タイトル:温泉と私とタワシマスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/13 00:33

●オープニング本文


 好き好んで出張なんて受けたくなかったが、誰かがやらなければいけない仕事もある。それにたまたま私が選ばれ、一泊二日で傭兵達が受けた依頼の、事後処理を行うことになっていた。
 普通ならば、安い駅前のビジネスホテルに泊めさせられるが、私が宿泊したのは、中々風情のある温泉旅館だった。どうやら、大手の家電量販店がオープンするらしい。そのオープニングスタッフを集めたのか、駅前のビジネスホテルは、手配しようとしたときには既に満室だった。それで仕方なく、少し値は張るが、こちらの旅館を手配してくれたのだ。

 経費で軽い旅行気分を味わえるなんて、タダより安いものはないと言うが、他人のお金で温泉に入れるなんて、29年間生きてきた中で、5位くらいに食い込んでもいいくらいの幸運と言っても過言じゃない。仕事自体も、そう手間のかかることでもなかったし、ULTオフィスで画面と睨めっこしているよりは、よっぽど楽な仕事だった。

「はふぅ‥‥」
 でろでろに表情をふやけさせ、天然石で出来た縁にもたれ掛かる。時間帯がよかったのか、はたまた宿泊客が少ないのか、そこの露天風呂は貸切だった。天候も良く、煌々と照る月がとても綺麗で。ここに日本酒でもあればなァ、と、少し残念に思ったが、流石にその分の領収書は切れない。

 ちゃぷん。と、湯船が揺れた。
 誰かが入ってきたのだろうか。いやしかし、よくよく考えると、それは不自然で‥‥。何故なら、自分の後ろに入り口はあって、気配のするほうは、竹で編まれた仕切りがある。そちら側から入るには、外から仕切りを越えて入ってこなければならない。勿論、女湯に易々と入れるほど、仕切りは低くは無かった。
 少し警戒し、目を凝らす。立ち込める湯気が割れ、もさもさした、茶色い楕円形の何かが、温泉に浸かっているように見えた。カピバラ‥‥だろうか。いやいや、そんなはずはない。だって、夏だし。だが、何かの動物では、あるようだった。
 しかし、それにしてもどこから進入したのか。疑問に感じ、ふと、仕切りの上を見上げると‥‥。

「‥‥なっ!?」

 ザバッ! と、慌てて湯船から上がる。傍に掛けておいたタオルを取るのも忘れ、脱衣場に真っ直ぐ向かった。
 脱衣場には、若い女性二人がいて、これから湯船に向かうところだった。その先に回り込み、静止する。
「待って。中にキメラがいるの。ここは危険よ、悪いけど、直ぐに部屋に戻って」
 直ぐに鍵を閉め、清掃用具入れから『清掃中』の札を持ってきて、立て掛けた。その様子を、二人の女性はポカンとして見ていたが、私が「早く、着替えて」と再度促すと、顔を見合わせ、しぶしぶと、脱いだ服を着なおし始めた。
 それを確認して、自分の脱衣籠からバスタオルを取り、濡れた身体を拭きながら、脱衣場に備え付けられた内線の受話器を取る。3コールして、若い男が内線を取った。

「女風呂に、タワシの形をしたキメラを確認しました。‥‥‥‥いえ、残念ながら本当です。直ぐに責任者の方を。あと、ULTに連絡をお願いします。‥‥はい、そうです。‥‥はい? 私ですか?」
 ピタと、髪を拭いていた手を止め、一呼吸置いて、答えた。

「ULT職員、稲玉茉苗です」

●参加者一覧

要 雪路(ga6984
16歳・♀・DG
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
祈宮 沙紅良(gc6714
18歳・♀・HA
宇加美 煉(gc6845
28歳・♀・HD
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA
ルティス・バルト(gc7633
26歳・♂・EP
葵杉 翔太(gc7634
17歳・♂・BM

●リプレイ本文

 昭和の情緒を閉じ込めたような、その古びた温泉旅館は、少し不気味なところもあったが、しかし、真新しい建物には無い、古い建物ならではの、温かみ、居心地の良さのようなものも併せ持っていた。

