●リプレイ本文
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搬入した荷物を作業員が運びこむ。そんないつもと変わらない光景からふと目を離し、秘色(
ga8202)は窓の外を見やる。
――不思議なものよのう
見上げるだけの遠い世界だった宇宙。そこにいま自分がいる。とはいえ人工的な施設の中。空気もあり、解放されたはずの重力に縛られた空間。実感は薄い。それでも、外に見える光景は、ここが自分がいた地上ではないことを物語っている。
――地上から見上げれば煌いておる空も、何と哀しげに感じるものよ
黒。黒。黒。
暗く、果てない空。かつて見送った2人の家族。あの子が、夫が見守ってくれている。そう思っていた天は一体何処にあるのか。少なくとも、今目の前にある宇宙。争いの場でしかないこの空だとは如何しても思えない。
あの日から十年以上。あの日が来るまで親子三人、平穏に暮らしていた頃。家族と共に見上げた流れ星に願った願い。
『いつまでも家族皆幸せで暮らしたい』
――やはり消え行くものに願うても叶わぬのかのう。あっさり二人とも逝ってしもうて
隣にいるはずの人がいない。空いた手。手持ちぶたさにも慣れてしまった。
――それでも
外を見やれば、引力に引き寄せられてまた1つ、デブリが地球へと落ちていく。赤々と輝くソレは、けれど地上に降り立つことは叶わず。また目の前の空は、黒一色の静けさ。今、地上にいる幾千幾万の親子は、流れ星を目にしたのだろう。あの日の自分たちのように。
――また目にしたれば、願わずにはいられぬのじゃろうな
『夫と息子の眠りが安らかであれ』
そして、もう1つ。
『わしと同様の想いをする者が少しでもなくなれ』と。
皆、何かを守りたくて戦っているのだろう。それならば、自分が死んで星となって、地球に降り注ぐ時。帰る時。誰かの「守りたい」という願いくらいは叶えてくれないだろうか。
――わしも力の限り守る為に戦う故
もう一度顔を挙げて外へと目を向ければ。自分と夫が好きだった色。その名が表す青よりもさらに鮮やかなソレに包まれる地球。帰るべき星が浮かぶ黒い空は、先程より少しだけ明るく、闇の中にも光があるように見えた。きっとその空の先。争いの音すら届かない彼方の空で、大小2つの星が自分を見守ってくれている。そんな気がして。
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「希望を持ち‥‥誇りを貫け‥‥」
口からでた言霊は暗い宇宙へと吸い込まれ、誰の耳に届くこともない。ふと自らの掌を顧みる。視線は掌から、揺れる蒼色へ。 メビウス イグゼクス(
gb3858)の脳裏に浮かぶのは、このリボンを託してくれたありし日の義姉の姿。幼馴染に奪われた‥‥そう思っていた、愛する家族の笑顔。
――復讐の為なら刺し違えても‥‥それがかつての友人だったとしても。‥‥そうあの時に誓った。
瞳に焼きつく鮮血の朱。それよりもなお鮮やかな、あの男の燃えるような深紅の髪。かつての自分にとって、それは憎悪の象徴だった。
――‥‥ですが、それは過ちでした。
彼は自身の剣を、憎しみを、全てを正面から受け止めた。そして、敗れた私に全てを明かしてくれた。誤解。何故彼を、幼馴染を信じられなかったのか。何故そんなことのために力を欲し、能力者となったのか。悔やむべきは己の心の弱さ。それを教えてくれた友人。
その日から、傭兵としての力を正しき事に使おうと心に決め、人の為に刃を振るい、仲間と共に数々の敵と対峙しては葬ってきた。
