●リプレイ本文
● 大丈夫?
「おい」
「‥‥あ?」
傭兵たちを家に招きいれる中、不意にそのうちの1人をダビドが止める。足を止めた須佐 武流(
ga1461)へ、ダビドは真剣な表情で詰め寄る。
「いいか? 間違っても娘に手を出すなよ?」
娘一人を家に残し、成人男性を招き入れる。心配するところがあるのだろう。だがお門違いもいい所。須佐は肩をすくめ、無言のまま家の中へ。
「あ、おい」
だが、ダビドが再度呼び止める。
「‥‥っ、なんだよ」
突然肩を組まれ、少し傷に響いたか。イラついた様子の須佐には我冠せず。ダビドはあるもう一人の参加者について尋ねる。
「‥‥あいつ、大丈夫だよな?」
「俺が知るか」
ダビドの視線の先では、もう1人の成人男性、コッペリア・M(
gc5037)が、自分を見つめる熱い視線にバッチリ気付き、素敵なウィンクを返していた。なぜか、「バチン!」という音が聞こえた気がしたダビドは、咄嗟に目を背けた。
● 何しましょ
「えっと、皆さん、どうぞ寛いでください。狭いところですけど」
リビングに集まった一同は、それぞれソファーやカーペットの上に腰を落ち着かせる。
「えっと、獅月きら(
gc1055)、です。きらって呼んでね。よろしく、ニーナ」
獅月の挨拶に、やはり他人を家に招くということで緊張していたのか。どこか強張っていたニーナの表情が少し和らぐ。
「綺麗にしてるもんだ。仕事する必要あるのかな。いくつだっけ?」
時枝・悠(
ga8810)は整理された部屋の様子を眺めながら、ソファーに身をうずめる。
「あ、えっと。今年で12になります」
「あれれ?ボクよりおねーさんだよぉ? でもでも、おトシの近いヒトと遊べるの、ボク嬉しいなー♪」
火霧里 星威(
gc3597)もまた傭兵。ニーナの見せる表情は、一見無邪気な年下の子を見る微笑ましいものだが、時折、別の色が伺える。
「‥‥ん。これは。カレーの。匂い」
最上 憐(
gb0002)が台所から香る匂いに敏感に反応する。
「あ、たくさんいらっしゃるって、お父さん‥‥父が言っていたので」
他人の前で父親のことを「お父さん」と言い、それを言い直す辺り、どこか子どもらしさを感じさせる。
「‥‥ん。おやつの。準備まで。できるね」
果たしてカレーがおやつなのか。と、部屋の中に乾いた音が響く。
「ハイハイ! グッボーイ&ナイスガール! それじゃ、まずはこれからのハッピーなプランを立てましょう!」
手を叩き注目を集めると、最年長のお兄‥‥お姐さん、コッペリアが場をまとめる。
「カレーは夜にして、今からお出かけしましょ。お昼は外で済ませて、帰りに明日のお買い物よ!」
「え、でも‥‥」
コッペリアの提案に、遠慮がちなニーナ。買い物にお客さんを付き合わせるのは気が引けるし、外食なんて、お父さんがいないところで私だけ‥‥
「そういえばここに来る途中、ケーキバイキングがあったの。ねぇ、一緒に行こ?」
そんなニーナの戸惑いを察した獅月の誘いに、少女の瞳がぱっと輝く。
「うふ、やっぱり女の子ね。それじゃ決まり! さっそく行きましょ!」
コッペリアの声に腰を上げる傭兵たち。獅月と火霧里が両側からニーナの手をとり、玄関へと駆けていくのに、皆が続いた。
● 縮まる距離、消えない壁
食事を一緒にすること、しかもそれが可愛らしいお店で色とりどりの甘味を選びながらであれば、自然と話も弾み、距離も縮まる。足取り軽く家路へつく一行。
「能力者に会ったことはあるのか?」
帰り道、須佐がニーナに声をかける。目の前にいるのはただの子ども。そんな子どもが能力者になる。それを良しとは思わないが、だがあわよくば適性検査を受けさせるのが、今回の依頼。