「日本の温泉は始めてなんだ。素敵な場所なんだろう?」
 ルティス・バルト(gc7633)は、年季の入った卓球台に手を掛けながら言った。折角の日本の温泉。‥‥キメラで風情を汚されては堪らない。

 浴場へ続く通路。その手前の空間にレクリエーションルームのような場所があり、8人の傭兵達は村雨 紫狼(gc7632)が、旅館の若旦那から受け取った露天風呂の見取り図を囲んで、打ち合わせをしていた。そこにはレトロなテーブルゲーム機が並んでいるが、全て電源は落ちている。灯りが点っているのは、少しお高いジュースとビールを販売している自販機だけであった。
 その電源が落ちた画面を宇加美 煉(gc6845)がじーっと見ている。祈宮 沙紅良(gc6714)はその様子を見て、
「宿泊客は、稲玉さんが避難させたようですから、不要な電源は皆落としたんじゃないでしょうか?」
 と、推測を述べた。ぬそ〜っと、愛しそうにテーブルの画面を撫で、
「旅館と言ったら食事と温泉と、むやみやたらと難易度の低いレトロなゲームセンターだと思うわけですよぉ」
「そうなのかい?」
 煉の言葉に、ルティスが返す。深く頷いた煉の目は、わりとマジだった。討伐したあとに、旅館の人に言えば、電源を入れてくれるだろうか。そんなことばかり、考えているように見えた。
「AU−KVは、結局持ち込めなかったんだね」
 サンディ(gb4343)が、旅館の若旦那が「できれば‥‥」という控え目な言い方をしてはいていたのを思い出しながら、言った。
 確かに、あの重量のものを古びた木造の旅館を移動させるとなると、心配するのも無理は無い。
「まぁ、あんなんで旅館の中歩くわけにもいかへんしー、駆け回ったら、傷付けてまうでェ」
 ドラグーンの要 雪路(ga6984)は、最初からAU−KVを置いてきていた。その代わり、Myタオルと、My湯桶を持っている。全員が全員、わりかし、温泉>キメラ討伐という意識のようだった。

 戦闘終了後は、一泊できるんだな。サービス良いな。皆温泉入るのかな。だったら、俺も入るかな。あんま人と一緒とか苦手なんだけども‥‥。とか、葵杉 翔太(gc7634)はボンヤリと考えていた。一泊‥‥。つまりその、誰かと隣り合って寝る、のか?
「部屋割り、まさか全員‥‥女子含めて一緒とかじゃないよな」
 ぼそっと、呟いたそのタイミングで、未名月 璃々(gb9751)がポンと、翔太の肩を叩いた。
「葵杉さん、途中から声に出てます」
「えっ、えっ!?」
 バッと、自分の口を慌てて塞ぐが、時既に遅し。璃々は相変わらずの熱の篭らない瞳で、翔太をじーっと見詰め。二回ほど瞬きをした。
「私も気になったので、聞いたのですがー。貸切のようで、部屋も割りと自由に使っていいそうです」
「あ、やっぱり、そうなんだね」
 安全の為、一部従業員を残して、宿泊客は退避させているようだ。サンディは納得して、頷いた。

「残念でしたね、葵杉さんー」
「なっ、別に俺わっ、女子とか男子とか関係なくて‥‥!」
 ぽんぽんと、背中を叩く璃々に、翔太は顔を真っ赤にしながら反論するが、面白い玩具を見つけたような表情を浮かべたルティスが、ニヤニヤしながら言った。
「葵杉さんはエッチだねぇ」

「ちぃーがぁーぅぅう!!」
 悲痛な叫びが、浴室に続く古びた通路に、こだました。


●何故タワシ?

