●リプレイ本文
――ハァ、ハァ。
身を凍らせる、という程ではない。
けれど、吐息は白く。
壁の向こうに感じる重圧感に、息が詰まる。
――畜生。ヘマをした。
なんのために俺は同行していた。
なんのためにもう一度武器を取った。
滾る感情。
反対に、余力は少ない。
落ち着け。もうすぐ救援が来る。
男は剣を握る手を震わせ、壁の向こうの様子を注視し、仲間を待った。
壁の向こうでは、男の焦りを知ってか知らずか。
2人の人間を地中へ引き摺り込んだ根の持ち主は、
壊れた天井から吹き込む風に、静かに枝葉を揺らしていた。
●
近づく足音に振り向けば、8人の傭兵。
――やっとこさおでましかっ。
一瞬の安堵。
だが、おやおや。
みれば、8人そろって若い女ばかり。
もちろん、ダビドもブランクがあるとはいえ傭兵だ。
老若男女、そんなもの実力には関係ない。それは良く知っている。
とはいえ。
ダビドからすれば娘とかわらないような少女ばかり8人。
自然、口元が引きつる。
「あ、いた!」
そんな男の様子に気づく風もなく、男を発見した傭兵たちが、足早に近づいてくる。
「おじさんが、救援要請した傭兵さん?」
「お、おじさんておまっ‥‥」
「グリーンランドで植物なんてあからさまにおかしいのに、それに気づかないなんて‥‥チューイリョクサンマンって奴だよなぁ。ま、僕もうっかりやらかすことはあるから人の事は言えないけどー」
開口一番、明神坂 アリス(
gc6119)のおじさん呼ばわり、そして元気な女の子のマシンガントークに、閉口するダビド。
「凍てついた地に根をはる緑は、本来であれば歓迎される『生』なのでしょうけれど。キメラではそうは参りませんね」
そうつぶやきながら、祈宮 沙紅良(
gc6714)は壁や床に手を添え、何かを確認している。
「う〜ん‥‥このキメラ、どこから来たんだろう?」
「廃墟に出るという野良キメラなのでしょうね、コレも。」
「ここではあまりみられないタイプ‥‥空洞の中にキメラを成長させた原因があるのかもしれないね」
壁からひょっこりと中を覗くシクル・ハーツ(
gc1986)と、言葉を返すリゼット・ランドルフ(
ga5171)、アル・ブレイク(
gb8255)の会話にダビドは気を取り直し、合流した傭兵たちへ状況を説明する。
最初の襲撃。軍人2人を引き摺り込んでから、敵に動きはない。
「助けようとしたんだけどな、間に合わなかった‥‥後は、俺自身が根にやられないようにこの、部屋の外まで離脱するのがやっとさ。元々、ここまでで一端帰還する予定だったんでな」
話すダビドの顔にも、疲労の色が濃い。練力ももうそうないのだろう。
「キメラに捕獲されてるとなると、今は無事でも嫌な予感しかしないわねー。早い所救出したいわ」
緊張感があるのか、ないのか。飄々とした様子ながらも、フローラ・シュトリエ(
gb6204)は突入に備え、
エネルギーガンの点検に余念がない。
「敵が1匹とは限らないから、注意をしないと」
ロゼア・ヴァラナウト(
gb1055)もまた、壁越しに中を覗き、SMGを構えなおす。
「‥‥助けるの」
少女たちの中でも一際小柄なカグヤ(
gc4333)は、動くたびにもふりもふりと揺れる背中のうさみみを揺らしながら、周囲を観察している。
すでに覚醒しているのだろう。
見れば、周りのものも皆次々と覚醒し、カグヤの得た情報をエミタを介し共有している。
その様子は、ブランクのあるダビドからすれば、頼もしいの一言だった。
引きつった口元は自然、笑みの形につり上がる。
「頼むぜ、お嬢ちゃんたち」
軍人2名の救出のため、9人の傭兵が動き出す。
