タイトル:月下の幻、狩人の目マスター:遊紙改晴

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/04 01:17

●オープニング本文


 月のない夜の闇を、パトカーのヘッドライトとパトランプが切り裂いていく。
 36時間ぶりの睡眠時間を邪魔された幾月刑事は、火のついてない煙草を口に咥えながら、最近起こっている気になる事件の資料にもう一度目を通していた。
「もうすぐ現場につきます」
 まさに大和撫子と言える、一度も髪を染めたことのない艶やかな黒髪をした敷島刑事は、12時間ぶりの食事であるサンドイッチを口に放り込みながら、片手で見事な運転技術を披露していた。
 間もなくして立ち入り禁止のテープと、雨水から証拠を守るためのブルーシートが張られた現場に到着。
「お疲れ様です」
「ご苦労様」
 巡査の敬礼に砕けた敬礼を返し、テープをくぐって現場に入る。
 そこにあったのは、大量の血痕。
 雨水で半分が流れてしまったと考えたとしても、一見して致死量とわかる出血だ。
「‥‥これで3件目ですね」
 敷島刑事の黒眼鏡の下にある冷淡な瞳が、正確に現場を把握しながら、どこか機械的な声で言った。
「滝さん、血液鑑定できるか?」
 現場を必死に保存しようとしている鑑識班のリーダー格、老練した滝鑑識官は、かっかっかと日本人らしい笑いを返した。
「わしを誰だと思っておる。この道30年のベテランだぞ、これくらい簡単じゃ」
「すまないな。滝さんもここのところ寝てないんじゃないか?」
「余計なお世話じゃ。若造に心配されるほど老いてはおらん」
 発見者に話を聞き一通り観察しきった後、現場を鑑識に任せて、2人は車の中へ戻った。
 雨が車にぶつかり音を生む。
「3件とも同一犯の犯行と見て間違いないでしょう。問題は遺体が発見されてないこと……ですね」
「‥‥嫌な事件だ」
 幾月刑事は咥えていた湿気った煙草を車の灰皿にねじ込んだ。思わずしてしまいそうになった欠伸をかみ殺す。
「私が運転しましょうか」
「いや、お前も疲れているだろ。座席を倒して署に着くまで寝ていろ」
「‥‥ではお言葉に甘えさせてもらいます」
 敷島刑事は背を向けて横になると、すぐ規則正しい寝息が聞こえてきた。
 車をゆっくりと発進させ、片腕で運転しながら、幾月刑事は事件について深く考えをめぐらせた‥‥。

●遺体はどこへ消えた?
 最初の事件は3月10日。路地裏に水溜りならぬ、血溜りがあるのをたまたま通りかかった一般人が発見。
 血液以外に証拠はなし。はじめは悪質ないたずらではないかと思われていた。
 しかし、血液を鑑定すると、傭兵の相川満のものとわかった。
 相川氏は事件前夜、親しい友人と五大湖解放戦からの無事帰還を祝う飲み会に参加した後、1人帰路についたそうだ。
 いまだホテルに戻らず、部屋に荷物が置きっぱなしになっていた。
 遺体はないため、傷害、もしくは誘拐監禁事件として捜査が開始される。
 だが、酔っていたとはいえ能力者を容易く葬ることができるのだろうか‥‥?

 第二の事件は、3月14日。またもや人通りの少ない裏道で、今度はUPC軍の兵士、飯野誠の血液が発見される。
 第一の事件と同じく、証拠は血痕のみ。捜査本部は能力者を狙った連続殺人事件の可能性を考慮、捜査本部を再編成。
 事件については伏せられたままだが、住民に夜間1人での外出を慎むよう通達。見回りの強化。

 そして、今日3月18日、第三の事件。
 血液検査の結果、被害者はやはり傭兵の大田卓と判明。警察は能力者を狙った連続殺人事件と断定、捜査資料をUPCに送り、共同捜査を開始することになった。