ニーナは、まだ少し年上の男性に抵抗があるのか、控えめに「あ、はい」と返答を返す。その様子を観察し、須佐は質問を続ける。
「俺もあいつらも能力者だが、話してみてどうだ?」
能力者をどう思うか、ではなく、自分たちをどう思うか。そこから能力者、傭兵への少女の思いを確認できれば。
「あ、えっと‥‥皆さん、お話してみると、普通の方なんだな、って」
少女は緊張しつつ、僅かに微笑んでそう話す。その様子には、どこか安堵の思いも感じられる。
どうやら、能力者や傭兵に対する拒絶的な様子はなさそうだ。それが分かっただけでも十分だろう。そう思い話を切り上げる須佐。
ふと、あることを思い立ち、再び少女に話しかける。
「どうだ? 普通じゃない、能力者たる動きってのを見せてやろうか?」
そう話す須佐の身体を包みだす黄金の光。その瞬間、少女の肩が微かに震える。と、
「ハイ、グッボーイ! やんちゃはダーメ。卵が割れちゃうじゃない!」
コッペリアがやんわり静止をかける。「‥‥ふん」と、覚醒を解く須佐。そのまま、ニーナの歩幅に合わせていた歩みを速め、彼女の元を離れる。
少女の変化に気付いたのは、皆も同じ。さり気なく獅月がニーナの手をとり、優しく微笑みかける。少女の顔にはほっとした色とともに、どこか困惑した感情が浮かんでいるのを、誰もが感じ取っていた。
● 夕食、核心
夕食までの間はお勉強タイム。獅月の使い込まれた教科書に、ニーナが目を輝かせる。その様子に少し嬉しく、けれど、少女の今の環境が思い浮かばれ、少し複雑な思いを抱きつつ、獅月は少女の勉強を見る。
「ベンキョー? あー! ボクもしなきゃー!」
ニーナの横で、火霧里も一緒にペンを持ち、教科書に悪戦苦闘する。そんな様子に、ニーナも思わず笑顔をこぼす。
その様子を台所で鼻歌混じりにニコニコ眺める、持参のハート型エプロンを着こなすコッペリア。横では時枝が手馴れた様子で、黙々と家事をこなす。当初は勉強の手伝いでもと思ったが、やっぱり教えるのが面倒だったというのは内緒だ。
そんな中、最上は一人行儀良くテーブルに座し、マイカレースプーンを手に、ケーキバイキングに続き本日2度目のカレーを待つのであった。
「おなかいっぱーい! ねぇねぇニーナちゃん! てれびげーむしよォよぉ♪」
食事が終われば、遊びの時間。火霧里は持参のゲームにニーナを誘う。
ニーナは食事の片付けをしないとと戸惑ったが、「今日は家事はお休みして好きに遊びなさい」とコッペリアにバッチリウィンクをされ、獅月に「大丈夫だよ」と優しく諭されれば、甘えてしまう。
「きっと、お父さんがいたら‥‥もっと、楽しいですよね」
10歳と11歳。男の子と女の子が笑顔でゲームをする光景。日常的なその光景は、この家では非日常。微笑ましくもあるけれど、どこか寂しくもある。
「11歳にしては、しっかりした子よね」
自身を少女に重ね、共感する獅月。だから彼女に優しくする。そんな様子を察するコッペリア。視線の先には寂しげな獅月と、台所の隅にひっそりとある、毎日大人サイズのキッチンでがんばる少女を支える踏み台が。
そんな2人の会話を、時枝もソファーで聞いている。目の前でゲームを楽しむ少女の様子を眺めながら、けれど、何を口にするでもなく。たぶん、他人がどうこう言わなくても色々なことを察しているだろうから。この、大人びた子どもは。
「あー、負けちゃったぁー!」
ゲームのチョイスは男の子。格闘ゲームでニーナと遊んでいた火霧里は、予想外の負けにしょんぼり。その様子にクスクスと微笑むニーナ。