ふと、リボンから手を離し、もう一度自身の掌に目を落とす。リボンは変わらず涼しげな蒼に揺れ、朱に染まることはない。だがその手は、多くの命を神の御許へと送り返してきた。敵であれ、彼らにも己の信じるものの為に戦い、散っていった者も沢山居た。だからこそ、戦いで生き残った者として、この想いだけは貫き通していく事が、散った者達へのせめてもの償い。
気がつけば、宇宙などと遠いところまできてしまった。長かった戦いも近い未来、終わる事だろう。おそらく今までにない激戦になり、犠牲も出るかもしれない。命を懸けなければきっとこの戦いは終わらない。自分も戦士として戦いに殉ずる覚悟は出来ている。
――…ですが、それは死ぬ為の覚悟ではありません
かつての自分は、そうだったかもしれない。けれど、今の自分は違う。自分の帰りを待つ人がいる。その人の為に‥‥共に戦い、この戦争を終わらせる。そう、共に。その誓いは腕の蒼に。
――そして‥‥
誓いの蒼から視線を落とし、そっとソレに手を添える。腰に揺れる一振りの剣。それは、もう1人の誓いの主から、自分と同じ金の髪に蒼い瞳の想い人から託された白銀の力。
――約束は必ず守りますよ‥‥
誓いの剣を手にし、目の前の暗い空へと掲げる。口にするのは、彼女の真名。それは、自分だけが口にすることを許された、絆の証。それに応えたい。応えなければいけない。そう思えば、この目の前の闇に臆する心など、その身に宿るはずも無く。この剣が切り開く先に、光が待っていることだろう。
願わくば、彼女もまた希望を持ち、誇りを貫き、生き抜くことを。そしていつかこの剣が花となり、彼女の元に返す日が来ることを。
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ふとD・D(
gc0959)がやってきた食堂は、人も疎らで、静かなものだった。嵐の前の静けさとでもいうのか。初戦を終え、人類とバグア両陣営共、互いに浅からぬ傷を負った。今も見えないところで、技術者たちが寝る間も惜しんで修復に追われていることだろう。
そんなことを思い浮かべながら眺める宇宙。外に小さく見えるのは、先日まで自分がいた青い星。星の海に浮かぶソレを見ていると、自然と言葉が零れる。
「‥‥小さなモノね」
小さいのはなんだろう。あの地球か。その地球の、さらに小さな、自分が戦っていた場所か。あるいは、自分自身か。
ただ、その小さなものの為にこそ人は戦えるのだろう。かつての自分も、そうだったから。
発端は、生きる為。ただそれだけ。繰り返される地域紛争。ただ明日の糧を得る為に銃を取ったあの頃の自分。
――息を整えろ。外す距離では無い
銃を取って、一体何年経つというのだ。それなのにあの日、自分に言い聞かせた言葉が、なぜか今脳裏に浮かぶ。そういえば、昔は小さな戦場でさえ恐怖を感じていた。ライフルの照準を定める事にさえ震えが止まらなかった。引き金を引くなんて‥‥
それが今では空を駆け、この場所まで辿り付けた。その事に違和感を感じる。臆病な自分が、なぜここまでこれたのか。
『生きて帰りたい』
ただそれだけなら、きっと潰れていたのだろう。
「帰る場所が増えた‥‥ということなのだろうな‥‥」
空と自由。その名を冠し、共に翼を並べて来た者達。そして、自分の場所を示してくれた人。彼らへの思いは、感謝のソレとは、おそらく違うのだろう。あの頃は世界という物は見えていなかったし、宇宙など、見上げるだけの単なる天井のような存在だっただろう。けれど今彼等とならば、この広い海に出ることができる。彼とならここで戦う事ができる。
軽口で頼りなさそうに見えて、けれど、先日も助けられたばかりだ。自分を「ダリア」と呼ぶ彼。そう呼ぶのは彼だけではない。だがなぜか、彼だけは特別に感じられた。友とは言える。が、それだけなのか? ただの戦友?彼にとっては、そうかもしれない。でも、
――‥‥私にとってはそれだけじゃないの、か
