タイトル:親心マスター:ユキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/20 20:31

●オープニング本文


「娘と話をしてほしい」

どこか年季を感じさせるくたびれた中年の男。傭兵や、時には軍属が出入りするLH本部ではそれほど珍しい姿でもない。
しかし、その言葉は一瞬「‥‥はぁ?」と漏らしてしまうような内容。ここはいつから家庭問題の相談所になったのか。
けれど、内容とは裏腹に男の声はどこか深刻さを帯びている。オペレーターへ食いつくその様子もまた然り。その空気に、おもわずたじろぐオペレーター。
さすがに男も周囲の目に気付くと、ばつが悪そうに一度、大きく咳払いをした。
短く整えた白髪交じりの髪を数度掻き、乱れた髪でさらにくたびれた雰囲気が強くなった男は、再度オペレーターへ向き直ると、小声で、申し訳なさそうに話を続ける。
「今度、前線へ復帰することになったんだが‥‥」

そして数刻の後、電光掲示板に1つの依頼が表示された。


‥‥‥‥

「女の子、娘を説得してほしい、というのが依頼主の意向です」
オペレーターの説明に、依頼概要を尋ねた傭兵もまた「はぁ?」といった表情を隠せない。

まとめるとこうだ。
依頼主は元傭兵。家族を養うために日々依頼をこなし戦場を駆けていたが、妻は依頼主である夫と幼い娘を残し病気で他界。
娘を養うため、男は傭兵家業を引退しLHでの仕事を見つけて、親娘2人、静かに暮らしていた。
ただし、ここで1つ問題が起こった。男は典型的な、いわゆる脳筋野郎だった。
事務処理なんてもってのほか、金勘定を任せれば0を1つ2つ間違えるのは当たり前。配送作業をすれば、道中でのいざこざに首を突っ込んでは、配送物を失くしたり壊したり。
そんな様子でまともに続く仕事なんてあるはずもなく、次々に仕事を転々とする日々だった。

それでも男なりに娘のため、必死に仕事をこなし、できる限り家族の時間も持とうとした。
しかし、子育てはそう甘くない。そしてなにより、そう安くない。男が傭兵時代に稼いだ金額はけして少なくはなかったが、それも徐々に底をついていく。
気がつけば娘ももう11歳。もう自分がつきっきりでなくても、しばらく家を空けても、1人でもなんとかなるといえばなんとかなる歳だ。
将来のために色々な選択肢をもって、そして選択肢を選ぶためには、さらに金のかかる年頃。男は生活のため、再び傭兵家業へと戻ることを決めた。

だが、ここで男が不安に思うことが1つ。自分が死んだら娘はどうなる?
LHには俺が傭兵という理由で妻と2人、娘が生まれてからは3人で暮らすことができた。もちろん、各地の戦災者の一部もここで暮らしている。
俺がいなくなったからといって、島から追い出されるなんてことはまずないだろうが、それでも、どう暮らしていく?あの歳で、どうやって‥‥

戦場しか知らず、まともな仕事も続けられない男が知っている方法はたった1つ。『傭兵になること』だった。
娘が戦場に立つ。それを良しと思っているわけではない。ただ、傭兵であれば、ある種の恩恵を受けることができる。
仕事は必ずしも危険なものとは限らない。傭兵の中には娘と歳の近い子どもたちも多い。それに、最近ではたしか能力者向けの学校なんてものもあったはずだ。
将来の選択肢を広げるという意味で、男が娘に提示できる方法はエミタの適正検査だった。

だが、さらに問題が1つ。男は娘に、自分が能力者だと明かしていないのだった。
それは妻との約束。男がナゼ?と尋ねても、妻はどこか困ったような、寂しそうな笑みで一言、
「お願い。約束、ね?」
とだけ繰り返した。
妻が何故、自分が能力者であることを娘に秘密にするよう言ったのか、男にとっては謎だった。ただ、男なりにも心当たりはあった。
傭兵は時に粗暴な仕事もするし、手を汚すこともある。子どもにとってそれが必ずしも良くないものであるだろうとは男にも容易に考えられた。
何よりも、男にとっては亡き妻との約束。それを破るつもりはなかった。
だが、自分が能力者であることを隠した上で、まだ11の娘に突然能力者に、傭兵になることを薦める。そのためにエミタの適性検査を受けるように話す。
不器用な男が、年頃の娘に突然そんな会話を上手く切り出せるのかといえば、答えはNo。
娘は部屋に閉じこもり、口をきいてもらえず、洗濯物も一緒に洗ってもらえなくなって、朝のいってらっしゃいのチューも‥‥と、そんな男の愚痴は置いておいて。
 