 夜が明けて、19日。まともなベッドで眠ったのはいつのことだったか。
 署のソファーから節々痛みが走る体を起こし、まずい珈琲を入れる。同じく目を覚ました敷島刑事にも渡す。
「共同捜査といっても、情報提供だけとはな‥‥」
「まだ五大湖解放戦の後始末ができていない、というところですか」
 香りも糞もない、苦いだけの珈琲が味覚を刺激し、脳を覚醒させる。そこに、滝さんが大きく欠伸しながら入ってきた。
「今起きたところか。ちょうどいい。いいものを見せてやる」
「何か手がかりが掴めたのか?」
「もちのろんよ。血液の中に、たまたま一本の毛髪が混入していてな。無論、被害者とは適合しない」
 滝は二人の目の前に、証拠が入った小さなビニールパックを突き出した。
 だが、その中にはどう見ても毛髪が入ってるようには見えない。
「‥‥おい、滝さん。ついに眼がいかれたのか?」
「アホ、いいか、これは見えない毛髪なんじゃ!」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥じいさん、ついに妄想と現実の区別が」
「たわけっ! これを見てみろ!」
 滝が室内の電源を落とし、特殊なライトを当てた。
 すると、今まで何も見えなかった袋の中に、光を反射する毛髪が現れたのだ。
「たまたま夜、窓を開けていたら気がづいたんじゃ。このライトは特殊なライトでな。月光と同じ波数の光なんじゃ」
「つまり?」
「敵は月の光の下でしか、姿を現さん、ということじゃ。しかもじゃ。DNAを鑑定したんじゃが、キメラのものらしい」
「キメラ‥‥これだけ証拠が揃えば、ULTに討伐を依頼することもできますね」
 まずい珈琲を飲み干し、紙コップをくずかごへ。3件の現場の位置が入った地図を睨みつける。
「各現場周辺10km以内にある全ての監視カメラの映像をチェック。捜査員は傭兵が到着するまでに敵の居場所を見つけるよう、部長に連絡をいれろ」
「はい」
「狩人が来るまでに、獲物を追い詰めておくのが猟犬の役割、じゃの」
 疲れを忘れたように、2匹の猟犬は他の犬と共に狩場へと向かうのだった。

●参加者一覧

ファファル(ga0729
21歳・♀・SN
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
伊河 凛(ga3175
24歳・♂・FT
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
なつき(ga5710
25歳・♀・EL
雑賀 幸輔(ga6073
27歳・♂・JG
来栖 晶(ga6109
26歳・♂・GP
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN

●リプレイ本文

●月下の狩人、幻想の狼
 狼に齧られて大きく欠けた三日月が夜を照らす。漆黒の雲が浮世絵のように空を彩る。
 バブル期に鉄筋とコンクリートで築かれたオフィスビルは、働く者を失い建物としての意味を削り取られ、それでも誰のためでもなくそこに聳え立っていた。
 取り壊されることもなく、それでいて人が利用していたころの残留思念を孕んだビルは、まさに廃墟の名に相応しい雰囲気を漂わせていた。
 警察によって張られた立ち入り禁止のテープの内側で、小さく火が点る。
「姿の見えない敵‥‥か。中々骨の折れる仕事になりそうだな」
 ファファル(ga0729)の白銀の髪が月光を受けて輝く。氷の魔女と呼ばれるに相応しい美しさだ。
 同じく来栖 晶(ga6109)もアフロカツラから煙草を取り出して火をつけ、吐き出した紫煙と目の前の廃墟を見つめた。
「どんな奴だろうとキメラは野放しにしておくわけにはいかないが、今回の依頼は少し癖がありそうだ。鬼が出るか蛇が出るか‥‥」
 伊河 凛(ga3175)は腰に差した愛刀・月詠が月光を受けて微かに震えるのを左手で感じていた。刀をから闘気が伝わってくる。
「警察の頑張りを無駄にしないためにも、私たちは役目をしっかり果たさないと、ね」
 リン=アスターナ(ga4615)は呟きながら、トレードマークの煙草を火をつけずに咥えた。
「猟犬さん達がここまで繋いでくれたんです。狩人も、頑張らないと、ですね」
 なつき(ga5710)は見えない敵と幽霊でもでそうな廃墟への恐怖を押し殺しつつ、イグニートを握る手に力を込めた。

