●リプレイ本文
● 次は2人並んで
1人。静かな夜はふと物思いにふけることが多い。
けれど、最近はなぜか考えが纏まらず、気がつけばぼーっとしている。
それは、きっとアイツの所為‥‥
髪を撫ぜる夜風に、潮の香りが強くなる。リュイン・カミーユ(
ga3871)が波の音に足を止めれば、水面にパッっとオレンジ色の花が咲く。
振り返り見上げれば、空には次々と花開いては散っていく、炎の花。
「カンパネラからも、見えるのだろうか‥‥」
腰をおろし、ただぼーっと花火を見上げる。
思い出すのは、先日の沖縄での、幸せな一時。
元軍人で、今は学園の講師をしている恋人。
お互い飛び回っている身。ゆっくり会える機会も少ない。
そんな折、やっと聞くことのできた、彼からのプロポーズ。
初めて出会ってから3年半。初めての手料理を振舞ったあの日から半年後、模擬結婚式で、彼と歩いたバージンロード。あれから3年。結構な時間が経ったものだ。
軍人の自分と結婚しても普通の夫婦みたいにのんびりは出来ないが、それでもいいならと言った彼。
「それでもいいならって、いいに決まってるではないか。傭兵の妻を迎える方も普通には過ごせないだろうに」
彼の言葉を思い起こせば、なんとなくイライラしたり、嬉しくなったり。
やっと手にした、彼と共にある未来への切符。
けれど、能力者である自分たちの前には、これからも戦火が絶えないだろう。
空を見上げれば、争いではなく、平和を模した火が灯っている。
「‥‥負けはせん。我の邪魔をする輩は、全て叩き墜としてやる」
どこか迷いの晴れたような表情で空を見上げるリュイン。
この花のように、派手に、鮮やかに。そう、自分はこれくらい強気で丁度良い。
弱気の自分を、誰が見たがろう?
「汝が傍にいてくれれば、我は何より強くなれるのだぞ?」
共にある。自分がかわらぬ自分であれるよう。強き自分であれるよう。ただそれを強く願いながら。
空を見上げる顔を、色とりどりの華が鮮やかに染める。
(次は二人で見れたら良いな)
また、去年の夏のように。
● 希望の島に咲く、希望の花
「花火ねえ」
自宅の2階。窓辺から見える、黒に咲く鮮やかな花。
遠出の難しい今の百地・悠季(
ga8270)にとって、自宅から望めるソレは、時節が違えば、いい余興だったかもしれない。
敵地に迫り移動しているLH。ここを離れる人達への送迎の意味もあるのだろう。
けれど、だからこそこんなあちらに悟られるかもしれない目立つ余興はどうなのか。
休業中とはいえ、傭兵だからこその思考はまだまだ現役だ。
(ここが太平洋ならば、故郷の伊賀までそう遠くないのに)
もう8ヶ月半。大きくなったお腹をさすりながら、百地は今の身体では帰ることの難しい、遠く離れた故郷を思う。
故郷を離れ丸3年が経つ。
過去の名古屋攻防戦で親類を全て失った。避難所生活を経て自棄で能力者になったもの、自暴自棄になった挙句、目標を失い、無気力となっていたあの頃。
思い返せばあっという間。けして短い時間ではなかったけれど。
あれから一年後には、今の夫との生活が始まり。
それからはずいぶんと、充実していたのを覚えている。
夫だけでない。たくさんの友人にも恵まれた。
そして、おなかの中の新しい命にも‥‥
この子が居る。自分が母親になる。その充実感は、今だからこそ味わえるもの。
最初だからこその不安、手探り感。それは今の毎日を彩るモノ。
この子と、彼との今。満たされた時。それを生きることは、今しかできない。
だから、過去を振り返ることはあっても、戻りたいとは思わない。
それは、これからも同じだろう。この子の弟妹もつくらなければいけないのだから。
