タイトル:笑顔、元気、勇気マスター:ユキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/14 09:15

●オープニング本文


「アフリカから来た、凄いキメラって言うのが、突破したらしい」

 誰が、どこから聞いたのか。その知らせに、にわかにざわめく空気。

「落ち着いてください! 島の防衛が崩れたわけではありません。すでに傭兵たちが対処に向かっております。敵がこちらに向かったという報告もありません。安心して、事態解決までこちらでお待ちください!」

 そう周囲へ呼びかける壮年の男が手にする無線からは、次々と敵発見の知らせ、交戦の音、撃破の、あるいは敗退を知らせるノイズが漏れ聞こえる。



 LH内にある能力者軍学校、カンパネラ学園。
 ブライトン襲撃の知らせを受けた学園は、この島に残り、島から避難する術を絶たれた一般人の一部を、学園内へと収容していた。
 ここならば、居住区よりも数倍守りやすく、また、たとえ未熟であったとしても、能力者が集まっているから。

 幸い、敵の狙いは一点。だが、外部から。内部から。新たな敵襲がないとは言い切れない。
 未熟であっても、能力者として。震える市民を守るべく、学生たちは教員や生徒会指示のもと、班を組み、学園内の警戒に当たっている。周囲に滞在していた現役の傭兵の一部も加わり、その防衛網はなかなかに強固なものとなっていた。


「‥‥なんだか、すごいことになっちゃったね」

「ねぇ、私たち、警戒指示受けてないけど、いいのかな?」

 一般人を収容する講堂。
 少し薄暗いその一角で、小声で会話する若い学生たち。

 まだ実戦経験の乏しい彼らに、警備の任は重い。彼らも一般市民と同じ、避難対象として講堂へと集合していた。緊急事態には対応できるよう、各々、武器を手にはするものの、その手はどこか震えて、心もとない。
 講堂のどこかで、子供が泣く声が聞こえる。それをあやす親の声。けれど、泣き声はやまない。それどころか、恐怖は周囲へと伝播し、拡大していく。講堂内は騒がしくなり、このままでは混乱の坩堝となりかねない。

「ちょ、ちょっとこれ、まずいんじゃない‥‥?」

 周囲の様子に困惑し、自身の恐怖も掻き立てられる。武器を握る手に、嫌な汗を感じる。戦闘に対する恐怖。自身より強大なユダへの恐怖。それは学生たちにとって、ここに避難した一般人と同じもの。

 と、一人の学生が立ち上がる。

「ど、どうしたの?」

 驚き見上げるクラスメイトに、少女はたしかに答える。

「私たちじゃ、戦って守ることはできないけど‥‥でも、皆を笑顔には、できるんじゃないかな?」

「‥‥え?」

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
藤宮 エリシェ(gc4004
16歳・♀・FC
クローカ・ルイシコフ(gc7747
16歳・♂・ER