 警察から暗視スコープと月光ライト、無線機に犯人捕縛用のワイヤーを借りた傭兵たちは、二つの班に分かれた。
 A班は伊河、来栖、ファファル、綾野 断真(ga6621)。B班はなつき、リン、叢雲(ga2494)、雑賀 幸輔(ga6073)だ。
「見えない敵、ですか。狙撃手の瞳からも逃れられるんでしょうかね」
 叢雲が暗視スコープを装着し、機能を確かめながら言った。言葉とは裏腹に、絶対に逃しはしないという意志が瞳に現れていた。
 暗視スコープはパッシブ式赤外線スコープだ。スコープの第三世代に位置するパッシブ式赤外線スコープは、物体が発する温度によった赤外線を感知する。完全に光がない状況でも見ることが可能になる。
 例え見えない敵だとしても、月光ライトによって照射されればスコープでその姿が捉えられるはずだ。
「映画なんかで見たことありますけど、実際に目の当たりにするとは‥‥」
 言の葉にこもった不安と、それでいて冷静沈着な物腰を崩さない綾野。分解したスコーピオンを再び丁寧に組み立て、ペイント弾のマガジンを装填する。
 スコープとライトで敵の姿が見える、『はず』であり。見えない敵と戦うという不安が、まだ傭兵たちの中に残っていた。
「でも知り合いだらけで心強いな。これ終わったら、またウチの店に食いにこいよー」
 B班の雑賀は自前の暗視スコープを被り、仲間に安心をもたらす声で話しかけた。彼はらあめん「元気一発」の店長であり、来栖は副店長、なつきもアルバイトの1人だ。
 依頼によって見知らぬ者同士が集まり任務をこなす傭兵にとって、知り合いが一緒にいることは非常に心強い。
 皆、各自で装備を整える。事前に決めておいた隊列に並びかえ、突入に備えた。
 A班は伊河が先頭に立ち、ファファルと綾野が中央、後ろを来栖が固める。B班はリンが先頭、雑賀と叢雲が中央、なつきが後列だ。
 どちらも前衛がスナイパーを挟む形になった。

●狩りの時間
「行くぞ」
 傭兵にもっとも必要とされる機敏さで、1Fから突入する。
 1Fには受付と2Fへ登る階段、エレベーターが2台、男女トイレがあるのみだ。
「さすがに暗いな‥‥」
 伊河は月詠を抜刀し、敵襲に即座に対応できるように意識を集中させた。
 一歩一歩踏みしめて歩くと、床の埃に足跡が残る。
「暗視スコープを付けてるとは言え‥‥真っ暗、ですね」
 スコープの緑色の視界に慣れないなつきは、逸れないように雑賀の服の裾を握り締めながら、周りをきょろきょろと見回した。
「おい、なつき、服を引っ張るな。お化け屋敷のカップルじゃないんだから」
「いいじゃないですか。足跡を見つけながら歩いているんです、もし逸れたら嫌です」
 だが、床にあったのは真新しい人間の足跡だけだった。
「警察の誰かが先に入ったのか?」
「いや、これが敵のものかもしれない」
 二つの班はライトで周囲を照らしつつ、東と西の階段を二手に分かれて登っていく。
 2Fはそれぞれ部ごとの事務所になっていた。A班が『開発部』を、B班が『企画部』のオフィスへと侵入した。

 開発部のオフィスには古い型のパソコンがずらりと並んでいた。中には分解され、マザーボードを抜き取ってあるものもあった。
 来栖がアフロにつけた月光ライトで部屋を照らしていると、奥のデスクの下から、ごとりと何かが動く音が聞こえた。
「‥‥(何かいるようだ、気をつけろ)」
 ファファルが音に気づき、すぐさま仲間にハンドサイン。全員視覚と聴覚を研ぎ澄ます。
 綾野とファファルが銃を構え、いつでもペイント弾を放てる体勢へ。
 再びデスクの下から音がする。今度は何かが動く気配も感じられた。即座に二人はトリガーを引いた。
 蛍光塗料の入ったペイント弾がデスク周辺を染める。しかし、デスクの下から出てきたのはキメラではなかった。
「ひぃぃい、撃たないでくれ、俺は何も悪いことはしてない」
「おっさん!? こんなところで何をしてるんだ!」
 驚いた来栖が語気を強めていうと、中年男性ははげた頭を抑えてデスクの下に縮こまった。
「俺はただ眠る場所がないから、ここにいただけだ、何も盗んじゃいねえよ、だから助けてくれ、撃たないでくれよぉ」
 4人ともため息をついた。張り詰めてた糸が解けるように、緊張が途切れる。
『A班、どうかした?』
 無線機からB班のリンの声。ファファルがすぐさま応答した。