目の前の異形の樹に、まだ、動きはない。
●
傭兵たちが優先したのは、キメラ殲滅ではなく、人命救助だった。
その理由は、いくつかある。
単純に、一般人である軍人を早急に助けなければという思い。
そして、内部がどうなっているか分からない故に、早急に把握する必要があるという認識。
内部が分からない以上、キメラを退治した場合に、そこがどうなるかわからないという未知への不安。
状況を鑑み、傭兵たちはとても合理的に動いていた。
「空洞は‥‥あそこか」
先ほどまでの穏やかな口調とは一転。身に纏う冷たい空気と淡々とした言葉。
青い光を宿した瞳で、シクルが目指すポイントを見定める。
AU−KVに身を包む明神坂が、1歩、樹木へと近づく。
それに反応して、根の1本が敷石を割り、胎動を見せる。
「おっとー」
すぐさま1歩退けば、根は一瞬見失った獲物を探すかのように動きを止め、そして、静かに床の下へと戻っていく。
響く金属と何かが擦れる音。
「そこ、みたいですね」
明神坂がこくりと頷く。足元には、彼女が引いたボーダーラインが。
「空洞‥‥深さによっては救出に手間取りそうだな」
「迅速に倒して、2人を救出しましょう」
シクルの懸念を受け、リゼットが呟き、そして、全員が動き出した。
部屋の中。
散開する傭兵たち。
リゼットとアルが、同時に根のテリトリーに入る。
途端、動き出す複数の根。
まっすぐに獲物へと動き出す。
だが、その動きは先遣の軍人たちのように虚をつかれなければ、遅れをとるようなものではない。
まして、俊敏さを得手とする2人。伸びる根を交わし、逆に薙ぎ払う。
だが、堅い。
そして、衝撃に逆らわずにしなるソレに、アルの剣では一刀で断ち切るには至らない。
一歩下がるアル。
対して、アルの視界の端では、リゼットが薙ぎ払いでは効果が薄いと悟るや否や、向かってくる根の威力を利用し、根を貫き、裂く。
(流石だ‥‥ボクも負けてられないね!)
自身が所属する小隊の分隊長であり、隊長からも一目置かれるリゼットの剣技に、アルもまた奮い立たされる。
「撃ち抜いてあげる!」
2人の剣士が根を翻弄すれば、こちらでは銃士たちが、空洞への道を空けんと、鎧のごとき枝葉を打ち抜いていく。
強弾撃ののったロゼアのSMGに、葉の刃が欠け落ちる。
「フローラさん、根が参ります!」
バイブレーションセンサーで根の動きに注意していた祈宮が警告の声を発すると同時、実体を持たない弾丸を放ち、味方の背後に迫る根を穿つ。
「ほいさー。鬼さんこちらー。相手をしてもらうわよー」
死角に注意していたフローラも、すぐさま反応し、ウリエルにて邪魔な根に釘を刺すと、
エネルギーガンの一撃を叩き込む。
カグヤもまた、『助ける』という思いを拳に込める。
思いが力となり、立ちはだかるキメラにダメージを重ねていく。
傭兵たちの立ち回りは、後ろで見る同業のダビドから見ても、華麗だった。
「それじゃあそろそろ、いっくよー!」
明神坂のAU−KVの背に見える4枚の羽が、その光を増す。
光はスパークとなり、脚を伝い、地へと駆ける。
「いくよ! ジャバウォック!!」
相棒である鎧への合図一発。
ボーダーラインの外から樹木の根元へと飛来する、竜の軌道。
残った枝葉にその装甲を傷つけられながらも、鋼鉄の竜は止まらない。
機を逃すことなく、明神坂の切り開いた道を、シクルが迅雷で追従する。
障害となる周囲の枝葉を、携帯した2本の小太刀で削ぎ落とす。
空洞の元へとたどり着く2人。
途端、危険を察したか、樹はその矛先を変える。
だが、末端の動き以上に、根幹の動きは鈍い。