●リプレイ本文



「‥‥いいね。そういう考えは、好きだよ」

 不意に、立ち上がった若い女子生徒の言葉に、返事を返す者がいた。
 床に腰を下ろし、壁に寄りかかり様子を眺めていた柳凪 蓮夢(gb8883)は立ち上がると、
 服をただし、女子生徒へと穏やかな笑みを返す。
 学生であると同時に、実践経験豊富な傭兵でもある彼は、
 この状況にも慌てることはない。
「私も協力しよう。他に、乗っかる方はいるかな?」
 相手の心理状態を見極める術に長けた彼の物腰、言動、雰囲気。
 それらは周囲を落ち着かせ、意欲を呼び起こす。
「こうして力になれるのですから‥‥偶然に感謝しないと、ですね‥‥」
 きっかけは、ただの好奇心。
 カンパネラ学園はどんなところなんだろう。そう思って立ち寄った買い物帰り。
 藤宮 エリシェ(gc4004)は、肌身離さず持ち歩くヴァイオリンケースをそっと撫でる。
 ざわめく周囲の大人たちと、そんな中、目の前でなにかをしようというお人好しな連中。
 その様子に、どこか呆れた様子のクローカ・ルイシコフ(gc7747)。
「一般人のお守、か。ま、時間つぶしにはなりそうだね」
 どこか棘の含まれた呟きだが、それでもやることは同じ。
 周りの者も特に追究することはない。
「それは‥‥楽譜‥‥?」
 終夜・無月(ga3084)は、女子生徒の1人が持っているファイルに入った紙面を指し示す。
 五線譜に連なる黒い点が、たしかにそれが楽譜であることを示している。
「え? あ、はい‥‥ステージの袖に、古いピアノがあって。音楽室は、他の子が使ってたので、ここで練習しようかと思って‥‥」
「へぇ‥‥ピアノがあるんだね?」
 そう呟きながら、藤宮のヴァイオリンケースを見やり、思案する柳凪。
「‥‥皆でなにか‥‥演奏‥‥しましょうか‥‥?」
 終夜の言葉に、楽譜を持つ女子生徒は思わず立ち上がる。
「む、無理ですよ私!? ほら、これみてわかるでしょう? そんな、人前で演奏なんて‥‥」
 そういって少女が鞄から取り出した本を見て、一同はそれ以上少女へ無理を言うことはなかった。
 バイエルだったから。
 よく見れば先ほどの楽譜も、音楽の授業かなにかで使ったのだろうか。縦笛の運指表だった。
「ピアノなら弾けるけど?」
 クローカの言葉に頷く柳凪。
「それじゃあ――」

 柳凪の提案に、頷く傭兵たち。
「でも、準備には時間が‥‥」
 けれど女子生徒は、心配げに呟きながら周囲を見渡す。
 ざわめきはさらに強く。
 不安の色はさらに濃く。
 できることなら、できるだけ早く彼らになにかをしてあげたい。
 そう思う女子生徒の気持ちも、もっともだ。
「大丈夫」
 だが、柳凪は焦ることなく、穏やかな表情で少女の肩を叩く。
「彼がいるから、ね」
 そう話す彼の視線の先。
 そこに、その男は立っていた。




「‥‥ふふ‥‥ふはは! 怯えているな彷徨える魂達よ!」
 泣いていた子どもが、途端、泣き止む。
 子どもだけではない。
 その場違いな大声に、講堂全体の時が止まる。
 子どもの瞳には、困惑とも、衝撃とも、あるいはそれこそ怯えとも取れる複雑怪奇な色が浮かぶ。
 子どもの視線の先。
 ざわめく講堂の中心に、彼は立っていた。どや顔で。
 
「はあーーっはっはっは!! 俺様はジリオン! ラヴ! クラフトゥ! 未来の勇者だ!」
 まるで、テレビゲームの中から飛び出してきたかのような胡散臭い姿。
 しかも、所々傷だらけの格好で胸を張る、ジリオン・L・C(gc1321)に、講堂の人間全てが、言葉を失う。
「なァにを恐れる事がある! 此処には腐る程能力者と‥‥俺様がいるのだ! ハッハッハ!!」
 激戦を終えたばかりのテンションがそうさせるのか。あるいは、いつもこうなのか。
 講堂にいる誰一人、彼のテンションについていけているものはいない。

 当のジリオン本人は、そんな止まってしまった周囲の空気に戸惑うこともなく、
 もう一度足元の子どもへきりっ! と視線を向けると、ビシッ! と指を立てる。
 子どもはすでに泣くことも忘れ、目の前のおかしな人の一挙手一投足を興味津々に見つめている。
 すると、ジリオンがビシッ! と構えをとる。そして
「うおお‥‥! 勇者の必殺技だ! とくとその眼に焼き付けろ!!」
 ゆっくりとした動作で力をためる。放たれる威圧感。
 刹那、彼はその必殺技を繰り出す。
「勇者! ヒーーール!」
 ぽわわん、と一瞬だけ仄かに灯る光。
 それが、数度。ぽわわん。ぽわわん。と、彼を包む。
 いわゆるひとつの、ただの『練成治療』だ。
 覚醒により眩い光を放つでもなく、不思議なオーラを纏うでもなく。
 前振りから一点、地味な結果に、拍子抜けする周囲の空気。
 だが、やはり彼はそんな周囲の様子を気にも留めない。