「僕だったら、『のーりょくしゃ』だから負けないよぉ! ねぇねぇ、ニーナちゃんは『のーりょくしゃ』にならないの? 困った人、おタスケできるかもなんだよ♪」
少年は核心をつく。火霧里の言葉に、ニーナはとたん笑みを凍らせ俯く。部屋が静寂に包まれる。
「わ、私はそんな、特別じゃないです、から」
ニーナは顔を上げると、笑顔で火霧里にそう返す。その笑顔は、明らかな苦笑。
「特別か。力を持てば相応の責任があるからな」
壁に身を預けていた須佐が意見を出す。ニーナは「そうですよ。私なんかには」と、賛同の意を示す。
「‥‥ん。依頼は。楽で。安全なのも。ある。学園も。ある。ニーナと。同じ位の。学園生も。沢山。居るから。友達。出来るかも」
おやつのカレーパンを食べながら、最上が意見を提示する。能力者=戦うではない生き方を。
「そだっ! ね! ね! ノーリョクシャになったらぁ兵舎で沢さーんっ、アソべるよ♪」
少年の言葉に、それでも少女の心は動かない。それどころか、むしろ‥‥
「‥‥皆さんは父に、私を説得するように、言われたんですか?」
最初から抱いていた疑念。少女の中で暗い感情が大きく波打つ。
「‥‥ねぇ、ニーナ」
ふと、背後から声をかけられる。獅月は昼間と変わらない優しい笑みをそのままにささやきかけると、膝をつき、少女と目の高さを合わせる。
「お父さんに、適性検査を受けるように、言われたんだよね」
獅月はあえて自ら、自身がそのことを知っていること、つまり、どういう目的でここへきたのかを少女に示す。それは、信頼を示すため。
ニーナは静かに頷く。
「ニーナは、お父さんが、どうして私達をここに呼んだか、わかるかな?」
獅月は、優しい口調で続ける。
ニーナは、何も話さない。
「‥‥それはね、ニーナちゃんが、大事だから‥‥だよ」
獅月はニーナの手をとり、瞳をまっすぐと見つめたまま、笑顔で語りかける。
「きっと分かっているさ、その子は。わかっているけど、どうしていいか分からない。違う?」
時枝が重ねて問いかける。その言葉に、少女の瞳から涙が零れ、嗚咽が漏れた。
獅月はそのまましばらく、少女の肩を優しく抱いてあげた。何か声をかけるでなく、ただ優しく。
● 特別
『特別じゃない』
親がいないのは私だけじゃない。学校にいけないのも私だけじゃない。だから、特別扱いされちゃいけない。それがニーナの思い。そしてもう1つ‥‥
「もし適正があったら‥‥私、普通じゃなくなっちゃう」
落ち着いたニーナを自室へ誘い、女の子だけで話を聞く。寄り添う獅月と、それぞれ隅に座る時枝、最上。
「普通でないと、誰かが傷ついちゃうから‥‥」
少女は小さく言葉を繋ぐ。
「火霧里君が言ってたよね。能力者になれば、誰かを助けられるかもって。ニーナはなんで、誰かが傷ついちゃうって思ったのかな?」
獅月は変わらぬ優しい口調で隣の少女へ話しかける。
「案外、知らない人のほうが話せることもあるもんだ、うん」
誰に話しかけるでもなく、時枝は呟く。彼女なりの気遣い。その言葉に、ニーナは1つ、大きく息を吐く。
「‥‥お母さん、泣いていたから」
話すニーナの瞳にもまた、涙が浮かんでいた。
ニーナは知っていた。父親が能力者であることを。
母はLHへ来る以前、父と出会った頃、周囲から冷たくされていた。彼と出会ったために。
「能力者は特別」「怒りを買ったら、何されるか分からない」。それがダビドに対する、周囲の評判。それまで彼と仲の良かった友人ですら、適正が分かったとたんどこか余所余所しくなっていった。鈍いなりに、彼がそれに戸惑っていたことを母は知っていた。