「キメラなんかさっさと倒しちゃって、温泉を楽しもう!」
 サンディの言葉に、傭兵達は頷き、各々の武器を静かに構えた。

 脱衣場から内風呂に続く扉の前に掛けられた、『清掃中』の札を取り除き、鍵をカチャリと、はずす。入る前にバイブレーションセンサーで、中の様子を把握していたルティスが、それぞれのキメラがいる場所を、告げた。内風呂には気配は無かった。そこを通り、扉を抜けた向こう。露天風呂の中に2匹。タイルの上を3匹が這い、柵に1匹張り付いている。

 外風呂に出た一行は、その微妙なキメラの容姿に、怪訝とした。浮力か、水面下でかいているのか、お湯にぷかぷか浮か茶色の毛?の塊。

 サンディが、もぞもぞ動くそれを見て、なんか可愛いかも、と少し思った。湯気が立ち上っているのもあって、遠目に見ると、カピバラに見えなくも無い。が、タイルをベロベロ舐めるその姿を見て、「前言撤回、気持ち悪い」と、一歩引き、直ぐに考えを改めた。

 とりあえず一枚、パシャリと、璃々がカメラのシャッターを切る。その様子を翔太が、よくあの気持ち悪いの写真撮る気になるな‥‥とでも言いたげな表情で見ていた。その視線に気付き、璃々がゆっくりと、翔太を見上げた。なんとなく見詰め合う二人。そして、璃々は視線を静かに戻した。
 少し身構えていたので、かくっと、片方の肩を落とした翔太。
「何もないのかよっ!」

 足元のタイルは、自分の顔が映るほどに綺麗に磨き上げられていた。キメラの仕業か、ワックスを掛けられたように、ツルツルとしている。何でそうするのか良く分からない。もしかしたら、長く使われた物に命が宿るという、所謂、『付喪神』をモチーフにしたキメラかもしれないと、雪路は思った。
「湯垢を舐めて、綺麗に掃除してくれるんは嬉しいんやけどなぁ」
 苦笑しながら機械剣の筒を構えると、そこから眩い光の刀身が放出された。その隣で、ふわふわおっとりした雰囲気の沙紅良が、片手を頬に添えて首を傾けている。
「そうですわね。倒すのは勿論ですが、これからの営業も御座いますし‥‥。周囲に被害を出さぬよう、注意しなければ」

「いやだからなんでタワシっ!? いやもうね、もっと強そうなもんいくらでもあんだろがさ〜」
 紫狼が、小一時間は膝詰めで説教しそうな勢いで吠えた。しかし、それをキメラに言うのはお門違いというもの。彼らとて、好きでタワシに生まれたかったわけじゃない。それこそ、カピバラに生まれていれば、女の子にちやほやされただろうに。‥‥むしろ、何で俺達タワシなんだ! と、キメラが思ったかは知らないが、カササササ〜と、傭兵達に向け、怒涛の勢いで、突進してきた。

「美しくないものは、罪だよ」
 ルティスがニコリと優しく微笑み、呪歌を発動させた。自らの美的感覚から遠く離れたそれを、視界に留め続けるのさえ、彼にとっては苦痛そのものだ。だが、その彼の苦痛を和らげるかのように、美しく清流のような歌声が、深く重なり、甘美なハーモニーを奏で始める。沙紅良の歌声が、並んで突撃してきた片方を、音の檻に閉じ込めたのだ。

「アシュトルーパーが一人、浪速の癒雪、アシュレッド! いっくでぇー!!」
 その隙を見て一発かまそうと、雪路が右足を踏み出したが、何故か落ちていた石鹸を思いっきり踏んで、勢いよく滑ってしまった。
「おま、滑るとあb‥‥ぶわっ!?」
 翔太がそれに反応し、雪路の前に踏み出したが、止めるどころか見事に巻き込まれ、カーリングの石のようにツルツルと二人して滑っていきそうになるが、すっ、と伸ばされたその長い腕が、雪路の身体を、そっと優しく抱き止めた。
「大丈夫かい?」
「あ‥‥」
 パチリと片目を瞑るルティス。その腕の中で雪路は、そのまま滑り、翔太が湯船に落ちるまでの過程を、まるでスローモーションの感覚で、眺めていた。