 見る見る癒えていく傷。あっという間に完全復活を遂げた自身の肉体。
 それを見せ付けるかのように、改めてジリオンは胸を張り、
「どうだ‥‥これが、勇者の力だ」
 そうきめる。再びのどや顔で。
 なぜだろう。
 そんな、どこか馬鹿っぽい憎めない男の出現に、子どもたちは笑顔で喜び、
 そんな子どもたちの様子に、大人たちも呆れ半分、ふっ、っと息を吐いた。
 子どもたちに囲まれ、ハーハッハ!! ともう一度大声で盛大に大笑しながら、
 ジリオンはそのまま講堂を回り、怪我をしている人を治療して回った。
 行く先々で、子どもたちに面白半分でぺちぺちと叩かれたり、髪の毛をひっぱられたりしながら。




 ふと、講堂の照明が落とされる。
 ざわめく館内。
 だが、完全な暗闇になったわけではない。
 不意に訪れる闇は、人の心に恐怖を植え付け、それを増長させる。
 それは、照明を落とした張本人たちが望むことではないから。
 館内の、所々に仄かに点る、いくつもの明かり。
 蝋燭。
 星や天使をあしらったキャンドルホルダーに添えられたそれは、幻想的な光を放ち、
 観衆の目をひきつけ、心を静める。
 手にするバイエルの少女や、そのクラスメイトたちは、少し緊張したような笑顔を周りに向ける。

 ――ポロン。

 と、耳に届くのは、鍵盤の音。
 ふわっ、と灯る壇上のスポットライト。
 いつの間に運んだのだろう。
 ステージの上には、少し古びたグランドピアノが。
 静かに座している、演奏者はクローカ。
 その指先がダンスを始めると、途端、講堂に繊細な音色が響き渡る。
 その音色に重なるように、藤宮のヴァイオリンが、いつもの寂しさよりもどこか仄かな温かさを感じさせるように、弦を震わせる。
 いつのまにか、鍵盤と弦の音に隠れて聞こえてくるのは、柳凪が口付けを交わす、フルートの囀り。
 静かな三重奏。
 観衆は静まり返り、皆が耳を傾ける。
 と、一瞬。
 全ての楽器が声を失う。
 
「Light of hope‥‥」

 講堂に通る歌声。
 闇の中。
 スポットライトに浮かび上がる、終夜の姿。
 光を浴びた長い銀髪が、不規則に煌く。
 伏せた瞳がうっすらと開く。
 それに倣うかのように、口元もその戸を開け、堰き止めれたメロディーが、歌声と共に紡がれる。

「Light of hope‥‥
 Poetry of wind‥‥
 I wish the prayer‥‥
 Your safety‥‥
 Your return‥‥
 Even if you can do only the praying thing‥‥
 If it is possible to become your power‥‥
 It keeps praying‥‥
 It keeps thinking‥‥
 I think you who loves to be a mind‥‥」
 
 詩を吟じるかのように、ゆっくりと生み出されるメロディー。
 歌声を引き立たせるかのように、静かに、密やかに奏でられる三重奏。
 気がつけば、トリオはカルテットに。そしてクインテットに。
 講堂の所々。
 キャンドルを点す学生に寄り添うようにして、
 楽器を持つ学生たちが立ち上がり、思い思いの楽器で、演奏を奏でる。
 けしてコンサート用に作られた舞台でもなく、まして、力量もバラバラ。
 リハーサルなんてなし。
 立つ位置が違えば、音の響きも変わってしまって、本当の意味での、綺麗な重奏になんて、なりえない。
 けれど、それでも紡がれる音色は、糸のように絡み合い、解れることなく、
 きれいな模様を描いていくように、講堂に満ちていく。

