえば、小刻みにガジガジガジガジという音が、近くでしている気がする。多分、背中。
「うぉーーーーーーーう!?」
 とって! ちょ、これ、とって! と、おろおろするジリオン。

 ズパァァァンッ!!

 虚空に螺旋を描いた弾丸が風を裂いて突き抜け、ジリオンの身体についた野菜ごと、茄子キメラを粉々に吹き飛ばした。それでも弾丸は勢いを落とさず、林を抜け、斜面に深くめり込んで、そしてようやく動きを止める。

 ぎぎぎぎぎ‥‥。
 油の切れたブリキ人形のようにぎこちなく、ジリオンはその弾道の先を見た。みるみる顔が青ざめていく。



 くすくす、と、100mの向こう側、茂みの奥で、少女は黒く、暗く、哂っていた。
「‥‥あら、残念。外しました、か。‥‥ふふ」



 俺様、めっちゃ狙われている! 命、狙われてる! どこからだ! どこからだ!
 涙目になりながら、周囲を見回すが、正体不明の狙撃手の姿は見えない。ジリオンは、戦慄を覚えた。ていうか、探査の眼を装備し忘れていた。絶望だった。

「食うたれば、金を払うが礼儀ぞえ、茄子! そこへ直れ、説教‥‥は暑い故、カチ割ってくれるわ!」
 再びジリオンに迫っていた茄子を狙い、秘色が散弾をぶっ放す。まるでそれは、角刈りとサングラスが良く似合い、ショットガンで狙撃する、伝説の刑事を彷彿とさせる、男らしい一撃だった。がしかし、散弾故に着弾が微妙に散り、ナスと共に、若干ジリオンを掠めていった。
「!?!?」
 何かよくわからないが、ここに居ては危険が危ない!
 ジリオンは瞬天速の構えを見せたが、足元にチュイン!と、高速飛来した対物ライフルの弾丸が、その動きを牽制した。『あら‥‥ごめんあそばせ‥‥手元が狂ってしまいました』と、銃弾が語っていた。悪魔だった。悪魔が宿った銃弾だった。勇者は泣きそうだった。でも泣かない。泣くものか。何故なら、勇者だから。

「人の善意を貪る悪鬼…。度し難し。AUKVアスタルト・プレパラーレ!」
 アリーチェが黄色に塗装されたアスタロトをアーマー形態に変形させ、身に纏う。秘色の放った一撃で、怯んだ茄子達を見るや、装輪装甲で一気に距離を詰めた。
「アスタロト戦隊アシュトルーパー、この雷鳴のアシュイエローが、天に代わって成敗します!」
 バチッと、拳にスパークが走り、グッと強く深く踏み込む左足。捻りを加えつつ、唸る黄金の右ストレート!
「カッツォット・トゥナーレッ!」
 アリーチェの一撃が一匹のナスにクリーンヒットして、粉々に吹き飛ばす。
「‥‥そのツケ、おまんの命で清算しぃや」
 ドスの利いた広島弁と鋭い眼光が、ナス達を一瞬たじろかせた。しかし、インファイトに飛び込んできたのだ。チャンスとばかりに、左右からナス2匹の触手が迫る。

 シュパッツ!
 鋭い斬撃が、4つの触手を切り裂き、綺麗に切断した。ついでにもう一回切断した。更にもう一回切断した。触手はバラバラと、短く切れて、ボトボトと地面に落ちた。
「なーんだ、再生とか、しないのかー」
 つまんなーい。という表情をエレナが見せれば、ならば見せよう、我等が奥義。と、ナスが思ったかは知らないが、ナスが3体集合し、綺麗に一列になってポンポンポーンと、ヘタを回転させながら飛び込んできた。先頭のナスが、溶解液をブエッと、吐き出した。「わっ、汚い!」と、エレナは身をよじって回避する。しかしその回避した先に、先頭ナスの後ろにいたナス2体が触手をしならせ、四方から繰り出してきた。
「なんとぉーー!」
 エレナは迅雷を発動し、囲いから瞬時に離脱した。ナスの攻撃は虚しく空を切る。エレナを見失ったナス達に、あやし、寝かしつけるような優しく澄み透き通った歌声が届く。ナス達はプルプルと震えながらも必死に耐えたが、やがてふにゃふにゃと、地面にゆっくり落ちていって、そしてぐーすかと、眠ってしまった。ヒカルが、感情の篭らない声で呟いた。
「‥‥連携してくるのなら、楽なものね」