そして、末端の根たちは傭兵たちの動きについていくことができず、その身を徐々に削られている。
内側へとその切っ先を向けるその隙を逃す彼女たちではない。
戦場を駆ける戦乙女たちの舞に、知能を持たない樹は翻弄されている。
後方の安全を確認すると、明神坂がAU−KVのライトで空洞の中を確認する。
幸い、底が見えないほど深い、というものではない。
自分たちなら飛び降りても、問題はないだろう。
シクルへ中の様子を伝え、先に飛び降りる。
シクルもまた、根の動向を警戒しつつ、中から明神坂の合図があると、続いて飛び降りた。
突入は、成功した。
後は、救出だ。
●
明神坂に続いて、空洞の底へと着地するシクル。
すぐさま体制を整え、刀を構えるが、周囲の様子に、一瞬たじろぐ。
「襲ってはこないみたい、だけどー‥‥」
元気が取り柄の明神坂も、目の前の光景に、さすがに嫌な汗をかいているのを自覚する。
周囲の壁一面に這う、太い根たち。
根から伸びるヒゲ根まで、ゆっくりと胎動を繰り返すその様子は、おぞましさを感じさせる。
だが明神坂の言うとおり、根たちが襲ってくる様子はない。
突入した空洞からも、新たな根が追ってくる気配も感じられない。
『大丈夫?』
と、シクルの無線にリゼットの声が届く。
「あぁ、大丈夫。根が追ってこないよう、上は頼む」
ほっとするのは、一瞬だけ。
歓談をしている暇はない。無線から『分かった』という返事が聞こえると、またすぐに頭上ではSMGの音がけたたましく鳴り響く。
揺れる空洞内。
周囲を見ても、軍人たちの姿も、遺留品も、明らかな血痕も見当たらない。
ここに、彼らはいない。では、何処に‥‥
2人の傭兵は、慎重だった。
――空洞の中にキメラを成長させた原因があるのかもしれないね。
呟いたのは、アルだった。
だが、懸念を抱いていたのは、2人も同じ。
空洞に、キメラに関連した”ナニカ”がいるかもしれない。
その意識を持っていたからこそ
「「‥‥!?」」
2人は、揃って感じ取った。
自分たちに向けられた”ナニカ”を。
「‥‥明かり、消して」
「え? うん」
明神坂がジャバウォックのライトを落とすと、あたりは一瞬、闇に包まれる。
頭上から差し込む光も微か。
と。
「あそこか」
2人の視線の先。
空洞の奥に、微かな明かりが見える。
ゆっくりと、慎重に歩みを進める2人。
上下左右を根が包む通路。
その先にあったものは‥‥
●
それは突然だった。
「なんだ、こりゃぁ!?」
後方で待機していたダビドが、思わず声を上げる。
それは地響き。
「なに、いったい!?」
状況がつかめない。
目の前の樹は、すでに多くの枝葉を失い、根も傷つき、裸同然だ。
「中の2人は!?」
慌てて、無線に連絡を入れる。
ノイズが酷い。
「応答して!!」
繰り返し呼びかける。
だが、返事はない。
その時。
「ロープを!!」
樹の根元から届く、シクルの声。
すでに、根の動きは止まっている。
急ぎ駆け寄る傭兵たち。
中を覗けば。
「2人は大丈夫!?」
シクル、明神坂、2人の背には、2人の軍人が。
言葉はない。
その手に、力はない。
「生きてるよ! でも、意識がないの!」
AU−KV越しに、明神坂の焦る声が響く。
意識のない人間、それも、大の男。
いくら能力者とはいえ、この高さを抱えて飛ぶのは無理だ。
「ほらよ、お嬢ちゃん!」
ダビドが預かっていたロープを、リゼットへと投げてよこす。
リゼットがすぐさま、その一端を下の仲間へと垂らす。
「だめ、建物がもたない!」
施設の損傷に注視していたロゼアが叫ぶ。
戦闘での損傷は最小限に避けていた。だが、床が崩れ始めている。