『今度の休日、自分が依頼復帰前の実地訓練で1日家を空ける。その間自分にかわって娘の面倒を見てほしい、そしてなんとか説得をしてエミタの適正検査を受けさせてほしい』

というのが依頼概要である。
自分ではいくら話しても埒が明かないが、傭兵の中にはいろんな人間がいる。中にはこういうのが得意なやつもいないだろうか、頼む‥‥と藁にもすがる思いで依頼を出した不器用な父親。


「親が子どもに傭兵になるのを薦める。それが正しいのかは、私にはわからないわ。でも、家庭の事情は様々だもの。あなたたちだってそうでしょう?」
ダメ親父だなぁと呆れて依頼概要を眺めていた傭兵たちも、オペレーターの言葉に、それぞれが何かに思いをはせるように静かになった。
年端もない者。家族を持つ者。過去に大切な誰かを失った者。ここに集まるのは、一言では括れない者たち。

「あぁそう、依頼主はできれば適性検査を受けさせてほしいって言っていたけれど、絶対とは言っていなかったわ。娘がどうしてもというのなら仕方ない、だそうよ。
 万が一、その子が納得して検査を受けれたところで、結果は流れ星を掴むようなものですもの、ね。あなた、暇してるなら一日家事手伝いか何かと思って、受けてみたら?」

オペレーターはどこか無責任にそう言うと、また次の業務へと戻っていった。
彼女はただの依頼の斡旋者。自身の感情を傭兵に押し付けるつもりもなければ、1つの解を押し付けるつもりもない。
自分には自分の仕事が、そして能力者である傭兵には傭兵の仕事がある。
彼女は自分の仕事をこなしていく。誰かの助けを求める声、依頼を1つまた1つ、電子的な文字列で映し出し。

その様子を眺めながら、傭兵は今一度、目の前の画面に表示されたある父親の助けを求める声に目を向ける。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
火霧里 星威(gc3597
10歳・♂・HA
コッペリア・M(gc5037
28歳・♂・FT

●リプレイ本文

● 大丈夫?

「おい」

「‥‥あ?」

 傭兵たちを家に招きいれる中、不意にそのうちの1人をダビドが止める。足を止めた須佐 武流(ga1461)へ、ダビドは真剣な表情で詰め寄る。

「いいか? 間違っても娘に手を出すなよ?」

 娘一人を家に残し、成人男性を招き入れる。心配するところがあるのだろう。だがお門違いもいい所。須佐は肩をすくめ、無言のまま家の中へ。

「あ、おい」

 だが、ダビドが再度呼び止める。

「‥‥っ、なんだよ」

 突然肩を組まれ、少し傷に響いたか。イラついた様子の須佐には我冠せず。ダビドはあるもう一人の参加者について尋ねる。

「‥‥あいつ、大丈夫だよな?」

「俺が知るか」

 ダビドの視線の先では、もう1人の成人男性、コッペリア・M(gc5037)が、自分を見つめる熱い視線にバッチリ気付き、素敵なウィンクを返していた。なぜか、「バチン!」という音が聞こえた気がしたダビドは、咄嗟に目を背けた。