 この間にも、遠方からの狙撃と、秘色が、次々とナスを吹き飛ばしていく。しかしナス達は、アリーチェとエレナに阻まれ、ならば突破しようと連携を試みれば、ヒカルの子守唄がそれを封殺する。八方塞だった。徐々に数を減らしていくナス達。
「ギッ、ギギギッ!」
 こりゃたまらん!と、ヘタを回転させ、一匹が宙に飛び出す、が。
「高飛びなぞ許さぬぞえ、無銭飲食犯!」
 既に近接距離に迫っていた秘色のソニックブームが、それを許さない。ナスのヘタを狙った一撃は、綺麗にナスのヘタと、そしてその後ろで「ハァーッハッハッハ! 素晴らしい! 素晴らしい力だ!!」と、叫びながらパタパタ扇形の超機械を仰いでいたジリオンを、掠め飛んでいった。ジリオンは少し、大人しくなった。
「茄子は田楽にでもなっておれ」
 ニヤリと、秘色が笑みをこぼす。

「ギッィィイイ!!」
 最後に残ったナスが、触手を伸ばし、アリーチェの右手を絡め取った。が、竜の翼を発動させ、その勢いに任せて逆に触手を引っ張った彼女に、ナスキメラは為す術なく引き寄せられ。その先には、左拳に竜の咆哮を灯し、全身にスパークが走り、金色に輝くアスタロトが待ち構える。
「ボラーレヴィーア!」
 アリーチェの一撃によって、ナスは勢い良く宙へ舞い上がり、そこへ‥‥――銀色に輝きを放つ弾丸がナスの芯を捉え、貫通した。


「‥‥ふふ‥‥10点満点‥‥スコア制じゃないのが残念‥‥」
 くすくす、と、少女は笑う。狩り‥‥と呼ぶは、まるで物足りなく、ただの的当てゲームでしかなかったが‥‥。目標の殲滅を確認して、ゆっくり茂みから身を起こすリズレット。
 ふと、視線を落とした対物ライフルのバレルが、まるで火照っているように高熱を帯び、ゆらゆらと、僅かに虚空を歪ませていた。


●戦い終わって

「動く茄子は盆の精霊馬だけで十分じゃ」
「‥‥いやそれ、逆に怖いです」
 トントントン、と、家庭用工具セットで、無人販売所の補修を行っていたアリーチェが、秘色にツッコミを入れた。傭兵達の心遣いによって、無人販売所も周囲の畑もほとんど被害は出なかったが、元々ボロかったのか、その建物は少しガタが来ていた。もし気にせず戦っていたら、間違いなく倒壊していただろう。

「焼きなすー♪ 焼きなすー♪ お化けなすびー♪」
 焼きなすの歌を歌いながら、近所の農家から借りた七輪で、パチパチとスライスしたナスキメラを焼いていた。シンプルに醤油だけでチュルっといく魂胆のようだ。
「‥‥‥‥」
 何か、訴えるような目で、ヒカルがアリーチェと秘色を見ている。ものすっごい、見ている。二人は、視線を合わせないことにした。
 ふと、ジリオンを見ると、食い荒らされた野菜を、綺麗に片付けている最中だった。意外と律儀な男のようだ。パチパチと炭が弾け、香ばしい香りが漂ってくると、少し気になったのか、ジリオンは七輪を覗き込んだ。
「もう、いいかなー?」
 エレナは、串でプスリと刺し、ふーふーと冷ますと、はくっと、ナスキメラを頬張った。

「‥‥‥‥ん?」
「ど、どうしたーっ!?美味しいのか、不味いのかー!?」
「ん‥‥んんん?」
 渋い顔をしたエレナに、ジリオンは心配そうに、でもどんな味がするのか凄い気になって、訊ねた。
 エレナは首をかくり、と捻り。
「‥‥ゴーヤとトウモロコシを、足しで2で割らないような、味がする。で、食感は、ナス」
「‥‥ナスキメラが食べたものが、そのまま身体に、取り込まれた‥‥、のでしょうか」
 リズレットが、ライフルを愛しそうに収めつつ、ぽつ、と、呟いた。
「しかし、ますます何のために作られたのか、わかりませんね」
 アリーチェの言うことももっともだが、もしかしたら、単なる副次効果でこうなっちゃったのかもしれない‥‥。


「おお、そうじゃ!」
 思い出したように、秘色は小銭を取り出し、補修が完了した無人販売所の料金箱の口に、チャリチャリと、落とした。
「茄子がただ食いした分、払うておくぞえ」