「‥‥皆さん‥‥」

 歌声がやみ、しばしの静寂。
 それを破ったのは、やはり、終夜の囁き。
「皆さん、落ち着いて下さい‥‥外では皆が必死に‥‥この島を‥‥
 皆の家を‥‥護る為に戦っています‥‥俺たちが‥‥皆さんを護ります‥‥」
 傭兵の微笑みに、講堂が再び暗い感情に満ちることは、もうなかった。
  



 演奏が終わり、講堂の中はすっかり穏やかな雰囲気に包まれていた。
「ねぇねぇおねーちゃん。さっきのおうた、なんてうたってたのー?」  
「ちがうよ! おねーちゃんじゃなくて、おにーちゃんだよ!」
「えーっ、だって、こんなに髪がながいのに?」
 歌を歌って聞かせた終夜の元に集まる子どもたち。
「俺は‥‥大切な人が怪我をしない‥‥ように‥‥無事に‥‥帰ってきてくれる‥‥ように‥‥
 そう‥‥祈ってる‥‥って‥‥そういう意味だよ‥‥」
 終夜は、優しく微笑み、歌の意味を、子どもたちがわかるように簡単に教えて聞かせる。
「ねぇねぇ、つづきはないの?」
「もっときかせてー!」
 そうせがむ子どもたちに、終夜はその場に腰を下ろし、子どもたちにも座るように促すと、
 静かに、もう一度口を開く。
 離れていても、愛する人のために戦う。その思いを込めて。

 柳凪と藤宮、クローカは、協力してくれた学生たちをねぎらいながら、避難者たちへ飲み物を配って回る。
 ジュースをもらった子どもは喜び、年配の男女は渡された温かいお茶に感謝を述べる。
 交代のためか、入り口を出入りする警備の教員の様子に、どこか不安げに目をキョロキョロさせている人を見かければ、
「なっさけないなぁ、いい年した大人がビビっちゃって」
 と、クローカがどこか呆れたような笑いを浮かべる。
「きみ達の任務は、子供のそばにいてあげることでしょ。分かる?」
 それでも、先ほどの演奏で、少しは落ち着きを取り戻しているのか。
 男はクローカの言葉に、「あ、あぁ」と頷くと、足元できょとんと見上げている子どもの頭を優しく抱いてやる。
 その様子に微笑みながら、藤宮がホットチョコレートを差し出すと、子どもは大喜び。
 子どもの様子にどこか毒気を抜かれたクローカもまた、持っていたお菓子を子どもへと差出し、笑顔を向ける。
 引きつってはいても、精一杯の笑顔を。

 その後傭兵たちは、ボールやトランプなど、あり合わせのもので、終始おなかが満たされ安心した子どもたちの相手をして過ごした。
 一緒に楽しみ、広がる笑顔に、また嬉しくなる藤宮。
 相手をしてやるだけのつもりが、いつのまにか夢中になってしまい、気がつけば、子どもたちと一緒にお昼寝モードのクローカ。
 学生たちもまた、傭兵たちに混ざって、子どもや大人の相手をしていた。

 お互いに声を掛け合い、笑いあう。
 争いが終わったわけではない。
 それでも、独りじゃない。
 誰かと一緒にいる、その安心感。
 大丈夫。この人たちは、大丈夫。
 この笑顔を、この島を自分たちが守る。
 それぞれの傭兵が、咲き誇る笑顔にその思いを強める中、ふと柳凪が周囲を見渡すと。
 演奏中から1人、誰よりも楽しんでいたジリオンが、子どもたち以上に遊びを楽しみ、
 遊び疲れた子ども達には、彼の壮絶・壮大な武勇伝を大きな声で語り聞かせているのだった。
 どや顔で。