その先を それ以上の感情を抱いている自分。女である自分。ふと自覚すると、思わず苦笑してしまう。
覚醒の余韻だろうか、不意に口元が寂しくなり、ポケットから1本、煙草を取り出す。火を灯し一息付き、改めて星の海を眺める。見渡す星の海に流れる星。自分は今、この広大な星の海にいる。ここで戦っている。
いつかあのちっぽけな場所に、ちっぽけな自分が帰る為に。彼と共に帰るために。もう一度、あの土くさい空気を吸いながら、一緒に煙草を吸う。そんな小さな、けれど十分すぎる理由を胸に。
「…帰ろう、いつか皆と…アイツと…」
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かつての学生たちの姿。笑顔。話し声。その面影も身を潜め、周囲を宇宙の黒に包まれた中、ひっそりと佇むかつての学び舎は、まるで自分の知らない場所みたいだった。
――‥‥カンパネラが宇宙に来るなんて、思っても見なかったな。
外観はあの日のままの校舎。そこに通じる石畳を歩く。一度は奪われた学園生活。部屋で1人、古びた教科書を何度も繰り返し開いては勉強した日々。それからもう一度手に入れた学園生活。友達。それが突然目の前からもう一度なくなってしまう。獅月 きら(
gc1055)は、カンパネラが宇宙へ飛び立つという知らせに、非常に動揺していた。
だからこそ、その目で確認したかった。今、あの愛すべき校舎がどうなっているのか。
依頼のない日は毎日通った学園。仲のいい友達と過ごした校舎。大好きな人と思い出を作った場所。歩けば歩くだけ、胸の中の思い出が鮮明に思い起こされて。けれど、そのどれも、宇宙に持っていかれてしまったという現実に引き戻されて。
そう。バグアは肉親だけじゃなく、思い出も居場所もすべて奪ってゆく。昔だけじゃない。傭兵になった今も、尚。
ふと上を見上げる。授業の時間も、お昼の時間も。いつも自分たちに刻を告げていた大時計。その先にあるのは、地上から見上げた青い空ではなくて、暗い空。幼い頃、眠りにつく前に聞いたお話。『空の向こうには天国があって、皆幸せに暮らしている』と肉親が聞かせてくれた。
でも、自分が飛び出した「空の向こう」には、バグアしか見えなかった。彼らとの、かわらない、終わらない戦闘が待っているだけだった。
――昔、「お父さんもお母さんも、お空の上からあなたを見守っているのよ」って、孤児院の先生が教えてくれたけど‥‥
それは、違う。『ここには、バグアしかいない』から。それを知ってしまった。
‥‥けれど、知ったからこそ、分かったことがある。校舎に入り、階段を上る。かつての教室の窓から外を眺めると、目に飛び込むのは、遠くに小さく浮かぶ青い星。やっぱり、お父さんもお母さんも、あの星にいる。私が帰る場所はあの星。そこは、私の大切な義父さんと義母さん、大好きな彼がいる場所で‥‥そして、お父さんとお母さんが眠っていて、いつも私の『傍』で見ていてくれる世界。
「‥‥帰らなきゃ」
浮かぶのは、彼の言葉。
――隣に、いてよっ。僕、LHできらちゃんが笑ってられるように頑張る! だから‥‥僕の隣に、いてくださいっ
そう、彼にお願いされたから。それに、約束したから。来年には、お祭りで私の好きなものをとってもらうって。彼の作ったオムライスを食べさせてもらうって。
彼の元には、大切な2人の‥‥2匹のお友達も、待っている。だから、帰ろう。大切な人がいるあの星に。青く美しい地球に。学び舎でもらった、大切な思い出を胸にしまって。
校舎は、旅立ってしまった。けれど、独りじゃない。友達も、大切な人も、あの星で待っているから。