『こちらA班、民間人の男性を保護した。念のため捕縛して警察へ引き渡す』
「了解。こちらも敵は発見できていない」
 企画部のオフィスは、宣伝用の資料が紙媒体で棚に保存されていた。
「民間人か‥‥よく襲われずにいたな」
「そういえば、いままでの被害者は皆、エミタ適合者でしたね」
「何か関係があるんでしょうか?」
「さぁね。まあ、倒せばわかるだろ」
 雑賀はそう言って奥の部屋に続く扉へ近づき、一息後に蹴破る。
 すぐさまライトを構えたリンが突入し、叢雲が後に続く。
 前後左右にライトを振り、天井と床にもライトを当てたが、敵の姿は映らなかった。
 部屋にあったのは資料の山、山、山。風化した紙独特の匂いが充満していた。
「資料室だったのか」
「ここも外れですね」
 後ろから恐る恐る覗き込むなつき。もちろん、まだ雑賀の裾を握ったままだ。
「だから放せって」
「だから嫌ですよ」
「そんなに怖がってて、どうやって見えない敵と戦うんだ?」
「大丈夫、姿さえ見えちゃえば、怖くありませんっ。ペイント弾、当ててくれるんですよね?」
 雑賀はなつきを勇気づけるため、笑顔で答えた。
「もっちろんだ。ペイント弾の人の称号は伊達じゃない‥‥俺が当てずに誰が当てる!?」
 ガッツポーズを付けてみせる雑賀に、なつきの表情も柔らかくなった。
「頼もしい限りだが、当てる敵が見つからないんじゃどうしようもないな」
 刹那の爪をつけたまま、リンは器用に煙草を咥えなおした。
「まあまだ2階ですし。A班が戻り次第、3階へ行ってみましょう」

 3階には会議室が三つあった。大会議室と、小会議室が二つだ。
 2つの小会議室に2班同時に突入したが、結果は空振り。次に大会議室に突入することになった。
 大会議室は前後に扉がある。A班は北側、B班は南側の扉からそれぞれ突入した。
 大会議室には□に並べられた大きなテーブル、中央に置かれたプレゼン用の映写機、それを映し出す大型スクリーンがあった。
「天井に穴が開いていますね」
 綾野が天井に開いた穴にライトを当てる。会議室の天井には2,3箇所、かなり大きめな穴が開いていた。
 どうやら手抜き工事で3階より上の構造がもろくなっているようだ。コンクリートに見せかけた、モルタル製。外見だけはコンクリートらしく見えるように塗装してあったのだろう。
「上の階では床に気をつけないといけないな」
 スポンジの飛び出た椅子をどかし、身動きが取れるように通路を確保する。
「何か匂わないか?」
 叢雲が鼻をスンスン言わせてそうこぼした。匂いにも注意を払っていた彼の嗅覚に、埃臭さだけでなく、腐敗臭が感じられた。
「確かに。この匂いは‥‥」
 リンと伊河がテーブルを飛び越え、内側を調べる。
「これは」
 映写機の置かれたデスクの下にリンがライトを当てる。青白いライトに当てられ、払われた闇の中から現れたのは。
「骨‥‥!」
 ひっ、となつきが小さく息を呑んだ。他のものも顔をしかめる。恐らく、3人の犠牲者のものだろう。
「やはり、ここにいるな」
 リンは苛立ちを抑えるように煙草を咥えようとするのを堪え、代わりに刹那の爪をつけた拳を握り締めた。
 骨の傍には、傭兵のものらしい銃が置いてあった。敵に破壊されたか、大きな歯型がついていた。
「おい、これを見て」
 伊河がそれに気づき、武器を手に取ろうとしたときだった。
『ピィン』
 微かに響く、金属音。伊河が持った銃に固定されていた骨が崩れ、骨の中から、それがあらわになる。
 円柱形の物体。外されたピン。
 傭兵たちの時間が一瞬凍った。