なぜ‥‥
「この樹の根が、この建物を支えている!」
受け取ったロープを意識のない軍人へとくくりつけながら、シクルがその理由を口にする。
空洞の中で2人が見た光景。
一面に張り巡らされた根。
それらが、近づくモノを襲うとは別の役割を担うかのごとく、自分たちを無視していた状況。
そして、樹が弱ったからか、あるいは別の理由か。
崩れ始めた建物。
そこから推察できる答えだった。
「そういうことでしたら‥‥フローラさん」
「ん? あぁ、わかったよー」
祈宮の呼びかけに、フローラは彼女の意図を察する。
一息の間を置き、空間に響く不思議な歌声。
2人の身が白く輝く。
すると、苦しさにもがくかのように暴れていた樹の動きが、徐々に鈍くなる。
「よし、いいぞ、今のうちだ! はやく‥‥うぉぁ!? あぶなっ!?」
ダビドの真横を突然駆け抜ける、1本の矢。
みれば、ロープがくくりつけられている。
シクルが放ったものだ。
祈宮とフローラが、樹の動きを抑え、崩落の時間を稼ぐ。
ロゼアとカグヤが、呪歌を歌う2人の頭上に迫る瓦礫を打ち落とす。
リゼットが、アルが、ダビドが、ロープを握る手に力を込める。
「いくよ、アルちゃん!」
「はい!」
「おっしゃああああ!!」
3人の傭兵が、目の前の命を救い上げようと、ありったけの力で、ロープを引き上げた。
●
「‥‥間に合ってよかった」
「危なかったね、ありがとう」
リゼットとシクルが、笑顔で無事を喜び合う。
軍人の2人は、根に強く締め付けられた影響だろう。全身の複雑骨折、それにおそらく内臓も損傷しているのだろう。
けして軽い状態とはいえなかった。
だが、カグヤの治療もあり、命に別状はなさそうだ。
「この地の話は色々と聞いておりますわ。町と町、人と人を結ぶ鉄道。一つの希望となれば宜しゅう御座いますね。ただ、そのためにはまだ障害があるので御座いましょう」
先ほどまでいた、崩れ落ちた廃墟を見、祈宮が呟く。
その呟きに、静かにアルも頷く。
「ここに建設されていく施設や鉄道は大切なもの。でも、この地が安定するのはまだ遠そうだね」
――パンッ
と、響く手拍子。
振り返れば、無線連絡を終えたダビドが、皆へと向き直っていた。
「いや、今回は助かったよ、お嬢ちゃんたち。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
そう言い、頭を下げるダビドに、微笑む一同。
「誰も死なないですんで、よかったね、おじさん!」
「いや、だからおじさんって‥‥」
明神坂のペースにのまれてしまうそんな中年の様子に、その場は和やかな空気に包まれた。
だが、シクルはふと、瓦礫の方に目を向ける。
あの空洞で感じたモノ。
あれはなんだったのか。
空洞を支えていたキメラも死に、すでにあの空洞も瓦礫で埋まってしまった。
それを彼女たちが知る術は、ない。
‥‥‥‥
「‥‥いやぁ、危ない危ない」
暗い部屋。
どこかの研究室なのか。大小さまざまな水槽のようなものが、青白く浮かび上がる。
そこに、誰かがいた。
「案外、勘がいいんだもんなぁ。おかげでおもちゃを2つ、持って帰り損ねちゃった」
周りには、いくつもの鉢植えやプランター。
それらを愛でるかのように撫ぜ、1枚の葉に優しく手を添える。
「まっ、面白い話も聞けたし、いっか」
と、手を添えた1枚を、乱暴に毟り取る。
毟り取られた葉を無造作に壁へと放る。
葉は、あっさりと壁に突き刺さり、毟り取られた枝からは、すでに新たな葉が生え始めている。
「強化人間の治療に、収容施設、ね‥‥」
暗い部屋にクスクスと、奇妙な笑みがこだました。