家族を失う絶望を知る百地。
そして、新しい家族を得る幸せを知る彼女。
争いを知るからこそ願う、安寧の未来。
ティーカップに映る綺麗な花に希望を込め、百地はそれを飲み干すと、ゆっくりと席を立つ。
夜更かしするなと、お腹の子に怒られてしまったから。
元気なキックにもう一度優しく応えると、静かに部屋の明かりが落とされた。
● 君が巣立つその日まで
世間の喧騒から切り離された自室。本来兄妹2人の部屋に、今は兄、綾河 疾音(
gc6835)が1人。
手持ちぶたさにタバコを銜え、火をつける。と、外から響く音が室内にこだまする。
窓から外を見上げると、空を明るく照らす、炎の花。
「‥‥花火、か」
紫煙とともに、吐き出される一言。その言葉に、特別な意味はない。
ただ、声のない独りの部屋が、どこか居心地が悪いから。
窓枠で切り取られた四角い空。今朝、その空の先へと飛び立った最愛の妹。
その妹は、今日はまだ帰って来ない。
傭兵になってからも、いつも危険な戦場にあえて飛び込み、ニコニコ笑って真正面から突撃し、傷だらけでも平気な顔で帰ってくる妹。
そんなお転婆な妹の帰りを待つのが自分の日課。
妹が笑って戻って来られる。『巣』であることが、自分の存在理由。
「お転婆も程々にしてほしいっつっても、聞きゃあしねぇったらありゃしねぇし」
そう。あの妹がそう簡単におしとやかになんてなるわけない。なんたって、俺の妹なんだから。
だから、たとえ辺りが火の海になっても、俺は逃げない。
何が何でもその一線だけは、絶対に越えない。
空に咲き誇る花火が、部屋を明るく照らす。それを見上げながら、綾河は小さく誓う。
「『おかえり』なんざいくらでも言ってやんよ!」
誰に誓うでもなく。ただ、自分へと。
と、聞きなれた足音が廊下に響く。
「おかえり。悪ィ、まだ飯作ってねぇわ」
先ほどまでの、どこか凛々しい雰囲気はどこへやら、がらりとヘタレ兄貴オーラ全開の兄に、空腹を訴え膨れる同居人。
その様子にくすっ、と笑みをこぼすと、もう一度空を見上げる。
「んな不貞腐れんなって。‥‥ほら、見てみろ。花火、綺麗だぜ」
空には、先ほど誓いを立てた花よりも、さらに盛大な最後の花が咲き誇っていた。
今彼の瞳に映るのは、目の前のその花ではなく、常にただ1人、愛する妹だけ。
雛は『巣』に守られて育ち、そしていつか、巣立ちを迎える。
いつか、その日まで。
● 今宵も夢現を彷徨う
LHの居住区を離れた、野外訓練場。普段は煌々と照らされる明りも、今日はなぜかその身を潜め、うっすらと闇に包まれている。
薄闇の中、うっすらと見える人影。それはまるで1人、踊っているかのよう。
ミコト(
gc4601)の目には、彼にしか見えない敵が映っている。飛び掛る仮想の敵。振り下ろされる刃をかわし、隙だらけの喉元を手にした黒い剣で一閃。崩れ落ちる影。
瞬後、背後に感じる、見えない殺気。咄嗟、崩れ落ちる影を盾にするミコト。そして、殺気の放った相手へと、片手を突き出す。
しかし彼の手から、彼の思ったような現象が起こることはない。
「‥‥っと、使えないんだったな‥‥」
呟き、首を横に振る。
彼の中で、ここは夢の1つ。
この夢の世界に魔法はなく、バグアという敵は、殴っても、蹴っても倒すことはできない。
彼らに対し有効なものは、1つだけ。
「変わりにあるのは、エミタって怪しげな機械一個‥‥ね」
右手の甲に埋め込まれた異質な金属を眺める。
彼に埋め込まれたその金属は、主の言葉に返事をすることはない。
ふん、と息を吐くと、懐から布を取り出し、手にした剣を丁寧に拭うと、背中の鞘へとしまう。