 敵は追い詰められたのではない。敵は、自分たちをおびき寄せたのだ。全てを熟知した、自分の巣に。

「トラップ!」
 リンが素早く叫び、すぐさま伊河と二人でテーブルを飛び越えようとする。雑賀はなつきをかばい、綾野と来栖は身を屈め、ファファルと叢雲はすぐさまテーブルの下へ身を隠した。
 瞬きする間もなく、光と音の衝撃が8人の傭兵を襲った。
 閃光音響弾、スタングレネードと呼ばれる手榴弾を用いた、ブービートラップ。近距離で炸裂すれば視覚と聴覚を奪われるのを避けられない。
 鼓膜の許容量を超えた音が炸裂し、瞼を閉じても貫いてくるような光が暗視スコープを通して爆発する。
 殺傷力のある爆弾でなかったのは幸いだが、傭兵たちを混乱させるのには十分だった。
 天井の穴から、何かが落ちてきた気配を綾野は感じた。すぐさま背を壁につけ、仲間に大声で伝える。
「――――! (敵襲だっ!)」
 音の直撃をくらい、眩暈を起こしつつも立ち上がった伊河がそれに続く。
「―――! ―――――! (出たぞ、気をつけろ!)」
 だが、閃光音響弾のショックから誰も、二人が何をいっているのかわからなかった。
 皆自分を守るために、武器を振り回し、銃を乱射する。
「―――、―――――――! (撃つな、同士討ちになる!)」
 吐き気を堪えながらファファルが吼える。サブマシンガンを仲間に当たらず、敵を威嚇するように掃射。
 幼い頃から戦場で培った、勘と経験を頼りに敵の位置を推測、突撃。敵の注意を仲間から逸らすために。
 雑賀に庇われたため、視界を奪われなかったなつきが、敵へ月光ライトを向ける。
 天井の上から落ちてきたのは、巨大な銀色の体毛をした、狼だった。
 狼はなつきのライトに気づき、ファファルの射撃から逃れながらライトを破壊しようと接近してくる。
 眼をやられた雑賀が、それでもアサルトライフルを構えた。なつきは片手のライトを狼へ合わせつつ、もう片方の手で雑賀の手を上から握り締め、狙撃をフォロー。
 アサルトライフルから放たれた銃弾が、狼の体毛を蛍光色に染める。
 しかし、狼の突進は止まらない――!
 なつきの首筋に狼の爪が振り下ろされる寸前、狼の体が一瞬動きを止めた。
 暗闇の中蒼く輝く腕。来栖が狼のグリーンに光る太い尻尾を握り締めていた。
「色が付けばこっちのもんだ!!」
 さらに、態勢を立て直した伊河が月詠だけでなく氷雨を抜刀し、なつきと狼の間に割って入る。
「大丈夫か? 下がっていろ」
 狙撃手たちは銃弾をペイント弾から通常弾へ。なつきもイグニートを構えなおす。
「好き勝手にやってくれた分、熨斗付けて返してあげるわ‥‥!」
 テーブルの下から身を躍らせたリンが、狼の腹の下へ滑り込んだ。
「犠牲者三人分の無念――身に、刻めッ!」
 瞬即撃を用いて、刹那の爪を肋骨と肋骨の間に滑り込ませる。が、体毛に衝撃を吸収されたらしく、致命傷には至らなかった。
 狼は尻尾を掴む来栖を振り払うと、間合いを取った。低く唸りを上げてこちらを威嚇する。
「貴様はもはや狩人ではない‥‥ただの獲物にすぎん」
 言葉を口にしながら流れるような手つきで、ファファルはサブマシンガンのマガジンを取り替える。
 その間も、綾野のスコーピオンが眼に、叢雲のショットガンがわき腹に、狙い定められる。
「かくれんぼはお終いだ」
 伊河の月詠が淡く輝く。雑賀も壁に背を預け、顔を歪めながらアサルトライフルで狙いをつける。
「狩られる者の気持ちがわかったか? ではさらばだ‥‥」
『アアォォォオン!!』
 狼が吼えた。刀が舞い、銃弾が貫き、拳が砕き、槍が貫く。
「灰はは灰に塵は塵に」
 来栖が吐き捨てた煙草と同じく、狼の巨体が倒れる。振動がビルを揺らした。

「ふぅ、骨の折れる仕事だったな‥‥」
 ファファルが煙草に火をつけつついった。来栖も新しい煙草を咥えている。
「月光に反応する体毛、か。随分と厄介な奴が出てきたな」
「ほんと、不思議な毛髪ですよね」
「透明なる仕組みが解明されないかな‥‥ムフフ」
「一時はどうなるかと思いましたが、この中の誰も欠けることなく終われてよかったですよ」
 任務が終わった安堵感からか、皆饒舌になっていた。しかし、ふと伊河の頭に疑問が浮かぶ。
「ちょっと待って。あの閃光音響弾、誰が仕掛けたんだ? 狼には‥‥」
 傭兵たちが息を呑んだその時、下の階からガラスの割れる音が聞こえてきた。
 さらに、警察の無線から罵声と叫び声が届く。
「一体何が!?」
 無線から刑事の悔しそうな声が飛んできた。
『く、見えない何かがビルから飛び出してきて、さっきの民間人を連れ去っていきやがった、畜生!』
「もう一匹、いたんだ‥‥」
 最後の狼の叫びは、仲間への逃亡の合図。誰も敵が複数いることを予測していなかった。
「してやられた、といわけですか」
 叢雲の言葉に、ファファルは煙草を握り締めた。
「こういうときは、飲むに限る‥‥。いつものところで一杯飲みにいくとするか」
 外から聞こえるサイレンが、どこか間延びして聞こえる。パトランプの灯りが眼に染みた。
 傭兵たちは疲労と悔しさをかみ締めつつ、現場を後にした。