● 何しましょ

「えっと、皆さん、どうぞ寛いでください。狭いところですけど」

 リビングに集まった一同は、それぞれソファーやカーペットの上に腰を落ち着かせる。

「えっと、獅月きら(gc1055)、です。きらって呼んでね。よろしく、ニーナ」

 獅月の挨拶に、やはり他人を家に招くということで緊張していたのか。どこか強張っていたニーナの表情が少し和らぐ。

「綺麗にしてるもんだ。仕事する必要あるのかな。いくつだっけ?」

 時枝・悠(ga8810)は整理された部屋の様子を眺めながら、ソファーに身をうずめる。

「あ、えっと。今年で12になります」

「あれれ?ボクよりおねーさんだよぉ? でもでも、おトシの近いヒトと遊べるの、ボク嬉しいなー♪」

 火霧里 星威(gc3597)もまた傭兵。ニーナの見せる表情は、一見無邪気な年下の子を見る微笑ましいものだが、時折、別の色が伺える。

「‥‥ん。これは。カレーの。匂い」

 最上 憐(gb0002)が台所から香る匂いに敏感に反応する。

「あ、たくさんいらっしゃるって、お父さん‥‥父が言っていたので」

 他人の前で父親のことを「お父さん」と言い、それを言い直す辺り、どこか子どもらしさを感じさせる。

「‥‥ん。おやつの。準備まで。できるね」

 果たしてカレーがおやつなのか。と、部屋の中に乾いた音が響く。

「ハイハイ! グッボーイ&ナイスガール! それじゃ、まずはこれからのハッピーなプランを立てましょう!」

 手を叩き注目を集めると、最年長のお兄‥‥お姐さん、コッペリアが場をまとめる。

「カレーは夜にして、今からお出かけしましょ。お昼は外で済ませて、帰りに明日のお買い物よ!」

「え、でも‥‥」

 コッペリアの提案に、遠慮がちなニーナ。買い物にお客さんを付き合わせるのは気が引けるし、外食なんて、お父さんがいないところで私だけ‥‥

「そういえばここに来る途中、ケーキバイキングがあったの。ねぇ、一緒に行こ?」
 
 そんなニーナの戸惑いを察した獅月の誘いに、少女の瞳がぱっと輝く。

「うふ、やっぱり女の子ね。それじゃ決まり! さっそく行きましょ!」

 コッペリアの声に腰を上げる傭兵たち。獅月と火霧里が両側からニーナの手をとり、玄関へと駆けていくのに、皆が続いた。


● 縮まる距離、消えない壁

 食事を一緒にすること、しかもそれが可愛らしいお店で色とりどりの甘味を選びながらであれば、自然と話も弾み、距離も縮まる。足取り軽く家路へつく一行。

「能力者に会ったことはあるのか?」

 帰り道、須佐がニーナに声をかける。目の前にいるのはただの子ども。そんな子どもが能力者になる。それを良しとは思わないが、だがあわよくば適性検査を受けさせるのが、今回の依頼。
 ニーナは、まだ少し年上の男性に抵抗があるのか、控えめに「あ、はい」と返答を返す。その様子を観察し、須佐は質問を続ける。

「俺もあいつらも能力者だが、話してみてどうだ?」

 能力者をどう思うか、ではなく、自分たちをどう思うか。そこから能力者、傭兵への少女の思いを確認できれば。

「あ、えっと‥‥皆さん、お話してみると、普通の方なんだな、って」

 少女は緊張しつつ、僅かに微笑んでそう話す。その様子には、どこか安堵の思いも感じられる。
 どうやら、能力者や傭兵に対する拒絶的な様子はなさそうだ。それが分かっただけでも十分だろう。そう思い話を切り上げる須佐。
ふと、あることを思い立ち、再び少女に話しかける。

「どうだ? 普通じゃない、能力者たる動きってのを見せてやろうか?」

 そう話す須佐の身体を包みだす黄金の光。その瞬間、少女の肩が微かに震える。と、

「ハイ、グッボーイ! やんちゃはダーメ。卵が割れちゃうじゃない!」

 コッペリアがやんわり静止をかける。「‥‥ふん」と、覚醒を解く須佐。そのまま、ニーナの歩幅に合わせていた歩みを速め、彼女の元を離れる。
 少女の変化に気付いたのは、皆も同じ。さり気なく獅月がニーナの手をとり、優しく微笑みかける。少女の顔にはほっとした色とともに、どこか困惑した感情が浮かんでいるのを、誰もが感じ取っていた。


● 夕食、核心

 夕食までの間はお勉強タイム。獅月の使い込まれた教科書に、ニーナが目を輝かせる。その様子に少し嬉しく、けれど、少女の今の環境が思い浮かばれ、少し複雑な思いを抱きつつ、獅月は少女の勉強を見る。

「ベンキョー? あー! ボクもしなきゃー!」

 ニーナの横で、火霧里も一緒にペンを持ち、教科書に悪戦苦闘する。そんな様子に、ニーナも思わず笑顔をこぼす。
 その様子を台所で鼻歌混じりにニコニコ眺める、持参のハート型エプロンを着こなすコッペリア。横では時枝が手馴れた様子で、黙々と家事をこなす。当初は勉強の手伝いでもと思ったが、やっぱり教えるのが面倒だったというのは内緒だ。
 そんな中、最上は一人行儀良くテーブルに座し、マイカレースプーンを手に、ケーキバイキングに続き本日2度目のカレーを待つのであった。


「おなかいっぱーい! ねぇねぇニーナちゃん! てれびげーむしよォよぉ♪」

 食事が終われば、遊びの時間。火霧里は持参のゲームにニーナを誘う。
 ニーナは食事の片付けをしないとと戸惑ったが、「今日は家事はお休みして好きに遊びなさい」とコッペリアにバッチリウィンクをされ、獅月に「大丈夫だよ」と優しく諭されれば、甘えてしまう。