 どぼーん。

「ぶわっぷ!」
「ごめんね、葵杉さん。人には、選ばなければいけない時があるんだ」
 湯船からザブッと、這い上がった翔太に、ルティスが悪びれた様子もなく、どちらかといえば、当然。くらいの気持ちで首を竦めてそう言った。
「ばっ‥‥別に、助けてもらいたかったわけじゃないからな! 湯船ん中にも敵いたから、そいつを倒そうと思ってっ!」
 とか、よく分からない理屈をギャースと捏ねて、もうヤケクソになった翔太はクリスダガーを構え、湯船の中のキメラ2体と対峙する。しかし、水分をたっぷり吸ったブレザーは重く、彼の動きを鈍らせていた。もにょもにょわさわさ、気色悪い動きで迫り来るタワシ。口がにちょ‥‥と開いて、そこから粘液を帯びた舌が、ぬちゃりと伸びた。

「たわしは食べられないのでどうでも良いのです」
 だが、タワシの舌が翔太の肉体に到達する寸前、煉の超機械「グロウ」の一撃がバリバリッと電磁波を起こして焼き払い、その隣のタワシは、璃々の子守唄が眠りに誘った。振り返ると、湯船の縁に屈んだ璃々が、翔太を見下ろしている。
「大丈夫ですか。いくら変態キメラでも、油断していると、危ないですよー」
「べ、別に助けて欲しいなんていっt‥‥」

 ――カシャッ。

 顔を染めて、そっぽ向いた翔太の顔を、フラッシュが照らした。
 いやうん、いつも後ろに下がっている璃々が、前に出てくるのは、少し考えればおかしい事だって、わかっていたんだ。でも、言わせて貰うよ。
「だから、撮るなぁーー!!」
 晴天の空に翔太の声が響いた。

「雷よ、降り給う」
 そんなことをしている間にも、沙紅良の機械巻物「雷遁」が、キメラを宙に弾き。そこに静かに踏み出したサンディが、紅輝く刀身の大太刀を、小さく中心に絞り込むように、容赦なく突き刺す。インパクトの深いその一撃は、周囲の空気を震わせ、温水に波紋が波打った。
「無に帰りなさい」

 僅かに中心を逸れるように放たれた煉の知覚攻撃は、壁をわさわさ蠢いていたキメラの背中を掬い上げるように巻き込んで、無理やり剥ぎ落とした。ポト、と、落ちてきたキメラに紫狼が踏み込んで、左右のアーミーナイフで素早く切り裂き止めを刺せば、
「ふぎゃっ」
 その背面で再びドジっ子発動させてすっ転んでいる雪路。「ってて」と、顔をさすりながら、近くを転がった筒を拾い上げた。ひょこひょこ左右に揺れるアホ毛。その眼前に迫ったキメラが、「そんなコケ方で大丈夫か」と心配しているように、雪路には見えた。
「なんやお前、ウチのこと慰めてくれるんか?」
 のっそり立ち上がり、口がパックリ開いた頭部に、コツン、と、筒の先を当て。
「でも遠慮なく倒すけど」
 と。そこから伸びた光の刃が、その分かり難い頭部を、綺麗に削ぎ落とした。


●温泉!

 たゆん、と、湯船に何か丸いものを二つ浮かべた煉が、頭にタオルを載せて、天然石の縁に、ゆっくりと背中を預けた。その姿を、少し離れた位置で、サンディと雪路がじとーと、見ていた。それでちょっと、二人見詰め合って、互いの胸に視線を落とし、静かに溜息をついた。
 いや、あそこまでのボリュームは、いらんけどね! うん、そうだね! と、目と目で語り合った。それでまた、二人、溜息。

「でも、やっぱり一仕事終えた後はお風呂に限るね」
 傭兵達は、想像以上に弱かったキメラを倒し、周囲への被害を全く出さずに掃討を完了させていた。しかし、力を絞りながらの攻撃は、全力を出すよりも神経をすり減らし、労力自体は余計にかかった気もする。
 倒したキメラの死骸を片付け、旅館に戻った頃には、すっかり日は暮れ。薄ぼんやりと輝く月が、静寂の闇に浮かんでいた。