今彼がその命を預けるのは、この背の剣。
「こんなことならもっと真面目に剣術習っとくんだったよ‥‥アインやルシアは元気にしてるかなぁ‥‥」
思い出すのは、懐かしい名。けれど、それを知るのはこの世で彼1人。どこか遠くへ思いを馳せる瞳。その瞳に、ぱっと花が咲く。
あぁ、暗かったのはこのせいか。
「さて、今日の訓練はおわりっと‥‥」
空に咲く花に照らされる訓練場。明るくなった足元に浮かぶ影。
彼は静かに訓練場を後にした。
夢でも、現でも、いつも彼と共に歩むただ1つの、自身の影と一緒に。
● 今度は、貴女のために
高速艇を降りると、なにやら大声で揉めているスタッフが目に付く。
聞けば今夜、花火をあげるので夜間飛行を控えろということだ。
「花火か‥‥もうそんな時期なのね。ねぇ、行ってみない?」
依頼で一緒だった灯華(
gc1067)に声をかけ鹿島 綾(
gb4549)は2人、露店が並ぶ通りへと向かう。
通りはすでに小さな祭りの賑わい。
花火を知らない灯華にはなぜこんな騒ぎなのか分からず、困惑しながら、上背のある鹿島の背を見つけ安心し、はぐれないように後を追う。
そんな様子に、鹿島は行く先々で色々な食べ物を買って渡す。
「こういうのって、食べた事はあるのかしら?」
灯華は鹿島の差し出した食べ物に一喜一憂。
両手を一杯にして、中でもベビーカステラに舌鼓。そんな様子に、鹿島にも笑みが零れる。
「‥‥あれ、やりません‥‥?」
ふと、灯華に服の裾を引かれた鹿島。見れば、そこには祭りには定番の射的屋が。
「これまた、随分と懐かしいわね」
射的が懐かしくて。そしてなにより、彼女が自分からソレをやりたいと言ってくれたことが嬉しくて。
まずはお手本と、鹿島がおもちゃの銃を持つ。
無造作に、自然に。狙いをつけてトリガーを引く。的中。
「‥‥っと、こんな感じよ。本物の銃とは勝手が違うわよね、やっぱり。それじゃ、はい」
かけられた声。手渡される銃。それはおもちゃ。けれど灯華にとって、ある日を堺に持つことができなくなったモノ。
これはおもちゃ。分かっていても、指の震えは止まることを知らない。
(やっぱり‥‥)
ダメだった。そう、手を下ろそうとすると、後ろから、暖かい手が重ねられる。
(え?)
驚く灯華の耳元に、優しい声が響く。
「‥‥大丈夫、何時も私が傍にいるから。撃つことを、怖がらないで」
鹿島は気付いていた。彼女の手が、最初から震えていたことを。彼女が今、銃を持つことを恐れていることを。
けれど、自分からそれと向き合おうとした彼女に、鹿島は優しく寄り添う。
気がつけば、ゆっくりと震えが消えていく。
灯華は無言で頷き、まっすぐに前を見据える。そして‥‥
「‥‥あた、った‥‥?」
トリガーを引いた。おもちゃの弾。けれど、彼女が放った弾は、たしかに的に命中した。
景品が床に落ちる音に、目の前の光景に驚く灯華。その頬に、一筋の涙が零れた。
「‥‥そう、だったんですね」
そう呟いた灯華の表情は、どこか憑き物がとれたような、そんなだった。
その様子に、鹿島は一層嬉しそうな微笑を浮かべ、彼女を優しく抱きしめた。
宴もたけなわ。
空には眩い程の鮮やかな花が咲く。
「何時までも、こうして過ごせる‥‥早く、そんな世界にしたいわね」
はじめてみる花火に見惚れていた灯華は、握られた手に頬を染めながら、そうですね、と返す。
「その時も、こうして傍にいるわ。ずっと‥‥ね?」
鹿島は以前言った。撃てないことは逃げでは無いと。
けれど、自分たちは能力者。
今のままで、逃げて、甘えて、楽な道を一緒に歩いて貰う。それで良いのか、灯華は迷っていた。