夫の友人へ、今までどおり接して欲しいとお願いした母。その母に、夫の友人は冷たかった。「どうせ何があったってお前は守られる。ずるい女だ」と。母はそれを父には言わなかった。言えば夫がどういう行動にでるか分かっていたから。夫を傷つけたくなかったから。
幼いながらにその話を聞いた少女が能力者と、能力者への周囲の目に対し抱いた思いは、けしてよいものではなかった。それも、当然な話。
「‥‥だってお父さん、釣りなんてできないのに。大きな荷物しょって出かけるの。いつも魚屋さんで買ってるの、知ってるの。またお仕事、始めるんでしょ? だから私に、あんなこといったんでしょ?」
寂しく笑う少女の目から零れ落ちる涙。
「‥‥ん。悲しい。時は。おいしいもの。食べると。いいよ?」
最上が、食べかけのカレーパンを半分、ニーナへと差し出す。「ありがとっ」とニーナは、悲しさ半分の笑顔のまま、それを受け取る。
「‥‥そういえば、父の日か」
「? 父の、日?」
時枝の呟きに、ニーナがふと顔を上げる。
「あ、えっとね。日本の習慣で、お父さんにありがと、って気持ちを伝える日なんだよ。‥‥そうだ、ねぇニーナ」
日本人に育てられた獅月も知るその習慣。獅月があることを思いつく。
「今の話。お父さんとしてみない? ありがとうって思いと一緒に」
「?」
「お父さんも本当は迷いながら、でもニーナのことを考えて、適性検査のこととか、話したと思うの。けど、ニーナももう子どもじゃないから。お父さんと一度、ちゃんと話してみても、いいと思うよ」
獅月はもう一度ニーナの手をとる。
それなら美味しい食事がいい、とは最上の持論。ご馳走を作って待ってあげればいいと提案をする。お土産もあると嬉しいなと付け足しつつ。
他人。けれど、自分の話を親身になって聞いてくれる傭兵。そんな彼女たちの話を聞きながら、ニーナはふと思い出したかのように立ち上がり、机の引き出しから、古びた一冊のノートを取り出す。それは、母親が残したレシピブック。
「これ。お母さんが、お父さんのお気に入りって言ってたんです、けど‥‥難しくて‥‥」
少し恥ずかしそうに、今日はじめて1つのお願いをする少女。いつも我慢していた少女の精一杯のお願い。
「んもう! なんてナイスガールなの! そういうことなら私、一肌でも二肌でも脱いじゃうわ!」
扉の前に仁王立ちしていたのは、そんな様子に母性の針が振り切れ、本当に服を脱ごうとするコッペリア。その様子に呆れる一同と、驚くニーナ。
「それじゃ、明日は秘密の特訓ね!」
バチンっ、とまた素敵なウィンクを見れば、それまでの涙はどこへやら、部屋には笑顔が溢れた。その後、「今夜は少しだけ夜更かししてもいいのよ」というコッペリアの提案でパジャマパーティとなったニーナの自室では、なぜか彼による保健体育の授業が行われ、年頃のニーナには割りと好評だったとか。
● 親娘の時間
「ただいまー、っと」
夕方、玄関から待ち望んだ声がする。それを合図に傭兵たちは皆席を立つ。後は、親娘2人の時間だ。
「ニーナ、忘れないで。貴女は十分特別なんだよ。世界に一人だけ。お父さんとお母さんの、たった独りの子どもなんだから、ね。‥‥応援してるよ」
獅月が最後にもう一度、少女の手をとる。ニーナは、今度はちゃんと、少女らしい笑顔でしっかりと、「はい」と返事をする。
「ニーナちゃん、またあそぼぉねー♪」
火霧里も、ニーナに笑顔で手を振る。ニーナも控えめに、けれどたしかに手を振る。
今夜は、2人にとって長い夜になるだろう。けれど、大切な夜。少女が今後どうするのか。それは傭兵たちには分からない。それでもこの一夜の出会いは、少女にとって、この家族にとって、大切なモノであったに違いない。