 ちゃぷ。
 湯船が静かに揺れ、まるでもう、そういうCMでも撮ってるんじゃないかというくらい、絵にはまり込んだ沙紅良が、その艶やかな首筋に、湯を滑らせた。その仕草一つ一つが、たおやかで。女性であっても、嫉妬せざる得ない、奥ゆかしい色気をかもし出している。
 浴衣姿で足だけお湯につけた璃々が、やや不満そうな表情で、そちらに視線を向けていた。正確には、沙紅良の隣のULT職員、稲玉にだが。
「カメラ、返してくださいー」
「はいはい。皆がお風呂から上がったら、返すから」
 パタパタと手を振り、それに応える稲玉。いくら貸切で女同士とはいえ、入浴中に撮影機を持ち込むのは無粋というもの。沙紅良が苦笑しながらも、少し安堵の表情を浮かべていた。
「旅館にも、宿泊客にも被害が出ずに良かったですわ。これも稲玉さんの迅速な処置のお陰ですわね」
「よしてよ、こんなのただの職業病よ」

「ところで、稲玉さん」
「んー?」
「何処かでお会いした事は御座いませんか? 本部以外で‥‥」
 たとえば、お祭りとか、と、続けようとしたら、稲玉は急にマジ顔になって、「ない。絶対にない」と即答した。
 沙紅良は「でも」と続けようとするが、
「しかし、けったいなキメラやったなぁ」
 と、雪路が会話をぶった切り、サンディが、うん、と頷く。
「カピパラだったら良かったんだけどねー。あ、良くないか。倒すの、躊躇っちゃうかも」
 その会話に煉が、璃々とはまた違ったトーンの、間延びした声で、「カビバラじゃなかったでしょうかぁ」と言ったが、それに沙紅良が、「カピバラ、だと思います」と、少し控え目に答えた。


「‥‥」


「あれ、どっちだっけ?」
「どっち、やったかなぁ」

***

「カピバラだよ」
 壁で仕切られた向こう側、男湯の露天風呂で、翔太がボソっと呟いた。

「‥‥もう一人が見えないようだけど」
 サーフパンツを着用したルティスが、湯煙を割って現れ、翔太がその姿を訝しげに眺めた。
「ルティス。パンツ穿いて、風呂入るのか?」
「そういう風習はないのかい?」
 仕方ないな、と、徐にパンツに手を掛けるルティス。それを慌てて、翔太は制止した。
「わっ、ばか、ここで脱ぐなっ! そっ、そのままでいいから!」
「‥‥葵杉さん? 何を恥ずかしがっているの、かな?」
「いくら風呂でも、眼前でパンツ脱がれたら、反応に困るだろっ!」
「ふふっ、葵杉さんは、本当に可愛いね‥‥」


「ルティス。‥‥アンタ、実は天然だろ」

***

 むふうう、お待ちかねっ! そこに山があるから男は登り、そこに女風呂があるから俺は覗くっ!

 華麗に女装を完了させた紫狼が、心の中で力強く叫んだ。既に遠目からはバレにくいビューポイントを、きっちり把握している。鼻息荒く堂々と、正面から女湯に乗り込んだ‥‥が。

「あれ? 誰も、いない」

 無駄毛処理に、化粧まで済ませたのに、何故だ! がっくりと項垂れる紫狼。そりゃ、その都合に合わせて、いつまでも風呂に浸かっているわけがない。


「風呂上りには珈琲牛乳を飲むんだって?」
「いえ、やはり王道はフルーツ牛乳かとー」
「‥‥俺は、いちご牛乳」
「それ、邪道だよね」
「邪道ですねー」
「邪道やなぁ、葵杉はん」
「な、なんだよ、お前らっ!」

「リーチ一発七対子ドラ3、小四喜字一色四暗刻単騎待ちですかぁ」
「なにそのオーバーキル」
「昔の麻雀ゲームですからねぇ」

「稲玉さん、少し、外を散歩しませんか?」
「ついでにビール買いにいってもいいなら」
「稲玉はん、ウチ、ラムネ」
「私、サイダー」
「焼酎を」
「‥‥おい」


 どっ‥‥と。和気藹々とした傭兵達の談笑がこぼれ、誰も居ない露天風呂に、湯気と共に溶け込んで、消えた。