そう、私は能力者。
過去の自分の銃は、自分を、そして大切な誰かを傷つけるモノだった。
(ですが、私の、銃は‥‥)
今は、護ってくれる貴女の為に。
灯華は鹿島に、そして自分に一度、大きく頷き、最後にもう一度、空に灯る華を見上げた。
● ずっと一緒に
「けっこう露店でてるね」
花火があがるときいてだろう、露店に賑わう大通り。
賑やかな雑踏の中、兎々(
ga7859)はセシル・ディル(
gc6964)とはぐれることのないよう、その手を引き寄せ歩く。
身体の事情から普段は女性の服も着ているけれど、彼女といる今は「彼」でいたいのか、甚平を着ている兎々と、金魚の描かれた白い浴衣のセシシル。
20代前半の若い2人はれっきとした恋人同士。
「こういう雰囲気ってワクワクしない?」
兎々に手を引かれながら、周囲を行きかう人や露店を眺めて瞳を輝かせるセシル。
夜といっても、人ごみの熱気もあってか、なかなかに暑い。
2人は通りがかった露店でカキ氷を買うと、賑やかな雑踏を離れて歩き出した。
雑踏を離れた2人は自然、ある場所へと足が向く。
そこは以前、2人が出会った公園。
花火からは幾分離れているからか、2人を除いて人影もなく、静かな空間。
「むむ。カキ氷が少し溶けてしまった!? まぁ、頭はキーンとしなくていいか。やっぱり露店で買うと気分的に一味違うねー」
しゃくしゃくと、溶けかけのかき氷を食べる音がまた風流だ。
「そうね。こういう舞台装置もあって、美味しいのよね♪ 嗚呼! たこ焼きなんかも買えばよかったわ!」
美味しいものを食べて笑顔一杯のセシル。先ほどの露店を思い出し、ついつい食欲旺盛な発言をぽろりとして、はっ、とする。
折角の彼との時間。良い所を見せたかったのにとあわあわ。でも、彼と一緒だからこそ楽しくて、嬉しくて、そんな風に背伸びすることとか、何もかも忘れてしまう。
心がとっても温かくなって、このカキ氷みたいに、溶けてしまいそうなくらいに。
と、遠くで聞こえる音。数秒置いて、空を彩る、朱色の華。
「あ、あがった! 綺麗ね‥‥!」
遠巻きに見える花火。誰もいない公園。ここは2人だけの特等席。
綺麗な花火に目を奪われるセシル。そんな彼女の、光に照らされ輝く横顔に見入ってしまう兎々。
隣に誰かがいるだけで、いつもと同じ夏が幸せに満ちる。
ふと、無音になる一瞬。
「兎々さんは花火と花火の間の静寂が意外と好きだったりする」
静寂の中感じられるのは、彼女の手のぬくもり。
今はただこうして、彼女の手を握れる距離にいること‥‥それが嬉しい。
もしかしたら彼女は今、自分と全然違うことを考えているかも。
でも、それは当然。ただ、自分は彼女の傍らに在りたい。
思えば思うほど、自分を見失うほどに焦がれる。そんな彼女の傍らに。それだけを願っている。そのためにも。
(絶対守る)
決意を胸に。
口元に笑みを浮かべ、ただ星空を眺める彼。彼の言葉に、目を閉じ、音のない世界を感じる。感じられるのは、彼の手のぬくもり。
それは、あの雑踏の中でも2人だけの世界を感じさせてくれた、素敵な温かさ。
彼といると、新しい発見と魅力が増えて、世界がよりいっそう鮮やかに彩られていく。とても素敵なこと。
この侭時間が止れば良いのに。そう願うセシル。花火のように一瞬で消えることのない思いで、花火のように鮮やかな時を、彼と、何時までも‥‥
ずっと一緒に居たい、ずっと笑顔を見ていたい。お互いを思い合う2人を、最後の花火が明るく照らす。2人のこれからを祝うかのように。
「また一緒に花火、見ましょうね!」
セシルの言葉に、兎々は笑顔で頷いた。