「きっと、お父さんがいたら‥‥もっと、楽しいですよね」

 10歳と11歳。男の子と女の子が笑顔でゲームをする光景。日常的なその光景は、この家では非日常。微笑ましくもあるけれど、どこか寂しくもある。

「11歳にしては、しっかりした子よね」

 自身を少女に重ね、共感する獅月。だから彼女に優しくする。そんな様子を察するコッペリア。視線の先には寂しげな獅月と、台所の隅にひっそりとある、毎日大人サイズのキッチンでがんばる少女を支える踏み台が。

 そんな2人の会話を、時枝もソファーで聞いている。目の前でゲームを楽しむ少女の様子を眺めながら、けれど、何を口にするでもなく。たぶん、他人がどうこう言わなくても色々なことを察しているだろうから。この、大人びた子どもは。

「あー、負けちゃったぁー!」

 ゲームのチョイスは男の子。格闘ゲームでニーナと遊んでいた火霧里は、予想外の負けにしょんぼり。その様子にクスクスと微笑むニーナ。

「僕だったら、『のーりょくしゃ』だから負けないよぉ! ねぇねぇ、ニーナちゃんは『のーりょくしゃ』にならないの? 困った人、おタスケできるかもなんだよ♪」

 少年は核心をつく。火霧里の言葉に、ニーナはとたん笑みを凍らせ俯く。部屋が静寂に包まれる。

「わ、私はそんな、特別じゃないです、から」

 ニーナは顔を上げると、笑顔で火霧里にそう返す。その笑顔は、明らかな苦笑。

「特別か。力を持てば相応の責任があるからな」

 壁に身を預けていた須佐が意見を出す。ニーナは「そうですよ。私なんかには」と、賛同の意を示す。

「‥‥ん。依頼は。楽で。安全なのも。ある。学園も。ある。ニーナと。同じ位の。学園生も。沢山。居るから。友達。出来るかも」

 おやつのカレーパンを食べながら、最上が意見を提示する。能力者=戦うではない生き方を。

「そだっ! ね! ね! ノーリョクシャになったらぁ兵舎で沢さーんっ、アソべるよ♪」

 少年の言葉に、それでも少女の心は動かない。それどころか、むしろ‥‥

「‥‥皆さんは父に、私を説得するように、言われたんですか?」

 最初から抱いていた疑念。少女の中で暗い感情が大きく波打つ。

「‥‥ねぇ、ニーナ」

 ふと、背後から声をかけられる。獅月は昼間と変わらない優しい笑みをそのままにささやきかけると、膝をつき、少女と目の高さを合わせる。

「お父さんに、適性検査を受けるように、言われたんだよね」

 獅月はあえて自ら、自身がそのことを知っていること、つまり、どういう目的でここへきたのかを少女に示す。それは、信頼を示すため。
 ニーナは静かに頷く。

「ニーナは、お父さんが、どうして私達をここに呼んだか、わかるかな?」

 獅月は、優しい口調で続ける。
 ニーナは、何も話さない。

「‥‥それはね、ニーナちゃんが、大事だから‥‥だよ」

 獅月はニーナの手をとり、瞳をまっすぐと見つめたまま、笑顔で語りかける。

「きっと分かっているさ、その子は。わかっているけど、どうしていいか分からない。違う?」

 時枝が重ねて問いかける。その言葉に、少女の瞳から涙が零れ、嗚咽が漏れた。
獅月はそのまましばらく、少女の肩を優しく抱いてあげた。何か声をかけるでなく、ただ優しく。