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「わぁぁあ〜スッゴい景色ぃぃ! ね! 空にぃ空にぃ! アンなにおホシがおっきく見えるよ!」
「‥‥おらッ! ヒトの肩の上で暴れんじゃねェッ!」
肩車をされた状態で窓の外を眺める無邪気な弟分、火霧里 星威(
gc3597)がはゎゎわぁ〜と目をキラキラさせながらキョロキョロしているのを注意する、兄貴分にして小隊長の赤槻 空也(
gc2336)もまた、目の前の光景に心躍り、魅入られる。
だが、感動する反面、思い描くのは理想。
――戦争がなきゃ‥‥見なかったろうな‥‥
戦争なんて無ければ良かった。そうすれば、知人が死ぬことは無かった。友達の結婚式にも出れたかもしれない。弟の運動会にも・・‥
ふと、額の鉢巻に触れる。兄貴分のその仕草に気づく火霧里。彼がその仕草を取る時は、過去を、死んだ人を思い出している時。だから火霧里もまた、自身の過去に思いを馳せる。けれど、彼が思い出せるのは、何も無い。
バグアに故郷を奪われ、家族を奪われた2人。だが赤槻と違い、火霧里にその記憶は無い。思い出せない両親の顔。それが、一見元気いっぱいで、影なんてなさそうに見える彼の心にひっそりと、悲しみの、そして憎悪の泉を湛える。
心に憎悪を抱くのは、赤槻もまた同じ。
『バグアを倒して』
いつまでも耳に残る、ダチと弟の最期の言葉。食事もノドを通らず、精神的ショックから、耳鳴りで死ぬかと思う時もあった。それでも戦うと決めたのは、その言葉があったから。
「‥‥はわ、宇宙ってケシキスゴいけど、何だか怖いね‥‥吸い込まれちゃいそう‥‥空にぃも何か怖いよ? どーしたのぉ‥‥?」
頭の上の弟分に声をかけられ、我に返る赤槻。同じ境遇のこの弟分の、けれど明るいその笑顔に、ふと、素朴な疑問を口にする。
「なァ‥‥星威。おめーはさァ‥‥幸せか?」
「え? 幸せ??」
突然質問され、うーんうんと考える火霧里。カゾクの顔は分かんない。寝る時は空にぃとか居ないと全然寝れない。時々、スゴい怖い夢も見る。独りぼっちで、だれもいない‥‥
表情が沈んでいく火霧里。けれど
「‥‥でもでもでもね! 沢山のヒト達に会えたよ! それにガッコのせんせも『でも星威くんは生きてるよ』ってゆったよ!」
ぱっと顔を上げると、両手を上げて大きな声で答える。思わずぐらりと揺れるのを、下の赤槻がなんとか堪える。
『生きてる』
その言葉に、赤槻もまた、自身が歩める新しい道を想像する。何も無かったあの時から、随分と仲間も増えた。仲間たちの顔を脳裏に描きながら、思い浮かべるのは、この戦争が終わった後のこと。
「なァ、俺達の戦いは‥‥バグアども潰すだけじゃねー‥‥そうだろ?」
「え?? ‥‥うん! センソーは後何年でもジンセイはあと何十年だよ! 何十年のコト考えなきゃ!」
うんうん、と一度頷くと、もう一度、頭の上の弟分に言葉を投げかける。
「戦災復興旅団‥‥なんてどうよ? 需要あると思うぜぇ?」
「え?戦災ふっこー‥‥? なぁにそれ! 正義のシュウダンってヤツ!? かっこいい!!」
よくわからないままに喜ぶ弟分の様子に、フッと笑みを零しながら、赤槻は思う。戦争が終わった後、この弟分たちと一緒に生きてみたいと。仇討ちを辞めるつもりはない。なんとしても見つけ出す。けれど、戦争は独りでは終わらせられない。ボッチじゃ、弱い自分たちだ。だけど
「俺達ぁ集まりゃ強ぇ。だろ?」
兄貴分の笑顔に、火霧里も笑顔で元気よく答える。
「あはは♪ このウチューも皆が手ぇ繋いだから来れたんだもんね! いえーす!ボクは弱くっても僕たちは強いのだっ!」
独りと独り。それぞれに大切なものを失った二人。けれど、今、新しい親友を、ダチを得て。この空で自身を見守る誰かに、元気な自分を見てほしい。独りじゃない自分を。これからもずっと。