● 特別

『特別じゃない』
 親がいないのは私だけじゃない。学校にいけないのも私だけじゃない。だから、特別扱いされちゃいけない。それがニーナの思い。そしてもう1つ‥‥

「もし適正があったら‥‥私、普通じゃなくなっちゃう」

 落ち着いたニーナを自室へ誘い、女の子だけで話を聞く。寄り添う獅月と、それぞれ隅に座る時枝、最上。

「普通でないと、誰かが傷ついちゃうから‥‥」

 少女は小さく言葉を繋ぐ。

「火霧里君が言ってたよね。能力者になれば、誰かを助けられるかもって。ニーナはなんで、誰かが傷ついちゃうって思ったのかな?」

 獅月は変わらぬ優しい口調で隣の少女へ話しかける。

「案外、知らない人のほうが話せることもあるもんだ、うん」

 誰に話しかけるでもなく、時枝は呟く。彼女なりの気遣い。その言葉に、ニーナは1つ、大きく息を吐く。

「‥‥お母さん、泣いていたから」

 話すニーナの瞳にもまた、涙が浮かんでいた。

 ニーナは知っていた。父親が能力者であることを。
 母はLHへ来る以前、父と出会った頃、周囲から冷たくされていた。彼と出会ったために。
 「能力者は特別」「怒りを買ったら、何されるか分からない」。それがダビドに対する、周囲の評判。それまで彼と仲の良かった友人ですら、適正が分かったとたんどこか余所余所しくなっていった。鈍いなりに、彼がそれに戸惑っていたことを母は知っていた。
 夫の友人へ、今までどおり接して欲しいとお願いした母。その母に、夫の友人は冷たかった。「どうせ何があったってお前は守られる。ずるい女だ」と。母はそれを父には言わなかった。言えば夫がどういう行動にでるか分かっていたから。夫を傷つけたくなかったから。

 幼いながらにその話を聞いた少女が能力者と、能力者への周囲の目に対し抱いた思いは、けしてよいものではなかった。それも、当然な話。

「‥‥だってお父さん、釣りなんてできないのに。大きな荷物しょって出かけるの。いつも魚屋さんで買ってるの、知ってるの。またお仕事、始めるんでしょ? だから私に、あんなこといったんでしょ?」

 寂しく笑う少女の目から零れ落ちる涙。

「‥‥ん。悲しい。時は。おいしいもの。食べると。いいよ?」

 最上が、食べかけのカレーパンを半分、ニーナへと差し出す。「ありがとっ」とニーナは、悲しさ半分の笑顔のまま、それを受け取る。

「‥‥そういえば、父の日か」

「? 父の、日?」

 時枝の呟きに、ニーナがふと顔を上げる。

「あ、えっとね。日本の習慣で、お父さんにありがと、って気持ちを伝える日なんだよ。‥‥そうだ、ねぇニーナ」

 日本人に育てられた獅月も知るその習慣。獅月があることを思いつく。

「今の話。お父さんとしてみない? ありがとうって思いと一緒に」

「?」

「お父さんも本当は迷いながら、でもニーナのことを考えて、適性検査のこととか、話したと思うの。けど、ニーナももう子どもじゃないから。お父さんと一度、ちゃんと話してみても、いいと思うよ」

 獅月はもう一度ニーナの手をとる。
 それなら美味しい食事がいい、とは最上の持論。ご馳走を作って待ってあげればいいと提案をする。お土産もあると嬉しいなと付け足しつつ。

 他人。けれど、自分の話を親身になって聞いてくれる傭兵。そんな彼女たちの話を聞きながら、ニーナはふと思い出したかのように立ち上がり、机の引き出しから、古びた一冊のノートを取り出す。それは、母親が残したレシピブック。

「これ。お母さんが、お父さんのお気に入りって言ってたんです、けど‥‥難しくて‥‥」

 少し恥ずかしそうに、今日はじめて1つのお願いをする少女。いつも我慢していた少女の精一杯のお願い。

「んもう! なんてナイスガールなの! そういうことなら私、一肌でも二肌でも脱いじゃうわ!」

 扉の前に仁王立ちしていたのは、そんな様子に母性の針が振り切れ、本当に服を脱ごうとするコッペリア。その様子に呆れる一同と、驚くニーナ。

「それじゃ、明日は秘密の特訓ね!」

 バチンっ、とまた素敵なウィンクを見れば、それまでの涙はどこへやら、部屋には笑顔が溢れた。その後、「今夜は少しだけ夜更かししてもいいのよ」というコッペリアの提案でパジャマパーティとなったニーナの自室では、なぜか彼による保健体育の授業が行われ、年頃のニーナには割りと好評だったとか。


● 親娘の時間

「ただいまー、っと」

 夕方、玄関から待ち望んだ声がする。それを合図に傭兵たちは皆席を立つ。後は、親娘2人の時間だ。

「ニーナ、忘れないで。貴女は十分特別なんだよ。世界に一人だけ。お父さんとお母さんの、たった独りの子どもなんだから、ね。‥‥応援してるよ」

 獅月が最後にもう一度、少女の手をとる。ニーナは、今度はちゃんと、少女らしい笑顔でしっかりと、「はい」と返事をする。

「ニーナちゃん、またあそぼぉねー♪」

 火霧里も、ニーナに笑顔で手を振る。ニーナも控えめに、けれどたしかに手を振る。

 今夜は、2人にとって長い夜になるだろう。けれど、大切な夜。少女が今後どうするのか。それは傭兵たちには分からない。それでもこの一夜の出会いは、少女にとって、この家族にとって、大切なモノであったに違いない。